連載小説
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08「ドラゴン娘はどらげない(中編)」
 明緑館学園の魔物娘十七人に聞きました。

「こちらの世界の物語──漫画やゲーム、小説や映像作品等に登場する、自分の種族と同じ名前のキャラクターについてどう思う?」

 一番多かった答えは、「ご先祖様ってこんな感じだったんだ」
 次いで多かったのは、「しょせんは想像の産物。自分たちとは無関係」

 他には「扱いが悪すぎる。訴訟も辞さない」「(自分の種族が)マイナー過ぎてちょっと泣いた」などといった回答珍答や、「ウ◯トラ怪獣扱いはお願いだからやめて」という質問とは関係ない愚痴?もあったりしたのだが、

「XB−70とかいうヒコーキはかっこいいと思うぞ。……ヒト型に変形? 何だそれは?」

 ……はてさて誰が答えたのやら(笑)。



 光の柱≠ノよってこちらの世界に迷い込んだ魔物娘たちが、明緑館学園で女子高生生活を始めてから三カ月が経った。
 さすがに異形の姿も見慣れてきたのか、はたまた個々のキャラが浸透してきたのか、徐々にではあるが彼女たちもそれぞれのクラスや部活へ受け入れられだした……ようなのだが、こちらの世界で有名なモンスターの名を種族名にもつ者は、そのイメージを払拭するのにまだまだ苦労しているらしい。
 バフォメット娘カナデのように、こちらの世界の伝承と大きくかけ離れた?姿をしていても、ときどき種族名をエゴサ(自分検索)しているのだとか。

「ふむふむバフォメット=山羊頭の悪魔というイメージは、こちらの世界では比較的最近のものなのじゃな──」

 ちなみにバフォメット、というか悪魔のビジュアルイメージを固めた「メンデスのバフォメット」が、フランスの隠秘学者エリファス・レヴィによって描かれたのは十九世紀である。



 一年A組のアヌビス娘、レインの証言──

「ん? ヒビキがどうした? そういえばあいつ、近ごろはクラスの皆に怖がられてもあまり気にしなくなってきたな。むしろ脈絡なく思い出し笑いをするようになって、そっちの方で引かれているのだが」

 一年D組のアラクネ娘、ヤヨイの証言──

「A組のヒビキはんどすか? そういえばこないだウチのとこに来て、『友だちが休日に着る私服選びに困っている。清楚で可愛らしく見えるコーデを選んでくれ』って言うてきはったんやけど、あれ絶対自分のコトでっしゃろなぁ……」

 一年E組のキキーモラ娘、イツキの証言──

「ヒビキさんならこの前、『簡単に作れるお弁当を教えてほしい』と頼んでこられたので、サンドイッチの作り方をお教えしたら、食パンとハムと野菜をいっぱい抱えて寮に戻ってこられて……ちゃんと作ることできたのでしょうか?」

 同じくE組のショゴス娘、リッカの──

「わたくしの紫色の脳細胞にピピッときましたわっ! 以上のことから推理して……そうっ、ヒビキさんは意中の方を逃すまいとモーレツアピールを仕掛けようとしているに違いないですわっ!」

「いやそこまで状況揃ってたら、普通誰でも気づくぞリッカ」
「…………」

 昼休みの中庭。
 右手を握りしめてドヤ顔を浮かべたままフリーズする粘体娘を尻目に、ゲイザー娘ナギはベンチに座っていた幼馴染にして親友──サイクロプス娘ホノカの後ろにまわると、背もたれ越しに腕を回してその首にじゃれついた。

「ちょっ、ナギ、ちゃんっ、やぁん……っ──」

 くすぐったそうに身をよじるホノカ。黒髪の中から伸びる触手を機嫌良さげにゆらゆら揺らめかせ、空いた手の人差し指で彼女の頬をぷにぷにつっつくナギ。制服姿の単眼娘二人の百合ムーブに、隣に座っていたホノカのパートナー、甲介がホットドッグを口に咥えたまま顔を赤らめる。

