第十七話 海賊同盟、結成
タイラントとの戦いを終えた俺たちは、氷の島では環境が悪すぎて気を養うには不適切な場所だと判断し、アイス・グラベルドから少し遠く離れた位置にある小さな無人島に移動した。その時はメアリーは勿論、バジルと黒ひげも同行する事になり、黒ひげに至ってはダークネス・キング号に乗って俺のブラック・モンスターと並んで海を渡った。
「……ほう、実に興味深い」
「だろ?俺も一度だけその国を訪れた事があってさ、そこのビールは格別に美味かったぞ」
「ビールか……フフフ、実に興味深い」
「ハハハ!本当に酒が好きなんだな」
「酒は万物にも勝る百薬の長よ」
「薬……になるのか?」
無人島に到着してからちょうど二日経った日の夜……俺と黒ひげは浜辺にて、ブラック・モンスターから持ってきた椅子に座って、今の世間の状況について色々と雑談していた。黒ひげは30年もの間、氷塊の中に封印されていた為か、今現在の世界の情勢については何も把握してない。そこで俺が今の世界について色々と話す事になった。
こうして色々な話を交えると、ほんの僅かではあるが黒ひげについて色々と分かってきたような気がしてきた。黒ひげと出会う前は極悪非道な海賊としか思ってなかったけど、こうして話してると普通の人間と何の変りもない。。何故あんな悪名が広まったのかは分からないが……少なくともこれだけは言える。
黒ひげは……髭を生やした酒好きのオッサンだ。ただそれだけの事……。
「……我が30年も眠っておるうちに、世界は変わっておったのだな……」
ふと、黒ひげはしんみりと夜空に浮かぶ無数の星を見上げた。自分が長い間眠っていた時に世界が変わった事に対し、少し寂しさを感じているのだろうか。
……黒ひげは……これからどうするつもりなのだろうか?
よく考えたら、黒ひげは奇跡的にも30年も長く氷の中に眠り続けていた。以前は黒ひげだって多くの部下を従えて海賊として冒険の日々を送っていたのだろう。しかし、今となっては黒ひげに残されてるのはダークネス・キング号だけで、部下なんて一人もいない。船を動かす事は出来るかもしれないが、あんなデカい船に自分一人だけで乗るなんて……心細いだろうな……。
「……なぁ黒ひげ、アンタはこれからどうするつもりなんだ?」
「……そうだな……」
黒ひげは視線を俺に戻して……どこか寂しそうな表情を浮かべながら答えた。
「……これからは一人で再び海賊稼業を始めるか……」
「海賊を続けるのか?」
「我の墓場は海上だと決めておる。生まれ持っての海賊であるが故にな」
そうか……改めて考えると、今の黒ひげには冒険を共にする仲間が一人もいない。30年も経った今では、かつて黒ひげと航海を共にした仲間たちの行方も分からない。黒ひげ自身は海賊を続ける気でいるのだろうけど、そうなると一人での旅を余儀なく始めるしかないのだろうか。
……黒ひげを……俺の仲間に加えようか?
そう思っていると……。
「キッド、そろそろ準備が出来ますよ」
「……お、もうすぐだな」
「おお、肉か。酒と合う食べ物は好物よ」
俺の傍にサフィアが歩み寄って来た。そして視線を移すと、船から持ち出した複数のバーベキュー用の焜炉に火を灯して準備を進めてる仲間たちの姿が見えた。炭火で焼かれる肉の美味しそうな匂いが鼻を擽る。
十分に休養を取った俺たちは、戦いが終わった後の宴会としてバーベキューパーティーを始める事にした。実は今回の宴で飲む酒やバーベキューの食材はアイス・グラベルドに停泊していたラスポーネルの船から取ってきたものだ。お蔭で大した出費もなく安上がりなバーベキューを楽しむ事が出来る。そういった意味ではあの変な紳士に感謝するべきか。
まぁ、欲を言えば一発くらい殴り飛ばしたかったが……そこは割愛しておこう。
「あ、そう言えばメアリーは?」
「メアリーさんでしたら、一人で月を見に行ったバジルさんを呼び戻しに行きました」
「おお、そうか」
どうやらメアリーはバジルを呼びに行ったようだ。そう言えばバジルの奴『満月を見に行ってくる』なんて言って、一人で遠くの浜辺の方へ歩いて行ったんだった。
……あいつはこれからどうするつもりなんだろう?
不意にもそんな事を思ってしまった。今思えば、あいつは元々ラスポーネルに金で雇われてた身分だ。今はもうラスポーネルとは縁を切ったらしいが、バジルはもうフリーになった事は間違いない。
また新しい雇い主でも探すのだろうか?それとも賞金稼ぎらしく、賊の首を狩って金を稼ぐ日々を送るのか?詳しい事は俺も分からない。
まぁ、あいつにはあいつの人生がある。それについて俺が横槍を入れる筋合いはないから、何とも言えないけどな。
「さてと……」
俺は椅子から立ち上がり、サフィアと黒ひげと一緒に仲間たちの下へ向かおうとした……その時!
「いやだから、わしらは怪しい者じゃないと言っておるじゃろ!?」
「じゃあなんで黒ひげと会わせてくれなんて言うんだ!?」
「いえ、あの、ですからね……!」
「……なんだ今の?」
「向こう側からですね」
遠くの方から騒がしい言い争いが聞こえた。そのうちの一人はオリヴィアの声と思われるが……他の声には聞き覚えが無い。
と言うか……確かに『黒ひげ』って言ってたよな?まさか、黒ひげの首を狙う輩でも現れたか?
「とにかく行って見るか」
「そうですね」
「我も行こう。何やら我に関係がありそうだからな」
そして俺とサフィアと黒ひげは、騒動が起こってる場所へと赴いた。割とすぐ近くで起きていたらしく、すぐ傍ではピュラとシャローナが呆気に取られながらも騒動の成り行きを見守っている。
「……ピュラ、何やら騒がしいですけど……何かあったのですか?」
「あ、お姉ちゃん、お兄ちゃん!あのね、あの人たちが黒ひげさんに会わせてって言ってるんだけど……」
サフィアがピュラに訊ねると、ピュラは騒動が起こってる方向へと指差した。それにつられて俺たちも視線を移すと……!
「だから、わしらは何もしないと言うておるじゃろ!」
子供の服を身に着けて、何やら必死の表情で訴えてるバフォメット。
「貴方方には危害を加えないと誓いますから、どうか話を聞いてください!」
紫色の長髪が特徴的で、目を潤わせながら懇願してる龍。
「…………お願い…………」
ジパングの着物を着てる、無表情のダークマター(見た目は18歳くらいに見える)。
この珍妙な光景を目の当たりにして、俺はただ呆然とするしかなかった。
「……どうなってるのでしょうか?」
「さぁ……?」
あの三人の傍に小船がある事を見る限り、どうやら海を渡ってこの島に来たらしい。
それにしても……バフォメットに龍にダークマター……一言で表すことが出来ない程とんでもない組み合わせだ。その気になれば魔界の一つや二つでも用意に作れそうな気がする。
「…………」
「あいつら、一体何者なんだろうな……って、黒ひげ?」
「…………」
「おい、黒ひげ?どうしたんだよ黒ひげ?」
……急にどうしたのだろうか?黒ひげは大きく目を見開いて三人の魔物たちを見つめてる。
「……まさか……まさか!?」
「ん?……あ!!」
黒ひげがひどく驚いていると、あのバフォメットたちが俺たちの存在に気付いた。
「……おぉ……何と言う事じゃ……!」
「これは……夢ではないのですね……!」
「…………ビックリ……!」
そして三人の魔物はオリヴィアを押し退けて黒ひげに歩み寄り、それぞれ驚いた表情を浮かべながら黒ひげを見つめている。
……なんだ、この空気は?まさか、この三人の魔物は黒ひげの知り合いなのか?
「……エルミーラ……エルミーラか!?」
「……わしの事が分かるのじゃな……?」
バフォメット……いや、エルミーラと呼ばれたバフォメットは嬉しそうに何度も頷いた。
「……姫香……セリン……!」
「はい……姫香です……!」
「……セリンだよ……!」
続いて姫香と呼ばれた龍と、セリンと呼ばれたダークマターも嬉しそうに頷く。そして名前を呼ばれた三人の魔物は全員、目に嬉し涙を浮かべて…………。
「……父上……!」
「……え!?父上!?」
エルミーラは黒ひげを父上と……って、え!?父上!?それって……父親って意味だよな!?
「お父様……!」
「パパ……!」
姫香はお父様と、セリンはパパと……って、お父様!?パパ!?それって黒ひげの事か!?
