ジゴロの宇宙恐竜 アイギアルムの危機
――ダークネスフィア――
「はッ!」
エドワードはようやく目を覚ます。
「何をされた!?――うぅっ!」
そのまま起き上がろうとするも、途端に全身を走る痛みに耐えかね、呻き声をあげて体を震わせる。
(………………あれから記憶が無いが……どうやら相当遠くまで飛ばされたらしいな)
見れば、何故か自分の体は大地にめり込んでいる。さらに、彼の前方には肉眼では確認出来ぬほど遠くから引きずられた痕があった。
記憶が曖昧故に予想出来るのは、何らかの強烈な力か何かで吹っ飛ばされた末に大地に落下するも勢いを殺しきれず、ここまで引きずられたらしい。
(予め防御しておいて正解だった)
エドワードは安堵した表情で溜息をつく。あの時、これ以上無いほどの強さというぐらいの防護結界を張っておいたが、それが吉と出た。
彼の【ナイトブレイブシュート】があっさり掻き消されるほどの威力の攻撃を防御せずまともに喰らえば、例え生きていたとしても虫の息だったであろう。結局のところ、殺されるのが少し遅れるだけだったに違いない。
「うっ…つつ……やっぱり痛むな」
しかし、それでも攻撃の全てを防ぎきれたわけではなく、全身には大小少なからず火傷を負っていた。四肢に至っては筋繊維の損傷及び骨の所々にヒビが入り、それは肋骨や顎の骨も同じである。
(だがまぁ、それでも戦える)
否、戦わなくてはならない。彼が息を潜めて隠れていたとしても、わざわざ見逃してくれる相手ではない。
「ん……」
ダークネスフィアの闇の中でそう己に言い聞かせている最中、エドワードの頭上に天より一筋の赤黒い光が差す。
「……っ! そうら、おいでなすった!」
しかし、それは彼を照らす陽光などではない。正体に気づいたエドワードが慌てて立ち上がり、その場より飛び退いてより数秒後、そこへ極太の光線が突き刺さる。
「うぉぁぁっ!」
だが躱しはしたが、光線は渇いた大地を深く穿ったところで、さらに大爆発を起こす。その爆風によってエドワードは吹き飛ばされてしまう。
『また会えて嬉しいぞ、勇者よ。しかし、再会して早々逃げ出すというのは、ちとつれないと思わぬか?』
「!」
凄まじい爆風に呑み込まれて吹き飛ばされる中、空中でどうにか体勢を整えようともがく。そんな勇者に虚空より語りかけてくるは件の男。
『吠えろ!! 【エンペラインパクト“狼牙銃(ロウガガン)”】!!』
吹っ飛ぶエドワードの軌道上に現れたエンペラ一世は再会を祝し、勇者の背中目がけて凶暴なる左手の攻撃を喰らわせる。
「ぐぁあァァア!!」
『バウ!! バウ!! バウバウバウバウバウバウバウバウウウウ!!!!』
吹っ飛ぶ勇者を捕まえ、その胴体に咬みつくは、巨大な狼の頭部を模した形へと凝集した強力な衝撃波。それが唸り声をあげながら何度も衝撃の牙を突き立て、たまらずエドワードも悲鳴をあげる。
『ペッ!』
やがて狼の弾頭はエドワードの味に飽きたのか、彼を口から吐き出す。
『【エンペラインパクト“犀角(サイホーン)”】!!』
「うわぁあッ!!」
けれども間髪をいれず、エンペラは狼型の衝撃波を今度は角の長いサイの如き形状に変化させると、それを落下するエドワードへ追撃とばかりに叩きつける。
『では、さらばだ勇者よ!!』
凄絶な笑みを浮かべたエンペラはそのまま体重をかけながら共に落下、弾いたエドワードをその左手のサイの角で大地ごと貫こうとする。
「…もう勝利宣言か?」
そうして高所から地面に叩きつけられ、さらには前面からサイの角を突き刺されたはずのエドワード。
「それは早過ぎるんじゃあないか!?」
『ぬ!?』
だが、衝撃波にさらされたはずのエドワードは何ともない。それどころか、突き刺したはずのサイの角は何故か狙いの心臓を逸れ、勇者の右横に刺さっていた。
「【衝撃流し】――実戦からしばらく離れていたせいで、ようやく今発動出来たがね!」
『何ぃ!?――がふぁ!?』
技を防がれた刹那の驚きの隙を突き、エドワードはエンペラの顎を右脚でおもいきり蹴り上げる。
エドワードもまたエンペラ同様、人類最強と謳われた戦士。立て続けに衝撃波を喰らっている事でエンペラの技の性質を把握しつつあり、結果体術と魔術の併用によって無効化出来ると看破したのである。
「お返しだ」
よろけたエンペラに素早く接近したエドワードは、そのまま皇帝の胸に左右の掌を当てて構える。
「【レボリウムスマッシュ】!」
『ぬぅぁあァァァァァァッッ!!!!』
仰け反りながらも反撃しようとしたエンペラより一瞬疾く、勇者の両掌より衝撃波が打ち込まれ、今度は逆に皇帝が絶叫をあげて吹っ飛ぶ。
「さて、これでようやく当てられるな」
エドワードが淡々と呟く通り、当然これで終わるはずもない。エンペラが技一つでは仕留めるのに不足だと無慈悲に追撃したが、勇者も同じ心づもりであった。
「来い! “パランジャ”!」
勇者の呼びかけに応じ、曇天を切り裂きながら眩い光を伴って彼の前に落ちてきたのは先ほど失ったはずの愛用の剣、『雷霆剣パランジャ』。
主神も恐れたという最強の神の一柱たる雷神インドラ。そんな彼の持ち物の一つだったというこの至高の神剣は、現在の主であるエドワードの呼びかけさえあれば、いつでもその手に戻ってくる能力を持つ。
ちなみにその付き合いは非常に長い。彼が若かりし頃、さらには妻と出会う前から共に戦ってきた相棒にして友――ヤキモチ焼きの魔王も、認めざるをえないほどに。
「さあ見せよう! 僕と、そしてお前の力を!!」
そうして、地面に刺さったその長年の友を引き抜いたエドワードは、早速膨大な魔力を注ぎこみ、切っ先を吹っ飛ぶエンペラへと向ける。
「――“我が手に握るは雷(イカヅチ)。それは天と地を分かち、善なる者の勇気となり、そして悪なる者を浄める”」
魔力充填が完了し、電撃を帯びて輝く刀身。そして、エドワードは腰を落として弓を引くように構え、そのまま刺突を繰り出す。
「輝け雷電!! 【ライトニングブレードシュート】!!」
切っ先より放たれるは、回転する稲妻状の凄まじい威力の光線。それが吹っ飛ぶエンペラへと直撃、エネルギーが解放されると共に、キノコ雲が発生するほどの大爆発を引き起こしたのである。
――魔王城・ガラテアの部屋――
エンペラ一世とエドワード、デルエラが死闘を繰り広げていた頃。
「あっ、あっ……もっと、もっとぉぉぉぉ♥」
汗にまみれ、結合部から卑猥な水音を響かせて交わる男とリリム。それは大いなる不安を恐れ、お互いに忘れようとしたが故。
「ひィん! わたしのいちばんだいじなとこりょグリグリしにゃいでぇ!」
だからこそ、全てを忘却すべくその内容は激しい。
正常位で犯される女はその白い肌を紅潮させ、髪を振り乱し、呂律の回らぬ声で肉の快楽を求める。男はそれに応え、彼女の媚肉を貪り、この女が好む子宮口をひたすらにその一物で突き続けた。
「は、はげしぃいっ♥」
逃れようにも二枚の翼は男が手を突いて押さえつけられている。一方、手は自らの豊満な乳房を激しく揉みしだき、細い脚とハート型の尻尾に至っては男の腰に絡めて自分で逃げ場を失くしている有様。即ち、嫌がっているのは声だけだ。
そのため、男の竿が容赦無く女の膣に出し入れされている。だが、男の方もまた快楽の渦に呑まれてはいるが、女と違い無言でそれを味わっていた。
「……ヒィやぁああ!!」
やがて男の方は疲れたのかリリムに倒れこむと、その邪魔な手をどかし、女の右乳房に吸いつく。揉みしだいて感度が上がっていた柔肉への奇襲に女は再び間抜けな悲鳴をあげる。
しかし、そんな事などお構いなく、男は下品な音を立てて爆乳を吸う。
「で、でない! でないのォ!」
母乳は出ないから吸うのをやめろ、とでも女は言いたいらしい。けれども男は耳を貸さず、それどころか甘噛し始めて女の乳をさらに味わい、舐り、しゃぶり続ける。
「おねがい、やめてぇ……」
潤んだ瞳で女は懇願するも、その媚肉の感触はそれが全くの嘘だと答えている。何故ならこんなに甘く蕩けた具合の膣が、一刻も早い男の射精を求め、まるで別の生き物のように男の一物を扱き上げ、しめつけているからだ。
そして、それをさらに証明するかの如く、女は下半身の密着を強め、抽送の度に陰核が男の肌で擦れるという真似までして快楽を求め、味わっていた。
「あっ! ああぁっ!」
リリムの“本音”に従い、男はより腰に体重をかけ、女の膣に激しい攻めを加える。その度に女の乳房が上下に乱舞し、女は鋭い快楽に耐えかね、甘い嬌声を出して体を仰け反らせる。
「ごっ、ごめんなさいっ! ウソっ、ウソだったのっ!
