連載小説
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第十六話 Last stage!
「……船長……さん……」

目の前で起きた惨劇が信じられなかった。
タイラントの爪に斬り刻まれて倒れている船長さんを目の当たりにしても……これが現実だとは思えなかった。

「キッド……キッド!!」

……あ!サフィアさん、ダメ!

「ダメです、サフィアさん!今は船から降りてはなりません!」
「楓さん、お願い!放してください!私をキッドの下まで行かせてください!!」
「落ち着いてください!船を降りたらタイラントに狙われます!」
「でもキッドが!キッド!キッド!!キッド!!」

悲痛な叫びを上げながら船長さんの下まで駆け寄ろうとするサフィアさんを必死に抑える。
本音を言えば、私だって今すぐ船長さんを助けたい。でもタイラントが傍にいる時に船を降りるのは非常に危険だ。
私一人ではあんな怪物に太刀打ち出来ないし……どうすれば……!

「あ〜あ、カッコ付けて死んじゃった。バッカみたい!」

タイラントは血まみれの状態で倒れてる船長さんを嘲笑った。あの冷酷な笑みからは恐怖しか感じられない。自分以外の者を完全に見下してる目としか思えない……。
あんな……あんな怪物に勝てるとは思えない。私たちは……どうすれば良いの?

「あっははは♪まずは一人片付いた!次は……あんただ!」

タイラントは船長さんの血が付いてる爪をメアリーさんに向けた。視線を移すと、メアリーさんは何時の間にか立ち上がり、険しい表情でタイラントを睨み付けていた。

「あっははは♪あんたも同じ目に遭わせてあげる!」
「くっ……!」

ドスドスと足音を響かせながらメアリーさんに近寄るタイラント。しかし、メアリーさんは一歩も動かずにタイラントを睨み付けている。

「待て!タイラント!貴様の相手は俺だ!」

すると、バジルさんがメアリーさんを庇うように駆け寄って、タイラントの前に立ち塞がった。激しく息切れしながらも、両手にランスを持ってタイラントを睨んでいる。

「あんたさぁ、あの海賊の無様な姿を見なかったの?あいつは自分を盾にして死んだんだよ?なんであいつと同じ真似をするのかなぁ?」
「すぐ傍に守りたいと思えるものがいるから戦えるんだ!貴様にはそういったものは無いのか!?」
「……くっだらない!昔話の読み過ぎなんだよ!現にあの海賊は守ろうとして死んだだろ!?」

タイラントは不快感を露わにしながら船長さんを指差した。

「……貴様は……あの男を甘く見ておるわ……」

黒ひげさんが仁王立ちしつつ剣の切っ先をタイラントに向けた。

「貴様はあの男を軽視した。それが貴様の失態よ……」
「はぁ?何言っちゃってんの?失態とか意味わかんないんだけど?むしろドジ踏んだのはあの海賊でしょ?」
「…………」

すると、黒ひげさんは無言でタイラントを睨み付ける。沈黙の時が経つにつれて黒ひげさんの目に力が籠められる。その様子に流石のタイラントも戸惑いを隠さずにいられなかった。


「……あと五秒……」
「は?」


黒ひげさんが急に手を挙げて指で数字の五を示した。
でも……あと五秒って……?


「四……」
「おい、なんだよ急に?」
「三……」
「なんだ?何する気だ?」
「二……」
「おい、なんか言えよ!」
「一……」
「おいコラ!無視するんじゃ…………」
「…………零!!」








「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




スパァン!!



「グォォォォォォォォ!!?」
「!!?」


……一瞬の出来事だった。空から急降下してきた何かがタイラントに突撃した。そしてタイラントの銀色の角が切られ、鈍い音を立てながら地面に落とされた。


「……まさか、上空にいたなんて思わなかっただろ?」

聞き慣れた声が耳に伝わり、タイラントの角を切り落とした張本人が華麗に着地する。そしてその人はゆっくりと姿勢を正して不適な笑みを浮かべた。
私は……その人の姿を見た時、この目を疑わざるを得なかった。


「う、嘘だろ!?あんた、なんで……!?」
「悪いな。これも黒ひげの作戦なんでね」


タイラントも目を見開いて、自分の角を切断した人を見ている。
それも仕方ない事。何故なら、その人は……長剣とショットガンを持ってる人は…………!


「油断は禁物だぜ?タイラント!」



先ほどタイラントに倒された……キッド船長さんだから…………!



「そんな馬鹿な……!」
「おぅおぅ、思い通りに驚いてくれちゃって……」

上空から現れた船長さんを見るなり、タイラントは驚愕の表情を浮かべている。それもそうだ。何故なら、先ほど仕留めたハズの船長さんがこのようにピンピンしてるのだから……。

「じゃ、じゃあ……あいつは誰なんだ!?」

タイラントはすぐさま振り返り、血まみれになって倒れてる船長さんを凝視した。
そうだ。上空から降りてきた船長さんが本物だとしたら、あの血まみれになってる船長さんは一体……!?



ドカァァァン!!


「なに!?」

その瞬間、血まみれになってる方の船長さんが爆発し、跡形も無く消え去ってしまった!ど、どうなってるの!?