「……お前たち……無事であったのだな……!」
黒ひげは自分を父と呼ぶ魔物たちを見つめて……柔らかくて温かい笑みを浮かべた。その笑顔を見た瞬間……エルミーラたちは三人揃って大粒の涙を流した。
「う……うぅ……父上!!」
「ひぐっ……お父様ぁ!!」
「……パパー!!」
踏ん切りが効かなくなったのか、エルミーラたちは嬉し涙を流しながら一斉に黒ひげに抱きついた。対する黒ひげも、拒む事無くエルミーラたちを優しく抱き返す。
「父上……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「……ひぐっぐすっ!お会いしたかったです……お父様……!!」
「……パパ……パパ……!」
「お前たち……良くぞ生きていてくれた……!」
大きな泣き声を上げるエルミーラ、夢中で泣きじゃくる姫香、何度もパパと呼ぶセリン、それぞれの魔物たちを温かく包み込むように黒ひげは優しく……尚且つしっかりと抱きしめる。その様子は……まるで本物の父親のように見えた。
「……キッド、少しだけ待ちましょう」
「そうだな」
口を割って邪魔するのも悪い気がして、俺たちは暫く黒ひげたちを見守る事にした…………。
***************
「……あ!いた!」
バジル君を呼びに行って数分も経たないうちに、私は浜辺にて、大きな岩に座っているバジル君を見つけた。何か物思いに耽っているのか、無言で夜空に浮かぶ満月を眺めている。
でも……横顔もちょっと素敵かも……。
「……や、やぁ!」
「……貴様か……」
自分なりに気さくに呼びかけると、バジル君は私の姿を確認してから再び視線を満月へと向けた。
なんだかボーっとしてるけど……何か考え事でもしてたのかな?でも今はバジル君を連れてみんなの所に戻らなきゃ。お腹も減ったし、みんなを待たせちゃ悪いからね。
「あの、そろそろ夜ご飯の時間だから一緒に戻ろうよ!今日はバーベキューだよ!」
「……そうか」
バジル君は椅子代わりにしてた岩から立ち上がって私の方へと歩み寄って来た。
「それじゃあ行こうか」
「ああ」
そして私とバジル君は浜辺に沿って歩きながら、一緒にキッド君たちの所へ戻り始めた。
「…………」
「…………」
特に話し合う話題も無く、小さな波のさざめきだけが響き渡る。穏やかに吹く潮風が心なしか心地良かった。
……そうだ!あれ……ちゃんと受け取ってもらわなきゃ!
「……バジル君」
「ん?」
「これ……ちゃんと貰ってよね?」
私はそのまま歩きながら服のポケットからハンカチを取り出してバジル君に差し出した。
それは……白い鳥のロゴマークが縫われてるハンカチ。本はと言えば私がバジル君にプレゼントした物だけど、『貰う資格は無い』とか言って返された物だ。でも私は受け取って欲しい。資格とか、権利とか、そんなのどうでもいい。私はただ、受け取って欲しいだけだから……。
「……すまない……俺にはそれを受け取る権利は無いんだ……」
バジル君は視線を逸らして申し訳なさそうに拒否する。
……やっぱり断られた。牢屋の時は勢いに押されて返されたけど……今はあの時とは違う!
「なんで貰ってくれないの?私からのプレゼントはそんなに嫌なの?」
「そう言う訳じゃない。むしろ嬉しく思う。だが……不本意とは言え、貴様を酷い目に遭わせた俺には……」
「バジル君は何も悪くないよ!少なくとも、あの戦いの時には味方になってくれたじゃない!」
「あんなの、ただの罪滅ぼしだ。どちらにしろ、俺には受け取る資格なんて……」
「そんなに自分を責めないでよ!」
自分自身を責めてるバジル君の姿を見るのが耐えられなくなり、私はバジル君の前に立ち塞がって大声で叫んだ。
「バジル君は責任を感じ過ぎてるんだよ!バジル君は……私と一緒に戦ってくれた!私を守ろうとしてくれた!それで十分だよ!いい加減に自分を許してあげなよ!少しだけでも甘くなっても良いじゃん!」
「…………」
「それに……私は自分の為にも貰って欲しいんだよ!自分が買った物を……バジル君に貰って欲しい!理由なんてそれだけなんだけど、私の為にも……バジル君の為にも……お願いだから受け取ってよ!」
勢いに任せてハンカチを突き出した。
受け取って欲しいから……バジル君には……どうしても貰って欲しいから……!
「……お前は純粋だな……海賊とは思えないくらいに……」
スッと……バジル君の手がハンカチを掴んだ。そして……ゆっくりとハンカチを掴んだ手が引かれて……受け取ってくれた。
「……ありがとう……」
「……うん!」
温かい笑みを浮かべながら礼を言うバジル君を見て……私の心も温かくなった。
やっと受け取ってくれたと思うと……本当に嬉しくて……!
……こうなったら、勢いでも言いたい事は言わないとね!
「……バジル君!」
「あ、ああ……」
少し戸惑ってるバジル君の目を見ながら……私は思い切って話を切り出した。
「良かったら……私の海賊団に入らない!?」
「……は?」
バジル君はポカンと呆気に取られた表情を浮かべた。まぁ、突拍子もなくこんな事を言われたら無理もないか。
でも、私は本気でバジル君には仲間に加わって欲しいと思ってる。バジル君は強いし、頼りになるし、一緒にいると楽しい!バジル君が旅の仲間になってくれたら、どんなに良い事か……!
「……今度はお前が俺を雇おうと言う訳か?」
バジル君は真偽を見定めるような視線を向けた。
確かにバジル君は賞金稼ぎで、傍から見ればお金で雇う形式だと思われる。でも、お金で関係を持とうなんてこれっぽっちも思ってない。
私はただ……バジル君と一緒に居たいだけだから……!
「雇うのとは違うよ。私の海賊団の船員として一緒に旅をする。ただそれだけ」
「金で従わせる気は無いと?」
「そう!」
「……いや、それ以前に……」
バジル君は真剣な表情を浮かべて私の目をジッと見つめた。
……え?なに?そんなに見つめられると…………。
「……お前一人なのに『団』なんて付くのか?」
「ってそっち!?」
突っ込みどころが違う気がするのは私だけ!?いや、そりゃあ今の段階では一人だけど……。
「今は一人だけど、これからもっと仲間を増やす予定なんだもん!」
「予定ねぇ……」
「ちょっと!なにその目!?全然信用してないでしょ!」
「まぁ、こんな無邪気で子供っぽい船長の下に集う船員がいるのかと聞かれれば、疑問中の疑問だがな」
「むぅ〜〜〜!!」
首を横に振りながら調子に乗ってからかうバジル君。そんな様子を見て不意にも頬を膨らませた。
もう!好き勝手におちょくって!
「……良いだろう。その話、乗ってやるよ」
「……え!?」
……乗ってやる?それって……入団承諾って事!?
「お前の海賊団の結成、付き合ってやろうじゃないか」
「……本当!?」
「ただ勘違いするな。ちょうど行く宛てが無かっただけで、特に深い意味は無い」
「うん!それでも嬉しいよ!」
喜びのあまり、私はバジル君の手を握って歓迎の意を示した。
あのバジル君が……私の旅に付いて来てくれる!そう思うだけで……本当に嬉しい!
「バジル君!これからも宜しくね!」
「……ああ……」
バジル君は照れくさそうに私から視線を逸らす。
もう……顔を赤くしちゃって、本当に可愛いんだからぁ!
「……なんだ?ニヤニヤして……俺の顔に変な物でも付いてるのか?」
「ううん!ただ嬉しいだけだよ!だって……私にとって初めての旅の仲間なんだから!」
「そうか……」
バジル君は満更でもなさそうな表情を浮かべる。少なくとも気に障ってはいないみたい。良かった……。
「さってと!初めての旅の仲間もゲットしたし、まずは腹ごしらえだぁ!」
「お、おい待てよメアリー!」
「ほらほら!バジル君も早く!」
昂る気持ちに任せて、私はキッド君たちの下へ走り出した。私の後を追うようにバジル君も慌てて駆け出す。
「さぁ!このキャプテン・メアリーにしっかり付いてきてね!」
「……これじゃあずっと振り回されるな。我ながらとんでもない船長の仲間になってしまった……」
半ば呆れながら呟くバジル君の声が密かに聞こえた…………。
***************
「……もう大丈夫か?」
「ああ……ありがとう、父上!」
「お父様……お元気そうで何よりです」
「…………良かった……」
だいぶ気が楽になったのか、エルミーラたちは泣き止んで黒ひげとの再会の喜びを噛みしめていた。黒ひげもエルミーラたちと再会して温かい笑みを浮かべている。
この様子からして……黒ひげとエルミーラたちは親子らしいが……。そろそろ訊いてみても大丈夫か?
「なぁ、黒ひげ……その魔物たちは……?」
「うむ、紹介が遅れたな。事実上、血が繋がってる訳ではないが……この者たちは我の娘よ!」
やっぱり親子の関係らしいが……実際に血が繋がってる訳じゃなさそうだ。
「バフォメットのエルミーラ、龍の姫香、そしてダークマターのセリン。三人とも我の大事な娘でもあり、我が海賊団の幹部として共に苦難を乗り越えた自慢の船員でもある!」
「うむ、わしはエルミーラじゃ!」
「初めまして、姫香と申します」
「…………セリン……」
「ああ、俺はキッドだ。宜しくな」
黒ひげの三人の娘たちはそれぞれ自分から自己紹介してきた。俺も応えるように自分から名乗り出る。
……しかし……血が繋がってないとは言え、まさか黒ひげに娘がいたなんてな……しかも魔物とは本当に驚いた。
「しかし驚いたな……まさかあの黒ひげに娘がいたなんて……」
「む?それほどまでに驚く事か?」
「あぁ、いやその……黒ひげって極悪非道なんて噂が広がってるからさ、娘なんていたのが意外で……。あぁ!でも、俺は黒ひげの事、極悪だなんて思ってないから!うん!」
俺は心の中で思ってた事を正直に……尚且つ、少しばかりのフォローも忘れずに言った。
「あぁ、そう言う事……」
「頭が痛いです……」
「……パパは……悪くない……」
俺の言葉を聞いた途端、エルミーラたちは残念そうに……と言うか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
この表情……何か訳がありそうだな。娘と言うからには、父である黒ひげについて色々と知ってそうに見えるが……?