おっぱいを乱暴にされるのが大好きなの! 私はあなたに無理矢理犯されても気持ち良くなっちゃう変態淫乱王女様なのぉ!」
そうして、ついに女は本性を曝け出す。最高の快楽を貪るべく男の手をどかさせて翼を自由にすると、仰向けの体を器用に反転させ、後背位の体勢となったのだ。
男も女の求めに答え、彼女の翼を乱暴に鷲掴んで腰を突き続け、痛々しいぐらいに破裂音を響かせる。その度、女の雌穴からは悦楽によるものか多量の愛液が漏れ出し、ベッドに大きな染みをいくつも作り、独特の甘く芳しい匂いを振り撒く。
「もう出そう!? 射精しそうなのね!?」
このように、王女様は止めどない快楽に呑まれながらも、膣内に挿し込まれた肉棒の変化を感じ取り、その乱れに乱れた顔で男に微笑みかける。それはまさにリリムの面目躍如とでも言うような、妖艶にして淫靡なものだった。
「私もまたイキそうなの! ねぇお願い、一緒にイッて! 二人同時にイキたいの!」
犯されて快楽を貪りつつも、愛しい男と共に果てたいと健気に言う女。そんな彼女に交わる男もまた応えたいと思う。
「あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥」
そうして今度は女が左脚を上げた背面側位で腰を打ちつけ合う二人だがそう長くは保たず、両者の願うまま、共に限界を迎える。
「あっ おっ …あぁぁアァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜♥」
子宮口に叩きつけ、密着させた剛直の先端より、ついに大量の熱い熱い白濁液と濃厚な“精”が注ぎ込まれる。子宮を急速に満たす大量のそれに女は酔いしれ、ついには絶頂する。
「あ……は……」
夫が手を離すと、妻は涙と涎と鼻水を垂れ流しているという、美しくもはしたない歓喜の淫笑を浮かべたまま、ベッドに突っ伏す。どうやら絶頂と共に、意識も向こう側に行ってしまったようだった。
「…ふぅ〜」
気を失った妻とは逆に夫が一息つくと、快感に呑まれていた頭が急速に冷めていく。
「……まぁ、これで不安に駆られる事は無くなるか」
妻の一人たるリリムのガラテアがベッドに突っ伏して動かぬ様を見て、夫であるゼットン青年は安堵と心配の入り混じった複雑な表情を見せる。しかし、そんな彼の気持ちも、尻を上げたまま失神しているガラテアには分かるはずもなかった。
「義父(オヤジ)とデルエラ義姉(ねえ)ちゃんが両方乗り込んでるって話だもんなぁ…」
しみじみとした様子で一人呟くゼットン。こう見えてもリリムの夫である以上は、どんな輩であろうと自分は魔王の親族として扱われる。それ故に、重要な情報も優先して伝えられるのだ。
したがって、デルエラが一軍を率いてエンペラ帝国の領土へと殴りこんだ事、その隙を突いて帝国軍がレスカティエに攻め込んだ事、それらを討伐しに義父のエドワードが救援に行った事、その義父が一旦こちらに戻って来た際に七戮将ヤプールを捕まえて牢屋に放り込んだ事も全て把握している。
しかしそれだけ事情を知りながらガラテアも、エンペラ本人と魂の繋がっている故かゼットン青年も、何故か妙な胸騒ぎがしていた。そのため、二人は脳裏より一向に離れぬそれを紛らわせるために交わっていたのである。
「二人とも殺しても死ななそうなバケモンだし大丈夫だとは思うが……」
ゼットン青年はひねくれ者だが、それでも義理の両親と義姉には信頼を寄せていた。三人の人柄はもちろん、その強さもまた破格のものである事を彼はよく理解していたのである。
しかし、それを理解していて尚、彼の心に不安があるのも事実だった。これが彼の思い違いならば良かったのだが、さらに悪い事にガラテアもまた同じものを感じていた。
「…ん! どうぞ」
そこでノックの音が聞こえたため、掛け布団で自らの下半身を隠すと、ゼットンは入るよう促す。
「失礼いたします」
入ってきたのは、ガラテア直属のサキュバスであった。
「あの…」
「あー…気にしなくていいよ」
しかし入ってきた途端、主君がとんでもない格好で倒れているのに気づき、サキュバスは赤面する。
「いえ、要件はゼットン様の方でして」
「俺?」
「つい先ほど、アイギアルムの街がエンペラ帝国軍の一隊が攻め込んできたという連絡が入りました」
「何っ!?」
驚いたゼットン青年が慌てて立ち上がるが、途端に男女の性液にまみれた男性器が露わになる。これにはサキュバスの方も驚いて顔を背けてしまい、気づいた彼は慌てて布団で下半身を覆う。
「敵の数は?」
「大体一千ほどだそうです」
「何、たった一千!? たった千人でアイギアルムと闘りあおうってのか!?
