連載小説
[TOP][目次]
黒ひげと鋼鉄帝王
「おい、老けたってなんだよ老けたって」
「致し方なかろう。最後に会ってから30年は経っておるのだ。人は時の経過と共に老いる。ぬしとて人間であれば、老けなければ不自然であろう」
「そりゃあ白髪は増えただろうが……まぁいい。前、失礼するぜ」


私の目の前にいる海賊総大将ドレークは、黒ひげさんに対して不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄り、その近くにある大きな切り株に腰掛けて黒ひげさんと向かい合った。
それにしても……なんて壮大な光景なんだろう。伝説と呼ばれてる大海賊と、数多くの海賊団を従えている連合軍の総大将が対面するなんて……こんなの滅多に見れないよ。

「……んん?」

と、ドレークは黒ひげさんの背後にいる私の存在に気付いた。目が合ってどうしようかと思ったけど、とりあえず会釈だけしておいた。

「ほう……アンタ、とうとう魔王の娘まで部下に加えたのか。復活して間もないってのに、やっぱり油断できないな」
「いや、こやつは部下ではない。事情があって船に乗せておるだけぞ」

どうやら私が黒ひげさんの部下だと思いかけてたらしい。そりゃあ、事実黒ひげさんより強くないし、そう見られても仕方ないけど……これでも船長目指してるんだけどな。

「なんだ、違うのか。ま、どうでもいいがな」
「……時に貴様、何用で此処に来た?」
「用はあるにはあるが……ただアンタの顔を見に来ただけだ。思い出話も交えたくてな」
「貴様、過去を振り返る性質であったか?」
「たまにはあんだよ、そういうのも。特にアンタとはな……」

気のせいだろうか……黒ひげさんもドレークも、なんだか過去を懐かしむような目付きになっているような気がした。
思い出話って……この二人、もしかして過去に会った事があるの?


「まぁとにかく、俺は戦いに来たんじゃないんだ。戦闘の意思も無い。土産と言っちゃあアレだが酒を持って来たんでな。それでも飲みながらゆっくりと話でもしようじゃねぇか」
「……上等物を持って来たのであろうな?」
「ったく、この世に復活してきても相変わらず現金なジジイだな」
「物品を妥協する海賊がどの世界におる?未だに未熟であった若き頃の貴様にも言ったはずだ」
「ああ、忘れちゃいねぇよ……」


酒を持って来たとドレークは言うけど、見たところ酒と思われる物は見当たらない。
おちょくってる……とは到底思えない。大した根拠は無いけど、やたらと嘘を言う人にも見えないし……それに……なんだろう……。


この人……どこかで会ったような気がする。私の気のせいかな……?


「……あ、あの、ドレークさん……急に割り込んでしまって申し訳ないのですが……」
「ん?」


と、さっきまで黙って黒ひげさんとドレークの会話を聞いてた姫香さんが、恐る恐るといった感じで声を掛けてきた。

「えっと……今日はお一人で来られたのですか?」
「いや、俺の船で部下を引き連れてこの島まで……」
「いえ、そうでなくて、その……私たちの下へ参られたのは、貴方だけなのでしょうか?」

この様子……姫香さんは他に誰か来てるのか気になってるようだ。
確かに、ドレーク一人で此処まで来たのかは私も気になる。木々に紛れて何人かドレークの部下が隠れている可能性もある。だとしたら、一体何を考えて……。

「……あぁ!そういうことか!いや、一人だけ連れてきた奴がいるんだ」

ドレークは姫香さんの言ってる意味を理解したようで、ポンと軽く手を叩く仕草を見せた。
そして……。


「ガロ!酒持って来い!」


ドレークは右手を口元に当てて、誰かを大声で呼び始めた。


「はっ!ここに!」


そして風の如く素早さで、ドレークの傍らに男の人が現れた。どうやらあの人がガロらしい。両手にはお酒が入ってる瓶と二つの杯を持っている。
こげ茶色のローブを身に纏い、赤と黒で彩られている不気味な仮面を被った人だ。身体から顔まで、あらゆる物で隠れているため正体は分からないけど、声色から男の人だって事は分かった。