「キッド……と言ったな?たった今セリンが言った通り、わしらの父上は何も悪くない。実はな、父上の悪名が広まってしまったのは、わしらが原因でもあるのじゃ」
「……どう言う事だ?」
エルミーラはコホンと小さく咳払いをしてから話し始めた。
「わしと姫香、そしてセリンは数十年前から父上の娘として……そして父上が率いる海賊団の幹部として、無限に広がる海を渡ってきたのじゃ。見た事も無い島や国を訪れたり、未知のダンジョンを探索してお宝を手に入れたりと、本当に楽しくて幸せな生活じゃった。じゃが、冒険には障害が付き物でな、当然ながら反魔物領を訪れるのは大変じゃった。」
それなら俺も十分分かってる。海を渡る為に必要な食料や日用品を揃えるには、嫌でも反魔物領に足を踏み入れなければならない時もある。黒ひげだってエルミーラたちを船に乗せていたのだから教団の連中から目の敵にされてたのだろう。
「仮にも反魔物領に入り、その時にわしらが上陸してきたと教団の人間たちが知れば、直ちにわしらを打ち倒しに来る。そして、わしらも倒されない為にしっかりと応戦する。わしの口から言うのもおこがましいが……今まで戦った教団の人間たちは大したことなかった」
……不思議と話が見えてきた。
そりゃあ抵抗もせずに大人しくやられる真似をする訳がない。ましてや、バフォメットに龍にダークマター……これだけの強者が揃っていれば普通に考えて負ける事はないだろう。
「女の兵士がいれば、わしの魔術で魔物に変えて、魔物化した女たちに男の兵士を性的に襲わせる。残った男は父上の爆破魔法や姫香の天候魔法で捻じ伏せる。そしてセリンは、持ち前の高濃度の魔力で反魔物領を魔界へと変えて……」
「で、魔界に変わった事により、その領に住む人間の女たちまで魔物に変わって……」
「察しが良いのう……そうじゃ。わしらが訪れた反魔物領は、もれなく魔界へと変わっていったのじゃ」
……頭の中で、黒ひげたちの手によって魔界へと変貌する反魔物領の光景を思い浮かべた。
まぁ、少なくとも高い魔力を秘めてる魔物が三人も揃ってるからなぁ……教団から見れば、恐ろしい事この上なかっただろうな。
「だが……セリンだったな?魔界を作るにはかなりの量の魔力が必要だから、結構大変だったんじゃないか?」
「…………平気……」
「そ、そうか?」
「…………お茶の子さいさい……」
「余裕だな……」
「…………少しだけの魔力で……いける……」
「へぇ……スゲェな……!」
どうやらセリンはダークマターの中でもかなり強力らしい。見た目はサフィアと同じくらいの年齢に見えるが……。
「…………セリンは……」
「ん?」
「…………パパ想い(グッ!)」
「そ、そうか……偉いな」
なんか無表情で親指をグッと立てたが……どう反応すれば良いんだ……。
「それで、私たちが次々と魔界を作る度に、その噂は世界中に広がりまして……」
と、こう言って話し始めたのは姫香だった。
「教団の人間たちから見れば……自分の同胞が魔物に変えられたり、あるいは魔物の虜になった事は、もはや殺されたのと同じ扱いになります。つまり教団の人間たちは、私たちが反魔物領を魔界に変えて、人間たちまで魔物に変えたり、その魔物の夫にさせるのは人殺しと見なしまして……」
確かに教団から見れば魔物に変えられたり、魔物の夫にされるのは人間的に殺されるのと同じ見解なんだろうな。だが、その話を聞いて段々真相が読めてきた……!
「そして私たちの行動に業を煮やした教団は、一刻も早く私たちを駆除する為に、海賊団の船長を務めてるお父様は極悪非道だと世間に呼びかけたのです」
「そうだったのか……!」
つまり、黒ひげは極悪非道だなんて偽りの言い伝えが知られたのは教団が原因だったのか。やっぱり黒ひげは悪い男じゃなかったんだな。
「教団の人間たちは、海賊の船長であるお父様を真っ先に排除すれば自然と海賊団も崩壊すると考えたのでしょう……。全体を統べる長が消えた団体は脆くも崩壊すると言われてましたから……」
「……悔しい事に、30年前にはその恐れてた崩壊が起きてしまったのじゃ」
途中で話に割ったエルミーラは非常に悔しそうな表情を浮かべていた。
「30年前って……アイス・グラベルドの事か?」
「ああ、教団の卑劣な策略によって父上が行方不明になった後……わしらは血眼になって父上を捜したが、結局見つける事は出来なかった。従うべき主を失った船員たちは散り散りになってわしらの前から去って行った。残されたわしと姫香とセリンは、のどかで居心地の良いジパングで生活する事になったのじゃ」
「……大変だったんだな……」
「はい、でも二日前に驚くべき知らせを聞きました」
今度は姫香がエルミーラに代わって話を続けた。
「一昨日……私の知人であるカラステングから、お父様が復活したと言う知らせを聞いたのです。『実際にアイス・グラベルドを訪れ、確かにこの目で見たので間違いない』と言ってました……」
「え!?カラステングなんて……何時の間に……!?」
気が付かなかったな……まさかこっそり見られてたなんて思わなかった……。
「その知らせを聞いた私たちは、真相を確かめる為に急いでここまで来ました。カラステングの情報を下に、この島まで……」
そう言いながら、姫香は後方にある小船へと視線を移した。
それにしても……ジパングから此処まで二日で来るなんて相当の体力と根気が必要になる。そうまでして黒ひげに会いに来るなんて……よっぽど黒ひげを慕ってたんだな。
「父上の行方が分からなくなってからの30年間……本当にとても寂しかったのじゃ……」
「でも……お父様は生きていた……これが夢じゃないと思うと、本当に……」
「…………良かった……」
「お前たち……」
自分の父親に会えて気が昂ってきたのか、再び泣きそうになるエルミーラたち。その様子を見て、黒ひげまで泣きそうな様子だったが、なんとか涙を堪えているようだ。
やれやれ、黒ひげも意地っ張りだな……泣きたいんだったら素直に泣いても良いのに……。
「……そうじゃ!肝心な事を忘れておった!」
すると、急にエルミーラが何かを思い出したような素振りを見せた。
「父上!父上はこれからどうするつもりなのじゃ!?海賊を続けるのか!?それとも、どこかで静かに暮らすのか!?」
「…………」
真剣な面持ちで訊いてくるエルミーラに、黒ひげは何も言わずに視線を足元に移す。
そうだ……問題は黒ひげがこれからどうするかだ。さっきは海賊を続けるなんて言ってたけど……もしかしたら、娘と共に静かに生きていく道も考えてるのかもしれない。俺は詳しい事情なんて知らないが、少なくとも黒ひげにとって、今ここにいる三人の娘たちは大切な存在である事には間違いない。その娘たちと共に暮らすのも道の一つだ。
ただ……全ての決定権は黒ひげにあるが……。
「……我は……」
黒ひげは顔を上げて……真剣な面持ちで、決意を露にして答えた。
「我は再び海に出る!海賊として大海原を縦横無尽に暴れまわるのだ!」
海賊を続ける……それが黒ひげが出した結論だった。
「おお!父上ならそう言ってくれると信じてたのじゃ!」
「此処に来る前から三人で話し合って決めてましたけど……私たちもお父様と一緒に頑張ります!」
「…………ファイト一発……」
そして黒ひげの三人の娘たちも同行する意思を示した。
「……お前たちも共に行くつもりか?」
「何を当たり前の事を!当然、付いて行くに決まってるのじゃ!」
「むしろ私たち、その為に此処まで来たようなものですからね!」
「…………レッツ・パイレーツ・ライフ……」
エルミーラたちはやる気満々のようだが、黒ひげはどこか真剣な表情を浮かべる。その様子からして拒むつもりはないらしいが、娘たちの心境を見定めようとしているみたいだ。
「……引き返すなら今の内ぞ?」
「そんな選択肢、もう既に投げ捨てて来たのじゃ!」
「右に同じです!」
「…………以下同文……」
「……我は果報者よ……こんなに良い娘が傍に居てくれて……!」
黒ひげは小さく息を吐き、目を閉じて……心から幸せそうな笑みを浮かべた。
自分の事を想ってくれてる家族の有り難味を噛みしめてるんだろうな……。
「……今ここに、黒ひげ海賊団再結成ぞ!」
すると、黒ひげは閉じてた目を開いて拳を突き上げた。
「無限に広がる大海原……完膚なきまでに暴れてくれる!我が娘たちよ!共に海を渡るのであれば、しっかりと我に付いて来い!」
「「「おー!!」」」
エルミーラたちも決意を表すように拳を高々と突き上げた。
この光景を見ると……なんだか家族愛ってのを感じるなぁ……本当に良いものだ!
