結果から言えば利秋の狙いは確りと当たっていた。
　≪紅叫≫の自動防御が働けば視覚外から狙い打ち。
　自動防御をしなければ、途中で【むじん君】と入れ替わり知覚外から狙い打つ。
　
　正直どちらでも良かったのだ。
　後の先を取ろうとした段階で久が自分に敗北する事は利秋には分かりきっていた。
　だからこそ速やかに片付けてしまおうと全力で振り抜いた。
　魔物娘の居る神社の蔵で眠っていた神酒である。
　その保護の魔力の影響は瓶にまで及んでおり、例え破片が散る程に全力殴打したとしても致命打にはならない。
　
　その事は既に予想しており、実際【むじん君】達が久に吹き飛ばされた後に転がった瓶は割れていなかった。
　【むじん君】が抱えていた一升瓶の高さは人間で言う胸の位置。
　その位置から落ちた瓶が石畳に当たって割れていない筈が無い。
　最低罅が入るだろうが、どちらにせよ中身は存分に大地に還っていく訳である。
　それが無い様子から、予想は確信に変わり確信は全力で殴り掛かる自信へと変わった。

　（悪いね久。君さえ消えれば、もう僕を邪魔出来る者は居ない）

　全力で振り下ろすその酒瓶は狙い違わず久の頭部を捉えた。
　酒瓶は砕け、中のアルコールで久の髪は水を被ったように濡れる。
　冬の寒さが一際肌を刺す中、死ぬ程痛いであろう一撃を受ける久。
　だが、久は微動だにしなかった。

　「……オッケ〜イ」

　ボソリ、と本当に小さく呟く久。
　その異様な気配に寒気を感じ、一度距離を取ろうとする利秋だが体の自由が利かない事に気付く。
　よく見ると四肢に無数の紐状に分かれた≪紅叫≫が纏わりついていた。

　「オッケｴーーーイッ！マイ・スウィート・ファミリーッ！！」

　「うおおおおぉぉぉっ？！」

　そのままカウボーイの投げ縄のように利秋を空中に放り振り回すと、地面へと叩きつける。
　瞬間、その地点から膨大な量の煙霧が舞い上がった。
　
　「あ……ぶなっ！おい久！今の、ガードしてなかったらかなりヤバかったぞっ！！」

　振り回された際に≪白楼≫に急速に付着した魔力を使って即席のクッションを作り難を逃れた利秋は、相棒の配慮の足らない仕打ちに腹を立てて抗議する。
　だが、久は全く意に介した様子は無かった。
　それどころか―――

　「フ、ハハハハハッ！娘に！妻に！『大好き』と言われたっ！！アァハハハハハハッ！！！」

　「お、おい。久？聞いてるか？……ていうかお前、髪の毛黒くなかったか？」

　舞台役者のように片手で顔を隠しながら、それでも笑いが抑えられないのか。
　金髪を振り乱し、紅い瞳を嬉しげに歪め狂ったように笑う久の姿は好き勝手していた利秋をして何も言えなくなる雰囲気を纏っている。
　利秋の声に耳を貸さず、壊れたように笑い続ける久。
　その姿に利秋も当たり所が悪かったのかと心配になってくる。
　久はひとしきり笑いきると、ニタリ、と嬉しげに利秋を見た。

　「利秋……私は娘に嫌われてなんていなかった。聞いたか？『大好き』だとさ。ハハハッ！私も！大好きだっ！！！ファハハハハハハハハッ！！！！」

　「そ、そうかい……良かったな……？」

　利秋は久の変わりぶりにすっかり呑まれてしまっていた。
　酔いは既に醒めてしまっている。
　離れたところでは張本人である真崎家一同が事態に着いて行けず唖然としていた。
　
　「お父さん、どうしちゃたんだろ？普段あんなんじゃなかったよね？」
　
　「私も今日初めて見るよ……お母様、何か知ってませんか？」

