単眼少女の依頼
自業自得という言葉がある。自分がしたことの報いは、必ず自分自身が受けるという教えだ。
その論理で言えば、悪事を犯してその報いを受けるのはその者の積な訳だから、どんなことが身に降りかかっても文句は言えないだろう。
つまりは、持ち主が寝ている間にその者の私物を盗もうとしていたのが発覚し、喉元に剣先を突きつけられても文句は言えないのだ。
「……で、一体何が目的で、夜盗紛いの事をしてたんだ?」
「……………」
ジグに首の皮が裂けるか裂けないかというギリギリの力加減で剣を突きつけられているのは、見た目十代前半の少女だった。
ただし人間の少女とは違い、青い肌に中央に寄った大きな単眼、そして額からは短くも太い角が一本、天を向いて映えている。
俗にサイクロプスと呼ばれる魔物の少女は、肌よりも青褪めた顔色に加えて、泣き出す寸前の表情で俯いていた。
周囲には全く人気の感じられない山中で、魔物とはいえ見た目はいたいけな少女に刃物を突きつけている姿は、どっからどう見てもジグの方が悪者である。だが、それをジグが聞けば、本人は声高らかに否定するだろう。
事の顛末は、遡る事数時間前。
明確な目的地を持たずに放浪していたジグは、途中でこの山の中に入り込んだ。
山の険しい道など、ボンボンの割りにアウトドアな生活を送ってきたジグにとって、然したる苦にはならない。だがそれに夜間の行動が加われば、話は別だ。
夜間に山中を彷徨う事の危険性は、彼自身が身に染みて知っていた。だからこそ、山越えは日が昇ってからということに決めて、ひとまず野宿にしようと決めたのだ。
適当な木の根元に腰掛けて目を閉じた直後には、既に現実と虚構の狭間を彷徨い始め、程なくして完全に眠りに落ちていた。しかしだからといって、自分の側で不穏な動きをする存在に気付かないほど、府抜けてはいない。
自分の側でする物音に目を覚ましたジグは、薄目を開けて周囲を確認。日が昇り始めて薄明かりに照らされた視界に飛び込んできたのは、自分のすぐ近くをウロウロと歩いている小柄な人影だった。
この時点では然したる注意を払っていなかったものの、やがてその人影が徐々に近づき、自分が宝物庫からかっぱらってきた宝剣に手を掛けたあたりで、その人影が山賊だと判断し、素早く腕を掴んで力任せに地面に引き摺り倒すと共に剣を鞘から抜き放ち、切っ先を地面にへたり込んだ人影へと突きつけて、冒頭に戻る。
「……お前、名前は?」
「………ソル」
「そうか。じゃあソル、お前は一体全体、どうしてこいつを盗もうとしたんだ?」
刀身を指で叩いて、再度問いを発する。その質問に、ソルは俯いたまま答えない。このままでは埒が明かないと判断したシグは、それ以上の追及を早々に断念した。
「あっそ、答えないならそれでいいさ。今回は見逃すけど、次は無いぞ?」
「………………」
ソルの返答を待たず、シグは剣を鞘に収めて踵を返す。まだ多少暗いものの、山越えに不自由するほどではないため、早々に出発してしまおうという判断だった。
――――――――――――――
太陽が頂点に達した頃には無事山を越える事ができ、程なくして小規模な町に到着した。
アッスルーというらしいこの町もまた、エヴァンシュタイツ王国と同様、魔物との共存化が進んでいるらしく、周囲にはチラホラと魔物の姿を確認することが出来た。
「………………」
ジグはそこで何気なく背後を振り返る。直後に、視界の端に青い影が映る。
「………………」
「………………」
ジグが若干ウンザリした表情を浮かべる。明け方からずっと感じていた視線をあえて無視していたものの、町に入ったところでいい加減悪目立ちするようになったため、仕方なく振り向いたのだが………。
「………………」
どこか不安そうな色を浮かべた単眼でジグを見つめる少女は、ジグが振り向いた際に手近な通行人を盾にして隠れていた。少なくとも本人にとっては。盾にされた通行人は、心から迷惑な表情で少女ではなく、ジグを見ていた。
