連載小説
[TOP][目次]
07「ドラゴン娘はどらげない(前編)」
 「チナツのゆるふわラジオカフェテリア」、続いては更紗市のラジオネーム・りゅーこさんからのおたより〜!

「こんにちはチナツさん。突然ですがわたしの悩みを聞いてください」

 おー、久々のお悩み相談。聞いちゃいますよ〜♪

「四月に高校デビューしたのですが、クラスの人たちからは、なんか近寄りがたいと思われているというか、おそれられているというか、みんなとなかなか仲良くなれません──」

 え、えっと、まあ、それはそれである意味、注目されているってことじゃない? ていうか、無理に友だち百人作る必要なんてないから……疲れるよ、人間関係。

「……こんなわたしですが、実は他校の男の子とお付き合いしています。でも、彼の前では普通の女の子のフリをしています。なので、化けの皮が剥がれてクラスの人たちみたいに怖がられてしまったらどうしよう──と、いつも不安がついて回ってます。
 自分でも変な悩みごとだと思いますが、どうすればいいでしょうか?」

 ははーん♪ 彼氏くんの前ではイメチェンしてるんだ。乙女だね〜♪
 でもね、むしろ相手にどう思われるかにこだわって、りゅーこさんの方が逆に身構え過ぎていると思うんだけど。
 変にキャラをつくろうとしたりせずに、自然体でいるのが一番いいよ。近寄りがたい雰囲気のときも、普通の女の子しているときも、どっちもあなたなんだから。

 いっそ別人のフリして素のままで会ってみるとか? さすがに漫画じゃないんだから、わかっちゃうか──


─ giant killing ─

 二十四時間後の近未来。

 膝関節部が、悲鳴のような金属音を上げる。
 それでもその機体は、ふらつきながらも両脚を踏ん張った。
 四肢のカウリング(外装)はあちこちが割れ、そこからアクチュエータ駆動用リンゲルが血のように滴り落ちる。灰白色の左腕は完全に死んで≠「て、肩からかろうじてぶら下がっている状態だ。

 まさに満身創痍。その言葉がぴたりと当てはまるのは、それがヒトの形をしているから。

 試合終了まであと一分。だが〈ブラウホルン(青いツノ)〉と名付けられたその人型重機──メガパペットは、残った青い右腕を震わせながら前に突き出し、尚も闘う意思を示した。

 第八回全日本ロボTRY選手権、更紗地区予選会決勝戦。

「ホノカちゃん、こっちはあとどれくらい動ける?」
『もってあと数秒。……でも、向こうも同じ』

 人型の背中から伸びたケーブル。その先端に接続されたプロポ(コントローラー)を握りしめた甲介は、インカムから聞こえてきたパートナーの声に、童顔に似合わない好戦的な笑みを浮かべた。
 対戦相手の機体も右肩のカウリングが脱落してフレームがむき出しになり、胸甲にいくつも亀裂が入っている。両膝部からは駆動用リンゲルが断続的に漏れ続け、向こうも立っているのがやっとのようだ。

「あんなになって勝てるのかよ? ホノカとコースケ」
「わからん……だが、あいつらはまだ、あきらめてない──」

 ゲイザー娘のナギが、ヴァルキリーのルミナが、観客たちが息を詰めて見守る中、相手プレイヤーと目が合った。
 ツンツンした髪をオールバックにした、目つきの鋭い同世代の男子。
 どうやらあっちも、次で決めてくるつもりらしい。

「「…………」」

 静まり返ったバトルステージ。彼らは同時にケーブルをしならせ、プロポのFTディスプレイから動作を選択、トリガーを引き絞った。



 十日前──

「みんなっ、おはようっ♪」

 その女子生徒は教室の扉を開けると同時に、中にいたクラスメイトたちにことさら明るく、朗らかな口調を意識して挨拶した。
 短かった梅雨が明け、セミの声が耳につく季節。
 何処の学校でもある、夏休み前の朝のひとコマ……だが教室にいた生徒たちは、男子も女子も皆一斉に彼女の方へと向き直り、座っていた者もあわてて立ち上がると、

「「「お、おはようございますっっっ!!」」」
「…………」

 ビシッと直立不動の姿勢から、斜め四十五度の角度で揃って一礼を返す。

「あ、ああ、う──うむ、お、おはよう……」

 一瞬で教室中に満ち満ちたその空気に呑まれ、思わず口調を変えて言い直してしまう。だが、そのひと言で皆の間にまたザワッと緊張がはしり、彼女は口元をかすかに引きつらせた。

