第二話 参観日はSAN値直葬だった件について〜ネンス〜
気づけば俺は宙を浮いて移動していた。
おお、俺はついに死んだか。
思えば間抜けな死因だな。まさか幼馴染に抱き締められて圧死とは・・。
「ローガン、起きた?」
うん、死んでなかった。端的に今の状況を説明すると、俺はキールに小脇に抱えられて移動していた。
「ああ・・・何しやがる」
「ごめんなさい・・・」
俺が不満を込めたちょっとキツめの声色で非難の意思を示すと、キールはしょんぼりした顔で謝ってきた。
クッ、しょんぼりしている顔も可愛いじゃないか。
どうした俺。キールの顔なんて見慣れたものじゃないか。最近どうも俺はおかしいな。ネンス達相手でもあいつ等の一挙手一動作が可愛く思える時がある。見慣れたものにすらこんな反応を示してしまうとは・・・俺、溜まってるのかなぁ・・・。
「ローガン、着いた」
キールの言葉で俺は我に帰り、そして今自分が何処にいるのかをやっと認識した。
「・・・学校に着いてるじゃないか・・・」
「ローガン、私と会った時学校って単語とネンスちゃんの名前出してた。だから連れてきた」
持つべきは幼馴染だな、うん。
「サンキュ。キールのおかげで学校、送れずに来れたよ」
「私が悪かったから。こんなの当然」
「おう、二度とアレは勘弁な。それはそうと、そろそろ下してくれ」
「うん」
キールに下してもらうと、俺は校門から見えるかつて俺が学んだ学び舎を見つめた。
「何か懐かしいな」
「ん。でもローガン授業全然受けない不良だったからあんまり懐かしくないんじゃない?」
「馬鹿言うな。あの校庭にある木の寝心地、五月蝿い生徒会長殿の追尾を振り切るための逃走経路、日当たり最高の屋上。懐かし過ぎるじゃないか」
そういやあの生徒会長、今何してるんだろうな。確かあいつは「ホリティアの鬼会長」とか言われてたし、警官でもしてるのかな。
俺達が学校の玄関に着くと、すぐに警備用ゴーレムが地面から出てきた。
「どちら様でしょうか。ここはホリティア州立学校です。関係者以外は立ち入り禁止です。御用の方は身分と用件をお教え下さい」
この子もクソ真面目だな。もう俺が入学以来いる子だし、卒業するまでちょっかい出したり話し相手になってもらってたから俺の事なんか分かってるだろうに。
「よう、久しぶり。俺だよ、俺」
「俺俺詐欺は間に合っております。身分と用件をお伝え下さい」
あ・・あっれ〜? おかしいな。
「俺だよ。ほら、三年前にこの学校通ってた問題児のさ」
「ナンパですか? それでしたら繁華街でなさる事を強くお勧め致します。すぐにでもサキュバス等が連れ去ってくれるでしょう。ここは少々場違いかと思いますが」
あの〜、ゴーレムちゃん。もしかして俺の事・・・忘れちゃった?
俺がちょっとブルーな気持ちになって膝をついてがっかりポーズをとっていると、ゴーレムちゃんがクスクス笑い出した。
「打たれ弱くなったのではないでしょうか? あの頃の貴方ならこれくらいの冗談にはもっとキツく切り返してこられましたよ? それに、貴方はあの三年間私にそれはもう毎日ちょっかいを出して来られていたのですから忘れるはずがございません」
「へ?」
「少しからかわせて頂きました。ローガン・ハウマント様」
コ・・コイツ・・・俺がからかい続けたからか知らんが「からかう」って事を覚えやがった・・。
「お前、成長したな」
「はい。私は出来るゴーレムですから」
そんなやり取りをしてやっと中に入れてもらった俺は、何処に行けば良いのか分からず盛大に迷ってしまった。
「くそぅ、ネンスにちゃんと栽培科の専門棟聞いとけばよかったな」
ここ、ホリティア州立学校は小等部、高等部が一般棟で、高等部になってから特定の科目に長けていたり、興味がある生徒はそれぞれ55ある専門分野に分かれた専門棟に移動する。
これが中々の曲者で、科によってはそこの科の生徒以外には棟へ通じる経路が分からなくしてあったり、複雑怪奇な迷路を抜けないと着かなかったり、はたまた合言葉を言わないと入れない等のトラップだらけなのだ。
この仕組み、学校長であるシーベンス先生の考案らしい。
何でも、「秘密の入り口ってワクワクするじゃろ?」との事らしい。
学生の時はシーベンス先生のこの考案に「学校長、アンタ粋だねぇ!!」なんて感じていたが、いざ保護者の身分になると面倒くさい事この上ない。
「こっち。ネンスちゃんから聞いてる」
「おう、知ってるのか。すまんが連れてってくれ」
「ん。分かった」
いやぁ〜助かった。一般棟に長々といるとこの時間だと教室から俺を覗いている生徒達の視線があって何か恥ずかしかったんだよな。
・・・・・・・・・
「ちょっと待て。何でキールも一緒に来てるんだ?」
そう、キールは気絶した俺をここまで送ってくれただけだよな? それにキールには仕事があるはずだし。
「ん。今日は燃料無くなったし届いてないからお休み。だからローガンと一緒に授業参観」
「いやいや、これって家族限定だろ?」
「私、ネンスのお姉ちゃん」
「いやいや、お前はネンスのお姉ちゃんじゃないだろ。近所のお姉ちゃんだろ」
「じゃあ家族になる。ローガン、結婚して」
「アホか。こんな事の為に結婚なんて出来るか」
「ケチ」
「そこはケチとかの問題じゃないだろ。てかそもそもどうやって入った? 関係者以外立ち入り禁止ってゴーレムちゃんに言われただろ」
「ゴーレムちゃんには妻ですって言っておいた」
「ア・・アホかーー!!」
「兄さ〜ん」
おっと、キーリと漫才みたいな言い争いをしている間にネンスが迎えに来てくれたようだ。
「おう、来たぞ」
「兄さん、こっちだよ♪ ・・って、キーリお姉ちゃんも来たの!?」
「来た。邪魔だった?」
「ううん、邪魔じゃないよ♪」
ネンスなんかテンションが矢鱈と高いな。
「で? 栽培科の棟って何処から行けばいいんだ?」
「あ、それならこっちこっち」
ネンスは俺達を女子トイレに連れて行こうとし始めた。
「ちょっと待て、ネンス」
「ん? 何かな、兄さん」
「ネンスは俺を何処に連れて行くのかな?」
「何処って・・栽培科の専門棟だよ?」
「もしかして・・専門棟に行くのに女子トイレ、使うのか?」
「うん。そうだよ?」
おお、神よ、魔王よ。俺はかつて多くの猛者がそこに挑み、そして女子による徹底抗戦と虐殺にも等しい私刑を受けて敗れ去った理想郷「女子トイレ」に堂々と入れるというのか!?