「フハハハハ!我が魔術の腕も衰えておらぬようだな!」

黒ひげさんが満足気に高笑いを上げた。
魔術って……まさか黒ひげさんの仕業!?


「これぞ我が爆破魔法の一つ……『爆人形』!我が見た事のある人間の姿を真似て創り出される魔力の人形よ!その気になれば、血液から唾液まで細かい部分も似せて創れるのだ!だが、長時間姿を維持する事は出来ないのが難点だがな」

黒ひげさんは誇らしげに説明した。つまり……さっきタイラントに倒された船長さんは、『爆人形』と言う偽者だったと言う訳か。

「ちなみに『爆人形』は時間が経たなくても、我が魔術を解除する事によって爆発する。そして爆発するのは身体だけではない。たとえば……」

すると、黒ひげさんは片手を小さく上げて……!

「貴様のその偽の血も……このように!」


パチン!


ドカァァァン!!

「グォォォォォ!」

黒ひげさんが指を鳴らした途端、タイラントの爪が爆発して粉々に砕けた!
そう言えば、あの爪には偽者の船長さんの血が……!

「身体だけではなく、血も唾液も爆発する。と言っても手遅れであったか。フハハハハ!」
「……まぁ、偽者とは言え、自分自身が爆発する姿を見るのは複雑な気分だけどな……」
「グルルルル……!」

タイラントは恨めしげに黒ひげさんと本物の船長さんを睨みつけてる。
でも良かった……本物の船長さんは無事だったのね。

「……キッド……キッド!キッドー!!」

すると、私の隣にいるサフィアさんが何度も船長さんの名前を呼んだ。先ほどの悲痛な叫びとは違い、喜びに満ち溢れた明るい呼びかけ……。

「キッド!無事で良かった……!キッドー!」
「……サフィア……心配掛けてごめんな……」
「いいえ……キッドが無事で……本当に良かった!」
「サフィア……」

船長さんはサフィアさんに心配を掛けた事にお詫びを言ったが、サフィアさんは気にする事無く明るい笑顔を浮かべ……そして目に一滴の涙を浮かべている。
その気持ち、分かります。大切な人が無事なのは本当に嬉しいですよね。でも……。

「どういう事だ!?何時からこんな小癪な真似をした!?」

タイラントは怒り狂いながら言い放った。
確かに、船長さんは何時から偽者と摩り替わってたのか……それは私も知りたい。

「破滅の鎮魂曲……だったよな?皮肉にもアンタのあの猛攻が始まった時から作戦が始まったんだよ」

そう言ったのは、首をポキポキと鳴らしてる船長さんだった……。



***************



「あの無数の魔力の球が降り注いでる最中に、俺とバジルと黒ひげは、なんとかメアリーの下に集まり、メアリーの防壁の中に避難した……」

タイラントが鋭い目で俺を睨んでいるが、俺は構わずに話を続けた。

「その防壁に身を守っている時に、黒ひげが一つの作戦を思いついた。偽者の俺を利用してタイラントを油断させた瞬間に不意打ちしてやろうとな」
「不意打ちだと?」
「幸いにも、あの猛攻のお陰で砂煙が充満してて、姿を隠しながら移動するのは簡単だった。俺たちは砂煙で姿を晦まし、メアリーの防壁を借りて魔力の球を防ぎながら岩の陰に身を隠した」
「…………」

タイラントは黙々と俺の話を聞いてるが、その表情には明らかに苛立ちが出ている。自分の攻撃が通ってなかった事に対する不満だろう。


「魔力の球の猛攻が終わると同時に、メアリーは防壁を解除した。そしてメアリーとバジルと黒ひげは急いで元の位置に戻って、恰もやられたフリをした」
「……その時にあんたの偽者を創ったって訳?」
「そうだ。残された俺はバジルのウィング・ファルコンに乗って空を飛び、タイミングを見計らって……後は知っての通りだ」


つまり……俺たちはタイラントの猛攻を防いだうえに、不意打ち作戦を成功させたと言うわけだ。
でも作戦とは言え偽者の俺が斬られる姿を見るのは複雑だったし、それを見て号泣するサフィアを見るのは本当に辛かった……。
後でちゃんとサフィアに謝らないとな……。

「……なんで?なんでなの?なんでそんなにウザったいんだよぉ!」

タイラントは怒りに満ち溢れた表情を浮かべて怒鳴り散らした。明らかに殺意を漲らせ、不気味に光る両目が俺たちを捉えてる。

「これから死ぬってのに、なんでそんな真似するかなぁ!?どうせ私には勝てないってのに、なんで悪あがきするのかなぁ!?クズならクズらしく、無様に散り果てちゃえば良いんだよ!!」

すると、切断されたタイラントの角の断面から新しい角が生えて完全に再生された。それと同時に爆発して砕け散った鋭い爪も生え変わる。
やっぱり、あの再生能力は厄介だな……。何か良い手立てはないものか……。

「だいたい、不意打ちがなんだってんだぁ!?この通り、私にはどんな攻撃も効かない!何度でも再生出来る!30年前のあの事件では油断したけど、私は不死身なんだよ!」

そしてタイラントは俺に向かって口から白銀の光線を放った。
だが、そんなもの……!

