伝わる想いに帳は下りる：後編
電光石火、という言葉がある。
稲妻の発光や石を打つ時に生じる火花が散る位短い時間の事を指し、転じて極めて動作の速い様子を指す。
何故そのような言葉が脳裏に浮かんだのか。
簡単な事だ。今まさに『ソレ』をされたからだ。
今俺とミレニア姉さんは抱き合っている。
かといって押し倒された訳ではなく、今は俺が上でミレニア姉さんが下の状態だ。
勢いはあったが、姉さんが自分をクッションにして衝撃を殺してくれたようである。
豊満な胸の谷間に顔面を埋められ、離れようとしても両足が俺の腕ごと胴体を固定している為全く身動きが取れない。
この状態は真逆――――――
「公人さん、ゲットーーっ♪」
――――――俗に言う、【大しゅきホールド】というものではなかろうか。
一人の男として何時かはされたいと思っていたが、今されるとは完全に想定外だった。
しかし、コレはいけない。今は非常に危険極まりない。
「むーーーっ！んーーーっ！」
呼吸が出来ないのだ。
俺が壊れるんじゃないかという位の力でしっかりと抱きついてくる上に、あまりにもミレニア姉さんの胸が豊か過ぎて自分の呼吸器官がそれに埋没してしまっている。
彼女は嬉しさが上限を突破しているのかこちらの生命の危機にまだ気付いていないようだった。
「もう♥もう♥もうもうもう♥絶対離しませんわよ。公人さんの全部、私が頂きますわーーーっ！！♥♥♥」
「結界も張っていますし、何度でも幾度でも愛し合いましょう♥♥」
天国行きのチケットで命を頂かないで欲しい。
何とか呼吸する隙間を作ろうと藻掻く、が。
「あ♥もう、擽ったいですわ 公人さん♥待ちきれませんの？♥♥」
「私ももう我慢出来ませんわ♥こんな所でも両思いだなんて何て運命的なんでしょう♥♥」
ブレーキが利いていない。
何とか離して欲しい意思を伝えようと、辛うじて動く腕で彼女の体を叩く。
弱々しいが何度か叩くと張りの有る手応えが返ってきた。
「あん♥今度はお尻を叩くなんて…。まだお仕置きしたいんですの？そうでしたわね、あの程度で公人さんが赦してくれる訳ないですものね♥」
「さぁ、存分になさいませ♥私、全て受け止めますわ♥♥♥」
期待した反応とは全く違うものが返ってきた。
…迂闊だった、魔物娘はこういった側面もあったのだった。
もう少し強く、割と洒落にならない状態である事を伝える為更に力を込めて叩く。
パン、パン、パンと瑞々しい肉を叩く音が響いた。
「あ♥ぁああ♥お仕置き、お仕置きぃーーーっ！♥♥もっとおぉぉーーーっ！！♥♥♥」
全く気付かない。
意識がまた遠のいて行く。
こんな、間抜けな幕切れがあるのか。折角伝わったのに終わってしまうのか。
もっとずっと一緒に居たい。
このまま死んで、彼女と同じような存在になるのか。
朦朧とした意識は思考を手放しつつある。
死んで彼女とずっと一緒に居る。
それがさも素晴らしい事のように思えてきた。
そうだ、彼女は不死者の女王。俺はただの人間だ。
不死じゃないんだ、寿命だってある。
今は若返ったが、また老いるじゃないか。老いて死んでいくじゃないか。
だったら、俺が死んで将来悲しませるより今死んでずっと一緒に居ればいいじゃないか。
手に込める力すら無くなってくる。
今、俺の意思は生きるという事を放棄しようと諦めていた。
「はぁ、ぁ♥…公人さん？♥お仕置きの続きは頂けませんの？♥」
呼吸が弱まる。瞼が重い。
思考はどこまでも鈍くなり、後は体が動かなくなるのを待つばかりだ。
眠るように意識を手放せば彼女が何とかしてくれるだろう。
さぁ、少しの間眠ってしまおう。起きれば彼女の仲間入りだ。
「え？あの、公人さん？何でそんなグッタリしてますの？」
そう、意識（おれ）は結論付けた。
だが。
生存本能（ムスコ♂）はそうではなかったらしい。
体が、動く。
「ぁ♥ひゃあああぁぁぁんっ♥♥♥♥」
尻を鷲摑みにする両手。