あのクソ野郎どもめ! たかが街一つだと思ってナメやがって…!」
報せに対し下半身を隠しつつも憤怒の形相でゼットンが怒る通り、彼の住むアイギアルムの街は明緑魔界でありながら気性の荒い武闘派の魔物娘がわんさかいるという所である。
ゼットンを始め、男の方もゴロツキや前科者もおり、数ある魔界の中でも男女共に戦闘力が高い部類に入る。
「ですが、たった千人とはいえ相手はかつて世界最強を誇ったエンペラ帝国軍。油断なされませぬよう」
「う〜ん、確かに俺だけで行くのは自殺行為」
今度は悩ましい表情になるゼットン青年。たかが一千名といえども彼単独で街に行けば、嬲り殺しにされる哀れな犠牲者が一人増えるのみ。
それはさすがに彼も理解しており、当然御免こうむりたい。
「クレアは帰ってこれそう?」
「あの方の部隊は今激戦の最中。急に戦闘を放棄しろと言うのは難しいかと」
「出来た女だぜ……」
サキュバスの言葉に、先日抱擁を交わして旅立った妻のベルゼブブを思い出し、涙ぐむゼットン青年。
「出会った当初は隙を見せたらブッ殺してやろうと思ってたのに、今じゃアイツのいる方に足を向けて寝られねぇ」
出会った当初は『ワガママ・クソ生意気・暴力的・羽音が耳障り、常識と衛生観念の欠如した、性欲と可愛い見た目だけが取り柄の頭が軽いバカ女』だと思っていた。
しかし、一緒に暮らし始めて分かった事だが、意外にいじらしい所もある。夫にしようと望んだ彼を田舎から半ば無理矢理連れ去ったという負い目があったのか、「一生あなたを養う」と彼に宣言し、彼が働く必要の無いように相応の金を稼ぎ続けた。そして、それは労働によって彼が自らより離れる時間を少しでも減らそうとしたが故である。
彼女は“ディーヴァ”に恥じぬ実力通り、夫を尻に敷くほどの男勝りではあるが、その心は夫からの愛を求め、彼からの愛を独占したいと考える普通の魔物娘だった。
(クレアさんエライなー……私だったら一回ブチのめしてるわ)
感傷にひたるゼットンとは逆に、サキュバスは若干呆れた様子でゼットンを見る。その理由は隣で膣口から精液を垂れ流し、尻を突き上げたまま気絶しているリリムからも明らかである。
「だからこそ、あいつが安心して家に帰ってこれるようにはしてやりたい」
「クレア様はまだ来られませんが、我等ガラテア直属兵団は動けますよ」
「…すまんが力を貸してもらいたい。この通り」
残念ながら自分一人では街を救う力は無い。それを理解するゼットンは迷わずサキュバスに頭を下げた。
「喜んで」
クレアが戦う中、他の妻とイチャつく不届き者であるが、街を救いたい気持ちは本物であるのを見て取ったサキュバスは、彼の頼みを了承した。
「では、そうと決まれば私達は準備をしなければなりませんので、これで失礼いたします」
「ああ。俺は“指揮官殿”を起こしておく」
サキュバスは一礼し、そのまま部屋を出て行く。
「オラァ起きろ!」
遊んでいる暇はないとばかりにゼットンはガラテアの股に生える陰毛を何本か摘み、引っこ抜く。
「――はっ!」
途端、目を覚ますガラテア。
「ねぇ〜ん、続きをしましょう♥」
しかし、さすがはサキュバスの最上位種。意識が戻れば即座に夫へ媚びた笑みを向け、尻尾を男性器に巻きつけて扱き、さらには尻を向けて再び性交へと誘う。
「出撃」
「はぁ?」
けれども夫はその気でなく、それどころか萎える事を言ってくるのでガラテアは不機嫌となる。
「アイギアルムに敵襲」
「…あぁ。それじゃ仕方ないわね」
とはいえ、賢しい妻は珍しく真面目な夫の顔で事情を即座に理解。「それならば」とすぐさま右手の指を弾いて魔術を発動、両者の服を即座に装着する。
「エンペラ帝国軍が一千だとよ」
「たった一千? ずいぶんと甘く見られた……と言いたいところだけど、連中もバカじゃない。
恐らくはそれだけで街の住人を皆殺しに出来る戦力と見た方が良さそうね」
「マジ?」
妻のリリムの見立てに、夫は幾分不安そうな表情となる。
「いいわ。万が一の事態があっても困るし、私の部下達も連れて行く………………あ、そう言えばクレアさんは来れそう?」
「激戦のさなか」
ガラテアに尋ねられ、悲しげに頭を振るゼットン。彼としてはそちらも心配ではあるが、恐らくはアイギアルムよりもさらに戦況は厳しいのだろう。
「そう。一応知らせは行ってると思うけど、余計な心配はかけたくないわね。
だったら彼女が来る必要の無いように早めに終わらせましょう」
とはいえ、相手はかの悪名高いエンペラ帝国軍と知りながら、ガラテアは別段慌てる様子はない。
「余裕ビンビンMAXって感じだけど…大丈夫か?」
「私が勝てないのは七戮将の上位と皇帝だけ。後は全部ザコよ」
「マジかよ…」
ゼットン青年は不敵に微笑む妻の言葉がどうも信じ難いが、冗談には聞こえない。それにしても、クレアもガラテアも一体何故こうも強いのか。
「だったら安心だな」
「あなたも私やクレアさんぐらい強くなれば、何も言うことは無いんだけどね」
「………………」
クレアとの約束を揶揄され、ゼットン青年は渋い顔で黙りこんだのだった。
――アイギアルム――
戦支度は一時間で終わり、ゼットン青年とガラテア、そして彼女の直属兵達はポータルでアイギアルムの街のすぐ近くへと転移する。
「久しぶりの我が街だな…」
青年はしみじみとした様子でそう言うが、屋敷でひどい頭痛を起こしてからガラテアの元を訪ねてより一週間程度。せいぜい隣国へ徒歩で移動した程度の日数である。
「感傷にひたってる場合じゃないわよ」
「おぉっと、そうだった………………アレだな」
わりと発展してはいるが、そこまで大きくない街なので、よそ者なら一発で分かるのがアイギアルム。故に、街の外壁の周りにいる連中がこの街の住人でないのは一目瞭然だった。
「まだ本格的な戦いは始まってはなさそうね……どうやら向こうも来たばっかりみたい。
恐らくは降伏勧告でもして、向こうの出方を窺ってるってところかしら?」
ガラテアが街を千里眼の魔術で見渡すが、街の中ではまだインキュバスや魔物娘の元気な姿が見える。
素人のゼットンから見ても、街からは火の手が一切上がっておらぬところを見ると、妻の言っている事は当たっている気がする。
「…で、どうするんだ?」
「兵を二手に分けましょう。一方は包囲している連中を引きつけ、もう一方は街へ突入。こちらは街中へ侵入している敵を撃破しつつ、民衆の避難を誘導させるわ」
「どうやって逃がすんだよ?」
「こっちには魔女やリッチがいるわ。彼女等には短時間でポータル複数設置なんて朝飯前よ」
ゼットンが後ろを振り返ると、魔女やリッチなどの魔術担当の魔物娘達が笑顔で手を振る。
「そして向こうの頭数は一千、こっちはその倍以上の二千五百。その上、向こうが如何な精鋭であろうと、こっちも魔王軍の中でもリリム直属の精鋭中の精鋭」
「なるほど。数で上回っている上に、質でも向こうに引けを取らないってわけだ」
「そゆこと」
得心した様子の夫に、リリムは笑顔で頷く。
「さあ、貴方達。あいつらに目にもの見せてやりなさい!」
「「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」」
「ついでに独身がいたら、夫にしてかまわないわ! 虜になるほどガンガン犯して、魔物娘の良さを骨の髄、魂にまで刻んでおあげなさい!」
「「「「「「「「はいっ♥」」」」」」」」
デルエラの号令を受け、二千五百人もの魔物娘達は帝国軍と戦うべく散っていく。そして、それを眺めるゼットンとガラテア。
「みんな頑張れよー! 俺は遠くで見てるから!」
「おバカ! アンタと私もやるのよ!」
「ピポッ!」
ところが、自分だけ安全地帯から高みの見物をしようとしたゼットンに憤慨し、彼の頭をガラテアはすぐさまひっぱたく。
「ジョ、ジョークだよ!」
「さっさと行くわよ!」
デルエラは右脇に頭を擦りながらブツブツ小言を言うゼットンを抱えると、その白き両翼を羽ばたかせて空へと飛び上がり、そのまま街へと向かう。
『おっ! 敵の増援が来やがったぜ!』
『ブッ殺して、街の前に首を晒してやらぁ!』
しかし人を抱えて飛んでいるために速度自体は速くなく、まさに二人は飛んで火に入る夏の虫。街へと差し掛かったところで、気づいた敵が鉄砲や遠距離攻撃系の魔術で迎撃してくるも――
「邪魔だ!」
「邪魔よ!」
街の入り口に多数いる敵兵と持ち込んだ大砲などの兵器目がけ、ゼットン青年は口から高熱火球【トリリオンメテオストーム】を右下側に乱射、ガラテアも左手から魔力エネルギー弾を左下側に連射し、二人で激しく爆撃する。