「あ……!」


ガロの姿を見た途端、姫香さんは鼻から口元を手で覆った。
その仕草は驚いたような……それでいて嬉しそうな感じだった。

……ほうほう……この反応、中々興味深いわね……。

「あいつは……旋風のガロ!」
「え?」

ガロの姿を見たバジルは、少し驚いた表情を浮かべた。

「バジル、あの人のこと知ってるの?」
「ああ、今は旋風の異名を持つ海賊だが、元は闇の組織に所属していたアサシンだ。実力も教団のエリート勇者に匹敵すると言われている」
「へぇ……」

バジル曰く、ガロは元アサシンだったとか。よく分からないけど、教団の勇者と同じくらい強いって事は相当凄い人なんだろうな。

「……!」

ガロは正面を向いた途端、姫香さんの存在に気付いたらしく、ハッと息を呑んだ様子を見せた。
仮面で顔が隠れている所為でどんな表情を浮かべているのかは分からないけど、多分ちょっとは驚いてるのだと思う。

「あらぁ……うふふ♪どうもお久しぶりです♪」
「あ、これはどうも……ご無沙汰しております」

そして視線が重なった瞬間、姫香さんは温かい笑みを浮かべながら上品にお辞儀をして、対するガロはペコペコと軽く会釈して応えた。

「ジパング以来ですね。お元気そうで何よりです」
「ええ、お陰さまで。姫香殿こそお元気そうで安心しました」
「うふふ、ありがとうございます。あ、宜しければお茶でもいかがですか?ご所望でしたら今すぐ淹れますので」
「いえいえ、そんなお構いなく。某はただの付き添いですし、そちらも長旅でお疲れでしょう」

そしてそのまま互いに謙虚な姿勢で話を交える二人。
やっぱりこの二人、過去に会った事があるようだ。

「……ねぇ、あの二人って知り合いなの?」
「ああ、わしとセリンも知っておる。ジパングで暮らしていた時にちょいと色々あっての」
「へぇ……」

小声でエルミーラさんに聞いたところ、どうやら姫香さんだけでなく、エルミーラさんたちとも以前から知り合いのようだ。
そう言えばエルミーラさんたちって、以前まではジパングで生活してたんだっけ。その時に何があったんだろうな……?

「ガロ、お取り込み中悪いが、酒と杯をくれ」
「はっ!も、申し訳ございませぬ!すぐに!」
「んな慌てるなよ……ドタバタしちまって悪いな、黒ひげ」
「いや、気にしてはおらぬ。気にしては……」

ドレークに促されて、ガロは慌て気味でお酒と杯を差し出した。そんな様子を見られてドレークは苦笑いを浮かべながら黒ひげさんに軽く詫びたが、黒ひげさんは特に気にしてないようだ。
……いや……寧ろ気になってるのは別の事のようだ……。

「…………」
「……?」
「…………」
「……あ、あの、何か……?」

気にしてないように見えるが、そうでもなさそうだ。なんか、凄く恐い目付きでガロを睨んでる。
黒ひげさん、もしかして……ちょっと怒ってる?

「貴様、何時から我の娘と知り合う仲となった?」
「え、あ、えっと……およそ一年前です」
「それ以降も頻繁に会うのか?」(ビキッ)
「じ、時間がある時に……」
「……会った時は娘とどう過ごしておった?」(ビキビキ)
「ど、どうと申されましても……」

容赦なくガロに質問攻めする黒ひげさん。その両目からは相手を跪かせるほどの威圧が込められているし、一つ一つの発言にはかなりドスが効いている。
その姿……まさに父親。それも、娘に彼氏が出来て嫉妬する父親……。

「貴様……娘に近付いて何を目論んでおるのだ……?」(ビキビキビキ!)
「も、目論んでるなんてそんな……!ただ、仲良くさせてもらっているだけでして……」
「仲は良いのか!?」(ビキビキビキビキ!!)
「あ、えっと、お父上殿、とりあえず落ち着いて……」
「貴様に父上と呼ばれる筋合いは無いわぁ!!」(ビキビキビキビキビキ!!!)
「あ、え、あの、そういう意味で言った訳では……」


あまりの恐さにガロは怖気付いてしまった。対する黒ひげさんの手からは、爆破魔法の魔力が……!