 ──あああダメだぁ。やっぱりまだ怖がられてるぅぅぅ……

 それを悟られないよう背筋を伸ばし表情を引き締め、ゆっくりとした足取りで自分の席に着く。
 椅子に座って、はああ……と溜め息をひとつ。
 湖水を思わせる紺色の、緩くウエーブのかかった長い髪。
 若干ツリ目気味だが、十人が十人とも「美少女」と評する容貌。
 制服の上からでもわかる、均整のとれたプロポーション。
 プラウスの袖とスカートから伸びた、すらりとした腕と脚。しかしその肘から先と膝から下は、蒼玉色(サファイアブルー)の鱗に覆われた、恐竜を思わせるゴツい爪が生えた手足になっていた。
 頭のてっぺんから後ろ向きに突き出た一対のツノ、ヒレ状の耳、お尻から伸びる太い尻尾。そして今は折り畳んでいるが、背中には巨大な膜翼がある。

 明緑館学園高等部一年A組、ヒビキ。種族はドラゴン。
 「地上の覇者」とも称される、最強クラスの魔物娘。

 もっとも彼女は純粋なドラゴンではなく、第一子以外は異なる種族の魔物娘をランダムに産むラミア種エキドナが母親、そして元の世界では幼い頃から人魔混然とした環境で過ごしてきた。そのためドラゴン種によく見られる、無駄にプライドが高く他者に対して高慢で高圧的な性格ではない──と、自分では思っているらしいのだが……

 ドラゴンって、あのドラゴンよね。ゲームやアニメなんかに出てくる──

 怒らせたらあの爪とか尻尾とかの一撃で、俺ら吹っ飛ばされちまうんじゃね──

 口から火も吹くんでしょ? まんま怪獣じゃん──

 いやいや、噂だとちょっとの間ならマジで怪獣の姿になれるんだと──

 なにそれコワイ──

「…………」

 現実は非情であった。

「なんじゃ、また朝っぱらから辛気くさい溜め息なんぞ吐きおって──」
「姉さん……」

 ドラゴン娘は両腕を前に伸ばして机の上に顎を載せたまま、近寄ってきた声の主を不機嫌そうに半目で見返した。
 肩口で外側にハネた栗色の髪。頭から生えた、やはり同じく人外であることを示す一対のツノ……しかし真っ直ぐに伸びたヒビキのそれとは違い、先端にいくにつれてカールしている。
 目元口元はそっくりだが、全体的に丸みを帯びた幼い顔立ち。背丈はヒビキの胸元に届かず、小柄で起伏のない身体にD組のアラクネ娘ヤヨイが仕立てた特注サイズの制服を纏い、その両腕と両脚は柔らかい獣毛に覆われていて、足の先は蹄になっていた。

「姉さんやレインはいいわよね……もふもふぴこぴこだし」
「いや、擬音で言われても意味わからんのじゃが──」

 ヤギのそれに似た耳を上下させながら額に人差し指の先を当て、彼女は呆れたような口調で首を振った。

 同じエキドナが母親であるヒビキの双子の姉、カナデ。種族はバフォメット。
 「叡智の魔獣」「魔界のマスコット」「ロリコン勇者ホイホイ(笑)」等の二つ名で呼ばれる、これまた最強クラスの魔物娘である。
 ぱっと見が小学三〜四年生くらいなので、知らなければ最強とも「姉」とも思えないのだが。

 ……ふと顔を上げると、ホワイトボードを背にお喋りしているクラスメイトたちの姿が目に入った。

「レイン〜、あんた今日、英語の訳文当たるよ〜。ちゃんと予習してきた〜?」
「なん……だと? あ、いや、私の番は次の回──明後日のはずだぞ」
「山川と沙原が休みだから〜、順番繰り上げられるよ〜」
「あの先生きっちり座席順に当ててくっから、レインのとこまで確実に回ってくるっしょ」
「し、しまったあああっ! 想定してなかったああっ!!」

「いいなあ、みんなと仲よくて……」
「そうか? イジられてるようにしか見えんがの」

 羨ましそうな、それでいて不満げな声を上げるヒビキ。「お願いノート写させてええっ、あおぉ〜ん!」と女子二人に泣きついている黒髪褐色肌のわんこ娘もといアヌビス娘のレインを見やり、カナデはボソッとつぶやいた。
 そして机に突っ伏したまま、ぐるるるる……と唸り声を上げ、腰掛けた椅子の後ろに逃がした尻尾を上下左右に荒ぶらせる妹──そういうことするから余計に怖がられることに、本人は全く気づいていない──の耳元に口を寄せ、笑みを浮かべてそっと囁く。