「喰らうかぁ!」

俺は後方へ大きくバク転して白銀の光線を避けた。そして着地と同時にショットガンでタイラントを狙い撃ったが、タイラントはゴツゴツの腕でショットガンの弾を防いだ。

「そんな弾、効かないなぁ!」
「次は私だよ!ジャブ・マシンガン・パワード!」
「やってやる!風槍烈火!!」

今度はメアリーが上空へ飛び上がり、タイラントの顔面に素早い連続パンチを繰り出した。それに続いてウィング・ファルコンに乗って滞空してるバジルも、両手のランスでタイラントの背中を左右交互に何度も突き刺した。

「害虫が……近寄んなぁ!」
「うわわ!」
「くっ!」

タイラントは強靭な腕と尻尾を駆使してメアリーとバジルを振り払った。今まで攻撃を繰り返してたメアリーとバジルはやむを得ずにタイラントから一旦離れる。

「あぁ!ウザいウザいウザい!みんな纏めて血まみれになれ!」

そしてタイラントの角が光り輝いた。
あれは……また電撃を放つ気か!?ヤッベェ!早く避けないと……!





「ギャオオオオオオ!!」




突然、何か獣のような咆哮が響き渡った。だが、これはタイラントの咆哮じゃない。
視線を移して咆哮の主を確認してみると、そこには見上げる程の巨体が……!

「ヘル・シャイニング……ぐわぁ!?」
「フン!調子に乗りすぎなんだよ!」

しかも咆哮の主は、これから電撃を放とうとしたタイラントの巨大な身体を突き飛ばして一瞬だけ怯ませた。
更に……!

「喰らえ!Burning impact!!」
「なっ!?ぐぁあ!!」

炎を纏った拳をタイラントの顔面にお見舞いした。殴り飛ばされたタイラントは大きく後退して倒れこんだ。
タイラントを殴り飛ばした張本人は、巨大な翼に赤い鱗、そして野太い尻尾が……って、これって……!

「ドラゴン……?」

そう、どこからどう見ても……勇猛たるドラゴンの真の姿だった。それにこの声……妙に聞き慣れた感じが……。

「Hey!待たせたなキャプテン!」

赤いドラゴンは俺に気さくに話しかける。
待てよ?この独特の喋り方は……まさか!?

「まさか……オリヴィアか!?」
「That's right!ちょっと驚いてるみたいだな。まぁ、今までキャプテンにこの姿を見せた事無かったもんな!」

やっぱり、あの巨大なドラゴンはオリヴィアだった。
そう言えば、今までオリヴィアが真の姿に変わるところなんて見た事無かった。今更こう思うのもアレだが、オリヴィアも正真正銘、本物のドラゴンって事か。

「……あ〜もう!またしてもウザい害虫が……!」
「あぁん!?口の利き方には気を付けな!私はドラゴン!地上の王者だよ!」
「……そう……だったらその地上にあんたの墓を立ててやるよ!」
「Come on!やれるもんなら、やってみな!」

オリヴィアに殴り飛ばされたタイラントが徐に起き上がり、ドスドスと大きな足音を立てながらオリヴィアに突進した。対するオリヴィアもタイラントに挑み、巨体同士の取っ組み合いが始まった。
すると……。

「みんなー!大丈夫!?」
「ん?あれは……シャローナ!」

ブラック・モンスターからシャローナが背中の翼を羽ばたかせて俺の下に着地した。

「良かった……大怪我でもしてたら急いで手当てしなきゃって思ってたんだけど、船長さんは大丈夫そうね」
「まぁそうなんだが……あの化け物が強すぎて手古摺ってるところなんだ」
「あ、そうそう!それについて色々と話したい事があるの!とっても重要な事よ!」
「な、なんだよ、重要な事って?」
「あのね……っと、その前に……みんな!速くこっちに集まって!」

シャローナに呼びかけられ、メアリーとバジル、そして黒ひげも一斉に俺とシャローナの下へ集まった。

「みんな、一先ず私の話を聞いて欲しいの。そんなに時間は無いから手短に話すから良く聞いてね」
「いや、ちょっと待て。悪いが、早くオリヴィアに助太刀しないと……」
「大丈夫よ。実はオリヴィアちゃんには、私がみんなに話を聞かせる為の時間を稼ぐように前もって頼んでおいたの」
「あ、そう言う事か……」

つまりオリヴィアは自ら囮となってタイラントの気を引き付けてくれてる訳か。本音を言えば一刻も早くオリヴィアと一緒に戦いたいところだが、シャローナがそこまですると言う事はかなり重要な話らしいな。ここは大人しく耳を傾けた方が良さそうだな。


「良い?まず、あのタイラントの事なんだけど…………ゴニョゴニョゴニョゴニョ……


シャローナは俺たちを寄せ集めて話し始めた。少し小さめの声だが、十分聞き取りやすくて話の内容も理解出来た。



〜〜〜数分後〜〜〜



「……成程な……!」
「大体分かった?」
「ああ、お陰様でな」

シャローナの説明のお蔭でタイラントについて大体の事は理解できた。
タイラントは自分自身で細胞を組み替える能力を持っている。更にはどんなに深い傷を負っても再生するうえに、身体そのものには痛みを感じない驚異的な特性を持っている。もはや生き物とは言い難い……まるで生きてる殺戮兵器だ。
俺自身、その凄さは実際に戦ってみて十分理解してる。現にさっき力を振り絞って角を切り落としたものの、苦しむ事無くあっさりと角を再生させてしまった。いや、再生出来るのは角だけじゃない。身体のどの部分を攻撃しても一切効いてない。
だとしたら……どうすれば…………!

