第七章†襲来のマスカー はじまりはクレデンの森†
この演習用の山林地帯には名前が存在しないそうだ。
おかしな話だろう?広大な自然は、それこそ自然に名前がつけられるものだ。
だがどういうわけか、この森は長い歴史のなか名前を持つことはなかった。
もしかしたらかつては名前はあったが
魔王軍の所有土地となったことで失ったか。
それとも本当に誰も名付けず今までの歴史をめぐってきたか………。
私はあらゆる「景色」というものを眺め楽しむのが好きな男だ。
だから自然と永い時の産物であるこの山林地帯に名がないのが不憫に思う。
もしもマスカーとの戦争に決着が付いたら…………
この山林地帯に名前を付けるように上に提案でもしてみよう………、
ここには、第四部隊のみんなの思い出があるのだからな………。
演習用山林地帯。
私とリゼッタが落ちた川にて、
私を含め第四部隊は休日の遊楽としてこの川に訪れることにした。
昼食用の食料調達、日頃の疲れの癒しの為もあり
それぞれがその川にて独自に自由行動をとっていた。
私は川に木の枝に括りつけたヴィアナ特製の糸をたらし、
俗に言う釣りを楽しむことにした。少し背の高い岩の上からだ。
穏やかな川の流れを眺めながら、私は隊員たちの様子に目を移した。
「エイッ!」(ばしゃっ)
「きゃっ!やったなぁ〜それっ!!」(ばしゃっ)
「当たらないですよぉ〜〜♪と私は思います」(バサァッ)
「あ!飛ぶなんてズルよぉ!」
「軍人にズルなんてありません、全部が戦略なんです♪と私は思います」
ヴィアナとノーザが楽しそうに水をかけあい、
途中でノーザが回避のために羽ばたいた。
だがアレではノーザは水をヴィアナにかけれないだろ、と私が思うと
二人もそれに気付いたらしく、ヴィアナがノーザ目掛けて水を飛ばし続け
ノーザがそれを慌てて回避するが、途中で足を掴まれてしまい
ザッバーンッ と大きな水音を立てて二人は川に身を投げ込んだのだった。
おっと、今ので魚が逃げてしまった。せっかく引いていたのだがなぁ……
「……………………………………そこだぁっ!」(すばしゃっ)
「ハッ!」(ひゅひゅん ドスドスッ)
「相変わらず良い腕だなキリアナよ」
「私なんてまだまだ未熟者だ、サキサの手癖が良いのだ」
「フッ、なにも謙虚することもないのに………健気だな友よ、
それはそうと今ので何匹目だ?」
「ふむ、ザッと7匹というところだろう」
「まだ足りないな…………、よし!あと十匹を目標にしよう、頼むぞ盟友よ」
「うむ、了解した」
あの二人は休日だと言うのに精が出るものだ、
足までを水に浸しているサキサが剣を鋭く川に打ちつけ
その衝撃で飛び跳ねた魚をキリアナが矢で射抜く。
射抜かれた魚は次々と向こう岸の木に矢ごと突き刺さっていく、
そしてたった今さらに8匹目を射抜いたようだ。
あの二人のああいったコンビネーションは戦場でも大いに役立つだろう。
それぞれの実力も本物な故、我が隊でも自慢の二人組だ。
あ、また魚に逃げられてしまったぞ………。
「もぉ〜、シウカったらぁ
水で濡れた体がセクシーすぎてたまらないじゃなぁい♪
こんなおっきなオッパイたわわんと揺らしちゃってぇ〜〜〜♪」
「あっ…こらっ……あん、後ろから……ん……揉んでくんなよぉ♪」
「そんなこと言っちゃって声が随分と色っぽいじゃなぁい♪」
「あ……ん……やめっ………はぁんッ……ん、ちゅ……♪」
「ちゅ……ん……うふ……あはぁ…♪」
相変わらずだなあの二人は………。川に浸かってまでなにやってるのだか…、
今更魔物の性欲に正直なあの淫乱さをどうこう言うつもりはないが、
いくら親しい間柄とはいえ男の私がいるのに堂々と乳揉んでキスするという
のもいい加減野暮に感じてくるな、
ほかの隊員たちにいたってはあの二人を無視しているしな、
さすがに慣れたのだろう、まあ慣れるのもどうだと思うがな…………。
さてと、私のほうには相変わらず魚が来ない。
……………サキサたちのように剣で捕らえれば早い話なのだが
それではいささか趣と遊び心というものがない…………、
(くいっ)「……!……来たか」
すると私の虚しさを励ましてくれるかのように
釣竿を引っ張ろうとする動きを感じた。
私はすぐさま釣竿を持つ手に力を入れ一気に引っ張りあげようとしたが……、
「んっ……随分大物が喰らいついたか………ッ」
釣竿のエサに喰らい付いてくる力も尋常じゃない
ついでにエサは昨日のクリームシチューの具のあまりものの肉の切れ端。
だが舐めるな、私はこれでも魔物を率いている隊の隊長。
シウカには及ばないがパワーなら並ではないぞ………!
「獲ったァッ!」
一瞬の判断で私は一気に獲物を引き上げた。
休みなだけあり、私も普段とは想像できぬ
テンションの高さで全力で釣りを楽しんでいる、
この釣り上げた魚を腹の足しにできるのならよい思い出ができる
私は期待と楽しむを胸に、釣り上げた獲物を見やった。
そこには……………
「……………………………」
「……………………………」
………………………これならべたに長靴でも釣り上げたほうが幾分マシだぞ?
≪シュザント:キリアナ視点≫
「獲ったァッ!」
ふふっ、あんなに楽しそうな声をあげる隊長ははじめてみる。
いつも冷静で物事に忠実な人かと思っていたが
こういう子供のような一面もあるのだな、
隊長がこの遊楽を通しての互いを理解するというのは
きっとこういうことを言っているのだろう。
弓矢で射抜いた魚も目標数まで達したため、
私は隊長のほうを見た。
「……………ん!?」
私は一瞬目を疑った、いかんな 弓を扱う者が視力を患わせては一大事だ。
私は今一度目を擦って隊長が釣り上げた「モノ」を見た。
…………………………………………………………やっぱり見間違いじゃない
魚の尾びれのような尻尾に水かきのような手足、
そして見ているだけで冷たさを感じさせるような風貌。
間違いない、あれは…………、
「隊長お見事です…………、サハギンを釣り上げるなんて……」
「キリアナよ……、それは嫌味か?」
「いえ、別にそんなつもりじゃあ…………」
そう、サハギンだ。
隊長の釣り竿には見事にサハギンがエサを食いつき、
釣り糸でぷらーんぷらーんとぶら下がっている。
そのシュールな光景に私は苦笑するしか答えを見出せなかった………。
そんな状況で、隊長はとりあえず釣り糸にぶら下がっているそのサハギンを
自分のいる岩の上に置き、口に引っ掛けた針を手際よく抜き取る。
そんな様子にほかの隊員も気付いたのか、みんなぞろぞろと集まってきた。
「あらぁ〜?隊長、新鮮でピチピチのおいしそうなの釣れたわねぇ〜〜〜♪」
ヴィアナこういうときは空気よめっって!
ああ、隊長俯いちゃってちょっと肩震わせちゃってる…………。
悔しさを堪えてるのか悲しさを堪えてるのか定かではないが…かわいそうに。
「…………………………」(ボソボソッ
「え、今なにか言ったか?」
するとそのサハギンが口元を小さく開け、なにかを喋りだした。
だがいかんせんあのサハギンだ、小さすぎて何を言っているのか
まるでわからず、口元に耳を近づけても聞こえない。
どれだけ超低音で喋ってるんだこの娘ッ!?
「おなかがすいた と言っている」
え!?隊長なんでわかるのですかっ!!?
とりあえず私たちは川の傍に火をおこし、
それぞれが捕まえた魚を木で刺し火で炙り食べることにした。
塩振るとこれまたうまいな………じゃなかった、
そして私たちはそのサハギンと自己紹介をすることにした。
「…………………………」(ぼそぼそっ
「ふむ、名前はスーアと言うらしい」
だからなんでわかるんですか隊長!?
私がやったように口元に耳寄せないでなんでわかるのッ!?
…………………もういい、これ以上この件でツっんだらキリがないな。
私のイメージが崩壊しかねない……………。
「それでスーアちゃんはあそこでなにをしていたの?と私は思います」
「…………………………」(ぼそっ
「空腹のあまり私の釣りエサに食いついたらしい、
なんでもここ最近ロクに食事もとっていなかったそうだ」
「どういうことだ?この川はもちろん、
ここらへんは自然が豊富だから野生動物だってたくさんいるぜ?」
「…………もしかしてこの娘、なにから逃げてきたんじゃない?」
ヴィアナのその言葉にそのサハギンの「スーア」の体がビクッと動く。
どうやらその通りらしい、しかもないかに怯えているようだ。
それに濡れているから気付かなかった、ひどく衰弱しているようだ。
「……………スーア、説明できるか?」
「………………………………………」(ぼそぼそっ
「………………そうか、マスカーから…………すまんな、
怖いことを思い出させてしまって………だが話してくれて感謝する…」
隊長が同情とまでにスーアの頭を撫でてやる、
心なしかスーアの顔が少し赤いような気がするが、
今気にするべきものはそこではない。
マスカー その言葉に私たち全員が反応したのだ。
「隊長、詳しい説明お願いしてもよろしいですか?」
「…………みんな大方今のやりとりで予想はできてると思うが
どうもスーアはマスカーの侵攻から逃げ延びてきたらしい
川岸で遊んでいるところをいきなり大勢に弓で襲われたそうだ…………」
「そんな………、こんななんの罪もない魔物を………」
「落ち着けサキサ、それにマスカーのこのやり方は
今になって始まったことじゃない」
「わかっている……だが、それでも私は
奴らの問答無用すぎるやり方が我慢ならん……ッ!」
それは私だって同じ事だ盟友よ………、
マスカーは創立してきてからというもの、自分の考えと教えを絶対とし、
私たち魔物はもちろん、関わった者すべてを容赦なく斬り捨てにかかる。
それも必ずといっていいほどやつらは多勢に無勢をしかけてくる、
サキサも私もリザードマンとケンタウロスの誇りがそのやり方を嫌うのだ。
「アタイみてぇなミノタウロスにはサキサみてぇな奴の誇りなんて
わかんねぇけど……………マスカーのやり方はえげつないってのはわかるよ」
私たち魔物は男を求め人を愛する事を本能としている生き物だ。
しかしそんな私たちでもマスカーははっきり言って異端というべき存在だ。
私たちの本能すらも上回る「残酷さ」と「えげつなさ」を
奴らは備えすぎているのだ………。
ある意味これは、魔王様交代から50年以上もの歳月が生み出してしまった
教団の年かさなる憎悪の結果なのかもしれない。
「隊長、ひとつ気になるんですが……」
「なんだリゼッタ?」
「スーアちゃんが襲われたのって………一体いつですか……」
そのセリフに皆がはっ!となる。
隊長もすぐにスーアに視線をもどすと彼女も焦ったような表情で
口を開き隊長に説明した。
「……………なんだと…っ、今朝にクレデンの森でかっ!?」
クレデンの森、その名前に私は咄嗟に隊長に叫ぶように声をかけた。
「隊長、クレデンの森といったらここからすぐではありませんか!?」
「ああ、馬で走らせても一時間とかからん
しかもそれが今朝で今が昼時だとすれば、
嫌な予感がする……全員キャンプ場に戻るぞ!