何たる名誉、何たる栄誉。今日参観来て良かった!!
「ほら、兄さん。早く」
ああ、妹よ。すぐに行くさ。母さん、俺楽園(エデン)に行きます。
・・・・・・・・・・・
「はい、入って」
うん、そこは女子トイレ前の掃除用具箱だったよ。
「ここは女子トイレの前であって女子トイレではないよな?」
「あはは、何言ってるの兄さん。ここは女子トイレの一部だよ?」
うん、勝手に期待してたのは俺だよ?
うん。勝手に誤解して浮かれまくってたのも俺。
でもさ、もっと・・夢見せてくれたって良いだろ!?
がっかりしている俺をネンスはちゃっちゃと掃除用具箱に押し込んでいく。
「じゃ、兄さん。しっかり摑まってた方が良いからね?」
・・・ん? ネンス、何か言ったか?
俺がネンスに何を言ったか聞き直そうとした瞬間、何やら歯車が回る音が聞こえたかと思うと、凄い速さで下に落ち始めた。
「ちょっ!! これ、エレベーターかよ!!」
このエレベーター、とんでもなく高速で落ちていくから体が浮いてる感じが・・
「グエッ」
下に急降下してたかと思ったら今度は横に移動し始めた。
かと思いきやまた上、下、横と縦横無尽に動く・・止めてくれ・・もう出してくれ!! 吐きそう・・・
エレベーターがやっと止まり、俺はエレベーターから這いずりながら外に出た。
そしたら何やら怪しい看板が目の前にある。何々? 何て書いてあるんだ?
『関係者以外立ち入り禁止。危険指定植物が飼育されています。生物災害が想定されますので適正能力のない人は立ち入らないで下さい』
・・・・・うん、帰ろう。
こんな危険な所にいられるかよ!! 俺は帰るぞっ!!
「あ、兄さん無事に着いた?」
俺が帰ろうとしてエレベーターに乗り込もうとした時、地獄の扉が開いてネンスが顔を出した。
「あ・・ああ、着いたぞ?」
くそぅ、脱出失敗かっ!!
「よかった〜。そのエレベーター、たまに何処か分からない所に乗った人連れてっちゃうからちょっと心配してたんだ♪」
何処か分からない所って何処に行くんだ?・・というかそんな危ない物にお兄ちゃんを乗せないでくれよ・・・
というかすまんが生物災害指定の看板が出ている部屋に入りたくない・・というかそれよりもお前は何を栽培してるんだ? 一体どんな危険なものを育ててるんだ?
「ささ、兄さん。入って入って♪」
「それはそうと、キールはどうした?」
「ああ、キールお姉ちゃんなら調理科に挨拶に行ったよ?」
「おぅ、そうなのか」
キールは学生時代、『サイクロプスなんだから当然製鉄科に入るんだろう』という周囲の予想をはるか斜め上にいき、まさかの調理科に入っていた。
理由を聞いてみたところ、『ローガンに初めて焼いたクッキー美味しいって言ってもらったから』だそうだ。
まぁ・・・・踏鞴(たたら)で焼いたクッキーだったから実際は炭同然、というか炭だった。
でも顔真っ赤にしながら『美味しくないかも』なんて言いながら涙目で味聞かれたらこの世の男のほぼ全てが最敬礼で美味しいですっ!! って言うだろ!?
まぁ卒業までの三年間でキッチリ調理では踏鞴を使わないって事を教え込まれたらしく、今は普通に美味しいからいいけどさ。
「ほらほら、兄さん。もう授業始まっちゃいますから入ってください」
「うわっ、ちょっと待っ・・」
心の準備が出来ていないまま栽培科の教室(?)に引っ張り込まれた俺の前に広がっていた光景は・・・うん。ホントに生物災害だった。
まずハエトリグサっぽい巨大な何かが下半身らしい部分から出ている根っこ・・いや、触手らしいもので移動しており、その触手っぽい何かの幾本かは太く、巨大に進化しており、その先端には口っぽい何かが付いていてそれが餌箱に入れられた何かを一心不乱に食っている。
なんという冒涜的で・・その・・狂気的で・・・駄目だ、これ以上深く考えたら頭がおかしくなりそうだ。
ソイツいがいにもまだまだそのわけのわからない奴は大量にいる。
例えば、ウツボカズラらしい何かが群生しており、捕虫器から蔓が捩れて合体した腕らしいものが二本出てきており、それが何かを求めるように突き出されているもう見るだけで俺を疑問と嫌悪とその他よくわからない無茶苦茶な思考が支離滅裂で実に奇々怪々、摩訶不思議で素っ頓狂な・・・・・・・駄目だ駄目だ。もうアレらについては何も考えちゃ駄目だ。
え・・何このカオス空間・・・。
考えちゃ駄目なのについついネンスにアレらがなんなのか聞いてしまう。
「えっと・・ネンス。このグロい「可愛いでしょ?」
・・・・・は? えっと・・聞き間違えだよな?