「それでね、私のお爺ちゃんの冊子を基にして、これを持って来たの!」

シャローナは白衣のポケットから透明の液体が入った瓶を取り出した。

「……なんだ、それは?」
「タイラントを倒す為に即行で作った薬よ。無茶言って悪いんだけど、何としてでもこの薬を奴に飲ませるのよ!」

タイラントを倒す為の薬……シャローナめ、何時の間にそんな物を作ったのか。

「……俺が持って行こう。空を飛べる俺なら確実に飲ませる事が出来る」
「それじゃあお願いね!薬はこれしかないから、失敗しないようにね!」
「分かった」

バジルはシャローナから薬の瓶を受け取り、何やら覚悟を決めたような表情を浮かべた。
その薬が最後の希望となるのか……だが、一体どんな薬なんだ?

「……シャローナさん、一つだけ確認したい事があるんだけど……」
「ん?」
「タイラントについてなんだけど……」

すると、メアリーが何やら意味深な表情を浮かべながらシャローナに話しかけた。



「タイラントの身体は……魔力で支えられてるって本当なの?」
「ええ、間違い無いわ」
「それで、仮にもその魔力が消えたら?」
「恐らく……細胞が拒絶して爆発を起こすでしょうね。尤も、魔力を消す方法なんて無いけど……」



それなら俺もたった今知ったところだ。タイラントの身体は、誕生した時から備えられてる魔力によって支えられてるらしい。細胞を組み替える時も、まずは身体の中の魔力を作動させるところから始まるとか。

つまり……タイラントの身体は、タイラント特有の魔力によって支えられてると言う事だ。仮にもタイラントの魔力が消えたら身体が爆発する恐れがあるとか……。


「……みんな!私から一つ頼みがあるんだけど……」
「ん?」


すると、メアリーが何やら意味深な表情を浮かべながら口を開いた。


「タイラントの動きを……止めて欲しいの!」
「……え?」

タイラントの動きを止めろって……どういう事だ?

「私ね、今のシャローナさんの話を聞いて一つだけ良い方法が浮かんだの!もしかしたら……タイラントを倒せるかもしれない!」
「なに!?本当か!?」

タイラントを倒せる……そう聞いてメアリーの話に食い付いてしまった。

「その為には……キッド君の協力が必要なの!」
「え?俺?」
「うん!少しの間だけ、ここに残ってくれる!?」

メアリーは真剣な表情を俺に向けた。
何をするのかは知らないが……何でもやってやる!

「ああ!俺に出来る事なら、何でも言ってくれ!」
「ありがとう!それでね、バジル君と黒ひげさんはさっき私が言った通り、タイラントの動きを止めて欲しいの!二人なら必ず出来るハズだよ!」
「ふむ、動きを止めるのであれば容易い事よ」
「それくらいなら俺も出来る」



「ギャオオオオオオ!!」
「ヴォオオオオオオ!!」



突然、二つの咆哮が辺りに響き渡った。視線を移すと、オリヴィアとタイラントが未だに激しい戦いを繰り広げているのが見えた。灼熱の炎や白銀の光線が何度も放たれ、互いに一歩たりとも譲る気が無い。
おっと、もうそろそろ加勢しないと!流石に長時間、オリヴィアに任せっ放しにする訳にはいかないからな。

「それじゃあメアリー!俺たちはタイラントの動きを止めて来る!」
「この状況の打開策……貴様に任せた!」
「バジル君、黒ひげさん……気を付けてね!」

バジルと黒ひげはタイラントの下へ駆け出した。俺はメアリーに言われた通り、駆け付けずにこの場に残った。

「それじゃあキッド君、その長剣を出して!」
「え?あ、ああ……こうか?」

言われた通り、俺は右手の長剣を横にしてメアリーに向けた。すると、メアリーは両手を長剣に翳し出した。




「この長剣にあげる……私のありったけの魔力を!」




すると、メアリーの手から黒い魔力が放たれ、俺の長剣の刃を包み込んでいく。刃の中にメアリーの魔力が浸透され、長剣の刃そのものまで徐々に黒く染められる。
俺の長剣に……メアリーの魔力が……!

「……成程ね……注射の原理か!その手があった……!」


すぐ傍にいるシャローナは、この光景を見て納得したように頷いた。どうやらメアリーが考えている事を理解したらしいが……俺も一通りの事は理解出来た。


魔力をあげるって……そう言う事か!



ドカァァァァン!!



「おぉんどれがぁぁ!!ウザいって言ってんだろぉがぁ!そんな攻撃、効かないんだよ!」
「それでも戦うんだよ!こんなところで負ける訳にはいかない!」
「海賊の若き芽を摘み取る様な真似は、我が断じて許さぬ!」
「覚悟するんだな!ここがあんたのLast stageだ!」

バジル、黒ひげ、そして真の姿となったオリヴィアの三人は何度も攻撃を繰り返してる。対するタイラントも、野太い尻尾を振り回したり、目から赤い光線を放出したりと応戦してる。

「さて、そろそろ頃合いであろう」

すると、黒ひげはタイラントの足元に向かって片手を翳し…………!