生存本能が叩き起こしてきた意識が、今まで自分になかった器官を体にがっしりと噛み合わせた感触が蘇る。
「ふぃいふぁふぇんにぃ（いい加減に）……」
触れた掌から何かを吸い上げる感覚が伝わる。
【この感覚は今の打開策になる】。訳もなく、しかし確信を持ってこの感覚に身を任せる。
「ふぃろ（しろ）ーーーーーーーーーっ！！！」
「きゃあああああぁぁぁっ！♥♥♥♥♥」
一際甲高い声を上げて拘束が緩む。
その隙を逃さず離れ、肺に空気を送り込む。
充分な活動源を確保した脳が、視覚を復旧し目の前の光景を映す。
そこには、四肢を投げ出して身動き一つ出来ないミレニア姉さんの姿があった。
「……な、んで…♥公人さん、が♥吸精できるんですの…？♥♥」
代謝しなければ掻かない筈なのに汗でＴシャツは貼りつき、抱き締められていた時に溺れていた胸元は零れ落ちて涎と汗で妖しく光っている。
開かれた脚を辿ると秘所の付近に大きな染みが出来ているのが見て取れた。
―――達していたらしい。
あまりの妖艶さにゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「姉さん、いいよね？」
自身の欲求の確認でしかない問いを投げかけた後、多量に水分を含んだ生地とミレニア姉さんの肌の間に手を滑り込ませる。
目的の部分に触れた時に卑猥な水音がし、彼女の肢体が大きく跳ねた。
「す、こし…待って、さっきイったばかり、で……♥」
構わず指を挿しこむ。その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれて空気が喉から漏れる。
まだ彼女から吸い上げる感触は続いている。満たされていく感覚に酔いながら、更に指を動かし秘所を蹂躙していく。
空気が漏れるような掠れた音しかしないのは、完全に余裕が無くなったからだろう。
止めとばかりに尿道口近くの膣内を指で擦り、膨れ上がっている淫核を親指で押し潰す。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ！！♥♥♥♥」
多量の愛液が噴出し、自分の手の平と彼女の履き物に勢いよく叩きつけられた。
「はは、凄いね姉さん。そんなに良かったんだ？」
「でも、こんなの着ていると気持ち悪いよね？脱ごうか」
息も絶え絶えの様子だが、今度は辛うじて聞こえていたらしい。小さく頷き返してきた。
自分自身限界な部分があるが、今度は優しくしたい。
獣欲をもう少しだけ抑えつけ、Ｔシャツとハーフパンツを完全に脱がせる。
大きな二つの白い果実には桃色の乳首が隆起しており陰毛一つない恥丘が顔の覗かせ、しとどと濡れた入り口は今か今かと挿入を心待ちしているようにひくついている。
「どう、です？私、身体には自信がありますが。何処かおかしな処はあります？」
白み始めた空の光を受けて薄闇に浮かぶその姿は唯、美しかった。
光に反射した白金色の髪、病的なまでに薄い色素の肌。
淫らに紅い瞳を輝かせ、胸を強調するように座ったままの姿勢。
あまりの綺麗さに釘付けとなる。
魂が奪われる感覚に、感想も自然と単純ながら本心からのものとなる。
「綺麗だよ…姉さん」
それ位しか自分の語彙では表現出来ない。
まるで目の前に鬼才の画家が描いた裸婦画を置かれたような心境だ。
唯、美しく欲しいと思わせる手の届かない幻想。
【神聖にして犯すべからず】
不死者と対極に位置するこの言葉が、これ程まで的を射るとは思わなかった。
自分はその禁を今から破る。
背徳的な快感に、自分の分身は服を破らんばかりの怒張を見せている。
その感想と姿に、より淫蕩な笑顔を向けてくるミレニア姉さん。
「こちらへ…♥」
最早妨げる障害は一切無い。
俺は手早く衣服を脱ぎ捨てると、彼女と同じ生まれたままの姿を曝して寄る。
感覚的に過去最高の怒張をしているとは思ったが、元の倍以上の大きさになっているとは思わなかった。
自然、彼女の視線が俺のそそり立つ愚息に集中する。