「ほらほら兄さん。この子なんかとってもキュートなんだよ? ほら、この捕食器なんかすっごくいい感じでしょ?」
ネンスは俺にハエトリグサっぽい奴の触手を引っ張って俺の前に持ってきた。
グ・・・グロい・・・。コイツ口の中全体に牙が生え揃ってやがる・・。こんなのに食いつかれたら絶対死ねる。
はは、これは何かの間違いさ。ネンスがこんなキモい植物(?)共を可愛いなんて言う筈が無い。ネンスはさ、ヌイグルミが好きな普通に可愛い俺の妹さ。俺の妹がこんなキモい植物(?)共を可愛いなんて言う筈が無い!! ソウサ、コレハナニカノマチガイニチガイナイ。
「はは、ネンス・・冗談キツイな・・これ・・なんなんだよ・・」
「え? ああ、この子達はね。生物研究科の子達がうっかり作り出しちゃった植物と動物の混成獣なんだって。まぁ見た目植物っぽいし、私達の言う事よく聞くいい子だからここで植物として飼ってるの♪」
・・・どう見てもこいつら、新種の生物だよ・・植物なんかじゃないよ・・栽培科なんていうから要するに花屋志望の子が揃ってる所かと思ったけど・・これじゃ飼育科とほとんど同じじゃないか!!
「なぁ、お前らどんな授業してるわけ?」
「え? 植物の自立行動の促進と進化の過程についての研究だよ?」
はは・・そですか・・・。
「授業始めるぞ〜」
俺がなんだか分からない虚脱感に苛まれ始めた時、扉が開いて先生らしき女教師が入ってきた。
その先生はよれよれの白衣を着ていて髪も伸びるに任せてボサボサ、口にパイプ銜えてのんびりと燻らしながら切れ長の目をトロンと蕩けさせた明らかにやる気が無さそうな雰囲気を受ける教師で・・・・って、乳デケェっ!?
計測開始!! ・・・・・86・・・87・・・89・・だと・・!?
素晴らしい、あれは男という種族ならまず間違いなく喜ぶ。これは保証出来る。
「む、兄さん。やっぱり先生みたいな巨乳が好きなのかな・・・」
ネンスが独り言を言っているのが聞こえるな。
ネンス。お兄ちゃんデカイおぱーいには憧れはするけど実際はネンスくらいの乳も・・・・・はっ、いかん。オレァ一体何を!?
「あ? なんか部外者がいないか?」
「あ、ウィルケ先生。この人は私の兄さんです。今日は授業参観の日でしたよね? だから来てもらっちゃいました♪」
「あ・・えっと・・初めまして。ネンスの兄のローガンです」
「ふ〜ん。へ〜、ほ〜。アンタが噂の兄さんか。色々話は聞いてるよ。私はウィルケ。ウィルケ・ヒルデバークだ。科目は周知の通り、植物学と栽培学を受け持っている」
ウィルケ先生は相変わらずやる気のなさそうな顔をしながら・・・なんかおかしな事を言ってきた。
「あの〜、噂ってのは〜・・・一体どんな?」
「あん? そりゃアンタ、ネンスから・・ウググッ」
「あはははははははは〜、先生そんな無駄な事話してないで早く授業始めましょう!! そう、早く授業授業!!」
・・・ネンス。そんなに必死に先生の口を塞ぐとお前が何か良からぬ事を言いふらしていってバレバレだぞ? 後で108あるお兄ちゃん式尋問法で尋問してあげよう。
「ふむ。仕方ないね。それじゃ、今日は火山地帯に生える植物の耐火性についての講義を始めようか」
おお、やっと授業が始まったな。
「では、教科書154ページを開いて。昨日はアルラウネの蜜から媚毒成分を分離して生成した栄養剤を与えた植物はあらゆる環境で―――――」
あ・・ダメだ。俺、先生が授業始めたら反射的に寝る癖が――――――
・・
・・・
・・・・・・・・・
はっ!! いかん。寝てしまっていた。
「というわけでヴァンパイアの娘とその従者はめでたく結ばれ、鉄弾を用いる悪逆非道の国は滅びたのでした・・・っと、こういう締めだがね。君達の意見を聞かせてくれないかい?」
「はいは〜い!! 私的にはそれ無しだと思う!! いくら悪い国だからって滅ぼしちゃダメだよ。皆に気持ちいHな事い〜っぱい教えてあげれば皆幸せなんだからさ、そうすればよかったのに〜」
「そう? 私はありだけどなぁ〜。勧善懲悪できっちり話が纏まってるし、最終的には主人公もヒロインもキッチリ幸せじゃん?」
「んん〜・・・考えさせられますね〜。ああ、私も未来の旦那様とこんなロマンチックなシチュエーションで結婚したいなぁ〜」
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
あれ? おかしいな。確か意識が落ちる直前に聞いた先生の話はそれはもう学術的できっちり『これぞ専門棟の授業』って感じだったのに・・・・
なんで紙芝居やってるんですかねっ!?
