・十一女がワイバーンな場合
下の方の妹にもなると、まだまだやんちゃでわんぱく盛り。
忙しいのに、あの手この手で絡もうとしてくる。
ちゃんと構ってあげているつもりなんだけれど、まだまだそれでも足りないんだろうなぁ。
子供なら力がないから何とかなるだろ、とか普通の人は思うだろうけど。
魔物の種族によっては、そんなことも関係なくなってしまうのだよ。
・〜ある日の朝〜
「おーい、朝だぞー」
「・・・・・・くぴー・・・ひゅかー・・・」
あらら。
布団が裏表逆だよ。器用なもんだなぁ・・・
枕も抱きしめるようにして寝ているから、枕としての機能を果たしていない。
今度、抱き枕買ってあげようかな?
でも抱きしめているものは、腕じゃなくて翼だから・・・
普通の枕じゃ、抱き心地が悪いだろう。
自分のお古の服で抱き枕でも作ることにするか。
そんなことを考えながらも、未だに目の前で眠り続けるこの妹は。
腕が翼の魔物娘。ハーピーでもセイレーンでもコカトリスでもない。
ワイバーンの妹である。
「朝だぞー、チェロー」ナデナデ
「・・・んにぃ・・・にへへ///」
気持ちよさそーに寝ているなぁ・・・
本当に羨ましいねぇ・・・
これだけ嬉しそうな顔で寝られたらさぞ幸せだろう。
それを邪魔するというのは、少し心が痛くなる。
だが起きてもらわねばこちらが困るのだ。
「そーれっ」バサリ
「・・・うみゅ・・・さみゅぃぃ・・・・・・」
布団ひっぺがし。
子供を起こすお母さんがよくやるアレである。
暑い季節にやるとそこまでの効果はないが、布団が気持ちいいと感じる寒い季節では効果テキメンだ。
強いドラゴン種も一応爬虫類型。寒さは苦手みたいだからね。・・・少なくとも我が家の妹達は。
まあそれを抜いても、あの温もりは離れがたい魔力が宿っていると、俺は思う。
「・・・うにぃ・・・あんちゃん・・・?」
「おーう、おはよう」
どうやらようやくチェロの目が覚めてきたみたいだ。
下の妹になると、すんなり起きる子はあまりいない。いるにはいるけど。
寝ぼすけが多いのだ。上の妹達も含めて。
でも寝る子は育つとよく言うし、悪いことじゃないしな。
・・・事実、目の前の妹の発育は良すぎる方だよ。
さて、『あれ』に備えて、しっかり構えないとな・・・
「あんちゃん・・・・・・」
「うん、よし・・・!」
「・・・あんちゃんだーーー!!(≧∇≦)♥」
ドゴフッ!!
「ぐへぅっ・・・!!」
そう。
ワイバーンの妹、チェロは毎朝寝起き時に飛びかかってくるのだ。
その初速は寝起きながらに早く、体に襲い掛かる衝撃も少なくない。
言ってしまえば一方的な『ぶちかまし』である。
両腕の翼による推進力と、尻尾ぶんぶんによる回転力が加わり、それはもう凄まじい威力。
しっかりと構えて足を踏みしめていないと、俺は壁面に叩きつけられることになるわけだ。
毎朝恒例の行司・・・いや行事ではあるが、最初の頃はその勢いに敗北していた時もあった。
家事で鍛えられた身体に感謝しているよ。
チェロの方も手加減を覚えたみたいだしな。
それでもまあ、毎回肺から掠れた息が漏れるのだが。
「あんちゃん!あんちゃーん!!♥」グリグリ~
「・・・けほ、お、おはようチェロ。今日も元気だな」
「あんちゃんの顔を見ればわたしは元気百倍!やる気マンマンだよ!」
「うむうむ。チェロが元気で何よりだよ」
チェロは妹達の中でも一番元気がいい。
活発的なケンタウロスのベルより活発的だし。
やんちゃなオーガのバレスよりやんちゃだし。
でも素直で純粋だから、昔のバレスに比べれば全然マシなんだけども。
可愛いもんだよ、全く。
あと・・・もしチェロの『やる気マンマン』を頭の中で変な言葉に置き換えた奴。
お兄さん怒らないから前に出てきなさい。
大丈夫、泣くまで殴るだけだから。決して怒っていないから。
「えへへー、ぎゅーーっ!!」ギュゥゥ・・・
「ほらほら、起きたのなら顔を洗ってきなさいな。俺はまだやることあるんだから」
「うん!分かった!それじゃあまた後であんちゃんパワーをホジューするからね!」
「何その謎パワー。よく分からんが、あんまり忙しくない時に補充してくれよ?」
「はーいっ!じゃーねー!」
「さて、と・・・ああっと、廊下はあんま飛ぶなよ。前にも・・・もう行ったか」
動き回る様はまるで小さな嵐のようだ。
実際に竜化して飛び回れば、本当に嵐も起こるのかもしれないが。
・・・実行しないことを祈るだけだな。
さてと、次の妹はっと・・・
(えっへっへ〜!あんちゃんに朝ぐりぐりぎゅ〜できたっ!