もしや本部からなにか伝令が来るかもしれん、
スーア、お前は身の安全のためにとりあえず我々に同行しろ、
それから急いで焚き火を消せ、煙で気付かれるかもしれん………ッ!」
シウカが足元の石や砂を火にふりかけ、火を消しにかかるのだった。
それからの私たちの行動はまさに迅速だった。
それぞれが昨日のうちに慣れた木々の中を掻き分け、
本来なら数十分かかるキャンプ場までの道のりを
ものの数分で到着した。スーアはひどく衰弱している為私が抱えている。
しかし、そこには既に大勢の「先客」たちで埋め尽くされていた。
この先客と言うのが、私たちにとって嬉しいタイプの先客だ。
どういう意味かだと?簡単だ、その先客たちというのが
魔王軍に属している大勢の「ホーネット」集団だったのだ。
目測だがおそらく100はくだらない員数だろう。
「お前たちシュザント第四部隊だな、………隊長はどいつだ?」
そんな集団のなかから一人私たちに質問してきたホーネットがいた。
私はそのホーネットをみてすぐわかった。
ほかのホーネットよりも威厳ある威圧感、
幾度となく戦場を戦い抜いた者特有の鋭い目つき、
隙のない立ち振る舞い、間違いなくこのホーネット集団の隊長格だろう。
「私だ」
そして私たちの先頭に立って隊長が名乗りだした。
「ほう、これは珍しい………
人間『など』が隊長をしているのかこの部隊は?」
その言葉に私はムッとしたがなんとか抑える。
軍人たるものこのような非常時に私情で場を乱してはまだまだ修行不足……
「てめぇ!そんな言い方はねぇだろうがっ!!」
シウカ、お願いだから自覚を持ってくれぇ〜………(心涙
「ふん、こちらは何も間違ったことを言ったつもりはないが?」
「なんだとてんめぇ〜〜……」
「よせシウカ。現状と場を弁えろ」
隊長が怒りに任せたシウカを止めた。
このホーネット、どことなくカナリア公に似ているな………。
まぁさすがにあそこまで筋金入った人間嫌いな魔物もそうはいないだろうが…
「こちらの部下が無礼な発言をした、許して欲しい」
「なっ……!?おい隊長、先に言ったのは向こうだぜ!?」
「シウカ、私は先程何と言った?」
「…………けっ、わかったよ…たくっ」
シウカはしぶしぶと私たちの後ろへと身を引いた。
「さて、本題に移りたい。そちらが現れたのはクレデンの森の件でか?」
「ほう、察しが良いな……というよりも知っていたか」
「ああ、先程川下でこのサハギンが教えてくれた。
マスカーの襲撃を受けひどく弱っている、そちらで保護できないだろうか?」
「そうしてやりたいのはやまやまだが、我々自身も余り時間はないぞ?」
「そうか、ならスーアには悪いが無理には言えん……了解した
リゼッタ、サキサ 乗ってきた馬車に寝床を作りスーアを休ませてやれ
それから昨日のシチューの残りがまだあったはずだ、食べさせてやれ」
「「はっ!」」
隊長の命令で二人が敬礼し、私が抱えているスーアを
サキサが抱きかかえ、テントに使った寝床を持って
馬車へと走っていった。
「そうだ紹介が遅れたな、私は魔王軍空翔兵隊隊長 ネルディ だ」
「シュザント第四部隊隊長 ザーン・シトロテア だ」
そのホーネットの「ネルディ」隊長と私たちの隊長が互いに自己紹介をした。
空翔兵(くうかへい)、魔王軍独自の兵科の一種であり
空からの戦闘・偵察を得意とした
魔物特有の並の軍からしてみれば異質である兵科だ。
ついでにいえば我が第四部隊でもノーザなどがその類に属している。
「ふむ……第四部隊か、キャスリン将軍から話は聞いている
ハルケギ村ではお前の考えた作戦が勝利を導いたそうじゃないか」
「それは過大評価だ、あの作戦はお前たち魔物の能力があってのものだ。
しかしキャスリン将軍を知っているのか?」
キャスリン将軍ハルケギ村の戦いでの
私たちが合流したデュラハンの優雅な将軍殿だったな。
そして隊長の質問にネルディ隊長も頭を頷かせる。
「共に多くの戦いを共にしてきた戦友………
もとい同じ拠点での上司と部下といったところだ」
どことなく私とサキサに似ているな。
デュラハンとホーネットという組み合わせはなかなか珍しいが………。
「さて、話がずれてしまったな。
私たちがここにきたのはそっちの言ったとおり、
クレデンの森を侵攻してきているマスカー軍の撃退命令を報告しにきた。
そちらの総隊長カナリア公からの命令だ」
「さすがの迅速さですねカナリア様も………」
隣にいるリゼッタが私たちに耳打ちをし、全員がそれに同意する。
確かにあの方はヴァンパイアという上級種なだけあって
頭のキレもずば抜けているし、あらゆる物事にも迅速で対処できる。
私を初め、あの方を尊敬しているシュザントの隊員も少なくはない。
そして隊長たちは近く似合った切り株を机に見立て
クレデンの森全体が記された地図を広げた。
そしてその上に深緑色の重石と紺青色重石が置かれた。
深緑がマスカー 紺青が魔王軍 を表しているのだ。
「うちのホーネットで少し探りを入れて見たんだが
どうも今回のマスカーの布陣は二つに分かれてしいているそうだ」
「二つに分かれてだと?」
「正確に言えば、斥候かね第一布陣を構えている先遣隊の前衛部隊と
その後方で第二布陣を構えている後衛部隊に分かれているんだ」
「数は?」
「200から250といったところらしい、
それなりの数を揃えてきているな。
報告では前衛を騎馬聖兵を中心に、後衛を飛射兵で固めた部隊だそうだ」
騎馬聖兵(きばせいへい)。
マスカーの兵科の一種で、その名の通り
騎馬を用いる教団の戦闘部隊だ。
ハルケギ村での戦いを思い出すなら、
あのバンドーという男も恐らくこの兵科に属しているだろう。
飛射兵(ひしゃへい)。
こちらもその名の通り、
弓とボーガンによる遠距離攻撃を中心とした部隊だ。
「そしてもうひとつ気になるのだが……………」
『?』
ネルディ隊長のその物言いに私たち全員が疑問符を浮かばせ、
彼女がマスカーを表した深緑の重石を並べ替えた。
「どうもこの布陣、なにかを守っているような陣形なんだ」
「守っている?」
隊長より先にうっかり私が疑問を口に出してしまった。
それに答えてくれたのか、ネルディ隊長が私を見て語る。
「そうだ、前衛は先程言ったとおり騎馬聖兵を中心に固めているのだが、
後方の陣形がどうも奇妙なんだ…………
まず少数の騎馬聖兵で『なにか』を中心に円形で陣をしき
その内側を飛射兵で固めている…………」
「………?確かにそれは奇妙ですね、
普通に騎馬聖兵の後ろに飛射兵をしくならわかるのだが……
『円形』に陣をしいているというのは一体………」
「その円の中心にはマスカーにとっても
重大な『なにか』がいる………そういうことだろうネルディ隊長?」
私たちの疑問を結論に導いた隊長にその場にいた全員が視線を向けた。
「その円の中心にいる何か………、
それについては判明していないのかネルディ隊長?」
「生憎とだ…、下手をしたら飛射兵に撃ち落されてしまうからな」
「どちらにしようとこの『中心』は警戒する必要がある………
隠れしはマスカーの新兵器か……
それとも……………重要人物か………だな」
≪主人公:ザーン隊長視点≫
時刻は昼時の14:22分。
本来の休日の時間としてならなかなか申し分ないが、
これから戦闘に向かう足取りとしてはなかなか皮肉のようなものを感じるな。
私たち第四部隊は現在ネルディ隊長と並び出る形で
クレデンの森へと向かっている、向こうもこちらに向かって侵攻しているんだ
すぐにでも出会って戦闘態勢に入るだろう。
「それでは作戦を今一度確認したい」
私はその足を一旦止めて、隊員たちとホーネットたちに確認をとらす。
ついでに言うと、ここへは馬車で来たので現状は徒歩を用いるしかない。
「まず私たち第四部隊がお前たち100のホーネットのうち
70を引きつれ、やつらの正面から対峙する。
そしてネルディ率いる残り30が森に身を潜め、側面から強襲。
以上で問題ないな?」
私は一同全員の顔を見渡すがだれも不満に感じるものはいないようだ。
皆が顔を揃えて頷いた。
「よし、では行動に移そう。人数は向こうが上だが
この入り組んだ森の中とお前たちの能力なら
それくらいの兵力差、いくらでも補える筈だ……
だが先程言ったとおり、奴らの後方の『中心』には警戒しろ。
なにが潜んでいるかわからん、いざとなれば撤退も考慮するのだ」
「……了解した、では強襲組は私に続け。
それではザーン隊長、人間ながらのその頭脳と実力。