　「久さん……皆の前で大好きだなんて……フフ♥」

　有麗夜の疑問は悠亜に流れ、エリスティアで塞き止められてしまった。
　だが、有麗夜の疑問に答える者が居た。
　春海である。

　「十中八九利秋さんのせいね。あれは」

　「え、分かるんですか！？春海さん」

　疑問に答える春海に対し、即座に声を掛ける有麗夜。
　彼女は今、酔い潰されたと思しき俊哉を姉と一緒に解放している最中だった。
　
　「えぇ。あれは最初の時と同じ、お酒に酔ってるからよ」
　「最初、久さんを撃沈した時を思い出して？酔ってたところに有麗夜ちゃんの『最低』発言で轟沈したでしょ。今度はそれの逆よ」

　「……つまり、精神的に裏表の無い素直な状態の中で寄せられた好意が、お父様をこの上なく高揚させたと？」

　「恐らくね。チャンポン飲まされたところからその状態だった筈。でも随分予想以上の結果になったわ。問題は―――」

　家族自慢をしつつ狂ったように笑いながら絶え間ない連撃を繰り出し続ける久と、その合間を縫っては【むじん君】で反撃する利秋を春海は眺めながら言い放つ。
　膠着どころか圧倒まで形勢を逆転出来たのは大きいが、今度は別の問題が浮上する。

　「あれ、完全に人の話聞いてない状態よねぇ……どうしようかしら」

　「もう一度試してみます？今度は『止まってくれ』って」

　「聞いてくれれば、だけどね。話を聞いてないんじゃ行っても危ないだけだし、お互いの体力切れまで放っておくって手は無いですか？」

　現在赤い暴風と化している久の注意を引くのは危険を伴った。
　下手に刺激すれば何が飛んでくるか分からない状態である為、神社には悪いがこのまま静観するのが妥当とも言える。
　現在大きな物的損害は酒瓶だけだが、これから大きくなる可能性を考慮すると春海の頭は痛くなるばかりである。
　そんな中、有麗夜の近くから呻くような声が聞こえた。


　―――“パワーアンプによる出力増を確認。サブルーチン起動。”


　「うっ―――ここは？」

　「あ、俊哉！気が付いたんだ。良かったー！」

　“滝流し”を食らって昏倒していた俊哉が目を覚ましたのである。
　彼はふらつく頭を支えるようにして起き上がった。


　―――“チェック。メインルーチン内のエモーションチップにノイズ発生を確認。修正……不可。エラー発生。”


　「すみません、母さん、有麗夜。不覚を取りました……」

　寝起きの不機嫌そうな半眼のまま、俊哉は頭を振ってから起き上がろうとする。
　春海はそれを制した。
　
　「大丈夫？未成年がお酒なんて飲むもんじゃないわ。もうすぐ終わるから、寝てなさい」

　「そうだよ、お父さんが頑張ってるから。もう大丈夫だよ？」

　春海、有麗夜から簡単な状況説明をされた俊哉だが、彼は気になる点の確認を優先した。
　

　―――“エラー除去不能。ノイズ除去については引き続きサブルーチンで対策検討。バイタルの安定を確認。”


　「無理矢理飲まされたんですよ……現在の被害状況はどうなっていますか？」

　「あ〜、それは……」

　「あれを見れば分かるかな……」

　言い淀む有麗夜に続き、悠亜が指を指す。
　その先には白い煙霧を赤い暴風が掻き回している姿があった。


　―――“警告。個体損壊の可能性有り。現地点からの撤退を推奨。”


　「いつ周りに被害が出てもおかしくないじゃないですか……止めないと」

　懐から二つの水鉄砲を取り出すと、そのまま中身を捨て砂利に吸わせる。
　更に彼が手を伸ばしたのは【むじん君】が取り落とした開封済みの一升瓶である。
　その口を水鉄砲の注ぎ口に近づけると、中身を充填しだす。
　二つとも満タンにすると、俊哉は一升瓶を有麗夜に預けて歩み出した。

　「ちょっと、聞いてるの？！危ないって「有麗夜」」

　最後まで言わせず、俊哉は熱の篭ったような視線を有麗夜に向ける。
　朱の指した頬は恥ずかしさに照れているようにも見えた。
　今まで見た事の無い表情に、有麗夜、それに近くにいた悠亜も押し黙ってしまう。


