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第九話:中前編 夜型親父の参加劇
 



 
 境内には残っている人物が少なくなっていた。
 あれだけ沸き立っていた参拝客達は、神社側から異例の『お引取り』を頂いた為既に境内から姿を消している。
 神社側から参拝客達にされた説明は

 『イベントの準備が予想以上に大きくなってしまった為、今日一日は境内の後片付けをさせて欲しい。』

 という苦肉のものであった。
 
 神社側の言うイベントは当然紅白ニンジャズの暴走。
 後片付けは無論当人達を含めた事情の聴取と対応である。
 まさかその通りを説明する訳にもいかなかった為、事情を知らぬ参拝客達の何割かは不満を漏らした。
 しかしその内容は概ね伴侶との子宝祈願や気に入ったバイト巫女のお持ち帰りであった為、前者は神社の力のある魔物が特別に誂えたお守りを渡し、後者は立会人を立てて双方の意思を尊重出来るものは許可を出す事で治まっている。

 故に現在この志磨妃古(しまひこ)神社に居るのは神社の主要関係者、並びに当事者の身内である俊哉達だけであった。
 現在彼等は神社の関係者である東雲に連れられて、御堂に一同に会している。

 「現在状況は芳しくありません」
 
 東雲は一同が会すると、一拍置いてから口を開いた。

 「既に数名の魔物娘やその伴侶の方々が向かいましたが、その事如くが撃破され無力化されている状態です」

 「……でしょうね。こうなる事は予想してたから真っ先に捕まえたかったんだけど。あの人の妻として謝罪させて貰うわ。本当に、ごめんなさい」

 深々と頭を下げる春海。
 その姿には普段の呑気な姿はどこにも無かった。

 「それをいうなら仕留めたと勘違いした僕の責任です。この神社の方々には何とお詫びすればよいのか……申し訳ありません」

 母親に倣い、俊哉も頭を下げる。
 無用な被害を抑える為の母の策を、自分が台無しにしてしまったと俊哉は考えていた。
 もし撃破したと考えたなら、放置などせずにそのまま縛り付けてしまえば良かったのである。
 いくら久という脅威を目の当たりにしたとはいえ『倒した相手が本当に倒れたのか』の確認を怠ってしまった為に起きた結果であった。

 「それで……被害の方は?怪我人が居るんですか?」

 有麗夜は居たたまれずに話を先に進めようとする。
 東雲は困ったような笑顔を浮かべながら応じた。

 「怪我人は一切居ません。ただ……」

 「ただ?」

 自身が知らされた情報から全てを公開するか言い淀む東雲に豪が食らいつく。
 ちなみに今はKABUKIスタイルではなくなっていた。
 薬の投与と周囲への配慮を考えなくて良くなったからである。
 東雲は困った表情の笑顔のまま、観念したように続きを答えた。

 「いえ。どういう訳か全員酔い潰されていました。気持ちよく寝ているようですが、顔中に落書きもされています。気付いた後が怖いですね」

 酔い潰した上に落書き。
 完全に手玉に取っている状態である。
 恐らく害意があっても敵意や殺意など強い感情ではなかったのだろう。
 近所のおっさんが悪ノリで悪戯をするようなものであり、かなり緩んだ空気のまま仕掛けた可能性がある。
 そうでなければ、それなりに荒事の応対が出来る人員で構成された鎮圧部隊があっさりと迎撃される理由が無かった。
 一同の頭が痛くなる中、悠亜が挙手をして発現する。

 「『酔い潰した』って事はアルコール類が有るって事だよね。何処から調達したのかルートの特定は出来ないのかな?」

 「そうか……、ルートが分かれば行動範囲の特定が出来るかもしれない。闇雲に探すよりはいいですね」

 悠亜の発言に俊哉も思考を始める。
 行動範囲の特定、考えられる思考ルーチンからの挙動を整理し速やかに事態を収拾すべく回転速度が上がっていく。

 「それについては特定が出来ています。ここではありませんが、離れたところに奉納された神酒を収める蔵がありますから調達はそこからでしょう」

 「失礼ながら根拠はありますか?外に買いに行っている可能性もあります」

 「それは無いわね。だって利秋さんの財布ってここにあるもの」

 東雲の発言の信憑性を裏取ろうと質問を続ける俊哉に、春海が手品のように長財布を取り出す。
 東雲は苦笑いを浮かべながら更に続けた。

 「外には出ていないと思いますよ。神社から出る、出ないくらいは結界の境で分かりますから。出たら一部の神社関係者には分かるようになってるんです」
 「それに利秋さんの着ている衣服は外からの魔力を吸収する能力があるそうですから。必然的に大きな魔力の反応が移動する訳です。分からない筈がありません」

