戦闘終了。そして……
「ふはははは!公爵かぁ……懐かしい響きだなぁおい!」
「…………」
余裕をさらけ出し、過去を懐かしむような様子を見せるベリアル。
その高い笑い声は、周囲の人間を威圧させる感じに思えてならなかった。
「ただ、今となっては古い思い出も同然。俺ぁ海原を荒らしまわる海賊よ。お前とは同業者ってことになるな、キッド」
「……一緒にするんじゃねぇよ。アンタ、どうせ昔みたいに、自分より弱い無抵抗の人間でさえ容赦無く襲ってるんだろ?」
「それが海賊ってもんだろ。やってることはお前と大して変わらない」
「俺はアンタとは違う!俺はな、罪の無い人には手を上げない主義なんだよ!」
どうやら性格は昔と全く変わってないようだ。相変わらず、か弱い人間たちに躊躇いも無く刃を向けているようだな。
20年以上経っても、人を甚振る趣味が消えてないとは……救いようの無い輩だ。
「……それでよく海賊なんてやってこれたもんだな。世も末って奴か」
「なに?」
「いいか?強い奴が弱い雑魚を殺して生き残る。それがこの世の理だ。弱者から物を奪って何が悪い?何かを守れるような力すら持ってないような、貧弱人間の存在そのものが罪みたいなもんだ。そう思わねぇか?」
「相変わらずムカつく野郎だな!」
「ふはははは!褒めてくれてありがとよ!」
「……ちっ!」
全く持って気に食わない野郎だ!
ベリアルの悪態に、思わず舌打ちをした。すると……。
「ベリアル!貴様、バルドに一体何をしたんだ!」
さっきまで俺の後方に居たシルクが自ら前に出て、敵意の篭った視線をベリアルに向けながら言った。
確かこの二人、前に面識があったんだった。まさかシルクも、自分たちを襲った海賊が、王国の元公爵だったとは思ってなかったんだろうな。
「おーおー、相変わらず威勢のいい女だ。だが、そんなに眉間に皺を寄せてたら、折角の美人が台無しだぜ?」
「ふざけてないで質問に答えろ!バルドに何をした!?まさか、洗脳でもしたのではないだろうな!?」
腕組みをして見下ろすような視線を向けるベリアル。だが、シルクは臆する事無くベリアルに牙を向けた。
そう言えば、シルクの仲間、バルド……だったな?どういった理由かは知らないが、俺が駆けつけた時には仲間であるはずのシルクに襲い掛かっていた。振り下ろされかけた刃には躊躇いの欠片も無かった。恐らく、本気で殺しに掛かったのだろうけど……大した理由も無しに、平気で仲間に手を掛けられるようなものなのか?
今シルクが言った通り、誰かに操られていれば合点がいくだろうけど……。
「……まぁ、そのまさかって事だ。ちょいと脳の中を弄らせてもらった」
「!!……貴様ぁ!」
シルクの推測は正しかった。どうやらバルドは本当に洗脳されてるらしい。
「落ち着けよ。実際に手を掛けたのは俺じゃない。俺のところに、エオノスって言う魔術師の部下がいてな、そいつに洗脳させたのさ。そいつが此処に居ない限り、洗脳を解くのは不可能だ」
「だったら、今すぐそのエオノスとやらを呼び出せ!痛みつけてまでも洗脳を解かせてやる!」
「そいつは無理だ。こいつにはもう少しだけ部下でいてもらう予定だからな」
「バルドは貴様の部下じゃない!」
口元を吊り上げながら余裕を見せるバルド。対してシルクは敵愾心をさらけ出しながら尚も食い下がる。シルクには悪いが、その光景を一目見ただけで、双方の力の差が明確に表されていた。
だが、人を操るなんて容易くできる真似ではない。相当高度な技術を要するのだろうから、エオノスって輩はかなり厄介な魔術師なんだろうな……。
「そうは言うが……お前こそ、こんな所に居ていいのかよ?お家に帰らなくていいのかぁ?」
「…………」
ベリアルの言葉を聞いた途端、シルクは気まずそうに口を閉ざしてしまった。
この表情……何か訳ありのようだな。ベリアルの奴、何か知ってるのか?
「とんだお転婆姫だな。お前に従ってる部下は気苦労が絶えないだろうよ」
「……貴様よりはマシだろう」
「言ってくれるぜ。守ってもらってばかりの姫が言える言葉かよ……なぁ、光の姫騎士さんよぉ」
「……?」
……なんだか、シルクとベリアルの会話について来れない。
ベリアル……さっきから何を言ってるんだ?
姫とか部下とか……それってまるで……。
「おい、さっきから姫って……何言ってるんだ?」
頭の中で浮かんだ疑問をそのままベリアルに言った。
「ん?なんだ?知らないのか?てっきり本人から聞いてたのかと思ったが」
「何の話だよ?こいつはトレジャーハンターなんだろ?」
親指でシルクを指しながら言ったが、当の本人はばつが悪そうな表情を浮かべながら視線を逸らした。
この反応……やっぱり訳ありって事か。
「……ふはははは!トレジャーハンターだぁ!?なんとも愉快な冗談だなぁおい!」
「……は?」
ベリアルは急に膝を叩きながら笑い出した。
なんだってんだ……まさか、シルクはトレジャーハンターじゃないとでも?
「……今まで黙っててすまなかった……」
「シルク?」
「……あれは嘘だ。私はトレジャーハンターではない……」
「は?」
そのまさかだった。シルクはトレジャーハンターじゃなかった。
だが、そうだとしても、シルクは一体何者なんだ……?
「……信じ難いと思われるかもしれないが……」
「?」
シルクは徐に顔を上げて、強い目で静かに言い放った。
「私の名はシルク・オキオード。反魔物国家、トルマレア王国の第三王女だ」
「……はぁ!?」
シルクが……王女!?しかも、反魔物国家の!?
どういうことだよ……急展開過ぎて訳が分からん!
「嘘をついてすまなかった……だが、この男に襲われたのも、攫われたバルドを助けようとしたのも本当なんだ」
シルクは申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝ってきた。
ただ、バルドを助けたいと思っていたのは本当らしい。さっきのやり取りから見ても十分分かる。
だが、なんでまたトレジャーハンターなんて名乗っていたんだ?それに……。
「なんでまたそんな……いや、ちょっとまて。アンタ、本当に王女なのか?」
「ああ、それは間違いない」
「じゃあさ……バルドもトレジャーハンターじゃないのか?」
俺はベリアルの背後にいるバルドに視線を移した。
シルクがトレジャーハンターじゃないとしたら、その相棒のバルドも違うってことになる。王女が身を投げ出してまで助けたいと思うなんて、バルドは一体何者なんだよ?
「バルドは……幼い頃から私の護衛を努めてくれた勇者だ」
「勇者!?あいつが!?」
バルドが勇者だったとは……。
まぁ、反魔物国家で生まれ育ったのなら不思議じゃないが。それにしても、シルクもバルドも反魔物領の人間だったなんてな。
だが……バルドはよく分からないが、シルクは魔物に対して友好的に見えるような気がする。サフィアたちとも普通に嫌気無く話してるところを見た事あるし……。
「何を言っている。俺はベリアル様の部下だ。何度も言わせるな」
「目を覚ませ、バルド!お前は勇者だろ!そんな男の部下ではない!」
「貴様!ベリアル様を侮辱する気か!」
「やめろバルド。もう無駄な戦いは終わりだ。引っ込んでろ」
「くっ……承知しました……」
バルドがシルクに斬りかかろうとしたが、ベリアルに制止されて渋々と引き下がった。
皮肉なものだ。主神の加護を授かった勇者が、洗脳されて海賊の僕になるとはな……。
「ふん……まぁいい」
ベリアルは異形の右手にどす黒い魔力を収束させた。
なんだ……ここで戦う気か?
