連載小説
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狂悖暴戻の宇宙恐竜 非道!皇帝直轄軍
 ――アイギアルム――

「さあ、敵さんのお出ましよ!」

 リリムが呼びかけるまでもない。地面を掘り進む派手な音が段々とこちらに近づいてくるのに気づいた魔物娘達は、即座に臨戦態勢へと移る。

(………………)

 一方、女ながらに勇ましい妻達とは対照的に、開いた窓から顔だけ出し、下の様子を恐る恐る覗き込むゼットン青年。

(まあ、いても役に立たねーのが分かってはいるが……男としては歯痒いぜ…)

 もちろん、それは情けなく思う。妻達は表で敵と戦おうとしているのに、男である自分は怯えて家に隠れているのだから。
 だが、妻達はそれを責めない。何故なら、この場で一番“素人”はゼットン青年だからである。
 確かに彼の腕っ節は強い。五、六人に囲まれたとて、大した怪我も負わず返り討ちに出来るだけの力量はある。しかし、それはあくまでゴロツキ相手の街中の喧嘩であって、矢や鉛玉の飛び交う戦場での殺し合いにおいてではない。
 確かに段々と神秘的な力を身に付けつつあるが、それでも所詮は素人の域を出ないのだ。
 そんな輩が戦地に出るのは死にに行くようなもの。そのため夫が街の危機、ひいては妻達の身を案じて駆けつけてくれた事に彼女等は内心嬉しく思ったものの、それでも今は大人しく隠れてもらった方が良いと考えていた。

「気にするな、助太刀は不要だ。ああ言いはしたが、下手に出張ってお前に死なれても困るからな」

 デュラハンのヘンリエッテは窓の方へ向き、無力さを恥じる夫へ気遣いの言葉をかける。
 魔物娘達は先ほど一人だけサボろうとした夫へ痛烈な罵倒をしたが、あれは夫がボケて妻達がツッコむ変形型の夫婦漫才。ヘンリエッテ同様、皆実際には本心では夫の参戦を望んでいないのだ。
 だが、戦力が増えぬ事に問題はない。魔物は美しい女へと変化したが、それでも依然“戦闘種族”のままだからだ。
 どんなに大人しい種、平凡に暮らしてきた個体であろうと、訓練された兵士相手に自衛出来るだけの身体能力、戦闘能力は持っている。そして、それは愛する夫や子供達を守る時、最も発揮されるものなのだ。

「……無理すんなよ。人間だろうと魔物娘だろうと、血の繋がりがあろうと無かろうと、お前らが俺の家族である事には変わりねぇ。
 親父とお袋の時もそうだったが、家族に目の前で死なれるのは悲しいからよ……」

 剽軽な彼らしくない沈痛な面持ちで、窓から妻達に語りかけるゼットン。

「死なんよ、私は。というか、既に死んでいるしな」
「ご心配なく。私と貴方が行くのは冥府でなく、万魔殿(パンデモニウム)ですよ」
「子どもも産まずに死ぬのはイヤですから死にません」
「尻尾が九本になるまでは死ねないわ」
「今月のお給料まだ貰ってニャいから、まだ死んでたまるかニャ」
「リリムが死ぬわけないじゃなぁ〜い?」

 そして、そんな夫を励ますかのように、振り返った妻達は皆一様にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた。

(あっ、死なねーなコリャ…)

 そんな彼女等の様子に青年は安堵というか、どう殺しても死なないであろうという妙な確信を覚えた。そのため、沈痛な面持ちから一転し、複雑そうな表情へと変わる。

「武運を祈る!」

 ともかく、そんな魔物娘達を見たゼットンは、最早自分の出る幕は無いと悟る。
 最後にそれだけ言うと青年は頭を引っ込め、窓も閉めて部屋の奥に隠れたのである。

「さぁ〜て、ここからはビターでグロテスク、さらにはショッキングでバイオレンスな世界。
 愛しい旦那様には刺激が強すぎるから、引っ込んでもらえて良かったわ」

 ゼットンが引っ込んだのを見届けた妖狐の麗羅が不敵な笑みから一転、険しい表情で語る通り、敵は並ではない。
 恐らくはこのアイギアルムの街を問題なく蹂躙出来るとエンペラ帝国が判断した千人余り。そして、その戦力の大部分を担うであろう、かつて魔物殺しで名を馳せた猛将達。こちらが如何に強壮な魔物娘達であろうと、決して甘く見れるような相手ではない。

「………………」

 地面を掘り進む音は段々と大きくなっていき、敵の接近を告げる。ヘンリエッテはいつでも抜剣出来るよう、左腰に差した魔界鉄製のサーベルの柄に手をかける。

「いよいよね…」

 やがて、掘削音は屋敷の門前で停止。それを感じ取ったガラテアが呟いた直後、屋敷の門前の土が盛り上がり――

『――――ガッモアァァァァァァァァッッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!』

 ――ついに“それ”が現れる。

『……おや? わざわざお出迎えとは恐れ入る』

 庭土をほじくり返し、地中より土まみれになりながら飛び出してきた一人の男。
 現れるなり周囲を見回し、既に魔物娘達に己の存在を察知されていたと知るも、その態度からして全く動じていない。

「「「「「………………」」」」」

 五人の魔物娘達が警戒して凝視する通り、泥だらけになっているのを含めても、男は不気味な風貌であった。
 黒茶色に塗装された籠手と脚絆、同じ色のブリガンダイン鎧に加え、背中に羽織った分厚いマント。頭にはコブラの頭部を模したような形の黒茶の兜をかぶり、またその後ろからはハリネズミやヤマアラシを思わせる鋭く尖った黒髪が膝の辺りまで伸びていた。
 面貌はお世辞にも美形とは言えない。それどころか好戦性・残忍さが見て取れるほどの凶相で、顔や首の至る所に傷があり、また黒い瞳のギョロ目が特徴的である。

『ガモモモ! だがまぁ、歓迎されているわけじゃあ、なさそうだなァ!』

 男は改めて魔物娘達を一瞥するも、歓迎されている空気ではない。しかし、それは百も承知の事。
 如何に下等生物といえど、それなりの知性はある。彼がこれから一体何をする気なのか、恐らく理解しているのであろうから、さすがにそんな気などは起きないのであろう。