ひとまずジグは前を向く。少女は安堵の息を吐き、通行人を解放する。通行人がほっとした溜め息をついた直後、再びジグが振り返る。少女も再び通行人を盾に隠れる。通行人がまた迷惑そうな顔を浮かべる。
「………………」
「………………」
「…………はぁ」
先に折れたのはジグのほうだった。
今度は前を向かず、つかつかと通行人に―――通行人の影に隠れていた少女に近づき、強引に腕を掴んで引っ張る。
「あっ………」
「お前なぁ、いい加減にしろよ」
少女の正体はやはりというべきか、ソルだった。というより、もしソルでなかったなら、逆にある種の恐怖体験である。
「俺、次は無いって言ったよな? なぁ?」
「ひっ………」
別段脅しているわけでもないのに、怯えたように身を竦めるのを見て、ジグは軽く傷つく。
「なあ、ほんとお前は一体全体、何がしたいんだよ?」
「………い、痛いことはしないで……」
盾にされていた通行人が、ゴミを見るような目付きでジグのことを睨む。ジグの心は、掘削機もかくやという勢いで削られる。
「はぁ、しゃーねーな…………」
心からの溜め息をついて、ジグはひとまず移動を開始した。
――――――――――――――
適当なカフェに移動した二人は、ホルスタウロスの店員に適当な注文をして、無言のまま向かい合っていた。
しばらくして注文の品が運ばれてきて、両者は無言のままそれらを食べ始める。当然ソルは金など持っていないため、全てジグの驕りである。資金だけで言えば、ジグは曲がりなりにも一国の王子であるため、ある程度の余裕はある。
唐突な食事には勿論、訳がある。
あれから幾度となく話しかけたものの、返って来るのは不明瞭な言葉ばかりだったのに業を煮やしたジグが選択したのは、腹を膨らませて気分を和らげてやろうという策である。早い話が懐柔。
修行時代に、師のエレネーゼの機嫌をとろうと、しばしば用いられた手法である。この作戦の効果は実証済みで、命拾いした回数など、両手の指では足りない。
「……それで、お前の目的は一体何なんだ?」
出来る限り優しげな声音を使って、問いかける。
「……………それ」
それまで沈黙を保っていたソルが、おずおずと指差したのは、ジグが腰に提げている宝剣だった。
「これ、か? これがどうしたんだ?」
「…………母様の、作ったもの」
「へ?」
間の抜けた言葉を漏らしながら、ジグはぼんやりと思い出していた。
(………そういえば、これは祖父さんがサイクロプスに鍛えてもらった物だって、ワルトが言ってたっけ?)
イマイチ確信が持てないまま、当時の状況を回想してみる。
――――――――――――――
『いいですか、王子。あの宝剣はエヴァンシュタイツァールX世―――つまり、あなたのお祖父様が、昔の高名なサイクロプスの刀匠に鍛えてもらった物なのです。その宝剣を実際に振るい、他国の侵略を退けたお祖父様は、その出来栄えに心を打たれたからこそ、その事を今の陛下にお伝えなさって、結果陛下はご自身が国王にならせられた時、魔物との共存を目指し始めたのです』
『………ZZZ』
『言うなればあの宝剣は、今のエヴァンシュタイツの礎とも言うべき物なのです。ですから王子も、決して悪ふざけで持ち出さぬようお願いいたしますぞ』
『………ZZZ』
『王子、王子! 何で寝ているんですか!? あなたが教えてくれとおっしゃったんから、こうして説明しているんじゃありませんか!』
『………はっ、いやいや、寝てなかったって』
『寝ておりました! しかとこの目で見ておりましたぞ!』
『いやいや、あれはただ単に現実と虚構の間を彷徨っていただけだって――――』
『それを寝ていたと言うのですよ!』
『………だって退屈だったんだもん』
『王子が“もん”とか言ってんじゃねぇえええええええっ!』
――――――――――――――
そんな思い出を思い出しながら、
「………………まあ、ワルトは多分、あれが素なんだろうな。元荒くれか何かかね?」
どうでもいい事を考えていた。
――――――――――――――
「ふぇっくしょん!」
「ワルト殿、風邪ですか?」