 「……分かりました。ありがとうございます」

 頭を下げながら今後の策を練ろうと俊哉は考え込む。
 先程鎮圧部隊を迎撃したのであれば、補給が必須である。
 とすれば移動先は神酒の収めている酒蔵だろう。
 何故迎撃手段を酒に限定しているのかは今一理解に苦しむが、相手の手段が限定されている以上そこから導き出される答えも明瞭であった。
 後は攻めるか、迎撃するかである。
 
 「やはりここは迎撃が妥当かな……」
 
 最低限の防衛戦力を非戦闘員と纏めておき、地理に詳しい神社側からも残る戦力を借り受け迎撃するのが妥当と俊哉が考える。
 だが、懸念が残る。

 「火力が足りない……せめて父さんと互角に戦えるか抑え込めるだけの力が無いと逆に撃破されかねない……」

 豪は盾要因としては有り難いが、直情径行な気性の為釣られる可能性がある。
 悠亜はその点バランスが良く理想的だが、考え方が常人の枠内であり突発的な事態に対応出来ない可能性が高い。
 俊哉と春海は論外である。動きが見えても追いつけない。
 
 上方修正された利秋の脅威度は俊哉の想定を超えている。
 あと一手欲しい、と俊哉は考えるが現状の手札では無理からぬ事を考え、思考が堂々巡りを繰り返す。
 ぶつぶつと独り言で呟いていると、その一手を埋められる春海からの発言が決め手となった。

 「なら、久さんなんてどうかしら。適任じゃない?」

 気付けば、その場にはエリスティアも久も居なかった。
 大方、神社の一室を借りて個人的な『お説教』でも食らっているのだろう。
 俊哉は脳内でカチリ、と立てていた策が組み上がった音が気がした。













 久を戦力すると案は一見無謀とも思えた。
 有麗夜と悠亜の実父という事を差し引いて考えても、悪ノリにせよ敵対した側なのである。
 当然一筋縄ではいかないと思われた邂逅であったが、事情を聞いた久からの進言もあり問題なく話が纏まった。

 「私もやり過ぎたと思うし反省している。喜んで協力しよう。なので何か変な扉開いちゃいそうだから、これ以上痛気持ち良い事しないで下さい」

 本人からの強い要望もあり前衛兼盾としての役割を担う事となった。
 ちなみに彼は正面から座ったままエリスティアに抱きつかれ、首筋に流れる血を舐め取られながら背中と言わず胸板と言わず引っ掻かれた痕だらけでの状態で発見されている。
 その時点で顔は紅潮し目は虚ろだったのだから、何をされていたのかは一同が追求するまでもなく明白である。
 
 「あまり時間がありません。残る手段として、父さんの弾薬補給地点で待ち伏せし少数で迎撃をします」
 
 俊哉は簡略化された神社の地図を広げ、御堂で概略の説明を始める。
 神社と麓の中間地点程にある小さな建物を指し、適当な駒―――神社内に娯楽品として有った将棋の駒だが―――を用い配置していった。
 
 「対応するのが僕、豪、悠亜に久さんを加えた四人です。前衛には久さん、サポートで豪と悠亜、引いて僕が全体に指示を出します」
 
 酒蔵に≪王≫の駒を置き、その出入り口付近に歩を置き、香車、金を順に少し離れた位置に飛車の近くに置く。

 「と言っても、久さんに何かあったら僕等が埋めるような形になるので基本久さんは好きにして下さい。埋めると言っても久さんの力なら寧ろ指示は不要でしょう」
 
 角を利秋に見立て、そこに飛車を詰める俊哉。
 次いで香車や金を進行方向上に配置し移動ルートを塞ぐ。
 
 「裏から回り込まれる可能性はないのか?」

 豪の指摘は最もである。
 戦力配置は酒蔵の正面偏っており、その他から侵入される可能性がある。
 もしも背面から物資を補給されそのまま向かって来られたら、相手が万全の状態で相対する事になってしまう。
 その心配を俊哉は頭から否定した。
 