『『『『『『『『どわああああああああああああ!!!!????』』』』』』』』
一応敵には当てないようにはしたが、発生した爆発はそれでも凄まじい。兵器の数々を破壊し、帝国軍の兵士達を吹き飛ばしてしまった。
「これで時間稼ぎは出来たわね!」
「さらばだ諸君! 悪いこと言わんから、さっさと帰れ!」
まずまずの結果に満足し、二人はゼットンの自宅へと急いで飛んでいった。
「おおっ、お前ら! 無事で良かった!」
二人が屋敷の前に降り立つと、住人の魔物娘達が夫の帰りを待ちわびていたとばかりに出てきた。
「旦那様もご無事で〜〜!」
「良かったニャ〜!」
早速、メイドであるサキュバスのエリカと、ワーキャットのリリーが泣きじゃくりながら御主人に抱きつく。
「まだ死ねねーよ。クレアもお前らも孕ませてねーし」
ゼットンはそんな愛しい女達をあやすかのように穏やかな笑みを浮かべ、彼女等の頭を撫でる。これだけ女を囲っておきながら、まだこの青年に子どもはいなかった。
「フン、だったら早めに頼みたいな。この首と体が完全に腐り切る前に」
「あらあら、ヘンリエッタちゃん。アンデッドとはいえ、それ以上腐りきらないでしょ?」
「そうですよ。貴方はまだ死ぬ時では……あ、いやもう亡くなってはいるのでしょうか……」
そして鼻を鳴らして毒づくデュラハンのヘンリエッタと、五本のふさふさとした尻尾を揺らして微笑む妖狐の麗羅。そして、死んでいるのに動いているデュラハンを見て“生”とは何かを考えるダークプリーストのミカ。
そんな彼女等の態度を見るに、会うのは一週間ぶりだが、それでも彼女等を待たせてしまったのを青年は申し訳なく感じたのだった。
「ん?」
このように、無事だった妻達の姿を見て安堵するゼットン青年だったが、そこで彼は一人足りないのに気づく。
「ミレーユは?」
「いびきかいて二階で寝てるよ」
「あぁ!? この状況でか!?」
呆れた表情で語るデュラハンの言葉に、ゼットン青年は驚きを隠せない。
「あいつは自慰だけでは夫のいない寂しさを埋めることが出来ず、毎日浴びるように酒を飲んでいたんだ」
「屋敷の警護役っちゅうのに、あのアマ……職務怠慢じゃねぇか」
苦虫を噛み潰したような顔でゼットン青年は吐き捨てる。
「しょうがないわよ。魔物娘にとって、愛する夫と性交出来ないのは何より苦痛。
紛らわせる方法なんてそれぐらいしか無いのよ」
しかし麗羅が庇うように、屋敷に暮らす他の魔物娘達はミレーユを強く責める事は出来なかった。
ミレーユもオーガらしく豪胆なように見えて、その実態は夫を愛し、自らの肉体と人生を捧げて生きる一人の繊細な魔物娘。彼女の気持ちは痛いほど解ったのだ。
「まあ、それも誰かさんが帰ってこないせいだけど」
「うっ……」
そして、その原因は夫の長逗留。さらに悪い事に、彼は他に作った女の元で安穏で爛れた日々を過ごしていた。
それを指摘されたゼットン青年は罪の意識に耐えきれず、俯いてしまう。
(責任の一端は私にあるけど、黙っておきましょう…)
ちなみに長逗留の際、夫の精を独り占めしていたのはガラテアである。しかし痴話喧嘩に巻き込まれてはたまらないと、賢しいリリムは涼しい顔で静観を決め込んでいた。
「ともかく起こしてくる」
これ以上追及されてはたまらんと、ゼットン青年は屋敷の中に駆け込む。
「彼も大変ね……あら?」
部下から連絡が入った事に気づいたガラテアは、懐からモバイルクリスタルを取り出す。
「何かあったの?」
〈申し訳ございません! 突破されました!〉
「! 人数は?」
〈数人です! 奇怪で強力な戦闘術を使い、こちらが百人がかりでも抑えきれませんでした!〉
「被害は?」
〈幸い、こちらも死に物狂いで戦ったおかげで死者は出ておりませんが……それでも凄惨な怪我を負った者が多数で…〉
「それだけの強さなら…恐らくは隊長ね」
エンペラ帝国軍には変わった伝統がある。それは『隊の指揮官は、その隊で最強の男』というものだ。
こう言うと軍隊というよりは野盗の類に見えなくもない。だが、そのような非効率的な方法を採用した彼等が何故か史上最も世界征服に近づいたのだから、世の中不思議なものである。
しかし、それでもその実力は紛れもない本物であった。
エンペラ帝国が勢力を拡大し、世界中を転戦する内に、隊長達はその武技、あるいは殺人芸を徹底的に磨き上げた。
やがて、皇帝と七戮将達同様、数百もの死線を越えた彼等は魔物をも圧倒する帝国の圧倒的な武力の象徴となったのだ。
「いいわ、負傷した者は撤退させてちょうだい。貴女達の分、私がやり返してあげるから」
冷静に応答してはいるが、ガラテアは怒りのあまりハラワタが煮えくり返りそうであった。可愛い部下が傷つけられるのは、夫と両親姉妹が傷つけられる次に腹立たしい。
「ん!?」
ガラテアがクリスタル越しに部下と話すのを眺めていたヘンリエッタだが、突如庭の地下から響く音に気づき、腰の鞘から剣を抜く。
「噂をすれば影のようね。では、吉報を待っていなさい」
麗羅、エリカ、リリーの三人もまた各々得物を構え、ミカは屋根に飛び乗ると屋敷を丸ごと覆う防護結界を張る。そしてガラテアもモバイルクリスタルの通信を切り、戦闘態勢に入る。
「じゃ、俺は酒でも飲みながら、ここから高みの見物してるからよろしく〜」
「「「「「「お前だけ楽してんじゃねーよ!!!!」」」」」」
しかし窓から身を乗り出した夫が眩しいぐらいの笑顔で語るあんまりな内容に、妻達は一斉にツッコんだのだった。
一方、ダークネスフィアでは。
「〜〜〜〜っっ!!」
エドワードはパランジャを大地に突き刺し、どうにか爆風を耐え抜いて留まる。
「……しまった! やり過ぎたか!?」
だが今更ながら、ここでエドワードは慌て出す。強敵とはいえ、それでも人間相手には過剰な威力の攻撃を当ててしまった事を自覚したのである。
「! いや……」
しかし、そんな心配は杞憂であった。気づいて安堵半分、そして不安半分と言うべきか。
爆心地の中央、陥没した巨大なクレーターには……
『………………』
先ほどと何ら変わらぬ姿で、エンペラが立っていた。
「……ノーダメージか…」
その有様にさすがのエドワードも、半ば信じられぬといった顔で呟く。
『いや……そうでもない。素晴らしい攻撃だったぞ……』
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛………………ン』
暗黒の鎧は受けた電熱によって全身より蒸気を撒き散らし、そして各部を軋ませて耳障りな金属音を鳴らす。
『もっとも、例え鎧が無かろうと、これぐらいでは戦闘不能にはならぬがな』
だが、それも所詮は軽傷だと言わんばかりに、エンペラはクレーターから悠々と這い出てくる。
『これほどの攻撃を受けたのは実に久しぶりだ。そう……』
「……先代の魔王と戦った時以来かな?」
『そうだな』
「それは光栄だ」
今の魔王と違い、先代の魔王は魔族らしく破壊と殺戮を好み、その強さは神々をも脅かした。しかし、人の身でありながらそんな怪物に立ち向かい、また唯一互角に戦えたのが目の前にいるエンペラなのである。
やがて、このダークネスフィアで皇帝と前魔王は一騎討ちを行った。その死闘は飲まず食わず寝ずで四日四晩にも及んだが、結局決着がつかず痛み分けに終わったという。
『だからこそ惜しい。貴様を殺さねばならぬ事が』
「………………」
『もう一度だけ聞いておこう。余に降るつもりは無いか?』
「無い」
『そうか…』
結局前回と同じく、エドワードはきっぱりと皇帝の誘いを断る。分かってはいたが、それでもエンペラは落胆してしまう。
『ならば、戦いの決着をつけねばなるまい。どちらかが死に、どちらかが生き残る』
「…誤解のないよう申し上げておくが、貴方が私を殺す気であろうと、僕の方は貴方を殺す気は無い。
例えどのような大罪人であろうと、殺すのは僕等の信念に反する。そこに例外はない」
神妙な顔で皇帝に告げるエドワード。彼は妻の信念を尊重しており、それに最大限従うつもりである。
勇者時代はやむを得ず敵の生命を奪った事はあれど、インキュバスとなった今ではもうそのような真似はしないと決めている。
『甘いな。そして、それが後でどういう結果を生むのかを分からぬ貴様ではあるまいに』
「甘くて結構。救いの無い世界を塗り替え、甘くて幸せにするのが理想でね!」
『その結果、人が滅び、魔で世界は塗り潰されるというわけか。ならば、その理想とやらを余は叩き潰さねばなるまい!』
