前途多難な研究室へ
「瑠璃。今日の放課後は時間が空いているかしら?」
始業式から数日が経ったある日。今の授業が終わりを告げたのもその刹那。その授業の担当の先生。エキドナのパパラチア先生に声を掛けられて、瞬時に呼び出されるような理由。心当たりを考える。が‥何一つ思い当たらない。
「空いています。ですが‥先生に呼び出される理由が全く思い付きません‥」
「そう警戒しなくていいわ。呼び出して、叱りつける訳ではないの。ただ‥今の授業の中で直感的に感じるものがあったから、声を掛けたのよ」
直感‥。正直、かなり曖昧で怪しい。でも、無下に断るのは悪い気がする。だから‥快諾とはいかないものの先生に従う事にした。
そして、放課後。クラスメートが一人、また一人と教室から出ていく中、先生が来るのを待ち続けていた。
「別の件で時間が押して‥遅れてごめんなさい。私に付いてきて」
廊下を‥先生のやや後ろに連なるようにて歩いていった。
「着く前に‥私の娘について何か知っている?」
先生の娘…僕より学年が一つ上のヴァンパイアのサファイア。この学校に籍を置いているなら知らない人は居ないと思う。学年が一つ下の僕でも顔は知っているくらいだから‥。
学校内でも好色な魔物娘が多く占めている中、その人は好色とは対極に位置して‥話し掛けようとするなら蔑まれた目で見返されて‥告白をしようものなら、その口はけして開くこともなく、その場から去ってしまうと聞いている。そのお陰(?)か蔑まれる事が良しとしているコアなファンが数多く居るとか居ないとか……。
「ええ‥まあ。その…サファイアさんがどうしたのですか?」
「これから行く部屋に娘が居るから、何かあっても気を悪くしないでほしいと思ったの」
サファイアさんが居る部屋に行く。一瞬、まさかお見合い?と考えた。でも、あのサファイアさんが話さないのは‥実は口ベタで代わりに母親の先生が僕を呼んで、それにしても‥普段の凛としている姿から一転、モジモジしたり、デレる姿が……不思議と想像の中なのに形作られない。
「その‥何をしに行くのですか?」
「そうね‥魔法の研究というのかしらね」
………。先生の見せた笑みは、怪しさだけがふんだんに盛り込まれたものだった。
「ここが私と娘が魔法の研究に使っている部屋」
ドアを開けたその先にはサファイアさんが机に向かって何かを書き綴って‥音で気がついたのか先生と僕に顔だけを向けて‥この近い距離で目が合っただけでその美貌にドキリと心が躍る。
「そちらは‥どなたでしょうか?」
急激に変わる不快感一色の顔。それに声。この時点で最初のがただの妄想だったと判断がつく。
「この子は授業を受け持っている生徒の1人。名前は瑠璃よ。魔法の研究に必要と思ったから連れてきたの」
瞬時にして不穏な空気が漂い、満たされていく中で、「お前は必要ない」サファイアの名の通り、澄みきった蒼い目がそう訴えている。
「ど‥どんな魔法を研究しているのですか?」
サファイアさんの目、それと表情をなるべく見ないように先生へと向き直った。
「ここは‥過去に戻る魔法を研究しているの。単純に出来るか、出来ないかを研究しているだけ。仮に出来たとしても世に公開する気も、悪用する気もないわ」
その眼差しは真剣そのもの。
「基礎的な部分は出来ているのよ。ただ‥テーマの問題上。大勢でする訳にもいかなくて‥だから二人だけで研究しているの。でも‥ね……」
言葉の最後まで待っていたのか、サファイアさんはゆっくりと静かに立ち上がって、僕の視界に入るように先生の後ろに立ち‥身体をひいてはその内側、血の流れまで瞬時に凍てつかせるのに十分な睨みを見せて‥荒々しくドアが閉まる音が後ろから聞こえた…。
「大丈夫?ねえ?大丈夫?」
声が聞こえて、身体が揺さぶられているような気がして‥先生の顔が視界に映ると共に‥息苦しさが身体中を掛け巡り、意識を覚醒させていった。