「……やっぱ良いよなぁ!家族ってのはよ!」
「そうですね!」
思わず口から出た言葉に、俺の隣にいるサフィアも笑顔で賛同する。
と、そこへ…………。
「う〜ん!感動した!家族って本当に良いよね!私もお姉さんたちに会いたくなっちゃったよ!」
「あ、メアリー。何時の間に……」
何時の間にか、俺の後ろでメアリーが両手を合わせて感激した素振りを見せた。メアリーの隣にバジルもいる事から、ついさっき連れ戻しに来たところなのだろう。
「リ、リリム!?こんなところで出会うとは思わなかったのじゃ……」
「あらまぁ、予想外の展開です……」
「…………ドッキリイベント……?」
「あはは……そんなに驚かなくても……」
エルミーラたちは突然のリリムの出現に戸惑いを隠せないでいるらしいが、メアリーは苦笑いを浮かべながら適当に受け流した。
「あ、それと……やっぱり黒ひげさんは海賊を続けるんだね!」
「うむ、我が生涯は海に始まって海に終わるのだ!」
「お〜!なんかカッコいいね!」
メアリーは、やんややんやと黒ひげに賞賛の拍手を送る。黒ひげの方も満更ではなさそうだ。
「あ、そうそう!それでね、話を切り替えて申し訳ないんだけど……実は私から一つ提案があるの!」
「提案?」
「あのね…………!」
そしてメアリーは突然提案があると言い出した。
これまた唐突だな……一体なんだ?
「私たち……同盟を組もうよ!」
「……は?」
「同盟とな?」
「うん!私と、キッド君と、黒ひげさん!この三人が率いる海賊団で同盟を結ぼうよ!」
……ホントに唐突だな……まさかの同盟とは……。
しっかし、海賊の同盟か……考えた事もなかったな。今まで他の海賊は片っ端から沈めてきたからな……手を組む発想なんて思いつかなかった。
「……しかし、なんで同盟なんて話が出てくるんだよ?」
「え?なんでって……私たちはあの時の戦いで心を一つにして協力し合ったでしょ?」
「ああ、まぁな……」
「だからさ、これからも仲良くなって、互いに協力し合える関係を築いていきたいなぁって思ってね!」
「はぁ……」
要するに、これからも仲良くしたいってだけか。同盟って言うから、もっと深い意味合いでもあるのかと思ったら……単純な理由だな。まぁ、俺はそう言う理由って嫌いじゃないけどな。
「……同盟の重みを理解してる上での提案か?」
「ほぇ?」
黒ひげがメアリーに質問したが、メアリーは首を傾げた。すると、黒ひげは教え子に詳しく説明する教師のような口調で話し始めた。
「同盟など安易に組んで良いものではない。ましてや、その同盟を組む者が互いに海賊であるのであれば尚の事だ」
「え?海賊同士だと色々と面倒なの?」
「元より、海賊は無法者……それぞれが己の欲のままに生きている。他者への情けより己自身を最優先する無法者に協調性を求めるなど無理な話。仮に同盟を組んだとしても、最悪の場合同盟を破棄して無情にも裏切る可能性は限りなく高い」
「それは……」
黒ひげの淡々とした説明に、メアリーは気まずそうに言葉を詰まらせてしまう。
だが、黒ひげの言ってる事も一理ある。海賊は海の荒くれ者……元より他者と手を取り合うような真似は絶対にやらないだろう。まぁ俺は勿論、メアリーと黒ひげも裏切るような真似はしないと思うが……。
「……まぁ確かにそうだけど……」
すると、メアリーは次第に笑みを浮かべて……。
「……別に良いじゃん!」
「「はぁ!?」」
あっけらかんと言い放った。あまりの能天気ぶりに俺と黒ひげは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「メアリー……黒ひげの話を聞いてなかったのか?」
「聞いたよ。でも少なくとも私は絶対に裏切る真似なんかしないよ!どんな窮地に立たされても、私はキッド君と黒ひげさんの味方だよ!」
「そりゃ有難いが……」
「じゃあ訊くけど、キッド君は同盟を組むのに反対なの?私を裏切りたいと思ってるの?」
「いや、それは絶対ない。裏切る真似は絶対にやらない」
「なら良いじゃん!これからもずっと海賊同士で仲良くしようよ!」
俺は裏切り行為はしないとキッパリと断言した。誰かにやれと命令されても絶対にやらないしな。
……同盟か……悪い話じゃないが……黒ひげはどうする気なんだろう?
「……フハハハハ!これ程までに純粋な海賊は初めて見たわ!」
すると突然、黒ひげが愉快そうに笑い声を上げた後、不敵な笑みを浮かべながら言い始めた。
「元より我も、キッドとメアリー……ここにいる二人の若い船長が気に入っておった!ここで同盟を結び、二つの期待の新星を見守るのも悪くない!」
「え!?それじゃあ……!」
メアリーが期待に目を輝かせると、黒ひげはそれに応えるようにメアリーの肩を軽く叩いた。
「良かろう!若き海賊の成長を見届ける為に……この同盟に参入しようぞ!」
黒ひげは同盟に賛成の意を示した。
「やったぁ!勿論、私も!」
続いてメアリーも意気揚々と同盟に加入する意を示す。
残るは俺一人となった。メアリーと黒ひげは同時に視線を俺に向けて静かに返答を待ってる。
「……面白そうだな……!」
だが……言われなくても俺は既に決めていた。
こんなに胸が熱くなる話に……乗らない訳にはいかないだろ!!
「その同盟、俺も入れさせてもらうぜ!俺たちが組めば怖いもの知らずだ!」
「おぉ!やったぁ!」
「フフフ…………」
最後に俺が賛同の意を示すと、メアリーは嬉しそうに顔を綻ばし、黒ひげは温かい笑みを浮かべる。
「ではこれにより、同盟結成にあたっての、この場にいる三人の船長による宣誓を始める!」
「おう!」
「うん!」
そして黒ひげの言葉を皮切りに、俺とメアリー、そして黒ひげは集合し合って同盟を結ぶ宣誓を始めた。
「今日を持って、我ら三つの海賊団が一つの同盟を結ぶ事を快諾する!」
「これからも仲良く、互いに協力し合う事を此処で誓います!」
黒ひげとメアリーは、躊躇う事無く同盟結成を宣言する。
そして……最後に残った俺の発言により、三つの海賊団が結束する!
「今ここに……海賊同盟を結成する!!」
今ここに……三つの海賊団による同盟が結成された!!
「ウォォォォォォォォ!!!」
周囲で同盟結成を見守ってた仲間たちが一斉に雄叫びを上げた。
「キッド……本当にカッコいいです!」
「わーい!同盟だー!」
「フフフ……キッド、僕は副船長として、何時でも君の決定に従うよ」
「リリムだけじゃなくて、伝説の海賊とまで同盟を結ぶなんて……やっぱりキッド船長は凄いや!」
「Excellent!これから面白くなりそうだな!」
サフィアとピュラたちが同盟結成を前に歓声を上げている。どうやら誰も反対する気はないようだ。
「話を聞いた時、最初は無理があると思ってたが……魔王の娘は侮れないな……」
バジルがどこか感心しているような視線をメアリーに向けている。
「くぅ〜!この団結した瞬間も、海賊の醍醐味じゃのう!」
「お父様……私はずっとお父様に従います!」
「…………フレンドシップ、万歳……」
そしてエルミーラたちも、自分の父の同盟参加に快く賛同していた。
……いつの間にか、俺の周りは笑顔で溢れていた。誰もが一つの同盟が結ばれた事に喜んでいる。同盟ってのも……悪くないな!
「よぅし!それじゃあ同盟結成の祝いも兼ねて、これからみんなでバーベキューパーティーだ!」
「キッド、そのバーベキューパーティーだが、我の娘たちも混ざらせてくれぬか?」
「勿論!アンタらも遠慮なんかしないで、一緒に楽しもうぜ!」
「おお!キッド殿は太っ腹じゃのう!」
「ありがとうございます、キッドさん!」
「…………バーベキュー、久しぶり……」
俺の承諾を得た途端、エルミーラたちは嬉しそうな笑みを浮かべる。
なんたって、宴は人数が多ければ多いほど楽しいもんな!細かい事の言い合いは一切無しだ!
「キッド、そろそろ始めましょう。みんな待ってますよ」
「おう、そうだな」
宴を始める為に、俺は咳払いをしてから大声で言った。
「野郎ども!腹は減ったか!?」
「オー!」
「酒を飲みたいか!?」
「オー!」
「歌って踊りたいか!?」
「オー!」
「はしゃぎたいか!?」
「オー!」
俺が大声で訊く度に、沢山の仲間たちによる雄叫びが返ってくる。誰もが早く宴を始めたいと言いたげにウズウズしている。
そんじゃあ……始めるか!
