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第九話:中後編:夜型家族の泥酔劇





 豪が力なく倒れる様を俊哉は見ていた。
 念の為久に捕縛して貰おうと考えていた為、豪の行動に気付くのが一歩遅れたのである。
 結果、豪は撃沈。

 「ひとぉつ」

 酒瓶を逆さに振りながら中身が残っていない事を確認し呟く利秋。
 利秋は標的を見つけた為か、靄を纏った装束で俊哉に突っ込んでくる。
 
 「!させんっ!」

 利秋に遅れてではあるが、復帰した久が俊哉を庇う。
 間一髪間に合ったそれは、二人を力押しの状態に持ち込んだ。

 「邪魔するなよ久……皆ハッピーになろうぜ……?」

 危ない薬の常習者のような台詞を吐きつつ据わった目で睨む利秋に、久は反論する。

 「ならばせめて同意くらいは取れ……っ!未成年への飲酒を勧めるのはご法度だろうが……っ!」

 剣豪の鍔迫り合いのような拮抗状態が続く。
 この勝負、本来はパワータイプの久が有利であるが余りにも距離が近い為、≪紅叫≫の力が上手い具合に殺されているのである。
 だがそれでも拮抗状態に持っていける以上、矢張り強力な装備であった。

 「厄介だな、お前のそれはっ!」

 利秋がわざと自分の方に掛ける力の流れを変えると、久は崩れそうになる体勢を保とうと反対方向に力を篭める。
 久が前に掛ける力を失ったのを見て一気に距離を離す利秋。
 離れる時に失ったのか、手に持っていた一升瓶は見当たらなかった。

 「わざわざ距離を離してくれるとはな。お陰で全力を出せる」

 「それはどうかな?……ちなみに聞きたいんだが、お前の≪紅叫≫って自動で動くんだったな?」

 既に知っている情報である筈のそれを利秋は口にする。
 久は何を言っているのか分からない、という表情だが律儀に答えた。

 「正確には半自動だ。私が意識している時は私の意志が優先されるからな」

 「≪紅叫≫は五枚の術式を組み込んだ特殊布で構成されてたな。左右で前後分割されている四枚と自動制御時の中核である背中の一枚で計五枚」

 「そうだ。言っておくが今から【演霧人】は出させんぞ?出してもそれ毎潰してやる」

 「つまり久、君は『同時に対応出来るのが六撃まで』という事になる。それ以上は捌けない。合ってるかな?」

 「……全くの同時に出来れば、な。今のお前には到底無理だが」
 
 最早時間稼ぎとしか思えない利秋の発言に痺れを切らし、久は姿勢を低くする。
 その姿は獲物を狙う肉食獣のそれと大差なかった。

 「あぁ、その通り。今の僕には出来ないな。―――これからやる僕なら話は別だが」

 「何?」

 久が疑問を言い切る前に利秋は動く。
 爆ぜたような速度で詰め寄る利秋に久は≪紅叫≫の前二枚に防御を指示し、後ろ二枚には迎撃を指示する。
 前側は速やかにその命令を実行し―――後ろ側はその命令に対しての反応が遅れる。
 何事か、と振り返りたい衝動を抑え目の前の白い弾丸に意識を集中すると利秋は低い姿勢で後ろ手に構えた後、中型の瓶を二本取り出した。
 酒蔵からくすねてきたであろう、日本酒である。
 未開封のそれを目の前に投げつけ、利秋は更に加速する。
 
 前方同時三方向の攻撃。
 後方の≪紅叫≫の反応では最早利秋の迎撃は望めない。
 前方二枚で弾き、片腕でいなして膝と肘で水月と延髄に同時に衝撃を与える。
 その腹積もりで迎撃に望む久だが、両足が動かない事に気付いた。

 (しまった!【演霧人】か―――)

 「正面だけを見過ぎなんだよ、君は。物事には何時だって―――」

 予定通り前方二枚の≪紅叫≫で酒瓶を弾き、残る両腕でいなし、迎撃をする方向に久は切り替えた。
 だが、それを裏切って利秋が目の前から掻き消える。

 「―――裏があるのさ」

 声は背後から聞こえた。
 この瞬間久に出来た事は首だけでも振り向く事だけである。
 それが彼の運命を決定付けた。

 カポ、と軽い音がするような装着感を感じたが最後、自然と顎を上に向けられ灼けるような液体を流し込まれる。

 「“滝流し”」

 折角抜けたアルコールを強制的に胃の腑に落とされ、喉から鼻に抜ける酒精の香りに久は酔った。
 しかしまだ終わりではない。
 空になった酒瓶を抜いて放ったかと思うと利秋は動きの鈍った≪紅叫≫が支えている酒瓶をひったくり、更にそれを久の口に突っ込んだ。