「どうじゃヒビキ、久しぶりにあれ≠やるか?」
「……!」



 廊下の曲がり角に目を向けると、胸元に本を抱えた粘体ショゴス娘と和弓を肩にのせた一つ目ゲイザー娘が、おしゃべりしながら部室棟の方へ歩いていくのが見えた。

「わたくしと同じ名前の方が『太ももの化身』とか呼ばれているそうなので、わたくしも太ももを強化することにしましたわ」
「ほー、まあがんばれ。……ところで、どっからどこまでがリッカの太ももなんだ?」
「あ……」

 そんなやりとりを聞き流し、平和だなーと、ぼんやり思う。
 その日の放課後、ヒビキはカナデに連れられて、特別教室棟の端っこにある理科準備室の前にいた。

「ホントに大丈夫なの? 姉さん」
「科学部で忘れ物したのじゃ〜困ったのじゃ〜って言うたら、先生がニコニコしながら貸してくれたのじゃ。ついでに飴ちゃんも貰ったのじゃ♪ ほれっ」
「…………」

 得意げに指の先で鍵を回しながら空いた手で飴玉を差し出すバフォメット娘に、呆れたような視線を向ける。飴はとりあえず貰っておくが。
 このちびっこ姉が自身のロリな外見を利用して、他人にいろいろお願い(おねだり)をするのは今に始まったことではないのだが、この世界でも相変わらずなことに身内としてはちょっと恥ずかしいものがある。もっとも科学部の顧問は定年間近なお年なので、おそらく孫娘でも見るような気持ちだったのだろう。
 そんな妹の内心などスルーして、カナデは準備室のドアを開けて中に入った。ヒビキはそのあとに続き、尻尾でドアを閉める。
 カーテンが引かれた部屋の中は薄暗く、授業で使ったらしい実験器具が作業台の上に出しっ放しにされ、コンテナボックスが整理棚の前に雑然と積み上げられていた。

「誰もおらんし、ここなら問題あるまい」
「そうだね、姉さん」

 上向きに差し出された姉の両の手のひらに、ドラゴン娘は自分の両手を重ねた。
 次の瞬間、光の輪──魔法陣が二人の周囲に展開し、ゆっくりと回り始める。

 ヒビキとカナデの身体が変化を始めた。

 二人の頭にあるツノが、小さくなって髪の中へ隠れていく。
 ヒレ耳とヤギ耳が色と形を変えてモーフィングし、ヒトの耳と化す。
 尻尾がスカートの中に引っ込んでいき、四肢の鱗や獣毛もヒトの肌へ置き換わる。
 そしてカナデの背が、向かい合うヒビキと同じくらいに伸びていく。身体付きも胸が膨らみ腰がくびれて年頃の女子らしくなっていき、着ている制服もそれに合わせたサイズへと変化する……

 魔法陣が弾けるように、光の粒になって消失した。
 再び薄暗さを取り戻した準備室の中に立っているのは、ドラゴン娘とバフォメット娘ではなく、髪の長さと色以外は瓜ふたつの姿をした人間の女子生徒が二人──

「うううっ、駄・肉じゃああっ」
「姉さん、毎回それ言ってるわよね……」

 大きくなった自分の胸を揉みしだくカナデに、ヒビキは用意していた黒のハイソックスを履きながら、ボソッとツッコんだ。



 人化の魔法──

 読んで字の如く、ツノや尻尾、翼などといった「魔物」の部分を隠し、異形の下半身をふたつの脚に変えて人間に擬態する術式である。身体構造がヒトのそれに近くなった魔物娘たちなら、必要不要得手不得手はあるものの、誰もが少ない魔力で手軽に使うことができる。
 しかし魔素が薄い(ナギ曰く「普通のマヨネーズとカロリーハーフほど違う」とか)こちらの世界では効き≠ェ弱いらしく、変身が完了するまでの間、ラミア種やマーメイド種は下半身を縦に裂かれる気持ち悪さを、ケンタウロス種やアラクネ種などはお尻に身を押し込まれるような圧迫感をおぼえるのだそうだ。また、ヒト型になっても鱗や獣毛、外骨格などが身体の一部に残ったり、意識していないと気づかないうちに元の姿に戻ってしまったりするらしい。

「……まあそんなこともあって、こっちでは下半身が大きめの§A中がバスや電車なんぞに乗るときや、どこぞの家におよばれしたときくらいにしか、この術式を使うことはないのじゃ」