「そんな事はなくてよ?」

 だが、そんな男の予想に反し、サキュバス種と思しき女が彼の前に進み出ると、この世のものとは思えぬ妖艶な顔で微笑みかける。

『………………』

 リリムが男を魅了する際、術を用いる必要すら無いという。
 魅了の力が既に滲み出ているのは言うまでもないが、それ以上に人間の女にはありえないほどの美貌で浮かべる媚笑が、男の肉欲に強く働きかける。ただそれだけで男は彼女等に欲情し、虜となってしまうのだ。

『……ガモモモモモモ!! “俺たち”にゃあ、何やろうが効きやしねぇんだよ!』
「!」
 
 しかし、そんなリリムの媚笑も結局通じないとばかりに、男は哄笑する。

「なるほど、対策はしているようね…」

 既婚者である自分が別の男に媚笑するのは正直不本意ではあるが、これではっきりした。
 魔界の大気に含まれる淫魔の魔力。さらにはリリムの誘惑をも無効化する術を、向こうは持ち合わせているという事だ。

『ガモモモ、少し違うな! ただ単にオレには“獣姦趣味”はねぇんだよ、ボケェ!!』
「「「「「!!」」」」」

 男はガラテアの推測を否定するものの、もちろんただの強がりである。精神力だけで何とかなる次元の話ではないため、実際には彼女の言う通りだろう。
 だが、最上級の誘惑を受けても尚踏み止まっているのは事実であり、あまつさえ『魔物娘との性交は獣姦と同義』と挑発するほどの余裕を見せる。

『だが、それ以上に!』

 しかし意外や意外、彼は魔物娘が“ある意味では”大好きである。彼がわざわざこんな不浄の地に来たのは、命令を受けたからだけではなく、魔物達と会うためだ。
 そう、彼の人生には魔物の存在が欠かせない。この男にとっての“生き甲斐”にして“天職”とは即ち――

『“犯(ヤ)る”より“殺(ヤ)る”だァ!!
 お前らをブッ殺す方が何万倍も愉しいからだよォォォォ!!!! ガモモモモモモ!!!!』

 ――“魔物を殺す事”だからだ。

「…どうやら、対話の余地は無さそうね」

 凶悪な魔物を殺戮する事で日々の糧を得ると共に、世界と人々に平和を齎す――――彼は己が魔物を殺戮し、その死体をうず高く積み上げ続ける事こそが使命にして、この世における最上の善行にして人類繁栄において必要不可欠だと信じてすらいる。
 しかし、そんな殺戮に酔いしれる彼の性根は実際には善とは対極――まさしく残忍冷酷、悪逆無道。
 そんな言葉で形容されるような、この男の邪悪な性根をガラテア達は感じ取る。

『対話だぁ? テメェら犬畜生以下のクソ下等生物相手に、一体何話せっていうんだヨ!?』

 その上、途轍もなく口が悪い。『口は禍の元』という格言も、彼にとっては唾棄すべき昔の悪習なのかもしれない。

「酷い言われようだわ」

 あまりの言われように憤慨するガラテア。リリムはどちらかと言えば鷹揚な種族であるが、さすがに度を越した侮辱にはその限りではない。

『おぉっと、すまねぇ言い過ぎた』
「……?」

 しかし、男はガラテアの怒りを感じ取ったのか、急に改まった態度になる。一瞬だけとはいえ、この女が放った怒気よりその並々ならぬ実力を感じ取り、今更になって臆したのだろうか。

『こいつは詫びだぁ。受け取ってくれ! 俺が趣味で作った手作りの品だ!』

 男が泥で汚れた腰のポーチから取り出したのは、ファンシーな絵が印刷されたカラフルな紙で包まれた20cmほどの大きさの箱。
 彼の凶悪な人相にはあまりに似つかわしくない物であるため、これには魔物娘達も面食らう。
 
(人は見かけによらないのね)
(まったくだ)

 ガラテアの少し後ろでは妖狐とデュラハンが怪訝な顔でヒソヒソと言葉を交わすように、この凶悪な見た目の男が趣味で作ったとは思えないほどの可愛らしい見た目の品だった。

「…せっかくのご厚意だもの。ありがたく頂戴するわ」

 品性の欠けた粗暴な男からは考えられない品であるので怪しい。それ故何処か釈然としないのだが、ガラテアは一同を代表し、男より投げ渡されたそれを受け取った。

(爆弾とかじゃなさそうね)

 貰ってより早速、罠でないかと箱を凝視するガラテア。とはいえ女の細腕でも重くはなく、また箱の上から触った感触からある程度の硬さはあるものの、金属や爆薬の類などではない事はすぐに分かった。

『開けてみな』
「………………」

 男から促され、ガラテアは若干土の付いた包装を破り、中の箱の蓋を開ける。

「…これはまた意外な……」

 これまた驚くガラテア。箱の中にはラベンダーの匂いがする紫色、ミントの匂いがする青緑色、柑橘の匂いがするオレンジ色、計三つの石鹸が詰められていた。
 荒々しく薄汚い見た目の割に石鹸作りが趣味とは、意外にこの男は綺麗好きなのだろうか。

(本当に石鹸? でも、何故そんな物を敵である私達に…?
 それとも『体臭がキツイ』っていう当てこすりかしら?)

 見たところ石鹸自体は良く出来ており、洗練された技術と知識で作られた物である事は分かる。しかし、彼女等にとっては別段珍しい物というわけでもない。
 石鹸の歴史自体はかなり古いそうだが、比較的最近になってからではあるものの魔界全土で既に各種の石鹸や洗剤が大量生産・大量消費されるようになっている。とはいえ、それはあくまで魔物娘の領域での話であって、世界的に見ても普及している地域の方が珍しい。実際、衛生面において問題のある都市村落はこの時代でもまだ多い。
 実際の綺麗汚いはともかく、主神教団の教義においても、性交を好むようになる以前から魔物は退廃や不浄といった概念と結び付けられるが、事実は異なる。
 何故なら、魔物娘の多くは石鹸を用いた入浴習慣がある。教団では前述のように悪様に言われてはいるが、実際には衛生観念の低い大抵の地域の者と比べればむしろ清潔な方なのだ。
 だが、それをこの男、いや魔物娘に敵対する大抵の人間は知らない。だからこそ、わざわざ石鹸を当てこすりの意味で渡してきたのだろうか。