ベリアルに対する警戒を怠らず、俺は武器を構えてベリアルと対峙した。
「勘違いするな。俺はあくまで部下共から緊急連絡を受けて、気まぐれで自ら来てやっただけだ。戦う気は無い」
「じゃあ何をする気だ?」
「帰るんだよ。本命のアジトにな」
「……なんだと?」
どうやらベリアルは撤退する気でいるらしいが、『本命のアジト』ってのがどうも引っかかる。
てっきりこの城こそベリアルのアジトかと思っていたが……まさか、二つも持ってるのかよ。
「こんなボロい石の建物が本拠地な訳ねぇだろ。此処はあくまで二の次だ。だが、此処ももういらなくなった。良い機会だからお前にやるよ」
「……随分とあっさり譲るんだな。そんなことしていいのか?まだお前の部下だって残ってるんだぞ」
「さっき言っただろ。貧弱こそが罪だ。たかが鼠の侵入を許すどころか、アジト内で取り押さえられないクソ雑魚はなぁ、俺の部下に相応しくねぇんだよ」
「……そういや、お前はそういう奴だったな」
取り返すどころか、逆にアジトを譲るだなんて言い出す始末。部下からの報告を聞いて此処まで来たのは本当らしいが、ベリアルは最初から部下を助ける気なんて無かったのだろう。
だが、やっぱりムカつく野郎だ……自分を支えてくれている部下をなんだと思っているんだ!
「さて……」
ベリアルは魔力の宿った右手を己の足元に翳した。
「ダーク・ゲート!」
すると、右手に収束されていた魔力が放たれ地面に着いた途端、その魔力が地面に広がって一つの円陣の形に変わった。
これは確か……転移魔法によって形成される円陣だったな。てことは、転移魔法で此処から退出する気か。
「……バルド、お前も来い」
「は、はい!」
ベリアルは顎をクイッっと動かして、バルドに円陣の中に入るよう命令した。バルドも多少慌てながら、ベリアルの円陣の中へ入った。
「ま、待ってくれ!行っては駄目だ!バルド!」
それを見たシルクが慌ててバルドを連れ戻そうと駆け出したが……。
「50万ボルト・放電(エレヴァージ)!」
ゴロゴロゴロゴロゴロ!
「危ねぇ!」
「きゃあ!」
ベリアルが漆黒の雷をシルクに向かって放った。その動作を見切った俺は、咄嗟にシルクの身体を引いて雷を避けさせた。
「くっ!貴様……!」
ベリアルを鋭く睨みつけるシルク。対してベリアルは、バルドの肩をポンポンと叩いて悠々と言い放った」
「それほどまでにこの男に執着しているんだったら、その手で力ずくでも奪ってみろ。だが、ここでは戦わない。こちとらやるべきことが山積みなんでな」
「……何を企んでいる?」
「此処では言わない。それも知りたければ、まずは俺たちが再会するであろう場所に来てみろ」
「なに?」
再会……だと?また再び会う日が来るとでも言うのか?
「お前らが本当に、全てを取り返し、失う事を防ぎたいと思っているのだったら……」
ベリアルは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「トルマレア王国に来い。俺もこの男も、暫くはそこに居る」
「トルマレアって……私の国じゃないか!」
「ああ……」
トルマレア……シルクの故郷でもある反魔物国家。ベリアルとバルドはそこへ向かうようだが……何故またそんなところに?
「お前も他人事じゃねぇぞ、キッド。お前はいずれ俺と戦う宿命を背負っている」
「……どういう意味だ?」
俺に視線を移して話しかけるベリアルだが、言ってる意味がいまいち分からない。
戦う宿命だと?何か因縁でもあるのか?
「カリバルナの革命……あの日から俺は公爵の称号を剥奪され、海賊として生きる道を選んだ」
「それがどうした?」
「あの反乱が起きた後でも、あの国や愚民共に対して恨みなんて湧き上がらなかった。何事においても結果は受け止めるべきだ。だが……」
ベリアルは、仮面の奥にある瞳で俺を見据えながら静かに言った。
「近いうちにカリバルナを手中に収めてやるさ。新しい国王も王妃も、その部下も、愚民も……全員皆殺しだ!」
「な、なんだとテメェ!!」
カリバルナを侵略して……叔父さんたちを殺すだと!?馬鹿げた事言いやがって!!
「ふざけんな!そんな事、俺が許さねぇぞ!」
「ほう……俺に楯突く気か?」
「当たり前だ!テメェの好きにはさせねぇ!」
俺の故郷を……カリバルナに手を出す気なら、今此処でぶっ飛ばしてやる!
俺は武器を構えて、ベリアルと仕留めようと足を進めた。しかし……。
「くっ!」
円陣が黒く光り輝き、ベリアルとバルドを包み込んだ。突然放たれた光に俺は思わず足を止めてしまった。
「さっき言っただろ。俺たちは暫くトルマレアに居る。再び会うときまで戦いはお預けだ。その時まで待っている」
ベリアルがそう話している間にも、徐々に円陣の光が強くなっていく。もうすぐ転移が始まるのだろう。
「第一、俺だって色々と済ませるべき仕事があるんだよ。近いうちにな、同盟を組んだ有力な海賊と会わなければならない。そう……」
ベリアルは、勝ち誇った笑みを浮かべながら高らかに言い放った……!
「ドクター・アルグノフを攫って、俺の下へ来るんだよ!」
「!?」
……アルグノフ……だと?
聞いた事があるぞ。その人って確か……シャローナの爺さん!?
なんでその人の名前が!?行方不明じゃなかったのか!?
こいつ……シャローナの爺さんに何をする気だ!?
「おい待て!テメェ!何を企んでいるんだぁ!!」
「バルド!バルドー!!」
俺とシルクは一斉にベリアルたちへと駆け出したが……!
「それじゃあ……あばよ!」
時既に遅し。ベリアルとバルドは転移魔法によって姿を消してしまった。
畜生……なんてこった!よりによって厄介な野郎を見逃してしまった!
「畜生!」
しかし、色々と引っかかる発言を残して行きやがった。
カリバルナを手中に収めるとか、叔父さんたちを皆殺しにするとか、シャローナの爺さんを攫うとか、何を考えてるんだ!
ベリアルが言った通り、こりゃもう他人事じゃなくなってきたな。ただのお宝争奪戦が、とんでもない展開になってしまった……。
あ、そう言えば、シルクは……?
「……そんな……バルド……」
ふと視線を移して見ると、呆然としながらその場に座り込んでいるシルクの姿が……。
……心中お察しする。手の届く距離にいた仲間を救えなかったんだ。相当辛いに決まっている。
だが、何時までもこんな所でウジウジしている場合でもない。これからどうするかを話さなきゃいけないな。何よりも、シルクが王女だった件について、もっと詳しく聞かせてもらう必要がある。
「キッドー!シルクー!」
「ん?おお、リシャスか」
突然誰かの声が聞こえたかと思うと、リシャスが慌てた様子で現れた。
さっきまでアイーダと一戦交えてたが、どうやら決着がついたようだ。まぁ、リシャスが並みの人間に負けるなんて有り得ない話だが。
「さっき、巨大な雷の音が聞こえたが、何かあったのか!?」
「ああ、ちょっとな。長くなるから詳しくは後で話す。とりあえず此処から外へ出るぞ」
「あ、ああ……ん?シルク?どうしたんだ?」
リシャスも座り込んでいるシルクに気付いた。だが、その異常なまでの沈み具合に不安げな表情を浮かべた。
「シルク……一体どうしたんだ?そうだ、バルドは?此処には居なかったのか?」
リシャスがシルクに歩み寄り、肩に手を置いて呼びかけると、シルクは生気が感じられない虚ろな目をリシャスに向けた。
「リシャス……う……うぅ……」
「……シルク?」
虚ろな目からポロポロと零れ落ちる涙。
バルドを助けれなかった悔しさからなのか、それとも自分との記憶が無くなった悲しみからなのか、いや……恐らく、両方だろう。悔しさと悲しみが込められた涙だ。
「私……う、ひぐっ……助けてあげられなかった……目の前に居たのに……うぅ……手の届く距離に居たのに……」
「…………」
泣きじゃくりながら話すシルクを見て、リシャスはその場で跪いて優しくシルクの背中をさすった。
今のシルクの発言から、リシャスもある程度は事情を察したのだろう。普段は気の強い奴だが、女には優しいところを見せるんだよな……。
「うっう……ひっく、うぅ……」
「……大丈夫だ、大丈夫。まだ何も言わなくていい。今は泣いてもいいからな……」
「…………」
本音を言えば、早く外の状況を確認したかった。
だが、泣いてる女の気持ちも考えずに自分勝手な行動を取るほど、俺は愚かじゃない。
何も言わずに扉の前まで移動して、シルクが泣き止むのを静かに待った。
「……」(クイッ)
「……?」(クイッ)
「……」(コクコク)
「……」(コクン)
すると、リシャスが無言で『先に行け』とジェスチャーで伝えてきた。俺が無言で親指で扉の外側を指すと、リシャスは小さく頷いたので、俺も頷き返して何も言わずにその場を後にした。
船長である俺は先に行ってろと……そう言いたかったのだろうか?