 「―――“攪(ほだて)”」

 二種の異なる濃度/成分のアルコールを受け、久は完全に停止した。
 それに伴い動きの鈍った≪紅叫≫も動作を完全に停止する。

 「ふたぁつ」

 その場に残ったのは俊哉、そして悠亜だけとなってしまった。

 「ただのチャンポンじゃないですか……」

 あれでは目覚めても酷い吐き気と頭痛、倦怠感に苛まれるだろう。
 常人であれば急性アルコール中毒で搬送されかねない蛮行である。
 だが、利秋は誰に聞かせるでもなく説明を始める。

 「≪紅叫≫の恐ろしいところは人一人を吊り上げて尚余裕のある怪力と自動防御を含む動作の精密性にある」

 空になった酒瓶を草むらに放り、利秋は自分の装束を弄りだした。

 「だが同時にそれは弱点でもある。如何に半自動で使用者の意思を優先するように製作されていても、結局その意思がなければ只の自動制御だ。つまり―――」

 探し物が見つからないのか、両胸部分をパンパンと叩きながらも利秋は続ける。

 「どのような理由があろうが本人が意識していなくても『動いてしまう』。そして、動いた後に他の動作をさせようとしても実行までに隙が生まれる」

 ポケットのような部分があるのか、引っ張り出す動作を始める利秋。
 未だ探し物は見つからないようである。

 「ここまで言えばもう分かるだろう?≪紅叫≫は動きを一瞬でも止める必要があったのさ。どんな人間でも、塞がった両手を直ぐには空けられない。僕等のような拮抗した実力なら、一瞬の隙は勝敗を分ける決定的な隙になる」

 利秋は今度はその場で小さくジャンプを繰り返す。
 その姿は、さながら初めて文明社会が映し出した未開部族の儀式のようでもあった。

 「あっれ〜?おっかしいな……兎に角、久。君はもう少し周囲に気を配るべきだったんだ。でなければ討って出るべきだったね。その場を動かなかった時点で君の負けさ」

 中々見つからない探し物に痺れを切らし始めた利秋だが、彼に近寄る白い影があった。
 ≪白楼≫、繰(くり)の型―――【演霧人(えんむじん)】。
 利秋が【むじん君】と呼んでいる靄人形である。
 合計二人分の【むじん君】が両手に持っているのは小型の酒瓶、合計四つだった。

 「あぁ、落としてたのか。有難う、むじん君」

 酒瓶を受け取った利秋からの労いに、【むじん君】達は照れて頭を掻くような仕草をする。
 意外に芸が細かかった。

 「……ちょっと可愛いかも、って思っちゃったんだけど。俊哉、君はどうだい?」

 「取り合えず豪や久さんの二の舞になりたくなければ油断しないで下さい」

 緩みかけた緊張感を引き締めるべく悠亜を叱咤する俊哉だが、それが裏目に出てしまう。

 「ちょっと俊哉、悠姉っ!大丈夫?凄い音したんだけど!」

 「有麗夜ちゃん?!ちょっと待って、今はまだ危な―――」

 「有麗夜、戻りなさいっ!」

 戦闘音から心配になったのだろう。
 緊張を破る音量で有麗夜が割り込んでくる。
 その後ろから春海とエリスティアの声が聞こえてきた。
 
 「「有麗夜っ!こっちに来るな―――」」

 俊哉と悠亜、二人全く同時に背にある玄関から飛び出そうとする有麗夜を声で制する。
 その隙を利秋が見逃す訳がなかった。

 「―――駄目だろう?余所見したら危ないじゃないか」

 振り返った俊哉が見たのは、地を這う白い影であった。
 俊哉達の太腿程度の位置まで沈み込み、一気に突破を狙っている。
 その先は突然の事で理解が追いついていない有麗夜だった。

 「弱いところから狙うのが戦術の基本さ。良い夢見てくれよ?有麗夜ちゃん」

 「!このっ!」
 
 咄嗟に反応出来たのは俊哉だった。
 既に袖の中で構えていた水鉄砲の引き金を絞る。
 発射位置は丁度利秋の頭部が自身の太腿と並んだ時。
 距離、角度から考慮しても外しようが無い。
 速やかに急所を貫く筈の水圧は、そのまま白い影を貫通し地面へと直撃した。

 「―――なんてね。残念だったね?俊哉」

 肩に手を置かれた感触に、俊哉は振り返った。
 そして見る。
 その先には酒瓶片手に、目だけで―――表情を唯一伺う事が出来るのがこの部分だけだった―――笑っている利秋の姿があった。
 既に開封された酒瓶は、その酒精を少量ながらも大気に霧散させている。
 『何故、そこに』と、俊哉の口が動く。