「答えろ……姫香とはどのような関係なのだ!?返答次第では、今この場d」



パシィン!!



「もう!やめてくださいお父様!ガロさんが困ってるじゃないですか!」
「ひ、姫香……」


突然、姫香さんが龍の尻尾の先端で黒ひげさんの後頭部を殴った。あまり効いてないのだろうけど、殴られて少しは落ち着いたみたい。黒ひげさんは殴られた後頭部を摩りながら複雑そうな表情を浮かべた。

「ガロさん、どうもすみません……お父様が失礼な真似を……」
「い、いえいえ、そんな……」
「……ふんっ!」

申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝る姫香さんに対し、ガロは未だに怯えながらも手を軽く振って応えた。一方、黒ひげさんは気に食わないとでも言いたげな態度で眉間に皺を寄せた。

「……こんなに拗ねた黒ひげは初めて見たな」
「私も。黒ひげさんって結構威厳のある人だから、ちょっと意外……」
「まぁ、どこの馬の骨とも分からぬ男が娘に近寄るのが気に食わぬのじゃろうな」
「…………パパ……」

黒ひげさんたちに聞こえないように、私とバジル、エルミーラさんとセリンちゃんはこっそり集まってヒソヒソと小声で話した。
まぁ……あれかな?黒ひげさんにも父親のプライドってのがあるのだろうね。気持ちは分かるけど、もうちょっと娘の気持ちも考えてあげてもいい気がするんだけどなぁ……。

「ふはははは!面白ぇもん見ちまった!伝説の海賊も所詮は人の親って訳か!」
「……つまらぬ戯言を言いに来たのであれば、今すぐ消し飛ばしてやるぞ」
「まぁ、そう怒るなよ。ほら、酒でも飲んで落ち着けって」

ギロリと鋭い目付きで黒ひげさんに睨まれたドレークは、ガロから受け取った杯にお酒を注いで黒ひげさんに差し出した。

「……これはどのような酒ぞ?」
「ジパング産の銘酒、『鶴姫』だ。品のある香りで飲みやすい上等な酒だぞ」
「ほう……ジパングの酒か」

黒ひげさんは杯を受け取り、お酒の香りを嗅いでから一口飲んだ。

「……うむ、香りも味も悪くない……確かに良い酒よ」
「だろ?」

好物のお酒を飲んで少しは機嫌を直したのか、黒ひげさんは満足げに何度も頷いた。その様子を見て気を良くしたドレークは、自分の杯に酒を入れてゴクゴクと豪快に飲んだ。

「かぁ〜!うめぇ!しかしまぁ……こうしてまたアンタと酒を飲む日が来るとはなぁ……」
「……懐かしき過去よ。あの頃の貴様は、ナイフすらまともに扱えぬ小僧であったな」

口元で滴る酒を服の袖で拭うドレークの姿を、黒ひげは温かい目で見つめた。



「素人海賊の下っ端が、今や『五大海王』の一人になるとは……大した成長よの」



……五大海王?なにそれ?初めて聞いた。



「……ねぇ、五大海王ってなに?」
「……は?」


頭に浮かんだ疑問を、私の隣にいるバジルに小声で訊いてみた。


「いや、待てメアリー……お前……五大海王を知らないのか?」
「うん、初めて聞いた」
「……何故知らないんだ……海賊界では一般常識だろうが。船長を目指すのだったら尚更知ってないと不味いだろう」
「いや、そう言われても……」


バジルは呆れ気味に首を振った。まるで逆に知らない方がおかしいとでも言いたげに思える。
でも知らないのは仕方ないでしょうに。

「五大海王とは、簡単に言えばトップクラスの大海賊の総称じゃよ」

私の質問に答えるかのように、エルミーラさんが口を開いた。

「この海には数え切れないほどの海賊が存在するが、その中で有名な海賊はホンの一握りだけじゃ。そうじゃな……例えば、お主も知ってる『キッド・リスカード』や、隻眼鬼の異名を持つウシオニの海賊『長曾我部奈々』などは教団からも危険視されておる実力派じゃが、あの者たちのように名高い海賊はとても少ないのじゃ。有名になるのはそう簡単ではないからの」
「まぁ……それはなんとなく分かる。それで?」
「更に、そのホンの一握りの海賊の中でも極めて名高く、そこいらで有名な海賊よりも遥かに実力を上回る大海賊。それが五大海王じゃ。僅か五人しかおらぬが、まるで海を支配する王のように君臨しておる事から『海王』と付けられておる」
「へぇ……なんだか凄いね……」