回りを見渡せば先と同じ場所。先生が心配な顔で覗き込むように見ている。思い返せば…あの視線で、息をするのも忘れる程の恐怖を抱いた‥。先生はドアの方を見て、溜め息に似た息を小さくついた。
「あの‥一つ聞かせて下さい。どうして僕を?」
「先も言ったように直感よ。直感。でも‥あの子の事で…不快な思いをさせてしまったみたいね‥」
悲しさに満たされた目。そして‥溜め息のような息を再びついた。
「いえ‥不快とは思っていません」
「そう言ってもらうと助かるわ。でも……」
「僕一人が居てもあまり役に立たないと思いますが‥一緒に研究をさせて下さい!」
「ありがとう。なら‥早速取り掛かりましょう」
先生の顔は瞬時に明るさを取り戻し、ボードに論を―その1つ1つを理解していくのに時間が掛かるような論を書き綴っていき、それを元に実験をしていった。
あの場面で「帰らせていただきます」なんて言えるわけでもなく、勢いだけで言ったものの‥授業ではけしてやらないような実験の数々が楽しく、時間の流れさえも完全に忘れていた。
「もう遅いから、今日はこれくらいにしましょう」
気が付けば‥窓から見える空の色は暗闇一色に染まりきって、一条の光さえも射していない。ただ‥あれからサファイアさんは一度たりとも部屋に戻ってくる事は無かった‥。
「もしかして‥あの子の事を心配してくれているの?」
優しい表情で覗き込むように僕を見ている。
「ぼ‥僕は……」
「ありがとうね。でも‥あの子に無断で瑠璃を入れたのは私だから、その事で気を病まないでほしいわ」
その表情は優しい。
「私としては‥今日以降も研究に加わってくれる事が嬉しいのだけど‥どうかしら?」
「はい!!僕の方こそ参加させて下さい!それに今日はとても面白かったです!!」
「ありがとうね。あの子には今夜私の方で話しておくわ。さてと話はここまでね。遅くなると瑠璃の親御さんも心配するでしょうから‥手早く片付けて帰りましょう」
先生と別れて、僕は1人で校舎を出て……雲一つない夜空。月に一つの影が‥羽と腕が別々に見えるからハーピー類やワーバットとは違う影。一瞬頭に浮かんだのはサファイアさん。でも、もしかしたらハニービーやホーネットかも知れない。それにここからは判断がつかない以上、そのまま家路へついていった。
その道すがら‥先生はなぜ僕を選んだのか?疑問が過った。魔法の成績は優秀。‥とは程遠く、言ってしまえば並み。それに…僕よりも魔法の成績も良くて‥サファイアさんを好んでいる人は多いと思う。考えを重ねても解決する筈もなく、気が付けば家の前。玄関を開けて真っ直ぐ自分の部屋に入り、ボードを書き写したノートを広げた。
見れば見るほど‥先生が書いた論の意味が分からない。でも‥「一見複雑に見えても、その中身は基本の詰め合わせ」先生が授業でよく使う言葉。だからこれも、例外なくに当てはまる筈。なら‥すぐには無理でも理解は出来るようになると思う。それに‥僕が解らない事によって足を引っ張る事にも繋がりかねない。出来れば‥サファイアさんと勉強会のような形で一緒に勉強が出来れば解ってくる速度も早くなる‥。でも‥あの様子じゃ無理か……。溜め息にも似たような息を吐き出して、教科書を広げて黙々と勉強をしていった。
次の日。授業が全て終わった放課後。友達の誘いを断って、昨日の部屋に一直線に向かい‥部屋には鍵が掛かっている。昨日。先生は今日の事について触れていなかったから、待てば先生が来ると思い、最初に会ったのはサファイアさん。目が合ったその瞬時に逸らされるその瞳。そして‥その手には鍵を持っている。
僕が居ないかのような振る舞いで開かれ、入ろうとした寸前で閉められるドア。内側から鍵を掛けられなかっただけでも良かったと思いたい‥。