「でも肝心の、何処の誰がヒビキの意中の人≠ネのかが、さっぱりわかんないんだよなぁ」
「お前らホンマそんなん好きやな……」

 横に立つ自分のパートナーである彼方のつぶやきに、ナギは「いいじゃんか別に」と口を尖らせ、顔の真ん中にある単眼でぎょろりと睨みつけた。

「ロボTRYのこと、わたしたちに尋ねてた。ヒビキの相手は、たぶん、メガパペットプレイヤー……」

 ナギに抱きつかれたまま、ホノカが首を傾げる。
 魔物娘は恋バナが大好物。それはパートナー(つがい)がいてもいなくても変わらない。

「けどさぁ、うちの学園で本格的にロボTRYやってんの、ホノカとコースケの二人だけじゃん」
「……せやな」

 お遊びレベルの連中なんか、ヒビキの眼中にないだろうし……と付け加え、腕を組んで鼻を鳴らすナギ。プログラミング学習の教材として取り扱ったり、アーケードの体感ゲーム用にデチューンされた機体を操縦したりしたことのある生徒もいるだろうが、

「強者(つわもの)を求める本能を持つドラゴンが、そういった方々にアプローチをかけるとは思えない、ということですわね──」

 いつの間にか再起動して、口元に曲げた人差し指をやるリッカ。ホノカと甲介は彼女の言葉に、はっと気付いて顔を見合わせた。

「「まさか……」」



 同時刻、特別教室棟三階にあるPCルーム(情報学習室)では……

「シド・シュウト。深山高校工業科の二年生。同校ロボTRYチーム『蒼の龍騎士』のメガパペットプレイヤーで、昨年度の第七回全日本ロボTRY選手権更紗地区代表として全国大会に出場。今年度も決勝まで勝ち残り──」
「それとワシと、な、なんの関係が、あるの、じゃ……?」

 自分では普段通りの口調で返事したつもりだったが……目が微妙に泳いでいた。
 昼休みに科学部の部員たちと理科室の実験用コンロを借用してまったりお茶していたバフォメット娘のカナデは、いきなり乱入してきた二人組の魔物娘に「ごめんね〜ちょっとこれ借りてくから〜」と言われながらぐるぐる巻きにされて拉致……もとい連れ出され、彼女たちのテリトリー?でもあるここへ連れ込まれた。
 なお、双子の妹──ドラゴン娘のヒビキは、サンドイッチ作りで無駄にした食材を片付けなさいと撫子寮へ呼び戻されている。

「いやぁ、いもーとさんがどーやって他校の男子とお知り合いになったか、ぜひぜひ知りたくて……でやんす♪」
「…………」

 ふにゅりと口元を緩めてカナデの顔を見つめてくるのは、1年F組のスクイレルもといラタトスク娘のサーヤ。手首足首はふさふさした獣毛に覆われていて、薄茶、こげ茶、クリーム色がメッシュになったショートヘアからは丸っこいケモノ耳がとび出し、お尻からは制服のスカートをめくり上げて巨大なリスの尻尾が上向きに生えている。
 その小動物めいた愛らしい見た目に、男子たちからの人気も割と高かったのだが、他人の噂話や内緒事に嬉々として首を突っ込んでくる彼女の性格がまわりに知れるとともに、それもいささか下降気味。ちなみに語尾が三下っぽいのは単なるキャラ付けである。
 くりくりした瞳から放たれる好奇心に満ち満ちた視線。それに気圧され、カナデは目を左右にキョドらせた。

 ど、どこでバレたのじゃっ? フミハは内緒の話をペラペラ喋って広めるなどせぬし……まさか、あのファミレスのどこかにコイツらがおったのか? ……いや、ならばヒビキはともかく、このワシが気づかぬはずはないっ──

 齢十七といえど魔法に長けた叡智の魔獣バフォメット。他の魔物娘がそばにいたら、その気配(魔力)を察することなど造作もない……はず。
 というか、そもそも目の前のラタトスク娘はともかく、もうひとりはほいほい外を出歩くタイプではない。

「こ、ここ最近、ひ、ヒビキのスマホから、撫子寮の無線LANに、い、一日二十回以上のアクセスがあったから、き、気になってサーバーに残ってた検索履歴調べて……全部その名前、に、関係した、もの、だった」
「おい……」

 学校のサーバーにしれっとハッキングやらかしているその声の主に対してか、はたまた二十回も愁斗の名前を検索──おそらく彼が映っているロボTRY予選会の動画とかを探すためなのだろうが──する妹に対してか、カナデは後ろから聞こえてきたその声に、半眼でぼそっとツッコみながら振り向いた。