 「それは無い。人間が通れる大きさの出入り口は正面だけで、その他は空気の入れ替え程度の小さな窓位しかないからな」
 「それに下手に分散して各個撃破される可能性を極力減らしたいと言うのがある。父さんはそれをやれる事を実証したからね」
 「いくらこちら側に久さんが居てくれても、僕等だけでは及ばないんだよ」

 俊哉は久に向き直ると、頭を垂れる。
 
 「僕等は戦力的に久さんに『助けて貰う』立場です。なので久さんが助力が必要なら呼んで貰うという姿勢です。どうか、父をお願いします」

 久は小さく頷くと、言を継いだ。

 「助かるよ。私もアイツを相手にしていると指示なんて聞けないだろうしね。穴を埋めて貰えるなら有り難い限りだ」

 紅玉のような瞳を優しく細め、久が応じる。
 その後に続き春海が進み出た。

 「久さん。不肖の夫ですが、宜しくお願いします」

 「こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ない。名誉挽回の機会を頂けた事を有り難く思います。勢いに任せたとはいえ、矢張り節度は有るべきだった」

 にこやかに応対しながら、丸い銀縁眼鏡のブリッジを持ち上げて応ずる久の姿に豪はやや面食らう。

 「おい俊哉、何か赤師匠のイメージがさっきと全然違うんだが。何でだ?」 

 「僕はさっきの赤ニンジャの方が驚きだったよ。普段と全然違うんだから」

 「もしかしたらあの時が地で、普段は猫被ってるのかな」

 「あーそれあるかも。お父さんの怒ったとことか私もあんまり見た事ないから分かんないけど」
 
 「君達、聞こえてるよ」

 豪の疑問に俊哉が異を唱え悠亜と有麗夜が賛同する。
 久は人の良さそうな笑顔を浮かべたまま柔らかい口調で注意を促した後、春海とエリスティア、東雲に向き直った。

 「それで、残った人員はどうするんだい?」

 「私と東雲、それと神社の巫女さんや神主さん達で結界を張って立て篭もる予定よ」

 「ちなみに『念の為』以上の理由はないから。利秋さんの狙いは十中八九そっちになると思うし」

 「今まで一切攻め込んできていない以上、こちらから人員を送り続ける限り攻め込んでこないものと思われます」

 「成る程……地の利を捨てるような位前後不覚ではない、か。了解した」

 エリスティアによる今後の方針、春海からの利秋の思考パターン、東雲からの行動パターンの報告に久は後顧の憂いがない事を確認した。
 後は向かうだけである。

 「久さん……これを」

 これから戦いに赴く夫に、エリスティアは長い赤布を差し出した。
 彼の装備、≪紅叫(スカーレット・クライ)≫である。
 現在は元の形状である外套型となっているそれを、久は受け取った。
 銀縁眼鏡を外しながら受け取り、翻して袖を通す。
 大きく翻ったそれは、翼のように広がると己が主を包み込んだ。

 「―――行って来る」

 外した眼鏡を預けながら背を向ける久と、眼鏡を心配そうに両の手に包みながら見送るエリスティア。
 表情には出ないが無事を願う不安さが、両手に収まっている眼鏡に掛かる力から見て取れた。
 そのまま外に出ようとする彼を慌てて俊哉達が追い掛ける。
 征く悠亜、残る有麗夜。そして不安げに見送るエリスティアを見比べると、春海はぼそりと呟いた。

 「……あれ。ヒロインって誰だったっけ?」

 残念ながらその言葉に答えられる者は、その場に皆無であった。




 


 一歩足を勧めると、そこは一面が白い世界であった。
 誰も居なくなった境内には薄く靄が立ち籠め、静謐な世界をより神秘的なものにしている。
 周囲を見渡せば木々の合間には矢張り白い靄が隙間を埋めており、まるで白い煙霧が境内と言わず神社と言わず目に映る世界を飲み込まんとしているようにも見える。
 幻想のようなその世界は陽光を薄く拡散し、現世と幻想の合間を何処までも曖昧にしていた。

 「凄ぇ……」

 外に出た途端視界を圧倒する光景に、豪は声を漏らす。
 俊哉、悠亜も同様であるようだが、こちらは声も出ていなかった。
 三人が幻想の虜になっている中、久だけが苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 「馬鹿な……本当に前後不覚になったとでもいうのか……若人達っ!構えろ、近くに居るぞっ!!」