皇帝(ビター)と勇者(スウィート)――――お互いを認めつつも相容れぬ両者の理想が交錯し、聖剣と妖槍、光と闇が尚も火花を散らし合ったのである。
「はッ!」
エドワードはようやく目を覚ます。
「何をされた!?――うぅっ!」
そのまま起き上がろうとするも、途端に全身を走る痛みに耐えかね、呻き声をあげて体を震わせる。
(………………あれから記憶が無いが……どうやら相当遠くまで飛ばされたらしいな)
見れば、何故か自分の体は大地にめり込んでいる。さらに、彼の前方には肉眼では確認出来ぬほど遠くから引きずられた痕があった。
記憶が曖昧故に予想出来るのは、何らかの強烈な力か何かで吹っ飛ばされた末に大地に落下するも勢いを殺しきれず、ここまで引きずられたらしい。
(予め防御しておいて正解だった)
エドワードは安堵した表情で溜息をつく。あの時、これ以上無いほどの強さというぐらいの防護結界を張っておいたが、それが吉と出た。
彼の【ナイトブレイブシュート】があっさり掻き消されるほどの威力の攻撃を防御せずまともに喰らえば、例え生きていたとしても虫の息だったであろう。結局のところ、殺されるのが少し遅れるだけだったに違いない。
「うっ…つつ……やっぱり痛むな」
しかし、それでも攻撃の全てを防ぎきれたわけではなく、全身には大小少なからず火傷を負っていた。四肢に至っては筋繊維の損傷及び骨の所々にヒビが入り、それは肋骨や顎の骨も同じである。
(だがまぁ、それでも戦える)
否、戦わなくてはならない。彼が息を潜めて隠れていたとしても、わざわざ見逃してくれる相手ではない。
「ん……」
ダークネスフィアの闇の中でそう己に言い聞かせている最中、エドワードの頭上に天より一筋の赤黒い光が差す。
「……っ! そうら、おいでなすった!」
しかし、それは彼を照らす陽光などではない。正体に気づいたエドワードが慌てて立ち上がり、その場より飛び退いてより数秒後、そこへ極太の光線が突き刺さる。
「うぉぁぁっ!」
だが躱しはしたが、光線は渇いた大地を深く穿ったところで、さらに大爆発を起こす。その爆風によってエドワードは吹き飛ばされてしまう。
『また会えて嬉しいぞ、勇者よ。しかし、再会して早々逃げ出すというのは、ちとつれないと思わぬか?』
「!」
凄まじい爆風に呑み込まれて吹き飛ばされる中、空中でどうにか体勢を整えようともがく。そんな勇者に虚空より語りかけてくるは件の男。
『吠えろ!! 【エンペラインパクト“狼牙銃(ロウガガン)”】!!』
吹っ飛ぶエドワードの軌道上に現れたエンペラ一世は再会を祝し、勇者の背中目がけて凶暴なる左手の攻撃を喰らわせる。
「ぐぁあァァア!!」
『バウ!! バウ!! バウバウバウバウバウバウバウバウウウウ!!!!』
吹っ飛ぶ勇者を捕まえ、その胴体に咬みつくは、巨大な狼の頭部を模した形へと凝集した強力な衝撃波。それが唸り声をあげながら何度も衝撃の牙を突き立て、たまらずエドワードも悲鳴をあげる。
『ペッ!』
やがて狼の弾頭はエドワードの味に飽きたのか、彼を口から吐き出す。
『【エンペラインパクト“犀角(サイホーン)”】!!』
「うわぁあッ!!」
けれども間髪をいれず、エンペラは狼型の衝撃波を今度は角の長いサイの如き形状に変化させると、それを落下するエドワードへ追撃とばかりに叩きつける。
『では、さらばだ勇者よ!!』
凄絶な笑みを浮かべたエンペラはそのまま体重をかけながら共に落下、弾いたエドワードをその左手のサイの角で大地ごと貫こうとする。
「…もう勝利宣言か?」
そうして高所から地面に叩きつけられ、さらには前面からサイの角を突き刺されたはずのエドワード。
「それは早過ぎるんじゃあないか!?」
『ぬ!?』
だが、衝撃波にさらされたはずのエドワードは何ともない。それどころか、突き刺したはずのサイの角は何故か狙いの心臓を逸れ、勇者の右横に刺さっていた。
「【衝撃流し】――実戦からしばらく離れていたせいで、ようやく今発動出来たがね!」
『何ぃ!?――がふぁ!?』
技を防がれた刹那の驚きの隙を突き、エドワードはエンペラの顎を右脚でおもいきり蹴り上げる。
エドワードもまたエンペラ同様、人類最強と謳われた戦士。立て続けに衝撃波を喰らっている事でエンペラの技の性質を把握しつつあり、結果体術と魔術の併用によって無効化出来ると看破したのである。
「お返しだ」
よろけたエンペラに素早く接近したエドワードは、そのまま皇帝の胸に左右の掌を当てて構える。
「【レボリウムスマッシュ】!」
『ぬぅぁあァァァァァァッッ!!!!』
仰け反りながらも反撃しようとしたエンペラより一瞬疾く、勇者の両掌より衝撃波が打ち込まれ、今度は逆に皇帝が絶叫をあげて吹っ飛ぶ。
「さて、これでようやく当てられるな」
エドワードが淡々と呟く通り、当然これで終わるはずもない。エンペラが技一つでは仕留めるのに不足だと無慈悲に追撃したが、勇者も同じ心づもりであった。
「来い! “パランジャ”!」
勇者の呼びかけに応じ、曇天を切り裂きながら眩い光を伴って彼の前に落ちてきたのは先ほど失ったはずの愛用の剣、『雷霆剣パランジャ』。
主神も恐れたという最強の神の一柱たる雷神インドラ。そんな彼の持ち物の一つだったというこの至高の神剣は、現在の主であるエドワードの呼びかけさえあれば、いつでもその手に戻ってくる能力を持つ。
ちなみにその付き合いは非常に長い。彼が若かりし頃、さらには妻と出会う前から共に戦ってきた相棒にして友――ヤキモチ焼きの魔王も、認めざるをえないほどに。
「さあ見せよう! 僕と、そしてお前の力を!!」
そうして、地面に刺さったその長年の友を引き抜いたエドワードは、早速膨大な魔力を注ぎこみ、切っ先を吹っ飛ぶエンペラへと向ける。
「――“我が手に握るは雷(イカヅチ)。それは天と地を分かち、善なる者の勇気となり、そして悪なる者を浄める”」
魔力充填が完了し、電撃を帯びて輝く刀身。そして、エドワードは腰を落として弓を引くように構え、そのまま刺突を繰り出す。
「輝け雷電!! 【ライトニングブレードシュート】!!」
切っ先より放たれるは、回転する稲妻状の凄まじい威力の光線。それが吹っ飛ぶエンペラへと直撃、エネルギーが解放されると共に、キノコ雲が発生するほどの大爆発を引き起こしたのである。
――魔王城・ガラテアの部屋――
エンペラ一世とエドワード、デルエラが死闘を繰り広げていた頃。
「あっ、あっ……もっと、もっとぉぉぉぉ♥」
汗にまみれ、結合部から卑猥な水音を響かせて交わる男とリリム。それは大いなる不安を恐れ、お互いに忘れようとしたが故。
「ひィん! わたしのいちばんだいじなとこりょグリグリしにゃいでぇ!」
だからこそ、全てを忘却すべくその内容は激しい。
正常位で犯される女はその白い肌を紅潮させ、髪を振り乱し、呂律の回らぬ声で肉の快楽を求める。男はそれに応え、彼女の媚肉を貪り、この女が好む子宮口をひたすらにその一物で突き続けた。
「は、はげしぃいっ♥」
逃れようにも二枚の翼は男が手を突いて押さえつけられている。一方、手は自らの豊満な乳房を激しく揉みしだき、細い脚とハート型の尻尾に至っては男の腰に絡めて自分で逃げ場を失くしている有様。即ち、嫌がっているのは声だけだ。
そのため、男の竿が容赦無く女の膣に出し入れされている。だが、男の方もまた快楽の渦に呑まれてはいるが、女と違い無言でそれを味わっていた。
「……ヒィやぁああ!!」
やがて男の方は疲れたのかリリムに倒れこむと、その邪魔な手をどかし、女の右乳房に吸いつく。揉みしだいて感度が上がっていた柔肉への奇襲に女は再び間抜けな悲鳴をあげる。
しかし、そんな事などお構いなく、男は下品な音を立てて爆乳を吸う。
「で、でない! でないのォ!」
母乳は出ないから吸うのをやめろ、とでも女は言いたいらしい。けれども男は耳を貸さず、それどころか甘噛し始めて女の乳をさらに味わい、舐り、しゃぶり続ける。
「おねがい、やめてぇ……」
潤んだ瞳で女は懇願するも、その媚肉の感触はそれが全くの嘘だと答えている。何故ならこんなに甘く蕩けた具合の膣が、一刻も早い男の射精を求め、まるで別の生き物のように男の一物を扱き上げ、しめつけているからだ。
そして、それをさらに証明するかの如く、女は下半身の密着を強め、抽送の度に陰核が男の肌で擦れるという真似までして快楽を求め、味わっていた。
「あっ! ああぁっ!」
リリムの“本音”に従い、男はより腰に体重をかけ、女の膣に激しい攻めを加える。その度に女の乳房が上下に乱舞し、女は鋭い快楽に耐えかね、甘い嬌声を出して体を仰け反らせる。
「ごっ、ごめんなさいっ! ウソっ、ウソだったのっ!