まぁとりあえず、お言葉に甘えるとしよう。サフィアにも早く会って、何事も無かったってのを伝えないと。
……いや、厳密には何かあったか。それも、かなりヤバイ出来事が。
「……さて、これからどうしようかね」
まず、ヘルムたちにはたった今起きた事を全て話さないといけないな。カリバルナが狙われてるなんて、こりゃもう他人事じゃ済まなくなってきた。
とは言っても、仲間たちも今日は長時間戦い続けて疲労困憊だろう。その状態でさっきの出来事を話しても付いて来れないだろう。報告は翌日、時間を改めてキチンと話そう。
……でもなぁ……シャローナにはなんて言えばいいんだよ。
まさか自分の祖父が攫われたなんて、そんな事聞けばシャローナも流石に動揺するだろうな。
ましてや、今の今まで消息が絶たれていたんだ。長い間会ってなかった祖父が生きていたと思ったら、急に海賊に攫われたなんて……話が唐突過ぎて、シャローナは気が気でなくなるだろうな。
そもそも、アルグノフを攫った海賊って誰の事だよ?ベリアル曰く『有力な海賊』だなんて言ってたが……。
ただ、あのベリアルが有力だと認める輩だ。相当厄介な海賊なのだろう。
……仕方ない。誤魔化すのは意に反するが、アルグノフの件については黙っておこう。余計に慌てさせるのは、かえって良くないからな。
……それにしても……何なんだ、この胸騒ぎは?
なんだか、これから悪い出来事でも起こりそうな予感がする。
まるで……俺が知らないところで、また何か起こりそうな気がしてならない。
それに……何故……。
なんで急にあいつらの……メアリーとバジルの姿が思い浮かぶんだろうな……?
「あいつら……元気にしてるかな……?」
〜〜〜翌日(メアリー視点)〜〜〜
「もげろ……もげちゃえ……ブチッともいでやるぅ!」
ブチッ!
「ふっふっふ……まいったか!さぁ、次は君の番だよ〜!もげろ〜!」
ブチッ!
「またもいじゃった!さぁ、次の獲物は……こいつだぁ!」
ブチッ!
「どうだ〜!見たか、リア充の諸君!私のもぎっぷりはぁ!」
「おいメアリー」
「ん〜?なぁに、バジル」
「黙ってやれ。あと、はしゃぐな」
「ぶぅ〜……」
ただ今の時刻は朝の十時。海賊としての旅の途中、明緑魔界の孤島に上陸した私たちは食料集めに努めていた。
バジルと一緒に黒ひげさんの海賊船に乗せて貰ってから結構経つけど、海賊稼業にもだいぶ慣れたものだ。いや、慣れたと言うか、心から楽しめてきたと言うべきか。お宝探しも戦闘もワクワクが止まらない。やっぱり海賊って楽しいな。
……まぁでも、バジルとの甘い夜の時間には敵わないけどね♪
「だってさぁ、黙々と同じ事繰り返すの苦手なんだもん!なんか喋ってないと落ち着かないよ〜!」
「だとしても普通の事を言え。もげろとかリア充とか何を訳の分からん事を……」
「え〜?でも果物をもぐってよく言うじゃん。全然おかしくないよ」
「そりゃそうだが……お前が言うと妙に変なんだよ……」
「?」
木々が生い茂る密林の中、私とバジルは虜の果実を集めていた。私が木に登って果実を取って、それをバジルが木の下で受け止める。この流れでもう既に籠の中は堕落の果実でいっぱいになった。
単純な作業なだけに、長くやってると流石に退屈になる。だから少しでも場を和ませるために、私が面白く喋っていたら……どういう訳かバジルに制止された。
「まぁとにかく、黒ひげたちも待ってるんだ。あと三個くらい取ったら戻るぞ!」
「うん!それじゃ……よし。バジル、投げるよ〜」
「ああ」
そろそろ戻らなくちゃ……そう判断した私たちは、そろそろ黒ひげさんたちが待っているであろう島の中心部へ行く事にした。
堕落の果実を三個もぎ取り、下で待ってるバジルに一個ずつ投げ渡す。バジルも一個一個的確に果実を受け取って籠に入れた。
さて……果実も結構取ったし、そろそろ降りようかな。
「…………」
「ん?どうしたメアリー?戻って来いよ」
……あ!いいこと思いついちゃった♪
普通に降りようと思ったけど、それじゃつまんないからね♪
「バジル〜!いっくよ〜!」
「は?行くって、なにが……?」
私は背中の翼を畳んで、そのまま地上に……。
「レッツ、ダイブ!」
勢い良く飛び降りた!落下地点は勿論、愛しのバジル!
え?翼?飛ぶ?なにそれ美味しいの?
「どわぁぁぁ!ちょちょちょ!お前何考えて……うぉっと!」
「えへへ!着地成功♪」
最初こそ激しく動揺したバジルだけど、最後にはキチンと私を受け止めてくれた。
あ、これ……所謂お姫様抱っこだ!こうやって抱っこしてもらったの久々だなぁ。テンション上がっちゃうよ。
「いきなり飛び降りるな!危ないだろ!全く……」
でもやっぱり怒られちゃった。まぁ確かに危なかったのは分かってるけど……やっぱりバジルに受け止めて欲しかったから、ついやっちゃった。
「あはは……ごめんね。でもやっぱりバジルには私のこと受け止めて欲しくてさ。私はバジルのお嫁さんだし、お姫様抱っこもたまにはしてもらいたくて」
「……まぁ……抱きかかえるくらい、何時でもやってやるから」
「ホント!?バジル、だ〜い好き!」
「あ、こら!動くな!落とすだろ!」
ほんのちょっぴり照れながら言うバジルを見て嬉しくなり、思わず抱っこされたままギュ〜っと抱きしめてしまった。
あぁ……やっぱりバジルって温かいなぁ……それにいい匂い……。
こんなに優しくて温かい夫を持って本当に幸せ♪
「えへへ……バジル、とってもいい匂いがする〜♪」
「よ、よせって!鼻を擦り付けるな!くすぐったいだろ!降りろ!」
「やだ。もっとギュ〜ってするの!」
「こ、こら!やめんか!降りろ!こんな状態で黒ひげたちのところまで戻れないだろ!」
「別にいいじゃん。見せびらかしちゃおうよ♪」
「アホか!少しは周りの視線も気にしろ!」
もう、バジルってばツンデレなんだから。私たちの仲の良さを見られても恥ずかしい事なんて無いのに。
ま、そういう恥ずかしがり屋なところも大好きなんだけどね♪
「……バジル……私とくっ付くの、嫌?」
「嫌だなんて微塵も思ってないが……」
「じゃあいいじゃん!抱っこしたまま戻ろう♪」
「虜の果実の籠を運べないだろ!」
「いいじゃん。纏めて抱っこしてよ」
「サラッと重労働的な事言うな!」
私はもっと抱っこして欲しいけど、バジルは果実の籠を運んで戻りたいようだ。
私より籠を気にするなんて、ちょっとヤキモチ焼いちゃうなぁ……。
よし!かくなる上は……。
「……メアリー?」
「へへ……ん……ちゅっ♪」
バジルの口元のマスクを下にずらし、露になった唇にキスをした。
「んちゅ……ちゅっちゅ……ん……ちゅ」
何度も啄ばむように唇を重ねる。ただ触れ合うだけの優しいキスなのに、唇と唇が重なる度に胸の奥がドキドキしてきた。
バジルの方も抵抗するどころか、私を落とさないように腕でしっかりと支えながらキスに応えてくれた。
「ちゅぅ、ん、ちゅっ……ちゅ」
その気になれば強引にでも引き離せるのに、バジルはそんな事絶対にやらない。戦闘時でも、一緒に冒険している時でも、何時でも私を気にかけてくれる。
バジルは本当に、優しくて強くて温かい、私の素敵な旦那様。出会えてよかったって、心の底から思っている。
「ん……えへへ♪私を受け止めてくれたお礼だよ♪」
「…………」
唇を離してバジルの肩に頬擦りすると、バジルは照れくさそうに視線を逸らした。
あぁ……こういう表情も堪んないなぁ♪そう言えば、エッチの時もたまにこんな顔浮かべたよね……。
……どうしよう……あの熱い夜を思い出したら、ムラムラしてきちゃった……。
「バジル……私、もっとお礼したいな……」
「……いや、別にいらんが……」
自慢の胸をバジルに押し付けてアプローチしてみる。バジルも私の気持ちに気付いたみたいだけど、惚けてるように視線を逸らした。
「えぇ〜?お礼させてよ〜。もっとバジルに感謝の想いを伝えたいの♪」
「いや、十分伝わったから」
「ホントかな?それじゃ、こっちはどうかな?」
右手をそっとバジルの股間に伸ばして……。
「ね?折角だからさ、もっと気持ちいいお礼を」
「やめんか!!」
「ふみゃぁん!?」
ドスン!