「よっしゃあ!野郎ども!宴だぁ!!」
「イェェェェェェェェイ!!」
そして俺たちは、朝になるまで賑やかな宴を楽しんだ…………。
「……ほう、実に興味深い」
「だろ?俺も一度だけその国を訪れた事があってさ、そこのビールは格別に美味かったぞ」
「ビールか……フフフ、実に興味深い」
「ハハハ!本当に酒が好きなんだな」
「酒は万物にも勝る百薬の長よ」
「薬……になるのか?」
無人島に到着してからちょうど二日経った日の夜……俺と黒ひげは浜辺にて、ブラック・モンスターから持ってきた椅子に座って、今の世間の状況について色々と雑談していた。黒ひげは30年もの間、氷塊の中に封印されていた為か、今現在の世界の情勢については何も把握してない。そこで俺が今の世界について色々と話す事になった。
こうして色々な話を交えると、ほんの僅かではあるが黒ひげについて色々と分かってきたような気がしてきた。黒ひげと出会う前は極悪非道な海賊としか思ってなかったけど、こうして話してると普通の人間と何の変りもない。。何故あんな悪名が広まったのかは分からないが……少なくともこれだけは言える。
黒ひげは……髭を生やした酒好きのオッサンだ。ただそれだけの事……。
「……我が30年も眠っておるうちに、世界は変わっておったのだな……」
ふと、黒ひげはしんみりと夜空に浮かぶ無数の星を見上げた。自分が長い間眠っていた時に世界が変わった事に対し、少し寂しさを感じているのだろうか。
……黒ひげは……これからどうするつもりなのだろうか?
よく考えたら、黒ひげは奇跡的にも30年も長く氷の中に眠り続けていた。以前は黒ひげだって多くの部下を従えて海賊として冒険の日々を送っていたのだろう。しかし、今となっては黒ひげに残されてるのはダークネス・キング号だけで、部下なんて一人もいない。船を動かす事は出来るかもしれないが、あんなデカい船に自分一人だけで乗るなんて……心細いだろうな……。
「……なぁ黒ひげ、アンタはこれからどうするつもりなんだ?」
「……そうだな……」
黒ひげは視線を俺に戻して……どこか寂しそうな表情を浮かべながら答えた。
「……これからは一人で再び海賊稼業を始めるか……」
「海賊を続けるのか?」
「我の墓場は海上だと決めておる。生まれ持っての海賊であるが故にな」
そうか……改めて考えると、今の黒ひげには冒険を共にする仲間が一人もいない。30年も経った今では、かつて黒ひげと航海を共にした仲間たちの行方も分からない。黒ひげ自身は海賊を続ける気でいるのだろうけど、そうなると一人での旅を余儀なく始めるしかないのだろうか。
……黒ひげを……俺の仲間に加えようか?
そう思っていると……。
「キッド、そろそろ準備が出来ますよ」
「……お、もうすぐだな」
「おお、肉か。酒と合う食べ物は好物よ」
俺の傍にサフィアが歩み寄って来た。そして視線を移すと、船から持ち出した複数のバーベキュー用の焜炉に火を灯して準備を進めてる仲間たちの姿が見えた。炭火で焼かれる肉の美味しそうな匂いが鼻を擽る。
十分に休養を取った俺たちは、戦いが終わった後の宴会としてバーベキューパーティーを始める事にした。実は今回の宴で飲む酒やバーベキューの食材はアイス・グラベルドに停泊していたラスポーネルの船から取ってきたものだ。お蔭で大した出費もなく安上がりなバーベキューを楽しむ事が出来る。そういった意味ではあの変な紳士に感謝するべきか。
まぁ、欲を言えば一発くらい殴り飛ばしたかったが……そこは割愛しておこう。
「あ、そう言えばメアリーは?」
「メアリーさんでしたら、一人で月を見に行ったバジルさんを呼び戻しに行きました」
「おお、そうか」
どうやらメアリーはバジルを呼びに行ったようだ。そう言えばバジルの奴『満月を見に行ってくる』なんて言って、一人で遠くの浜辺の方へ歩いて行ったんだった。
……あいつはこれからどうするつもりなんだろう?
不意にもそんな事を思ってしまった。今思えば、あいつは元々ラスポーネルに金で雇われてた身分だ。今はもうラスポーネルとは縁を切ったらしいが、バジルはもうフリーになった事は間違いない。
また新しい雇い主でも探すのだろうか?それとも賞金稼ぎらしく、賊の首を狩って金を稼ぐ日々を送るのか?詳しい事は俺も分からない。
まぁ、あいつにはあいつの人生がある。それについて俺が横槍を入れる筋合いはないから、何とも言えないけどな。
「さてと……」
俺は椅子から立ち上がり、サフィアと黒ひげと一緒に仲間たちの下へ向かおうとした……その時!
「いやだから、わしらは怪しい者じゃないと言っておるじゃろ!?」
「じゃあなんで黒ひげと会わせてくれなんて言うんだ!?」
「いえ、あの、ですからね……!」
「……なんだ今の?」
「向こう側からですね」
遠くの方から騒がしい言い争いが聞こえた。そのうちの一人はオリヴィアの声と思われるが……他の声には聞き覚えが無い。
と言うか……確かに『黒ひげ』って言ってたよな?まさか、黒ひげの首を狙う輩でも現れたか?
「とにかく行って見るか」
「そうですね」
「我も行こう。何やら我に関係がありそうだからな」
そして俺とサフィアと黒ひげは、騒動が起こってる場所へと赴いた。割とすぐ近くで起きていたらしく、すぐ傍ではピュラとシャローナが呆気に取られながらも騒動の成り行きを見守っている。
「……ピュラ、何やら騒がしいですけど……何かあったのですか?」
「あ、お姉ちゃん、お兄ちゃん!あのね、あの人たちが黒ひげさんに会わせてって言ってるんだけど……」
サフィアがピュラに訊ねると、ピュラは騒動が起こってる方向へと指差した。それにつられて俺たちも視線を移すと……!
「だから、わしらは何もしないと言うておるじゃろ!」
子供の服を身に着けて、何やら必死の表情で訴えてるバフォメット。
「貴方方には危害を加えないと誓いますから、どうか話を聞いてください!」
紫色の長髪が特徴的で、目を潤わせながら懇願してる龍。
「…………お願い…………」
ジパングの着物を着てる、無表情のダークマター(見た目は18歳くらいに見える)。
この珍妙な光景を目の当たりにして、俺はただ呆然とするしかなかった。
「……どうなってるのでしょうか?」
「さぁ……?」
あの三人の傍に小船がある事を見る限り、どうやら海を渡ってこの島に来たらしい。
それにしても……バフォメットに龍にダークマター……一言で表すことが出来ない程とんでもない組み合わせだ。その気になれば魔界の一つや二つでも用意に作れそうな気がする。
「…………」
「あいつら、一体何者なんだろうな……って、黒ひげ?」
「…………」
「おい、黒ひげ?どうしたんだよ黒ひげ?」
……急にどうしたのだろうか?黒ひげは大きく目を見開いて三人の魔物たちを見つめてる。
「……まさか……まさか!?」
「ん?……あ!!」
黒ひげがひどく驚いていると、あのバフォメットたちが俺たちの存在に気付いた。
「……おぉ……何と言う事じゃ……!」
「これは……夢ではないのですね……!」
「…………ビックリ……!」
そして三人の魔物はオリヴィアを押し退けて黒ひげに歩み寄り、それぞれ驚いた表情を浮かべながら黒ひげを見つめている。
……なんだ、この空気は?まさか、この三人の魔物は黒ひげの知り合いなのか?
「……エルミーラ……エルミーラか!?」
「……わしの事が分かるのじゃな……?」
バフォメット……いや、エルミーラと呼ばれたバフォメットは嬉しそうに何度も頷いた。
「……姫香……セリン……!」
「はい……姫香です……!」
「……セリンだよ……!」
続いて姫香と呼ばれた龍と、セリンと呼ばれたダークマターも嬉しそうに頷く。そして名前を呼ばれた三人の魔物は全員、目に嬉し涙を浮かべて…………。
「……父上……!」
「……え!?父上!?」
エルミーラは黒ひげを父上と……って、え!?父上!?それって……父親って意味だよな!?
「お父様……!」
「パパ……!」
姫香はお父様と、セリンはパパと……って、お父様!?パパ!?それって黒ひげの事か!?