ラブラブあんちゃんパワーで今日もたくさんがんばろぉーっと!♥)
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・〜ある日の空中遊泳〜
「ふうっ、洗濯物もこれで一段落したか」
昼食を終えて、掃除を終えて、洗濯物も取り込みたたみ終えた。
今現在家事を一先ずやり尽くしたところである。
あとは晩御飯の準備の時間まで、のんびりタイム。
一日の中で唯一俺が自由にできる時間なのだ。
自由時間・・・なんていい響きなんだ・・・
その自由時間を狙ってか、妹達は俺と遊ぼうと絡んでくるのだが。
はてさて、今日は誰が来るのやら。
・・・アンチャーン!
ん?今声がしたな。
呼び方からしてチェロだろう。
しかし、姿はどこにも見えず。
確か・・・外で遊んでいたはずだが。
少し様子を見に行ってみるか。
「・・・チェロー?呼んだかー?」
あんちゃーん!!
「んん?一体どこn」
ビュォォォオオオオ!!
「へっ?」
ガシィ!
「あんちゃんとったどーーー!!」
「どえぇぇぇぇぇぇえええいいい!!?」
あ・・・ありのまま今起こった事を話すぜ!
『俺はチェロの様子を見ようと外へ出たと思ったらいつの間にか空だった』
な・・・何を言っているのか、わからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった・・・
頭が(風圧で)どうにかなりそうだった・・・
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ・・・
あ、いや、超スピードで合ってるのか。
・・・うん。
えーと。そろそろ阿呆なこと考えてないで状況を分析すると。
どうやら俺は、突風さながらのチェロの足の鉤爪で肩を掴まれ、この広大な空へと連れ去られてしまったわけだな。
なぁんだ、簡単なことだったじゃないか。
いやー原因がはっきりして良かった良かった・・・
「何も良かねぇよっ!?」
「あんちゃんどーしたのー?」
チェロはこちらを見ながら飛んでおり、翼を大きく羽ばたかせている。
不思議そうな顔をしているが、口元の両端は完全に釣り上がり、にま〜とした笑みを浮かべている。
何とも嬉しそうだ。
きっとあれだろう。
皆が使う玩具を独り占めできて嬉しいとか、そんな感覚なのかもしれない。
狙った獲物を狙い通りに捕らえられたことからの嬉しさなのかもしれない。
まあ、そんな考えは俺の勝手な想像なわけだが。
実際チェロの方はそんなこと一切考えてないと思う。
結構勢いだけで行動することが度々あるからね・・・
「チェロ、いきなりこういうことするのは止めなさい・・・」
「えへへ〜、ごめんねあんちゃん。でもあんちゃんと遊びたくてしょうがないからしかたない!」
「仕方なくないでしょ。自制効かせるところでしょうよそこは」
俺としても心臓に良くないから止めて欲しいところだ。
でも下の妹達に普段そこまで構ってやれてないからなぁ・・・
あんまり強く言えないんだよね。
この辺りの考え方は、妹を持つ世間一般の兄としては甘いのだろうけれど。
何か特別な用事とかがあったり、家事が忙しい時期があったり。
平等に接することができていない時があるからなぁ。
何とも悩ましいものだ。
「ねえねえ、このまま外行こうよ〜。いっしょにフライトしようよ〜」
「もう既に飛んでいるけどね・・・晩御飯の準備時間までちゃんと家に帰るって約束できるよな?」
「もっちろん!約束するっ!するからっ!」
「なら良し。今日はチェロと過ごすことにするよ」
「〜〜っっっぅぃいいやったぁぁぁああい!!」
「ちょぉおうおうおぉぉぉおおお!?きりもみ回転しながら飛び回らないでぇぇぇぇえええええ!?」
前途多難である。
「ちくしょうっ!今日は出遅れたか!俺としたことがっ・・・!!」
「あ〜ん!兄さんが取られた!私今日兄さんに編み物教えてもらおうと思ってたのにぃ〜〜!!」