「…!」

 石鹸を手に取り、しげしげと眺めるガラテア。しかし、その時点でようやく違和感を感じ取ったのは彼女でなく、その後ろにいた麗羅だった。
 何かに気づいたのか妖狐は鬼気迫る表情で、リリムの手からすぐさま石鹸を取り上げたのである。

「麗羅さん!?」

 彼女らしからぬ乱暴な振る舞いに驚くガラテア。けれども、そのただならぬ様子に気圧され、追及出来なかった。

「………………」

 ウルフ種の優れた嗅覚が僅かに感じ取った“何か”。それをはっきりさせるべく、奪い取った石鹸の包みの匂いをさらに嗅ぐ麗羅。

「……」

 男の全身から漂う血の臭い、さらには同じぐらいに臭う何らかの化学物質に紛れてはいたが、その中へ巧妙に隠されたそれを麗羅は嗅ぎ取る事が出来る。

「……よくもまぁ、こんな真似が出来るものね」
『ほう、何をだ? 是非とも承りたいな』

 だが、辿り着いてしまった臭いと結論に妖狐は戦慄すると共に、その元凶たる者へと怒りをぶつける。だが男の方は隠す気はあっても否定まではしないらしく、出会った当初同様の凶悪な笑みを再び浮かべたのである。

「……これの原材料は何?」

 妖狐は美しさが損なわれかねないような憤怒の形相で、渡された品に使われた“材料”を問う。

『いやいや、多分お前さんの予想で合ってるぜ。ガモモモモモモ!!』
「…れ、麗羅さん。これは一体何なの?」

 男はもったいぶって答えない。しかし麗羅の様子からして普通の物でないのを感じ取ったガラテアが恐る恐る妖狐に尋ねるも、彼女は悲しそうな顔で頭を振り、口をつぐんだままだ。

「……」

 埒が明かないため、業を煮やしたガラテアは麗羅から石鹸を奪い返すと“追憶魔術(サイコメトリーマジック)”を発動するが、

「ッ!?」

 その過程で脳内に流れ込んだ映像を見た途端、大いに後悔した。

『なんだぁ、見たのか? じゃあ、もう隠す必要も無さそうだなぁ〜』

 しかし、当事者たる男は全く悪びれず、相変わらずの凶悪な人相でニヤニヤと不快な笑みを浮かべるばかり。

『ガモモモモモモ!! よく出来てんだろぉ?』
「呆れ果てたクズね…! 私達と対立こそすれども、エンペラ帝国軍の戦士は素晴らしい英雄豪傑ばかりだと聞いていたのに、アンタみたいな最低の外道もいたなんて!」

 ガラテアは男の非道なる行いを糾弾するが、

『それで?』
「それで、って…」
『最低の外道だと抜かすが、別にオレは帝国の法律は破ってねぇ。やった事は全て“合法”なんだよ。
 石鹸製作も、ただある物を腐らせるばかりの現状を憂いて試行錯誤した結果によるものだ。今後の技術発展、資源の有効利用の先鞭をつける事になればと思ってな…』

 むしろ彼は自らの行いを正当化し、あまつさえ技術発展のための礎にすると真顔で主張するほどであった。

『まぁ、テメェらが怒る気持ちは分からんわけじゃねぇ。
 残念ながら“動物愛護”の観点から見れば問題だらけだからなぁ! ガモモモモモモ!!』

 彼にとって、魔物は所詮人間にとっての害獣。人語を解そうとも人間と対等、同列に扱うべきではない“下等生物”なのだ。
 そしてエンペラ帝国の法律では、そんな連中をどれだけ酷く扱おうと裁かれない。即ち、彼のやってきた事は全て“合法”だった。

「何をしたのかは気になるが、それは後回しとしよう。まずはお前を倒してからだ」

 これ以上問答を聞く気は無いヘンリエッテは不快感もあり、ついに鞘から剣を抜く。
 今のところ彼女等の敵は目の前のこの男だけであるが、街を覆う壁の外では未だガラテアの部下達とエンペラ帝国軍が交戦中である。魔王軍も精鋭であるが、向こうもまた同じであり、いつ突破されてもおかしくない。
 ならば、その前にこの男を倒し、押し寄せる敵に対して備えねばならない。

「そうね」
「同意だわ」

 ガラテアと麗羅もこれ以上ダミ声で罵倒されるのは疎ましく思ったため、この男と戦う事にした。

『ガモモモモモモ! 面白え、上等じゃねぇか!!
 世界最強を誇ったエンペラ帝国軍! そして、その最精鋭“皇帝直轄軍”!!
 その一隊を率いるオレ様相手にテメェら生ゴミが勝てると思ってるとはなぁ!!』
「あら? 私こう見えてもリリムなんだけど?」

 侮っているのは向こうも同じ。それを思い知らせてやろうとガラテアは思い立ち、自らの素性を明かす。

『!……こいつは驚きだぜ! こんな吹き溜まりにおわすのが、よりにもよって魔王の娘とはな!』

 傲岸不遜のこの男も目の前の淫魔がリリムだと知った途端、さすがに驚いて目を見開いた。

『ガモモモ、まさかリリムにお目にかかれるたぁ今日はツイてるな! こんなド田舎くんだりまで来た甲斐があったってもんよ!
 テメェの首を刎ねて持ってきゃ大手柄だぜ!!』
「出来ると思う?」

 狂喜する男の言葉が気に障ったのか、ねっとりとした笑みを浮かべるガラテア。
 その様は妖艶ではあるが、しかし何処か人知を超越した恐ろしさも同時にあった。

『その気になりゃ、周りの雑魚ども含めて一時間てところだな…!』

 だが、そのような恐ろしい女を前に尚、男はそう豪語し睨みつけ、さらには右手で首を掻っ切るジェスチャーまで見せる。

「ふう…」

 ガラテアは物騒な会話を続けるのはいい加減うんざりであった。

「ジパングでは“捕らぬ狸の皮算用”って言うそうだけれど……」

 そう思っても尚慈悲深くも、形部狸が聞けば怒りそうな例えでガラテアは男の無謀さを指摘するが、当然聞く耳を持つはずもない。

「見る目も聞く耳も持たぬならば致し方なし。恥ずべき事ながら実力で応えましょう」
『ガモモモモモモ!! オレもお喋りはここまでにしておこう!』

 改めて戦闘態勢に入った魔物娘達を見て、男の心はあどけない子どもの頃のように躍る。
 ついつい長めにお喋りをしてしまったが、ようやくこの魔物共を惨たらしく殺す事が出来るからだ。