……ズボンの上から触ろうとした瞬間、バジルの腕が急に解かれて私の身体が落下した。
うぐぅ……お尻が痛い……。
「いったぁ〜……もう!なんでいきなり落とすのさぁ!」
「ここで気を許したら最後。辺りが暗くなるまで搾り取られるに決まってる。リリムの底無しの性欲は重々承知しているからな」
「うっ!」
地面に打ち付けられたお尻を撫でながら、ちょっと恨めしげな視線をバジルに向けた。でも鋭い事を言われてちょっと言葉に詰まってしまった。
うぅ……そりゃあ、確かに一回だけじゃ絶対に物足りないと感じるだろうけどさ。
「分かってるだろ?黒ひげたちを待たせる訳にはいかないんだ」
「えぇ〜?駄目なの?その気になってくれれば、フェラとかパイズリとか騎乗位とかいっぱいサービスしちゃうのに」
「時と場所と場合を考えろ。今はやってもいい条件に満たしてないだろうが」
「むぅ……バジルだってインキュバスなんだから、もうちょっとエッチな事に積極的になってもいいのにな……」
「お前が貪欲過ぎるんだろうが。夜まで待て」
ちょっと手厳しくお預けを言い渡された。
……もうちょっとエッチなインキュバスになってくれてもいいのにな。と言うか夜ならいいんだ。それなら遠慮なく襲っちゃうぞ♪
「さ、それより戻るぞ」
「あ……うん!」
と、私にそっと手を差し伸べたバジル。
……やっぱり、バジルは優しいな♪
「せ〜の……よいしょ!」
私はバジルの手を握り、身体を引っ張ってもらいながら立ち上がった。
「さて……そろそろ戻ろうか」
「は〜い」
と言うわけで、私は虜の果実の籠を抱えたバジルと一緒に、黒ひげさんたちが居る場所まで足を進めた。
「……ねぇねぇ」
「ん?」
「腕、組んでもいい?」
「……どこまで甘える気なんだ」
「ダメ?」
「……やりたいのならおいで。だが籠を抱えてるんだから、気をつけるんだぞ」
「うん!ありがと!」
〜〜〜(数分後)〜〜〜
「それでさ、さっき大きな洞窟みたいな穴を見つけたんだ」
「洞窟か……魔物が居るかもしれないな。もしくは熊とか大蛇とか……」
「お宝とかあったりして!」
「物凄く低い確率だな」
「でも十分有り得るでしょ?ねぇ、後で一緒に行ってみようよ!」
「そうだな……」
バジルと腕を組みながら歩く事数分。木々の隙間から差し込まれる日光を浴びつつも、黒ひげさんたちが待っているであろう場所へと着々と足を進めていた。
「あ、見えてきた!」
会話を交えながら歩いていると目的地に着いた。大きな木々が生い茂る密林の中でも珍しく、草原のように緑一面の殺風景な空間。太陽から降り注がれる光が草原空間を照らしていた。
「みんなー!お待たせー!」
「ん?おお、メアリー殿にバジル殿じゃな」
「お疲れ様です。わざわざどうもすみません」
「…………お帰り……」
まず私たちを出迎えてくれたのは、甘党バフォメットのエルミーラさん、お淑やかな龍の姫香さん、そして無口なダークマターのセリンちゃん。
三人とも黒ひげさんの娘で、お世話になってる私たちとも仲良くしてくれる、とても良い人たちだ。
「それで、どうじゃった?収穫の方は?」
「ああ、ざっとこれくらい……メアリー……」
「ん?」
「腕、離せ」
「えぇ〜?」
「籠を下ろせないだろ」
「は〜い」
腕を組んだままじゃ籠を下ろせないので、仕方なく腕を離すことにした。私の腕から解放されたバジルは、虜の果実が詰まった籠をゆっくりと足元に置いた。
「あらあら……バジルさんも大変そうですね」
「いや全く……こいつの子供っぽさときたら」
「子供じゃないもん!18歳だもん!お姉さんだもん!」
「……あぁ、そうか。育ったのは身体だけか」
「なにそれ!?心は子供のままだって言うの!?」
「そうだな」
「えー!?ひどっ!意地悪言わないでよ〜!」
「ああ、はいはい、悪かったから……」
「うふふ……やっぱり微笑ましいですね」
「…………ちょっと……羨ましい……」
からかわれたのがちょっと悔しくて、ポカポカとバジルを叩くと、バジルは私の頭を撫でて宥めてきた。このやり取りを姫香さんたちが微笑ましく見ていた気がする。
「……あ、そう言えば、黒ひげは?」
「ああ、父上ならすぐ近くにおるぞ。ほれ、あそこじゃ」
バジルはエルミーラさんが指差した方向へと視線を移した。私も同じようにその方向へと目を向けて見た。
「…………」
そこには、大きな切り株に腰掛けて無言で俯いている、大きな身体の男の人が居た。
黒い三角帽に赤いコートに、黒くて長い髭。あの人こそ、伝説の海賊と呼ばれた大海賊。
ティーチ・ディスパー。通称『黒ひげ』である。
「……ねぇ、黒ひげさん、俯いちゃってどうかしたの?」
「さぁ……私たちもよく分からないのです。さっきまでは元気だったのですけど、急に切り株に座ってあのように……」
「もしかして、二日酔い?昨日もお酒飲んでたし……」
「いや、父上は昨日、ジョッキ三杯分のビールしか飲まなかったのじゃ。父上は酒に強いから、あれくらいで二日酔いにはならないのじゃ」
「それじゃあ一体……」
私たちに背を向けている黒ひげさんは、なんだか様子がおかしい気がした。
さっきから俯いてばかりで、私たちが帰ってきても反応が無い。
二日酔いかと思ったけど、エルミーラさんが言った通り、酒で気力を無くすような人じゃないし……。
……声、掛けてみようかな……。
そう思った刹那、
「……来たか」
「え?」
急に俯いてた黒ひげさんが口を開いた。
「……くっくっく……あれ以来よのう……」
「……父上?」
そして徐に顔を上げて、何やら面白げに笑みを浮かべながら真正面を見据えた。
どうやら具合は悪くなさそうだけど……一体どうしたのだろう?
「黒ひげさん、どうかしたの?」
「いやなに……気配を感じ取っておったのだよ。懐かしい気配を……な……」
「……懐かしい?」
黒ひげさん曰く、気配を感じ取ってたらしいけど……懐かしいってどういう事だろう?誰か知ってる人でも来るのかな?
ドカァン!
「ふぇ!?な、なに!?」
「爆音!?」
ドスゥン!
「あわわ!木が倒れた!」
突然、爆音と思われる轟音が鳴り響いたと思うと、ちょうど真正面に立っている大木がなぎ倒された。
幸い、大木はこっちに来なかったけど……。
「今のは……猛獣とかの仕業じゃないぞ!」
「分かっとるわ、そんな事。今来るぞ……懐かしき者がな」
「者って……人か?」
どうやら今のは私たち以外の人物の仕業らしい。
この島に誰か来たみたいだけど……一体誰が?この島の周辺の海域にはカリュブディスが生息していて、普通の船だと渦に巻き込まれて沈んじゃうはずなのに……。
「ああ……来たようだな」
「え?」
黒ひげさんの視線を追うように、大木が倒れた方向へと視線を移す。
その奥から人影らしきものが……!
「…………」
「!!」
……密林の奥から現れた人の姿を見て、私は思わず息を呑んでしまった。
何故ならその人は、私も知ってる有名な人だから……!
「く、黒ひげ!この男は……!」
「ああ……流石に知っておるか」
「……こやつ……!」
「あら……!」
「…………!」
バジルもかなり驚いてるようで、大きく開かれた目でその男を見つめた。エルミーラさんたちも思わぬ来訪者の登場で驚きを隠せないようだ。
「……よう……久しぶりだな……」
「……よく来たな、小僧……」
それもその筈、その来訪者とは……その男とは……!
「変わってないようで安心したぜ、黒ひげ……」
「貴様は大分老けたな、ドレーク……」
海賊連合軍の総大将、ドレークだった!!