「さ、サーヤに頼まれて、だったけど……わ、私も、ひ、ヒビキの相手、ち、ちょっと興味、あ、あったから──」

 たどたどしくそう言って照れたようにちろっと舌を出し、尻尾の先に羽毛が生えた暗紫色の長い蛇体をくねらせるのは、同じくF組のバジリスク娘リコ。
 ひと睨みで相手を際限なく発情させる凶眼を持つラミア種の彼女だが、こちらの世界ではCCDカメラ付きのサイバーゴーグルでそれを封じながら視覚を確保している。もっともそんなデバイスだけで対人関係に消極的なバジリスク特有の気質がどうにかなるわけもなく、日がな一日PCルームに引きこもってリモートで授業を受けていることも多い。
 サーヤとリコ。リスとヘビ。出しゃばりと引っ込み思案──なのに何故かウマが合うらしく、昼休みや放課後はこんな風にいつもふたりでつるんでいる。

 ──ふむ、じゃがワシらが完全人化できることは、まだバレとらんようじゃの。もっともこやつらの情報収集力じゃと時間の問題かもしれんが…………なら、先にある程度手の内を見せて、こちらへ引き込むのもアリか?

 頭の中で秘密と実利を天秤に掛け、彼女は目の前のラタトスク娘とバジリスク娘を交互に見てニヤリと笑いかけた。「……なら、二人ともワシらに手を貸せ。少なくとも退屈だけはさせんぞ♪」

「「…………」」

 サーヤとリコは互いに顔を見合わせ、そしてカナデから距離をとると小声でヒソヒソやりだした。

「ん〜っと、やっぱヒビキと共有≠キるつもり……なんでやんすかね?」
「そ、それはない、と、思う。こ、この国、一夫多妻認めて、ないし、そもそもシド・シュウトに、ろ、ロリコンの要素、は、見当たらない……」
「でもカナデのヤツ、クラスでの自己紹介の時に『ただのロリコンには興味ありませんなのじゃ。この中におっぱい星人、未来に期待派、異年齢より同世代派、姉萌え年上萌え主義者がいたら、ワシのところに来なさいなのじゃ。以上っ』なんて言ってたって聞いたでやんす──」
「つ、つまり、ろ、ロリコンじゃない男性を、ロリ沼に、つ、つき落として引きずり込む気……まんまん?」

「おーいお前らー、聞こえてるぞーなのじゃ」



 土曜日の昼下がり、人化したヒビキは約束通り、愁斗のいる深山高校を訪れていた。
 アラクネ娘ヤヨイのアドバイスで選んだ七分袖の白いワンピースと青色のキャミスカートを重ね着して、手には大きめのバスケット……部活に向かう深山高の生徒たちが、講堂棟ピロティの片隅にたたずむ見知らぬ私服姿の少女の横顔を、ちらちらと盗み見ていく。

「…………」

 そんなヒビキの目の前では、古ぼけたハンガー(整備台)に懸架されたサファイアブルーの人型重機がくぐもった駆動音を響かせて、両腕をゆっくり上げ下げし、肘の曲げ伸ばしを繰り返していた。

「……ドラゴンだ」

 メガパペットRFー28BD〈蒼龍〉──
 ドラゴンの頭を模したヘッドギア、剣竜(ステゴサウルス)のヒレを思わせる四肢の飾り突起。膜翼や尻尾こそないものの、機体名の通り龍を思わせる意匠が施された機体。それらカウリングの色が元の自分の鱗と同じだと、何故かちょっと(胸中で)ドヤってしまう。

「肘や膝のマルイチ──関節部のモーターを新しく取り替えたから、ブレークインをしてるんですよ」
「あ? え、ええっと、はい」

 愁斗と同じ工業科ニ年生の男子生徒、メカニック担当の奥田柾輝(おくだ・まさき)が、メガネのブリッジを指で押し上げながらそう説明する。
 ブレークイン──モーターやギアにゆるく負荷をかけ、回転や噛み合わせがスムーズになるよう慣らし≠行うことなのだが、機械に疎い彼女にはいまいちピンときていないようだ。

「次で全国大会行きが決まりますからねー。万全の状態で闘いたいんですよねー」

 間延びした口調でそう付け加えたのは、機体制御プログラム担当の一年生男子、胡来瑠偉(こらい・るい)。プレイヤー(操縦者)の愁斗を含めたこの三人が、深山高校ロボTRYチーム『蒼の龍騎士』のメンバーである。