『それじゃあ、さっさと絶滅させてやるよ!!』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ガモス隊隊長(元死刑囚)
 “残酷遊戯”ガモス・ストロアシッド

「おめでたいわねぇ。貴方はここで無様に負けて魔王軍に引き渡され、魔物娘の夫にされてしまうのよ。
 でも安心して? 魔物娘との暮らしは今までの血生臭い人生を後悔するほどに甘く温かく、そして幸せであるでしょうからね」
『寝言は寝て言えやァ! クソガキに売女どもがァァァァ!!』

 男は天を仰ぎ、驚異的な肺活量で周囲の空気を吸い込み出す。

「来るわよ!」

 限界まで息を吸い込んだガモスは、次の瞬間呼気と共に口から大量の泡を噴水のように噴き出し、屋敷と魔物娘達目がけて降り注がせる。

『テメェらも跡形もなく溶かしてから加工してやるよ!!』










 ――ダークネスフィア――

「お互いなかなか…」
『しぶといものだ』

 勇者と皇帝の戦いは未だ決着がつかなかった。攻め手と受け手が何十度も入れ替わり、一体もう何千合打ち合った事か分からないが、それでも二人共大した傷もない。

(…これだけの時間本気で戦り合い、あれだけの攻防を繰り返して尚、全く綻びが見られないとは!
 普通ならば体力にも魔力にも消耗が見られるはずだが、それが全く無い! 武技も術も、激闘を繰り広げておいて尚冴え勝るばかりだ!)

 両者の戦いは一向に決着がつく気配が無い。それでもエドワードは己とここまで戦える男の実力に内心驚嘆し、また賞賛し、さらには毒づいていた。

(そして何より、精神に全く疲弊や焦燥が無い!
 これほどの激しい攻撃を繰り出し続けながら、その心は未だ“無”そのものとは!)

 そして一番恐ろしいのは皇帝の心の内。一瞬ながらも心中で独白を繰り返すエドワードとは違い、彼にはそういった雑念すら見えない。
 刹那の動揺や気の緩みが隙を生み、それが命取りになりかねない超高速戦闘。互いの秘術・奥義は言うまでもなく、一刺・一斬・一打さえが互いを殺すに足るもの。
 そんな攻撃を神速で互いに延々と繰り返し、また防ぎ躱さねばならぬのである。当然、体力だけでなく精神的な消耗やストレスも並ではない。
 だが、そんな攻防を二時間近くも続けて尚、皇帝の精神は完全に落ち着き払っていた。そう、冷え切った永遠の闇――暗黒の宇宙空間のように。

(不思議なものだ……魔と神への強烈な敵愾心と殺意を持っているはずなのに、今の彼からはそんなものなど何も感じられない。
 まるで深い暗闇を覗き込んでいるかのようだ。何も見えず、何も聞こえない……ただ静寂だけがある世界だ)

 無月無風にして、生類も皆死に絶えたが故、光も音も生命も無き闇夜――今の皇帝の心中をエドワードが例えるなら、その表現であった。

(これは“救世主”が皆至る境地なのか。それとも極限の修練と乗り越えた数多の死線の果てに、彼だけが辿り着いたものなのか…)

 陰惨なる乱世に生まれ、魔と神より人類を救うべく戦い続けたその生涯。悪弊を打破し人界を治め、人を害す魔と戦い、人の運命を弄ぶ神に逆らうという修羅の道を歩んだ男。
 当然、その生涯は穏やかなるものではない。魔のためではあるが同様に戦い続けたエドワードでさえ、思い及ぶところではないほどに。

『貴様は一つ思い違いをしている』
「!」

 戦いに集中しきれていないエドワードを見かねたのか、皇帝は彼から大きく飛び退いて間合いを取った。

『闇は決して“無”などではない。ただ明るい側からは見えぬ……即ち貴様に余の心が読めぬだけだ。
 悪し様に言われてはきたが、余もまた“人間”……内には喜びも、慈しみも、情熱も、願いもある。同様に怒りも、悲しみも、憎しみも、恨みも。
 全てが闇の中に息づき、渦巻き、そして外界を見つめている』
「……心を読むのはやめてくれ」

 激戦は中断されたものの、その代わりまた己の心を読まれた事にエドワードは著しい不快感を覚えたのだった。

『これは失礼した』
「成程……言うなれば、暗い洞窟の中から外を覗く事は出来るが、逆に外から暗い洞窟の中を覗いても何も見えない。
 その理屈で言えば、誰にも貴方の心は見えないが、逆に貴方は人の心が容易く見えるのかな?」
『そのように便利なものではない。貴様の考えを当てたのはただの勘、貴様が余の挙動を読み辛いのはその時にただ何も考えていなかっただけだ』
「……」

 皇帝の説明に納得がいくような、いかないような、複雑な気持ちにエドワードはなった。勘と言う割には勇者の心をそのまま読んだように言葉をかけてくるが、毎度良い気はしないのだ。

『とはいえ、勘も存外馬鹿に出来ぬものだぞ?』
「貴方ぐらいのレベルまでいくともう勘じゃないよ…」

 苦虫を噛み潰したような渋い表情で言い切るエドワード。勘とは言うが、エンペラのそれはこの勇者に言わせれば最早読心術や未来視に等しいものであった。

『まぁ、貴様が考えていた事を当てたのはただの勘だが……戦闘で用いた方は正確には“直観”だ』
「! 膨大な経験と鍛錬の果てに得られるという“認識”か。
 習得すれば、一切の過程を必要とせず、その場面における“最善手”だけを瞬時に導き出せるという…!」
『詳しいな。まさに貴様の言う通りのものだ。
 余は直観に従って動く。それ以外は何も考えず、何もしない』
「…!」