部屋に入って最初にしたのは挨拶。ここまでくると正直、素直に返されるとは思っていない。でも‥返ってきたのは昨日よりも数段凄みのある睨み。その恐怖に身体が竦み、身動きさえ取れない。ほんの一瞬の筈が永遠とも感じられていく中で……突如として開かれるドアの音ともに睨みも止まり、その様子に先生は見かねるように小さな溜め息をつき‥
「ねえサファイア。これから一緒に研究していく仲間を怯えさせるのは感心出来ないわ。貴女がその態度を続けるのなら‥」
徐にビーカーを取り、蛇口を捻って‥水を満たしていった。
「陽が出ている時間。その身体一つで全て躱しきれるかしらね?リンゴより真っ赤になった顔で‥快楽に負けてどんな事を口走るのかしら?それもただの人間に間近で見られるのだから……素面に戻った時にその事実を受け止められるのかしらね?」
怒気も何もかもが感じられない声。表情からは一切の笑みが含まれていない。それ所か寧ろ、今のこの目はサファイアさんと同等。いや‥それ以上の恐怖感がある。正直‥直視しなければいけない状況に持っていきたくない。そして‥多分、きっとあの目、あの表情は親子の遺伝。直感的にそう感じとった。
どれだけの時間を睨み続けたのか分からない。負けるようにサファイアさんは目を逸らして僕を見たその刹那。初めて見せる複雑な表情。唇は何かを言おうと動いても、口は開かれない。そして‥その表情は何かを覚悟した顔に変わり、
「責任者の決定ならば、私はそれに従おう」
「これでサファイアの同意が得られたのだから、時間も限られているから‥手早く実験していきましょう」
表情は急激に笑顔に変わり、注目を集めるように、音を出して手を叩き、先の事が何一つ無かったかのような、普段と同じ声。正直、その変化に呆気に取られた。
今日を境にサファイアさんから睨まれる事は無くなった。でも‥実験に参加するようになって3ヶ月が過ぎて、それでもただ一度も話し掛けられる事も無く、目が合ったその途端に逸らされる事や僕が居ないような扱いは変わる事がなかった。
始業式から数日が経ったある日。今の授業が終わりを告げたのもその刹那。その授業の担当の先生。エキドナのパパラチア先生に声を掛けられて、瞬時に呼び出されるような理由。心当たりを考える。が‥何一つ思い当たらない。
「空いています。ですが‥先生に呼び出される理由が全く思い付きません‥」
「そう警戒しなくていいわ。呼び出して、叱りつける訳ではないの。ただ‥今の授業の中で直感的に感じるものがあったから、声を掛けたのよ」
直感‥。正直、かなり曖昧で怪しい。でも、無下に断るのは悪い気がする。だから‥快諾とはいかないものの先生に従う事にした。
そして、放課後。クラスメートが一人、また一人と教室から出ていく中、先生が来るのを待ち続けていた。
「別の件で時間が押して‥遅れてごめんなさい。私に付いてきて」
廊下を‥先生のやや後ろに連なるようにて歩いていった。
「着く前に‥私の娘について何か知っている?」
先生の娘…僕より学年が一つ上のヴァンパイアのサファイア。この学校に籍を置いているなら知らない人は居ないと思う。学年が一つ下の僕でも顔は知っているくらいだから‥。
学校内でも好色な魔物娘が多く占めている中、その人は好色とは対極に位置して‥話し掛けようとするなら蔑まれた目で見返されて‥告白をしようものなら、その口はけして開くこともなく、その場から去ってしまうと聞いている。そのお陰(?)か蔑まれる事が良しとしているコアなファンが数多く居るとか居ないとか……。
「ええ‥まあ。その…サファイアさんがどうしたのですか?」
「これから行く部屋に娘が居るから、何かあっても気を悪くしないでほしいと思ったの」
サファイアさんが居る部屋に行く。一瞬、まさかお見合い?と考えた。でも、あのサファイアさんが話さないのは‥実は口ベタで代わりに母親の先生が僕を呼んで、それにしても‥普段の凛としている姿から一転、モジモジしたり、デレる姿が……不思議と想像の中なのに形作られない。
「その‥何をしに行くのですか?」