要するに、海賊たちの中でも特に強くて有名な大海賊の事を、五大海王と呼ぶのか。
そんなに凄い人たちが、この広い海に居るんだね……なんだかワクワクしてきちゃった!

「今、わしらの目の前にいる海賊連合軍の総大将、ドレークもその五大海王の一人なのじゃよ。そして何を隠そう、わしらの父上こと、『黒ひげ』ティーチ・ディスパーも五大海王の座に君臨しておるのじゃ」
「黒ひげさんも五大海王!?それじゃあ、あの二人はまさに同列って事?」
「まぁ、立場で言えばそうなるかの」

ドレークだけじゃなく、黒ひげさんも五大海王の一人だなんて……。
確かに二人の強さと名声を考えればそれ程高い座に居るのも納得できるけど……やっぱりこうして見ると、二人が対面している光景って圧巻だなぁ……。

「補足説明だが、五大海王の称号を持ってる海賊はあと三人居るんだ」
「え?あ、ドレーク……さん。もしかして、聞いてた?」
「ああ、お前さんが小声で『五大海王ってなに?』って言ったところから全部な」
「え、あ、その……ごめんなさい」
「気にすんな」

どうやらドレークにまで筒抜けだったようで、急に口を挟んできた。とりあえず謝ったら、ドレークは気にしてないとアピールするように軽く手を振ってあしらった。


「それでだ、さっき言ったように五大海王と呼ばれている海賊は俺と黒ひげの他にあと三人いる。そいつらは全員女海賊……しかも魔物娘だ」
「魔物が……五大海王!?本当に!?」


なんと、他の三人の海賊は全員魔物娘だそうだ。
女が海賊をやってるだけでも珍しいのに、更にそのトップクラスに立つ大海賊に魔物娘が居るなんて……。


「まずその内の一人は、『妖艶銀蛇』の異名を持つ女海賊……グレイス・ブラッカイマー」
「妖艶銀蛇……」


五大海王の一人、グレイス。蛇の異名を持ってるって事は、本人も蛇の魔物なのかな……?


「もう一人は、今や明緑魔界の砂漠の国『エルファドコリム』の海賊女王、アルヴィルダ・フィルレン。ファラオの海賊だ」
「ファラオが海賊!?なんか、色んな意味で凄い……」
「だろうな」


ファラオが海賊をやってるなんて、凄く以外!
神の力を持ってる魔物だから、そのアルヴィルダって人も相当強いんだろうな……。


「そして最後の一人、恐怖の魔術師軍団のボスにして未来の預言者。『影の魔道師』マリア・バグナマーム」


影の魔道師……マリア・バグナマーム。
異名からして、魔術が得意な魔物なんだろうな。一体どんな海賊なんだろう?
でもとりあえず、まだそんなに詳しくは知らないけど、他の五大海王の名前は分かった。


「以上が、五大海王の称号を持つ魔物の大海賊だ。三人とも宗教国家を次々と陥落させて魔界国家に変えた実績から、教団からも最悪の犯罪者として特に危険視されている。こいつ等を始末する為に何度も討伐部隊が出向いているが、あっけなく返り討ちにされて未婚の魔物の餌食になるのがお約束になっているんだ」
「へぇ……やっぱり三人とも強いんだね」
「ああ、いずれお前さんもあいつらと会うだろうな」


なんだか本当に凄い話を聞いちゃった。
この海には怪物みたいに強い海賊が居るんだ……世界の海って本当に広いんだね。


「いやしかし、我が世間から姿を消していた30年間……よくぞここまで名を上げたものだ」


黒ひげさんは、手に持ってる杯の酒をグビグビと大量に飲んでから不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ……己では全くもって感覚が無いが、最後に出会ってから早くも30年近く経ったのだな。一端の若造が海賊連合軍の総大将にまで成り上がるとは……あっぱれぞ」
「今の俺がこの世に居るのは、アンタのお陰と言っても過言じゃないんだぜ。中途半端な雑魚海賊だった俺はアンタによって鍛えられた。今でもそう思っている」

……鍛えられた?黒ひげさんに?
もしかしてこの二人、師弟の間柄だったとか?