横からじっくりと拝見させてもらうぞ?」
「勝手にするが良い、だが期待も油断もしないことだな」
ネルディ率いる強襲部隊は低空飛行で私たちから別の
茂み道のルートへと向かい、
我々第四部隊率いる正面突撃組は、それぞれの武器を構え
獣道のルートをまっすぐに突き進んで行った。
その道のりを進んで十数分、
私の隣を歩いていたリゼッタの耳がピクリと動いた。
「隊長、大量の蹄の音です」
「近づいてきたか………向こうはこちらに気付いている様子は?」
「いえ、この足取りはどちらかというと
兵を横に整列させて行軍させているといった感じです」
「向こうはまだこちらには気付いていないか………
ならばこちらも身を潜まして、ネルディ組との二重奇襲ができるな……」
「確かに、そうでもしないとこの兵力差は簡単には覆せないだろう。
無理強いに戦えば無駄な犠牲を増やすだけだ」
サキサも私の意見に同意してくえていうようだ。
「よし、ならば奇襲の手筈だが………ヴィアナ、お前ならどうする?」
この中で一番罠に優れた技術を持つアラクネ ヴィアナに私は意見を聞いた。
彼女もそれを期待していたのか、狡猾的な笑みを浮かべ
上を指差した。
「ふふ、隊長さん……。蜘蛛は獲物をどこで待つと思います?」
「フッ、その答えは高いところ………。なるほど木の上か……」
私は頭上を見上げ、背が高いうえ葉も大量に生えている木々を見渡した。
「確かにこれだけの高さと葉の茂りようならいくらでも身を隠せるな」
「………隊長、その戦法だと生憎私は……」
キリアナが残念そうな顔で私に言葉を投げかけた、
まぁ確かにケンタウロス………つまり馬の下半身のキリアナには
いくらなんでもこの木の上はさすがに無理があるだろう。
だが彼女の軍人としての高い戦闘力ならいくらでも補えるところもある。
「ならばキリアナには後方で弓矢による遠隔援護射撃を任せよう
合図は我々が奇襲を開始したと同時だ、奴らの視界に入らない程度
後ろに下がっていてくれ。お前の腕なら問題あるまい、
だが間違っても味方に当てるなよ?」
「はっ!」
キリアナは私に敬礼をし、すぐさま後方に下がっていった。
彼女のような優れものなら絶好の狙撃場を見つけるだろう。
いざ接近戦になってもキリアナには日頃持ち歩いている薙刀がある、
よほどのことがない限りは心配いるまい。
「隊長、そろそろ……………」
「きたか……、よし全員準備しろ」
私がそう告げるのを合図に、私含めその場にいた全員が
迅速な動きで木の上に身を潜めた。
そこからは長い沈黙、ゆっくりとただ獲物が近づくのをただ待つのみ。
(ザッ…………ザッ………ザッ……ザッ…ザッ、ザッ、ザッ、ザッ)
私の耳にもようやく入ってきた蹄の音。
軍隊らしく整列された動き、私たちの下を馬に跨ったマスカーの
騎馬聖兵部隊が進軍していく、だがまだ仕掛けるには早い。
魔物たちである彼女たちを腕によるジェスチャー指示で抑えながら、
私は絶好のタイミングを見計らった。
…………そしてついにマスカーの乗っている馬の一匹が
我々の殺気に本能的に気付いたのか、ぶひぃん と鳴き声をあげて
進軍を躊躇った。その一匹の躊躇いが一気に後続の兵士たちの動きを緩ませ
我々に絶好の隙を与えるチャンスとなった。
「かかれぇっ!!」
私は大きく腕を振り下ろし、木から飛び降りると
それにつづいて第四部隊、ホーネットたちが一気に攻撃を開始した。
「敵襲ゥゥゥゥゥッ!!!」
我々の奇襲にその場にいたマスカーの兵が大声で咆哮をあげた。
先に進んでいた兵たちも一気に動きが止まり我々を確認したが、
突然の出来事による判断の麻痺、そして背後を見せているその体勢は
我々からしてみれば格好の的でしかない、
対処行動に移る前に彼らのほとんどはホーネットの毒針の餌食になっていった
「ホーネット隊はそのまま前進していった部隊を叩け!!
第四部隊は私と共に後続からやってくる部隊を抑えろ!
ホーネット隊が前進した部隊を全滅させれば流れも変わる!!」
『了解ッ!!』
私の発令にみんなが指示通りの行動を移す、
後続の部隊よりも前進していった部隊のほうが数は多い、
だが背中を向けている状況からなら、ホーネットの素早い動きで
瞬く間に全滅できるだろう。
ホーネットではない私たち第四部隊はその間に後続の
残存戦力である騎馬聖兵部隊を抑える!
するとマスカーの隊長格のような風貌の男(顔は兜を被ってわからない)が
私に狙いを定めてきたようだ。
「指示を出しているあの男がリーダーだ!
奴を狙え!魔物ではなく人間なら脅威ではない筈だ!!
あの人類の裏切り者を殺すのだ!!」
人類の裏切り者、確かにマスカーからしてみれば
人間でありながら魔物たちの味方をしている私はそうでしかないだろう。
だが、だからといって魔物ではないのだから脅威ではないという考えは
浅はかだろう。まぁあまり私自身過信しているわけじゃないが………、
馬に乗った騎馬聖兵たちが5,6人私に向かって馬を走らせ
その手に持つランスやハルバートによっての攻撃を仕掛けてきた。
「隊長!?」
遠くのほうからリゼッタの声が聞こえたが私は
その手に持つ長剣を無心で構え、目を瞑る。
「馬鹿め!敵を前にして目を瞑るなど自殺行為よ!!」
「なんとでも言うがいい」
そして一閃。その走り並ぶ騎馬たちの道筋に黒き一筋の軌道が描かれた。
私はそのまま騎馬列の後ろに立ち止まり、剣を納めると
騎馬聖兵たちがバタバタッと馬から倒れていった。
「なんだと……ッ!?」
指示を出していた隊長格の男は驚きを隠せない顔をしている。
そう驚くな、階級で言えば恐らくお前と同格でしかないぞ私は?
それに殺してもいない。手足を傷つけ動きを封じているだけだ。
我々魔王軍は貴様らマスカーと違って殺しは好まないからな。
「おのれぇっ!」
別方向から次の騎馬聖兵が私に攻撃を仕掛けてきた。
しかし私に手を出す前に、その兵士の腕には一本の矢が貫きにかかった。
「ぐぅああああっ!!?お、俺のうでがぁ……ッ!?」
「なにっ、おのれまさか狙撃か!?」
さすがキリアナだな、この木々で入り組んだ森でも
『正確に相手の急所を外しての攻撃』を成功させるとは
彼女が敵じゃなくてよかった………。
「くっ、体勢を整えるぞ!全員散開して距離をとるんだ!!」
隊長格の男は手に持つランスを高らかに上げ、兵士たちに指示を出した。
それに従い、残存勢力も馬を走らせ一時離脱を図ったが、
生憎とそうはさせない女が我々には付いている。
その証拠として、散開していった騎馬聖兵が次々と馬を転倒させているのだ。
「な、しまった!アラクネの糸を足元にはりめぐらかしていたか!?」
隊長格だけあって気付くのがさすがにはやいな。
だが今となってはもう遅い、
お前が出した指示は隊員たちを自爆に追い込んだのだ。
前もって指示したヴィアナの糸によって
転倒して隙だらけの兵士は虚しくホーネットの毒針の餌食となる。
「アンタも余所見してる暇もないだろうッ!?」
「どぅわぁぁアアッ!!?」
そしてその隊長格の男も突然横から割って入ったシウカの
大斧によって体を打ち上げられ、そのまま地面に体を打ちつけ気を失った。
オー痛そう………
「隊長、ネルディ隊長の奇襲部隊も攻撃を開始したようです!」
戦況を確認に空高く舞い上がっていたノーザが私に報告をする。
「向こうも攻撃をはじめたか、よし進軍だ!
このままネルディ部隊と合流し、一気にこの戦いを制するぞ!!」
『オオォッ!』
魔王軍たちの喝采のなか私はマスカーの馬を一匹拝借し、
ネルディたちが攻撃を開始したであろう、例の円形陣へ向かって突き進んだ。
≪マスカー:バンドー視点≫
「報告します!先遣騎馬部隊、魔王軍の奇襲を受け全滅された模様!!」
「おいおいマジかよッ!?」
俺は現在、後衛円形陣での騎馬隊長として先頭をきっていたが、
部下の突然の報告にド肝を抜かされた。
「くそったれめ、嫡子殿がいる前でみっともない真似しやがって……」
俺は先遣隊として前衛を勤めていた隊長格の顔を思い出しながら
歯に噛む力を強めた。
(どうする……ッ!?先遣隊が全滅したんじゃあ
じきここにも奴らが攻め込んでくる、だからといって兵力を分割するのも
リスクが多きすぎるぜ……、いやまてむしろ嫡子殿の目の前で俺様が
奴らを返り討ちにしてやれば出世コース一直線じゃあ…………
いやまてまてっ!そもそもこうもあっさり先遣隊が全滅したことを
嫡子殿はどう思ってるんだ………、くそどうするよ俺!!?)