「…………」
余裕をさらけ出し、過去を懐かしむような様子を見せるベリアル。
その高い笑い声は、周囲の人間を威圧させる感じに思えてならなかった。
「ただ、今となっては古い思い出も同然。俺ぁ海原を荒らしまわる海賊よ。お前とは同業者ってことになるな、キッド」
「……一緒にするんじゃねぇよ。アンタ、どうせ昔みたいに、自分より弱い無抵抗の人間でさえ容赦無く襲ってるんだろ?」
「それが海賊ってもんだろ。やってることはお前と大して変わらない」
「俺はアンタとは違う!俺はな、罪の無い人には手を上げない主義なんだよ!」
どうやら性格は昔と全く変わってないようだ。相変わらず、か弱い人間たちに躊躇いも無く刃を向けているようだな。
20年以上経っても、人を甚振る趣味が消えてないとは……救いようの無い輩だ。
「……それでよく海賊なんてやってこれたもんだな。世も末って奴か」
「なに?」
「いいか?強い奴が弱い雑魚を殺して生き残る。それがこの世の理だ。弱者から物を奪って何が悪い?何かを守れるような力すら持ってないような、貧弱人間の存在そのものが罪みたいなもんだ。そう思わねぇか?」
「相変わらずムカつく野郎だな!」
「ふはははは!褒めてくれてありがとよ!」
「……ちっ!」
全く持って気に食わない野郎だ!
ベリアルの悪態に、思わず舌打ちをした。すると……。
「ベリアル!貴様、バルドに一体何をしたんだ!」
さっきまで俺の後方に居たシルクが自ら前に出て、敵意の篭った視線をベリアルに向けながら言った。
確かこの二人、前に面識があったんだった。まさかシルクも、自分たちを襲った海賊が、王国の元公爵だったとは思ってなかったんだろうな。
「おーおー、相変わらず威勢のいい女だ。だが、そんなに眉間に皺を寄せてたら、折角の美人が台無しだぜ?」
「ふざけてないで質問に答えろ!バルドに何をした!?まさか、洗脳でもしたのではないだろうな!?」
腕組みをして見下ろすような視線を向けるベリアル。だが、シルクは臆する事無くベリアルに牙を向けた。
そう言えば、シルクの仲間、バルド……だったな?どういった理由かは知らないが、俺が駆けつけた時には仲間であるはずのシルクに襲い掛かっていた。振り下ろされかけた刃には躊躇いの欠片も無かった。恐らく、本気で殺しに掛かったのだろうけど……大した理由も無しに、平気で仲間に手を掛けられるようなものなのか?
今シルクが言った通り、誰かに操られていれば合点がいくだろうけど……。
「……まぁ、そのまさかって事だ。ちょいと脳の中を弄らせてもらった」
「!!……貴様ぁ!」
シルクの推測は正しかった。どうやらバルドは本当に洗脳されてるらしい。
「落ち着けよ。実際に手を掛けたのは俺じゃない。俺のところに、エオノスって言う魔術師の部下がいてな、そいつに洗脳させたのさ。そいつが此処に居ない限り、洗脳を解くのは不可能だ」
「だったら、今すぐそのエオノスとやらを呼び出せ!痛みつけてまでも洗脳を解かせてやる!」
「そいつは無理だ。こいつにはもう少しだけ部下でいてもらう予定だからな」
「バルドは貴様の部下じゃない!」
口元を吊り上げながら余裕を見せるバルド。対してシルクは敵愾心をさらけ出しながら尚も食い下がる。シルクには悪いが、その光景を一目見ただけで、双方の力の差が明確に表されていた。
だが、人を操るなんて容易くできる真似ではない。相当高度な技術を要するのだろうから、エオノスって輩はかなり厄介な魔術師なんだろうな……。
「そうは言うが……お前こそ、こんな所に居ていいのかよ?お家に帰らなくていいのかぁ?」
「…………」
ベリアルの言葉を聞いた途端、シルクは気まずそうに口を閉ざしてしまった。
この表情……何か訳ありのようだな。ベリアルの奴、何か知ってるのか?
「とんだお転婆姫だな。お前に従ってる部下は気苦労が絶えないだろうよ」
「……貴様よりはマシだろう」
「言ってくれるぜ。守ってもらってばかりの姫が言える言葉かよ……なぁ、光の姫騎士さんよぉ」
「……?」
……なんだか、シルクとベリアルの会話について来れない。
ベリアル……さっきから何を言ってるんだ?
姫とか部下とか……それってまるで……。
「おい、さっきから姫って……何言ってるんだ?」
頭の中で浮かんだ疑問をそのままベリアルに言った。
「ん?なんだ?知らないのか?てっきり本人から聞いてたのかと思ったが」
「何の話だよ?こいつはトレジャーハンターなんだろ?」
親指でシルクを指しながら言ったが、当の本人はばつが悪そうな表情を浮かべながら視線を逸らした。
この反応……やっぱり訳ありって事か。
「……ふはははは!トレジャーハンターだぁ!?なんとも愉快な冗談だなぁおい!」
「……は?」
ベリアルは急に膝を叩きながら笑い出した。
なんだってんだ……まさか、シルクはトレジャーハンターじゃないとでも?
「……今まで黙っててすまなかった……」
「シルク?」
「……あれは嘘だ。私はトレジャーハンターではない……」
「は?」
そのまさかだった。シルクはトレジャーハンターじゃなかった。
だが、そうだとしても、シルクは一体何者なんだ……?
「……信じ難いと思われるかもしれないが……」
「?」
シルクは徐に顔を上げて、強い目で静かに言い放った。
「私の名はシルク・オキオード。反魔物国家、トルマレア王国の第三王女だ」
「……はぁ!?」
シルクが……王女!?しかも、反魔物国家の!?
どういうことだよ……急展開過ぎて訳が分からん!
「嘘をついてすまなかった……だが、この男に襲われたのも、攫われたバルドを助けようとしたのも本当なんだ」
シルクは申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝ってきた。
ただ、バルドを助けたいと思っていたのは本当らしい。さっきのやり取りから見ても十分分かる。
だが、なんでまたトレジャーハンターなんて名乗っていたんだ?それに……。
「なんでまたそんな……いや、ちょっとまて。アンタ、本当に王女なのか?」
「ああ、それは間違いない」
「じゃあさ……バルドもトレジャーハンターじゃないのか?」
俺はベリアルの背後にいるバルドに視線を移した。
シルクがトレジャーハンターじゃないとしたら、その相棒のバルドも違うってことになる。王女が身を投げ出してまで助けたいと思うなんて、バルドは一体何者なんだよ?
「バルドは……幼い頃から私の護衛を努めてくれた勇者だ」
「勇者!?あいつが!?」
バルドが勇者だったとは……。
まぁ、反魔物国家で生まれ育ったのなら不思議じゃないが。それにしても、シルクもバルドも反魔物領の人間だったなんてな。
だが……バルドはよく分からないが、シルクは魔物に対して友好的に見えるような気がする。サフィアたちとも普通に嫌気無く話してるところを見た事あるし……。
「何を言っている。俺はベリアル様の部下だ。何度も言わせるな」
「目を覚ませ、バルド!お前は勇者だろ!そんな男の部下ではない!」
「貴様!ベリアル様を侮辱する気か!」
「やめろバルド。もう無駄な戦いは終わりだ。引っ込んでろ」
「くっ……承知しました……」
バルドがシルクに斬りかかろうとしたが、ベリアルに制止されて渋々と引き下がった。
皮肉なものだ。主神の加護を授かった勇者が、洗脳されて海賊の僕になるとはな……。
「ふん……まぁいい」
ベリアルは異形の右手にどす黒い魔力を収束させた。
なんだ……ここで戦う気か?
ベリアルに対する警戒を怠らず、俺は武器を構えてベリアルと対峙した。
「勘違いするな。俺はあくまで部下共から緊急連絡を受けて、気まぐれで自ら来てやっただけだ。戦う気は無い」
「じゃあ何をする気だ?」
「帰るんだよ。本命のアジトにな」
「……なんだと?」
どうやらベリアルは撤退する気でいるらしいが、『本命のアジト』ってのがどうも引っかかる。
てっきりこの城こそベリアルのアジトかと思っていたが……まさか、二つも持ってるのかよ。
「こんなボロい石の建物が本拠地な訳ねぇだろ。此処はあくまで二の次だ。だが、此処ももういらなくなった。良い機会だからお前にやるよ」
「……随分とあっさり譲るんだな。そんなことしていいのか?まだお前の部下だって残ってるんだぞ」
「さっき言っただろ。貧弱こそが罪だ。たかが鼠の侵入を許すどころか、アジト内で取り押さえられないクソ雑魚はなぁ、俺の部下に相応しくねぇんだよ」
「……そういや、お前はそういう奴だったな」
取り返すどころか、逆にアジトを譲るだなんて言い出す始末。部下からの報告を聞いて此処まで来たのは本当らしいが、ベリアルは最初から部下を助ける気なんて無かったのだろう。
だが、やっぱりムカつく野郎だ……自分を支えてくれている部下をなんだと思っているんだ!