ワルトはハンカチを差し出すレムヌに、手を振って断りながら、どこか釈然としない表情を浮かべる。
「いえ、何故か唐突に、王子が帰ってきた時に叱らねばならないような気がいたしまして」
「………なるほど」
何がなるほどなのかは、本人にもよく分かっていない。
――――――――――――――
「で、これがお前の母親が作った物だってのは分かった。それで、それが何でこいつを盗むことに繋がるんだ?」
最初から少女が嘘をついているとは、疑わなかった。代わりに「世界って狭いんだなぁ」と、しみじみ思ってはいたが。
「……それ、必要」
「必要って、何に?」
「……弔うのに」
「?????」
全く要領を得ない説明に、ジグの頭は疑問符で埋め尽くされる。
その後、余り頭のよくないジグが試行錯誤して聞き出した情報を整理すると、こうなる。
何でもソルの母親は、ジグが思っている以上にサイクロプス内においても高名な刀匠だったらしく、彼女の鍛えた武器はそれ一つで万の軍勢を屠るとまで言われていたほどだったらしい。
そんな彼女が、生涯の中で一つのコンセプトを追及し続けて鍛えた、最高傑作とでも表現するべき、九つの武器があるらしい(この時点で大分胡散臭くなってきたため、以降ジグは話半分に聞いていた)。そしてその内の一つこそが、ジグが腰に提げている宝剣であり、数十年前に彼の祖父が鍛えたサイクロプスから直々に賜ったとされている剣なのだそうだ。
そして彼女の母親は、最後の九つ目を鍛えた直後に、不慮の事故で亡くなってしまったらしい。同族は彼女の死を心から悼み、手元に残っていた九つの内の五つを、彼女の痛いと共に葬ったのだそうだ。
通常ならばそこでめでたしめでたしとなるはずだが、数年前に愚かにも、どこからかその噂を聞きつけて墓荒らしを行った人間がいたらしい。
その事を知ったソルは、以来ずっと盗み出された五つの武器を捜し求め、数週間前にようやくそのうちの一つがこのアッスルーの町にあるという手掛かりを得て向かう道中、物凄い偶然で母親が鍛えた九つの内の一つを所持したジグを見かけ、盗み出そうとしたとの事。
という話を聞き終えたジグの率直な感想は………。
「それ、俺に関しちゃ完全なとばっちりじゃね?」
彼女の話が真実と仮定するならば、その五つが盗まれたのは数年前の話だ。それに対して、彼の持つ宝剣は数十年前に彼の祖父に渡されたもの。どう考えても、盗まれなかった四つのうちの一つだ。
「………ごめんなさい」
「別に、責めている訳じゃねえんだけどよ………」
急にしゅんとなってしまったソルを見て、ジグは思わず宙を仰ぎ見る。
元々立場が立場なため、彼は年下の少女と接した経験というのが、殆ど存在しなかった。ソルが年下なのかどうかは置いといて。
唯一ともいえる経験といえば、彼の叔父の娘――――つまりは彼の従姉妹にあたる人物との経験なのだが、実のところその人物は年齢に反して大人びており、実質初めての経験といっても過言ではないのだ。
「……要するに、お前はこいつが欲しいと?」
「……うん。駄目?」
うるうると目を潤ませて、上目遣いに尋ねてくるその姿は、その手の趣味の者ならば一発でK.O.だっただろうが、
「悪いな。これでもそれなりに気に入ってんだ。渡すわけにはいかねえ」
ジグにその手の趣味は皆無だった。
「そう………」
「その代わり、っつーのも変なのかもしれねーけどよ―――」
見る見るうちにうな垂れてしまうソルに、さすがに良心が痛み、ジグはとある提案をする。
「その、このアッスルーの町に、お前の母親の墓から盗まれた五つの内の一つがあるんだろ? それを俺が探してやる」
「ほ、本当?」
一転して表情に花を咲かせるソルに、自信満々に頷いてみせる。
「ああ、本当だ。俺は嘘はつかねえ」
その言葉自体が既に嘘なのだが、悲しいかな。少女にはその事は分からなかった。
「じゃ、じゃあ、これ、手掛かり!」
そう言って少女がポーチから取り出したのは、色々と書き込まれた羊皮紙の束だった。
「あ、あの、私デオドラ山脈に住んでいるから、もし回収できたら、いつでもいいから持ってきて!」