「空中へ連れ去る・・・一本取られましたわっ!!」
「兄殿が自由になる瞬間を狙って、自分の有利なテリトリーへ持ち込む・・・
それをごく自然とやるなんて・・・! チェロ・・・おそろしい子!」
「・・・お前たちは少し自重しないか。仮にもチェロより年上なのだから」
(・・・まあ、私も兄と一緒におやつのケーキ食べたかったんだがな・・・・・・むぅ・・・)
・・・・・
「おそら〜のうーえーはーきもちーな〜〜♪
あんちゃんと〜いっしょーで〜うれしーな〜♪(´▽`)」
「随分ご機嫌だな。いい事でもあったのか?」
「あんちゃんといっしょにいられるから、わたしとってもうれしいよ!」
アカン、その一言で俺涙出そう。
チェロは真っ直ぐで、とても純粋だ。
裏表が全く無いと言ってもいい。
だからね。俺はとっても申し訳ない気持ちになるよ、チェロ。
あんちゃん頑張るから。
もっとチェロや他の妹達とも時間取れるように頑張るから。
「ごめんなぁ・・・時間取れなくて・・・」
「いーの!あんちゃんいそがしいの分かってるから!
わたしたちのこと見てくれてるの知ってるから!がんばってるから!」
「ありがとうなぁ、チェロ・・・」
本当にいい妹達に囲まれているなぁ。
俺はこんな優しい妹がいるだけで、幸せだよ。
これ以上は、何も望まない。望んじゃいけないとさえ思う。
だから頑張れるんだ、俺は。
・・・悔やまれるは、俺の手が今チェロの頭に届かないことくらいだ。
撫でてやりたいぜその頭!こんちくしょー!
「そうだ!あんちゃん!わたし新しいわざを考えたんだ!」
「うんうん・・・そうかそうか・・・」
「今からじっせんするね!」
「おうおう・・・分かった分かっ・・・・・・た?」
「ひっさつ!ムーンサルトドライブー!!!」キィーーーーーン!
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!?」
それはもうギュインギュインと。グワングワンと。
肩を掴んでいるだけの状態でグルングルンと大きく縦に回されたら、そりゃ叫びたくもなるわ。
確かに『必殺』だわ。『必』ず『殺』す技だわ。
俺にかかる重力とかGとか無視だわ。考えてないわ。
そして何が一番怖いって、悪意が全く無い事だわ。
あれ素だわ。完っ全に素だわ。
あ、やべーわ。これ遠心力やべーわ。
服とかこれ残るかどうか怪しいわ。
ベルト締めてあるけど、これすっぽ抜けてるかもわかんねーわ。
てか、チェロめっちゃ嬉しそうだわ。
満面の笑みだわ。もう大笑いだわ。
俺も笑うしかねーわ。
そういや、なんで顔が見えるんだr
スポーン
空中
俺 チェロ 回転中
( ゚Д゚)≡ ((≧∇≦)≡(≧∇≦))
停止中
( ゚д゚ )≡ ((゚∇゚*))
( ;゚Д゚)≡ (゚∇゚;)
←力
「わぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・」
「あんちゃぁぁぁあああぁあああぁぁああぁぁぁああああん!!?」
・・・・・
「こひゅー・・・こひゅー・・・」
空が・・・見える・・・青い、雲い。
周りは・・・木。
呼吸・・・してる。止まってない。
姿勢、大の字。
背中、微妙に痛い。
大丈夫、生きてる。生きてた。
「・・・今度こそ死ぬかと思った」
俺が吹っ飛んだ先は、どうやら森の中みたいだ。
体には蔦が絡みつき、葉っぱまみれ。
バキバキと、木の枝がへし折れる音も聞こえたから、これらがクッション代わりになったのだろう。
普通なら、体がめっちゃくちゃになっていてもおかしくないのだが。
少々の打撲とすり傷程度で済んでいる。別にこれは、俺が超人だからではない。
自分のいるところの木だけ妙に重なっていたり、蔦に土が付いていたりしているあたり・・・
おそらく土地管理者のノームさんがフルパワーで頑張ってくれたのだろう。
・・・植物も操れるとかどれだけスペック高いんですか。
流石は事故死者0を誇るこの街の大地の管理者である。
ありがとうノームさん。