　―――“推奨がメインルーチンにより棄却。エモーションチップ内ノイズ除去/対策案は依然該当無し。エラー発生継続中。”


　「大好きだよ」

　「ふぇ？？！！」

　有麗夜が硬直して動けなくなった隙に俊哉は駆け出す。
　だが、春海は引っ掛かりを感じていた。
　
　直前の行動がどうも俊哉らしくない。
　彼女の把握している息子は、どちらかというと天邪鬼な感があるのだ。
　あんなに自分の気持ちを素直に伝えられるとは知らなかった。

　（まさか―――）

　翻るコートには強化水鉄砲を携え、足取りは正確。
　受け答えも完璧であり、アルコールで思考速度や状況判断が疎かになった様子も無い。
　目を覚ました時の様子から、最初は自分に似て酒に強いのかと思った。
　だがもし、彼女の想像が合っているなら。

　（…………酔ってる？）

　世の中には酔っ払っていても外見が全く変わらず受け答えも完璧な人間が居るという。
　場合によっては記憶もしっかりと残っているかもしれない。
　
　（……面白いものが見られるかも知れないわね）

　思い立ったが早く、春海は次の事を考えていた。
　
　そろそろこの泥仕合も終わるだろう。
　その直前で最愛の息子をいじる材料が手に入りそうなのだ。
　彼女は東雲に振り返ると彼女にある質問をした。
　
　「ね、東雲。この神社にデジカメとかビデオカメラとかってない？」

　「ないです」

　キッパリと断られ、残念な表情を浮かべる春海。
　彼女は仕方なしに携帯端末を取り出すと動画撮影モードで事の成り行きを見守った。





　

　攻撃は苛烈さを増していた。
　既に赤い嵐となっている久は突き、薙ぎ、払いと己の得意な距離で存分に威力を奮っている。
　対して利秋は防戦一方だった。
　分身を作り、陽動、攻撃、足止めと相手を翻弄し続けている。
　互いに相手を喰らいつかんとする一方で決定的な隙を見出せないでいるようにも見えた。

　（≪白楼≫での方向欺瞞もそろそろ限界か……？）

　今や相手に喰らいつかんとしているのは久だけで利秋はそれを防ごうとしているだけである。
　すっかり酔いの醒めた利秋は自身に攻撃を集中するよう煙霧を飛散させ攻撃方向を制御し、久の攻撃を全て自分に向けさせていた。
　これは攻撃方向を誘導する事により、より避け易くする目的がある。
　それと同時に、もう一つ目的があった。

　（まさか東雲が居るなんてね。彼女がこの神社の関係者なら、流石にこれ以上迷惑は掛けられないか―――）

　暴風の被害が周囲に向かないようにする為でもある。
　現在の久は強い力をひたすら叩きつけ続けるだけで制御しようとする様子が感じられない。
　周囲への被害を出す可能性が非常に高い状態であった。

　（何とか体力切れを狙う。それまで僕の体力が持つかが問題だけどね）

　人間とインキュバスでは体力差が非常に大きい。
　同程度の実力でマラソンマッチをするのであれば、後者の方が体力差がある分有利である。
　加えて利秋は周囲への被害を出さない為に余計に自分の魔力を使用している。
　非常に不利、であった。

　「フハハハハハッ！愛の一撃、避けてみろ蚊トンボオォォーーーーーーッ！！！」

　そこに、先程よりも遥かに速く、鋭い一撃が迫る。
　自身の右肩から左脇腹に抜ける軌道のそれは、防御しても尚骨を砕きかねない威力が籠められている事が見て取れた。

　（あ、やべ）

　回避不能。
　防御するしかないが、すれば止めの一撃が追撃される。
　重体一直線コースの威力を受け止めるべく、接触面に対し内外の魔力を全動員して耐えようとする利秋。
　自身の行いのツケの支払いがこのような形になった事を悔やみつつ、彼は衝撃に備えた。
　しかし、彼を襲う筈の衝撃は予想外の方向から向かってきた。