「と、とりあえず敵の魔物の種類は?」
「はっ、大部分はホーネットによる部隊なんですが
ただおかしなことに一個体でミノタウロスやアラクネ、
さらにはどうも人間の男が指揮を行っている模様で…………」
「人間が?ちっ、この間のハルケギ村の一戦といい
最近妙に魔王軍から人間が目立ってきてねぇか?」
俺はマスカー軍人として戦ってきた経歴はそれこそまだ浅いが
それにしたってこれには違和感を覚えた。
「……………………お言葉ですが隊長」
「あン?んだよ?」
「いえ、もしかして隊長。『シュザント』を知らないのですか?」
「『シュザント』?なんだよそりゃあぁ?」
俺が質問を返すと部下が信じられないような顔をした。
「た、隊長………。シュザントというのは
つい最近新たに魔王軍が用意した対マスカーのために
結成された魔王軍の特殊組織です…………」
「対マスカーの特殊組織だと!?そんなのがあんのかよ!?」
「隊長なら軍事報告でいくらでもお耳に入れている筈でしょう!?
(もう、ほんとなんでこんなんがうちの隊長なんだよ………)」
俺は記憶の奥を探ってみるが、どうにも思い出せない……。
そんなの初耳………って断言もできないあたりが悲しいところだぜ…。
あ、別に俺が頭悪いのは仕方がねぇことだぞ!?俺農民上がりだし!!
「ちっ、まあいいさ。それで向こうの兵力は『敵襲だぁッ!!』…ッ!!?」
すると突然の大声での伝令、俺を含め多くのマスカー兵が反応した。
くそったれ、次から次へと………
「なにがあった!?」
「はっ!我が円陣の左側面にホーネットの部隊襲撃あり!!」
「ホーネット!?ソレは今正面の前衛を叩いていた筈だろ!?」
「こいつらはまた別の奇襲部隊です!現在猛攻を受けています!」
「くそやられた!注意を前方に向けている隙を付かれたか………ッ!」
「バンドー隊長、直ちに援護を………」
「バカヤロウ正面からも来てんだぞ!
そんな下手に部隊を動かしちまったら…………」
「ですが左側面を担当している部隊も突然の奇襲で取り乱しています!
全滅も時間の問題かもしれません……!」
くそっ………どうすればいい…、考えろ……考えろ俺っ!!
落ち着いて状況を整理するんだ!
まずはこの状況だが決していいものではない、
今回の侵攻に駆り出された隊長格は俺を含めて4人。
そのうち一人が先遣隊を率いていたんだが知ってのとおりやられてしまった。
そして残りの二人だが、一人が飛射兵の隊長格で
俺たちの騎馬聖兵隊の後ろで構えているが、俺たちとは違い徒歩移動なので
機動力が如何せん望ましくない。
そもそも奇襲により敵味方が入り組んだこの状態ではあまり頼りにならない。
それだったらむしろ俺と一緒に正面からの敵部隊に備えてたほうが断然いい。
そして最後の一人だが…………、まぁなんというか
ソイツはたまたま『嫡子殿と同じ兵科』なんで
今現在こいつは近衛護衛として嫡子殿と一緒に『円陣の中央』に
隠れてもらっている。
だから下手に動いてもらうわけにもいかない……、
だってもしそれで嫡子殿になにかあったらどうすんだよ!
俺の首が物理的な意味で飛んじまう!!
「バンドー隊長、ご命令を!」
「今必死こいて考えてんだ黙ってろ!」
「なに頭を抱えてるのかぁ……」
「!!?」
突然後ろから聞こえた声、
俺はその声を聞いて全身の毛が跳ね上がるような錯覚を覚えた。
俺の前で報告をしていた部下も俺の後ろを見て全身を震わしている。
そして俺は後ろをゆっくりと振り向くとそこには予想通り。
我らが嫡子殿。マスカー・グレンツ・クランギトーがそこにいた。
「ちゃ、嫡子様!?ここは危険です、今は我らと行動を共に………」
「黙れ!こちらがやばくなってるのにジッとしていられるかぁ…」
嫡子殿を護衛していたはずの隊長が後ろから説得している。
中央から無理やり来たのかこいつは……………。
「………お言葉だが嫡子殿。なにか策でもおありで?」
俺はあえてこの男に対して反抗的な物言いで質問する。
はっきり言おう、俺はこの男があまり好きになれない。
人として気に入らないってのもあるが、いままで戦場に出たこともない男が
実際の戦場でどれだけ通用するかたかが知れているからだ。
いくらコイツの父親が世界的な人物だからといって
俺は実力も実績もない男に従うなんて頭にくるしかなかった。
「ああ、簡単な話だ?お前は側面の奇襲部隊を叩け。
そして俺は………正面からの魔王軍を蹴散らす……それだけのことだ」
「……ならば続けて聞くがな嫡子殿、実際の戦場にも出たことない
そちらに我々はどれぐらいの期待ができると……?」
「お、おいバンドー!?」
護衛隊長が俺に制止の声をかけるが、俺にも俺のやり方がある。
引き下がりはしねぇぞ。
だいたいコイツ、戦場に出ておいてなんで手ぶらなんだ?
「ふんっ、言ってくれる……。おい…………持って来い」
「は………ハッ!」
グレンツがそういうと近くの兵が承諾する。
一体なんだ………?
俺はその兵士たちが持ってきたものに目を疑った。
おい、一体なんなんだこれは………!?
こんなもんが本当に………。
「わかったか、正面は任せれば良い。
それに飛射隊長と俺の近衛隊長もいるんだ、時間ぐらいは稼いでやる
お前はとっとと奇襲部隊のホーネットどもとやらを相手にして来い」
「……………了解した、こちらも一応は期待しておこう…」
俺はそういって自分の部隊を走らせ、奇襲を受けた部隊の援護に回った。
『あんなもの』を見せられたからには引き下がるしかない、
あの男がどれだけの実力者からわからないがな………。
奇襲された左側面の部隊に援護にやってきたがひどいもんだ。
制空権を相手に握られているのもあるんだが、
弓や槍で攻撃する暇もなく、ホーネットの素早い動きで毒を受け、
雪崩れ込みかのように兵士たちが混乱している。
チッ、だらしねぇ奴らだっ!!
「全員落ち着けぇ!ゼム・バンドー、援護に参ったァ!!」
「バ、バンドー様ッ!?」
「飛射兵は空中で飛び回っているホーネットを落ち着いて狙い撃て!
騎馬聖兵は俺と共に低空飛行しているやつを狙って飛射兵を援護しろ!
攻撃範囲外の敵は目にくれるなよ!」
俺の指示で兵士たちが落ち着きを取り戻し対処していく、それでいい。
魔物は人間よりも身体能力が優れ厄介な奴らだがこっちだって
鍛え上げてきた軍隊だ、遅れはとらねぇぞ………ッ!!
「へぇ……あいつが隊長格だな、みんなぁあいつを狙え!」
ホーネットたちもこっちに狙いを定めてきたらしい。
だが上等!どんな魔物が相手だろうが俺は全力で潰す、それだけだ!
俺は戦斧………もとい愛用のハルバードその手に、
向かってくるホーネットたちの槍と正面からぶつかり合った。
≪主人公:ザーン視点≫
「ネルディ隊の奇襲で向こうも混乱しはじめているな」
私は馬を走らせながら前方から聞こえてくる悲鳴にも近い喝采を耳にした。
それが奇襲の成功を意味した合図だ。
「隊長、敵影が見えてきたぞ!」
私の隣で走っているサキサがそう言う。
私も前方に目を凝らすと、サキサの言っている通り
多くのマスカー兵が集まっている。
「だが思ったより落ち着いて対処しているようだ」
「向こうにも優れた隊長格がいるということだろう、
だが奇襲は成功しているんだ、このまま一気に……………」
「…………ッ!?待て、全員止まれ!!」
そんななか私は気付いた。そのマスカー軍隊の最先端。
私は部隊を止めて、その最先端をジッと見た。
そこに一人の男が立っていた、男と言ってもどうも奇妙な風貌をしていた。
まず深緑色を主張としているマスカーの緑色の鎧を着ておらず
蒼白の鎧をしている、全身も2メートル程ある大男。
顔も兜で隠しておらず、俗に言う厳つい顔つきをしている。
そして私が一番驚いたのはその男が手に持っている『武器』だった……。
「なんだ………あれは…!?」
私の隣にいたサキサが驚愕さを隠せない声をあげた。
それは武器と呼ぶにはあまりにも禍々しく、
そしてそれを比例するかのような輝かしさを放った大剣…………、
いや 巨剣 と呼ぶに相応しい代物だった。
刀身の幅は二メートルは下らなく、長さも三メートルは下らなく、
握りや鍔は美しく黄金色に光り輝きを放っていた。
その男はその常識外れの巨剣をなんと片手で構えていた。
まて………構えている?