 レイヤーボブにした栗色の髪にリボンを付け、制服をギャルっぽく着崩した女子高生──人化したカナデが、メロンソーダ片手に年寄りくさい言葉遣いでそう説明する。

「わたしたちはお互いが持つ魔力を補い合って、一時的に魔素の濃い状態を創り出すことができるから、向こうと同じ感覚で完全人化できるし、姿の維持も楽なんだ」

 その隣に座る、制服をきちんと着こなして紺色の髪をクラウンブレイド(王冠編み)に結い上げた少女──同じく人化したヒビキが、アイスティーのグラスに挿したストローから口を離して補足した。

「な──なるほど、ね……」

 ナギとルミナは各々の部活、サイクロプス娘のホノカはパートナーの甲介と、十日後に迫った地区予選会決勝戦に向けてメガパペットの調整中。
 ……ということで放課後の暇を持て余しショッピング街を一人でぶらぶらしていた自称「明緑館学園の魔物娘全員と友だちになる女」である1年B組の文葉は、自分と同じ制服を着た見知らぬ──でも何処かで見たような女子生徒二人にいきなり肩を叩かれて近くにあったファミレスに連れ込まれ、そこで彼女たちの正体を教えられたのである。

「それにしても、カナデのその姿……」
「豊化の魔法を重ね掛けしてるのじゃよ。ちっこいままでヒビキと一緒におったら、知ってる者にはすぐバレしてしまうからの」

 ちびっこな見た目の魔物娘をお姉さん≠フ姿に変える術式である。向こうの世界の「サバト」と呼ばれる魔法集団では、禁術とされているそうだ。

「ふふん、ひと昔前のぴ◯ろ系魔女っ子アニメみたいじゃろ♪」
「なんでそんなの知ってるのよ」

 人差し指を立てて、カナデが得意げにウインクする。その(大きく膨らんだ)胸元に目をやって、ナギがこれ見たら確実にキレるだろうなぁ──と、文葉は心の中でつぶやいた。もっともそんなことより、この双子が人間の同伴なしで学園の外に出られないという約定を、しれっと破っていることを心配する方が先なのだが。

「いつものちびっこ姿でも違和感あるけど、その見た目でおばあちゃん言葉だと、すごく変」
「他の人間の前では普通の女子高生っぽく喋るわい。この口調はワシらバフォメットのアイデンティティじゃからの」
「姉さんの場合、『まじかる☆バフォメット』の主人公に影響されたってのが大きいけどね」
「ぶっ! ……こ、こりゃヒビキっ!?」

 向こうの世界の物語(小説)のタイトルである。ジャンルはジュブナイルやライト文芸に相当するらしく、人魔問わずに人気の読み物なのだとか。
 横目でつぶやくヒビキに、メロンソーダを吹き出しかけるカナデ。
 そんな二人に、文葉は手を口に当てクスクス笑う。

「でも、こうしてるとホントに双子なんだなって……それよかいいの? あたしに魔法で人間に化けてることバラしちゃっても」
「え? あ、え、えっと、フミハは、その……くっ、口が固そうだし──」

 完全人化できることは、他の魔物娘みんなにもナイショなのだとか。
 文葉が双子にいたずらっぽく問いかけると、何故か妹の方がそわそわしだした。「……それに、えっと、そのっ、く──クラスは違うけど、あの……その、わ、わ、わたしと、そのっ、な……仲よく、なって、ほしいな、なんて──」

「というか、いいかげん誰も気付いてくれんのも面白くないのぅ……って思っての」
「ねっ、姉さあぁんっ!?」
「おいおい」

 顔を赤らめ小声でつっかえながら答えるヒビキに、隣に座るカナデが身も蓋もない……というか、さっきと真逆な本音を食い気味にぶっちゃける。もしかしたらさっきの仕返しかもしれない。
 苦笑を浮かべ、ドリンクのお代わりを取ってこようと文葉はグラスを手に席を立った。
 そのとき──

「おかしい! 君は間違ってるッ!」

 いきなり聞こえてきたその声に、三人はビクッと肩をこわばらせ、何事かと顔を見合わせる。
 声のした方をうかがうと、少し離れたボックス席で男子が二人、テーブルを挟んで向かい合っていた。
 ひとりはツンツンした髪をオールバックにした、目つきの鋭い男子高校生。ソファに深く座り、困惑した表情を浮かべている。着ている制服は別の学校のものだが、学年はヒビキたちとそう変わらなさそうだ。
 もうひとりはこちらに背を向けてテーブルに手をつき、立ち上がって身を乗り出している。おそらくさっきの声の主だろう。
 細身で背が高く、クセのない緩くウェーブのかかった髪。その後ろ姿と口調に既視感をおぼえて、文葉は首を傾げた。