「あの〜・・・」
「あん? なんだい? 居眠りお兄さん?」
「いつからここは紙芝居科にナッタンデスカネ?」
「面白い事を言うね。この学園に紙芝居科なんてないよ。お兄さんは中々面白いね」
ウィルケ先生はケタケタ笑いながらこっちを相も変わらないやる気ゼロな顔で見ている。
あれかっ!? 俺がおかしいのか!?
俺がおかしいのか!?
大事な事だからもう一回言わしてもらうぞ? え・・・俺がおかしいの?
「まぁそう混乱しなさんな。授業ならもう終わったよ。今日は予定よりも早く教える事がなくなってね。私が趣味で吟遊詩人から聞いて書き留めたこの国の昔話を話してあげてるのさ。お兄さんも聞いたことないかい? 『ヴァンパイアと執事のお話』」
いや、聞いた事はあるよ。なにせこの国ではかなり有名な話だからな。
確か、兄妹のように育ってきたヴァンパイアのお姫様と執事が最初は執事が『妹だから』って突っぱねてたけど最後には恋仲になって・・・それでなんか鉄を飛ばしてくる邪悪な帝国にお姫様が攫われて・・・奪還を諦めていたその執事を仲間が叱り飛ばして、それで改心して帝国に殴りこんで敵を皆殺しにして救い出したお姫様と結婚してめでたしめでたしっていう勧善懲悪と冒険譚と熱血とダークファンタジーをこれでもかって無理矢理詰め込んだお話だっけ?
「そりゃ聞いた事はありますけど・・・」
「なら君の意見も聞かせてくれないかい? 君ならどうする? 私は男の価値観での意見も聞きたいねぇ〜」
「いやいや、なんでそんな事言わなきゃならないんですか?」
「ん? ああ、有り体に言えばただの好奇心だよ。でもね、本当は知りたいのさ。私やこの子達は皆この話をロマンチックだという。では男はどう思うのかってね。それに、もうこの子達も聞きたいスイッチは入ったようだよ?」
先生に言われて生徒の皆さんを見たら・・・・ううっ、皆すっごく目をキラキラさせながらこっち見てる・・・・
『お兄さんっ!! 私達も知りたいな』っていう無言の圧力が・・・・・・
これ、もう雰囲気的には言わないわけにはいかないよなぁ・・・
「分かりました。言わせてもらいます。俺としては執事の行動はいただけないですね。攫われたんならそこで諦めずに取り戻しに行けよ。お前の愛ってそんな物だったの? って疑問に思わされますね。俺ならすぐに助けに行きますね。仲間に諭される必要なんかない。自分の愛が本物なのならすぐにでも救いに行く、これが男ってもんでしょう? それと、皆殺しにしなくてもいいじゃん? って思いますね。そのお姫様奪還したらその帝国の手が届かないところに逃げて二人仲良く暮らせばいいんですよ。ふたり誰にも邪魔されない人里離れた所で二人だけの世界を作っちゃえば良いんですよ。それに、確かその帝国って魔物を虐げるような最悪な帝国でしたよね? ならそのうち魔界軍が来て征服されるか、他の親魔物国家に潰されるでしょ」
・・・・・・・・・
なんか・・・皆黙ってしまったぞ?
俺まともな事言ったよな? 変な事言ってないよな?
はっ、まさか『うわぁ〜すっごいへタレ〜(笑)』とか思われてる!?
「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」」」」
瞬間、教室が割れんばかりの黄色い歓声に包まれた。
「やっぱりネンスちゃんのお兄さんって聞いてた通り優しい〜!! 『ほら、俺悪い奴からお前を救い出したぜ。二人だけの桃源郷で誰にも邪魔されずに愛を語り合おうZE☆』ってすっごい男前〜!! それに他の娘達の結婚相手を殺さず纏めて残しておこうとしてくれるなんて素敵だわ!!」
「うんうん、ホントに優しいよね〜。ねぇ、ネンスちゃんっ!! お兄さんを私に下さいっ!!」
「だっ、ダメですよ!! 兄さんは絶対あげませんっ!!」
「じゃあ妹ちゃん達と一緒に私もお兄さんのハーレムに加えてよ♪」
「ダメですっ!!」
おいおい、これどういう事だよ。なんか・・・皆が俺を見る目が・・・獲物を見る目に・・・
「すまん、ネンス。俺セピアとかの方にも回ってくるわ」
ここにいちゃ危険だ。確実に犯される!!
「あっ、兄さん待ってください!! 兄さんは私の物だから皆に手出しさせませんってば〜!!」
馬鹿言え、こんな所にいたら逆レイプ確定じゃないかっ!!
俺はすぐさま教室の入り口にダッシュし・・・
グチャ
すっごく嫌な、なんかナマコとイカをミックスしてカエルみたいに体表ぬるぬるにしてみました的な何かを踏んでしまった。
おい、これもしかして・・・・・
「ギュィィィィィィーーーーーー!!」
ですよねーー!! その辺にいた大変精神に悪いハエトリグサっぽい何かの触手(?)を踏んづけちまったーー!!
当たり前だが生物なら体の一部を踏まれると当然痛い。
痛いとその痛みを作った原因に理不尽に襲い掛かってくるのは当たり前!!