「そうね‥魔法の研究というのかしらね」
………。先生の見せた笑みは、怪しさだけがふんだんに盛り込まれたものだった。
「ここが私と娘が魔法の研究に使っている部屋」
ドアを開けたその先にはサファイアさんが机に向かって何かを書き綴って‥音で気がついたのか先生と僕に顔だけを向けて‥この近い距離で目が合っただけでその美貌にドキリと心が躍る。
「そちらは‥どなたでしょうか?」
急激に変わる不快感一色の顔。それに声。この時点で最初のがただの妄想だったと判断がつく。
「この子は授業を受け持っている生徒の1人。名前は瑠璃よ。魔法の研究に必要と思ったから連れてきたの」
瞬時にして不穏な空気が漂い、満たされていく中で、「お前は必要ない」サファイアの名の通り、澄みきった蒼い目がそう訴えている。
「ど‥どんな魔法を研究しているのですか?」
サファイアさんの目、それと表情をなるべく見ないように先生へと向き直った。
「ここは‥過去に戻る魔法を研究しているの。単純に出来るか、出来ないかを研究しているだけ。仮に出来たとしても世に公開する気も、悪用する気もないわ」
その眼差しは真剣そのもの。
「基礎的な部分は出来ているのよ。ただ‥テーマの問題上。大勢でする訳にもいかなくて‥だから二人だけで研究しているの。でも‥ね……」
言葉の最後まで待っていたのか、サファイアさんはゆっくりと静かに立ち上がって、僕の視界に入るように先生の後ろに立ち‥身体をひいてはその内側、血の流れまで瞬時に凍てつかせるのに十分な睨みを見せて‥荒々しくドアが閉まる音が後ろから聞こえた…。
「大丈夫?ねえ?大丈夫?」
声が聞こえて、身体が揺さぶられているような気がして‥先生の顔が視界に映ると共に‥息苦しさが身体中を掛け巡り、意識を覚醒させていった。
回りを見渡せば先と同じ場所。先生が心配な顔で覗き込むように見ている。思い返せば…あの視線で、息をするのも忘れる程の恐怖を抱いた‥。先生はドアの方を見て、溜め息に似た息を小さくついた。
「あの‥一つ聞かせて下さい。どうして僕を?」
「先も言ったように直感よ。直感。でも‥あの子の事で…不快な思いをさせてしまったみたいね‥」
悲しさに満たされた目。そして‥溜め息のような息を再びついた。
「いえ‥不快とは思っていません」
「そう言ってもらうと助かるわ。でも……」
「僕一人が居てもあまり役に立たないと思いますが‥一緒に研究をさせて下さい!」
「ありがとう。なら‥早速取り掛かりましょう」
先生の顔は瞬時に明るさを取り戻し、ボードに論を―その1つ1つを理解していくのに時間が掛かるような論を書き綴っていき、それを元に実験をしていった。
あの場面で「帰らせていただきます」なんて言えるわけでもなく、勢いだけで言ったものの‥授業ではけしてやらないような実験の数々が楽しく、時間の流れさえも完全に忘れていた。
「もう遅いから、今日はこれくらいにしましょう」
気が付けば‥窓から見える空の色は暗闇一色に染まりきって、一条の光さえも射していない。ただ‥あれからサファイアさんは一度たりとも部屋に戻ってくる事は無かった‥。
「もしかして‥あの子の事を心配してくれているの?」
優しい表情で覗き込むように僕を見ている。
「ぼ‥僕は……」
「ありがとうね。でも‥あの子に無断で瑠璃を入れたのは私だから、その事で気を病まないでほしいわ」
その表情は優しい。
「私としては‥今日以降も研究に加わってくれる事が嬉しいのだけど‥どうかしら?」
「はい!!僕の方こそ参加させて下さい!それに今日はとても面白かったです!!」
「ありがとうね。あの子には今夜私の方で話しておくわ。さてと話はここまでね。遅くなると瑠璃の親御さんも心配するでしょうから‥手早く片付けて帰りましょう」