「え、えっとごめんなさい……こんな大事なときに邪魔しちゃって」
「こっちこそ、こんなバタバタしてるとこに来てもらって……ごめん」
「っと……」「ほうほう」

 顔を赤らめるヒビキと頭の後ろに手をやる愁斗を交互に見て、柾輝は眼鏡の奥で目を瞬かせ、瑠偉はニヨニヨと口元を緩めた。

「気にしなくてもいいですよー。自分ら基本的に、拵えた機体見せびらかしたいだけですからねー」
「それにヒビキさんみたくロボTRYやメガパペットに興味持ってくれるヒトなら、なおさら大歓迎ですよ」
「あ、あはは……よろしくぅ」

 二人に声をかけられ、困り気味に笑みを浮かべるドラゴン娘(人化中)。ロボット──メガパペットに興味があるということにしてというか、ぶっちゃけダシにして愁斗に会いに来た手前、きまりが悪いというかなんというか……

「とは言うもののー、まさか決勝戦の相手校にこーんな理解あふれるカノジョがいるなんて、ひとっ言も聞いてなかったですけどぉー」
「全くです。愁斗にはあとでヒビキさんと知り合った顛末を、きっちり聞かせていただかなくてはいけませんね」
「お、おい、お前ら──」

 口が緩みっぱなしの瑠偉と眼鏡のレンズを光らせる柾輝に、あわてたように声を上げる愁斗。
 ヒビキはそんな彼の顔をうかがいながら、手にしたバスケットをそっと持ち上げた。中には手作りのサンドイッチがびっしり詰められている。
 ハムとキュウリ、レタスを重ねてはさんだ野菜サンド。
 ゆで卵を潰してマヨネーズと和えた具の、たまごサンド。
 キキーモラ娘イツキに教えてもらい、何度も練習して作った会心の出来。なお、試食に付き合わされたバフォメット姉は、「サンドイッチは当分見たくないのじゃ」とか。

「あ、あのっ、シュウトくん、えっと、おふたりも……よ、よかったらこれ、た──食べませんか?」



『……よ、よかったらこれ、た──食べませんか?』
『わざわざ作ってきてくれたのか。あ、ありがとな──』

「うんうん心配しとったが、ちゃんと上手くやっておるようじゃの。さすがワシの妹♪」
「あー、ヒビキがドラゴンなのに内気で遠慮がちな理由が、なんとなく分かった気がするでやんす……」

 バスケットに仕掛けた盗聴用魔法陣を介して聞こえてくるヒビキたちの声。それを聞いてニコニコ満足げにうなずく姉バカバフォメット娘を横目でうかがい、ラタトスク娘が呆れたようにつぶやいた。「──っていうか完全人化できるんなら、あたしらにもそれかけてくれてもぅひぃゃあああああっ!?」

「ああああもふもふっ! もふもふっ! もっもう我慢できないぃいいいっ!!」
ぎにゃああああああっ!! しっ尻尾ぉっ! 尻尾にすりすりすんなでやんすぅううっ!」「やっ止めんかフミハっ! おぬしそんなキャラじゃったかああっ!?」

 盗聴魔法の受信範囲が思ったより狭かったため、例によって校外への付き添い≠ノ引っ張りだされた文葉だったが、目の前で左右に揺れる巨大リス尻尾に辛抱たまらなくなって、そこに抱きつき頬を擦り付けた。
 サーヤが甲高い悲鳴を上げ、カナデが二人を引き剥がそうと間に割って入る。ちなみに土曜日なので三人とも私服姿──文葉はロンTにスリムジーンズ、頭ひとつ背が低いサーヤはチェニック風ワンピースにスパッツ(尻尾穴あり)、さらに頭ひとつ背が低いカナデはオーバーオール(同じく尻尾穴あり)とキャスケットといった格好だ。

「ひぅっ! そっ、そこダメでやんすっ! やっやだっ、んあっ、あ──ああぁああんんっ!」
「サーヤの……サーヤの尻尾が可愛すぎるのがいけないのよぉおおおっ!」
「お、おぬしらいい加減正気に戻るのじゃあああっ!」