 三人を守るかのように膨張し、大きく翻る≪紅叫≫。
 久の意思を受けた≪紅叫≫は、子を守る為に威嚇する親鳥の翼のように広がった。
 広げたと同時に、辺りに声が響き渡る。

 「はぁーーーーーーっ、はっはっはっはっ!!!!」

 一同が声のする方向を仰ぎ見る。
 そこには陽光に照らされ輪郭の曖昧になった白装束の姿があった。
 白ニンジャこと、≪白楼≫を身に纏う利秋である。
 遠目には分かり辛いが、≪白楼≫から靄のような浮き出ては流れていくのが見て取れた。
 
 「そんな……こっちの作戦が全部読まれてたって事かい……?」

 「完全に裏を掻かれましたね――――――向こうの方が速かった、と」

 「やれやれ。白師匠も本当、凄ぇよな。こっちの動きなんてお見通しか」

 各々が建物の上に居座る利秋に戦慄する中、久は一人別の方向を向いていた。
 向いている方向には、ただ木々の合間に靄が広がっているだけで特に何も無いように見える。
 久はその中の一本に狙いを定めると≪紅叫≫の一部を鋭くその先に伸ばした。

 「何処を見ているっ!僕は此処だ―――って危ね!?

 「ちっ、外したか」

 軽く舌打ちする久に全員が向き直る。
 その視線の先には、建築物の上に居る筈の利秋本人が木にしがみ付いていた。
 樹上に移動すると、利秋は久に対して抗議の声を上げる。

 「お前今確実に僕を亡き者にする気だったろ!刺さった時の鋭さが全然違うぞ!」

 「私の知っている利秋なら簡単に避けられるんだがな。現に避けたろう」

 「殺意の有無は否定しろよっ!?」

 命懸けで致命の一撃を避けた利秋に対し、にべにも無い回答を述べる久。
 両者の間では緊張か弛緩か分からない空気が流れている。
 そんな中、一番最初に思考を復帰できたのは俊哉だった。
 
 
 「父さん……?ではアレは……もしかして」

 振り返った先は先程俊哉達が出てきた本殿の屋根の部分である。
 そこには同じ姿勢のまま佇む利秋らしき人影が白い塊となって残っていた。

 「おぉ、流石我が息子。あんまり遅いんで来ちゃったぞ。それと気付くのが早いな、その通り」
 「―――分身だ」

 そう言うと利秋は指を鳴らす。
 直後、弾かれたように屋根の人影は掻き消え、入れ替わるように煙霧の中から現れたのは所々が省略された人型の煙としか言えないような物であった。

 「≪白楼≫、繰(くり)の型―――【演霧人(えんむじん)】。僕は【むじん君】って呼んでるけどね」

 十以上二十未満。
 次々と現れる煙霧の人影は、利秋の号令を待ち後ろに控えている。
 人影の能力が未知数である以上対策が立てられず、かつ数的優位も消失してしまっている。
 
 「さぁ、観念し給え。僕と一緒に酒盛りでもして楽しもうじゃないか。そうすればこの神社の半分をくれてやろう」

 「他人様の物を勝手に引き合いに出さないで下さい」

 俊哉の突っ込みは受け流され、代わりに今度は豪に向かって話し掛ける。

 「豪君。どう?バインバインのお姉さんでも呼んで一緒に酒飲まない?きっと盛り上がるよ?」

 両手で自分の胸部に大きな架空の双丘を模(かたど)る利秋に豪は呻いた。
 脈あり、と判断したのか、更に続ける。

 「一緒に居た女の子達にはまだ手は出してないんだろう?分かるよ、豪君。君は年上が好きだってね。だからこそだ。どうだい?僕の側に就かないか。楽しいよ?」
 「君の周りは何時だって小さい子が多いね。でも手を出してないって事は好みじゃない。しかし相手が居るかと言うとそうでもない」
 「……出会い、無いんだろう?どうだい、僕なら用意できるよ。試しに君の好みを言ってご覧?僕が紹介しよう」