　「ぐっ―――？！」

　そのまま数ｍは転ばされる利秋。
　喰らった衝撃から勢いを殺し、体勢を立て直しながら彼は疑問符を浮かべ正面を見る。
　その理由に彼は驚く。
　
　「俊哉……」

　彼が見たのは息子が片膝をつき両手で固定した強化水鉄砲で≪紅叫≫を弾いた後の姿であった。
　





　その姿に驚いたのは利秋だけではなかった。
　自分の味方勢力だった筈の俊哉の乱入に、久は疑問符を浮かべる。
　
　何故、この場に乱入してくるのか。
　何故、自分の攻撃から父親を守ったのか。
　何故、助力を請うておきながら邪魔をするのか。

　酒精のせいでまともに回らない頭で彼は考え―――一つの結論を導き出した。

　「……出番が欲しかったのかね？」

　「いきなり何言ってんですかアンタ」

　「む、違うのか。出番欲しさではない―――なら、何だ……？」

　片手で自分の顔面を軽く叩き、更に思考の泥沼に嵌りそうになる久に俊哉は答える。

　「単純ですよ。自分の父親が身内の諍いで入院させられるなんて、堪ったもんじゃありません」

　「おぉ、成る程」

　その返答に一瞬納得した久だったが、直ぐに険しい顔になると声を張り上げる。

　「だあーーーれがっ！お父さんかぁーーーーーーっ！！！」

　突如攻撃対象を俊哉に切り替えて久は突っ込んだ。
　その速度は、一瞬利秋の反応が遅れた程である。
　
　「いかん！俊哉っ！」

　一拍遅れたが為に、彼我の距離は絶望的である。
　せめて【むじん君】で久の気を逸らし、自分ごとぶつかれば―――そう利秋は考えていた。
　自分のエゴで始めた行為だが、それでも誰かに大怪我をさせるつもりは彼には毛頭無かったのである。
　ましてその牙が自分の息子に突き立たんとしているのであれば、何にも置いて助ける気概であった。

　「君に！娘は！まだやらんんんんっ！！！」

　獣のように突貫してくる久に対し、俊哉は動かない。
　

　―――“対象より敵対行動有り。脅威度『高』。退避推奨……メインルーチンにより棄却”


　両手に強化水鉄砲を構えたまま半眼の状態で久を、そして≪紅叫≫の動きを見据えている。
　前方の≪紅叫≫は左右から挟みこむ形を取り、後方の≪紅叫≫は上部から襲い掛かる。
　久の両腕は十字に交差し、急所を守ると同時に自身を質量弾として用いようとする腹であろう。


　―――“状況確認。敵性体より四方向同時攻撃を確認。中核となる敵性体をA。攻撃部位をB、C、D、Eと設定。”

　―――“対処案検討……完了。パワーアンプ経由で発生したエネルギーを個体へ供給。一時的な出力過多状態とする。”

　―――“チェック。バイタル安定。パワーアンプよりエネルギー循環/供給開始……メインルーチンへの供給を増大。思考処理速度向上を確認。”


　まず左右。
　両側、俊哉の腰辺りから逃げ場を無くすように≪紅叫≫が襲い掛かる。

　「私は！許さんぞおおおおおっ！！！」

　「俊哉っ！逃げるんだっ！！」

　久の咆哮、利秋の叫び。
　
　
　―――“引き続き生体部分への供給を開始。神経/生体繊維へ供給中。反応/伝達速度上昇を確認。”


　その両方を聞きながら、俊哉は素早く引き金を引いた。


　―――“敵性体の攻撃予備動作を確認。初回攻撃入射角の予測情報をメインルーチンへ譲渡。予測攻撃点をマーカー指標”


　次の瞬間、強烈な水圧を喰らい左右から迫っていた≪紅叫≫は大きく弾き返される。

　「「なっ――――――」」

　異口同音に両名から出た言葉は、その場に居る全員の代弁でもあった。
　ただの高校生がオカルト兵装を正面から弾き返したのだから、ある意味納得できる心情ではある。
　俊哉は久の驚きに意を介さず、背中を向けながら久に懐に飛び込んだ。