「え、あ、ああ………」
先ほどまでの様子からは想像もつかないほどの勢いに気圧され、つい頷いてしまう。それを確認したソルは、唐突に席を立ち、いきなり駆け出して行った。
「お、おい……!」
ジグが慌てて制止するも、既に時遅く、ソルは俊敏な動きで彼の視界から消え去っていった。
「………はぁ」
本日何度目か分からない溜め息をつき、ジグも席をたち、会計を済ませて歩き出す。
歩きながら受け取らされた羊皮紙をめくり、中身をあらためる。
「おいおい、こんな重要なものを、初対面の人間に渡すなよ………」
どこに書かれていたのは、ソルの母親が鍛えたという九つの武器のそれぞれの特性や特徴、さらには所在の判明した武器についてや、それに関する様々な情報が所狭しに書き込まれていた。
「まいったな。こんなもん渡されちまったら、ばっくれるわけにはいけねえじゃねえか」
元々何とか宝剣を渡さずに済むよう口にした方便だったのだが(最低)、予想外にすんなりと信じられてしまった訳である。彼女相手ならば、盲目の老人でも詐欺に成功するのではないだろうかと、そんな事を考えてみる。
「………まあ、これもまた一興か」
元々目的も無く放浪していたのだ。そこにやることが一つ増えただけだと考えれば、何のことは無い。それに、頭のどこかで彼女に言った事を反故にする事に対して、多少なりとも罪悪感を覚える。
そしてそれ以上に…………。
「結構面白そうじゃねえか」
左手で腰に提げた宝剣の柄を撫で、右手で羊皮紙を持ち、それぞれの武器の特性について読みながら、笑みを浮かべる。
この時の決断が、直後に災いに転じる事を、彼はまだ知らなかった。
その論理で言えば、悪事を犯してその報いを受けるのはその者の積な訳だから、どんなことが身に降りかかっても文句は言えないだろう。
つまりは、持ち主が寝ている間にその者の私物を盗もうとしていたのが発覚し、喉元に剣先を突きつけられても文句は言えないのだ。
「……で、一体何が目的で、夜盗紛いの事をしてたんだ?」
「……………」
ジグに首の皮が裂けるか裂けないかというギリギリの力加減で剣を突きつけられているのは、見た目十代前半の少女だった。
ただし人間の少女とは違い、青い肌に中央に寄った大きな単眼、そして額からは短くも太い角が一本、天を向いて映えている。
俗にサイクロプスと呼ばれる魔物の少女は、肌よりも青褪めた顔色に加えて、泣き出す寸前の表情で俯いていた。
周囲には全く人気の感じられない山中で、魔物とはいえ見た目はいたいけな少女に刃物を突きつけている姿は、どっからどう見てもジグの方が悪者である。だが、それをジグが聞けば、本人は声高らかに否定するだろう。
事の顛末は、遡る事数時間前。
明確な目的地を持たずに放浪していたジグは、途中でこの山の中に入り込んだ。
山の険しい道など、ボンボンの割りにアウトドアな生活を送ってきたジグにとって、然したる苦にはならない。だがそれに夜間の行動が加われば、話は別だ。
夜間に山中を彷徨う事の危険性は、彼自身が身に染みて知っていた。だからこそ、山越えは日が昇ってからということに決めて、ひとまず野宿にしようと決めたのだ。
適当な木の根元に腰掛けて目を閉じた直後には、既に現実と虚構の狭間を彷徨い始め、程なくして完全に眠りに落ちていた。しかしだからといって、自分の側で不穏な動きをする存在に気付かないほど、府抜けてはいない。
自分の側でする物音に目を覚ましたジグは、薄目を開けて周囲を確認。日が昇り始めて薄明かりに照らされた視界に飛び込んできたのは、自分のすぐ近くをウロウロと歩いている小柄な人影だった。
この時点では然したる注意を払っていなかったものの、やがてその人影が徐々に近づき、自分が宝物庫からかっぱらってきた宝剣に手を掛けたあたりで、その人影が山賊だと判断し、素早く腕を掴んで力任せに地面に引き摺り倒すと共に剣を鞘から抜き放ち、切っ先を地面にへたり込んだ人影へと突きつけて、冒頭に戻る。
「……お前、名前は?」
「………ソル」