・・・デジャヴだけれども、本っ当にありがとうございます・・・
今度、菓子折りと新鮮なお野菜お送りいたします・・・
「・・・ここは、街の西の森かな。見たことある木だし」
俺たちの住む街の西から南西にかけては、森が広がっている。
東に進めばそのまま街へ。西に進めば国境となる大きな壁が見えてくる。
北へ行けば山があり、その麓には確か猟師さんとその奥さんが住んでいるはずだ。
前に訪ねたことがあったが、大きなお屋敷だったっけなぁ。
うちの妹達が、探検と称して遊びに行くこともあるくらいだ。
数年前は少しだけ治安が悪かったみたいだけれど、今は子供だけで森を抜けられるほど安全である。
飛ばされたのが知っている場所で良かった。日の傾きで方角も分かるしな。
「・・・・・・問題は動けないことなんだがな」
別に打撲やすり傷が酷いというわけではない。
蔦が絡まって身動きが取れないのだ。
俺への衝撃を最小限に抑えるための植物が、きちんとその目的を果たしている証ということだから、何も文句を言うつもりはないのだけれど。
このままでは帰れない。
さて、どうしたものかな・・・
バサッ、バサッ。
「ものすごい音がしたのはこの辺かな?・・・おっ?」
「何か見つけたの〜?・・・あれ?」
「・・・いたね。いたいた」
「あ、どうもこんにちは」
何とも運のいいことに3人の魔物娘がやってきた。
見た目的に全員ハーピー種のようだ。
黒い羽、黒い髪。多分ブラックハーピーかな。
それぞれ、ツリ目、タレ目、ジト目と、瞳の形が特徴的だ。
おそらくこの森に住んでいる人達なのだろう。
良かった・・・これでどうやら帰れそうだ。
「ああ、良かった。君達にお願いがあるんだ」
「何ですか〜?」
「ここの蔦をちぎってくれないかな。それだけでいいんだ」
「それならお安い御用ですよ〜」
「ああ、助か」
「待ちなさい」
タレ目の子を、突然ツリ目の子が止めてしまった。
一体何だというのだろうか?
「貴方、今動けないのよね?」
「あ、ああ、そうだな。動けないな」
「ふ〜ん、動けないのよねぇ・・・ふふっ」
ツリ目の子が怪しげな笑みを浮かべている。
・・・ああ、やばい。助かったとさっきまで思っていたことを訂正したい。
そうだ、身近にたくさんいるから忘れかけていたけれど。
彼女達は『魔物娘』なんだ。
身動きの取れない男がいて、そして未婚の魔物が出会ってしまったら。
魔物のすることは、一つしかないだろう。
「・・・見逃していただけないでしょうか。あわよくば蔦だけちぎって」
「・・・分かっているでしょう?こんな美味しい獲物を逃すはずないじゃない」
「あ〜そういうことか〜。・・・いいかも〜♥」
「・・・良いね。良い良い」
「いやぁ、でも俺は1人で、貴方がたは3人ですよ?」
「別に仲良しだから問題ないわよ。小さい頃から何でも3人で分け合ってきたから。
巷では『黒い三連鳥』とも呼ばれているくらいなのよ?」
「ジェットストリームアタックを仕掛けちゃうよ〜♪あ、踏み台にはしないでねぇ〜?」
「・・・問題ないね。ないない」
いかん。襲われる。
しかも3人とも乗り気。あと台詞を含めて色々とアウトだ。
くそう、仲間割れでも狙えないかと思ったが、上手くいかなかった。
一夫一妻が基本の魔物娘にも、例外はいるものだ。
・・・我が家ではその例外だらけの日常なのだが。
確か、ブラックハーピーは仲間意識が強いと聞く。
この3人は家族同然、もしくはそれ以上の間柄なのかもしれない。
「憧れの4Pができるね〜♪楽しみだなぁ〜♥」
「うふふ・・・気持ちよくしたげるから、じっとしてなさいよね・・・♥」
「・・・抵抗は無駄ね。無駄無駄♥」
今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
何とか脱出しないと・・・だが・・・
ゆっくりとにじり寄ってくる3人を止める手段は、ない。
万事休すか・・・!
ギャオオオォォォォオオオン・・・!