　
　―――“攻撃部位B、Cの迎撃成功を確認。引き続きサブルーチンより予測情報を譲渡。予測攻撃点をマーカー指標”


　眼前には上方から襲い掛かる≪紅叫≫が伸びている。
　俊哉はこれを極当たり前のように打ち抜くと、更に体を捻り久の真下に滑り込んだ。
　僅か数瞬の出来事である。

　久は真下に居る完全に無表情の俊哉に目を奪われた。
　その目は―――甘い、と久を嗜めているようにも見える。


　―――“攻撃部位D、Eの迎撃成功を確認。中核部Aの一時的な攻撃力/防御力低下を確認。中核部Aへの攻撃を推奨。”


　「ぶっ飛べ」

　次の瞬間。
　久は己の意思を余所に宙を踊った。






　利秋は目の前の光景が信じられなかった。
　普通の人間として育てて来た筈の息子が、泥酔状態だったとはいえ自分に匹敵する実力を持っている久を手玉に取ったのだ。
　しかも相手の攻撃をわざわざ事前に潰した上で、である。
　攻撃は軌道を知覚し読み切った上で適切な角度で力を加えないと『逸れて』しまう。
　無論逸らす事が悪い訳ではなく、最小効率での防御手段として考えれば非常に理に適っている為通常はそちらを選ぶ者が多い。
　
　だが、俊哉は攻撃を『潰した』のである。
　それは即ち軌道を読み切った上で発生点/作用点に籠められた以上の力を適切に加えたという事になる。
　自分の知る限り、日常生活しか送らせていない筈の俊哉が出して良い結果ではない。
　利秋が疑問符をいくつも脳裏に浮かべる中、更なる異常事態が彼の前に広がった。
　息子が相棒である久の下に潜り込んだかと思うと、久が文字通り吹っ飛んだのである。

　「んな……阿呆な……」

　空高く舞う相棒を尻目に息子を見る利秋。
　俊哉は既に起き上がっており、上空の久に狙いを定めていた。
　そして――――――


　―――“メインルーチンより無意識野からサブルーチンへのアクセスを確認。要請有り……要請内容、攻撃点指標表示。網膜への転写開始。”


　「アババババババババッ？！」

　上空で滅多撃ちにされる久。
　俊哉は据わった目のまま作業を繰り返すように水鉄砲の引き金を引き続ける。
　仮に実銃であったら、紛れも無く蜂の巣になっているであろう。
　俊哉の強化水鉄砲は撃ち上げた時の威力を殺さぬまま、全て久に命中していた。


　―――“全弾命中を確認。攻撃指標要請の解除命令無し。指標継続を実行中”


　利秋はその異常事態の原因が俊哉の両手の水鉄砲にあると踏んで眺めたが―――見なければ良かった、と後悔する。
　以前見た強化水鉄砲には符が2〜3枚貼られているだけであった。
　だが今、俊哉が使っている水鉄砲は某ネコ型ロボットの未来道具を想像させる程に銃身部分が丸くなっている。
　最早何枚、というレベルでの話ではない。

　東雲特製の強化符をふんだんに用いて十二分に威力を高められた強化水鉄砲は、≪紅叫≫の出力と防御力を凌駕するに到っていた。
　気が済んだのか残弾を気にしたのか。
　はたまた単に指が疲れたのか知らないが、俊哉は上空の的に射撃を浴びせる事を止めると自由落下を待った。
　かち上げられていた久はグッタリとしたまま重力に引かれ、俊哉の真下に落ちてくる。
　丁度久の顔が俊哉と位置違いで重なった瞬間、俊哉は片方の水鉄砲を捨て代わりに別の水鉄砲を構える。
　
　左手には抜いたばかりの強化符の無い水鉄砲。
　右手にはタイムパトロール辺りで支給されそうな先端の丸い水圧兵器。
　その両方の引き金を引くと、久は石畳を滑りながら有麗夜達の居る方向へ飛ばされていった。