「あれって、確か──」
「ロボTRYとやらの予選会で、ホノカに難癖付けよった対戦相手じゃの」

 目を細めて小声で応えるカナデ。魔物娘への偏見があらわになったあの一件(04話参照)は、観客席にいたナギや文葉、オーガ娘のサキ、アラクネ娘のヤヨイから全員に話が伝わっている。ネットにアップロードされた動画を見た者も多い。
 他の客たちが興味を失くして……というか、かかわり合いにならないよう視線をはずす中、カナデが短く呪文を唱えて指を鳴らすと、男子たちの死角──テーブルの裏側に小さな魔法陣が浮かび上がる。
 三人は互いにうなずき合うと、手元にあるもうひとつの魔法陣から聞こえてくる彼らの話し声に、耳をそばだてた……



「……もう一度説明するッ! 君が十日後の決勝戦で戦う明緑館学園のメガパペットは化け物女どもの魔法で不正に強化されているッ! だが連中との対戦経験があるこの僕が君のパートナーになれば奴らの全国大会出場を阻止することができるッ! そう僕が指揮して君が戦うッ! これこそが約束された勝利の方程式ッ!

 テーブルに手をついて身を乗り出し、唾をとばして早口で自分を売り込んでくるのは、立花菱大付属高校のメガパペットプレイヤー神原ジン。不戦勝で上がってきた三回戦で甲介とホノカに敗退し、衆人環視の中でわめき散らした「魔法でズルされたから負けた」という物言いも通らなかったことが未だに受け入れられず、相も変わらず二人を……というか、魔物娘たちを敵視し続けているようだ。

「あのさ、それさっきから『断る』って、ずっと言ってるんだけど……」

 決勝戦の前に是非会って話がしたい──自校の生徒会を通してそう打診され、時間をつくって来てみたのはいいが……ジンの向かい側に座っている深山(みやま)高校のメガパペットプレイヤー志度愁斗(しど・しゅうと)は、露骨に鬱陶しそうな表情をその顔に浮かべ、苛立たしげな口調を隠さずに言い返した。
 だが相手は全く構いもせず、なおも支離滅裂な妄言を吐き続ける。

「君は今までたった一人で戦ってきたッ! だから今さら他人の力を借りるのは恥ずかしいのかもしれないッ! しかし今はそんなことを言っている状況ではないッ! 君一人のワガママで、全てのメガパペットプレイヤーに誇りを捨てさせ奴らに膝を屈せと言うのかッ!
「……あんたが負けたのは、試合中にカッコつけた意味のないイキリモーションを連発して、自分の機体の下半身に負担をかけ過ぎたせい──」

「思い込みによる誹謗中傷ッ!」

「は……?」
「思い込みによる誹謗中傷ッ!」
「お、おい……」
「思い込みによる誹謗中傷ッ!!」
「…………」
「思い込みによるッ、誹謗ッ中傷ッ!!」
「……あんたが言うな」

 先輩の顔を立てて会うだけ会おう、対戦相手の情報が聞ければ御の字だなどと思っていた自分がバカだった。まさかこんなにメンドクサい奴だったとは……愁斗は大きく溜め息を吐くと、睨みつけてくるジンの顔に半眼を向けて、そう言い放った。のだが──

「何度でも言うッ! 〈Gアクセラレータ〉の関節部劣化は卑劣な化け物女どもがかけた魔法が原因だッ!
「あ〜はいはい。けどな、こっちも何度も言うけど、あんたと組む気は一切ないから──」「そうッ! この正当な主張が潰されてッ、悔しくて悲しくて怒りに震えて涙が止まらないッ!!」
「…………」

「マーシャル(運営スタッフ)に両側から引っ張られて退場させられたときも、あんな感じだったっけ……」
「SNSならともかく、現実であんな物言いをするのは……イキリとか通り越していっそ痛々しく見えるのじゃ」
「それより絡まれてるあの人、なんとか助けられないかな? 姉さん」

 相手の話も聞かずにわめき続けるジンの後頭部に、遠目から軽蔑の視線を向ける文葉、カナデ、ヒビキの三人。
 もっとも当人は毛の先ほどもそれに気づかず、呆れ顔の愁斗に向かってさらにさらにまくし立てようとするが、