 「師匠、俺は……」

 豪の瞳に戸惑いの感情が浮かぶ。
 だが、それは即座に掻き消え明確な意思の光が双眸に宿った。

 「―――お断りします。同じ条件で先約があるんスよ。それに」
 「チビ共に約束してるんで。『お前等が大人になっても相手が見つからなかったら貰ってくれ』ってね」

 「豪、それ絶対彼女達憶えてるよ」

 「問題の先送りだな」

 「……やっぱ、そうッスよね」
 
 俊哉、久両名の突っ込みに豪は諦めた声を上げるが、表情は正反対に迷いの無い晴れやかなものであった。

 「っつー訳で。子供の夢は裏切れません。一応サンタ志望なんで」

 はっきりと告げる拒絶の言葉に、利秋は溜息を吐いた。

 「振られたねぇ……。じゃあ悠亜ちゃん―――はいいか、別に」
 
 膝から崩れ落ちる悠亜を、俊哉は隣から支える。
 脱力した悠亜は何とか持ち直すと、利秋に声を投げた。

 「ず、随分斬新な流れですね。てっきり何か聞かれるとばかり思ってて身構えていましたよ……」

 「うん。僕も何か言おうかなーって思ってたんだけどね。よく考えたら何もなかったんだ。ゴメンね悠亜ちゃん。それに―――」
 
 悪びれもせず言い放つ利秋だが、次の瞬間ふざけた調子が鳴りを潜める。
 
 「君は本当に欲しいものがハッキリしているからね。僕にそれは用意出来なかったんだ」
 
 利秋は悠亜を見ながらも、その隣の俊哉を見る。
 真剣な眼差しを送るその姿に悪ノリを続ける中年の影はどこにもなかった。
 最後に利秋は久を見る。
 黒髪に赤い外套を着込む彼は、完全に臨戦態勢を取っていた。

 「仕事以外でその姿を見るのは久しぶりだねぇ。久だけに」
 
 「45点だな。どれ、時間が惜しい。さっさと倒されてくれ。それとも何か言い残す事は有るか?」

 「そうだな―――」

 利秋は顎に手を当てて考え込む。
 後ろに控えている煙霧の人影も同様のポーズをしている辺り、無駄に余裕を見せ付けていた。

 「久、君みたいな――――――あぁ、まあいいか……」

 利秋は心底小馬鹿にしたような声を途中まで上げたにも関わらず、諦めたように途中で発言を放棄した。
 内容の詳細は言わないものの、それだけにそこにどんな類の感情が含まれているのか想像に難くない態度である。

 「何だ。聞いてやるから言ってみるといいぞ?何せ大事な大事な友人の遺言何だからなぁ……聞き漏らしがあっては一大事だ」

 表情だけは一切先程と変わらず、青筋を浮かべながら応ずる久に気圧されたのか俊哉達は数歩ずつ離れる。
 矛先が完全に利秋になっているのも関わらず、その余波は周囲に命の危機を感じさせるものだった。
 当の本人はというと

 「あ、ごめーん。自分だけ短かったから寂しかった?でもそんなんだから有麗夜ちゃんに嫌われちゃたんじゃないかなーって僕思うなー」

 心にも無い棒読みで挑発に挑発を重ねていた。
 その瞬間、境内の空気が凍る。

 「……俊哉君。五体は残っていた方がいいかな……?」

 「出来れば残して頂けると助かります」

 妙に寒気を感じさせる声に、何とか俊哉は応じる事が出来た。
 
 「善処しよう。もう少し、離れていてくれ給え」

 言うが早いか、次の瞬間。
 利秋が視界から消え後ろに控えていた二十前後の煙人形が跡形も無く掻き消されていた。
 
 ≪紅叫≫が叩き潰したのである。

 魔力を帯びた破壊は速やかに周囲に伝播し、強風が建物全体を震わせる。
 その余りの勢いに俊哉、悠亜、豪は耐えるしか出来なかった。

 「何ていう威力……さっきまともに戦わずにいて正解だったな……」

 「春海さんとお母様、これを知ってたから有麗夜に任せたのか……攻撃が全く見えなかった……」

 「うおおぉぉっ!赤師匠凄っげえええぇぇぇぇっ!!」
 
 一人感想の違うものが混じっているが、概ね彼等に共通で通った認識は"味方で良かった”という安心と“絶対に怒らせてはならない"という不文律であった。
 三者三様の驚きを見せる中、周囲の煙霧が濃くなってくる。
 三人以外前も後ろも見えなくなる程の濃さになったかと思うと、その中から勢い良く飛び出してくる人影があった。
 目鼻どころか手足の造詣すら簡略化された等身大の煙人形―――利秋の≪白楼≫から生まれた【演霧人】である。
 各々反射的に身構え臨戦態勢を取るが、辛うじて反撃できたのは慣れ親しんだ道具を使う俊哉だけであった。
 勢いを強化された水圧は正確に向かってくる人影を狙い撃つ。
 だが―――