「そうか。じゃあソル、お前は一体全体、どうしてこいつを盗もうとしたんだ?」
刀身を指で叩いて、再度問いを発する。その質問に、ソルは俯いたまま答えない。このままでは埒が明かないと判断したシグは、それ以上の追及を早々に断念した。
「あっそ、答えないならそれでいいさ。今回は見逃すけど、次は無いぞ?」
「………………」
ソルの返答を待たず、シグは剣を鞘に収めて踵を返す。まだ多少暗いものの、山越えに不自由するほどではないため、早々に出発してしまおうという判断だった。
――――――――――――――
太陽が頂点に達した頃には無事山を越える事ができ、程なくして小規模な町に到着した。
アッスルーというらしいこの町もまた、エヴァンシュタイツ王国と同様、魔物との共存化が進んでいるらしく、周囲にはチラホラと魔物の姿を確認することが出来た。
「………………」
ジグはそこで何気なく背後を振り返る。直後に、視界の端に青い影が映る。
「………………」
「………………」
ジグが若干ウンザリした表情を浮かべる。明け方からずっと感じていた視線をあえて無視していたものの、町に入ったところでいい加減悪目立ちするようになったため、仕方なく振り向いたのだが………。
「………………」
どこか不安そうな色を浮かべた単眼でジグを見つめる少女は、ジグが振り向いた際に手近な通行人を盾にして隠れていた。少なくとも本人にとっては。盾にされた通行人は、心から迷惑な表情で少女ではなく、ジグを見ていた。
ひとまずジグは前を向く。少女は安堵の息を吐き、通行人を解放する。通行人がほっとした溜め息をついた直後、再びジグが振り返る。少女も再び通行人を盾に隠れる。通行人がまた迷惑そうな顔を浮かべる。
「………………」
「………………」
「…………はぁ」
先に折れたのはジグのほうだった。
今度は前を向かず、つかつかと通行人に―――通行人の影に隠れていた少女に近づき、強引に腕を掴んで引っ張る。
「あっ………」
「お前なぁ、いい加減にしろよ」
少女の正体はやはりというべきか、ソルだった。というより、もしソルでなかったなら、逆にある種の恐怖体験である。
「俺、次は無いって言ったよな? なぁ?」
「ひっ………」
別段脅しているわけでもないのに、怯えたように身を竦めるのを見て、ジグは軽く傷つく。
「なあ、ほんとお前は一体全体、何がしたいんだよ?」
「………い、痛いことはしないで……」
盾にされていた通行人が、ゴミを見るような目付きでジグのことを睨む。ジグの心は、掘削機もかくやという勢いで削られる。
「はぁ、しゃーねーな…………」
心からの溜め息をついて、ジグはひとまず移動を開始した。
――――――――――――――
適当なカフェに移動した二人は、ホルスタウロスの店員に適当な注文をして、無言のまま向かい合っていた。
しばらくして注文の品が運ばれてきて、両者は無言のままそれらを食べ始める。当然ソルは金など持っていないため、全てジグの驕りである。資金だけで言えば、ジグは曲がりなりにも一国の王子であるため、ある程度の余裕はある。
唐突な食事には勿論、訳がある。
あれから幾度となく話しかけたものの、返って来るのは不明瞭な言葉ばかりだったのに業を煮やしたジグが選択したのは、腹を膨らませて気分を和らげてやろうという策である。早い話が懐柔。
修行時代に、師のエレネーゼの機嫌をとろうと、しばしば用いられた手法である。この作戦の効果は実証済みで、命拾いした回数など、両手の指では足りない。
「……それで、お前の目的は一体何なんだ?」
出来る限り優しげな声音を使って、問いかける。
「……………それ」
それまで沈黙を保っていたソルが、おずおずと指差したのは、ジグが腰に提げている宝剣だった。
「これ、か? これがどうしたんだ?」
「…………母様の、作ったもの」
「へ?」
間の抜けた言葉を漏らしながら、ジグはぼんやりと思い出していた。
(………そういえば、これは祖父さんがサイクロプスに鍛えてもらった物だって、ワルトが言ってたっけ?)