先生と別れて、僕は1人で校舎を出て……雲一つない夜空。月に一つの影が‥羽と腕が別々に見えるからハーピー類やワーバットとは違う影。一瞬頭に浮かんだのはサファイアさん。でも、もしかしたらハニービーやホーネットかも知れない。それにここからは判断がつかない以上、そのまま家路へついていった。
その道すがら‥先生はなぜ僕を選んだのか?疑問が過った。魔法の成績は優秀。‥とは程遠く、言ってしまえば並み。それに…僕よりも魔法の成績も良くて‥サファイアさんを好んでいる人は多いと思う。考えを重ねても解決する筈もなく、気が付けば家の前。玄関を開けて真っ直ぐ自分の部屋に入り、ボードを書き写したノートを広げた。
見れば見るほど‥先生が書いた論の意味が分からない。でも‥「一見複雑に見えても、その中身は基本の詰め合わせ」先生が授業でよく使う言葉。だからこれも、例外なくに当てはまる筈。なら‥すぐには無理でも理解は出来るようになると思う。それに‥僕が解らない事によって足を引っ張る事にも繋がりかねない。出来れば‥サファイアさんと勉強会のような形で一緒に勉強が出来れば解ってくる速度も早くなる‥。でも‥あの様子じゃ無理か……。溜め息にも似たような息を吐き出して、教科書を広げて黙々と勉強をしていった。
次の日。授業が全て終わった放課後。友達の誘いを断って、昨日の部屋に一直線に向かい‥部屋には鍵が掛かっている。昨日。先生は今日の事について触れていなかったから、待てば先生が来ると思い、最初に会ったのはサファイアさん。目が合ったその瞬時に逸らされるその瞳。そして‥その手には鍵を持っている。
僕が居ないかのような振る舞いで開かれ、入ろうとした寸前で閉められるドア。内側から鍵を掛けられなかっただけでも良かったと思いたい‥。
部屋に入って最初にしたのは挨拶。ここまでくると正直、素直に返されるとは思っていない。でも‥返ってきたのは昨日よりも数段凄みのある睨み。その恐怖に身体が竦み、身動きさえ取れない。ほんの一瞬の筈が永遠とも感じられていく中で……突如として開かれるドアの音ともに睨みも止まり、その様子に先生は見かねるように小さな溜め息をつき‥
「ねえサファイア。これから一緒に研究していく仲間を怯えさせるのは感心出来ないわ。貴女がその態度を続けるのなら‥」
徐にビーカーを取り、蛇口を捻って‥水を満たしていった。
「陽が出ている時間。その身体一つで全て躱しきれるかしらね?リンゴより真っ赤になった顔で‥快楽に負けてどんな事を口走るのかしら?それもただの人間に間近で見られるのだから……素面に戻った時にその事実を受け止められるのかしらね?」
怒気も何もかもが感じられない声。表情からは一切の笑みが含まれていない。それ所か寧ろ、今のこの目はサファイアさんと同等。いや‥それ以上の恐怖感がある。正直‥直視しなければいけない状況に持っていきたくない。そして‥多分、きっとあの目、あの表情は親子の遺伝。直感的にそう感じとった。
どれだけの時間を睨み続けたのか分からない。負けるようにサファイアさんは目を逸らして僕を見たその刹那。初めて見せる複雑な表情。唇は何かを言おうと動いても、口は開かれない。そして‥その表情は何かを覚悟した顔に変わり、
「責任者の決定ならば、私はそれに従おう」
「これでサファイアの同意が得られたのだから、時間も限られているから‥手早く実験していきましょう」
表情は急激に笑顔に変わり、注目を集めるように、音を出して手を叩き、先の事が何一つ無かったかのような、普段と同じ声。正直、その変化に呆気に取られた。
今日を境にサファイアさんから睨まれる事は無くなった。でも‥実験に参加するようになって3ヶ月が過ぎて、それでもただ一度も話し掛けられる事も無く、目が合ったその途端に逸らされる事や僕が居ないような扱いは変わる事がなかった。
13/01/31 12:22更新 / ジョワイユーズ
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