「激・念力爆破!!」




ドカァァァァァァァァァァァァァァン!!






「ブォォォォォォォォォ!?」



タイラントの足元の地面が凄まじい爆発を起こした!タイラントの巨体は爆発によって開かれた巨大な穴に嵌り、上半身だけが見える状態となった。

「フハハハハ!見事に嵌ったわい!」
「……これが何だって言うんだ!?こんな穴、すぐに出られるんだよ!」
「そうはさせない!」
「なっ!?」

タイラントが穴から脱出しようと翼を羽ばたかせた瞬間、オリヴィアがタイラントに後ろから圧し掛かってタイラントの動きを止めた。タイラントの上半身が氷の地面とオリヴィアの巨体に挟まれ、思うように身動きが取れなくなったようだ。

「離せ!離せってんだよ!この蛆虫がぁ!」
「だから私はドラゴンだって言ってるだろ!」

タイラントはジタバタと暴れてオリヴィアを引き離そうとするが、オリヴィアは微塵も動かずにタイラントを押さえている。

「今こそ好機!そのまま抑えててくれ!」

今度はバジルがウィング・ファルコンに乗ってタイラントの顔面まで移動して……!

「うぉぉぉ!口を開けろぉ!」
「グ、グォォ!」

手に持ってるランスを駆使してタイラントの口を抉じ開けた。タイラントも必死に抵抗するが、徐々に大きな口が開かれ、その口元に隙間が……!


「そこだぁ!」


すると、バジルはシャローナから受け取った薬を瓶ごとタイラントの口の中へ放り込んだ。薬の瓶がタイラントの口の中に入ったのを確認した瞬間、バジルは素早くランスを引き戻してからタイラントから離れた。

「うぇぇ!ぺっぺっ!あんた、私に何を飲ませた!?」

タイラントは飲み込んだ瓶を吐き出そうとするが、時既に遅し……!

「……グ、グォ!?」

突然、タイラントの様子がおかしくなった。真紅の目を見開き、何か強い衝撃を受けてるかのように…………!





「ブォォォォォォォォォォォォォォ!?」




突然、タイラントが咆哮を……いや、断末魔の様な叫びを上げた。


「ぐぉあああ!い、痛い!苦しい!痛い痛い!!」


そして痛みで顔を歪めながらもがき苦しんでる。さっきまでは痛みなんて微塵も感じなかったのに……どうなってるんだ?


「な、何故だぁ!?何故私は痛みを感じているんだぁ!?私は不死身の筈だぁ!!」
「おー!これは予想以上に効果覿面ね!」

俺のすぐ傍にいるシャローナは満足気な表情を浮かべた。

「シャローナ、あの薬は一体……?」
「あれは身体の細胞の機能を一時的に麻痺させる特効薬よ!あれを飲めば再生能力が一時的に使えなくなるわ!普通に痛みも感じるようになる!他の生き物が飲んでも何も起こらないけど、細胞を自由に組みかえられるタイラントにとってはまさに最凶の毒薬!」
「細胞を麻痺させるか……だが、なんか必要以上に苦しんでないか?」

シャローナが作ってた薬については分かったが……それにしたってあのタイラントの苦しみ様は尋常じゃない。

「当然よ。何故ならタイラントは、今になって船長さんたちの攻撃の痛みを纏めて感じてるんだから」
「え?どういう事だ?」
「たとえ痛みを感じないとしても、身体は間違いなく損傷されるものよ。痛みは身体を守る為の危険信号みたいなものなのに、それが無いなんて生き物として致命的な弱点よ」
「言われてみれば確かに……」
「でしょ?そしてタイラントは今、痛みを感じる状態になって今まで受けた攻撃の痛みを感じるようになった。今までの痛みが全部反動されて返ってきたのよ」

つまり……タイラントは今までの俺たちの攻撃の痛みを一纏めで受けていると言う訳か。
無駄だと思われてた俺たちの攻撃は……全く無駄じゃなかったんだ!


「キッド君!終わったよ!」


突然、俺を呼ぶ声が聞こえた。振り向くとメアリーがかなり疲れた状態で座り込んでいる。
そして……俺の長剣は……リリムの魔力を醸し出す漆黒の刃に変貌していた。


「こいつは凄い……リリムの魔力が刃全体に伝わってる……!」


俺は漆黒に染まった長剣をまじまじと見つめた。
うぅむ……これは……中々カッコいいなぁ!ってそんな事思ってる場合じゃないか。

「メアリーちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫……あとはキッド君が上手くやってくれれば……!」

シャローナがメアリーの身体を支え、メアリーは俺に最後の希望を託すような眼差しを向けた。
その目を見れば、言いたい事は理解出来る。俺自身、これからどうすれば良いのかも一通り分かっているつもりだ。

「一応確認しておくが……これをあいつに刺せば良いんだな?」
「うん、あとは頼んだよ……!」
「今なら身体の再生も出来ない!倒すなら今しかないわ!」
「ああ、任せろ!」

俺は徐にタイラントへと振り向き、左手のショットガンをホルダーに戻してから長剣を両手で持つ姿勢に入った。

この一撃……この一撃で勝負が決まる!
俺はやってやる……これで全て終わらせてやる!
サフィアを……仲間のみんなを守る為にも……!
俺は……絶対に退かない!絶対勝つ!