「さて……」
ベリアルは魔力の宿った右手を己の足元に翳した。
「ダーク・ゲート!」
すると、右手に収束されていた魔力が放たれ地面に着いた途端、その魔力が地面に広がって一つの円陣の形に変わった。
これは確か……転移魔法によって形成される円陣だったな。てことは、転移魔法で此処から退出する気か。
「……バルド、お前も来い」
「は、はい!」
ベリアルは顎をクイッっと動かして、バルドに円陣の中に入るよう命令した。バルドも多少慌てながら、ベリアルの円陣の中へ入った。
「ま、待ってくれ!行っては駄目だ!バルド!」
それを見たシルクが慌ててバルドを連れ戻そうと駆け出したが……。
「50万ボルト・放電(エレヴァージ)!」
ゴロゴロゴロゴロゴロ!
「危ねぇ!」
「きゃあ!」
ベリアルが漆黒の雷をシルクに向かって放った。その動作を見切った俺は、咄嗟にシルクの身体を引いて雷を避けさせた。
「くっ!貴様……!」
ベリアルを鋭く睨みつけるシルク。対してベリアルは、バルドの肩をポンポンと叩いて悠々と言い放った」
「それほどまでにこの男に執着しているんだったら、その手で力ずくでも奪ってみろ。だが、ここでは戦わない。こちとらやるべきことが山積みなんでな」
「……何を企んでいる?」
「此処では言わない。それも知りたければ、まずは俺たちが再会するであろう場所に来てみろ」
「なに?」
再会……だと?また再び会う日が来るとでも言うのか?
「お前らが本当に、全てを取り返し、失う事を防ぎたいと思っているのだったら……」
ベリアルは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「トルマレア王国に来い。俺もこの男も、暫くはそこに居る」
「トルマレアって……私の国じゃないか!」
「ああ……」
トルマレア……シルクの故郷でもある反魔物国家。ベリアルとバルドはそこへ向かうようだが……何故またそんなところに?
「お前も他人事じゃねぇぞ、キッド。お前はいずれ俺と戦う宿命を背負っている」
「……どういう意味だ?」
俺に視線を移して話しかけるベリアルだが、言ってる意味がいまいち分からない。
戦う宿命だと?何か因縁でもあるのか?
「カリバルナの革命……あの日から俺は公爵の称号を剥奪され、海賊として生きる道を選んだ」
「それがどうした?」
「あの反乱が起きた後でも、あの国や愚民共に対して恨みなんて湧き上がらなかった。何事においても結果は受け止めるべきだ。だが……」
ベリアルは、仮面の奥にある瞳で俺を見据えながら静かに言った。
「近いうちにカリバルナを手中に収めてやるさ。新しい国王も王妃も、その部下も、愚民も……全員皆殺しだ!」
「な、なんだとテメェ!!」
カリバルナを侵略して……叔父さんたちを殺すだと!?馬鹿げた事言いやがって!!
「ふざけんな!そんな事、俺が許さねぇぞ!」
「ほう……俺に楯突く気か?」
「当たり前だ!テメェの好きにはさせねぇ!」
俺の故郷を……カリバルナに手を出す気なら、今此処でぶっ飛ばしてやる!
俺は武器を構えて、ベリアルと仕留めようと足を進めた。しかし……。
「くっ!」
円陣が黒く光り輝き、ベリアルとバルドを包み込んだ。突然放たれた光に俺は思わず足を止めてしまった。
「さっき言っただろ。俺たちは暫くトルマレアに居る。再び会うときまで戦いはお預けだ。その時まで待っている」
ベリアルがそう話している間にも、徐々に円陣の光が強くなっていく。もうすぐ転移が始まるのだろう。
「第一、俺だって色々と済ませるべき仕事があるんだよ。近いうちにな、同盟を組んだ有力な海賊と会わなければならない。そう……」
ベリアルは、勝ち誇った笑みを浮かべながら高らかに言い放った……!
「ドクター・アルグノフを攫って、俺の下へ来るんだよ!」
「!?」
……アルグノフ……だと?
聞いた事があるぞ。その人って確か……シャローナの爺さん!?
なんでその人の名前が!?行方不明じゃなかったのか!?
こいつ……シャローナの爺さんに何をする気だ!?
「おい待て!テメェ!何を企んでいるんだぁ!!」
「バルド!バルドー!!」
俺とシルクは一斉にベリアルたちへと駆け出したが……!
「それじゃあ……あばよ!」
時既に遅し。ベリアルとバルドは転移魔法によって姿を消してしまった。
畜生……なんてこった!よりによって厄介な野郎を見逃してしまった!
「畜生!」
しかし、色々と引っかかる発言を残して行きやがった。
カリバルナを手中に収めるとか、叔父さんたちを皆殺しにするとか、シャローナの爺さんを攫うとか、何を考えてるんだ!
ベリアルが言った通り、こりゃもう他人事じゃなくなってきたな。ただのお宝争奪戦が、とんでもない展開になってしまった……。
あ、そう言えば、シルクは……?
「……そんな……バルド……」
ふと視線を移して見ると、呆然としながらその場に座り込んでいるシルクの姿が……。
……心中お察しする。手の届く距離にいた仲間を救えなかったんだ。相当辛いに決まっている。
だが、何時までもこんな所でウジウジしている場合でもない。これからどうするかを話さなきゃいけないな。何よりも、シルクが王女だった件について、もっと詳しく聞かせてもらう必要がある。
「キッドー!シルクー!」
「ん?おお、リシャスか」
突然誰かの声が聞こえたかと思うと、リシャスが慌てた様子で現れた。
さっきまでアイーダと一戦交えてたが、どうやら決着がついたようだ。まぁ、リシャスが並みの人間に負けるなんて有り得ない話だが。
「さっき、巨大な雷の音が聞こえたが、何かあったのか!?」
「ああ、ちょっとな。長くなるから詳しくは後で話す。とりあえず此処から外へ出るぞ」
「あ、ああ……ん?シルク?どうしたんだ?」
リシャスも座り込んでいるシルクに気付いた。だが、その異常なまでの沈み具合に不安げな表情を浮かべた。
「シルク……一体どうしたんだ?そうだ、バルドは?此処には居なかったのか?」
リシャスがシルクに歩み寄り、肩に手を置いて呼びかけると、シルクは生気が感じられない虚ろな目をリシャスに向けた。
「リシャス……う……うぅ……」
「……シルク?」
虚ろな目からポロポロと零れ落ちる涙。
バルドを助けれなかった悔しさからなのか、それとも自分との記憶が無くなった悲しみからなのか、いや……恐らく、両方だろう。悔しさと悲しみが込められた涙だ。
「私……う、ひぐっ……助けてあげられなかった……目の前に居たのに……うぅ……手の届く距離に居たのに……」
「…………」
泣きじゃくりながら話すシルクを見て、リシャスはその場で跪いて優しくシルクの背中をさすった。
今のシルクの発言から、リシャスもある程度は事情を察したのだろう。普段は気の強い奴だが、女には優しいところを見せるんだよな……。
「うっう……ひっく、うぅ……」
「……大丈夫だ、大丈夫。まだ何も言わなくていい。今は泣いてもいいからな……」
「…………」
本音を言えば、早く外の状況を確認したかった。
だが、泣いてる女の気持ちも考えずに自分勝手な行動を取るほど、俺は愚かじゃない。
何も言わずに扉の前まで移動して、シルクが泣き止むのを静かに待った。
「……」(クイッ)
「……?」(クイッ)
「……」(コクコク)
「……」(コクン)
すると、リシャスが無言で『先に行け』とジェスチャーで伝えてきた。俺が無言で親指で扉の外側を指すと、リシャスは小さく頷いたので、俺も頷き返して何も言わずにその場を後にした。
船長である俺は先に行ってろと……そう言いたかったのだろうか?