『な、何やってん、だか……』

 深山高校正門の前、道路を挟んで向かい側にある駐車場でわちゃわちゃ騒ぐ三人娘。その横でモーター音を鳴らしながらホバリングしているドローンに仕込まれたスピーカーから、バジリスク娘リコの呆れたような声がした。
 当人は相変わらず出不精(引きこもり)を決め込んでいるが、魔物娘としての好奇心を抑えることもできず、サーヤのスマートフォンを中継器にしてカメラ付きのデバイスを操作し、わざわざ様子を見ているのだった。
 そんな面倒くさいことしないで一緒に来ればいいのに……とも思うが、完全人化の術はバフォドラ姉妹同士でしかかけられないし、蛇体をくねらせ学園の外を歩けるほどリコの神経は図太くない。

 ……と、魔法陣からドラゴン妹(人化中)──ヒビキの上ずった声がした。

『あ、あのっ、シュウトくん……みなさんは、えと、その、ま──魔物娘のこと、ど、どう思いますかっ?』

「「「……!」」」

 次の瞬間じゃれ合っていたカナデたち……と、自室でドローンのコントローラーを握っていたリコの動きがピタッと止まった。



「明緑館学園といえば、魔物娘──ですね」

 唐突なヒビキの問いかけに、柾輝はそう応えると、サンドイッチを持つ反対の手で眼鏡を軽く押し上げた。「……以前、街で小柄なリス尻尾の女の子を見かけたのですが、ああいった子ならお付き合いしてもいいかと」

「ケモナーっすか」
「印象に残っていただけです」

 当のリス尻尾娘が「よっしゃあああでやんすっ!」と奇声もとい気勢を上げている──など露ほども知らず、間髪入れずに言い返すと、お前はどうなんだと言わんばかりにジト目を向ける。
 隣にいた瑠偉は唇を尖らせてピロティの天井を見上げ、しばし考え込むと、

「そうっすねー、自分は付き合うなら魔物娘さんにしかできないことしてほしいですねー。たとえばラミアさんに巻かれるとか──」

『……ヘぅっ?』

 ヘッドホンから聞こえてきたマニアックな発言に、手にしたコントローラーを取り落としかけてあたふたするヘビ娘がいる──なんて毛の先ほども思わず、愁斗へと視線を移す。
 なお、コントロールを失って墜落したリコのドローンが頭のてっぺんに直撃し、双子のちびっこ姉がその場にうずくまって涙目になっているなど、目の前で「俺?」と自分を指差す三白眼男子に全集中している妹が気付く由もない。

「…………」

 横からヒビキに見つめられ、愁斗は照れたように鼻の頭を掻くと、「俺が気になるのは……やっぱあの、サイクロプスの子かな」

「なっ!?」
「あー、確かに気になるですねー、彼女」
「同感です」
「……え? え? ええっ?」

 えええええっ!? な、ナンデ? ホノカナンデっ?
 その口から思いもしなかった種族名がとび出し、ヒビキはあたふたと三人の顔を見回した。
 サイクロプス娘のホノカ──魔物娘の常として、すでに唯一無二のパートナーを見定めた彼女は、他の男性になびくことなど金輪際ないのだが。

 ──胸っ? 胸なのっ? こっちの世界の男の子もやっぱり胸が大きい娘(こ)が好きなのっ!?」

「あ、いや、そういうわけじゃなく、その……決勝戦の相手って理由で、なんだけど──」
「え? …………あ、あうぅぅ……っ」

 途中から声に出してしまっていた。愁斗の訂正に、勘違いしたヒビキの顔がゆでダコみたく真っ赤になる。

「鵯越高も雁ヶ首大も、前評判であの二人をナメてかかってたのが敗因のひとつですしねー。そりゃ警戒しちゃいますよー」

 一回戦止まりのプレイヤーに異世界人外娘のメカニック、そしてツギハギされた動くかどうかも怪しい機体……それが予選開始当初、他チームが下していた甲介とホノカの評価だった。

「とはいえ立大付属のイキリ太郎がわめいているみたいに、魔法とやらでズルしているなんて毛ほども思ってはいませんけど」
「…………」

 かかわり合いになるのはマズいって言ったんですけどね……と小声で付け加える柾輝。バツの悪そうな、困ったような表情を浮かべて肩をすくめる愁斗。
 そんなのに会ってまでしてホノカたちのことが知りたかったのかしら──と、ヒビキはその顔を見つめて首を傾げる。
 愁斗は視線に気づいて口の中のサンドイッチを咀嚼し飲み込むと、「うまいよ、これ」と照れくさそうに笑顔を浮かべた。