「貴様を弟子にした憶えは無いが?」
「そりゃそうだ。事実、アンタと俺は師弟関係じゃない。強いて言えば先輩と後輩……その程度だ」

違うのか。でも二人の間に何かしらの因縁がある事は間違いないようだ。

「勢いだけが取り柄だった俺は……名声欲しさに何度もアンタに挑んだ。だが、その度に軽々と返り討ちにされて、辛勝すら一度も得られなかった。数え切れないくらい、命の危機を感じた」
「…………」
「それでも俺は負けるのが悔しくて……何度もアンタに挑み続けた。次こそは勝つ!次こそは勝つ!何度も意気込んでは負けて、悔しさをバネにして諦めずに立ち向かって……気付いた時には、俺にとってアンタは大きな存在になっていた。戦う度に、アンタから海賊について色々と学んだ」

よく分からないけど……ドレークは若い頃、何度も黒ひげさんと戦っていたようだ。でも一度も勝てた事は無いらしい。
やっぱり黒ひげさんって昔から本当に強かったんだ。まだ若かったとはいえ、海賊連合軍の総大将すら勝てなかったなんて……。

「……アンタが突如姿を消しちまった時ぁ……そりゃもう驚いたさ。教団の策略に嵌ったと聞いた時は、もう本当に頭が真っ白になったよ。今までずっと追いかけてきた男が死んだなんて……信じられなかったし、信じたくもなかった」
「…………」
「アンタが姿を消していた空白の30年……追うべき目標を失った俺にとって、あまりにも寂しい年月だった。そこで改めて痛感したよ。俺にとって黒ひげがどれほど貴重な存在だったのかをな……」
「…………」

黒ひげさんは何も言わず、真剣な表情でドレークの話を聞いた。

「俺は……アンタが存在しない時間を過ごすうちに、ようやく気付いたんだよ。若い頃はとにかくアンタに勝ちたいと思って何度も戦いを挑んだ。だが全く歯が立たなくて、負ける度に悔しい思いをして、次こそは勝つと意気込んで、また挑んでは負けて……その繰り返しだった。だが、後になって分かったんだ……」

ドレークは杯の酒を飲んで喉を潤し、まるで自分自身にまで言い聞かすように口を開いた。


「人を強くする糧は、勝利じゃなくて敗北だ。負けてから己の力量を知る事で、人はもっと強くなれる。悔しがれば、それだけ強くなろうとする。敗北の大切さを知らない人間は、何時まで経っても強くなれないってな……」
「…………」
「本当に遅すぎたけど……やっと気付いたんだ。俺は知らないうちに、宿敵から大切な事を色々と学んだのだと……」


敗北が人を強くする……か……。
実感が無いけど、とても大切な事なのだろう。
いつも勝ち続けていても自分の為にならない。負けて悔しい思いをして、強くなろうとする。
きっと若い頃のドレークは、黒ひげさんとの戦いを経て学んだのだろう。
ちょっと失礼な言い方かもしれないけど、総大将も紛れもない人の子。生まれた時から強かった訳じゃないんだね。



「……生憎だが、我は今こうして現世に舞い戻った。それをどう思う?」
「……動揺したが、それ以上に心が躍ったさ。また黒ひげと戦えると思うと……な……」
「……こちらが嬉しく思うくらい成長したようだが、こうも素直に言われるとかえって気色悪く思うわ」
「……ふん!安心したぜ!しぶとく生き抜いても、やっぱりムカつくジジイだな!」

楽しく会話を交える姿を見て、この二人がどれほど互いを認め合っているのか十分理解出来た。
それにこの会話を聞いて、ドレークにとって黒ひげさんはとても大きな存在だった事がよく分かった。連合軍の総大将と呼ばれていても、黒ひげさんの存在があったからこそ、今のドレークが居る。そう思えてならなかった。