「それじゃあ行くぜ!」


俺は……ここで全てを終わらせる覚悟を決めた!



「ウォォォォォォォォォ!!」



俺は勢い良く駆け出した。タイラントに向かって、全力で……!


「くっ!何をする気だ……!?」
「これで……終わりだぁ!!」


そして俺は両足に力を入れて、タイラントの顔面に向かって跳び上がった。空中で長剣を下に突き刺す構えに入る。
そして……!





グサァッ!!




「ぎゃあああああああああああ!!」


タイラントの額に……漆黒の長剣を突き刺した!血こそ流れてはいないが、痛みを感じる身体になってるタイラントは悲痛な叫びを上げる。
だが……突き刺すだけで終わりじゃない!



「メアリーの魔力よ……今こそ流れ込め!!」



俺が長剣に念を送ると、突然長剣が光り輝いた。そして漆黒に染まってる長剣が少しずつ色あせてゆく。
そう……今まさに……長剣に移ってるメアリーの魔力をタイラントの体内に流し込んでいるんだ!


「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


タイラントが抵抗しようとするものの、身体がオリヴィアによって押さえられてる為身動きが取れないでいる。
どうやら間違いなく効いてるみたいだな!

「キッド、何をやってるんだ?こいつに何をしてるんだ?」

ウィング・ファルコンに乗ってるバジルが俺に訊ねてきた。
これを見ただけではすぐに理解出来ないか。それも無理は無い。

「こいつの身体はタイラント特有の魔力で支えられてるのは聞いたよな?」
「ああ……」
「その魔力が……別の魔力によって上書きされたら……どうなると思う?」
「……まさか!?」


タイラントの身体は、普通の生き物とは違って魔力で支えられてるようなものだ。細胞を組み替えるのも、損傷した身体を再生するのも、自分だけの魔力が無ければ出来ない。
ならば、その魔力を……タイラントの魔力を別の魔力で消してしまえば良い!
普通の魔物の魔力では無理だが……メアリーの魔力、すなわちリリム特有の高濃度の魔力なら、タイラントの魔力を上書きして打ち消す事も出来る。


要するに……タイラントの魔力を消してしまえば、タイラントは爆発する!シャローナの薬のお陰で再生も不可能だから元に戻る事も出来ない!
これなら……タイラントに勝てる!


「おのれがぁ!止めろっつってんだろぉ!!」

すると、タイラントの白銀の角が光り輝いた。
これは……また電撃を放つ気か!?


「させぬわぁ!」


ドカァァァァン!!


「ぐぉあああああ!!」

タイラントの角が爆発によって粉々に砕け散る。その爆発を起こした張本人は、言うまでもなく……!

「ありがとよ黒ひげ!」
「我に構うな!今は魔力を注入させるのに集中するのだ!」
「ああ!」

黒ひげに礼を言いながら、俺は長剣に宿ってるメアリーの魔力をタイラントに流し込む。少しずつではあるが、確実に魔力が流されているのが感じ取れる。その証拠に、最初は漆黒に染まってた俺の長剣も段々元の姿に戻ってきてる。
良い調子だ!これなら勝てる!

「こ……この……ゴミクズがぁ!」
「待て!こいつに手を出させはしない!」

メアリーの魔力を流し込まれ、徐々に抵抗する力が失われているのか、タイラントの発言に生気が感じられない。しかし、それでもタイラントは俺を振り払おうと鋭い爪を上げたが、その前にバジルが両手を挙げて、一つの巨大な魔力の球を生成した。
そしてその球は瞬時に鳥の形へと変形し、優雅に……そして神々しくバジルの頭上を羽ばたいてる。
バジル……あんな魔法も扱えたのか!

「邪魔だぁ!!」

タイラントの爪がバジルに襲い掛かる。


「羽ばたけ!我が究極の魔力鳥……ライトニング・ゴッドバード!!」


バジルの叫びと同時に、巨大な鳥が迫り来るタイラントの手に向かって勢い良く羽ばたいた。
そして……!


バァァァァァァァァァァァン!!


「ぐぉあああああああ!!」

直撃と同時に、タイラントの爪が粉々に砕け散った!タイラントの悲痛な叫びが当たりに響き渡る。

バジル……アンタの努力は無駄にしないぜ!
俺は更に長剣に念を送ってタイラントの体内に魔力を流し込む。眩い光を放ちながらも、最初は漆黒に染まられた刃ももうすぐ元の姿に戻りそうになった。

「……認めない……認めない!」

だが……タイラントは未だに抵抗しようと、もう片方の手を上げて俺を叩き落そうとする。

「敗北なんか認めない!私は不死身なんだよ!こんな虫けら如きにやられる理由なんて無い!」
「それが間違いなんだよ!」

タイラントが俺を叩き落そうとした瞬間、オリヴィアがタイラントの腕を掴んで止めさせた。

「自分は負けないとか、不死身とか、過剰な自信は命取りだ!あんたは自分の力に自惚れ過ぎた!それがあんたの敗因だ!You see!?」
「黙れぇ!ひ弱な虫けらどもに力を語る権利なんか無いんだよ!」

タイラントはオリヴィアの手を解こうとするが、メアリーの魔力が半分以上も体内に浸透している為か、思うように身体を動かせずにいる。
そんな無駄な抵抗も出来なくなる。何故なら……もうすぐ魔力が流し終わるんだからな!