見ただけで怒ってるの分かりまくりなハエトリグサが無茶苦茶に振り回してくる触手の雨を掻い潜り、俺は無理やり教室から脱出、それと同時にあの掃除用具入れ型エレベーターに飛び乗り、来た時には気づかなかったボタンらしいものを無茶苦茶に押しまくった。
ガタガタとエレベーターが動き始めた。
やれやれ、これでまぁ何とかあのカオス空間から脱出出来たな。
「兄さ〜ん、助けてよ〜」
下からのネンスの情けない声とクラスの子達の黄色い声が遠ざかっていく。
ああ、こんなんで俺残り二つも回れるんだろうか・・・
おお、俺はついに死んだか。
思えば間抜けな死因だな。まさか幼馴染に抱き締められて圧死とは・・。
「ローガン、起きた?」
うん、死んでなかった。端的に今の状況を説明すると、俺はキールに小脇に抱えられて移動していた。
「ああ・・・何しやがる」
「ごめんなさい・・・」
俺が不満を込めたちょっとキツめの声色で非難の意思を示すと、キールはしょんぼりした顔で謝ってきた。
クッ、しょんぼりしている顔も可愛いじゃないか。
どうした俺。キールの顔なんて見慣れたものじゃないか。最近どうも俺はおかしいな。ネンス達相手でもあいつ等の一挙手一動作が可愛く思える時がある。見慣れたものにすらこんな反応を示してしまうとは・・・俺、溜まってるのかなぁ・・・。
「ローガン、着いた」
キールの言葉で俺は我に帰り、そして今自分が何処にいるのかをやっと認識した。
「・・・学校に着いてるじゃないか・・・」
「ローガン、私と会った時学校って単語とネンスちゃんの名前出してた。だから連れてきた」
持つべきは幼馴染だな、うん。
「サンキュ。キールのおかげで学校、送れずに来れたよ」
「私が悪かったから。こんなの当然」
「おう、二度とアレは勘弁な。それはそうと、そろそろ下してくれ」
「うん」
キールに下してもらうと、俺は校門から見えるかつて俺が学んだ学び舎を見つめた。
「何か懐かしいな」
「ん。でもローガン授業全然受けない不良だったからあんまり懐かしくないんじゃない?」
「馬鹿言うな。あの校庭にある木の寝心地、五月蝿い生徒会長殿の追尾を振り切るための逃走経路、日当たり最高の屋上。懐かし過ぎるじゃないか」
そういやあの生徒会長、今何してるんだろうな。確かあいつは「ホリティアの鬼会長」とか言われてたし、警官でもしてるのかな。
俺達が学校の玄関に着くと、すぐに警備用ゴーレムが地面から出てきた。
「どちら様でしょうか。ここはホリティア州立学校です。関係者以外は立ち入り禁止です。御用の方は身分と用件をお教え下さい」
この子もクソ真面目だな。もう俺が入学以来いる子だし、卒業するまでちょっかい出したり話し相手になってもらってたから俺の事なんか分かってるだろうに。
「よう、久しぶり。俺だよ、俺」
「俺俺詐欺は間に合っております。身分と用件をお伝え下さい」
あ・・あっれ〜? おかしいな。
「俺だよ。ほら、三年前にこの学校通ってた問題児のさ」
「ナンパですか? それでしたら繁華街でなさる事を強くお勧め致します。すぐにでもサキュバス等が連れ去ってくれるでしょう。ここは少々場違いかと思いますが」
あの〜、ゴーレムちゃん。もしかして俺の事・・・忘れちゃった?
俺がちょっとブルーな気持ちになって膝をついてがっかりポーズをとっていると、ゴーレムちゃんがクスクス笑い出した。
「打たれ弱くなったのではないでしょうか? あの頃の貴方ならこれくらいの冗談にはもっとキツく切り返してこられましたよ? それに、貴方はあの三年間私にそれはもう毎日ちょっかいを出して来られていたのですから忘れるはずがございません」
「へ?」
「少しからかわせて頂きました。ローガン・ハウマント様」
コ・・コイツ・・・俺がからかい続けたからか知らんが「からかう」って事を覚えやがった・・。
「お前、成長したな」
「はい。私は出来るゴーレムですから」
そんなやり取りをしてやっと中に入れてもらった俺は、何処に行けば良いのか分からず盛大に迷ってしまった。
「くそぅ、ネンスにちゃんと栽培科の専門棟聞いとけばよかったな」
ここ、ホリティア州立学校は小等部、高等部が一般棟で、高等部になってから特定の科目に長けていたり、興味がある生徒はそれぞれ55ある専門分野に分かれた専門棟に移動する。
これが中々の曲者で、科によってはそこの科の生徒以外には棟へ通じる経路が分からなくしてあったり、複雑怪奇な迷路を抜けないと着かなかったり、はたまた合言葉を言わないと入れない等のトラップだらけなのだ。
この仕組み、学校長であるシーベンス先生の考案らしい。
何でも、「秘密の入り口ってワクワクするじゃろ?」との事らしい。
学生の時はシーベンス先生のこの考案に「学校長、アンタ粋だねぇ!!」なんて感じていたが、いざ保護者の身分になると面倒くさい事この上ない。
「こっち。ネンスちゃんから聞いてる」
「おう、知ってるのか。すまんが連れてってくれ」
「ん。分かった」
いやぁ〜助かった。一般棟に長々といるとこの時間だと教室から俺を覗いている生徒達の視線があって何か恥ずかしかったんだよな。
・・・・・・・・・
「ちょっと待て。何でキールも一緒に来てるんだ?」
そう、キールは気絶した俺をここまで送ってくれただけだよな? それにキールには仕事があるはずだし。
「ん。今日は燃料無くなったし届いてないからお休み。だからローガンと一緒に授業参観」
「いやいや、これって家族限定だろ?」
「私、ネンスのお姉ちゃん」
「いやいや、お前はネンスのお姉ちゃんじゃないだろ。近所のお姉ちゃんだろ」
「じゃあ家族になる。ローガン、結婚して」
「アホか。こんな事の為に結婚なんて出来るか」
「ケチ」
「そこはケチとかの問題じゃないだろ。てかそもそもどうやって入った? 関係者以外立ち入り禁止ってゴーレムちゃんに言われただろ」
「ゴーレムちゃんには妻ですって言っておいた」
「ア・・アホかーー!!」
「兄さ〜ん」
おっと、キーリと漫才みたいな言い争いをしている間にネンスが迎えに来てくれたようだ。
「おう、来たぞ」
「兄さん、こっちだよ♪ ・・って、キーリお姉ちゃんも来たの!?」
「来た。邪魔だった?」
「ううん、邪魔じゃないよ♪」
ネンスなんかテンションが矢鱈と高いな。
「で? 栽培科の棟って何処から行けばいいんだ?」
「あ、それならこっちこっち」
ネンスは俺達を女子トイレに連れて行こうとし始めた。
「ちょっと待て、ネンス」
「ん? 何かな、兄さん」
「ネンスは俺を何処に連れて行くのかな?」
「何処って・・栽培科の専門棟だよ?」
「もしかして・・専門棟に行くのに女子トイレ、使うのか?」
「うん。そうだよ?」
おお、神よ、魔王よ。俺はかつて多くの猛者がそこに挑み、そして女子による徹底抗戦と虐殺にも等しい私刑を受けて敗れ去った理想郷「女子トイレ」に堂々と入れるというのか!?