何やら獣の唸り声のようなものが聞こえ、激しい風圧が身体を襲う。
ハーピー3人衆はその声がした上空を見上げると、顔を真っ青にしていた。
自分の体にも影がかかり、何事かと思い顔を上げると・・・
そこには、大きな大きな竜の姿が。
グオオォオオオォオォオォオオオオン!!
「ひ、ヒイィィィ!!」
「な、なんでこんなところにワイバーンがいるのぉ〜〜〜!?」
「・・・これは逃げるね。逃げ逃げ」
竜が吠えながらこちらに降りてくる姿を見て、3人娘は一目散に去っていった。
この姿は、旧魔物時代の巨大な竜の姿。主にドラゴン種が持つ能力で、姿を自由に変えられる。
強大な力を持つドラゴン種の姿は、見る者を圧倒させ、畏怖の念を抱かせることだろう。
それはどのドラゴン種でも同じ、なのだが。
・・・グルルルルル。キュルルルルルル。
竜はその力強い瞳を真っ直ぐこちらに向けている。
目に入るのは鋭く輝く牙。牛をも丸呑みにしそうな口。
その大きな大きな口を俺に近づけ・・・
ペロ、ペロ。
俺の顔を舐めた。
「こら、チェロ。止めなさい。止めなさいってば」
クルルルルル・・・・・・キュルルゥ、キュルルルルルルゥ・・・
(あんちゃん・・・・・・よかったぁ、ぶじでよかったよぅ・・・)
どんなに表現しようとも、どんな姿でいようとも。
俺の妹であることに、何ら変わりはない。
甘えたがりで構いたがりな、俺の妹。
チェロであることに、間違いないのである。
「俺は大丈夫だから。どこも怪我とかしてないからさ」
クルル・・・?クォオン・・・?
(ホント・・・?いたくない・・・?)
「ああ、本当だとも」
竜の姿では、何を喋っているかは実は分かってない。
でも、言いたいことは何となく分かるんだ。
この姿のまま、言葉を話せる竜もいるみたいなんだけども、そこは個体差だろう。
不自由することも、特にないしね。
「心配させて悪かったな。それと助かったよ」
・・・グルルォ。
(・・・でもぉ)
「投げ飛ばされたことは気にしてないよ。ただし、今度からは気をつけること。いいね?」
!・・・クォォオオオ・・・!クォォォオオオオン・・・!
(!・・・あ゛んぢゃん・・・!うわぁあ〜〜〜ん・・・!)
「・・・よしよし」ナデナデ
チェロは瞳に涙を浮かべ、俺の顔に頬ずりをしている。
全く、旧世代の姿の竜が泣いているなんて、聞いたことがないよ。
でもまあ、仕方ないよね。
だってこの子は、まだまだこれから色んなことを経験する、育ち盛りの妹で。
俺の大切な、妹達の一人なんだから・・・
(あんちゃんいきてて、よかったよぅ・・・よがっだよぅ゛・・・!
またこーして、なでてもらえて・・・よかったよおっ・・・!!
・・・やっぱりあんちゃん、やさしいなぁ・・・あったかいなぁ・・・♥)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・〜ある日のお夜食〜
「それそれーっ!これでどうだぁー!!」
「わぁー!はやいはやーい!」
洗濯物を取り込んでいる夕方の刻。
夕日に照らされつつも空を舞うのは、チェロとその背中に乗った女の子。
チェロと同じ翼を背中に持つ、ドラゴンの女の子である。
この子は、街に住むドラゴン夫妻のお子さんだ。
今日はご夫妻が忙しいということで、うちで預かることになった。
妹達とも仲が良く、機会があればよく遊んでいるということもあり、気兼ねなく任されたという訳である。
日が落ちる前には迎えに来ると言っていたから、もうそろそろ来る頃だろう。
「おーい!あんちゃーん!」
「無茶はするなよー」
「わかってるってー!それー!」
「きゃー♪」
チェロは、小さい子の面倒見がとても良い。
年齢が下の方の妹とは言っても、妹を数人持つお姉ちゃんでもある。
小さい子の扱い、もとい一緒に遊ぶことには慣れているのだ。
むしろ幼い子供達以上に全力で遊んでいる。
このドラゴンの子は、うちの一番小さい妹よりも幼い子。
当人も大勢のお姉ちゃんに遊んでもらえて、とても楽しそうだ。
「・・・小さい子の体力って、ホント底無しだよな」