「俺的にはむしろ、魔法がかかった機体であって欲しかったけどな」

 愁斗は機先を制して皮肉半分、揶揄するように言い放った。「その方が闘って面白いじゃないか──」

「そうかっ! やはり君も僕と同じく、奴らが魔法を使っていることを見破っているのだなっ!!」
「は?」
「それでこそ僕のパートナーにふさわしいっ!!」

 自分の都合のいいことしか耳に入らない、あるいは自分に都合の良いようにしか解釈できない……ジンはいきなり胸ポケットからスマートフォンを取り出し、FTディスプレイを展開させると、話の飛躍に戸惑う愁斗の鼻先に突きつけてきた。

「……なっ!?」

 画面を見た愁斗の目が、怒りでつり上がった。
 そこに表示されていたのは、地区予選会の出場登録ページ──

 【登録チーム名変更】
   現「蒼の龍騎士」
   新「インフィニットリバーサーNEO」
 【登録プレイヤー変更】
   現「志度愁斗」
   新「神原ジンwith志度愁斗」

「何勝手なことしてんだお前ぇっ!? ていうかIDとパスワードどうやってっ!?」
「何も問題ないッ! そうっ! 価値観のアップデートだッ──」

 混乱を避けるため、チーム名、機体名、プレイヤーを変更できるのは一回だけ。
 しかし、画面を前に向けたままジンが得意げに変更確定ボタンをタップしようとした瞬間、警告音とともにFTディスプレイがいきなり捻れたと思うと真っ黒になって消え去り、本体はバッテリー切れの表示を数秒浮かべて一切反応しなくなった。

「んなッ──!?」
「あ〜いたいたっ。約束したのに来なかったから、探してたんだよ〜」

 間髪入れずに背後から、甲高い声が割り込んできた。
 制服姿の見知らぬ女子がふたり、反射的に振り向いたジンを尻目にその横を通り過ぎる。
 紺色の髪を頭の後ろに纏めた少女──ヒビキが戸惑う愁斗の腕を取って立ち上がらせ、同じ顔をした栗色の髪の少女──カナデが肩越しに後ろを指差した。

「ねえコイツ誰? 知り合い〜?」
「……あ、え、えっと、初対面。絡まれてた」
「なっ、なんだお前らッ!? 関係ないのに入ってくるなどっか行けッ!」

 ぞんざいに扱われ、口の端を歪めてわめくジン。
 目の前に立つ少女にウインクされ、愁斗は咄嗟に話を合わせた(嘘は言ってない)。真意はわからないが、こっちが困っているのを見て、ひと芝居打ってくれたのだろう。
 なお、ジンのスマートフォンがいきなり強制終了したのも、彼女──カナデの仕業である。

「用がないなら、さっさと行こ?」「あ、ああ……」
「ま、待てッ! まだ話は終わっていないッ!」

 愁斗を連れ出そうとするヒビキとカナデ。ジンがあわててその前に立ち塞がり、両腕を横に広げた。「……その制服ッ、明緑館学園かッ! さてはお前ら化け物女どもの仲間だなッ!」

「少なくともアンタの仲間じゃないのは間違いないわよ〜。ていうか、あんなことやらかしたくせに、誰がアンタの仲間になるっていうのかな〜立花菱大付属高のぼっちプレイヤーくん♪」

 人差し指を突きつけてイキりたつジンの背後から、三人目──文葉がおどけたような口調で答えを返した。
 口許に薄く笑みを浮かべている。だが、目は全く笑っていない……当然だ。あのときホノカと甲介が観客席から物を投げつけられた、そもそもの原因はコイツなのだから。

「主神教団──じゃなかった、カルト集団の勧誘まがいな真似は見ててムカムカするっ。そこをどけっ!」

 敵≠ニ見定めた相手に、遠慮なんかしない。
 愁斗の横に立つヒビキが眉を吊り上げ、ドラゴンらしく高圧的に言い放った。ファミレスの中じゃなかったら人化を解いて膜翼を広げ、凄んでいるところだ。
 文葉が呼んだのか、男性店員が近づいてくる。ジンは顎を引いて上目で双子を憎々しげに睨み付けると、聞こえるように舌を打ち、捨て台詞を残して踵を返した。

「ガキが……舐めてると潰すぞッ」

 つくづくオリジナリティのない奴である。
 肩を怒らせ大股で店を出ていくその背中を見送ると、愁斗はフンと鼻を鳴らし、そこで何故か顔を赤らめた。

「あ、あのさ……いつまで俺の腕、つかんでるの?」
「えっ?」

 そう問いかけられたヒビキも、つられるように真っ赤になり、あわてて手を放すと、

「うわうわうわごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」

 さっきの強気な態度は何処へやら、すっかりパニクってわたわたと両腕を振り回す。
 そんな妹にやれやれと溜め息を吐くと、カナデはテーブルに残った伝票を摘み上げ、店の入り口に目をやった。