 「効いてない?!」

 元が煙霧である以上、いくら水圧を高めようが意味が無かった。
 射出された強水圧の液体は、その勢いを殺さぬまま向こう側へと抜けていく。
 人影と俊哉、彼我の距離が見る見るうちに詰まる中、全員に向かって久が声を張り上げる。

 「全員伏せろっ!」

 魔物娘の反射神経で悠亜が俊哉毎倒れこみ、豪は二人を庇うように覆い被さった。
 刹那、彼等の頭上を一陣の赤い風が吹き荒れる。
 再度横薙ぎに振るわれた≪紅叫≫が煙霧から生まれた白い人影達を跡形も無く霧散する。
 【演霧人】は為す術も無く生まれた煙霧へと戻っていった。
 白煙が後退して空いた空間に赤い外套を着込んだ久が舞い戻ってくる。

 「あの人影に下手に触れるなよ。普通の攻撃は通らない癖に向こうは攻撃し放題だからな」

 「……知って良かったよ、お父様。でなかったら反射的に斬りつけてるところだったからね」

 「でもどうするんです?赤師匠。こっちの攻撃が通らないなんて無敵もいいとこじゃないですか」

 「いや、そうでもないんじゃないかな」

 周囲を警戒する久に立ち上がりながら返す豪、次いで悠亜と俊哉が共に立ち上がる。
 だが、俊哉は不自然な体制で立ち上がっている為に姿勢を保ち辛そうにしていた。

 「悠亜さん……もう立てるので離してくれませんか。あと息苦しいです」

 「やん♥俊哉、くすぐったいから急に動かないでくれないかな?」

 「悠亜、俊哉君。頼むから真面目にやってくれ」

 何度も離して欲しい意思を悠亜の腕を軽く叩く事で示す俊哉と、そんな俊哉を胸元から離すまいとする悠亜。
 緊張感ゼロのこの遣り取りには、流石に臨戦態勢の久も少しばかり毒が抜かれてしまう。

 「それにしても俊哉、さっき何か打開策があるみたいな事言ってなかったか?」

 豪のみ、久に倣い周囲への警戒を怠っていなかった。
 次に来るであろう襲撃に対して身構えたまま俊哉へと質問をする。
 俊哉の回答は、非常に単純明快なものであった。

 「先程の久さんの≪紅叫≫の攻撃だけど、アレは通っていたろう?つまりアレは『物理的な攻撃以外は無効化出来ない』んじゃないか?」

 そう言い放ち俊哉は何とか悠亜の乳ホールドから抜け出ると久に視線を向ける。
 久は小さく頷くと、短く答えた。

 「良い観察眼だ……その通り。拳でも棍棒でも何でもいい。魔力で覆ってしまえば攻撃は通る」

 「でもお父様、それだとさっきの俊哉の水鉄砲が効かなかったのはおかしくない?アレも魔力の作用は受けてるんじゃ……」

 先程の俊哉の射撃は【演霧人】を貫通していた。
 だが全く効果が無かった様子で突っ込んできており、久の話と矛盾するのでは、と悠亜は指摘する。

 「アレは液体側が覆われている訳ではなく、あくまで水鉄砲の『射出する勢い』が強くなっているだけだ。中身の水に魔力の影響はまるで無い訳だから効果が無かった、というところだろう」