イマイチ確信が持てないまま、当時の状況を回想してみる。
――――――――――――――
『いいですか、王子。あの宝剣はエヴァンシュタイツァールX世―――つまり、あなたのお祖父様が、昔の高名なサイクロプスの刀匠に鍛えてもらった物なのです。その宝剣を実際に振るい、他国の侵略を退けたお祖父様は、その出来栄えに心を打たれたからこそ、その事を今の陛下にお伝えなさって、結果陛下はご自身が国王にならせられた時、魔物との共存を目指し始めたのです』
『………ZZZ』
『言うなればあの宝剣は、今のエヴァンシュタイツの礎とも言うべき物なのです。ですから王子も、決して悪ふざけで持ち出さぬようお願いいたしますぞ』
『………ZZZ』
『王子、王子! 何で寝ているんですか!? あなたが教えてくれとおっしゃったんから、こうして説明しているんじゃありませんか!』
『………はっ、いやいや、寝てなかったって』
『寝ておりました! しかとこの目で見ておりましたぞ!』
『いやいや、あれはただ単に現実と虚構の間を彷徨っていただけだって――――』
『それを寝ていたと言うのですよ!』
『………だって退屈だったんだもん』
『王子が“もん”とか言ってんじゃねぇえええええええっ!』
――――――――――――――
そんな思い出を思い出しながら、
「………………まあ、ワルトは多分、あれが素なんだろうな。元荒くれか何かかね?」
どうでもいい事を考えていた。
――――――――――――――
「ふぇっくしょん!」
「ワルト殿、風邪ですか?」
ワルトはハンカチを差し出すレムヌに、手を振って断りながら、どこか釈然としない表情を浮かべる。
「いえ、何故か唐突に、王子が帰ってきた時に叱らねばならないような気がいたしまして」
「………なるほど」
何がなるほどなのかは、本人にもよく分かっていない。
――――――――――――――
「で、これがお前の母親が作った物だってのは分かった。それで、それが何でこいつを盗むことに繋がるんだ?」
最初から少女が嘘をついているとは、疑わなかった。代わりに「世界って狭いんだなぁ」と、しみじみ思ってはいたが。
「……それ、必要」
「必要って、何に?」
「……弔うのに」
「?????」
全く要領を得ない説明に、ジグの頭は疑問符で埋め尽くされる。
その後、余り頭のよくないジグが試行錯誤して聞き出した情報を整理すると、こうなる。
何でもソルの母親は、ジグが思っている以上にサイクロプス内においても高名な刀匠だったらしく、彼女の鍛えた武器はそれ一つで万の軍勢を屠るとまで言われていたほどだったらしい。
そんな彼女が、生涯の中で一つのコンセプトを追及し続けて鍛えた、最高傑作とでも表現するべき、九つの武器があるらしい(この時点で大分胡散臭くなってきたため、以降ジグは話半分に聞いていた)。そしてその内の一つこそが、ジグが腰に提げている宝剣であり、数十年前に彼の祖父が鍛えたサイクロプスから直々に賜ったとされている剣なのだそうだ。
そして彼女の母親は、最後の九つ目を鍛えた直後に、不慮の事故で亡くなってしまったらしい。同族は彼女の死を心から悼み、手元に残っていた九つの内の五つを、彼女の痛いと共に葬ったのだそうだ。
通常ならばそこでめでたしめでたしとなるはずだが、数年前に愚かにも、どこからかその噂を聞きつけて墓荒らしを行った人間がいたらしい。
その事を知ったソルは、以来ずっと盗み出された五つの武器を捜し求め、数週間前にようやくそのうちの一つがこのアッスルーの町にあるという手掛かりを得て向かう道中、物凄い偶然で母親が鍛えた九つの内の一つを所持したジグを見かけ、盗み出そうとしたとの事。
という話を聞き終えたジグの率直な感想は………。