「あやつ、金も払わずに出ていきおった」
「うわぁ……」



 スマートフォンのFTディスプレイを爪でつつき、アドレス帳を表示する。
 リストの中にある「志度愁斗」の文字に、にへへ……と緩んだ笑みを浮かべると、ヒビキは背中からベッドに倒れこんだ。
 Tシャツにストラップレスショーツ──尻尾のある魔物娘は基本、貼り付けるタイプの下着を着けている。マエバリとか言うな(笑)──というあられもない姿で仰向けになったまま、両手でスマートフォンを顔の前に持つ。

「友だち……初めての…………男の子の、友だち──」

 そのまま左右にごろごろとローリング。そしてうつ伏せになると、鼻歌に合わせて尻尾を左右に振る。
 嬉しい。楽しい。連絡先を交換しただけなのに、なんでこんなにウキウキした気分になるのだろう……

 ──三白眼気味だけど、照れて笑う顔は意外と可愛かったな……♪

 志度愁斗、深山高校の二年生。
 今度のロボTRY予選会決勝戦で、ホノカと甲介が戦うメガパペットプレイヤー。
 そして……彼女なし

 撫子寮(明緑館学園女子寮)の自室で、ドラゴン娘は放課後のことを思い返していた。
 あのあと話を切ってくれたお礼にと彼に誘われ、場所を変えて四人でお茶したのだが……

 あ、あの、あのその、わ、わたしっ、そのっ、ひっ、ひびっ、ひひひヒビキって……いっ、一年生でっ、その、明緑館学園でっ、えっと、本日はお日柄もよくっ、じゃなくてあああああ〜っ──

 自己紹介から終始しどろもどろな口調になってしまい、姉と文葉にさんざんからかわれ続けてしまった。よく人化が解けなかったものである。
 愁斗にも何やら生温かく見つめられたりしたが、けどそれはけっして嫌でも不快だったわけでもなく、むしろ今まで感じたことのない、くすぐったいような──

「ひとめ惚れ、じゃな」
「ぅわっきゃあああああああああっ!」

 横からいきなり囁かれ、ヒビキは手にしたスマートフォンを顔の上に落としそうになった。

「ねっ、姉さんっ!? あ、その、ち──違うからっ! そんなんじゃないからねっ!!」
「今さら照れんでもよいじゃろうに……」

 顔を真っ赤にして身を起こし、あたふたと弁解するその姿に、部屋着姿のバフォメット姉──カナデは呆れ顔で溜め息を吐いた。
 フラットな胸の前で腕を組み、半眼で見つめ返す。

「連絡先を教えるくらいじゃから、あやつもお主に気があると思うがの?」
「そ、そっか……あ、で、でも、ま、まずは、えっと、め、メル友から──」
「全く……そこまで奥手じゃと、ドラゾンになるまで未通娘(おぼこ=処女の意。転じてエロいことに耐性のない女性を指す)のままじゃぞヒビキ。ちょっと貸してみい」
「あっ!?」

 いきなり手にしたスマートフォンをひょいと取り上げられ、うつむいていた顔を上げるヒビキ。カナデはディスプレイに映っていた愁斗の名前をタップすると、それを投げ返してきた。

「はわわわっ! まっまだ心の準備があああああっ!」

 聞こえてくる呼び出し音にあわてて、お手玉してしまう。

『もしもし? えっと──』
「はっはいこちらヒビキですっ! かっ感度良好ですっっ!」

 早口でまくし立てるように返事すると、スマートフォンの向こうでプッと吹き出された。
 恥ずかしさで涙目になりながらカナデを睨み返すと、ちびっこ姉はバラエティ番組のADみたく、スケッチブックにカンペを書いてこちらに向けてきた。

 まずは、おごってもらったお礼を言うのじゃ。

「あ、え、えっと、あの、今日はその──あ、ありがとう……」
『お礼を言うのはこっちの方。声かけてもらわなかったら、ややこしいことになってたろうし』
「いえ、そんな──」
『改めてありがとな。あのときは助かった』
「あ、はい……」