まぁとりあえず、お言葉に甘えるとしよう。サフィアにも早く会って、何事も無かったってのを伝えないと。
……いや、厳密には何かあったか。それも、かなりヤバイ出来事が。
「……さて、これからどうしようかね」
まず、ヘルムたちにはたった今起きた事を全て話さないといけないな。カリバルナが狙われてるなんて、こりゃもう他人事じゃ済まなくなってきた。
とは言っても、仲間たちも今日は長時間戦い続けて疲労困憊だろう。その状態でさっきの出来事を話しても付いて来れないだろう。報告は翌日、時間を改めてキチンと話そう。
……でもなぁ……シャローナにはなんて言えばいいんだよ。
まさか自分の祖父が攫われたなんて、そんな事聞けばシャローナも流石に動揺するだろうな。
ましてや、今の今まで消息が絶たれていたんだ。長い間会ってなかった祖父が生きていたと思ったら、急に海賊に攫われたなんて……話が唐突過ぎて、シャローナは気が気でなくなるだろうな。
そもそも、アルグノフを攫った海賊って誰の事だよ?ベリアル曰く『有力な海賊』だなんて言ってたが……。
ただ、あのベリアルが有力だと認める輩だ。相当厄介な海賊なのだろう。
……仕方ない。誤魔化すのは意に反するが、アルグノフの件については黙っておこう。余計に慌てさせるのは、かえって良くないからな。
……それにしても……何なんだ、この胸騒ぎは?
なんだか、これから悪い出来事でも起こりそうな予感がする。
まるで……俺が知らないところで、また何か起こりそうな気がしてならない。
それに……何故……。
なんで急にあいつらの……メアリーとバジルの姿が思い浮かぶんだろうな……?
「あいつら……元気にしてるかな……?」
〜〜〜翌日(メアリー視点)〜〜〜
「もげろ……もげちゃえ……ブチッともいでやるぅ!」
ブチッ!
「ふっふっふ……まいったか!さぁ、次は君の番だよ〜!もげろ〜!」
ブチッ!
「またもいじゃった!さぁ、次の獲物は……こいつだぁ!」
ブチッ!
「どうだ〜!見たか、リア充の諸君!私のもぎっぷりはぁ!」
「おいメアリー」
「ん〜?なぁに、バジル」
「黙ってやれ。あと、はしゃぐな」
「ぶぅ〜……」
ただ今の時刻は朝の十時。海賊としての旅の途中、明緑魔界の孤島に上陸した私たちは食料集めに努めていた。
バジルと一緒に黒ひげさんの海賊船に乗せて貰ってから結構経つけど、海賊稼業にもだいぶ慣れたものだ。いや、慣れたと言うか、心から楽しめてきたと言うべきか。お宝探しも戦闘もワクワクが止まらない。やっぱり海賊って楽しいな。
……まぁでも、バジルとの甘い夜の時間には敵わないけどね♪
「だってさぁ、黙々と同じ事繰り返すの苦手なんだもん!なんか喋ってないと落ち着かないよ〜!」
「だとしても普通の事を言え。もげろとかリア充とか何を訳の分からん事を……」
「え〜?でも果物をもぐってよく言うじゃん。全然おかしくないよ」
「そりゃそうだが……お前が言うと妙に変なんだよ……」
「?」
木々が生い茂る密林の中、私とバジルは虜の果実を集めていた。私が木に登って果実を取って、それをバジルが木の下で受け止める。この流れでもう既に籠の中は堕落の果実でいっぱいになった。
単純な作業なだけに、長くやってると流石に退屈になる。だから少しでも場を和ませるために、私が面白く喋っていたら……どういう訳かバジルに制止された。
「まぁとにかく、黒ひげたちも待ってるんだ。あと三個くらい取ったら戻るぞ!」
「うん!それじゃ……よし。バジル、投げるよ〜」
「ああ」
そろそろ戻らなくちゃ……そう判断した私たちは、そろそろ黒ひげさんたちが待っているであろう島の中心部へ行く事にした。
堕落の果実を三個もぎ取り、下で待ってるバジルに一個ずつ投げ渡す。バジルも一個一個的確に果実を受け取って籠に入れた。
さて……果実も結構取ったし、そろそろ降りようかな。
「…………」
「ん?どうしたメアリー?戻って来いよ」
……あ!いいこと思いついちゃった♪
普通に降りようと思ったけど、それじゃつまんないからね♪
「バジル〜!いっくよ〜!」
「は?行くって、なにが……?」
私は背中の翼を畳んで、そのまま地上に……。
「レッツ、ダイブ!」
勢い良く飛び降りた!落下地点は勿論、愛しのバジル!
え?翼?飛ぶ?なにそれ美味しいの?
「どわぁぁぁ!ちょちょちょ!お前何考えて……うぉっと!」
「えへへ!着地成功♪」
最初こそ激しく動揺したバジルだけど、最後にはキチンと私を受け止めてくれた。
あ、これ……所謂お姫様抱っこだ!こうやって抱っこしてもらったの久々だなぁ。テンション上がっちゃうよ。
「いきなり飛び降りるな!危ないだろ!全く……」
でもやっぱり怒られちゃった。まぁ確かに危なかったのは分かってるけど……やっぱりバジルに受け止めて欲しかったから、ついやっちゃった。
「あはは……ごめんね。でもやっぱりバジルには私のこと受け止めて欲しくてさ。私はバジルのお嫁さんだし、お姫様抱っこもたまにはしてもらいたくて」
「……まぁ……抱きかかえるくらい、何時でもやってやるから」
「ホント!?バジル、だ〜い好き!」
「あ、こら!動くな!落とすだろ!」
ほんのちょっぴり照れながら言うバジルを見て嬉しくなり、思わず抱っこされたままギュ〜っと抱きしめてしまった。
あぁ……やっぱりバジルって温かいなぁ……それにいい匂い……。
こんなに優しくて温かい夫を持って本当に幸せ♪
「えへへ……バジル、とってもいい匂いがする〜♪」
「よ、よせって!鼻を擦り付けるな!くすぐったいだろ!降りろ!」
「やだ。もっとギュ〜ってするの!」
「こ、こら!やめんか!降りろ!こんな状態で黒ひげたちのところまで戻れないだろ!」
「別にいいじゃん。見せびらかしちゃおうよ♪」
「アホか!少しは周りの視線も気にしろ!」
もう、バジルってばツンデレなんだから。私たちの仲の良さを見られても恥ずかしい事なんて無いのに。
ま、そういう恥ずかしがり屋なところも大好きなんだけどね♪
「……バジル……私とくっ付くの、嫌?」
「嫌だなんて微塵も思ってないが……」
「じゃあいいじゃん!抱っこしたまま戻ろう♪」
「虜の果実の籠を運べないだろ!」
「いいじゃん。纏めて抱っこしてよ」
「サラッと重労働的な事言うな!」
私はもっと抱っこして欲しいけど、バジルは果実の籠を運んで戻りたいようだ。
私より籠を気にするなんて、ちょっとヤキモチ焼いちゃうなぁ……。
よし!かくなる上は……。
「……メアリー?」
「へへ……ん……ちゅっ♪」
バジルの口元のマスクを下にずらし、露になった唇にキスをした。
「んちゅ……ちゅっちゅ……ん……ちゅ」
何度も啄ばむように唇を重ねる。ただ触れ合うだけの優しいキスなのに、唇と唇が重なる度に胸の奥がドキドキしてきた。
バジルの方も抵抗するどころか、私を落とさないように腕でしっかりと支えながらキスに応えてくれた。
「ちゅぅ、ん、ちゅっ……ちゅ」
その気になれば強引にでも引き離せるのに、バジルはそんな事絶対にやらない。戦闘時でも、一緒に冒険している時でも、何時でも私を気にかけてくれる。
バジルは本当に、優しくて強くて温かい、私の素敵な旦那様。出会えてよかったって、心の底から思っている。
「ん……えへへ♪私を受け止めてくれたお礼だよ♪」
「…………」
唇を離してバジルの肩に頬擦りすると、バジルは照れくさそうに視線を逸らした。
あぁ……こういう表情も堪んないなぁ♪そう言えば、エッチの時もたまにこんな顔浮かべたよね……。
……どうしよう……あの熱い夜を思い出したら、ムラムラしてきちゃった……。
「バジル……私、もっとお礼したいな……」
「……いや、別にいらんが……」
自慢の胸をバジルに押し付けてアプローチしてみる。バジルも私の気持ちに気付いたみたいだけど、惚けてるように視線を逸らした。
「えぇ〜?お礼させてよ〜。もっとバジルに感謝の想いを伝えたいの♪」
「いや、十分伝わったから」
「ホントかな?それじゃ、こっちはどうかな?」
右手をそっとバジルの股間に伸ばして……。
「ね?折角だからさ、もっと気持ちいいお礼を」
「やめんか!!」
「ふみゃぁん!?」
ドスン!