「……お前たち……無事であったのだな……!」
黒ひげは自分を父と呼ぶ魔物たちを見つめて……柔らかくて温かい笑みを浮かべた。その笑顔を見た瞬間……エルミーラたちは三人揃って大粒の涙を流した。
「う……うぅ……父上!!」
「ひぐっ……お父様ぁ!!」
「……パパー!!」
踏ん切りが効かなくなったのか、エルミーラたちは嬉し涙を流しながら一斉に黒ひげに抱きついた。対する黒ひげも、拒む事無くエルミーラたちを優しく抱き返す。
「父上……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「……ひぐっぐすっ!お会いしたかったです……お父様……!!」
「……パパ……パパ……!」
「お前たち……良くぞ生きていてくれた……!」
大きな泣き声を上げるエルミーラ、夢中で泣きじゃくる姫香、何度もパパと呼ぶセリン、それぞれの魔物たちを温かく包み込むように黒ひげは優しく……尚且つしっかりと抱きしめる。その様子は……まるで本物の父親のように見えた。
「……キッド、少しだけ待ちましょう」
「そうだな」
口を割って邪魔するのも悪い気がして、俺たちは暫く黒ひげたちを見守る事にした…………。
***************
「……あ!いた!」
バジル君を呼びに行って数分も経たないうちに、私は浜辺にて、大きな岩に座っているバジル君を見つけた。何か物思いに耽っているのか、無言で夜空に浮かぶ満月を眺めている。
でも……横顔もちょっと素敵かも……。
「……や、やぁ!」
「……貴様か……」
自分なりに気さくに呼びかけると、バジル君は私の姿を確認してから再び視線を満月へと向けた。
なんだかボーっとしてるけど……何か考え事でもしてたのかな?でも今はバジル君を連れてみんなの所に戻らなきゃ。お腹も減ったし、みんなを待たせちゃ悪いからね。
「あの、そろそろ夜ご飯の時間だから一緒に戻ろうよ!今日はバーベキューだよ!」
「……そうか」
バジル君は椅子代わりにしてた岩から立ち上がって私の方へと歩み寄って来た。
「それじゃあ行こうか」
「ああ」
そして私とバジル君は浜辺に沿って歩きながら、一緒にキッド君たちの所へ戻り始めた。
「…………」
「…………」
特に話し合う話題も無く、小さな波のさざめきだけが響き渡る。穏やかに吹く潮風が心なしか心地良かった。
……そうだ!あれ……ちゃんと受け取ってもらわなきゃ!
「……バジル君」
「ん?」
「これ……ちゃんと貰ってよね?」
私はそのまま歩きながら服のポケットからハンカチを取り出してバジル君に差し出した。
それは……白い鳥のロゴマークが縫われてるハンカチ。本はと言えば私がバジル君にプレゼントした物だけど、『貰う資格は無い』とか言って返された物だ。でも私は受け取って欲しい。資格とか、権利とか、そんなのどうでもいい。私はただ、受け取って欲しいだけだから……。
「……すまない……俺にはそれを受け取る権利は無いんだ……」
バジル君は視線を逸らして申し訳なさそうに拒否する。
……やっぱり断られた。牢屋の時は勢いに押されて返されたけど……今はあの時とは違う!
「なんで貰ってくれないの?私からのプレゼントはそんなに嫌なの?」
「そう言う訳じゃない。むしろ嬉しく思う。だが……不本意とは言え、貴様を酷い目に遭わせた俺には……」
「バジル君は何も悪くないよ!少なくとも、あの戦いの時には味方になってくれたじゃない!」
「あんなの、ただの罪滅ぼしだ。どちらにしろ、俺には受け取る資格なんて……」
「そんなに自分を責めないでよ!」
自分自身を責めてるバジル君の姿を見るのが耐えられなくなり、私はバジル君の前に立ち塞がって大声で叫んだ。
「バジル君は責任を感じ過ぎてるんだよ!バジル君は……私と一緒に戦ってくれた!私を守ろうとしてくれた!それで十分だよ!いい加減に自分を許してあげなよ!少しだけでも甘くなっても良いじゃん!」
「…………」
「それに……私は自分の為にも貰って欲しいんだよ!自分が買った物を……バジル君に貰って欲しい!理由なんてそれだけなんだけど、私の為にも……バジル君の為にも……お願いだから受け取ってよ!」
勢いに任せてハンカチを突き出した。
受け取って欲しいから……バジル君には……どうしても貰って欲しいから……!
「……お前は純粋だな……海賊とは思えないくらいに……」
スッと……バジル君の手がハンカチを掴んだ。そして……ゆっくりとハンカチを掴んだ手が引かれて……受け取ってくれた。
「……ありがとう……」
「……うん!」
温かい笑みを浮かべながら礼を言うバジル君を見て……私の心も温かくなった。
やっと受け取ってくれたと思うと……本当に嬉しくて……!
……こうなったら、勢いでも言いたい事は言わないとね!
「……バジル君!」
「あ、ああ……」
少し戸惑ってるバジル君の目を見ながら……私は思い切って話を切り出した。
「良かったら……私の海賊団に入らない!?」
「……は?」
バジル君はポカンと呆気に取られた表情を浮かべた。まぁ、突拍子もなくこんな事を言われたら無理もないか。
でも、私は本気でバジル君には仲間に加わって欲しいと思ってる。バジル君は強いし、頼りになるし、一緒にいると楽しい!バジル君が旅の仲間になってくれたら、どんなに良い事か……!
「……今度はお前が俺を雇おうと言う訳か?」
バジル君は真偽を見定めるような視線を向けた。
確かにバジル君は賞金稼ぎで、傍から見ればお金で雇う形式だと思われる。でも、お金で関係を持とうなんてこれっぽっちも思ってない。
私はただ……バジル君と一緒に居たいだけだから……!
「雇うのとは違うよ。私の海賊団の船員として一緒に旅をする。ただそれだけ」
「金で従わせる気は無いと?」
「そう!」
「……いや、それ以前に……」
バジル君は真剣な表情を浮かべて私の目をジッと見つめた。
……え?なに?そんなに見つめられると…………。
「……お前一人なのに『団』なんて付くのか?」
「ってそっち!?」
突っ込みどころが違う気がするのは私だけ!?いや、そりゃあ今の段階では一人だけど……。
「今は一人だけど、これからもっと仲間を増やす予定なんだもん!」
「予定ねぇ……」
「ちょっと!なにその目!?全然信用してないでしょ!」
「まぁ、こんな無邪気で子供っぽい船長の下に集う船員がいるのかと聞かれれば、疑問中の疑問だがな」
「むぅ〜〜〜!!」
首を横に振りながら調子に乗ってからかうバジル君。そんな様子を見て不意にも頬を膨らませた。
もう!好き勝手におちょくって!
「……良いだろう。その話、乗ってやるよ」
「……え!?」
……乗ってやる?それって……入団承諾って事!?
「お前の海賊団の結成、付き合ってやろうじゃないか」
「……本当!?」
「ただ勘違いするな。ちょうど行く宛てが無かっただけで、特に深い意味は無い」
「うん!それでも嬉しいよ!」
喜びのあまり、私はバジル君の手を握って歓迎の意を示した。
あのバジル君が……私の旅に付いて来てくれる!そう思うだけで……本当に嬉しい!
「バジル君!これからも宜しくね!」
「……ああ……」
バジル君は照れくさそうに私から視線を逸らす。
もう……顔を赤くしちゃって、本当に可愛いんだからぁ!
「……なんだ?ニヤニヤして……俺の顔に変な物でも付いてるのか?」
「ううん!ただ嬉しいだけだよ!だって……私にとって初めての旅の仲間なんだから!」
「そうか……」
バジル君は満更でもなさそうな表情を浮かべる。少なくとも気に障ってはいないみたい。良かった……。
「さってと!初めての旅の仲間もゲットしたし、まずは腹ごしらえだぁ!」
「お、おい待てよメアリー!」
「ほらほら!バジル君も早く!」
昂る気持ちに任せて、私はキッド君たちの下へ走り出した。私の後を追うようにバジル君も慌てて駆け出す。
「さぁ!このキャプテン・メアリーにしっかり付いてきてね!」
「……これじゃあずっと振り回されるな。我ながらとんでもない船長の仲間になってしまった……」
半ば呆れながら呟くバジル君の声が密かに聞こえた…………。
***************
「……もう大丈夫か?」
「ああ……ありがとう、父上!」
「お父様……お元気そうで何よりです」
「…………良かった……」
だいぶ気が楽になったのか、エルミーラたちは泣き止んで黒ひげとの再会の喜びを噛みしめていた。黒ひげもエルミーラたちと再会して温かい笑みを浮かべている。
この様子からして……黒ひげとエルミーラたちは親子らしいが……。そろそろ訊いてみても大丈夫か?
「なぁ、黒ひげ……その魔物たちは……?」
「うむ、紹介が遅れたな。事実上、血が繋がってる訳ではないが……この者たちは我の娘よ!」
やっぱり親子の関係らしいが……実際に血が繋がってる訳じゃなさそうだ。
「バフォメットのエルミーラ、龍の姫香、そしてダークマターのセリン。三人とも我の大事な娘でもあり、我が海賊団の幹部として共に苦難を乗り越えた自慢の船員でもある!」
「うむ、わしはエルミーラじゃ!」
「初めまして、姫香と申します」
「…………セリン……」
「ああ、俺はキッドだ。宜しくな」
黒ひげの三人の娘たちはそれぞれ自分から自己紹介してきた。俺も応えるように自分から名乗り出る。
……しかし……血が繋がってないとは言え、まさか黒ひげに娘がいたなんてな……しかも魔物とは本当に驚いた。
「しかし驚いたな……まさかあの黒ひげに娘がいたなんて……」
「む?それほどまでに驚く事か?」
「あぁ、いやその……黒ひげって極悪非道なんて噂が広がってるからさ、娘なんていたのが意外で……。あぁ!でも、俺は黒ひげの事、極悪だなんて思ってないから!うん!」
俺は心の中で思ってた事を正直に……尚且つ、少しばかりのフォローも忘れずに言った。
「あぁ、そう言う事……」
「頭が痛いです……」
「……パパは……悪くない……」
俺の言葉を聞いた途端、エルミーラたちは残念そうに……と言うか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
この表情……何か訳がありそうだな。娘と言うからには、父である黒ひげについて色々と知ってそうに見えるが……?