「……タイラント……ここでラストスパートだ!」


俺は全てを終わらせる為に……最大限に念を送った!


「ウォォォォォォォォォォォ!!」


長剣に宿ってた魔力が一気にタイラントの体内へ流し込まれる。その刹那、タイラントの身体が徐々に黒く光り輝いてきた。


「止めろぉぉぉ!身体が……身体がぁ!!」

喚き散らすタイラントを他所に、俺は力を振り絞って魔力を流し込む。
どうやら、もうすぐのようだな!俺は最後までこの長剣を抜かないぞ!


「……自惚れるなよ……虫けらが!!」


すると、抵抗していたタイラントの身体がピタリと止まり、殺意に満ちた眼差しを俺に向けた。


「これで全て終わったと思うなぁ!私が負けるなど有り得ない!今ここで散り果てても、何時か必ず蘇る時が訪れる!」
「…………」


それはただの負け惜しみか?それとも俺に対する警告なのだろうか?どちらにしろ……これだけは分かる。

この表情からして……復讐を決めたと言うべきか。まるで……あいつにそっくりだな……。


「せいぜい束の間の勝利に酔い痴れてろ!この私が完全に蘇った暁には……まずは貴様を……そして貴様の大切な人を殺してやる!」
「……上等だ!また蘇る時が来たら、俺が再び倒してやる!」

何度蘇ろうとしても、その度に俺が倒してやるさ!俺にはサフィアも、仲間もいる!守りたいものがあるから戦える!
サフィアに手を出す様な真似をしたら……俺が全力で叩きのめしてやる!

「じゃあな、タイラント……お別れだ!」

長剣に宿ってた魔力が直に流し終わる。
そして今、長剣が元に戻り……全ての魔力を注ぎ終えた!



「うぉんらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!


俺は元に戻った長剣を引き抜き、横一線にタイラントの額を斬り付けた!



「グォォォォォォォォォォ!!」



天に向かって放たれた咆哮が響き渡り、その場の空気を振動させる。タイラントの身体が黒く光り輝き、今まさにこれから起こる爆発の前兆を表していた。

「傍に居ては危険だ!そやつから離れろ!」

黒ひげの呼びかけを聞いた人たち全員が一斉に動き出した。タイラントを抑えてたオリヴィアは手を放して上空へ羽ばたき、それに続くようにバジルもウィング・ファルコンにのって飛び上がる。そして俺も着地と同時に全速力でタイラントから離れた。

「……おのれ……おのれ、海賊共……!」

駆け出してる途中で背後からタイラントの声が聞こえた。だが、怪物の姿に変貌したばかりの時とは違い、その声もかなり弱弱しいものになってる。

「……忘れるな……このままでは……終わらない……!」

そして……次の発言が……異形の殺戮生物の最期の発言となった!



「地獄の惨劇は……終わらんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」









ドカァァァァァァァァァァァァァン!!!








「うぁぁぁぁぁぁ!?」

凄まじい爆発が背後で起こり、その威力があまりにも強力過ぎて身体が爆風で吹き飛ばされてしまった。

「うぉ、おわぁ!おっととと!?」

身体が氷の地面に転がり、視界がグルグルと目まぐるしく回る。やがて転がってる身体がピタリと自然に止まり、仰向けになって倒れる状態となった。
……もの凄い爆発だったな。黒ひげの魔法とは比べ物にならない……。


ヒュゥゥゥゥゥゥゥ……


「はぁ、はぁ、はぁ……」

さっきまでの激しい激闘が夢であるかのように、静寂が辺りを包み込む。全力で走ったが故に激しく息切れする俺を冷やすかのように、冷たい風が俺の頬に伝った。

「キッド!ようやった!」
「……黒ひげ……」

仰向けになって倒れてる俺を見下ろすように、黒ひげが満足気な表情を浮かべながら話しかけてきた。
……そうだ!タイラントは!?

「黒ひげ、タイラントは!?」
「うむ、跡形も無く消えてしまったわい。あれを見よ」

黒ひげが指差してる方向を見る為に上半身を起こした。
目の前には……途轍もなく大きな爆発の跡が残ってた。地面の氷は溶けてしまい、もはや小さめの湖と言って良いほど水が広がってる。モクモクとどす黒い煙が湧き上がる様は、まるでタイラントの魂を冥界へと誘う光景に見えた。
そこにはもう……異形の殺戮生物の姿はどこにもいなかった。

「……終わったんだな……」
「うむ、最後まで良く戦った!貴様は期待を裏切らぬ男だ!」
「止してくれよ……」

黒ひげが笑顔で賞賛してくれたが、俺は軽く手を振ってあしらった。まぁ、伝説の海賊に褒められるのは満更でもないけどな……。

「キッドー!!」
「……お!サフィア!無事だっtおわぁ!?」

船から降りてきたのか、サフィアが満面の笑みを浮かべながら俺に抱きついてきた。

「良かったぁ……本当に……無事で良かった……!」
「……心配掛けてごめんな……」
「本当ですよ!後でお詫びに、たっぷり可愛がってもらうんですからね!」
「はは……お手柔らかに頼むよ」