 兜越しとはいえ涼しい顔で宣う皇帝に、エドワードは驚いた様子であった。

『先ほども申したであろう、「貴様はまだ“考えて”戦っている」と。
 考えて戦っている時点で、余にしてみればまだ経験不足。有り余る才を持ちながら、惜しい事よ…』
「!」
『命懸けの死闘においては、一瞬考える時間さえ惜しい。いや、その一瞬が己の敗北を招く事さえありえる。
 しかし“直観”があれば、その間はいらぬ。直観とは即ち、推論や計算などの過程を飛ばし、いきなり正解が浮かぶというものだからな。
 後は“感じ取った”それだけを信じ、行えば良い』
「…成程。それが先ほどまでの戦いにおいて、常に僕の先手を取っていた“先読み”、さらには各動作において最小の疲労かつ最高のパフォーマンスを生み出していたものの正体か」

 ようやく得心が行くエドワード。しかし、それが身につくまで一体幾度の死闘を経たのか、五百年を生きた彼にすら想像が出来ない領域の話だった。

『身につければ、なかなか便利だぞ?
“敵が攻撃する前から、その攻撃の性質・対処法などが分かる”
“例え敵の攻撃が死角から来たり、予備動作が無くても、その前に感じ取って躱せる”
“どんな相手であろうと初見で急所や苦手とする体勢、位置、攻撃のタイミング、集中力の途切れる瞬間などが分かる”
“推理や計算無しで最善手(せいかい)を瞬時に感じ取るという性質上、それ以外を何も考えていないので心理を敵は読み取れず、行動予測がしづらい”
“余計な思考が一切無いため、それに伴い戦闘時におけるストレスや緊張が相当緩和されるので、体力的・精神的な疲労が最小限”
“肉体的にも緊張が薄いため、攻撃や回避に余計な力みが無くなり、動作の質が向上”
……という風になる』
「…地味だが、かなり便利だな。僕も本気で磨くべきだった」
『そうだな、貴様はただ怠けていただけであろう。
 十分な才はある以上、後は“普通に”戦い続けておれば、とうに身についているはず』
「……」

 皇帝の言う“普通”の感覚はエドワード、いや大抵の人間には不可能なほどの戦歴を意味している。如何にエドワードが戦いの才あれどもあくまで勇者、戦いだけに生きる“修羅”ではない。
 しかし何より、エドワード自身が殺し殺されの戦自体を嫌がっている。妻の理想に賛同したのも、彼が心よりの平和を願う優しい心の持ち主である事もまた理由の一つだからだ。

「……無くても勝てたんだよ、僕は」
『クク、羨ましいな。貴様の時代は雑魚ばかりか?』
「……」

 初めこそ勘違いしていたが、確かに無心ではない。
 そんなに空虚、あるいは崇高な人間であれば、こんなに腹立たしい笑い方はしない――とエドワードは思った。

『とはいえ、その言葉に嘘偽りは無さそうだ。
 余とこれほど長く戦えた人間はかつていなかった。七戮将にも、直轄軍にもだ』

 このように直観こそ無いが、それでもこの魔王の夫となった勇者の実力は本物に違いない。現に、未だ皇帝はエドワードを仕留めるには至っていない。

『それが嬉しくもあり、そして悲しくもある』
「悲しい…とは?」
『それほどの強さを持つ者が、人類の敵である事だ。
 何故、貴様ほどの男が魔物の肩を持つ? 魔王の述べる理想とやらが本当だと信じておるのか?』

 魔王の理想が偽物だと見なしているのは教団もエンペラ帝国も同じである。実際、今までの残忍非道なる魔物達を見、戦い続けてきた世代である皇帝や帝国軍の兵士達には、魔王の言う理想が本当であるとは到底思えなかった。
 それ故、皇帝は不思議だった。何故、彼ほどの男が到底真とは思えぬ魔王の理想などに賛同し、心より彼女や魔物に尽くすのか?
 奴等は今こそ本性を表してはいないが、いずれ遅かれ早かれ裏切られるのは目に見えている。そして、それが分からぬほどこの勇者は愚かではないはずなのだが……

「……貴方の言う魔物は過去の物、もう存在しない。全ては過ぎ去った事、見るなら“現在”を見て欲しい」
『今を見ろ、だと?』

 エドワードはただ首肯する。

『ならば、魔物と人間の間に魔物しか生まれぬのはどう説明する?』
「神の定めた“法則”の書き換えには、相応の力がいる。
 人と交わり魔物娘が増え、それに伴い我が妻の力が一定の領域に達した時、初めて“人間の男児”が生まれるようになる」
『フッ…』

 しかし、エドワードの説明を聞いた皇帝は鼻で笑うばかり。

『理屈は分かるが、それを必ず実行するという根拠が無い。
 仮に理屈通りだとしても、魔王がそれを実行せず、そのままにしておくという事もまた出来るのだぞ? そうなれば結局魔物が増え続け、そのまま人類は滅ぶだけだ。
 そして、そうなった後は増えきった魔物娘を元の姿に戻せば良い。さすれば、再び魔物は人の手を借りずとも、前と同じく自ら増える事が出来るようになる。
 恐らくは、魔王も同じような事を考えているのではないか?』
「!? それだけは無い! そんな風に人類を騙すなど、僕の妻が最も忌避するやり方だ!
 貴方達は特に信じられないだろうが、それでも妻を信じてもらうしかない! いや、信じて欲しい!」
『人類が生まれて以降、魔物は常に人間を苛んできた。
 奴等がそんな慈悲のある連中ならば、そもそも“救世主”なぞ生まれぬわ!』

 エドワードは懇願するも、皇帝は今までの魔物の悪行三昧、そしてそれに対抗すべく生まれた己の存在を理由に真っ向から否定する。
 残念ながら、またも両者の議論は平行線を辿ったのだった。

「…どうしても信じていただけないか」
『無論だ。所詮、魔物は魔物。人類の敵対者である本質が変わる事は未来永劫ない。
 そして、あやつらに良いように使われる其の方が余は哀れでたまらぬ。
 例え余が蘇らぬままであろうと、其の方が人の側についたままでその武を振るうのならば、まだこの世は魔物なぞに良いようにされず、平穏を保てたであろうに…』

 心を読めなかった先ほどとは違い、その声色からしてエンペラはエドワードを本気で哀れんでいるのは明らかであった。
 しかし、この勇者にとって落胆したのはそれではなく、皇帝の説得が最早不可能であると理解してしまった事だった。