「あ、そういやムカつくと言ったら……あの時の事憶えてるか?」
「……何時の話ぞ?」
「ほら、俺が下っ端だった時にさ……」


と、二人の思い出話が再開したと思ったら……。


「伝令!ドレーク船長!伝令でございます!」
「あ?」


密林の奥から黒いローブを身に纏った男が少々慌て気味に現れた。ドレークを船長と呼んでるところから、どうやらドレークの部下であるようだ。

「なんだよ、盛り上がってきたところで……ったく。で、どうした?」
「はっ!ご報告します!たった今、カラステングから仕入れた情報によりますと……」

ローブの男は小声でドレークに耳打ちをした。ドレークも最初こそ冷静に何度も相槌を打ったが、話を聞くに連れて表情が……。

「……なんだと!?おい!マジか!?」
「は、はい!間違いありません!」

急に目を見開いたかと思うと、ドレークは激しく動揺し始めた。
こんなに驚くなんて、一体何があったんだろう……?

「……くそっ!なんてこった……つくづく野放しに出来なくなった!」

ドレークは自分の膝を叩いて、何か不味い事でも起こったと思わせる様子を見せた。
でも、この人にとって不味い事って一体なんだろう?総大将を悩ませる事って……?

「……すまねぇ黒ひげ。もう少しのんびりしたかったが、急用が出来ちまった。こんな所で酒を飲んでる場合じゃない」
「……ただ事ではなさそうだな」

慌て気味で杯の酒を飲み干すドレークを見て、黒ひげさんは真偽を見極める眼差しを見せた。

「悪いが俺らはここでお暇させてもらうぜ」

ドレークは空になった杯をガロに押し付けて、椅子代わりにしていた切り株からすっくと立ち上がった。

「……何処へ行く?」
「小さな反魔物国家だ。今すぐそこへ行かなければならない理由が出来たもんでな」
「……その国の名は?」
「……トルマレア王国」
「……何故そこへ行く?」


トルマレア王国……あまり聞かない国の名前だ。
ドレークはそこへ行くつもりなのだろうけど、反魔物国家に何の用があるのだろうか。

「……戦う為だ」
「……そのトルマレアとやらを滅ぼす気か?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ……どうしても行かなきゃならねぇんだ」
「……そうか……」

ドレークは戦うだなんて言い出したけど、黒ひげさんは特に興味を示さなかった。
いや……心中を察したと言うべきか。今の黒ひげさんの真剣な表情からして、これ以上しつこく訊くのは野暮だと判断したのだろう。

「他にまだ訊きたい事はあるか?」
「無い。行きたいのであれば勝手に行け」
「ああ、その方が俺も助かる。何分、急がなきゃならねぇんでな」
「……焦りは人を陥れるぞ」
「んな事分かってるよ。若い頃にアンタから散々聞いたんでな」
「……ふん。口煩くて悪かったな」

黒ひげさんは鼻で笑った後、手にしていた杯の酒を一気に飲み干し、ガロに投げ渡した。

「馳走になった。次はまた余裕を持って飲もうぞ」
「そうだな」

互いに不敵な笑みを浮かべながら見詰め合う黒ひげさんとドレーク。
その瞳の奥からは、好敵手を見るような力強い光が込められているように感じた。
幾たびもの戦いを繰り返してきた百戦錬磨の大海賊……その二人がこうして対面している光景はやっぱり感動を覚えてしまう。


私も……こんな海賊になりたいな……。
いや……絶対なる!私も何時か、五大海王と呼ばれるような大海賊になるぞ!