私は遠目でその男の顔を見ると…………口元が邪悪に微笑み、
そしてその手に持つ巨剣からは深緑のオーラを纏っていた。
「全軍後退しろおおおぉぉッ!!!!」
「消し飛べぇいッ!!」
男は叫びと同時にその巨剣を大きく横に一振り、
そこで私は何が起こったか理解できなかった。
地面が爆発するように抉りあがり、
木々が台風に巻き込まれたようにへし折れる。
そう………まさに台風。
その巨大な剣から放たれた一撃はまさに台風の如し破壊力だった。
私は第四部隊の隊員たち、ホーネット部隊が
自分と同じように吹き飛ばされているのをその目に焼き付けると
全身の衝撃と共にその意識を手放した…………。
………だが、私は意識を手放す前にその男のことで思いついたことがあった。
(蒼白…鎧……、まさか………いや……だが、あの顔つき……
で、は…………やつが…………マスカー…グレ……ン…ツ…………)
おかしな話だろう?広大な自然は、それこそ自然に名前がつけられるものだ。
だがどういうわけか、この森は長い歴史のなか名前を持つことはなかった。
もしかしたらかつては名前はあったが
魔王軍の所有土地となったことで失ったか。
それとも本当に誰も名付けず今までの歴史をめぐってきたか………。
私はあらゆる「景色」というものを眺め楽しむのが好きな男だ。
だから自然と永い時の産物であるこの山林地帯に名がないのが不憫に思う。
もしもマスカーとの戦争に決着が付いたら…………
この山林地帯に名前を付けるように上に提案でもしてみよう………、
ここには、第四部隊のみんなの思い出があるのだからな………。
演習用山林地帯。
私とリゼッタが落ちた川にて、
私を含め第四部隊は休日の遊楽としてこの川に訪れることにした。
昼食用の食料調達、日頃の疲れの癒しの為もあり
それぞれがその川にて独自に自由行動をとっていた。
私は川に木の枝に括りつけたヴィアナ特製の糸をたらし、
俗に言う釣りを楽しむことにした。少し背の高い岩の上からだ。
穏やかな川の流れを眺めながら、私は隊員たちの様子に目を移した。
「エイッ!」(ばしゃっ)
「きゃっ!やったなぁ〜それっ!!」(ばしゃっ)
「当たらないですよぉ〜〜♪と私は思います」(バサァッ)
「あ!飛ぶなんてズルよぉ!」
「軍人にズルなんてありません、全部が戦略なんです♪と私は思います」
ヴィアナとノーザが楽しそうに水をかけあい、
途中でノーザが回避のために羽ばたいた。
だがアレではノーザは水をヴィアナにかけれないだろ、と私が思うと
二人もそれに気付いたらしく、ヴィアナがノーザ目掛けて水を飛ばし続け
ノーザがそれを慌てて回避するが、途中で足を掴まれてしまい
ザッバーンッ と大きな水音を立てて二人は川に身を投げ込んだのだった。
おっと、今ので魚が逃げてしまった。せっかく引いていたのだがなぁ……
「……………………………………そこだぁっ!」(すばしゃっ)
「ハッ!」(ひゅひゅん ドスドスッ)
「相変わらず良い腕だなキリアナよ」
「私なんてまだまだ未熟者だ、サキサの手癖が良いのだ」
「フッ、なにも謙虚することもないのに………健気だな友よ、
それはそうと今ので何匹目だ?」
「ふむ、ザッと7匹というところだろう」
「まだ足りないな…………、よし!あと十匹を目標にしよう、頼むぞ盟友よ」
「うむ、了解した」
あの二人は休日だと言うのに精が出るものだ、
足までを水に浸しているサキサが剣を鋭く川に打ちつけ
その衝撃で飛び跳ねた魚をキリアナが矢で射抜く。
射抜かれた魚は次々と向こう岸の木に矢ごと突き刺さっていく、
そしてたった今さらに8匹目を射抜いたようだ。
あの二人のああいったコンビネーションは戦場でも大いに役立つだろう。
それぞれの実力も本物な故、我が隊でも自慢の二人組だ。
あ、また魚に逃げられてしまったぞ………。
「もぉ〜、シウカったらぁ
水で濡れた体がセクシーすぎてたまらないじゃなぁい♪
こんなおっきなオッパイたわわんと揺らしちゃってぇ〜〜〜♪」
「あっ…こらっ……あん、後ろから……ん……揉んでくんなよぉ♪」
「そんなこと言っちゃって声が随分と色っぽいじゃなぁい♪」
「あ……ん……やめっ………はぁんッ……ん、ちゅ……♪」
「ちゅ……ん……うふ……あはぁ…♪」
相変わらずだなあの二人は………。川に浸かってまでなにやってるのだか…、
今更魔物の性欲に正直なあの淫乱さをどうこう言うつもりはないが、
いくら親しい間柄とはいえ男の私がいるのに堂々と乳揉んでキスするという
のもいい加減野暮に感じてくるな、
ほかの隊員たちにいたってはあの二人を無視しているしな、
さすがに慣れたのだろう、まあ慣れるのもどうだと思うがな…………。
さてと、私のほうには相変わらず魚が来ない。
……………サキサたちのように剣で捕らえれば早い話なのだが
それではいささか趣と遊び心というものがない…………、
(くいっ)「……!……来たか」
すると私の虚しさを励ましてくれるかのように
釣竿を引っ張ろうとする動きを感じた。
私はすぐさま釣竿を持つ手に力を入れ一気に引っ張りあげようとしたが……、
「んっ……随分大物が喰らいついたか………ッ」
釣竿のエサに喰らい付いてくる力も尋常じゃない
ついでにエサは昨日のクリームシチューの具のあまりものの肉の切れ端。
だが舐めるな、私はこれでも魔物を率いている隊の隊長。
シウカには及ばないがパワーなら並ではないぞ………!
「獲ったァッ!」
一瞬の判断で私は一気に獲物を引き上げた。
休みなだけあり、私も普段とは想像できぬ
テンションの高さで全力で釣りを楽しんでいる、
この釣り上げた魚を腹の足しにできるのならよい思い出ができる
私は期待と楽しむを胸に、釣り上げた獲物を見やった。
そこには……………
「……………………………」
「……………………………」
………………………これならべたに長靴でも釣り上げたほうが幾分マシだぞ?
≪シュザント:キリアナ視点≫
「獲ったァッ!」
ふふっ、あんなに楽しそうな声をあげる隊長ははじめてみる。
いつも冷静で物事に忠実な人かと思っていたが
こういう子供のような一面もあるのだな、
隊長がこの遊楽を通しての互いを理解するというのは
きっとこういうことを言っているのだろう。
弓矢で射抜いた魚も目標数まで達したため、
私は隊長のほうを見た。
「……………ん!?」
私は一瞬目を疑った、いかんな 弓を扱う者が視力を患わせては一大事だ。
私は今一度目を擦って隊長が釣り上げた「モノ」を見た。
…………………………………………………………やっぱり見間違いじゃない
魚の尾びれのような尻尾に水かきのような手足、
そして見ているだけで冷たさを感じさせるような風貌。
間違いない、あれは…………、
「隊長お見事です…………、サハギンを釣り上げるなんて……」
「キリアナよ……、それは嫌味か?」
「いえ、別にそんなつもりじゃあ…………」
そう、サハギンだ。
隊長の釣り竿には見事にサハギンがエサを食いつき、
釣り糸でぷらーんぷらーんとぶら下がっている。
そのシュールな光景に私は苦笑するしか答えを見出せなかった………。
そんな状況で、隊長はとりあえず釣り糸にぶら下がっているそのサハギンを
自分のいる岩の上に置き、口に引っ掛けた針を手際よく抜き取る。
そんな様子にほかの隊員も気付いたのか、みんなぞろぞろと集まってきた。
「あらぁ〜?隊長、新鮮でピチピチのおいしそうなの釣れたわねぇ〜〜〜♪」
ヴィアナこういうときは空気よめっって!
ああ、隊長俯いちゃってちょっと肩震わせちゃってる…………。
悔しさを堪えてるのか悲しさを堪えてるのか定かではないが…かわいそうに。
「…………………………」(ボソボソッ
「え、今なにか言ったか?」
するとそのサハギンが口元を小さく開け、なにかを喋りだした。
だがいかんせんあのサハギンだ、小さすぎて何を言っているのか
まるでわからず、口元に耳を近づけても聞こえない。
どれだけ超低音で喋ってるんだこの娘ッ!?
「おなかがすいた と言っている」
え!?隊長なんでわかるのですかっ!!?
とりあえず私たちは川の傍に火をおこし、
それぞれが捕まえた魚を木で刺し火で炙り食べることにした。
塩振るとこれまたうまいな………じゃなかった、
そして私たちはそのサハギンと自己紹介をすることにした。
「…………………………」(ぼそぼそっ
「ふむ、名前はスーアと言うらしい」
だからなんでわかるんですか隊長!?
私がやったように口元に耳寄せないでなんでわかるのッ!?
…………………もういい、これ以上この件でツっんだらキリがないな。
私のイメージが崩壊しかねない……………。
「それでスーアちゃんはあそこでなにをしていたの?と私は思います」
「…………………………」(ぼそっ
「空腹のあまり私の釣りエサに食いついたらしい、
なんでもここ最近ロクに食事もとっていなかったそうだ」
「どういうことだ?この川はもちろん、
ここらへんは自然が豊富だから野生動物だってたくさんいるぜ?」
「…………もしかしてこの娘、なにから逃げてきたんじゃない?」
ヴィアナのその言葉にそのサハギンの「スーア」の体がビクッと動く。
どうやらその通りらしい、しかもないかに怯えているようだ。
それに濡れているから気付かなかった、ひどく衰弱しているようだ。
「……………スーア、説明できるか?」
「………………………………………」(ぼそぼそっ
「………………そうか、マスカーから…………すまんな、
怖いことを思い出させてしまって………だが話してくれて感謝する…」
隊長が同情とまでにスーアの頭を撫でてやる、
心なしかスーアの顔が少し赤いような気がするが、
今気にするべきものはそこではない。
マスカー その言葉に私たち全員が反応したのだ。
「隊長、詳しい説明お願いしてもよろしいですか?」
「…………みんな大方今のやりとりで予想はできてると思うが
どうもスーアはマスカーの侵攻から逃げ延びてきたらしい
川岸で遊んでいるところをいきなり大勢に弓で襲われたそうだ…………」
「そんな………、こんななんの罪もない魔物を………」
「落ち着けサキサ、それにマスカーのこのやり方は
今になって始まったことじゃない」
「わかっている……だが、それでも私は
奴らの問答無用すぎるやり方が我慢ならん……ッ!」
それは私だって同じ事だ盟友よ………、
マスカーは創立してきてからというもの、自分の考えと教えを絶対とし、
私たち魔物はもちろん、関わった者すべてを容赦なく斬り捨てにかかる。
それも必ずといっていいほどやつらは多勢に無勢をしかけてくる、
サキサも私もリザードマンとケンタウロスの誇りがそのやり方を嫌うのだ。
「アタイみてぇなミノタウロスにはサキサみてぇな奴の誇りなんて
わかんねぇけど……………マスカーのやり方はえげつないってのはわかるよ」
私たち魔物は男を求め人を愛する事を本能としている生き物だ。
しかしそんな私たちでもマスカーははっきり言って異端というべき存在だ。
私たちの本能すらも上回る「残酷さ」と「えげつなさ」を
奴らは備えすぎているのだ………。
ある意味これは、魔王様交代から50年以上もの歳月が生み出してしまった
教団の年かさなる憎悪の結果なのかもしれない。
「隊長、ひとつ気になるんですが……」
「なんだリゼッタ?」
「スーアちゃんが襲われたのって………一体いつですか……」
そのセリフに皆がはっ!となる。
隊長もすぐにスーアに視線をもどすと彼女も焦ったような表情で
口を開き隊長に説明した。
「……………なんだと…っ、今朝にクレデンの森でかっ!?」
クレデンの森、その名前に私は咄嗟に隊長に叫ぶように声をかけた。
「隊長、クレデンの森といったらここからすぐではありませんか!?」
「ああ、馬で走らせても一時間とかからん
しかもそれが今朝で今が昼時だとすれば、
嫌な予感がする……全員キャンプ場に戻るぞ!