「あはは・・・私、今ちょっと歩けませんよ・・・」
「・・・子供は風の子でありますなぁ」
上のお姉ちゃん組は、結構お疲れ気味のようだけれどね。
子供とは言え魔物。体力は有り余っていることだろう。
それを抜きにしても、小さい子を相手にするというのは、思っている以上に体力を使うのだ。
でも、そんな底無しの時代もあったんだよなぁと思うと、懐かしくなってくる。
俺も毎日へとへとになってたっけ、なんてな。
まあ、俺からしてみればまだまだ皆子供と変わらない部分もあるのだけど。
「おおい、タクト君」
「あ、お待ちしてましたよ」
どうやら迎えが来たみたいだ。
迎えに来たのはドラゴンの奥さん。とても綺麗な銀色の翼を持つドラゴンだ。
旦那さんは街で修理屋を営んでいて、奥さんはその手伝いをしている。
まあ、他の家の話を勝手にするもんじゃないから、その辺りの説明は省くけれども。
仕事が忙しく、どうしても面倒が見られない時は度々うちで預からせていただいているので、今回が初めてというわけではない。
むしろ子供が遊びに来ることは、我が家では日常的なことなのだ。
「ほら、ウィント。家に帰るぞ」
「おかあさーん!」
チェロから飛び降り、奥さん目掛けて飛んでいく・・・いや落下していくドラゴンの子。
奥さんはそれをしっかりと受け止め、優しい母親の瞳で我が子に微笑んでいる。
母も、こんな顔していたっけな。今も時々見せるけど。
・・・うん、時々ね。
「楽しかったか?」
「うん!」
「世話になったな。ありがとう。また何かあったら頼むかもしれないが・・・」
「ええ、別に構いませんよ。妹達も喜んでいますし、喜んでお引き受けいたします」
「本当に助かる。重ねてお礼を言うよ・・・ありがとう。それではな」
「おねーちゃんたち!ばいばーい!」
「まったねー!」
今日はお父さんがシチューを作って待ってくれているからな。
やったぁ!おとーさんのしちゅー!わたしだいすきー!
チェロは元気に手を振って二人を見送っている。
バサバサと勢いよく降るものだから、風がこちらの顔に吹きかかってくるが。
ワイバーンの翼は大きいから、まるで突風を受けているみたいだ。
向こうの晩御飯はシチューのようだが、うちの晩御飯は何にしようかなぁ。
(今日もいっぱい飛べて楽しかったなー!明日も楽しく遊びたいなぁー。
・・・またあんちゃん乗せてとびたいなぁ。・・・乗って、くれるかなぁ・・・)
・・・・・
晩御飯を済ませて、時刻はすっかり夜中。皆が寝静まり始めている頃だ。
俺もあとはお風呂に入ったり、家計簿をつけたり、戸締まりの確認をしたり・・・
などをして寝るだけである。
ちなみに今日の晩御飯は鍋にした。美味しいよね、鍋。
「・・・あんちゃん」
「ん?」
振り向くと、そこにはチェロが立っていた。
パジャマを着ており、両手で前にあげたぬいぐるみ(ワイバーン)を抱えている。
顔はやや下向きで、上目遣いでこちらを見ている。
「どうしたんだ?いつもなら、もう寝ている時間だろう?」
「あ、あのね、あんちゃん・・・そのね?」
顔を赤らめながら、もじもじとした動き。照れくさそうにしている。
むぅ・・・あまり直視できない。早く要件を言って欲しいが・・・
一体何だと言うのd
グリュゥ~~・・・
「・・・お腹の音?」
「・・・えへへへ・・・///」
・・・・・
「・・・ほら、出来たぞ」
「わぁー!おいしそう!」
「あんまり大きな声を出すなよ。皆起きてきちゃうだろう」
「むぐ・・・ごめんなさい」
どうやら、今日はたくさん飛んでいっぱい運動をしたから、晩御飯だけじゃ足りなかったみたい。
お腹が空いて起きてしまったらしい。育ち盛りは伊達じゃない。
お昼過ぎてから、ずっと飛びっぱなしだったものな。
そんなわけで、残しておいた鍋の汁とお米を合わせて、雑炊を作ってみた。
卵や味噌も軽く加えて混ぜただけ。それだけだが、夜中だと随分と美味そうに見えるものだ。
俺もまあ、今日は多めに動いたからまだお腹に物は入りそうだし、丁度良かった。