 言葉に詰まって、目で助けを求めるヒビキ。
 そんな妹に「しょうがないのう」とつぶやくと、カナデは手にしたスケッチブックを裏返した。

 とにかく会う口実をつくるのじゃ。
 シュウトのちんちんロボット見せてほしいとか言うて。


「…………え、え、え〜っと、あ、あの、こ──今度、シュウトのロボット、メガパペット? を、見せてほしいとか、なんて……その……」
『いいけど……ロボTRYに興味あるの?』
「あ、あの、その──」

 返事に困って姉の方を見ると、

 止まるんじゃねえぞ。

 ドヤ顔でネタをぶっ込まれた。思わずジト眼で睨みつける。
 カナデはあわててページをめくり、ペンを走らせた。

 ウソでもいいから話を途切らせるな、なのじゃ。

「え、え〜っと実はその、と、友だちにそういうの好きな子がいてて……ちょっと興味、あるかな、って……」
『よかったら明後日でいいか? ちょうど土曜日で半ドンだし」
「ハン、ドン……?」

 聞き慣れない言葉に首を捻るヒビキ。だが、愁斗はそれを好意的に解釈した。

『そっか、そっちの学校は土曜日休みなんだ──』
「あ、はい」

 それじゃあ、土曜日のお昼に──

 …………………………………………

 通話を終えたスマートフォンを胸に押し当てると、ヒビキは目を伏せ、ほうっと息を吐いた。

「いっぱい……お喋りできた……」
「よかったのう、ヒビキ」
「うん」

 カナデの優しげな言葉に、笑みを浮かべて首肯する。
 だが──

「ところでヒビキ、おぬしその姿で行く気か?」
「あ……」

 言われて彼女は、スマートフォンを持つ手を見つめる。恐竜を思わせるゴツい爪が生えた、蒼玉色の鱗に覆われた自分の手を。
 頭のてっぺんから真っ直ぐ伸びた一対のツノ、ヒレのような形の耳、背中に畳まれた膜翼、太く長い尻尾……

 はいどう見てもドラゴンです。ありがとうございました。

「ね、姉さあああああんっ!!」
「あ〜わかったわかったのじゃ。その時は人化の術、またかけてやるからっ」

 目をうるうるさせて詰め寄ってくる妹に、ちびっこバフォメット娘の姉は今夜何度目かの溜め息を吐きながら、そう答えた。

 to be continued...



─ appendix ─

 翌日の放課後。

「ヒビキがメガパペットのこと、尋ねてきた……だと?」
「うん。〈ブラウホルン〉の整備してたら、いきなりここにやって来て、『どんな仕組みで動いているんだ?』とか、『どうやって動かすんだ?』とか」

 そう言ってホノカは部室棟の外壁に沿って立つ人型重機を、ちらりと見やった。
 ナギは紅い単眼を瞬かせ、背中の触手をぞわっと逆立てる。

「マジか……あいつ、とうとう欲求不満が溜まってドラゴンカーセックスならぬドラゴンロボセックあだっ!
「もう少し考えて喋らんか貴様っ」
「「…………」」

 ドラゴンカーセックス(Dragon Car Sex)
 欧米のR18コンテンツに対する、厳しすぎる規制への風刺(諸説あり)。

 絵面を想像してドン引きするホノカと甲介。ルミナがどこからか取り出した紙製非殺傷武器──ハリセンで、スゴイ・シツレイな発言に物理的なツッコミを入れた。いい音がした。
 おおおおお……と頭を抱えて大袈裟にうずくまるナギに溜め息を吐き、彼方はホノカたちの方を向いた。

「……せやけど、またなんで急にそんなこと訊きにきたんやろ?」
「わからない。けど、ヒビキ、なんか真剣だった」
「ぼくもそう思う。……そうだ、阿久津さんは何か聞いてる?」
「さ、さあ」

 言いたい。だけど言えない。ここで昨日のことを話したら、ヒビキとカナデが完全人化できることまでバレてしまう。
 甲介の問いかけに、一緒にいた文葉は半笑いを浮かべて返事すると、つい──と目を逸らした。
23/04/02 22:26更新 / MONDO
戻る 次へ

■作者メッセージ
 MONDOです。
 「モノアイ・ガールズ」07話、いかがでしたでしょうか?
 今回新たに登場した十七人の魔物娘の一人、ドラゴン娘のヒビキ。クラスメイトたちの畏怖──というか怪獣扱いに、もにょもにょと悩んじゃう、いささかドラゴンらしくないキャラクターです。
 後編ではそんな彼女が、人化の魔法なしで愁斗に向き合えるかどうかのお話になる予定です。バフォメット娘のちびっこ姉カナデや、予選会決勝戦と絡めてナギたちも活躍させたいと考えています。

 次回もよろしくお願いします。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33