「それでねそれでねー、シュウトくんがおいしいおいしいってサンドイッチ全部食べてくれて、『よかったらまた作ってほしい』って言ってくれたんだ♪」
「そっ、そうか。よ、よかったのじゃ……」

 言えない……盗み聴きしていたなんて口が裂けても言えないのじゃ──

 寮の部屋に備え付けられたベッドの端に腰掛けて、嬉々とした口調で延々と話し続けるヒビキ。妹が語る内容をはなから知っているちびっこ姉バフォメット──カナデは口の端をかすかに引きつらせ、背中に汗をかきながらその顔に半笑いを浮かべていた。

 ──ま、まあヒビキが嬉しそうなら、今はそれでいいかの。

 椅子に逆座りしたカナデが見つめる前で、ヒビキは「にへへ〜」と口元を緩ませベッドに仰向けで倒れ込み、枕を抱えて嬉しそうにゴロゴロ転がりだす。
 だが突然真顔になって、がばっと身を起こすと、

「どっ、どうしたのじゃヒビキっ?」

 驚くカナデの方へゆっくりと向き直り、恐るべき事実に気づいてしまった──といった表情を浮かべてポツリとつぶやく。

「ま……魔物娘の話のとき──」
「ふむ」
「ドラゴンのドの字も出てこなかった……」
「あー」

 一転落ち込むヒビキに、カナデもつられるようにうなだれた。「そう言われれば、バフォメットのバの字も出てこんかったの──」

「姉さん……なんでそれ知ってるの?」
「あ……」



 第八回全日本ロボTRY選手権・更紗地区予選会決勝戦を二日後に控えた放課後。
 高等部教室棟の屋上でドラゴン娘ヒビキはひとり、制服のスカートから伸びた尻尾をくねらせて物思いにふけっていた。

「何やってんだろ? わたし……」

 フェンスにもたれかかり、ぽつりとつぶやく。
 あれから何度も深山高──愁斗のもとに足しげく通い詰め、彼女はショゴス娘リッカが言うところの「モーレツアピール」を繰り返してきた。
 ナントカのひとつおぼえと思いつつ毎回サンドイッチを作って差し入れたり……(でも、いつもおいしいって言ってくれるし♪)
 愁斗たちが語るメガパペットやロボTRYの専門用語に意味も分からず相槌を打ったり……(でも、いつも嬉しそうに話しているからっ♪)

 だけど、

「…………」

 ゴツい爪がついた両手で金網を握りしめ、はああああ……っと幸せが裸足で逃げ出してしまいそうなドラゴンブレスもとい溜め息を吐いてしまう。

 その理由はただひとつ。自分が魔物娘のドラゴンであることを、未だ愁斗に言い出せないでいること。

 居心地の良さに甘えてしまい、言いそびれてしまった…………嘘だ。本当は正体を明かしてクラスの皆のように畏れられ、距離を置かれるのが怖いからだ。
 もし人化の術で変身した姿でなく、最初から今の半竜半人の姿で愁斗と出会っていたらどうだっただろうと考えて、即座に脳内で否定する。

「ダメだよ。魔物娘慣れしてるクラスのみんなにも怖がられてるのに──」

 B組のナギとホノカがまわりに気味悪がられずにいるのは、同じクラスでパートナーと四六時中一緒にいてバカップルぶりを披露しているからだろうし、なんて……

「……ん?」

 ふとグラウンドに目をやると、部室棟のそばに人だかりができているのに気づく。

「あれは……?」

 その中にくだんの単眼娘二人の姿を見てとったヒビキは、背中の膜翼を開き、風を巻いて飛び上がった。



「さっ、遠慮はいらんぜっ。もっかい打ち込んできなっ!」
「……っ!」

 パンチングミットをはめた両腕を構える体操服姿のオーガ娘サキに相対しているのは、愁斗の対戦相手であるメガパペットプレイヤー海老原甲介。彼も体操服姿で両手に格闘技用のグローブをはめ、息を軽く弾ませながら構えをとる。