 効果が及ぼされたのは器の方であり中身ではない、と久は言い放つ。
 話し終わるのを待っていたのか、じりじりと押し寄せる煙霧の中から利秋の声が響く。

 「分かったところでどうしようもないと思うな。勝ち目の無いマラソンマッチみたいなものだしね」

 周囲に散った筈の煙霧はまたその濃度を増し、襲い掛からんとしていた。
 
 「切りが無いな……本人を叩くか、せめてこの霧を何とかしないと……」

 俊哉がそう口を吐いた瞬間、久の口から大量の空気と唾が飛んだ。

 「ぶ、ふぉおっ!く……くくっ……『切りが無い』と『霧がない』という現状と希望的観測を韻を踏んで洒落たのか……良いぞ、俊哉君。70点をあげよう」

 何やら久の琴線に触れたらしく、久はプルプルと小刻みに震える。
 無論、俊哉にそんな意図はなかったのだがその隙を見逃す者はこの場に居なかった。
 
 「赤師匠、何とかしないとこの状況、キリキリ舞ッスよ」

 敵は目の前だけにあらず。
 この状況下で豪は悪ノリしてしまい、それは弱っている久を直撃した。

 「ちょ……追い討ち止めて……霧が切りがなくてキリキリってお前……ぶくっ……てか表現のチョイス……くほっ……」

 外套も主の状態に反応するのか、無秩序に動く。
 だがこれで終われば彼の苦労は無かった。

 「お父様、シャッキリして下さい。今は真面目にやるべきですよ」
 
 真の敵は身内である。
 真顔で止めを刺しに掛かる実の娘に、とうとう久は折れた。

 「悠亜、お前……真顔止め…………ぶぷ……さっきの事気にして……も、もう駄目だ……」

 久が沸点を迎えようとしたその時、煙霧の向こうからも小刻みに震える音が響く。
 不規則なそれは煙霧の効果か全周囲から聞こえるような錯覚をその場の全員に齎したが、次第にそれが一箇所に集まっていくようだった。
 音はくぐもってはいるものの、よく聞くとそれは先程の久と同じ笑いを堪える声であった。

 霧が晴れる。
 陽光を曲げ、周囲を神秘にも不可思議にも見せていた濃い煙霧は姿を消し、境内に白い塊が現れた。
 腹を抱えて蹲っている利秋である。

 何かがツボに入ったのか、蹲り小刻みに震えながら、しきりに石畳を叩いてる。

 「『きり』縛りは卑怯だろ……んふっ……それこそ、切りが無いってば……」

 自分の発言が更にツボに入ったのか、更に石畳を叩く速度が跳ね上がる。
 周囲は晴れ渡り、障害であった【演霧人】も発生源である靄が無くなってしまった為姿を現せない。
 急に取り戻した青空と鮮明な視界に、俊哉は簡潔な感想を述べる。

 「すっきりしましたね」

 「「ぶふぉおっ!」」

 正面の白い靄を未だに吹いている物体Xと、今は見えない背面の怪人赤マントから同時に、盛大に空気が漏れる。
 片方は未だ酒精が抜けきっておらず、片方は笑いの沸点が低過ぎた為に起こった奇跡のシンクロニシティであった。
 
 「……取り合えず、白師匠は縛っちまうか」

 捕獲用に預かっていたロープを手に、豪は近寄っていく。
 利秋は未だ小刻みに震えている真っ最中であり、周囲に気を配っている様子は無い。
 その気になれば恐らく、今の彼の自由を奪う事は誰であっても容易であろう。
 そう考えて豪は近寄っていく。

 「駄目だ……ん、ふふ……面白過ぎる。この楽しさを独占するなんて、んっふ、耐えられない……」

 何やら悶えているようだが、縛ってしまえば関係あるまい。
 
 「【むじん君】。GO」

 瞬間、豪の視点が一気に下がった。
 豪は次に口に何やら固く冷たい物体を押し込まれるのを感じる。
 その直後、冷たい癖にやけに喉を灼く液体が流れ込んできた。

 (――――――酒?!いや、それよりも―――)
 
 鼻を抜ける酒精独特の香りを感じながらも豪の脳裏は疑問で溢れていた。
 何時の間に目の前に居たのか。
 豪が確かめた時は確かに蹲っていた。
 が、視点が下がると同時に利秋はもう目の前で豪にアルコールを流し込んでいる。
 つまり豪が態勢を崩した本当に僅かな時間に、利秋は仕留める準備を全て終わらせていたのだ。
 
 少しの油断が勝者と敗者を分かつ。
 
 「―――忍法“滝流し”」

 その言葉を最後に、豪の意識は墜ちていった。



 
14/02/19 00:35更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
一挙二話更新。実際は書き溜めの分割投稿。十目です。
当方、読み易さを目指していた筈なのに夥しく増えていく文字群は何なのか、と自問しております。
元は半分だったんです。でも気が付いたら約11000字オーバー。
最早開き直るしかないのでしょうか……。

そして開き直る、で思い出したのですが、改めて見直すと俺TUEEEEEEな脳内設定が爆発しております。
書き溜めている以上当方には公開する以外選択肢がないのですが、落ち着けと冷水を直撃されても文句が言えない気がします。

暫くはこのような駄文が続きますが、何卒ご容赦の程をお願い致します。

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