 だが。
 声を出すよりも疾く、俊哉の口に酒の小瓶が突っ込まれる。
 抵抗するよりも早く、顔面を上に向かせられる。
 吐き出すよりも速く、喉を伝ってアルコールが嚥下される。

 「―――忍法“有情・滝流し”。これで三つ。安心しろ……俊哉。少量だから大丈夫だ。多分」

 崩れ落ちる俊哉。
 量しか情状酌量のしなかったらしい利秋の言葉に、その場に居る誰もが声を上げられない。
 やっている事はどう見ても愉快犯だが、常にフェイントやフェイクを盛り込む高速機動に付いていけないのだ。
 次に下手に動けば自分がやられるという緊張が支配するが、既に戦力は瓦解し防衛拠点である結界も出入り口が開け放たれている。
 利秋なら有麗夜達が閉めるより、悠亜が押さえようと動くより速く侵入し阿鼻叫喚の酒地獄へと変えるだろう。

 「さぁ、どうする?自分で飲むか。それとも飲まされるか。好きな方を選んでくれるかな」

 利秋は酒の小瓶をジャグリングしながら呑気に選択肢を提示する。
 彼の後ろには一升瓶を抱えた【むじん君】が総計六体控えては各々酒瓶の蓋を開けていく。
 物理攻撃の効かぬ彼等相手では、その殆どの相対勢力が無力化されてしまう。
 戦術上では既に、詰みの状態である。
 
 「?!久さん、久さんっ!」

 視界に夫を収めたのだろう。
 エリスティアは倒れ伏している久に悲鳴に近い声を上げる。
 だが、夫は全く動く気配がなかった。

 「無駄ですよー。忍法“滝流し・攪(ほだて)”を食らったんです。意識など夜まで戻りますまい」

 ジャグリングを絶やさずに利秋は解説した。
 最早この場で彼を取り押さえられる人種は限られており、この場で生殺与奪権を持っているのは目の前の白ニンジャだけである。
 
 ―――これまでか。

 全員の脳裏に浮かんだのは酔い潰される自分達。
 翌日に抱えるであろう頭痛。
 嫉妬深い伴侶への言い訳。
 午後のオフでの買い物。

 それぞれの未来や予定が酒に全部潰される。
 どうしてこうなった、と誰かが呟いたのを満足気に利秋は聞き届けた。

 「じゃあ、嫌な事は全部酒で忘れよう――――――ってぉおっ!?

 瞬間、全員の目の前から利秋が掻き消える。
 何やら頭上から音が聞こえる為全員が見上げると、天高く白ニンジャが舞っていた。
 その足には赤い帯状の何かが絡み付いている。
 赤い帯は白ニンジャを釣り上げたかと思うと、そのまま空中で地面へ向けて放り投げた。
 着地後何転かして勢いを殺した利秋が顔を上げると、愕然とした声を上げる。

 「馬鹿な……っ!効いていないのか、“撹”が?!」

 幽鬼のように立ち上がるのは久であった。
 ふらつく身体を何とか支え、蒼白な顔色で利秋を睨んでいる。
 息も絶え絶え、という体で久は口を開いた。

 「うぷっ……いや、効いているさ。この上なく、な……」

 胃からせり上がる酸っぱい感覚に耐えながら、細々とした声で久は答える。
 
 「頭は前後不覚の状態……身体は何処が地面か、目はお前が何処に居るのか正確に分からない……う゛……だが、な……」

 か弱く紡がれる声には、強い意志が篭められていた。
 決して折れまいとする強い意志が言葉の芯になっている。

 「自分を呼ぶ妻の声に――――――目を覚まさない夫が居るかっ!!!」

 久は怒号のように咆哮を上げると、背面に二枚分≪紅叫≫を展開する。
 後ろでは未だ俊哉を挟み【むじん君】と有麗夜達が睨み合いの状態であった。
 一枚は俊哉と【むじん君】の間に壁としてそそり立つ。
 もう一枚は―――

 「オオオオオオオオオッ!!!」

 ―――凄まじい圧力を伴って【むじん君】達に振り下ろされた。
 
 叩きつけると土埃が舞うのを恐れた為か。
 完全には振り下ろさず、伴った風圧だけで【むじん君】達は呆気なく霧散する。
 それぞれが抱えていた一升瓶が地面を転がっていった。