何たる名誉、何たる栄誉。今日参観来て良かった!!
「ほら、兄さん。早く」
ああ、妹よ。すぐに行くさ。母さん、俺楽園(エデン)に行きます。
・・・・・・・・・・・
「はい、入って」
うん、そこは女子トイレ前の掃除用具箱だったよ。
「ここは女子トイレの前であって女子トイレではないよな?」
「あはは、何言ってるの兄さん。ここは女子トイレの一部だよ?」
うん、勝手に期待してたのは俺だよ?
うん。勝手に誤解して浮かれまくってたのも俺。
でもさ、もっと・・夢見せてくれたって良いだろ!?
がっかりしている俺をネンスはちゃっちゃと掃除用具箱に押し込んでいく。
「じゃ、兄さん。しっかり摑まってた方が良いからね?」
・・・ん? ネンス、何か言ったか?
俺がネンスに何を言ったか聞き直そうとした瞬間、何やら歯車が回る音が聞こえたかと思うと、凄い速さで下に落ち始めた。
「ちょっ!! これ、エレベーターかよ!!」
このエレベーター、とんでもなく高速で落ちていくから体が浮いてる感じが・・
「グエッ」
下に急降下してたかと思ったら今度は横に移動し始めた。
かと思いきやまた上、下、横と縦横無尽に動く・・止めてくれ・・もう出してくれ!! 吐きそう・・・
エレベーターがやっと止まり、俺はエレベーターから這いずりながら外に出た。
そしたら何やら怪しい看板が目の前にある。何々? 何て書いてあるんだ?
『関係者以外立ち入り禁止。危険指定植物が飼育されています。生物災害が想定されますので適正能力のない人は立ち入らないで下さい』
・・・・・うん、帰ろう。
こんな危険な所にいられるかよ!! 俺は帰るぞっ!!
「あ、兄さん無事に着いた?」
俺が帰ろうとしてエレベーターに乗り込もうとした時、地獄の扉が開いてネンスが顔を出した。
「あ・・ああ、着いたぞ?」
くそぅ、脱出失敗かっ!!
「よかった〜。そのエレベーター、たまに何処か分からない所に乗った人連れてっちゃうからちょっと心配してたんだ♪」
何処か分からない所って何処に行くんだ?・・というかそんな危ない物にお兄ちゃんを乗せないでくれよ・・・
というかすまんが生物災害指定の看板が出ている部屋に入りたくない・・というかそれよりもお前は何を栽培してるんだ? 一体どんな危険なものを育ててるんだ?
「ささ、兄さん。入って入って♪」
「それはそうと、キールはどうした?」
「ああ、キールお姉ちゃんなら調理科に挨拶に行ったよ?」
「おぅ、そうなのか」
キールは学生時代、『サイクロプスなんだから当然製鉄科に入るんだろう』という周囲の予想をはるか斜め上にいき、まさかの調理科に入っていた。
理由を聞いてみたところ、『ローガンに初めて焼いたクッキー美味しいって言ってもらったから』だそうだ。
まぁ・・・・踏鞴(たたら)で焼いたクッキーだったから実際は炭同然、というか炭だった。
でも顔真っ赤にしながら『美味しくないかも』なんて言いながら涙目で味聞かれたらこの世の男のほぼ全てが最敬礼で美味しいですっ!! って言うだろ!?
まぁ卒業までの三年間でキッチリ調理では踏鞴を使わないって事を教え込まれたらしく、今は普通に美味しいからいいけどさ。
「ほらほら、兄さん。もう授業始まっちゃいますから入ってください」
「うわっ、ちょっと待っ・・」
心の準備が出来ていないまま栽培科の教室(?)に引っ張り込まれた俺の前に広がっていた光景は・・・うん。ホントに生物災害だった。
まずハエトリグサっぽい巨大な何かが下半身らしい部分から出ている根っこ・・いや、触手らしいもので移動しており、その触手っぽい何かの幾本かは太く、巨大に進化しており、その先端には口っぽい何かが付いていてそれが餌箱に入れられた何かを一心不乱に食っている。
なんという冒涜的で・・その・・狂気的で・・・駄目だ、これ以上深く考えたら頭がおかしくなりそうだ。
ソイツいがいにもまだまだそのわけのわからない奴は大量にいる。
例えば、ウツボカズラらしい何かが群生しており、捕虫器から蔓が捩れて合体した腕らしいものが二本出てきており、それが何かを求めるように突き出されているもう見るだけで俺を疑問と嫌悪とその他よくわからない無茶苦茶な思考が支離滅裂で実に奇々怪々、摩訶不思議で素っ頓狂な・・・・・・・駄目だ駄目だ。もうアレらについては何も考えちゃ駄目だ。
え・・何このカオス空間・・・。
考えちゃ駄目なのについついネンスにアレらがなんなのか聞いてしまう。
「えっと・・ネンス。このグロい「可愛いでしょ?」
・・・・・は? えっと・・聞き間違えだよな?