「キッド……と言ったな?たった今セリンが言った通り、わしらの父上は何も悪くない。実はな、父上の悪名が広まってしまったのは、わしらが原因でもあるのじゃ」
「……どう言う事だ?」
エルミーラはコホンと小さく咳払いをしてから話し始めた。
「わしと姫香、そしてセリンは数十年前から父上の娘として……そして父上が率いる海賊団の幹部として、無限に広がる海を渡ってきたのじゃ。見た事も無い島や国を訪れたり、未知のダンジョンを探索してお宝を手に入れたりと、本当に楽しくて幸せな生活じゃった。じゃが、冒険には障害が付き物でな、当然ながら反魔物領を訪れるのは大変じゃった。」
それなら俺も十分分かってる。海を渡る為に必要な食料や日用品を揃えるには、嫌でも反魔物領に足を踏み入れなければならない時もある。黒ひげだってエルミーラたちを船に乗せていたのだから教団の連中から目の敵にされてたのだろう。
「仮にも反魔物領に入り、その時にわしらが上陸してきたと教団の人間たちが知れば、直ちにわしらを打ち倒しに来る。そして、わしらも倒されない為にしっかりと応戦する。わしの口から言うのもおこがましいが……今まで戦った教団の人間たちは大したことなかった」
……不思議と話が見えてきた。
そりゃあ抵抗もせずに大人しくやられる真似をする訳がない。ましてや、バフォメットに龍にダークマター……これだけの強者が揃っていれば普通に考えて負ける事はないだろう。
「女の兵士がいれば、わしの魔術で魔物に変えて、魔物化した女たちに男の兵士を性的に襲わせる。残った男は父上の爆破魔法や姫香の天候魔法で捻じ伏せる。そしてセリンは、持ち前の高濃度の魔力で反魔物領を魔界へと変えて……」
「で、魔界に変わった事により、その領に住む人間の女たちまで魔物に変わって……」
「察しが良いのう……そうじゃ。わしらが訪れた反魔物領は、もれなく魔界へと変わっていったのじゃ」
……頭の中で、黒ひげたちの手によって魔界へと変貌する反魔物領の光景を思い浮かべた。
まぁ、少なくとも高い魔力を秘めてる魔物が三人も揃ってるからなぁ……教団から見れば、恐ろしい事この上なかっただろうな。
「だが……セリンだったな?魔界を作るにはかなりの量の魔力が必要だから、結構大変だったんじゃないか?」
「…………平気……」
「そ、そうか?」
「…………お茶の子さいさい……」
「余裕だな……」
「…………少しだけの魔力で……いける……」
「へぇ……スゲェな……!」
どうやらセリンはダークマターの中でもかなり強力らしい。見た目はサフィアと同じくらいの年齢に見えるが……。
「…………セリンは……」
「ん?」
「…………パパ想い(グッ!)」
「そ、そうか……偉いな」
なんか無表情で親指をグッと立てたが……どう反応すれば良いんだ……。
「それで、私たちが次々と魔界を作る度に、その噂は世界中に広がりまして……」
と、こう言って話し始めたのは姫香だった。
「教団の人間たちから見れば……自分の同胞が魔物に変えられたり、あるいは魔物の虜になった事は、もはや殺されたのと同じ扱いになります。つまり教団の人間たちは、私たちが反魔物領を魔界に変えて、人間たちまで魔物に変えたり、その魔物の夫にさせるのは人殺しと見なしまして……」
確かに教団から見れば魔物に変えられたり、魔物の夫にされるのは人間的に殺されるのと同じ見解なんだろうな。だが、その話を聞いて段々真相が読めてきた……!
「そして私たちの行動に業を煮やした教団は、一刻も早く私たちを駆除する為に、海賊団の船長を務めてるお父様は極悪非道だと世間に呼びかけたのです」
「そうだったのか……!」
つまり、黒ひげは極悪非道だなんて偽りの言い伝えが知られたのは教団が原因だったのか。やっぱり黒ひげは悪い男じゃなかったんだな。
「教団の人間たちは、海賊の船長であるお父様を真っ先に排除すれば自然と海賊団も崩壊すると考えたのでしょう……。全体を統べる長が消えた団体は脆くも崩壊すると言われてましたから……」
「……悔しい事に、30年前にはその恐れてた崩壊が起きてしまったのじゃ」
途中で話に割ったエルミーラは非常に悔しそうな表情を浮かべていた。
「30年前って……アイス・グラベルドの事か?」
「ああ、教団の卑劣な策略によって父上が行方不明になった後……わしらは血眼になって父上を捜したが、結局見つける事は出来なかった。従うべき主を失った船員たちは散り散りになってわしらの前から去って行った。残されたわしと姫香とセリンは、のどかで居心地の良いジパングで生活する事になったのじゃ」
「……大変だったんだな……」
「はい、でも二日前に驚くべき知らせを聞きました」
今度は姫香がエルミーラに代わって話を続けた。
「一昨日……私の知人であるカラステングから、お父様が復活したと言う知らせを聞いたのです。『実際にアイス・グラベルドを訪れ、確かにこの目で見たので間違いない』と言ってました……」
「え!?カラステングなんて……何時の間に……!?」
気が付かなかったな……まさかこっそり見られてたなんて思わなかった……。
「その知らせを聞いた私たちは、真相を確かめる為に急いでここまで来ました。カラステングの情報を下に、この島まで……」
そう言いながら、姫香は後方にある小船へと視線を移した。
それにしても……ジパングから此処まで二日で来るなんて相当の体力と根気が必要になる。そうまでして黒ひげに会いに来るなんて……よっぽど黒ひげを慕ってたんだな。
「父上の行方が分からなくなってからの30年間……本当にとても寂しかったのじゃ……」
「でも……お父様は生きていた……これが夢じゃないと思うと、本当に……」
「…………良かった……」
「お前たち……」
自分の父親に会えて気が昂ってきたのか、再び泣きそうになるエルミーラたち。その様子を見て、黒ひげまで泣きそうな様子だったが、なんとか涙を堪えているようだ。
やれやれ、黒ひげも意地っ張りだな……泣きたいんだったら素直に泣いても良いのに……。
「……そうじゃ!肝心な事を忘れておった!」
すると、急にエルミーラが何かを思い出したような素振りを見せた。
「父上!父上はこれからどうするつもりなのじゃ!?海賊を続けるのか!?それとも、どこかで静かに暮らすのか!?」
「…………」
真剣な面持ちで訊いてくるエルミーラに、黒ひげは何も言わずに視線を足元に移す。
そうだ……問題は黒ひげがこれからどうするかだ。さっきは海賊を続けるなんて言ってたけど……もしかしたら、娘と共に静かに生きていく道も考えてるのかもしれない。俺は詳しい事情なんて知らないが、少なくとも黒ひげにとって、今ここにいる三人の娘たちは大切な存在である事には間違いない。その娘たちと共に暮らすのも道の一つだ。
ただ……全ての決定権は黒ひげにあるが……。
「……我は……」
黒ひげは顔を上げて……真剣な面持ちで、決意を露にして答えた。
「我は再び海に出る!海賊として大海原を縦横無尽に暴れまわるのだ!」
海賊を続ける……それが黒ひげが出した結論だった。
「おお!父上ならそう言ってくれると信じてたのじゃ!」
「此処に来る前から三人で話し合って決めてましたけど……私たちもお父様と一緒に頑張ります!」
「…………ファイト一発……」
そして黒ひげの三人の娘たちも同行する意思を示した。
「……お前たちも共に行くつもりか?」
「何を当たり前の事を!当然、付いて行くに決まってるのじゃ!」
「むしろ私たち、その為に此処まで来たようなものですからね!」
「…………レッツ・パイレーツ・ライフ……」
エルミーラたちはやる気満々のようだが、黒ひげはどこか真剣な表情を浮かべる。その様子からして拒むつもりはないらしいが、娘たちの心境を見定めようとしているみたいだ。
「……引き返すなら今の内ぞ?」
「そんな選択肢、もう既に投げ捨てて来たのじゃ!」
「右に同じです!」
「…………以下同文……」
「……我は果報者よ……こんなに良い娘が傍に居てくれて……!」
黒ひげは小さく息を吐き、目を閉じて……心から幸せそうな笑みを浮かべた。
自分の事を想ってくれてる家族の有り難味を噛みしめてるんだろうな……。
「……今ここに、黒ひげ海賊団再結成ぞ!」
すると、黒ひげは閉じてた目を開いて拳を突き上げた。
「無限に広がる大海原……完膚なきまでに暴れてくれる!我が娘たちよ!共に海を渡るのであれば、しっかりと我に付いて来い!」
「「「おー!!」」」
エルミーラたちも決意を表すように拳を高々と突き上げた。
この光景を見ると……なんだか家族愛ってのを感じるなぁ……本当に良いものだ!