瞳に涙を溜めながら俺の胸に顔を埋めてるサフィアの頭を優しく撫でてやった。そんな俺たちの様子を、黒ひげは我が子を見守るかのように微笑ましく眺めている。

「キッド船長!」
「キッド!」
「キッド!」
「船長さん!」
「お兄ちゃーん!」

すると、コリックとリシャス、ヘルムと楓とピュラが俺の元へ駆け寄った。

「船長さん!」
「キッド君!」

今度はシャローナに身体を支えてもらいながらメアリーがゆっくりと歩み寄って来た。

「キッド!」
「キャプテン!」

そしてバジルと……何時も通りの人型の姿に戻ったオリヴィアも上空から戻って来た。
俺の下に集まってる仲間たちは全員安堵の表情を浮かべている。そんな仲間たちの表情を見て、俺の心は大きく弾んだ。
みんな無事で良かった……本当に良かった!

「……キッド、何時ものあれをどうぞ!」

……おっと!そうだった!
サフィアに促されて俺は徐に立ち上がり、仲間たちに向かって大声を上げた……!


「野郎ども!この大勝負、俺たちの大勝利だぁ!!」
「ウォォォォォォォォォォォォ!!」



***************



「ほう……海賊も捨てたものではないな」

私は大空にてアイス・グラベルドでの激闘を観戦して感心した。氷の島にいる海賊たちは勝利の喜びを分かち合っている。大空で滞空し、遠く離れて見物している私の存在に気付かずに。

「しかし、今回は色々ととんでもない情報を手に入れたものだ……」

30年前に死んだと思われていた伝説の海賊の復活、そして異形生物……どれも世間に知らせるべき大きな知らせだ。
……否、伝説の海賊はともかく、異形生物は世間に知られない方が良いか。あんな凶暴な人造生物の存在を知ったら、欲に塗れた愚かな人間共が何をしでかすか分かったもんじゃない。

とにかく、この事は早く大天狗様に報告しなければならない。私の……カラステングの使命として……。

「コラー!カラステング!いい加減に吾輩を放したまえ!」
「……うるさいな……」

私の足に掴まれてる髭の男……確かラスポーネルと言ったか。ラスポーネルは私の足に掴まれたまま煩わしく喚いている。
このラスポーネルと言う男は礼儀と言うものを知らない。少し前だって、体中に毒が回って苦しんでるところを助けたのは私だぞ?解毒薬を投与して、おまけに怪我の手当てもしてやったのに、この無駄にデカい態度はハッキリ言って気に入らない。

「魔物の分際で、紳士である吾輩を足で掴むとは無礼者め!吾輩は教団所属の海軍隊長、ラスポーネルなのだよ!吾輩に何かやらかせば、教団の連中が黙ってないのだよ!」
「お前が何者であろうとも知ったこっちゃない。そもそもジパングに連れて行かれて、色々と調教されるのが決まった時点で、お前は教団との関係を断ち切ったも同然なんだ」

そう言うと、ラスポーネルの表情が徐々に青ざめてきた。

「ちょ、調教……。嫌だぁ!吾輩、カラスも魔物も大っ嫌いなのだよ!そりゃあ吾輩はハンサムな紳士だから一目惚れしてしまうのも無理はないけど、魔物の夫になる気はないのだよ!」
「何を勘違いしてる!私だってお前なんか好みじゃない!私はただ、大陸生まれの髭を生やした男が好みだと言ってる同僚に紹介するだけだ!」
「あ、そうなの?良かった……って、良くなーい!魔物の夫にされるのは変わらないじゃないか!」

……なんてうるさい男なんだ。鬱陶しいったらありゃしない。
私からしてみれば、こんな上から目線で命令ばかりの男のどこが良いんだか理解に苦しむ。
私の男の理想像は……優しくて、清潔で、肝心の性器は……って、そんな事思ってる場合じゃなかった。

「さて、そろそろジパングに戻るか……」
「嫌だぁ!放したまえ!放さないとただじゃおかないよ!このフライドチキンめ!」
「……私の同僚には、かなりきつく調教するよう言っておかないとな……」
「ちょ!?何その目!?怖っ!!」

私はジパングに戻る為に九時の方向へ旋回した。
……そうだ。ジパングに着いて大天狗様に報告したら……あいつに黒ひげの復活を知らせるべきだ。


「……姫香にも報告しないとな」


そう呟いてから、私は急いでジパングへと羽ばたいた…………。
12/11/26 22:16更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
……はい、と言うわけでキッドは問題ありませんでした。
なんと言うか……騙すような真似して本当に申し訳ないです。

ここで補足……キッドが言ってたあいつとは、実はバランドラの事なんです。バランドラは私の処女作である『海賊と人魚』の悪役でして、最終的にはキッドに倒されました。
よろしければそちらの方も読んでください(ちゃっかり宣伝)

さて、大きな戦いが終わり、次回はなんと海賊同盟結成!?……なんて感じのお話です。最後に名前だけ出てきた姫香と言う人物も登場します。

では、読んでくださってありがとうございました!

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