　―――“敵性体の無力化を確認。警告。エネルギー供給量が危険域に達する恐れ有り。個体維持の為、出力過多状態及び攻撃指標を解除。”


　その手際に利秋が駆け寄り、賞賛を送る。

　「凄いじゃないか俊哉！誰に教わったんだ？とても普段のお前とは思えなかったぞ！」

　「父さん」


　―――“……エモーションチップ内のノイズ発生率低下。サブルーチンによる情報整理により原因判明。エモーションチップ内に発生したバグと確認。”

　―――“エモーションチップに深刻な破損は認められず。次回アップデートでのバグ対策案をメインルーチンへ提出要請します”


　俊哉は声を掛けられると満面の笑みを浮かべる。
　年相応のその表情は、危機を自分の力で払拭した安心感から来た笑顔だと利秋は考えた。
　
　「？何だ？……あぁ、すまない。調子に乗り過ぎたようだ。結局お前に全部任せてしまったようで、本当に済まない」

　ニンジャソーリー、と両手を合わせて拝むように謝罪する利秋に、俊哉は優しい笑顔を浮かべたまま話し掛ける。
　
　「父さん、ちょっとマスク取ってくれません？」

　「ん？おお、分かった。ちょっと待ってくれ」

　素直に口の金属マスクと当て布を取ると、改めて俊哉の方に利秋は向き直った。

　「これで良いのふぁ？―――ふごっ？！」


　―――“メインルーチンより新規敵性体情報の登録を確認。無意識野から安全域でのエネルギー供給要請有り。各部へ供給開始。”

　笑顔のまま利秋の口に水鉄砲を突っ込む俊哉。
　俊哉は容赦なく引き金を引く。
　しかも――――――
　
　「ごふ、ふごごごごごごごごっ？？！！」

　一度ではなく連続である。
　人間の指の動きの限界と思われる速度で連射されたそれは、水鉄砲の中身が無くなって空打ちする音が聞こえるまで続けられた。
　数秒後、残弾が無くなった事に舌打ちすると俊哉は突っ込んでいた水鉄砲の銃口を利秋の口から抜き去った。
　唾液と酒で汚れきったそれを放り投げると、残った右手の強化水鉄砲（限界強化済み）をふらつく利秋に向ける。
　
　発砲。

　硝煙の匂いも無くマズルフラッシュすら無い水圧は利秋の胴体に直撃し、そのまま勢いよく吹き飛ばす。
　吹き飛ばされた先は折り良く久が居る場所であった。

　
　―――“敵性体の沈黙を確認。現時点での脅威は無しと判断。警告。パワーアンプ出力低下。サブルーチンの演算に支障が出ています。”

　―――“警告。サブルーチンの演算に支障が出ています。速やかにエネルギー供給が行えない場合、サブルーチンは機能を停止します。警告―――”


　「あー……疲れた」

　そのまま、糸が切れたように俊哉は倒れ伏す。
　閉じる世界で最後に見たのは、心配そうに駆け寄る有麗夜と悠亜の姿であった。

■作者メッセージ
一応の区切り一歩手前の話となりました。十目です。
今回の話の整理と申しましょうか、恐れながら分かり辛かったと思われるので起きた出来事の列挙をば。

・殴られた衝撃で久の理性がログアウト。
・酔っ払い意識からの利秋帰還。
・チート水鉄砲の脅威。

以上、三本というところです（ﾏﾃ

後半、斜めの文体が入りましたがこの部分は俊哉の意識していない部分での脳内遣り取りです。
覚醒中、マーカー某など斜め文は言っていますが俊哉は見えていても認識出来ていません。
視界に映る景色と同じ情報として特別意識に上っていない状態です。
また、話中の戦闘能力向上は普段は有り得ません。
偶々普段より量が多くエネルギーが供給された為、行き場を失ったエネルギーが本来使わない部分を起こしてしまった結果となりました。

当方、後書きで補足しないとご覧頂いて下さる方々を置いてきぼりしかねないので長いですが、最後に。
ご覧頂き有難う御座います。次回で一応、一段落です。