向けられた槍の穂を刀で刈り飛ばし、摺り足で距離を詰め、額へと掌底を当てる。
そしてそのまま、重心が後ろにずれた相手を――後頭部から地面へと叩き落とす！

「――――！！」

これでまた一人無力化。
休む間もなく斬りかかってくる一人を、下がりながらいなす。

「はぁっ！！」

そこへクロエがフォローに入り、魔界銀製の大剣で周囲の数人ごと弾き飛ばした。
既に4回目の突撃の最中。行綱とクロエは馬を降り、徒歩で聖騎士達の群れへと突入していた。
いくら行綱が戦闘の技術に秀でているとはいえ、人間である以上その体力の限界はたかが知れている。
そのため、重い鎧と武器を装備した彼が、何度目の突撃まで堪える事ができるのか。
それがクロエの目下の心配事であったのだが――

――行綱さん、私と木剣で戦ったときより元気じゃありませんか……！？

そんな事、あり得るはずがない。
実際、彼の呼吸は荒く乱れ、額にも玉の汗が浮かんでいる。疲労は確かに蓄積しているはずなのだ。
が、一向に彼の動きが鈍る気配がない。

さらに奇妙な事に、重い鎧をつけているにも関わらず――彼の奇妙な体術による移動やその技は、それをつける前よりもキレが上がっている気さえするのだ。
ともあれ、それは嬉しい誤算。
峰打ちで軽装の兵をまた一人無力化した行綱に負けじと、クロエも大剣を騎士へと叩きつける。

と、戦闘を続ける二人の耳に、遠くから大量の剣と剣、剣と盾がぶつかり合う音が届き始めた。

すなわち。


「左翼が押されているぞ、押し返せぇっ！！」
「無理です、陣内で暴れている魔物達への対処で手一杯！これ以上兵を回せません！！」


「行綱さん、本隊が上がって来ました！また一度引きますよ！！」
「心得た！！」


怒号飛び交う戦場の中、声を張り上げ、背を合わせて剣を受け止める。
一度引くと簡単に言っても、そこは敵陣の中。すなわち360度全て敵。
周囲から際限なく襲い掛かってくる攻撃を受け、弾き、返り討ちにし、時には敵の武器を破壊しながらじりじりと後退してゆく。

ぶおんっ！

――そんな行綱とクロエを掠めるように、一人の騎士が投げ飛ばされた。
それはさながらボーリングのように周囲を巻き込みながら倒れ、前線までの道を作る。


「よぉ、二人共生きてっかー！？」
「ほむらですか！？助かりました！」

クロエと共に倒れた兵士の道を駆け抜け、魔王軍前線部隊の背後へと飛び込む。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ！！」
「おっと」

安全地帯へと脱出した事を確認し、膝から崩れ落ちる行綱を、先程騎士の投擲を行った本人であるオーガ――ほむらが抱き止める。
やはり、体は既に限界寸前であったらしい。

「はぁっ、はぁ……っ、すまない……」
「いやいや気にすんなって。それより行綱だっけ？お前すげーな、今回のコイツらそこらの傭兵じゃなくて聖騎士だぜ？」

聖騎士。
勇者には及ばずとも、教団内で厳しい試練を終えた者のみが着くことを許される、強者の集団。
確かに息は激しく乱れており、足元もおぼつかないが……この男は、人の身でありながらそんな集団の中に4度も突入し、五体満足で生還したのだ。
よろける行綱の両肩をクロエとほむらが支え、自軍の拠点へと歩き始める。

「本当に助かりました。いつも私の方ばかり攻撃が苛烈になるものですから……」

言わずもがなな体躯と飛行能力を持つ飛竜、人には及びもつかない魔術を行使するリッチとバフメット。鎧を着た騎士を軽々と投げ飛ばすオーガのほむら。
この4人は目に見えて人間との自力の差が分かりやすい。

なるほど、それらと比べれば人との違いが目に見えにくい剣術で戦うクロエは……敵からすれば、まだ与しやすく見えるのだろう。
もちろん、実際には彼女の身体能力そのものも人間とは比べ物にならないレベルなのだが。

そんな行綱達の背後から、魔物達の歓声が上がり始めた。

「っ、何だ……？」
「あぁ、心配しなくていいぞ。多分……」

何事かと振り替えれば……皆武器を天に突き上げ、嬉しそうな顔で。
魔物同士で抱き着いて喜んでいる者や、既に手に入れたばかりの夫と交わり始めている者もいる。

「ふふ、どうやら教団側が撤退し始めたみたいですね。今日の防衛戦はここまでです。……お疲れ様でした、行綱さん」
「……そうか」

防衛側であるこちらは、それを矢や魔法で多少追いたてはするものの、深追いをする事はない。
精々が、所々に転がっている、教団側が回収し損ねた、気絶した騎士達を拾い集める程度だ。