おっぱいを乱暴にされるのが大好きなの! 私はあなたに無理矢理犯されても気持ち良くなっちゃう変態淫乱王女様なのぉ!」
そうして、ついに女は本性を曝け出す。最高の快楽を貪るべく男の手をどかさせて翼を自由にすると、仰向けの体を器用に反転させ、後背位の体勢となったのだ。
男も女の求めに答え、彼女の翼を乱暴に鷲掴んで腰を突き続け、痛々しいぐらいに破裂音を響かせる。その度、女の雌穴からは悦楽によるものか多量の愛液が漏れ出し、ベッドに大きな染みをいくつも作り、独特の甘く芳しい匂いを振り撒く。
「もう出そう!? 射精しそうなのね!?」
このように、王女様は止めどない快楽に呑まれながらも、膣内に挿し込まれた肉棒の変化を感じ取り、その乱れに乱れた顔で男に微笑みかける。それはまさにリリムの面目躍如とでも言うような、妖艶にして淫靡なものだった。
「私もまたイキそうなの! ねぇお願い、一緒にイッて! 二人同時にイキたいの!」
犯されて快楽を貪りつつも、愛しい男と共に果てたいと健気に言う女。そんな彼女に交わる男もまた応えたいと思う。
「あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥」
そうして今度は女が左脚を上げた背面側位で腰を打ちつけ合う二人だがそう長くは保たず、両者の願うまま、共に限界を迎える。
「あっ おっ …あぁぁアァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜♥」
子宮口に叩きつけ、密着させた剛直の先端より、ついに大量の熱い熱い白濁液と濃厚な“精”が注ぎ込まれる。子宮を急速に満たす大量のそれに女は酔いしれ、ついには絶頂する。
「あ……は……」
夫が手を離すと、妻は涙と涎と鼻水を垂れ流しているという、美しくもはしたない歓喜の淫笑を浮かべたまま、ベッドに突っ伏す。どうやら絶頂と共に、意識も向こう側に行ってしまったようだった。
「…ふぅ〜」
気を失った妻とは逆に夫が一息つくと、快感に呑まれていた頭が急速に冷めていく。
「……まぁ、これで不安に駆られる事は無くなるか」
妻の一人たるリリムのガラテアがベッドに突っ伏して動かぬ様を見て、夫であるゼットン青年は安堵と心配の入り混じった複雑な表情を見せる。しかし、そんな彼の気持ちも、尻を上げたまま失神しているガラテアには分かるはずもなかった。
「義父(オヤジ)とデルエラ義姉(ねえ)ちゃんが両方乗り込んでるって話だもんなぁ…」
しみじみとした様子で一人呟くゼットン。こう見えてもリリムの夫である以上は、どんな輩であろうと自分は魔王の親族として扱われる。それ故に、重要な情報も優先して伝えられるのだ。
したがって、デルエラが一軍を率いてエンペラ帝国の領土へと殴りこんだ事、その隙を突いて帝国軍がレスカティエに攻め込んだ事、それらを討伐しに義父のエドワードが救援に行った事、その義父が一旦こちらに戻って来た際に七戮将ヤプールを捕まえて牢屋に放り込んだ事も全て把握している。
しかしそれだけ事情を知りながらガラテアも、エンペラ本人と魂の繋がっている故かゼットン青年も、何故か妙な胸騒ぎがしていた。そのため、二人は脳裏より一向に離れぬそれを紛らわせるために交わっていたのである。
「二人とも殺しても死ななそうなバケモンだし大丈夫だとは思うが……」
ゼットン青年はひねくれ者だが、それでも義理の両親と義姉には信頼を寄せていた。三人の人柄はもちろん、その強さもまた破格のものである事を彼はよく理解していたのである。
しかし、それを理解していて尚、彼の心に不安があるのも事実だった。これが彼の思い違いならば良かったのだが、さらに悪い事にガラテアもまた同じものを感じていた。
「…ん! どうぞ」
そこでノックの音が聞こえたため、掛け布団で自らの下半身を隠すと、ゼットンは入るよう促す。
「失礼いたします」
入ってきたのは、ガラテア直属のサキュバスであった。
「あの…」
「あー…気にしなくていいよ」
しかし入ってきた途端、主君がとんでもない格好で倒れているのに気づき、サキュバスは赤面する。
「いえ、要件はゼットン様の方でして」
「俺?」
「つい先ほど、アイギアルムの街がエンペラ帝国軍の一隊が攻め込んできたという連絡が入りました」
「何っ!?」
驚いたゼットン青年が慌てて立ち上がるが、途端に男女の性液にまみれた男性器が露わになる。これにはサキュバスの方も驚いて顔を背けてしまい、気づいた彼は慌てて布団で下半身を覆う。
「敵の数は?」
「大体一千ほどだそうです」
「何、たった一千!? たった千人でアイギアルムと闘りあおうってのか!?