「何してるの?」

 ヒビキはグラウンドに降り立つと、そんな二人を手にしたスマホで撮影しているゲイザー娘ナギに声をかけた。

「うおおっ? ってヒビキか。あ〜えっと……見ての通り、組み手だけど」
「いや、それは分かる……けど、なんで彼がそんなことしてるの? 戦うのはあの機体でしょ?」

 部室棟の横に立つ空色のメガパペット〈ブラウホルン〉を、背中越しに指差す。
 よく見るとナギだけでなく、彼女のパートナーである眼鏡男子の彼方、サイクロプス娘のホノカ、制服の上から鎧の胸当てを付けたヴァルキリーのルミナとポニテ娘の文葉が、甲介とサキの四方を取り囲むようにしてスマホのカメラレンズを向けていた。

「あ〜、あれの動作術式にコースケの動きを取り込んで、レズ……レス? ポン酢? ……その、あれだ、操縦しやすくするとかなんとか──おっととっ」

 レスポンス、と言いたいらしい(笑)。
 以外と腰の入った突きを連続で繰り出し、左の回し蹴りに繋げる甲介。その動きをフレームからはずしそうになり、ナギはあわててそちらに向き直った。

「…………」

 自身の動きのクセ≠〈ブラウホルン〉の動作プログラムに反映し、機体のマニューバをプレイヤーがイメージするものに近づける。しかし、いいかげんなくせに知ったかぶる単眼娘の説明?のせいで、尋ねたヒビキは機械にうといこともあってほとんど理解不能だったりする。

 ただ……これだけは分かる。
 ホノカたちは愁斗との闘いに向けて、万全の備えで臨んでいる──と。

 目の前で続けられる甲介とサキの組み手をじっと見つめ、ドラゴン娘は何かを決意したように頷き、「よしっ」と短くつぶやいた。



 その日の夜。

「カナデ、お風呂空いた、よ」
「ん〜」

 湯上がり姿──ノースリーブに短パンといった格好のホノカに声をかけられ、撫子寮の談話スペースでニュース番組を見ていたバフォメット娘は、ひと伸びして両脚を振り上げソファからとび降りた。
 テレビをつけっぱなしにしたまま、ぽこぽこ足音を立てて階段を上がっていき、

「おーいヒビキ、ワシらの番が回ってきたから風呂に行くのじゃ── ……?」

 そう言いながら自分たちの部屋のドアを開けた彼女の目にとび込んできたのは、もぬけの殻になった室内と開け放たれた窓、そこから入る風に揺らめくレースのカーテンだった。



 深山高校の近くにある、高速道路高架下の広場。
 街灯の光に照らされた中、愁斗は仲間たちには内緒で、メガパペット〈蒼龍〉を持ち出していた。

「……っと」

 動画で見た対戦相手──明緑館学園の〈ブラウホルン〉のマニューバを脳裏に浮かべ、それに応じるようにプロポ(操縦器)を操作して、機体の四肢を確かめるようにゆっくりと動かす。

 払い、踏み込み、ブロック、カウンター。

 モーターの駆動音が、アクチュエータ(人工筋肉)の伸縮音が、誰もいない夜のしじまに響く。
 リミッターを掛けているとはいえ、試合が直前まで迫っているこんな時期に、セッティングの終わった機体を動かすのはあまり褒められたものではない。
 そう、メガパペットはあくまで機械。トレーニングで鍛えられたりするわけじゃない。単に可動部が損耗するだけ……

「……ちっ」

 余計なことを考えて挙動がぶれた。バランスを崩しかけた機体を立て直し、舌打ちをする。
 ヒビキにはああ言ってはいたが、愁斗自身はそれ以上に、決勝戦で戦う明緑館学園の二人──甲介とホノカを油断のならない相手だと感じている。画面上のシミュレーションではなく、無理を押して実機を動かしているのはそのためだ。
 かつては「出ると負け」と言われていた対戦相手。だが、今の甲介はここぞというときに機体の損壊をためらわずに大胆なマニューバを見せ、決勝戦まで勝ち上がってきた。

 ──それは、プレイヤーの操作に応えられるよう機体を整備してきたあのサイクロプスの子に、あいつが全幅の信頼を寄せているからこそできること……

 頭の中でそうつぶやきながらプロポを持つ手首を捻り、その周囲に浮かび上がったFTディスプレイから動作を選択する。
 優秀なメカニックの手によるチューンナップは、しばしば「マジック」と称される。奇をてらわず基本に忠実、プレイヤーのパフォーマンスを最大限に発揮させるセッティング……それこそが、彼女があのツギハギ機体〈ブラウホルン〉に掛けた魔法≠ネのだろう。