もしや本部からなにか伝令が来るかもしれん、
スーア、お前は身の安全のためにとりあえず我々に同行しろ、
それから急いで焚き火を消せ、煙で気付かれるかもしれん………ッ!」
シウカが足元の石や砂を火にふりかけ、火を消しにかかるのだった。
それからの私たちの行動はまさに迅速だった。
それぞれが昨日のうちに慣れた木々の中を掻き分け、
本来なら数十分かかるキャンプ場までの道のりを
ものの数分で到着した。スーアはひどく衰弱している為私が抱えている。
しかし、そこには既に大勢の「先客」たちで埋め尽くされていた。
この先客と言うのが、私たちにとって嬉しいタイプの先客だ。
どういう意味かだと?簡単だ、その先客たちというのが
魔王軍に属している大勢の「ホーネット」集団だったのだ。
目測だがおそらく100はくだらない員数だろう。
「お前たちシュザント第四部隊だな、………隊長はどいつだ?」
そんな集団のなかから一人私たちに質問してきたホーネットがいた。
私はそのホーネットをみてすぐわかった。
ほかのホーネットよりも威厳ある威圧感、
幾度となく戦場を戦い抜いた者特有の鋭い目つき、
隙のない立ち振る舞い、間違いなくこのホーネット集団の隊長格だろう。
「私だ」
そして私たちの先頭に立って隊長が名乗りだした。
「ほう、これは珍しい………
人間『など』が隊長をしているのかこの部隊は?」
その言葉に私はムッとしたがなんとか抑える。
軍人たるものこのような非常時に私情で場を乱してはまだまだ修行不足……
「てめぇ!そんな言い方はねぇだろうがっ!!」
シウカ、お願いだから自覚を持ってくれぇ〜………(心涙
「ふん、こちらは何も間違ったことを言ったつもりはないが?」
「なんだとてんめぇ〜〜……」
「よせシウカ。現状と場を弁えろ」
隊長が怒りに任せたシウカを止めた。
このホーネット、どことなくカナリア公に似ているな………。
まぁさすがにあそこまで筋金入った人間嫌いな魔物もそうはいないだろうが…
「こちらの部下が無礼な発言をした、許して欲しい」
「なっ……!?おい隊長、先に言ったのは向こうだぜ!?」
「シウカ、私は先程何と言った?」
「…………けっ、わかったよ…たくっ」
シウカはしぶしぶと私たちの後ろへと身を引いた。
「さて、本題に移りたい。そちらが現れたのはクレデンの森の件でか?」
「ほう、察しが良いな……というよりも知っていたか」
「ああ、先程川下でこのサハギンが教えてくれた。
マスカーの襲撃を受けひどく弱っている、そちらで保護できないだろうか?」
「そうしてやりたいのはやまやまだが、我々自身も余り時間はないぞ?」
「そうか、ならスーアには悪いが無理には言えん……了解した
リゼッタ、サキサ 乗ってきた馬車に寝床を作りスーアを休ませてやれ
それから昨日のシチューの残りがまだあったはずだ、食べさせてやれ」
「「はっ!」」
隊長の命令で二人が敬礼し、私が抱えているスーアを
サキサが抱きかかえ、テントに使った寝床を持って
馬車へと走っていった。
「そうだ紹介が遅れたな、私は魔王軍空翔兵隊隊長 ネルディ だ」
「シュザント第四部隊隊長 ザーン・シトロテア だ」
そのホーネットの「ネルディ」隊長と私たちの隊長が互いに自己紹介をした。
空翔兵(くうかへい)、魔王軍独自の兵科の一種であり
空からの戦闘・偵察を得意とした
魔物特有の並の軍からしてみれば異質である兵科だ。
ついでにいえば我が第四部隊でもノーザなどがその類に属している。
「ふむ……第四部隊か、キャスリン将軍から話は聞いている
ハルケギ村ではお前の考えた作戦が勝利を導いたそうじゃないか」
「それは過大評価だ、あの作戦はお前たち魔物の能力があってのものだ。
しかしキャスリン将軍を知っているのか?」
キャスリン将軍ハルケギ村の戦いでの
私たちが合流したデュラハンの優雅な将軍殿だったな。
そして隊長の質問にネルディ隊長も頭を頷かせる。
「共に多くの戦いを共にしてきた戦友………
もとい同じ拠点での上司と部下といったところだ」
どことなく私とサキサに似ているな。
デュラハンとホーネットという組み合わせはなかなか珍しいが………。
「さて、話がずれてしまったな。
私たちがここにきたのはそっちの言ったとおり、
クレデンの森を侵攻してきているマスカー軍の撃退命令を報告しにきた。
そちらの総隊長カナリア公からの命令だ」
「さすがの迅速さですねカナリア様も………」
隣にいるリゼッタが私たちに耳打ちをし、全員がそれに同意する。
確かにあの方はヴァンパイアという上級種なだけあって
頭のキレもずば抜けているし、あらゆる物事にも迅速で対処できる。
私を初め、あの方を尊敬しているシュザントの隊員も少なくはない。
そして隊長たちは近く似合った切り株を机に見立て
クレデンの森全体が記された地図を広げた。
そしてその上に深緑色の重石と紺青色重石が置かれた。
深緑がマスカー 紺青が魔王軍 を表しているのだ。
「うちのホーネットで少し探りを入れて見たんだが
どうも今回のマスカーの布陣は二つに分かれてしいているそうだ」
「二つに分かれてだと?」
「正確に言えば、斥候かね第一布陣を構えている先遣隊の前衛部隊と
その後方で第二布陣を構えている後衛部隊に分かれているんだ」
「数は?」
「200から250といったところらしい、
それなりの数を揃えてきているな。
報告では前衛を騎馬聖兵を中心に、後衛を飛射兵で固めた部隊だそうだ」
騎馬聖兵(きばせいへい)。
マスカーの兵科の一種で、その名の通り
騎馬を用いる教団の戦闘部隊だ。
ハルケギ村での戦いを思い出すなら、
あのバンドーという男も恐らくこの兵科に属しているだろう。
飛射兵(ひしゃへい)。
こちらもその名の通り、
弓とボーガンによる遠距離攻撃を中心とした部隊だ。
「そしてもうひとつ気になるのだが……………」
『?』
ネルディ隊長のその物言いに私たち全員が疑問符を浮かばせ、
彼女がマスカーを表した深緑の重石を並べ替えた。
「どうもこの布陣、なにかを守っているような陣形なんだ」
「守っている?」
隊長より先にうっかり私が疑問を口に出してしまった。
それに答えてくれたのか、ネルディ隊長が私を見て語る。
「そうだ、前衛は先程言ったとおり騎馬聖兵を中心に固めているのだが、
後方の陣形がどうも奇妙なんだ…………
まず少数の騎馬聖兵で『なにか』を中心に円形で陣をしき
その内側を飛射兵で固めている…………」
「………?確かにそれは奇妙ですね、
普通に騎馬聖兵の後ろに飛射兵をしくならわかるのだが……
『円形』に陣をしいているというのは一体………」
「その円の中心にはマスカーにとっても
重大な『なにか』がいる………そういうことだろうネルディ隊長?」
私たちの疑問を結論に導いた隊長にその場にいた全員が視線を向けた。
「その円の中心にいる何か………、
それについては判明していないのかネルディ隊長?」
「生憎とだ…、下手をしたら飛射兵に撃ち落されてしまうからな」
「どちらにしようとこの『中心』は警戒する必要がある………
隠れしはマスカーの新兵器か……
それとも……………重要人物か………だな」
≪主人公:ザーン隊長視点≫
時刻は昼時の14:22分。
本来の休日の時間としてならなかなか申し分ないが、
これから戦闘に向かう足取りとしてはなかなか皮肉のようなものを感じるな。
私たち第四部隊は現在ネルディ隊長と並び出る形で
クレデンの森へと向かっている、向こうもこちらに向かって侵攻しているんだ
すぐにでも出会って戦闘態勢に入るだろう。
「それでは作戦を今一度確認したい」
私はその足を一旦止めて、隊員たちとホーネットたちに確認をとらす。
ついでに言うと、ここへは馬車で来たので現状は徒歩を用いるしかない。
「まず私たち第四部隊がお前たち100のホーネットのうち
70を引きつれ、やつらの正面から対峙する。
そしてネルディ率いる残り30が森に身を潜め、側面から強襲。
以上で問題ないな?」
私は一同全員の顔を見渡すがだれも不満に感じるものはいないようだ。
皆が顔を揃えて頷いた。
「よし、では行動に移そう。人数は向こうが上だが
この入り組んだ森の中とお前たちの能力なら
それくらいの兵力差、いくらでも補える筈だ……
だが先程言ったとおり、奴らの後方の『中心』には警戒しろ。
なにが潜んでいるかわからん、いざとなれば撤退も考慮するのだ」
「……了解した、では強襲組は私に続け。
それではザーン隊長、人間ながらのその頭脳と実力。