あのクソ野郎どもめ! たかが街一つだと思ってナメやがって…!」
報せに対し下半身を隠しつつも憤怒の形相でゼットンが怒る通り、彼の住むアイギアルムの街は明緑魔界でありながら気性の荒い武闘派の魔物娘がわんさかいるという所である。
ゼットンを始め、男の方もゴロツキや前科者もおり、数ある魔界の中でも男女共に戦闘力が高い部類に入る。
「ですが、たった千人とはいえ相手はかつて世界最強を誇ったエンペラ帝国軍。油断なされませぬよう」
「う〜ん、確かに俺だけで行くのは自殺行為」
今度は悩ましい表情になるゼットン青年。たかが一千名といえども彼単独で街に行けば、嬲り殺しにされる哀れな犠牲者が一人増えるのみ。
それはさすがに彼も理解しており、当然御免こうむりたい。
「クレアは帰ってこれそう?」
「あの方の部隊は今激戦の最中。急に戦闘を放棄しろと言うのは難しいかと」
「出来た女だぜ……」
サキュバスの言葉に、先日抱擁を交わして旅立った妻のベルゼブブを思い出し、涙ぐむゼットン青年。
「出会った当初は隙を見せたらブッ殺してやろうと思ってたのに、今じゃアイツのいる方に足を向けて寝られねぇ」
出会った当初は『ワガママ・クソ生意気・暴力的・羽音が耳障り、常識と衛生観念の欠如した、性欲と可愛い見た目だけが取り柄の頭が軽いバカ女』だと思っていた。
しかし、一緒に暮らし始めて分かった事だが、意外にいじらしい所もある。夫にしようと望んだ彼を田舎から半ば無理矢理連れ去ったという負い目があったのか、「一生あなたを養う」と彼に宣言し、彼が働く必要の無いように相応の金を稼ぎ続けた。そして、それは労働によって彼が自らより離れる時間を少しでも減らそうとしたが故である。
彼女は“ディーヴァ”に恥じぬ実力通り、夫を尻に敷くほどの男勝りではあるが、その心は夫からの愛を求め、彼からの愛を独占したいと考える普通の魔物娘だった。
(クレアさんエライなー……私だったら一回ブチのめしてるわ)
感傷にひたるゼットンとは逆に、サキュバスは若干呆れた様子でゼットンを見る。その理由は隣で膣口から精液を垂れ流し、尻を突き上げたまま気絶しているリリムからも明らかである。
「だからこそ、あいつが安心して家に帰ってこれるようにはしてやりたい」
「クレア様はまだ来られませんが、我等ガラテア直属兵団は動けますよ」
「…すまんが力を貸してもらいたい。この通り」
残念ながら自分一人では街を救う力は無い。それを理解するゼットンは迷わずサキュバスに頭を下げた。
「喜んで」
クレアが戦う中、他の妻とイチャつく不届き者であるが、街を救いたい気持ちは本物であるのを見て取ったサキュバスは、彼の頼みを了承した。
「では、そうと決まれば私達は準備をしなければなりませんので、これで失礼いたします」
「ああ。俺は“指揮官殿”を起こしておく」
サキュバスは一礼し、そのまま部屋を出て行く。
「オラァ起きろ!」
遊んでいる暇はないとばかりにゼットンはガラテアの股に生える陰毛を何本か摘み、引っこ抜く。
「――はっ!」
途端、目を覚ますガラテア。
「ねぇ〜ん、続きをしましょう♥」
しかし、さすがはサキュバスの最上位種。意識が戻れば即座に夫へ媚びた笑みを向け、尻尾を男性器に巻きつけて扱き、さらには尻を向けて再び性交へと誘う。
「出撃」
「はぁ?」
けれども夫はその気でなく、それどころか萎える事を言ってくるのでガラテアは不機嫌となる。
「アイギアルムに敵襲」
「…あぁ。それじゃ仕方ないわね」
とはいえ、賢しい妻は珍しく真面目な夫の顔で事情を即座に理解。「それならば」とすぐさま右手の指を弾いて魔術を発動、両者の服を即座に装着する。
「エンペラ帝国軍が一千だとよ」
「たった一千? ずいぶんと甘く見られた……と言いたいところだけど、連中もバカじゃない。
恐らくはそれだけで街の住人を皆殺しに出来る戦力と見た方が良さそうね」
「マジ?」
妻のリリムの見立てに、夫は幾分不安そうな表情となる。
「いいわ。万が一の事態があっても困るし、私の部下達も連れて行く………………あ、そう言えばクレアさんは来れそう?」
「激戦のさなか」
ガラテアに尋ねられ、悲しげに頭を振るゼットン。彼としてはそちらも心配ではあるが、恐らくはアイギアルムよりもさらに戦況は厳しいのだろう。
「そう。一応知らせは行ってると思うけど、余計な心配はかけたくないわね。
だったら彼女が来る必要の無いように早めに終わらせましょう」
とはいえ、相手はかの悪名高いエンペラ帝国軍と知りながら、ガラテアは別段慌てる様子はない。
「余裕ビンビンMAXって感じだけど…大丈夫か?」
「私が勝てないのは七戮将の上位と皇帝だけ。後は全部ザコよ」
「マジかよ…」
ゼットン青年は不敵に微笑む妻の言葉がどうも信じ難いが、冗談には聞こえない。それにしても、クレアもガラテアも一体何故こうも強いのか。
「だったら安心だな」
「あなたも私やクレアさんぐらい強くなれば、何も言うことは無いんだけどね」
「………………」
クレアとの約束を揶揄され、ゼットン青年は渋い顔で黙りこんだのだった。
――アイギアルム――
戦支度は一時間で終わり、ゼットン青年とガラテア、そして彼女の直属兵達はポータルでアイギアルムの街のすぐ近くへと転移する。
「久しぶりの我が街だな…」
青年はしみじみとした様子でそう言うが、屋敷でひどい頭痛を起こしてからガラテアの元を訪ねてより一週間程度。せいぜい隣国へ徒歩で移動した程度の日数である。
「感傷にひたってる場合じゃないわよ」
「おぉっと、そうだった………………アレだな」
わりと発展してはいるが、そこまで大きくない街なので、よそ者なら一発で分かるのがアイギアルム。故に、街の外壁の周りにいる連中がこの街の住人でないのは一目瞭然だった。
「まだ本格的な戦いは始まってはなさそうね……どうやら向こうも来たばっかりみたい。
恐らくは降伏勧告でもして、向こうの出方を窺ってるってところかしら?」
ガラテアが街を千里眼の魔術で見渡すが、街の中ではまだインキュバスや魔物娘の元気な姿が見える。
素人のゼットンから見ても、街からは火の手が一切上がっておらぬところを見ると、妻の言っている事は当たっている気がする。
「…で、どうするんだ?」
「兵を二手に分けましょう。一方は包囲している連中を引きつけ、もう一方は街へ突入。こちらは街中へ侵入している敵を撃破しつつ、民衆の避難を誘導させるわ」
「どうやって逃がすんだよ?」
「こっちには魔女やリッチがいるわ。彼女等には短時間でポータル複数設置なんて朝飯前よ」
ゼットンが後ろを振り返ると、魔女やリッチなどの魔術担当の魔物娘達が笑顔で手を振る。
「そして向こうの頭数は一千、こっちはその倍以上の二千五百。その上、向こうが如何な精鋭であろうと、こっちも魔王軍の中でもリリム直属の精鋭中の精鋭」
「なるほど。数で上回っている上に、質でも向こうに引けを取らないってわけだ」
「そゆこと」
得心した様子の夫に、リリムは笑顔で頷く。
「さあ、貴方達。あいつらに目にもの見せてやりなさい!」
「「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」」
「ついでに独身がいたら、夫にしてかまわないわ! 虜になるほどガンガン犯して、魔物娘の良さを骨の髄、魂にまで刻んでおあげなさい!」
「「「「「「「「はいっ♥」」」」」」」」
デルエラの号令を受け、二千五百人もの魔物娘達は帝国軍と戦うべく散っていく。そして、それを眺めるゼットンとガラテア。
「みんな頑張れよー! 俺は遠くで見てるから!」
「おバカ! アンタと私もやるのよ!」
「ピポッ!」
ところが、自分だけ安全地帯から高みの見物をしようとしたゼットンに憤慨し、彼の頭をガラテアはすぐさまひっぱたく。
「ジョ、ジョークだよ!」
「さっさと行くわよ!」
デルエラは右脇に頭を擦りながらブツブツ小言を言うゼットンを抱えると、その白き両翼を羽ばたかせて空へと飛び上がり、そのまま街へと向かう。
『おっ! 敵の増援が来やがったぜ!』
『ブッ殺して、街の前に首を晒してやらぁ!』
しかし人を抱えて飛んでいるために速度自体は速くなく、まさに二人は飛んで火に入る夏の虫。街へと差し掛かったところで、気づいた敵が鉄砲や遠距離攻撃系の魔術で迎撃してくるも――
「邪魔だ!」
「邪魔よ!」
街の入り口に多数いる敵兵と持ち込んだ大砲などの兵器目がけ、ゼットン青年は口から高熱火球【トリリオンメテオストーム】を右下側に乱射、ガラテアも左手から魔力エネルギー弾を左下側に連射し、二人で激しく爆撃する。
『『『『『『『『どわああああああああああああ!!!!????』』』』』』』』