「残念だ……」

 ならば、残った選択肢は一つ。

『同感だ』

 相容れぬ両者に残る道は――

「ならば、是非もない。僕は僕と妻の夢のために――人と魔が交わり一つになり、淫らながらも争いなき幸福な世を作るため――」
『ならば、余は人類に害をなす貴様等を、そのくだらぬ夢ごと滅ぼすため――』

 ――戦い、勝敗を決す事のみ。

「改めて、いざ尋常に!」
『殺り合おうぞ!!』

 両者は即座に間合いを詰めると、余りの速さ故に見えぬ剣と槍で、耳をつんざくような激しい金属音を鳴らしながら再び打ち合う。

「……!」

 先ほど同様、両者は互角の打ち合いを演ずるが、一向に埒が明かないのは変わらない。それを倦んだエドワードは、ようやく生まれた敵の刹那の隙へと合わせ、遥か天空へと跳躍。剣を大上段に構え、切っ先より巨大な光の柱を伸ばす。

「“雷神(インドラ)よ、我に力を”!」
『!』
「すべからく焼き尽くせ――【ヴィジャヤ】!!」

 かつて雷神インドラが魔物の大軍と戦った際、一撃でそれを殲滅したという超兵器の名を冠するは、曇天を昼のように染めるほどに輝く巨大な斬撃。それが地上のエンペラ一世目がけて振り下ろされる。

『魔王の夫となっても、結局は神頼みか! その無様さ、裏切り者の貴様らしい事よ!』

 だが、巨大なる光の斬撃が迫り来るも怯む事無く、皇帝は勇者の詠唱より感じ取った、その“二心”を嘲笑う。

『刎ねろ【ヴァリアブル・スライサー】!!』

 冷笑を浮かべたまま、横薙ぎに払われた双刃槍。その刃より同規模の巨大さを誇る三日月型のドス黒い斬撃が発生、唸りをあげて大気を切り裂きながら飛翔する。

「ッッ!!」
『………………』

 縦と横、光と闇――相反する性質を持った斬撃同士はすぐに衝突・拮抗するも、やがては両者共に砕け散り、消滅する。
 しかし、技の相殺を見届ける前に、既にエドワードの姿は空に無かった。

『そこかな?』

 空を見上げていたエンペラは振り返りもせず、背後に双刃槍の石突を突きこむと、受け止めた剣の刃に当って鈍い金属音が鳴る。
 斬撃の相殺を見届ける事無く、勇者は夜陰に乗じ皇帝の背後へと移動し、斬りかかっていたのだが、エンペラもそれは見抜いていたのだった。

「…読まれていたか」
『今はそこが一番好位置だ。だからこそ、そこを狙って来るだろうと思っていたが、見事に当たったな』
「ああ、してやられた。だが、後ろも見ずに、僕の剣に槍の穂先を当てたままでいいのかな?」
『……』

 しかし、そのままでは背後を取られた皇帝に不利な体勢である。それに加え、エドワードの特技は剣技と光線技だけではない。

「【ナイトブレイブブレイク】!」

 剣の刃から直接敵の体へ強力な聖属性と雷属性の魔力を流し込むこの技がエドワードにはある。

「! な…!?」

 だが、溢れる破壊の魔力の奔流は、同じく双刃槍の穂先より流れる皇帝の魔力によって相殺され、エンペラの体へと流れる事は無かった。

『万物を滅ぼし尽くせ【レゾリューム・レイ】!』
「うぁああああ!!!!」

 後ろ向きのまま、さらに皇帝は流す魔力を瞬時に倍増させ、そのままゼロ距離で光線を発射する。

『ほぉ…さすがは魔王の夫。そう何度も同じ技は効かぬか』

 しかし、まともに光線を浴びて尚、勇者は踏み留まる。
 全身を皇帝の魔力で蝕まれると共に、光線で焼かれた熱でもうもうと煙を漂わせるも、その顔に怯れはなく、またその目に宿る闘志に揺らぎはない。

「…負けられないのさ。叶えたい夢があるものな」
『成程……そのつまらぬ夢とやらにも、少しは敬意を払わねばならぬようだな』

 傲岸不遜なる皇帝も、この勇者の意気は認めたらしい。彼はゆっくりと振り返ると、再び双刃槍を構える。

『とはいえ、所詮それは狂人の夢。人の世のためにも叶えさせてはならぬものだ』
「いや、人の世のために行うのだ。だからこそ、同じく人の世のために尽くしてきた貴方と解り合えなかった事が残念でならない」
『神を裏切り人を裏切った忘恩の徒らしい屁理屈よ。
 稀代の英雄になれたはずの貴様が最後に忠を尽くし一命を捧げるのが魔である事を、余はこれ以上見ておれぬ!』

 しかし認めたからこそ嘆く。エドワードが結局魔物へと忠誠を捧げる狂人であるのに変わりはなく、皇帝はそんな彼を見ていられなかった。

『貴様は余が討ち取ろう! それが堕ちてしまった英雄への、せめてもの情け!』

 この勇者が魔道に堕ち、人類の敵となってより久しい。
 とはいえ、依然素晴らしき武勇を誇る彼を罪人としてただ誅するのは些か哀れ。せめて、総大将である自らの手で討ち取る事によって、その最期は華々しく名誉あるものとすべし。
 そう決意した皇帝は全身の魔力を増幅させる。

「そのような情けは無用!」

 一方、エドワードもまた全身の魔力を活性化させ――

「魔道と蔑まれようと、それこそが人類を幸福に導くやり方であると今まで信じ、歩んできた!
 哀れみを持たれる事こそ僕と妻の抱きし夢と信念に対する侮辱!」

 剣の切っ先で空中に魔方陣を描く。

(空間が歪んだ!?)