「まぁ。本当に逞しく育ちましたのね♥いい匂いです、それに熱い…♥」
立っている俺に対してミレニア姉さんは座っているので、丁度彼女の顔の位置に肉棒が来る事となる。
湿った吐息が掛かり、軽く走った快楽にビクリ、とペニスが動く。
「ふふ♪それにやんちゃですわ。公人さんそっくりの元気な子ですわね♥」
愚息に軽くキスをしてくる。
それだけで射精してしまいそうな快楽が走るが、彼女はあっさりと離れた。
「実は、はしたないのですが私もう限界ですの」
「貴方の雄々しいご子息で、私を貫いて下さいませ…♥」
仰向けで足を開き、両手で秘所を広げる彼女。
吸い込まれるように彼女に重なると、肉棒を女陰に宛がう。
ミレニア姉さんが挿入し易いよう広げてくれた為、然して迷う事無く入り口に挿し込む事が出来た。
その途端、強烈な快楽が亀頭を襲う。
「ん♥あぁっあ♥♥♥」
「ぐっ、何、だ…これ！」
ゆっくりと挿入しないと、今にも弾けてしまいそうな感覚。
陰茎を薬室とするならば精巣は弾薬を次々と送り込んでいるような状態だ。
早く撃て、と急かしてくる。
「きみひと、さん？♥あまり、無理をなさないで。射精したい時に出して下さいね？♥」
「まだ、だい、じょう、ぶ」
頭の血管が破れるんじゃないかという位我慢する。
進み続けると、何か抵抗感のあるものに陰茎が触れた。
その瞬間、ミレニア姉さんの体が軽く跳ねる。
「ねえ、さん。これっ、…て」
「えぇ…♥私の処女膜ですわ…♥」
「公人さん…そのままではお辛いでしょう？一気に来て下さいまし♥」
そんな事を言われても、身動き出来ない。
動けば無残に種を散らし、挿入しただけでイった童貞野郎と思われる。
固まった動けない自分に対し、ミレニア姉さんは脚を俺の胴に絡ませて逃げられないようにすると、そのまま引き寄せてきた。
ぶつり、と膜を破った感触が腰に伝わり、同時に脳が処理しきれない位の快楽が頭を焼く。
「んあああぁぁぁぁっ♥♥」
「うああああぁぁぁっ！！」
その衝撃で果てる。
俺は彼女の最奥に呆気なく吐精し、彼女は破られた衝撃と精に満たされる膣内に歓喜する。
3分以上続いた射精に、俺はぐったりとしたまま彼女に覆い被さった。
「ごめん、姉さん。もう少し我慢したかったんだけど、出来なかったよ」
目の中でまだ火花が散っているような感覚の中、誤る。
少し気分を害したのか彼女はそれに続いて問い掛けてきた。
「―――公人さん、私の膣内はお気に召しませんでした？」
「―――え、いや。寧ろ良すぎだよ。初めてだけど俺、もう姉さん以外の女なんて考えられないよ」
「なら良し♪ですわ」
いきなり上機嫌になり、そのまま抱き締められた。
耳元で優しく、諭すように囁かれる。
「良いですか？公人さん。忘れているかもしれませんが、私は魔物娘。人間の常識で計らないで下さいまし」
「私達にとって一番大切な事は最愛の伴侶を見つける事。その旦那様が注いで下さる愛情が私達の全て」
「気持ち良かったのなら、我慢なさらずお出し下さいな…貴方が私を想うのなら、その想いを何度でも私に注いで下さい」
「一度果てた位で何です、私は軽蔑したり致しませんわ。二度でも三度でも、貴方が求める限り何度でも、愛して下さい」
「私で貴方が気持ちよくなる。それは妻である私の誉れなのです」
「…うん、ごめん」
そういえば、うろ覚えだが友人や同僚は何回嫁さんの中で出したとか気持ちよ過ぎてすぐ射精したとかそんな事ばかり言っていたな。
当時は単なるリア充の惚気話だと思ってて気にもしていなかった。
ならば、この願いも何も問題ないと言える。
「あの、さ。姉さん」
「正直、姉さんの膣内でもっと射精したい。何度でも出して、姉さん無しの生活なんて考えられなくなりたい」
「…はい、喜んでお受け致しますわ。旦那様♥」
ミレニア姉さん―――いや、俺の妻であるミレニアは嬉しそうに俺を呼ぶ。
空が白んできている。
いつか見た暁の続きのように、陽光はこれからを歩む者達を照らし始めた。