一応敵には当てないようにはしたが、発生した爆発はそれでも凄まじい。兵器の数々を破壊し、帝国軍の兵士達を吹き飛ばしてしまった。
「これで時間稼ぎは出来たわね!」
「さらばだ諸君! 悪いこと言わんから、さっさと帰れ!」
まずまずの結果に満足し、二人はゼットンの自宅へと急いで飛んでいった。
「おおっ、お前ら! 無事で良かった!」
二人が屋敷の前に降り立つと、住人の魔物娘達が夫の帰りを待ちわびていたとばかりに出てきた。
「旦那様もご無事で〜〜!」
「良かったニャ〜!」
早速、メイドであるサキュバスのエリカと、ワーキャットのリリーが泣きじゃくりながら御主人に抱きつく。
「まだ死ねねーよ。クレアもお前らも孕ませてねーし」
ゼットンはそんな愛しい女達をあやすかのように穏やかな笑みを浮かべ、彼女等の頭を撫でる。これだけ女を囲っておきながら、まだこの青年に子どもはいなかった。
「フン、だったら早めに頼みたいな。この首と体が完全に腐り切る前に」
「あらあら、ヘンリエッタちゃん。アンデッドとはいえ、それ以上腐りきらないでしょ?」
「そうですよ。貴方はまだ死ぬ時では……あ、いやもう亡くなってはいるのでしょうか……」
そして鼻を鳴らして毒づくデュラハンのヘンリエッタと、五本のふさふさとした尻尾を揺らして微笑む妖狐の麗羅。そして、死んでいるのに動いているデュラハンを見て“生”とは何かを考えるダークプリーストのミカ。
そんな彼女等の態度を見るに、会うのは一週間ぶりだが、それでも彼女等を待たせてしまったのを青年は申し訳なく感じたのだった。
「ん?」
このように、無事だった妻達の姿を見て安堵するゼットン青年だったが、そこで彼は一人足りないのに気づく。
「ミレーユは?」
「いびきかいて二階で寝てるよ」
「あぁ!? この状況でか!?」
呆れた表情で語るデュラハンの言葉に、ゼットン青年は驚きを隠せない。
「あいつは自慰だけでは夫のいない寂しさを埋めることが出来ず、毎日浴びるように酒を飲んでいたんだ」
「屋敷の警護役っちゅうのに、あのアマ……職務怠慢じゃねぇか」
苦虫を噛み潰したような顔でゼットン青年は吐き捨てる。
「しょうがないわよ。魔物娘にとって、愛する夫と性交出来ないのは何より苦痛。
紛らわせる方法なんてそれぐらいしか無いのよ」
しかし麗羅が庇うように、屋敷に暮らす他の魔物娘達はミレーユを強く責める事は出来なかった。
ミレーユもオーガらしく豪胆なように見えて、その実態は夫を愛し、自らの肉体と人生を捧げて生きる一人の繊細な魔物娘。彼女の気持ちは痛いほど解ったのだ。
「まあ、それも誰かさんが帰ってこないせいだけど」
「うっ……」
そして、その原因は夫の長逗留。さらに悪い事に、彼は他に作った女の元で安穏で爛れた日々を過ごしていた。
それを指摘されたゼットン青年は罪の意識に耐えきれず、俯いてしまう。
(責任の一端は私にあるけど、黙っておきましょう…)
ちなみに長逗留の際、夫の精を独り占めしていたのはガラテアである。しかし痴話喧嘩に巻き込まれてはたまらないと、賢しいリリムは涼しい顔で静観を決め込んでいた。
「ともかく起こしてくる」
これ以上追及されてはたまらんと、ゼットン青年は屋敷の中に駆け込む。
「彼も大変ね……あら?」
部下から連絡が入った事に気づいたガラテアは、懐からモバイルクリスタルを取り出す。
「何かあったの?」
〈申し訳ございません! 突破されました!〉
「! 人数は?」
〈数人です! 奇怪で強力な戦闘術を使い、こちらが百人がかりでも抑えきれませんでした!〉
「被害は?」
〈幸い、こちらも死に物狂いで戦ったおかげで死者は出ておりませんが……それでも凄惨な怪我を負った者が多数で…〉
「それだけの強さなら…恐らくは隊長ね」
エンペラ帝国軍には変わった伝統がある。それは『隊の指揮官は、その隊で最強の男』というものだ。
こう言うと軍隊というよりは野盗の類に見えなくもない。だが、そのような非効率的な方法を採用した彼等が何故か史上最も世界征服に近づいたのだから、世の中不思議なものである。
しかし、それでもその実力は紛れもない本物であった。
エンペラ帝国が勢力を拡大し、世界中を転戦する内に、隊長達はその武技、あるいは殺人芸を徹底的に磨き上げた。
やがて、皇帝と七戮将達同様、数百もの死線を越えた彼等は魔物をも圧倒する帝国の圧倒的な武力の象徴となったのだ。
「いいわ、負傷した者は撤退させてちょうだい。貴女達の分、私がやり返してあげるから」
冷静に応答してはいるが、ガラテアは怒りのあまりハラワタが煮えくり返りそうであった。可愛い部下が傷つけられるのは、夫と両親姉妹が傷つけられる次に腹立たしい。
「ん!?」
ガラテアがクリスタル越しに部下と話すのを眺めていたヘンリエッタだが、突如庭の地下から響く音に気づき、腰の鞘から剣を抜く。
「噂をすれば影のようね。では、吉報を待っていなさい」
麗羅、エリカ、リリーの三人もまた各々得物を構え、ミカは屋根に飛び乗ると屋敷を丸ごと覆う防護結界を張る。そしてガラテアもモバイルクリスタルの通信を切り、戦闘態勢に入る。
「じゃ、俺は酒でも飲みながら、ここから高みの見物してるからよろしく〜」
「「「「「「お前だけ楽してんじゃねーよ!!!!」」」」」」
しかし窓から身を乗り出した夫が眩しいぐらいの笑顔で語るあんまりな内容に、妻達は一斉にツッコんだのだった。
一方、ダークネスフィアでは。
「〜〜〜〜っっ!!」
エドワードはパランジャを大地に突き刺し、どうにか爆風を耐え抜いて留まる。
「……しまった! やり過ぎたか!?」
だが今更ながら、ここでエドワードは慌て出す。強敵とはいえ、それでも人間相手には過剰な威力の攻撃を当ててしまった事を自覚したのである。
「! いや……」
しかし、そんな心配は杞憂であった。気づいて安堵半分、そして不安半分と言うべきか。
爆心地の中央、陥没した巨大なクレーターには……
『………………』
先ほどと何ら変わらぬ姿で、エンペラが立っていた。
「……ノーダメージか…」
その有様にさすがのエドワードも、半ば信じられぬといった顔で呟く。
『いや……そうでもない。素晴らしい攻撃だったぞ……』
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛………………ン』
暗黒の鎧は受けた電熱によって全身より蒸気を撒き散らし、そして各部を軋ませて耳障りな金属音を鳴らす。
『もっとも、例え鎧が無かろうと、これぐらいでは戦闘不能にはならぬがな』
だが、それも所詮は軽傷だと言わんばかりに、エンペラはクレーターから悠々と這い出てくる。
『これほどの攻撃を受けたのは実に久しぶりだ。そう……』
「……先代の魔王と戦った時以来かな?」
『そうだな』
「それは光栄だ」
今の魔王と違い、先代の魔王は魔族らしく破壊と殺戮を好み、その強さは神々をも脅かした。しかし、人の身でありながらそんな怪物に立ち向かい、また唯一互角に戦えたのが目の前にいるエンペラなのである。
やがて、このダークネスフィアで皇帝と前魔王は一騎討ちを行った。その死闘は飲まず食わず寝ずで四日四晩にも及んだが、結局決着がつかず痛み分けに終わったという。
『だからこそ惜しい。貴様を殺さねばならぬ事が』
「………………」
『もう一度だけ聞いておこう。余に降るつもりは無いか?』
「無い」
『そうか…』
結局前回と同じく、エドワードはきっぱりと皇帝の誘いを断る。分かってはいたが、それでもエンペラは落胆してしまう。
『ならば、戦いの決着をつけねばなるまい。どちらかが死に、どちらかが生き残る』
「…誤解のないよう申し上げておくが、貴方が私を殺す気であろうと、僕の方は貴方を殺す気は無い。
例えどのような大罪人であろうと、殺すのは僕等の信念に反する。そこに例外はない」
神妙な顔で皇帝に告げるエドワード。彼は妻の信念を尊重しており、それに最大限従うつもりである。
勇者時代はやむを得ず敵の生命を奪った事はあれど、インキュバスとなった今ではもうそのような真似はしないと決めている。
『甘いな。そして、それが後でどういう結果を生むのかを分からぬ貴様ではあるまいに』
「甘くて結構。救いの無い世界を塗り替え、甘くて幸せにするのが理想でね!」
『その結果、人が滅び、魔で世界は塗り潰されるというわけか。ならば、その理想とやらを余は叩き潰さねばなるまい!』
皇帝(ビター)と勇者(スウィート)――――お互いを認めつつも相容れぬ両者の理想が交錯し、聖剣と妖槍、光と闇が尚も火花を散らし合ったのである。
17/10/07 16:00更新 / フルメタル・ミサイル
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