「じゃあな、黒ひげ。またどこかで会おう。そこのリリムたちも頑張れよ」
「……うん!私、今日改めてやる気が出てきた!」
「?」
「私も何時か、絶対に五大海王になってやるんだからね!」
「!……おいおい、何を寝ぼけた事言ってんだ?」
「寝ぼけてないよ!私だって海賊なんだよ!今はまだまだ小規模だけど、少しずつ仲間を増やして、自分だけの船を手に入れて、立派な海賊団の船長になるんだからね!」
「……生意気言いやがって。まっ、俺は嫌いじゃないな、そういうの」


五大海王になる……たった今心の中で誓った事を口にしたら、最初こそ驚かれたけど、やがてニヤリと笑いながら私を見据えてきた。


「お前……名前は?」
「私?私はメアリー!」
「メアリーか……憶えたぞ。今言ったのがただの虚言じゃないと証明したいんだったら……」

ドレークは、鋼鉄の左手でビシッと私を指差して堂々と言い放った。

「上って来いよ!更なる高みへ!俺の椅子を奪う挑戦なら、何時でも受けて立つ!それまで簡単にくたばるんじゃねぇぞ!」
「……奪う必要なんて無いわ。認めさせればいいのよ。その目に焼き付けさせてね!」
「……本当に面白い女だ」

やるからにはとことんやり尽くす!言うだけ言っといて何も残さない失態は絶対にやらない!
今言った通り、何時か必ず認めさせる!そして、私も五大海王の称号を得られるような、立派な大海賊になる!なるったらなるの!

「今日は此処に来て良かった。楽しかったぜ。行くぞ、ガロ!」
「御意!」
「それじゃ、あばよ!」

そう言い残し、ドレークは私たちに背を向けて密林の奥へと足を進めた。伝令に来た男の人も慌ててドレークの後を付いて行った。
ガロもドレークの後を追うように立ち去ろうとしたら……。

「ガロさん!」
「?」
「またどこかでお会いしましょう。今度は一緒にお料理でも作りましょうね」
「……その機会、心から楽しみにしております」

姫香さんが笑顔でガロに手を振った。仮面で顔が隠れているから表情が分からないけど、多分ガロも微笑んでいる……ような気がする。
でもやっぱり、姫香さんはガロの事が……。

「何をしておるか。とっとと去れ」
「お父様!」
「あはは……それではこれにて、失礼致しました」

黒ひげさんに片手で追い払われて、ガロは最後に、地面に頭が着きそうになるくらい深々と頭を下げて……。


ビュン!


と、強い風を巻き上がらせると同時に自分の姿を消した。恐らく、ドレークの後を追いに行ったのだろう。
ガロが居た場所には、小ぶりな旋風が木の葉っぱを巻き込んで荒れている。旋風の異名はこれが原因で付けられたのかな?

「…………変わらぬようだな……」

黒ひげさんは、ドレークが立ち去った奥の方向を見つめて静かに言った。
30年経った今でも、ドレークがあまり変わってなくて安心したのだろう。
何だかんだ言って、黒ひげさんもドレークの事を気にかけていたのだろうね。

「お父様、お客様に対する態度があまりにもなってないのでは?」
「何の話だ?」

ただ、姫香さんはかなりご立腹の様子。ガロに対する黒ひげさんの態度が気に食わなかったようだ。

「惚けないでください。ドレークさんはともかく、何故ガロさんに向かってあんな失礼な事を……」
「見知らぬ男が娘に近付いて、何も思わぬ父親などおらぬであろう」
「ガロさんはそんな不躾な人ではありません!」
「ふんっ!」

でも黒ひげさんも姫香さんの親。父としてのプライドが許さなかったのだろう。
でもなぁ……魔物娘って一度気に入っちゃえば……ねぇ……。
と言うか姫香さん、ドレークはともかくって、そう言っちゃうのも問題かと……。

「……あの様子じゃ、エルミーラさんとセリンちゃんも大変そうだね」
「そもそも、伝説の海賊の娘を嫁にするなんて、相応の度胸と覚悟が無ければ無理だろう」
「まぁ、その時はその時じゃ。心から好きになった男が出来れば、強引にでも繋がってしまえばこっちのものじゃ」
「…………エルミーラには……相手すら…………見つかってない……」
「やかましいわ!セリンだって人のこと言えぬであろう!」

黒ひげさんと姫香さんに聞こえないようにこっそりとお話する私たち。
あの黒ひげさんの様子じゃ他の二人も大変そうに思える。まぁでも多少強引かもしれないけど、繋がっちゃえばこっちのもの……。

「お主ら、何をしておる」
「え!?あ、いや、なんでもないです」

黒ひげさんに気付かれたけど適当に誤魔化した。
……って、黒ひげさんに適当なんて通じる訳が……。

「……まぁよい」

と思ったら意外とあっさり納得してくれた。

「それよりお主ら、これからの航路の変更が決まった。すぐにダークネス・キングに乗り込むのだ」
「え?」

そして何を思ったのか、切り株から立ち上がった黒ひげさんは私たちの間をすり抜けて、ダークネス・キング号へと足を進めた。
航路変更って……なんで急に?と言うか、これから何処へ向かおうとしているの?