「…………」

 トリガーを弾き、拳法の型に似た動きをなぞるように、人型重機に何度も繰り返させる。
 間近に迫った決勝戦──周囲は「辛くも勝ち上がってきた明緑館の二人が、本戦出場経験者である愁斗たち『蒼の龍騎士』に挑む」と捉えているようだが、彼自身は逆にこちらがチャレンジャーだと考えている。運や偶然で勝ちを重ねられるほど、ロボTRYは甘くない。
 ひとしきりのマニューバを試して素立ち状態で機体を停止させ、ひと息つこうと足元に置いてあったペットボトルに手を伸ばした次の瞬間、

「……!?」

 愁斗は鋭い視線を感じて振り返った……否、頭上を振り仰いだ。

「…………」

 高速道路の橋脚を背に異形の少女がひとり、宙に浮いたまま腕組みをしてこちらを見下ろしていた。
 青みがかった長い髪をなびかせ、龍の顎(あぎと)を思わせる意匠の水着にもレオタードにも見えるボディスーツを身につけている。剥き出しになった手脚は蒼玉色の鱗に覆われていて、肘から先、膝から下は肉食恐竜のそれに似たゴツい爪が生えた手足になっていた。
 頭のてっぺんから後ろ向きに突き出た一対のツノ、ヒレ状の耳、お尻から伸びる太い尻尾、背中から巨大な膜翼を広げたその姿は……

「わ、わっ我は明緑館学園に住まう蒼龍なりっ! 同じ蒼き龍の名を持つ機械巨人と、そっ、その遣い手の実力をっ、みっ、見定めに来た──っ!!」
「…………」

 目を見開き見上げてくる愁斗。ドラゴン娘ヒビキは背中に大量の汗をかきながらも、引きつりそうになる口の端を必死で抑え、ポーカーフェイスをかろうじて維持した。

 ──ああああスベったスベっちゃったっ! こ、これ絶対引かれてるよドン引きされてるよぉぉ……

 女子高生のヒビキではなく、明緑館学園にいる別人の魔物娘として、自分が思うドラゴンっぽい口調で愁斗に声をかけ、決勝戦に向けての手助けを申し出る。そしていずれは……と、思いついたときは「これだ!」となったのだが、勢いにまかせていざ実際にやってみたら、こっ恥ずかしさと後悔が一気に噴き出してきて、高揚していた気持ちが押し潰されそうになっていた。

 ……うわああきっとあのイキリ太郎と同類だって思われちゃってるううう──

 だけど今さらあとには引けない。ヒビキは鼻から大きく息を吸い込み、背中の膜翼をひと打ちさせて自身を奮い立たせると、空中から想い人の顔を見下ろした。
 泣き出しそうになるのをこらえているせいで、睨みつけるような顔になっているのはご愛嬌?だ。

「……あ、え……えっ、……と──」
「…………」

 内心でテンパりまくっているドラゴン娘を、驚きと胡散臭さがない混ぜになった表情で黙って見上げていた愁斗だったが、やがて口元に笑みを浮かべると、手にしたプロポを握り直し、そこから伸びたケーブルを鞭のようにしならせる。

 キュィイイイイ──ッとアクチュエータ音を響かせて、メガパペット〈蒼龍〉が両脚を開き、両腕を胸の前に持ち上げて構えをとった。

 to be continued...
23/04/02 22:28更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 MONDOです。
 ずいぶんと長い間が空いてしまいました。「モノアイ・ガールズ」再始動です。
 本当なら決勝戦まで一気にお話を進めるつもりだったのですが、上手くまとめきれずに「中編」という形で投稿しました。
 最初の予定ではこのあと、某怪物狩猟ゲーム脳な連中が「モノホンのドラゴンをひと狩りしようぜ」とばかりにお手製の得物でヒビキに襲いかかって彼女と愁斗に返り討ちにされ、しかしそのことを悪意で拡散されて決勝戦の開催が危ぶまれる──といった展開を考えていました。……ですが、話の収拾がつかなくなりそうなのでやめにしました。
 その分、次回は魔物娘ヘイトなキャラたち(笑)に、また恥ずかしい目にあってもらいましょう。

 後編もがんばって書いていこうと思います。これからもよろしくお願いします。

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