「まぁ、しばらくはゆっくり休めよ。あたし達みたいな突撃部隊は、キツイ代わりに休みも多いからさ」
「……そうか」

それ以上言葉を返す体力も残っていないのか、短い返事で、表情もいつも通りなのだが――どこか満足そうな行綱の声に、二人は微笑みを浮かべた。



―――――――――――――――――――――




魔王城、指令室。

「今回の戦闘で、私達第26突撃部隊に負傷者は出ていません。戦果の方も、本隊への衝突力を大幅に減らせたものと自負しています。行綱さんも新人とは思えない活躍を――」

アゼレアは転送で魔王城に帰ってきたばかりのクロエ達から報告を受けていた。
とはいっても、彼女は遠見が可能な鏡の魔導具を使い、自分が送り出した部隊の様子を見守るのが常であるため、戦場の大体の様子は把握しているのだが。
なので、今回の行綱の活躍ぶりも当然ながら把握している。
というか今回に限ってはそこばかり見ていた。
戦場全体の様子を把握しようとしているはずなのに、気がつけば彼を視線で追い、うっとりとしてしまっているのだ。
……我ながら見事な恋する乙女っぷりだと思う。

「――以上で、報告を終わります」
「うむ、ご苦労であった」

ともあれ、無事クロエ達が活躍してくれたお陰で『作戦』を実行に移す事ができる。
アゼレアは行綱を堕とすにあたり、無理やり襲ったり、魅了の魔法や、それに準ずるものを使用しないと決めていた。

人と妖が共存する理想郷、ジパング。そこでは魔物が人間に歩み寄るだけでなく、人間もまた魔物に歩み寄る事をしている地だという。それは、アゼレアが夢見る人魔統合の理想形。
だからアゼレアは、東の果てから着たこの男に。彼の故郷の妖怪と呼ばれる魔物達の多くと同じように、彼の為に行動することで行綱との距離を縮めようと決めていた。

「お前達のお陰で、無事教団の出端を挫く事ができた。――そこでじゃ、新人の行綱との親睦を深める為にも、魔王軍第26突撃部隊に魔界温泉旅行を進呈しよう」
「マジかよアゼレア様！？」
「マジじゃ。まぁ、勿論妾も同伴するがな」
「あー、温泉とか久しぶりだねぇ」
「ねぇねぇアゼレア様、ミリアお風呂で泳ぎたいからおっきい温泉の貸し切りがいいっ！」

予想外の報酬に、にわかに沸き立つクロエ達。
アゼレアは、行綱へと視線を移しながら続ける。

「……行綱も、魔界の生活に慣れる間もない戦で疲れが貯まっているであろう？魔界の温泉はジパングから来た稲荷が始めたものが起源での。お前も故郷の名残がある場所の方が羽を伸ばしやすいであろう」
「……私などの為に、そこまでお考えになられて……？」

……凄い。あの鉄面皮が目で分かるぐらい感激している。
恥を忍んでまで相談して立てた作戦の首尾は上々のようだ。
ありがとうアヤ！やはり持つべきは友じゃな！

「お前は期待以上の戦士であった。お前の主として、相応の褒美を与えるのは当然の事じゃ」
「っ！？……はっ、有り難き幸せ……！」

『武士は主というキーワードに弱い』。これもアヤの言った通りだ。

行綱を気にかけている事をアピールしつつ、温泉という魔王城から離れた場所に連れて行くことで、今回の戦で彼の活躍に目をつけた魔物達の手から行綱を保護する事にも繋がる。
2,3日も姿をくらませば、諦めて捕虜の方からいい男を探し始めるだろう。その間に自分は故郷の面影のある温泉で、多少は開放的になるであろう行綱との距離を縮める。

一石二鳥。
完璧、まさに完璧な作戦……！

――だが。

「っ！？」

そんなアゼレアを、またあの胸を締め付けるような不安感が襲った。

バカな。

3度目ともなれば、いい加減これの正体にも見当がついている。
恐らくこれは女の勘とか、そういった類いの物であるハズだ。

ならば何故？
不安の種をブロックした事は、たった今自分が作戦を反復した通りなのに。
そう考えながらアゼレアが視線を巡らせると――






「――――♥」

第26突撃部隊の面々全員が、行綱へと熱い視線を送っていた。





「………あ」

――一番近くで行綱の戦いを見ていた者達をブロックできていなかったぁぁぁっ！！？

急に頭を押さえて机に倒れ込むアゼレアを見て、行綱が何事かと声をかける。

「……姫様？」
「あぁ、アゼレア様も最近お疲れみたいなんです。この前から情緒不安定気味で……」
「……じゃあ、アゼレア様もしっかりリフレッシュして貰わないと。」
「温泉楽しみだね、お兄ちゃん♪」
「……？私に妹はいないが……」
「行綱って意外と天然くんなの？」
「そーなんだよ、こいつ案外面白いんだぜ」

わいわい。がやがや。

「………………」

もう、使ってしまおうか。魅了の魔法。

楽しそうな面々を前に一人項垂れ、早くも決意が崩れかけているアゼレアだった。

■作者メッセージ
ジパングの魔物も結構襲ったり誘惑っぽいの使ったりするんですが、実際に行ったことないプラス憧れ補正ってことでここはひとつお願いします。