「ちょっと待つのじゃ、父上。航路を変えるって……一体何処へ行くと言うのじゃ?」

エルミーラさんが、私の頭に浮かんだ疑問を代弁するかのように黒ひげさんに話しかけた。

「うむ……あやつの後を追う事にする」

黒ひげさんは私たちに向き直ってから答えた。


「トルマレア王国へ行くぞ」
「……え?」


トルマレア王国……さっきドレークが言ってた反魔物国家だ。
確かドレークもそこへ行くって言ってたけど、どうしてまた……。

「詳しくは後だ。とにかく、行くぞ」

そう言い残し、黒ひげさんは密林の奥へと歩いて行った。

「ね、ねぇ、どうするの?」
「うぅむ……父上の考えてる事は分からぬが、万事父上に従うまでじゃわい」
「お父様って、たまに気まぐれな行動を取る事がありますから。私は構いませんけど」
「…………行こう……」

エルミーラさんと姫香さん、そしてセリンちゃんは黒ひげさんの後を追うように、密林の奥へと向かって行った。
三人とも黒ひげさんの娘だから、こういった事には慣れているのだろうけど、私たちは……。

「バジル、どうする?」
「どうするって……仮にもお前は船長だろ?お前はどうしたいんだ?」
「どうするも何も……行くしかないでしょ」
「じゃあ、俺たちも行くか」
「うん!」

残された私たちも、船に乗り込む為に歩き始めた。

「それにしても、トルマレアか……どんな国なんだろう?反魔物国家だって聞いたけど大丈夫かな?」
「まぁ最悪の場合、上陸しなければ大丈夫だろう。黒ひげの事だ。何か考えがあっての行動だろう」

確かに、気まぐれに思えても黒ひげさんは侮れないからね。きっとトルマレアに行くのもキチンとした理由があるのだろう。私たちはただ、それに付いて行くのみ。

「そうだね。でもまぁ私には、バジルがいるから心配ないけどね♪」
「……少しくらい自分で何とかしようと思え」
「え〜!?そこはさぁ、『ああ、君は俺が守ってみせるよ、マイハニー♪』とか言ってよ!」
「俺はそんなキャラじゃない。夢を見過ぎだ」
「ぶぅ」
「……まぁ……あれだ」
「?」
「……危なくなったら守るのは……違いないが」
「……えへへ、大好き!」

バジルの腕に抱きつきながら、ダークネス・キング号へと足を進めた。
航路変更により、目的地はトルマレア王国。
さてさて、何が私たちを待ち受けているのやら……。
13/08/14 21:31更新 / シャークドン
戻る 次へ

■作者メッセージ
今回は黒ひげ一同とドレーク海賊団のお話でした。

ここで出た五大海王……そこ、ワ○ピネタって言わないでw確かに参考にしたけど(駄目だろ)
本編でも全員の名が出ましたが、改めてまとめてみると……

・ティーチ(通称、黒ひげ)
・ドレーク(通称、鋼鉄帝王)
・グレイス(通称、妖艶銀蛇)
・アルヴィルダ(通称、砂漠の海賊女王)
・マリア(通称、影の魔道師)

以上になります。グレイス、アルヴィルダ、マリアの三人は全員魔物娘です。補足になりますが、グレイスとアルヴィルダは遥か昔に実在していた女海賊から取りました。マリアは適当です(おい)
連載内では残念ながら登場できませんが、いずれ読みきりか何かの形で登場させたいと思っています。

そして次回は場面が変わってキッド海賊団の物語。戦いが終わった後のそれぞれのひと時みたいな感じになります。

では、読んでくださってありがとうございました!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33