起きたのは昼過ぎだった。
あの後俺は気絶するように眠ってしまったそうだ。
ミレニア姉さんは布団から上半身を起こした俺に話してきた。
きちんと衣類を着用しているのは、彼女が着せてくれたからか。
恐らく初めてだらけの事を体験し、その緊張が解けた事が原因だろう。
着替えたミレニア姉さんは貸していた衣類を洗濯し、紙袋に入れて渡してきた。
気付けば布団も情事の匂いも無く普段使っている通りの感触を返してくる。
魔法か魔術でも使ったのだろう。
「突然気絶されますから心配致しましたわ。お加減は如何です？」
若返った分、随分と体力は有り余っている。
「問題ないよ。それと、人間に化けてる時よりもそっちの方がやっぱり似合ってるね」
今彼女は服装こそ【天音 千代】の時と同じだが、魔物娘である事を一切隠していない。
「お上手ですこと。でも旦那様があちらの方がお好きでしたら変えますわよ？」
満更でもない様子で続けるミレニア姉さん。糸目は相変わらずなので、色違いの【天音さん】にしか見えない。
こんな簡単な違いが、あの時分からなかったんだよなー…。
「いや、いいよ。もしかしたら頼むかもしれないけど、俺は今の姉さんが一番好きだから。そのままでいい」
「でも、凄く濃い時間だったよね」
唐突な変化だった。
眠れなくて起きていたら集中豪雨。
その後ずぶ濡れの管理人さんを招きいれ、夜這い紛いの事をされたと思ったら魔物娘のカミングアウト。
その魔物娘は昔会った神隠しの時の恩人であり、現在妻という急展開。
更に若返りというおまけも付いてきた。
「ざっと数えても3〜4時間だよなぁ。あ、でもまだ朝方日が昇るのが早いから、2〜3時間位かな？」
人生に転機はあるといえど、これ程までの急展開をした人間なんてそうは居ないだろう。
その発言に、キョトンとした表情でこちらを見るミレニア姉さん。
真逆、出会った時からの事を入れないといけないのだろうか？
「あぁ、ごめん。20年位前から会ってるもんね。もっと長いよね」
「いえ、先程の事でしたら合っていますわ。もしかして、説明差し上げておりませんでした？」
「説明？」
それはあの防音結界の事か。
「張ってる結界は確か防音のだけだったよね」
その発言に、やってしまったとばかりに顔を背ける我が姉妻。
……何でこういう時誤魔化すのが苦手なんだろうか。
だが、沈黙が悪い結果を呼ぶのを彼女は知った。
待てば恐らく自分から話してくれるだろう。
「公人さん…私の処遇は、私の釈明を聞いてからにして頂けます？」
黙って頷く。その様子にまずは一安心するミレニア姉さん。
「まず最初に。防音結界はカモフラージュですわ」
「結界に紛れるように不死者の国の環境を再現する式を組み込んでいましたの」
「ただ、不死者の国のように【常夜】という訳にはいきませんでした。あくまで擬似的に再現するに留まりましたわ」
「主だった式は【認識】【循環】【再構築】の三つですわ」
指を一本ずつ立てて説明を続ける彼女。
「防音結界の主要である地脈に流れる魔力の【吸収】【増幅】【効果維持】の構成の内、【吸収】から【増幅】へ流れた魔力経路に割り込みをかけて
本来【効果維持】に使用される魔力の一部を拝借したのです」
「魔力経路から流れた魔力の先は【構築】から【循環】に流れ【再構築】へと使用されます」
更にもう片方の手の指を立てて説明する。
彼女は何が言いたいのだろうか。
「今回使用した術は【狭間の闇夜（二ア・ダークネス）】という術式ですの。本来劣化や分解をする物質の分子構造に干渉し、あたかもその対象が変わっていないかのように扱うものですわ」
「この効果範囲に入っている物質は見掛け上、変化が非常に起こり難くなるのです」
説明されてもよく分からない。
「姉さん、具体的にはそれを使うとどういう事が起きるの？」
「えー…と。例えば、たった数時間しか感じなかった時間が実はその何倍も経っている、等です。あの時、部屋の中に氷が入っているコップが有りましたわね？」