「ほらほら兄さん。この子なんかとってもキュートなんだよ? ほら、この捕食器なんかすっごくいい感じでしょ?」
ネンスは俺にハエトリグサっぽい奴の触手を引っ張って俺の前に持ってきた。
グ・・・グロい・・・。コイツ口の中全体に牙が生え揃ってやがる・・。こんなのに食いつかれたら絶対死ねる。
はは、これは何かの間違いさ。ネンスがこんなキモい植物(?)共を可愛いなんて言う筈が無い。ネンスはさ、ヌイグルミが好きな普通に可愛い俺の妹さ。俺の妹がこんなキモい植物(?)共を可愛いなんて言う筈が無い!! ソウサ、コレハナニカノマチガイニチガイナイ。
「はは、ネンス・・冗談キツイな・・これ・・なんなんだよ・・」
「え? ああ、この子達はね。生物研究科の子達がうっかり作り出しちゃった植物と動物の混成獣なんだって。まぁ見た目植物っぽいし、私達の言う事よく聞くいい子だからここで植物として飼ってるの♪」
・・・どう見てもこいつら、新種の生物だよ・・植物なんかじゃないよ・・栽培科なんていうから要するに花屋志望の子が揃ってる所かと思ったけど・・これじゃ飼育科とほとんど同じじゃないか!!
「なぁ、お前らどんな授業してるわけ?」
「え? 植物の自立行動の促進と進化の過程についての研究だよ?」
はは・・そですか・・・。
「授業始めるぞ〜」
俺がなんだか分からない虚脱感に苛まれ始めた時、扉が開いて先生らしき女教師が入ってきた。
その先生はよれよれの白衣を着ていて髪も伸びるに任せてボサボサ、口にパイプ銜えてのんびりと燻らしながら切れ長の目をトロンと蕩けさせた明らかにやる気が無さそうな雰囲気を受ける教師で・・・・って、乳デケェっ!?
計測開始!! ・・・・・86・・・87・・・89・・だと・・!?
素晴らしい、あれは男という種族ならまず間違いなく喜ぶ。これは保証出来る。
「む、兄さん。やっぱり先生みたいな巨乳が好きなのかな・・・」
ネンスが独り言を言っているのが聞こえるな。
ネンス。お兄ちゃんデカイおぱーいには憧れはするけど実際はネンスくらいの乳も・・・・・はっ、いかん。オレァ一体何を!?
「あ? なんか部外者がいないか?」
「あ、ウィルケ先生。この人は私の兄さんです。今日は授業参観の日でしたよね? だから来てもらっちゃいました♪」
「あ・・えっと・・初めまして。ネンスの兄のローガンです」
「ふ〜ん。へ〜、ほ〜。アンタが噂の兄さんか。色々話は聞いてるよ。私はウィルケ。ウィルケ・ヒルデバークだ。科目は周知の通り、植物学と栽培学を受け持っている」
ウィルケ先生は相変わらずやる気のなさそうな顔をしながら・・・なんかおかしな事を言ってきた。
「あの〜、噂ってのは〜・・・一体どんな?」
「あん? そりゃアンタ、ネンスから・・ウググッ」
「あはははははははは〜、先生そんな無駄な事話してないで早く授業始めましょう!! そう、早く授業授業!!」
・・・ネンス。そんなに必死に先生の口を塞ぐとお前が何か良からぬ事を言いふらしていってバレバレだぞ? 後で108あるお兄ちゃん式尋問法で尋問してあげよう。
「ふむ。仕方ないね。それじゃ、今日は火山地帯に生える植物の耐火性についての講義を始めようか」
おお、やっと授業が始まったな。
「では、教科書154ページを開いて。昨日はアルラウネの蜜から媚毒成分を分離して生成した栄養剤を与えた植物はあらゆる環境で―――――」
あ・・ダメだ。俺、先生が授業始めたら反射的に寝る癖が――――――
・・
・・・
・・・・・・・・・
はっ!! いかん。寝てしまっていた。
「というわけでヴァンパイアの娘とその従者はめでたく結ばれ、鉄弾を用いる悪逆非道の国は滅びたのでした・・・っと、こういう締めだがね。君達の意見を聞かせてくれないかい?」
「はいは〜い!! 私的にはそれ無しだと思う!! いくら悪い国だからって滅ぼしちゃダメだよ。皆に気持ちいHな事い〜っぱい教えてあげれば皆幸せなんだからさ、そうすればよかったのに〜」
「そう? 私はありだけどなぁ〜。勧善懲悪できっちり話が纏まってるし、最終的には主人公もヒロインもキッチリ幸せじゃん?」
「んん〜・・・考えさせられますね〜。ああ、私も未来の旦那様とこんなロマンチックなシチュエーションで結婚したいなぁ〜」
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
あれ? おかしいな。確か意識が落ちる直前に聞いた先生の話はそれはもう学術的できっちり『これぞ専門棟の授業』って感じだったのに・・・・
なんで紙芝居やってるんですかねっ!?
「あの〜・・・」
「あん? なんだい? 居眠りお兄さん?」
「いつからここは紙芝居科にナッタンデスカネ?」
「面白い事を言うね。この学園に紙芝居科なんてないよ。お兄さんは中々面白いね」
ウィルケ先生はケタケタ笑いながらこっちを相も変わらないやる気ゼロな顔で見ている。
あれかっ!? 俺がおかしいのか!?