「……やっぱ良いよなぁ!家族ってのはよ!」
「そうですね!」
思わず口から出た言葉に、俺の隣にいるサフィアも笑顔で賛同する。
と、そこへ…………。
「う〜ん!感動した!家族って本当に良いよね!私もお姉さんたちに会いたくなっちゃったよ!」
「あ、メアリー。何時の間に……」
何時の間にか、俺の後ろでメアリーが両手を合わせて感激した素振りを見せた。メアリーの隣にバジルもいる事から、ついさっき連れ戻しに来たところなのだろう。
「リ、リリム!?こんなところで出会うとは思わなかったのじゃ……」
「あらまぁ、予想外の展開です……」
「…………ドッキリイベント……?」
「あはは……そんなに驚かなくても……」
エルミーラたちは突然のリリムの出現に戸惑いを隠せないでいるらしいが、メアリーは苦笑いを浮かべながら適当に受け流した。
「あ、それと……やっぱり黒ひげさんは海賊を続けるんだね!」
「うむ、我が生涯は海に始まって海に終わるのだ!」
「お〜!なんかカッコいいね!」
メアリーは、やんややんやと黒ひげに賞賛の拍手を送る。黒ひげの方も満更ではなさそうだ。
「あ、そうそう!それでね、話を切り替えて申し訳ないんだけど……実は私から一つ提案があるの!」
「提案?」
「あのね…………!」
そしてメアリーは突然提案があると言い出した。
これまた唐突だな……一体なんだ?
「私たち……同盟を組もうよ!」
「……は?」
「同盟とな?」
「うん!私と、キッド君と、黒ひげさん!この三人が率いる海賊団で同盟を結ぼうよ!」
……ホントに唐突だな……まさかの同盟とは……。
しっかし、海賊の同盟か……考えた事もなかったな。今まで他の海賊は片っ端から沈めてきたからな……手を組む発想なんて思いつかなかった。
「……しかし、なんで同盟なんて話が出てくるんだよ?」
「え?なんでって……私たちはあの時の戦いで心を一つにして協力し合ったでしょ?」
「ああ、まぁな……」
「だからさ、これからも仲良くなって、互いに協力し合える関係を築いていきたいなぁって思ってね!」
「はぁ……」
要するに、これからも仲良くしたいってだけか。同盟って言うから、もっと深い意味合いでもあるのかと思ったら……単純な理由だな。まぁ、俺はそう言う理由って嫌いじゃないけどな。
「……同盟の重みを理解してる上での提案か?」
「ほぇ?」
黒ひげがメアリーに質問したが、メアリーは首を傾げた。すると、黒ひげは教え子に詳しく説明する教師のような口調で話し始めた。
「同盟など安易に組んで良いものではない。ましてや、その同盟を組む者が互いに海賊であるのであれば尚の事だ」
「え?海賊同士だと色々と面倒なの?」
「元より、海賊は無法者……それぞれが己の欲のままに生きている。他者への情けより己自身を最優先する無法者に協調性を求めるなど無理な話。仮に同盟を組んだとしても、最悪の場合同盟を破棄して無情にも裏切る可能性は限りなく高い」
「それは……」
黒ひげの淡々とした説明に、メアリーは気まずそうに言葉を詰まらせてしまう。
だが、黒ひげの言ってる事も一理ある。海賊は海の荒くれ者……元より他者と手を取り合うような真似は絶対にやらないだろう。まぁ俺は勿論、メアリーと黒ひげも裏切るような真似はしないと思うが……。
「……まぁ確かにそうだけど……」
すると、メアリーは次第に笑みを浮かべて……。
「……別に良いじゃん!」
「「はぁ!?」」
あっけらかんと言い放った。あまりの能天気ぶりに俺と黒ひげは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「メアリー……黒ひげの話を聞いてなかったのか?」
「聞いたよ。でも少なくとも私は絶対に裏切る真似なんかしないよ!どんな窮地に立たされても、私はキッド君と黒ひげさんの味方だよ!」
「そりゃ有難いが……」
「じゃあ訊くけど、キッド君は同盟を組むのに反対なの?私を裏切りたいと思ってるの?」
「いや、それは絶対ない。裏切る真似は絶対にやらない」
「なら良いじゃん!これからもずっと海賊同士で仲良くしようよ!」
俺は裏切り行為はしないとキッパリと断言した。誰かにやれと命令されても絶対にやらないしな。
……同盟か……悪い話じゃないが……黒ひげはどうする気なんだろう?
「……フハハハハ!これ程までに純粋な海賊は初めて見たわ!」
すると突然、黒ひげが愉快そうに笑い声を上げた後、不敵な笑みを浮かべながら言い始めた。
「元より我も、キッドとメアリー……ここにいる二人の若い船長が気に入っておった!ここで同盟を結び、二つの期待の新星を見守るのも悪くない!」
「え!?それじゃあ……!」
メアリーが期待に目を輝かせると、黒ひげはそれに応えるようにメアリーの肩を軽く叩いた。
「良かろう!若き海賊の成長を見届ける為に……この同盟に参入しようぞ!」
黒ひげは同盟に賛成の意を示した。
「やったぁ!勿論、私も!」
続いてメアリーも意気揚々と同盟に加入する意を示す。
残るは俺一人となった。メアリーと黒ひげは同時に視線を俺に向けて静かに返答を待ってる。
「……面白そうだな……!」
だが……言われなくても俺は既に決めていた。
こんなに胸が熱くなる話に……乗らない訳にはいかないだろ!!
「その同盟、俺も入れさせてもらうぜ!俺たちが組めば怖いもの知らずだ!」
「おぉ!やったぁ!」
「フフフ…………」
最後に俺が賛同の意を示すと、メアリーは嬉しそうに顔を綻ばし、黒ひげは温かい笑みを浮かべる。
「ではこれにより、同盟結成にあたっての、この場にいる三人の船長による宣誓を始める!」
「おう!」
「うん!」
そして黒ひげの言葉を皮切りに、俺とメアリー、そして黒ひげは集合し合って同盟を結ぶ宣誓を始めた。
「今日を持って、我ら三つの海賊団が一つの同盟を結ぶ事を快諾する!」
「これからも仲良く、互いに協力し合う事を此処で誓います!」
黒ひげとメアリーは、躊躇う事無く同盟結成を宣言する。
そして……最後に残った俺の発言により、三つの海賊団が結束する!
「今ここに……海賊同盟を結成する!!」
今ここに……三つの海賊団による同盟が結成された!!
「ウォォォォォォォォ!!!」
周囲で同盟結成を見守ってた仲間たちが一斉に雄叫びを上げた。
「キッド……本当にカッコいいです!」
「わーい!同盟だー!」
「フフフ……キッド、僕は副船長として、何時でも君の決定に従うよ」
「リリムだけじゃなくて、伝説の海賊とまで同盟を結ぶなんて……やっぱりキッド船長は凄いや!」
「Excellent!これから面白くなりそうだな!」
サフィアとピュラたちが同盟結成を前に歓声を上げている。どうやら誰も反対する気はないようだ。
「話を聞いた時、最初は無理があると思ってたが……魔王の娘は侮れないな……」
バジルがどこか感心しているような視線をメアリーに向けている。
「くぅ〜!この団結した瞬間も、海賊の醍醐味じゃのう!」
「お父様……私はずっとお父様に従います!」
「…………フレンドシップ、万歳……」
そしてエルミーラたちも、自分の父の同盟参加に快く賛同していた。
……いつの間にか、俺の周りは笑顔で溢れていた。誰もが一つの同盟が結ばれた事に喜んでいる。同盟ってのも……悪くないな!
「よぅし!それじゃあ同盟結成の祝いも兼ねて、これからみんなでバーベキューパーティーだ!」
「キッド、そのバーベキューパーティーだが、我の娘たちも混ざらせてくれぬか?」
「勿論!アンタらも遠慮なんかしないで、一緒に楽しもうぜ!」
「おお!キッド殿は太っ腹じゃのう!」
「ありがとうございます、キッドさん!」
「…………バーベキュー、久しぶり……」
俺の承諾を得た途端、エルミーラたちは嬉しそうな笑みを浮かべる。
なんたって、宴は人数が多ければ多いほど楽しいもんな!細かい事の言い合いは一切無しだ!
「キッド、そろそろ始めましょう。みんな待ってますよ」
「おう、そうだな」
宴を始める為に、俺は咳払いをしてから大声で言った。
「野郎ども!腹は減ったか!?」
「オー!」
「酒を飲みたいか!?」
「オー!」
「歌って踊りたいか!?」
「オー!」
「はしゃぎたいか!?」
「オー!」
俺が大声で訊く度に、沢山の仲間たちによる雄叫びが返ってくる。誰もが早く宴を始めたいと言いたげにウズウズしている。
そんじゃあ……始めるか!
「よっしゃあ!野郎ども!宴だぁ!!」
「イェェェェェェェェイ!!」
そして俺たちは、朝になるまで賑やかな宴を楽しんだ…………。
12/12/02 21:48更新 / シャークドン
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