横からじっくりと拝見させてもらうぞ?」
「勝手にするが良い、だが期待も油断もしないことだな」
ネルディ率いる強襲部隊は低空飛行で私たちから別の
茂み道のルートへと向かい、
我々第四部隊率いる正面突撃組は、それぞれの武器を構え
獣道のルートをまっすぐに突き進んで行った。
その道のりを進んで十数分、
私の隣を歩いていたリゼッタの耳がピクリと動いた。
「隊長、大量の蹄の音です」
「近づいてきたか………向こうはこちらに気付いている様子は?」
「いえ、この足取りはどちらかというと
兵を横に整列させて行軍させているといった感じです」
「向こうはまだこちらには気付いていないか………
ならばこちらも身を潜まして、ネルディ組との二重奇襲ができるな……」
「確かに、そうでもしないとこの兵力差は簡単には覆せないだろう。
無理強いに戦えば無駄な犠牲を増やすだけだ」
サキサも私の意見に同意してくえていうようだ。
「よし、ならば奇襲の手筈だが………ヴィアナ、お前ならどうする?」
この中で一番罠に優れた技術を持つアラクネ ヴィアナに私は意見を聞いた。
彼女もそれを期待していたのか、狡猾的な笑みを浮かべ
上を指差した。
「ふふ、隊長さん……。蜘蛛は獲物をどこで待つと思います?」
「フッ、その答えは高いところ………。なるほど木の上か……」
私は頭上を見上げ、背が高いうえ葉も大量に生えている木々を見渡した。
「確かにこれだけの高さと葉の茂りようならいくらでも身を隠せるな」
「………隊長、その戦法だと生憎私は……」
キリアナが残念そうな顔で私に言葉を投げかけた、
まぁ確かにケンタウロス………つまり馬の下半身のキリアナには
いくらなんでもこの木の上はさすがに無理があるだろう。
だが彼女の軍人としての高い戦闘力ならいくらでも補えるところもある。
「ならばキリアナには後方で弓矢による遠隔援護射撃を任せよう
合図は我々が奇襲を開始したと同時だ、奴らの視界に入らない程度
後ろに下がっていてくれ。お前の腕なら問題あるまい、
だが間違っても味方に当てるなよ?」
「はっ!」
キリアナは私に敬礼をし、すぐさま後方に下がっていった。
彼女のような優れものなら絶好の狙撃場を見つけるだろう。
いざ接近戦になってもキリアナには日頃持ち歩いている薙刀がある、
よほどのことがない限りは心配いるまい。
「隊長、そろそろ……………」
「きたか……、よし全員準備しろ」
私がそう告げるのを合図に、私含めその場にいた全員が
迅速な動きで木の上に身を潜めた。
そこからは長い沈黙、ゆっくりとただ獲物が近づくのをただ待つのみ。
(ザッ…………ザッ………ザッ……ザッ…ザッ、ザッ、ザッ、ザッ)
私の耳にもようやく入ってきた蹄の音。
軍隊らしく整列された動き、私たちの下を馬に跨ったマスカーの
騎馬聖兵部隊が進軍していく、だがまだ仕掛けるには早い。
魔物たちである彼女たちを腕によるジェスチャー指示で抑えながら、
私は絶好のタイミングを見計らった。
…………そしてついにマスカーの乗っている馬の一匹が
我々の殺気に本能的に気付いたのか、ぶひぃん と鳴き声をあげて
進軍を躊躇った。その一匹の躊躇いが一気に後続の兵士たちの動きを緩ませ
我々に絶好の隙を与えるチャンスとなった。
「かかれぇっ!!」
私は大きく腕を振り下ろし、木から飛び降りると
それにつづいて第四部隊、ホーネットたちが一気に攻撃を開始した。
「敵襲ゥゥゥゥゥッ!!!」
我々の奇襲にその場にいたマスカーの兵が大声で咆哮をあげた。
先に進んでいた兵たちも一気に動きが止まり我々を確認したが、
突然の出来事による判断の麻痺、そして背後を見せているその体勢は
我々からしてみれば格好の的でしかない、
対処行動に移る前に彼らのほとんどはホーネットの毒針の餌食になっていった
「ホーネット隊はそのまま前進していった部隊を叩け!!
第四部隊は私と共に後続からやってくる部隊を抑えろ!
ホーネット隊が前進した部隊を全滅させれば流れも変わる!!」
『了解ッ!!』
私の発令にみんなが指示通りの行動を移す、
後続の部隊よりも前進していった部隊のほうが数は多い、
だが背中を向けている状況からなら、ホーネットの素早い動きで
瞬く間に全滅できるだろう。
ホーネットではない私たち第四部隊はその間に後続の
残存戦力である騎馬聖兵部隊を抑える!
するとマスカーの隊長格のような風貌の男(顔は兜を被ってわからない)が
私に狙いを定めてきたようだ。
「指示を出しているあの男がリーダーだ!
奴を狙え!魔物ではなく人間なら脅威ではない筈だ!!
あの人類の裏切り者を殺すのだ!!」
人類の裏切り者、確かにマスカーからしてみれば
人間でありながら魔物たちの味方をしている私はそうでしかないだろう。
だが、だからといって魔物ではないのだから脅威ではないという考えは
浅はかだろう。まぁあまり私自身過信しているわけじゃないが………、
馬に乗った騎馬聖兵たちが5,6人私に向かって馬を走らせ
その手に持つランスやハルバートによっての攻撃を仕掛けてきた。
「隊長!?」
遠くのほうからリゼッタの声が聞こえたが私は
その手に持つ長剣を無心で構え、目を瞑る。
「馬鹿め!敵を前にして目を瞑るなど自殺行為よ!!」
「なんとでも言うがいい」
そして一閃。その走り並ぶ騎馬たちの道筋に黒き一筋の軌道が描かれた。
私はそのまま騎馬列の後ろに立ち止まり、剣を納めると
騎馬聖兵たちがバタバタッと馬から倒れていった。
「なんだと……ッ!?」
指示を出していた隊長格の男は驚きを隠せない顔をしている。
そう驚くな、階級で言えば恐らくお前と同格でしかないぞ私は?
それに殺してもいない。手足を傷つけ動きを封じているだけだ。
我々魔王軍は貴様らマスカーと違って殺しは好まないからな。
「おのれぇっ!」
別方向から次の騎馬聖兵が私に攻撃を仕掛けてきた。
しかし私に手を出す前に、その兵士の腕には一本の矢が貫きにかかった。
「ぐぅああああっ!!?お、俺のうでがぁ……ッ!?」
「なにっ、おのれまさか狙撃か!?」
さすがキリアナだな、この木々で入り組んだ森でも
『正確に相手の急所を外しての攻撃』を成功させるとは
彼女が敵じゃなくてよかった………。
「くっ、体勢を整えるぞ!全員散開して距離をとるんだ!!」
隊長格の男は手に持つランスを高らかに上げ、兵士たちに指示を出した。
それに従い、残存勢力も馬を走らせ一時離脱を図ったが、
生憎とそうはさせない女が我々には付いている。
その証拠として、散開していった騎馬聖兵が次々と馬を転倒させているのだ。
「な、しまった!アラクネの糸を足元にはりめぐらかしていたか!?」
隊長格だけあって気付くのがさすがにはやいな。
だが今となってはもう遅い、
お前が出した指示は隊員たちを自爆に追い込んだのだ。
前もって指示したヴィアナの糸によって
転倒して隙だらけの兵士は虚しくホーネットの毒針の餌食となる。
「アンタも余所見してる暇もないだろうッ!?」
「どぅわぁぁアアッ!!?」
そしてその隊長格の男も突然横から割って入ったシウカの
大斧によって体を打ち上げられ、そのまま地面に体を打ちつけ気を失った。
オー痛そう………
「隊長、ネルディ隊長の奇襲部隊も攻撃を開始したようです!」
戦況を確認に空高く舞い上がっていたノーザが私に報告をする。
「向こうも攻撃をはじめたか、よし進軍だ!
このままネルディ部隊と合流し、一気にこの戦いを制するぞ!!」
『オオォッ!』
魔王軍たちの喝采のなか私はマスカーの馬を一匹拝借し、
ネルディたちが攻撃を開始したであろう、例の円形陣へ向かって突き進んだ。
≪マスカー:バンドー視点≫
「報告します!先遣騎馬部隊、魔王軍の奇襲を受け全滅された模様!!」
「おいおいマジかよッ!?」
俺は現在、後衛円形陣での騎馬隊長として先頭をきっていたが、
部下の突然の報告にド肝を抜かされた。
「くそったれめ、嫡子殿がいる前でみっともない真似しやがって……」
俺は先遣隊として前衛を勤めていた隊長格の顔を思い出しながら
歯に噛む力を強めた。
(どうする……ッ!?先遣隊が全滅したんじゃあ
じきここにも奴らが攻め込んでくる、だからといって兵力を分割するのも
リスクが多きすぎるぜ……、いやまてむしろ嫡子殿の目の前で俺様が
奴らを返り討ちにしてやれば出世コース一直線じゃあ…………
いやまてまてっ!そもそもこうもあっさり先遣隊が全滅したことを
嫡子殿はどう思ってるんだ………、くそどうするよ俺!!?)