 「……非戦闘員の安全は一応確保完了、か。その状態でよくやるね、流石相棒」

 「今褒められても……拳骨しか、くれてやれんな……」

 蒼白の顔に凄惨な表情を貼り付けたまま、久は利秋の賞賛を受け流す。
 だが形勢は圧倒的に利秋が優勢である事に変わりが無かった。
 気を抜くと意識が持っていかれそうになっている久では勝負にならない。
 何とかこちら側が優勢に出来ないか、と一人思案をしている春海の隣から、つんざくような声が聞こえる。

 「お父さん、私戦えないけど応援は出来るからっ!頑張ってっ!」
 
 「お父様、微力ながら助太刀するよ……私でも盾位にはなれるさ」
 
 「久さん、私も……!」

 立ち上がる父を、夫を鼓舞する真崎家総出の声援である。
 一部、助力すら進み出たが久はそれを掌で制した。

 「大丈、夫だ。お前達は、下がっていな、さい……」

 死に体には変わらない。
 だが、その瞳は先程と異なり活力が宿っている。
 その様子に春海の目が光った。

 「三人共、ちょっといいかしら?」
 
 三人を手招きして呼び寄せる春海。
 有麗夜、悠亜、エリスティアの三名は疑問符を浮かべながらもそれに従う。
 久や利秋に聞かれぬよう春海は自分を加えた四人で円陣を組むと、そのまま聞こえぬ程度の声で指示を出す。
 程なくして彼女らの見せた表情からは、先程の悲壮感は消え去っていた。

 「はて?何を話してたんだろうね?」

 圧倒的有利な状況下では敵とすら見なしていないのか。
 小首を傾げながら利秋は久に問い掛けた。

 「さあ、な……春海さんがお前にサービスでも、してくれるんじゃない、か……」

 声援を受ける時よりは幾分マシな状態になったのか、久は肩を竦めながら淀みが少なくなった声で返す。
 その返答に利秋が瞬時に食いついた。

 「マ ジ で !?」

 その異様な食いつきに久は若干引いたものの、よく考えれば利秋も愛妻家である。
 この反応は当然なのかもしれないと思い直し、同時に自分が墓穴を掘った事にも気付いた。
 
 「何て事だ……こんな千鳥足の相手をしている暇が無くなったじゃないか。久、悪いけどさっさと倒れてくれ。具体的には今すぐに」

 「やれる、ものならな……少なくとも、貴様は道連れだ……っ!」

 死なば諸共。
 最後の力を振り絞り、後ろに控える家族を守らんと久は大地を踏みしめている。
 焦点が合っているかも分からない眼は、それでも大敵の動きを見逃さんと睨み据えていた。
 その背中に―――

 「お父さんっ!」
 「お父様っ!」
 「久さんっ!」

 三様の声が浴びせられる。
 その瞬間が合図となったのか、利秋は矢のように久に飛び掛る。
 両手には中身の入った酒の小瓶が二本。
 それを逆手に持ち、棍棒のように構えている。
 
 対する久は動かない。
 最早防御をしてから攻撃、という基本にすら身体が動かないのである。
 久は、例え攻撃をまともに食らおうとも構わず叩き伏せる腹積もりでいた。
 極度の集中は彼に利秋の動作をつぶさに観察するだけの余裕を与える。
 
 軌道が読める。
 利秋の左手が更に動き、酒瓶の口を久に向ける。
 口は既に開封されており、そのまま突き出すようにして中の液体を久の顔面にぶちまけようとする。
 アルコールで目潰しをした後、左手の酒瓶を放り酒、酒瓶の両方で同時攻撃を仕掛けてきている。
 酩酊した意識には精密動作を期待出来ず、使用者の影響がモロに≪紅叫≫に響いている以上過度のフェイント数であるが念には念を、という事だろう。
 相手の装備で相手の視界を奪い、視覚外から叩き伏せる。
 単純ながら今の久にはこの上なく効果的である。
 久は防御を捨てる事にした。
 出来る事は精々打撃の当たった部分から位置を割り出し、そこに全力で攻撃を集中させる事。
 云わば相討ちのカウンター狙いであった。

 「「「大好きっ!!」」」

 ―――その声を聞くまでは、その積もりで居た。
 直後、ガラスの砕け散った、涼やかともいえる音が響き渡った。




14/02/21 23:49更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
分割故少し短めです。十目です。
何と申しましょうか、ここまでの流れで今更ですがバトルタグを入れた方が良いのか悩んでいます。
バトルと言うには盛り上がりに欠けるものがありますが、宜しければご覧頂いている方々のお知恵を拝借したく存じます。

最後になりましたが、ご覧頂けた方々へ心からのお礼を。
次回もどうぞ宜しくお願い致します。

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