「それ、俺に関しちゃ完全なとばっちりじゃね?」
彼女の話が真実と仮定するならば、その五つが盗まれたのは数年前の話だ。それに対して、彼の持つ宝剣は数十年前に彼の祖父に渡されたもの。どう考えても、盗まれなかった四つのうちの一つだ。
「………ごめんなさい」
「別に、責めている訳じゃねえんだけどよ………」
急にしゅんとなってしまったソルを見て、ジグは思わず宙を仰ぎ見る。
元々立場が立場なため、彼は年下の少女と接した経験というのが、殆ど存在しなかった。ソルが年下なのかどうかは置いといて。
唯一ともいえる経験といえば、彼の叔父の娘――――つまりは彼の従姉妹にあたる人物との経験なのだが、実のところその人物は年齢に反して大人びており、実質初めての経験といっても過言ではないのだ。
「……要するに、お前はこいつが欲しいと?」
「……うん。駄目?」
うるうると目を潤ませて、上目遣いに尋ねてくるその姿は、その手の趣味の者ならば一発でK.O.だっただろうが、
「悪いな。これでもそれなりに気に入ってんだ。渡すわけにはいかねえ」
ジグにその手の趣味は皆無だった。
「そう………」
「その代わり、っつーのも変なのかもしれねーけどよ―――」
見る見るうちにうな垂れてしまうソルに、さすがに良心が痛み、ジグはとある提案をする。
「その、このアッスルーの町に、お前の母親の墓から盗まれた五つの内の一つがあるんだろ? それを俺が探してやる」
「ほ、本当?」
一転して表情に花を咲かせるソルに、自信満々に頷いてみせる。
「ああ、本当だ。俺は嘘はつかねえ」
その言葉自体が既に嘘なのだが、悲しいかな。少女にはその事は分からなかった。
「じゃ、じゃあ、これ、手掛かり!」
そう言って少女がポーチから取り出したのは、色々と書き込まれた羊皮紙の束だった。
「あ、あの、私デオドラ山脈に住んでいるから、もし回収できたら、いつでもいいから持ってきて!」
「え、あ、ああ………」
先ほどまでの様子からは想像もつかないほどの勢いに気圧され、つい頷いてしまう。それを確認したソルは、唐突に席を立ち、いきなり駆け出して行った。
「お、おい……!」
ジグが慌てて制止するも、既に時遅く、ソルは俊敏な動きで彼の視界から消え去っていった。
「………はぁ」
本日何度目か分からない溜め息をつき、ジグも席をたち、会計を済ませて歩き出す。
歩きながら受け取らされた羊皮紙をめくり、中身をあらためる。
「おいおい、こんな重要なものを、初対面の人間に渡すなよ………」
どこに書かれていたのは、ソルの母親が鍛えたという九つの武器のそれぞれの特性や特徴、さらには所在の判明した武器についてや、それに関する様々な情報が所狭しに書き込まれていた。
「まいったな。こんなもん渡されちまったら、ばっくれるわけにはいけねえじゃねえか」
元々何とか宝剣を渡さずに済むよう口にした方便だったのだが(最低)、予想外にすんなりと信じられてしまった訳である。彼女相手ならば、盲目の老人でも詐欺に成功するのではないだろうかと、そんな事を考えてみる。
「………まあ、これもまた一興か」
元々目的も無く放浪していたのだ。そこにやることが一つ増えただけだと考えれば、何のことは無い。それに、頭のどこかで彼女に言った事を反故にする事に対して、多少なりとも罪悪感を覚える。
そしてそれ以上に…………。
「結構面白そうじゃねえか」
左手で腰に提げた宝剣の柄を撫で、右手で羊皮紙を持ち、それぞれの武器の特性について読みながら、笑みを浮かべる。
この時の決断が、直後に災いに転じる事を、彼はまだ知らなかった。
11/12/13 20:28更新 / テンテロ
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