「でも、みんなにはナイショだぞ?俺とチェロだけ食べてたなんて知られたら、なんて言われることやら」
「うんっ。わかった。あんちゃんとわたしだけのヒミツ!」
えへへ、とニッコリ笑って俺の方を見る。いい笑顔だ。
思わずこっちも笑ってしまうのは当然のことだろう。
仏頂面ってのは分かってるから、うまく笑えてはいないんだろうけど。
「あふっ!はふっ!ひぃ・・・」
「はは、ゆっくり食べなさい。夜食は逃げないから」
「はぁい。ふーっ、ふーっ」
ワイバーンなのに、猫舌。
練習すれば、多分炎も噴けるだろうに。
少しクスッとくる話だ。そんなところも可愛らしい。
「・・・あのね、あんちゃん」
「なんだ?」
「・・・また、わたしの背中に乗ってくれる?」
「・・・何でそんなことを聞くんだ?」
「この前、わたし、あんちゃん投げちゃったから・・・・・・」
どうやら、まだ前のことを気にしているらしい。
だから、もう俺がチェロの背中に乗ってくれないと思っている。
確かにあの時は本当に死ぬかと思った。
でも・・・こちとら十何年も妹達の兄をやっているのだ。
割と死ぬ思いは何度かしている。
だから、チェロが気に病むことはそこまでないと思っていたのだが・・・
「チェロ」
「な、なに?あんちゃん・・・」ビクビク
ギュッ
「ふあっ」
「確かに、あの時は怖かったけれどね。俺は、もう二度とチェロの背中に乗れなくなる方が怖いんだ」
「あんちゃん・・・」
「ちゃんと言ってくれてありがとうな。気にさせてごめんな。
大丈夫、俺はチェロから落ちていなくなる事なんてないんだから。
チェロも今度から気をつけるって、あの後約束してくれたもんな?
だから・・・また飛んでくれるか?チェロと一緒に・・・な?」
「うんっ・・・う゛ん゛っ・・・♥」ポロ、ポロ
俺はチェロに近づき、軽く抱きしめた。
元気だけれど、ちょっと頑張りすぎちゃうところもあるって、ちゃんと分かっているから。
チェロや妹達には、笑って過ごして欲しいから。
分からないことは、これから学んでいけばいい。
そう、諭すように。俺はチェロに撫でながら語りかけた。
チェロを少し泣かせちゃったけれども。
涙をふいて、鼻をかんだ後は、満面の笑顔になってくれたから、結果オーライだよな。
「それじゃ、冷めないうちにお食べ」
「はむっ、はふはふ、はふっ!!」
「・・・美味しいか?」
「うんっ、おいしいっ・・・!
世界でいちばんっ!あんちゃんのごはんがおいしいっ!!」
「それは良かった」
「わたし、あんちゃんのごはんたくさん食べて、いっぱい遊ぶ!
それで、一人前のじょせーになるんだっ!あんちゃんっ!」
「・・・そっか」クスッ
チェロはこれから、まだまだ育っていくだろう。
家族と一緒に過ごすことで、色々なことを学んでいくだろう。
ゆっくりと、少しずつ。でも、それでいい。
子供はいっぱい遊んで、楽しむことが。
一番の勉強なのだから。
それを、近くで見られることは・・・俺の一つの楽しみだ。
(あんちゃん、ありがとう。
わたし、あんちゃんにふさわしいじょせーになって、およめさんになるから!♥
それまで、待っててね。あんちゃん♥)
「あーっ!兄さんとチェロだけで雑炊食べてる!ずるい!」
「抜け駆けとはいい度胸ではないか、兄よ」「俺だって腹にまだ入るぜ!」
「私、皆のお椀を用意致しますね?」「私は起きてない子を起こしてくるであります」
「ああっ、美味しそうな匂いですわ・・・♥」「全くもう、私たちの分は残ってるのよね!?」
「ごくり・・・わ、わたしも食べたいですっ・・・!」「ボクも食べるーっ!!」
「・・・秘密じゃなくなっちゃったな」
「でもいいの!みんなと食べたほうがおいしいもんっ!」
匂いにつられてか、皆起きてきちゃったな。
この後は、家族皆でお夜食会。
なんでもない日の、ちょっとした夜ふかし。
そんな感じでいつも通りに。
今日の夜も、更けていくのである。
14/01/25 08:54更新 / 群青さん
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