「アレは術式が起動した時点でその状態を【認識】されました。その『コップに入っている氷』の構築を憶えた術式はその情報を魔力の流れに乗せて【循環】します」
「【循環】は一定サイクルで【再構築】に魔力ごと情報を届けます。ここで再構築された情報は魔力ごと、【認識】の術式に移動します」
「…もうお気付きですわね？後は繰り返しです。理論上、この術式は『術者の魔力低下』や『対象が何らかの理由で元の情報と異なる』以外効果が続きます」
「しかしあくまで繕えるのは『見掛け上の時間経過』だけですの。極限定された空間内でのみ作用する効果ですから、範囲外のものに対しては無効です」
「公人さんが私と交わうまで約半日。気を失われて、気付かれるまで更に半日程経っています。思いの他お身体に負担を強いてしまったようです、気絶したのは私の至らぬせいですわ」
そんな出鱈目な手段を取っていたのか。
説明をされて、漸く納得出来る所が幾つか思い起せた。
時間が経っているのに何度も融ける氷。
一向に変わらなかった室内の暗さ。
妙に安定されていた室温。
言われて初めて気付いたが、確かにどれも通常起こり得ない。
「それともう一つ。貴方はもう、人間ではありません」
「インキュバス―――魔物の魔力に晒された人間です。」
「ご存知かもしれませんが、インキュバスは番となった魔物の魔力の影響を受けます」
「この場合はワイト―――つまり不死者の魔力の影響で、貴方は老いもしなければ寿命で死にもしません」
「これは私が公人さんに注ぎ続けた魔力が原因です」
「…私が話したいのはここまでです。後は貴方の思うまま、ですわ」
どんな重大発表があるのかと思ったら、そういう事か。
前者は単に時間調整に使った手段の説明で、後者はミレニア姉さんとずっと一緒に居られるという意味の説明でしかない気がする。
何を気にしているのだろうか？
「気にしてないよ。ミレニア姉さんに貰ってもらう代償と思えば、安いもんさ」
「怒ってもない。寧ろ、願ったり叶ったりだよ。…それはそうと、何で俺の携帯持ってるの？」
俺の本心を聞いて安堵の表情を見せる彼女。その手には俺の仕事用携帯電話が握られていた。
「先程貴方のお勤め先の上司と名乗る女性から連絡がありましたの」
「公人さんは起きていらっしゃらない時間でしたし、少々長く鳴っていましたので私がご用件を伺ったのです」
「公人さんに掛かっていた【呪い】を解く手段になるかもしれないので出社できないか、という内容でしたわ」
「『まだ夫は起きてこないので、起き次第伝えますわ』と申し上げたら酷く驚かれまして。本日お勤めが終了次第こちらにいらっしゃるそうですわ」
「…公人さん、呪いって何の事ですの？私で宜しければご相談下さいまし。力になれますわ」
「あ、ははは…」
どう説明したものか。
彼女を一生の伴侶とした事で、上司が知っている【呪い】は解けている事になる。
誰かが誰かを縛る事を【呪い】と置き換えるなら、自分はまた別の呪いが掛かっている事になるだろう。
だが、【呪（かし）り】は一文字違いで【祝（ことほぎ）】となる。
今の俺には、この呪いは祝福でしかない。
「とりあえず、さ。細かい事は置いといて」
やる事はきっと山積みだ。
上司への説明。ミレニア姉さんとの正式な婚姻。自分が会社を続けられるかどうか。
住む場所も、もしかしたら変えないといけないかもしれない。
だが、彼女が居るならきっと何とかなるだろう。
愛しい人を引き寄せて唇を重ねる。
少し長めの唇を触れ合わせるだけの口付けだ。
「これからも宜しくな。ミレニア」
唇を離すと完全に不意打ちされ、しかし満面の笑みを浮かべた彼女が見えた。
「はい…、アナタ♪」
これからを生きていこう。
ずっと、二人一緒に。
13/10/17 10:35更新 / 十目一八
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