俺がおかしいのか!?
大事な事だからもう一回言わしてもらうぞ? え・・・俺がおかしいの?
「まぁそう混乱しなさんな。授業ならもう終わったよ。今日は予定よりも早く教える事がなくなってね。私が趣味で吟遊詩人から聞いて書き留めたこの国の昔話を話してあげてるのさ。お兄さんも聞いたことないかい? 『ヴァンパイアと執事のお話』」
いや、聞いた事はあるよ。なにせこの国ではかなり有名な話だからな。
確か、兄妹のように育ってきたヴァンパイアのお姫様と執事が最初は執事が『妹だから』って突っぱねてたけど最後には恋仲になって・・・それでなんか鉄を飛ばしてくる邪悪な帝国にお姫様が攫われて・・・奪還を諦めていたその執事を仲間が叱り飛ばして、それで改心して帝国に殴りこんで敵を皆殺しにして救い出したお姫様と結婚してめでたしめでたしっていう勧善懲悪と冒険譚と熱血とダークファンタジーをこれでもかって無理矢理詰め込んだお話だっけ?
「そりゃ聞いた事はありますけど・・・」
「なら君の意見も聞かせてくれないかい? 君ならどうする? 私は男の価値観での意見も聞きたいねぇ〜」
「いやいや、なんでそんな事言わなきゃならないんですか?」
「ん? ああ、有り体に言えばただの好奇心だよ。でもね、本当は知りたいのさ。私やこの子達は皆この話をロマンチックだという。では男はどう思うのかってね。それに、もうこの子達も聞きたいスイッチは入ったようだよ?」
先生に言われて生徒の皆さんを見たら・・・・ううっ、皆すっごく目をキラキラさせながらこっち見てる・・・・
『お兄さんっ!! 私達も知りたいな』っていう無言の圧力が・・・・・・
これ、もう雰囲気的には言わないわけにはいかないよなぁ・・・
「分かりました。言わせてもらいます。俺としては執事の行動はいただけないですね。攫われたんならそこで諦めずに取り戻しに行けよ。お前の愛ってそんな物だったの? って疑問に思わされますね。俺ならすぐに助けに行きますね。仲間に諭される必要なんかない。自分の愛が本物なのならすぐにでも救いに行く、これが男ってもんでしょう? それと、皆殺しにしなくてもいいじゃん? って思いますね。そのお姫様奪還したらその帝国の手が届かないところに逃げて二人仲良く暮らせばいいんですよ。ふたり誰にも邪魔されない人里離れた所で二人だけの世界を作っちゃえば良いんですよ。それに、確かその帝国って魔物を虐げるような最悪な帝国でしたよね? ならそのうち魔界軍が来て征服されるか、他の親魔物国家に潰されるでしょ」
・・・・・・・・・
なんか・・・皆黙ってしまったぞ?
俺まともな事言ったよな? 変な事言ってないよな?
はっ、まさか『うわぁ〜すっごいへタレ〜(笑)』とか思われてる!?
「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」」」」
瞬間、教室が割れんばかりの黄色い歓声に包まれた。
「やっぱりネンスちゃんのお兄さんって聞いてた通り優しい〜!! 『ほら、俺悪い奴からお前を救い出したぜ。二人だけの桃源郷で誰にも邪魔されずに愛を語り合おうZE☆』ってすっごい男前〜!! それに他の娘達の結婚相手を殺さず纏めて残しておこうとしてくれるなんて素敵だわ!!」
「うんうん、ホントに優しいよね〜。ねぇ、ネンスちゃんっ!! お兄さんを私に下さいっ!!」
「だっ、ダメですよ!! 兄さんは絶対あげませんっ!!」
「じゃあ妹ちゃん達と一緒に私もお兄さんのハーレムに加えてよ♪」
「ダメですっ!!」
おいおい、これどういう事だよ。なんか・・・皆が俺を見る目が・・・獲物を見る目に・・・
「すまん、ネンス。俺セピアとかの方にも回ってくるわ」
ここにいちゃ危険だ。確実に犯される!!
「あっ、兄さん待ってください!! 兄さんは私の物だから皆に手出しさせませんってば〜!!」
馬鹿言え、こんな所にいたら逆レイプ確定じゃないかっ!!
俺はすぐさま教室の入り口にダッシュし・・・
グチャ
すっごく嫌な、なんかナマコとイカをミックスしてカエルみたいに体表ぬるぬるにしてみました的な何かを踏んでしまった。
おい、これもしかして・・・・・
「ギュィィィィィィーーーーーー!!」
ですよねーー!! その辺にいた大変精神に悪いハエトリグサっぽい何かの触手(?)を踏んづけちまったーー!!
当たり前だが生物なら体の一部を踏まれると当然痛い。
痛いとその痛みを作った原因に理不尽に襲い掛かってくるのは当たり前!!
見ただけで怒ってるの分かりまくりなハエトリグサが無茶苦茶に振り回してくる触手の雨を掻い潜り、俺は無理やり教室から脱出、それと同時にあの掃除用具入れ型エレベーターに飛び乗り、来た時には気づかなかったボタンらしいものを無茶苦茶に押しまくった。
ガタガタとエレベーターが動き始めた。
やれやれ、これでまぁ何とかあのカオス空間から脱出出来たな。
「兄さ〜ん、助けてよ〜」
下からのネンスの情けない声とクラスの子達の黄色い声が遠ざかっていく。
ああ、こんなんで俺残り二つも回れるんだろうか・・・
12/01/19 23:50更新 / 没落教団兵A
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