……ズボンの上から触ろうとした瞬間、バジルの腕が急に解かれて私の身体が落下した。
うぐぅ……お尻が痛い……。
「いったぁ〜……もう!なんでいきなり落とすのさぁ!」
「ここで気を許したら最後。辺りが暗くなるまで搾り取られるに決まってる。リリムの底無しの性欲は重々承知しているからな」
「うっ!」
地面に打ち付けられたお尻を撫でながら、ちょっと恨めしげな視線をバジルに向けた。でも鋭い事を言われてちょっと言葉に詰まってしまった。
うぅ……そりゃあ、確かに一回だけじゃ絶対に物足りないと感じるだろうけどさ。
「分かってるだろ?黒ひげたちを待たせる訳にはいかないんだ」
「えぇ〜?駄目なの?その気になってくれれば、フェラとかパイズリとか騎乗位とかいっぱいサービスしちゃうのに」
「時と場所と場合を考えろ。今はやってもいい条件に満たしてないだろうが」
「むぅ……バジルだってインキュバスなんだから、もうちょっとエッチな事に積極的になってもいいのにな……」
「お前が貪欲過ぎるんだろうが。夜まで待て」
ちょっと手厳しくお預けを言い渡された。
……もうちょっとエッチなインキュバスになってくれてもいいのにな。と言うか夜ならいいんだ。それなら遠慮なく襲っちゃうぞ♪
「さ、それより戻るぞ」
「あ……うん!」
と、私にそっと手を差し伸べたバジル。
……やっぱり、バジルは優しいな♪
「せ〜の……よいしょ!」
私はバジルの手を握り、身体を引っ張ってもらいながら立ち上がった。
「さて……そろそろ戻ろうか」
「は〜い」
と言うわけで、私は虜の果実の籠を抱えたバジルと一緒に、黒ひげさんたちが居る場所まで足を進めた。
「……ねぇねぇ」
「ん?」
「腕、組んでもいい?」
「……どこまで甘える気なんだ」
「ダメ?」
「……やりたいのならおいで。だが籠を抱えてるんだから、気をつけるんだぞ」
「うん!ありがと!」
〜〜〜(数分後)〜〜〜
「それでさ、さっき大きな洞窟みたいな穴を見つけたんだ」
「洞窟か……魔物が居るかもしれないな。もしくは熊とか大蛇とか……」
「お宝とかあったりして!」
「物凄く低い確率だな」
「でも十分有り得るでしょ?ねぇ、後で一緒に行ってみようよ!」
「そうだな……」
バジルと腕を組みながら歩く事数分。木々の隙間から差し込まれる日光を浴びつつも、黒ひげさんたちが待っているであろう場所へと着々と足を進めていた。
「あ、見えてきた!」
会話を交えながら歩いていると目的地に着いた。大きな木々が生い茂る密林の中でも珍しく、草原のように緑一面の殺風景な空間。太陽から降り注がれる光が草原空間を照らしていた。
「みんなー!お待たせー!」
「ん?おお、メアリー殿にバジル殿じゃな」
「お疲れ様です。わざわざどうもすみません」
「…………お帰り……」
まず私たちを出迎えてくれたのは、甘党バフォメットのエルミーラさん、お淑やかな龍の姫香さん、そして無口なダークマターのセリンちゃん。
三人とも黒ひげさんの娘で、お世話になってる私たちとも仲良くしてくれる、とても良い人たちだ。
「それで、どうじゃった?収穫の方は?」
「ああ、ざっとこれくらい……メアリー……」
「ん?」
「腕、離せ」
「えぇ〜?」
「籠を下ろせないだろ」
「は〜い」
腕を組んだままじゃ籠を下ろせないので、仕方なく腕を離すことにした。私の腕から解放されたバジルは、虜の果実が詰まった籠をゆっくりと足元に置いた。
「あらあら……バジルさんも大変そうですね」
「いや全く……こいつの子供っぽさときたら」
「子供じゃないもん!18歳だもん!お姉さんだもん!」
「……あぁ、そうか。育ったのは身体だけか」
「なにそれ!?心は子供のままだって言うの!?」
「そうだな」
「えー!?ひどっ!意地悪言わないでよ〜!」
「ああ、はいはい、悪かったから……」
「うふふ……やっぱり微笑ましいですね」
「…………ちょっと……羨ましい……」
からかわれたのがちょっと悔しくて、ポカポカとバジルを叩くと、バジルは私の頭を撫でて宥めてきた。このやり取りを姫香さんたちが微笑ましく見ていた気がする。
「……あ、そう言えば、黒ひげは?」
「ああ、父上ならすぐ近くにおるぞ。ほれ、あそこじゃ」
バジルはエルミーラさんが指差した方向へと視線を移した。私も同じようにその方向へと目を向けて見た。
「…………」
そこには、大きな切り株に腰掛けて無言で俯いている、大きな身体の男の人が居た。
黒い三角帽に赤いコートに、黒くて長い髭。あの人こそ、伝説の海賊と呼ばれた大海賊。
ティーチ・ディスパー。通称『黒ひげ』である。
「……ねぇ、黒ひげさん、俯いちゃってどうかしたの?」
「さぁ……私たちもよく分からないのです。さっきまでは元気だったのですけど、急に切り株に座ってあのように……」
「もしかして、二日酔い?昨日もお酒飲んでたし……」
「いや、父上は昨日、ジョッキ三杯分のビールしか飲まなかったのじゃ。父上は酒に強いから、あれくらいで二日酔いにはならないのじゃ」
「それじゃあ一体……」
私たちに背を向けている黒ひげさんは、なんだか様子がおかしい気がした。
さっきから俯いてばかりで、私たちが帰ってきても反応が無い。
二日酔いかと思ったけど、エルミーラさんが言った通り、酒で気力を無くすような人じゃないし……。
……声、掛けてみようかな……。
そう思った刹那、
「……来たか」
「え?」
急に俯いてた黒ひげさんが口を開いた。
「……くっくっく……あれ以来よのう……」
「……父上?」
そして徐に顔を上げて、何やら面白げに笑みを浮かべながら真正面を見据えた。
どうやら具合は悪くなさそうだけど……一体どうしたのだろう?
「黒ひげさん、どうかしたの?」
「いやなに……気配を感じ取っておったのだよ。懐かしい気配を……な……」
「……懐かしい?」
黒ひげさん曰く、気配を感じ取ってたらしいけど……懐かしいってどういう事だろう?誰か知ってる人でも来るのかな?
ドカァン!
「ふぇ!?な、なに!?」
「爆音!?」
ドスゥン!
「あわわ!木が倒れた!」
突然、爆音と思われる轟音が鳴り響いたと思うと、ちょうど真正面に立っている大木がなぎ倒された。
幸い、大木はこっちに来なかったけど……。
「今のは……猛獣とかの仕業じゃないぞ!」
「分かっとるわ、そんな事。今来るぞ……懐かしき者がな」
「者って……人か?」
どうやら今のは私たち以外の人物の仕業らしい。
この島に誰か来たみたいだけど……一体誰が?この島の周辺の海域にはカリュブディスが生息していて、普通の船だと渦に巻き込まれて沈んじゃうはずなのに……。
「ああ……来たようだな」
「え?」
黒ひげさんの視線を追うように、大木が倒れた方向へと視線を移す。
その奥から人影らしきものが……!
「…………」
「!!」
……密林の奥から現れた人の姿を見て、私は思わず息を呑んでしまった。
何故ならその人は、私も知ってる有名な人だから……!
「く、黒ひげ!この男は……!」
「ああ……流石に知っておるか」
「……こやつ……!」
「あら……!」
「…………!」
バジルもかなり驚いてるようで、大きく開かれた目でその男を見つめた。エルミーラさんたちも思わぬ来訪者の登場で驚きを隠せないようだ。
「……よう……久しぶりだな……」
「……よく来たな、小僧……」
それもその筈、その来訪者とは……その男とは……!
「変わってないようで安心したぜ、黒ひげ……」
「貴様は大分老けたな、ドレーク……」
海賊連合軍の総大将、ドレークだった!!
13/07/31 22:46更新 / シャークドン
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