「と、とりあえず敵の魔物の種類は?」
「はっ、大部分はホーネットによる部隊なんですが
ただおかしなことに一個体でミノタウロスやアラクネ、
さらにはどうも人間の男が指揮を行っている模様で…………」
「人間が?ちっ、この間のハルケギ村の一戦といい
最近妙に魔王軍から人間が目立ってきてねぇか?」
俺はマスカー軍人として戦ってきた経歴はそれこそまだ浅いが
それにしたってこれには違和感を覚えた。
「……………………お言葉ですが隊長」
「あン?んだよ?」
「いえ、もしかして隊長。『シュザント』を知らないのですか?」
「『シュザント』?なんだよそりゃあぁ?」
俺が質問を返すと部下が信じられないような顔をした。
「た、隊長………。シュザントというのは
つい最近新たに魔王軍が用意した対マスカーのために
結成された魔王軍の特殊組織です…………」
「対マスカーの特殊組織だと!?そんなのがあんのかよ!?」
「隊長なら軍事報告でいくらでもお耳に入れている筈でしょう!?
(もう、ほんとなんでこんなんがうちの隊長なんだよ………)」
俺は記憶の奥を探ってみるが、どうにも思い出せない……。
そんなの初耳………って断言もできないあたりが悲しいところだぜ…。
あ、別に俺が頭悪いのは仕方がねぇことだぞ!?俺農民上がりだし!!
「ちっ、まあいいさ。それで向こうの兵力は『敵襲だぁッ!!』…ッ!!?」
すると突然の大声での伝令、俺を含め多くのマスカー兵が反応した。
くそったれ、次から次へと………
「なにがあった!?」
「はっ!我が円陣の左側面にホーネットの部隊襲撃あり!!」
「ホーネット!?ソレは今正面の前衛を叩いていた筈だろ!?」
「こいつらはまた別の奇襲部隊です!現在猛攻を受けています!」
「くそやられた!注意を前方に向けている隙を付かれたか………ッ!」
「バンドー隊長、直ちに援護を………」
「バカヤロウ正面からも来てんだぞ!
そんな下手に部隊を動かしちまったら…………」
「ですが左側面を担当している部隊も突然の奇襲で取り乱しています!
全滅も時間の問題かもしれません……!」
くそっ………どうすればいい…、考えろ……考えろ俺っ!!
落ち着いて状況を整理するんだ!
まずはこの状況だが決していいものではない、
今回の侵攻に駆り出された隊長格は俺を含めて4人。
そのうち一人が先遣隊を率いていたんだが知ってのとおりやられてしまった。
そして残りの二人だが、一人が飛射兵の隊長格で
俺たちの騎馬聖兵隊の後ろで構えているが、俺たちとは違い徒歩移動なので
機動力が如何せん望ましくない。
そもそも奇襲により敵味方が入り組んだこの状態ではあまり頼りにならない。
それだったらむしろ俺と一緒に正面からの敵部隊に備えてたほうが断然いい。
そして最後の一人だが…………、まぁなんというか
ソイツはたまたま『嫡子殿と同じ兵科』なんで
今現在こいつは近衛護衛として嫡子殿と一緒に『円陣の中央』に
隠れてもらっている。
だから下手に動いてもらうわけにもいかない……、
だってもしそれで嫡子殿になにかあったらどうすんだよ!
俺の首が物理的な意味で飛んじまう!!
「バンドー隊長、ご命令を!」
「今必死こいて考えてんだ黙ってろ!」
「なに頭を抱えてるのかぁ……」
「!!?」
突然後ろから聞こえた声、
俺はその声を聞いて全身の毛が跳ね上がるような錯覚を覚えた。
俺の前で報告をしていた部下も俺の後ろを見て全身を震わしている。
そして俺は後ろをゆっくりと振り向くとそこには予想通り。
我らが嫡子殿。マスカー・グレンツ・クランギトーがそこにいた。
「ちゃ、嫡子様!?ここは危険です、今は我らと行動を共に………」
「黙れ!こちらがやばくなってるのにジッとしていられるかぁ…」
嫡子殿を護衛していたはずの隊長が後ろから説得している。
中央から無理やり来たのかこいつは……………。
「………お言葉だが嫡子殿。なにか策でもおありで?」
俺はあえてこの男に対して反抗的な物言いで質問する。
はっきり言おう、俺はこの男があまり好きになれない。
人として気に入らないってのもあるが、いままで戦場に出たこともない男が
実際の戦場でどれだけ通用するかたかが知れているからだ。
いくらコイツの父親が世界的な人物だからといって
俺は実力も実績もない男に従うなんて頭にくるしかなかった。
「ああ、簡単な話だ?お前は側面の奇襲部隊を叩け。
そして俺は………正面からの魔王軍を蹴散らす……それだけのことだ」
「……ならば続けて聞くがな嫡子殿、実際の戦場にも出たことない
そちらに我々はどれぐらいの期待ができると……?」
「お、おいバンドー!?」
護衛隊長が俺に制止の声をかけるが、俺にも俺のやり方がある。
引き下がりはしねぇぞ。
だいたいコイツ、戦場に出ておいてなんで手ぶらなんだ?
「ふんっ、言ってくれる……。おい…………持って来い」
「は………ハッ!」
グレンツがそういうと近くの兵が承諾する。
一体なんだ………?
俺はその兵士たちが持ってきたものに目を疑った。
おい、一体なんなんだこれは………!?
こんなもんが本当に………。
「わかったか、正面は任せれば良い。
それに飛射隊長と俺の近衛隊長もいるんだ、時間ぐらいは稼いでやる
お前はとっとと奇襲部隊のホーネットどもとやらを相手にして来い」
「……………了解した、こちらも一応は期待しておこう…」
俺はそういって自分の部隊を走らせ、奇襲を受けた部隊の援護に回った。
『あんなもの』を見せられたからには引き下がるしかない、
あの男がどれだけの実力者からわからないがな………。
奇襲された左側面の部隊に援護にやってきたがひどいもんだ。
制空権を相手に握られているのもあるんだが、
弓や槍で攻撃する暇もなく、ホーネットの素早い動きで毒を受け、
雪崩れ込みかのように兵士たちが混乱している。
チッ、だらしねぇ奴らだっ!!
「全員落ち着けぇ!ゼム・バンドー、援護に参ったァ!!」
「バ、バンドー様ッ!?」
「飛射兵は空中で飛び回っているホーネットを落ち着いて狙い撃て!
騎馬聖兵は俺と共に低空飛行しているやつを狙って飛射兵を援護しろ!
攻撃範囲外の敵は目にくれるなよ!」
俺の指示で兵士たちが落ち着きを取り戻し対処していく、それでいい。
魔物は人間よりも身体能力が優れ厄介な奴らだがこっちだって
鍛え上げてきた軍隊だ、遅れはとらねぇぞ………ッ!!
「へぇ……あいつが隊長格だな、みんなぁあいつを狙え!」
ホーネットたちもこっちに狙いを定めてきたらしい。
だが上等!どんな魔物が相手だろうが俺は全力で潰す、それだけだ!
俺は戦斧………もとい愛用のハルバードその手に、
向かってくるホーネットたちの槍と正面からぶつかり合った。
≪主人公:ザーン視点≫
「ネルディ隊の奇襲で向こうも混乱しはじめているな」
私は馬を走らせながら前方から聞こえてくる悲鳴にも近い喝采を耳にした。
それが奇襲の成功を意味した合図だ。
「隊長、敵影が見えてきたぞ!」
私の隣で走っているサキサがそう言う。
私も前方に目を凝らすと、サキサの言っている通り
多くのマスカー兵が集まっている。
「だが思ったより落ち着いて対処しているようだ」
「向こうにも優れた隊長格がいるということだろう、
だが奇襲は成功しているんだ、このまま一気に……………」
「…………ッ!?待て、全員止まれ!!」
そんななか私は気付いた。そのマスカー軍隊の最先端。
私は部隊を止めて、その最先端をジッと見た。
そこに一人の男が立っていた、男と言ってもどうも奇妙な風貌をしていた。
まず深緑色を主張としているマスカーの緑色の鎧を着ておらず
蒼白の鎧をしている、全身も2メートル程ある大男。
顔も兜で隠しておらず、俗に言う厳つい顔つきをしている。
そして私が一番驚いたのはその男が手に持っている『武器』だった……。
「なんだ………あれは…!?」
私の隣にいたサキサが驚愕さを隠せない声をあげた。
それは武器と呼ぶにはあまりにも禍々しく、
そしてそれを比例するかのような輝かしさを放った大剣…………、
いや 巨剣 と呼ぶに相応しい代物だった。
刀身の幅は二メートルは下らなく、長さも三メートルは下らなく、
握りや鍔は美しく黄金色に光り輝きを放っていた。
その男はその常識外れの巨剣をなんと片手で構えていた。
まて………構えている?
私は遠目でその男の顔を見ると…………口元が邪悪に微笑み、
そしてその手に持つ巨剣からは深緑のオーラを纏っていた。
「全軍後退しろおおおぉぉッ!!!!」
「消し飛べぇいッ!!」
男は叫びと同時にその巨剣を大きく横に一振り、
そこで私は何が起こったか理解できなかった。
地面が爆発するように抉りあがり、
木々が台風に巻き込まれたようにへし折れる。
そう………まさに台風。
その巨大な剣から放たれた一撃はまさに台風の如し破壊力だった。
私は第四部隊の隊員たち、ホーネット部隊が
自分と同じように吹き飛ばされているのをその目に焼き付けると
全身の衝撃と共にその意識を手放した…………。
………だが、私は意識を手放す前にその男のことで思いついたことがあった。
(蒼白…鎧……、まさか………いや……だが、あの顔つき……
で、は…………やつが…………マスカー…グレ……ン…ツ…………)
11/11/10 17:00更新 / 修羅咎人
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