 常人では分からぬ空間の歪みを目敏く感じ取るエンペラ一世。

「“煌け、虹の如く”」
「!!」

 直後、虹の如く七色であり――

「【虹煌七重斬(エクシードスラッシュ)】!!」

 そして全く同時、誤差なく発生する“七つ同時”の鋭い斬撃がエンペラを取り囲み、“直観”をもってしても回避不能の攻撃を加える。

『ぐ、ぬぅう〜〜……【エンペラインパクト】!』
「がぁあッッッ!!」

 だが、先ほどもエドワード渾身の光線をまともに受けて、大したダメージの無かった男である。七つ同時の斬撃をまともに喰らって一瞬よろめきはしたが、即座に左手から衝撃波を放って反撃、技を放って硬直していたエドワードを吹っ飛ばす。

『愉しかったが、ここまでとしよう』

 久方ぶりの死闘は愉しませてもらったが、殺すと決めた以上迷いはない。皇帝は勇者にとどめを刺すべく、祈りを捧げる。

『断罪せよ――【ダークネス・ディザスター】!!!!』

 天へ掲げた双刃槍に呼応し、曇天を引き裂き現れるは数千発もの暗黒の流星雨。それがエドワード目がけ、灼熱と爆風を撒き散らしながら降り注ぐ。

『!?』

 流星は一発一発が着弾と同時に凄まじい大爆発を起こし、闇の荒野を鮮烈な赤と橙色に染め上げる。
 しかし、勇者はなんとその爆炎の中を潜り抜け皇帝へと肉迫し、斬りかかった。

「残念ながら今日が命日でも、ここが墓場でもない! 僕らの夢はまだ終わらない!」
『成程、戦いの中ではなく魔王(おんな)の腹の上で死にたいと申すか! 余には分からぬ境地だ!』

 こうして両者は燃え盛る爆炎の中、尚も斬り合いを続けたのだった。










 再びアイギアルムの街。

『ガモモモモモモ! それじゃさっさと死になぁ!』

 ガモスの吐いた大量の泡が魔物娘達へと迫り来る。

「臭いわね……」

 しかしそんな中呑気にも、泡より放たれる刺激臭に耐えかね、顔をしかめる麗羅だが、ただ黙って見ているつもりはない。

「そんなものを人ん家に撒くんじゃないわよ!」

 五本の尻尾の先端に火が灯り、それが迫り来る泡へと飛ばされる。

『おっ!?』

 放たれた五つの炎は人の頭大ではあったが、泡へと着火した瞬間、あっという間に全体へと延焼、焼き尽くしてしまう。

「うっ…」
「何よコレ!?」
「は、鼻がもげそう!」

 しかし泡自体は蒸発したものの、加熱された事で今度は有毒の気体へと変化、屋敷周辺を覆ってしまう。
 毒ガスは気体なので、エリカとミカが張ったタイプの結界では防げない。さらにこのガスは魔物娘達にとっても有害なようで、ヘンリエッテ以外の四人は即座に鼻と口を押さえたのだった。

『ガモモモ、防がれる事は想定済みだ! 俺の【アトミックリキダール】は、燃やしたら毒ガスを発生させるんだよぉ!』
「残念だったな」
『あぁ?』

 しかし、ただ一人だけ平気だったデュラハン。

「アンデッドにそんな物が効くか!」

 既に死んでいるアンデッドの特性を活かし、毒ガスの充満する中、油断しきって無防備だったガモスに斬りかかったのだった。

『チッ! 邪魔すんじゃねぇっ!』

 溶解泡が防がれるのは想定済みでも、この場にアンデッドがいたのは想定外だったのか、舌打ちしたガモスは彼女の剣をひらりと飛び退いて躱す。

「ほう、その図体にしてはなかなか軽やかな動きをする」
『テメェこそ腐った死体の割には滑らかに動くじゃねぇか! だがな、死体が動く事自体が既に怪談だぜ!
 だから二度と動き回れねぇように、オレが跡形もなく溶かしてやるよ!』
「ハッ、貴様如きに出来るのかな?」
『なぁに、簡単だ! テメェを挽き肉(ミンチ)にしてからやりゃあいいのさ!』

 ガモスはマントの裏地に開いた穴から生地の中に手を突っ込むと、そこから80cmほどの長さの棒を二本、さらには40cmほどの長さの棘の付いた紡錘形の柄頭を取り出し、連結する。

「狼牙棒か」

 出来上がったのは狼牙棒で、長さは2mほど。一方ヘンリエッテのサーベルの刃渡りは70cmほど、間合いだけ見れば不利である。

「なるほど、それで私を叩くわけか」
『お察しの通りだ。まずは粗挽きにしてやるよ!』
「出来るものならやってみろ!」

 ガモスは早速出来上がった狼牙棒を大上段より振り下ろし、ヘンリエッテはそれをサーベルで受け止める。

「〜〜ッ!!??」
『ガモモモ……!』
(な、なんという馬鹿力だっ…! このままでは剣が折れるか、そうでなければ私の腕が折られる!)

 せめぎ合うサーベルと狼牙棒。2m近い図体の大男ではあるが、本来ならばそれでも魔物娘であるヘンリエッテの腕力の方が優るはずだが、結果は違う。
 受け止めるこちらが下側という体勢の不利もさることながら、それ以上に人間離れした怪物じみた腕力にデュラハンは驚愕する。

『へっ……』

 しかもさらに質の悪いのが、この男は魔物娘相手に正々堂々戦うつもりもないという事だ。

『…ポチッとな!』

 膠着する中、邪悪な笑みを浮かべたガモスは手を柄の下の方へずらし、そこに付いていたスイッチを指で押す。

「あっ!?」

 途端、棘付きの柄頭に開いたいくつもの穴から、先ほど彼が吐いたのと同じ泡が噴射されて剣の刃を溶かし、さらにはヘンリエッテ本人にもかかる。

「うわああああああ!!!!」

 溶解泡に覆われ、絶叫するヘンリエッテ。触覚はあるが、動く死体(アンデッド)だけに、大多数の魔物娘と違って必要以上の痛覚は無い。
 だがそれでも、自らの顔半分と上半身の数ヶ所が焼け爛れるのを感じるのは耐え難い恐ろしいものだった。

「…っ! 見ちゃいらんないわ!」

 そこでようやく毒ガスを魔術で防ぐ事に成功した麗羅が五本の尻尾を巻きつけてデュラハンを持ち上げ、結界の張られた屋敷の方へ首と体を投げ込む。
 魔王軍の女戦士らしく、戦いにおいては卑怯な振る舞いや横槍を入れられるのを嫌うヘンリエッテだが、殺されては元も子もない。

「エリカ! ミカ! 早くそこのデュラハンを治療してちょうだい!」
「はっ、はい! 直ちに!」

 結界はエリカ一人に任せ、慌てて駆け寄るミカ。

「うっ! ひ、ひどい!」

 しかし、酸によって焼かれ、全身の所々から煙を燻らせるデュラハンを見るなり、思わず顔を背けてしまう。

「怯んでる場合か! とにかく治療してくれー!」

 刻一刻と溶けゆく己の腐肉に危機感を覚え、覗き込むダークプリーストに必死で治療を懇願するヘンリエッテ。ここで我に返ったミカが首と体の双方に治癒魔術を発動し、どうにかこれ以上の腐食を抑える事が出来たのだった。

「強力な化学兵器による損傷ですので、すぐの回復は無理です。肉体の完全な修復には一時間ほどかかります」
「む、無念……」

 ミカにすぐの戦線復帰は無理と知らされ、落胆するヘンリエッテ。

『ガモモモモモモ、まずは一匹! 次はお前だ、キツネ女!』
「あら、私もいるのをお忘れなく」
『!』

 とりあえずデュラハンを戦闘不能に追い込み、次は妖狐を指名するガモス。しかし、ここでガラテアも参戦を表明したのだった。

『おっ!』
「私もようやく動けるようになったしね。余計な犠牲を増やす気は無いし、加勢させてもらうわ」
「これは心強いですわ。是非ともお願いいたします」
『バカ野郎! あんなクズども相手に手こずってんじゃねぇよ!』
「え?」
「…?」

 突如叫び出すガモス。しかし、その言葉は目の前の魔物娘達に向けたものではない。

『ヒョッホホホホ。まぁ、そう怒ってくれるな。
 ちと、この大きさまで“溜める”のに時間がかかってな。分かるだろ?』

 ガモスが語りかけたのは彼女等ではなく、その後ろ。振り返る魔物娘達の目に映ったのは、屋敷の背後にいつの間にか立っていた――

「きゃぁっ!?」
「! 麗羅さん!?」

 毒々しい赤色に染められた奇怪な形状の甲冑を身に纏った、恐らく身長50mはあろう文字通りの“巨人”であった。

『とはいえ、助かったぜ!』
『ヒョホホホホ! 手柄は山分けといこうじゃないか!』

 エンペラ帝国軍皇帝直轄軍・ヒッポリト隊隊長
 “地獄の銅像職人”ヒッポリト・ジャタール

「は、放しなさい!」

 巨人の右手に掴み取られた麗羅は動くことが出来ない。

『ヒョホホホホ! さすがの妖狐でも、今の状況で魔術は使えぬのが分かるよな?
 ちょっとでも変な真似をしたら、そのまま握り潰すぞ!』
「あっ! ああぁっ……!!」

 ヒッポリトは右手に力を籠めて掴んだ麗羅を苛む。その圧力にはさしもの妖狐も精神を集中出来ず、魔術発動が出来ない。

『ガモモモモモモ! 魔術の類は発動前に高度な精神集中を要するからなぁ! だから、握り潰されるかの瀬戸際のその状態じゃ何も出来やしねぇだろ!
 かまわねぇ! そいつを固めちまいな、ヒッポリト!』
『アイアイサー! ヒョホホホホ!』
「なっ……!?」

 そこでヒッポリトの右手が赤く輝くと、麗羅の体に異変が起きる。

「かっ、体が!? 私の体が……! かた…ま…〜〜〜〜………………!」

 なんと、麗羅の全身が徐々に青銅色へと変化していく。そして、彼女が完全な銅像へと変化するのに十秒もかからなかった。

「麗羅さん!」

 ガラテアが必死に呼びかけるが、麗羅はもう返事をする事はなかった。妖狐は物言わぬ銅像へと変化し、生命活動を停止してしまったのである。

『ガモモモモモモ! テメェにも可愛い部下の後を追わせてやるよ!』
「あぐぅっ!?」

 麗羅が銅像へ変えられた事に気を取られた隙を突き、今度はライフル弾のように圧縮された溶解泡を数発吐き出すガモス。それがリリムの両肩と両腿を無慈悲にも貫いた。

『ヒョホホホホ! その体だけは青銅に変えて、ずっとこの世に残しておいてあげよう……』
『ガモモモモモモ! 見世物として永遠になァ!』
17/02/03 13:17更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:皇帝直轄軍

 かつて世界最大最強と謳われ、前魔王率いる旧魔王軍と互角に渡り合ったエンペラ帝国軍の中でも最高の精鋭によって構成された軍団。
 七戮将の指揮下にある雷電・氷刃・爆炎・貪婪・超獣・岩鉄・妖毒の七軍団と違い、皇帝直属の兵団であり、また選び抜かれた最高の精鋭だけで構成される関係で、構成員数は最盛期でも一万人程度である。
 しかし、その一万が『世界の全軍事勢力の内、その半分を彼等だけで戦える』と謳われたほどの桁外れな戦闘能力を誇り、元々強兵揃いのエンペラ帝国軍の中でも別次元の精鋭であった。旧魔王軍にもその威名は知れ渡っており、先代の魔王も「自分が命令するまでは勝手に奴等と戦うな」と幹部達に厳命していたほどだという。
 しかし、直轄軍の兵士達の多くは皇帝直属という事実を鼻にかけて傲慢な振る舞いが目立ち、他の七軍団とは非常に折り合いが悪かった。さらに悪い事に直轄軍の兵士には強権が与えられており、多少の命令違反程度では処罰もされず、時には七戮将相手だろうと諍いを起こしたほどである。
 とはいえ、その横暴ぶりを差し引いても戦場での活躍は素晴らしく、事実七戮将に次ぐ戦力だと皇帝からは見なされていた。また、傲慢な彼等もエンペラ一世には絶大なる忠誠を捧げており、“人類最強の英雄”たる皇帝に直接仕えている事を誇りに思っていたという。
 そんな彼等ではあるが、旧魔王軍との最終決戦である『首都インペリアル防衛戦』では他の軍団と共に魔王軍を迎え撃ち、七戮将と共に敵の幹部を多数討ち取るもやがて刀折れ矢尽き、全員が壮絶な玉砕を遂げた。
 その勇猛さと凄絶な最期は最終決戦後、敵の首魁である魔王をして『やはり人間は侮りがたし』と言わしめたという。

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