連載小説
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初陣
古来より拠点を攻め落とす際、攻める側は守る側の三倍の戦力が必要になると言われている。
魔王軍の守るべき拠点は、もちろん魔王城。
教団側がそこに戦力を投入する為には、道中に拠点を作りながら、大規模な人、物、金のラインを動かさねばならず、当然それはいつまでも維持できるものではない。
しかも教団内にはスパイが紛れこんでおり、こちらはその流れを逐一把握する事が出来るのだ。

また、肝心の戦力についても、そのほとんどが人間で統一された教団側に対し、生物としてのスペックで大きく勝る魔物が大半を占める魔王軍。
ならばこちらはその進撃ルートの先で待ち構え、魔王城までの長い距離の中でゆっくりと撤退線を繰り返すだけでいい。

それだけで向こうはこちらの守りを突き崩せず、悪戯に戦力をすり減らす事となる。
前線が押し上げられてきたならば、今度は伸びすぎた補給ラインを断ってやればいい。それだけで前線部隊は孤立。軍隊として意味を為さない、魔物達の餌場となる。

……成程。

「構え―――っ!」

クロエの号令を受けた行綱は、遠くに見える聖騎士の軍勢を見据え、弓を手にとった。
矢筒から一本を抜き取ると、迫り来る聖騎士兵が駆る馬の一体に狙いをつける。

先日のような小規模な戦闘ではない。下手をすれば、国同士などよりもよほど規模の大きい2集団同士の侵略戦争であり、防衛戦争。
そんな戦いの中で、相手を殺すことなく戦に勝利するなど、魔王軍はどうやってそのような離れ業を実現し続けていたのかと思っていたが……蓋を開けてみれば、有利であるのはこちら。魔王軍であったのだ。


逆に考えるならば。
先日、自分と共に魔王城に向かわされた、傭兵からなる少数部隊は――教団からすれば、様子見としての、完全な捨て駒。
どの程度までならばラインを築いても魔王軍に迎撃されないかを測るための、試金石。


「放てぇ―――っ!!!」


行綱は、つがえていた矢を放つ。命中。
馬を射抜かれた騎士がバランスを崩して落馬し、釣られて周囲の進軍速度が下がった。
続いて自分のやや後方に控えた、ケンタウロスやボウガンを持ったデュラハンを中心とした弓擊部隊。そして魔術を得意とする魔物達から、矢と魔術の混成弾雨が放たれる。

彼らの武器は魔界銀という物質で作られており、例えダメージを与えても、人間の肉体には傷が付かないようになっている。
よって、その威力や精度は魔術で底上げされているというのに、自分のように落馬、峰打ち、組み伏せを狙う必要がない。

攻撃魔術そのものに至っては、魔王が代替わりした時点で『魔物の魔術は、非殺傷属性が通常状態』になっているのだという。
便利なものだ、とは思うものの……生まれてきてからずっと火の国の武器を振るう事しかしてこなかった自分に、それらを扱うことはできないだろう。

教団側からも、矢と魔術の反撃が行われる。

――が、それは魔物達が貼った魔力の壁の前にいとも容易く阻まれた。

矢や色とりどりの魔術が、障壁の淡い輝きと共に弾かれ、爆発し、四散する姿は――いつか、彼の故郷で祭りの時に見た『花火』を彷彿とさせた。

「行綱さん、準備はよろしいですか?」

弓を背中に背負い直した行綱の隣に、魔王軍の鎧を着たクロエが轡を並べる。
いくらこちらが自力で上回っているとはいえ、相手を殺せないという縛りがある以上、相手に突進力を許したまま両軍が接触してしまえば、それを受けきれずに被害が出てしまう可能性がある。
そこでまず精鋭部隊が派手に切り込み、相手の進擊速度を下げる。
そうして勢いの落ちた敵兵と戦いつつ、後方から敵を捕虜にしながら上がってきた本隊がそれを回収し、一度前線を下げる。そして多少のインターバルの後、また精鋭部隊が切り込み……という戦法が、教団と戦う際の基本となるのだ。

「……無論だ」

しかし、必然的に精鋭部隊は四方を敵に囲まれ続ける事となり、混乱した敵を叩く事が役割である後続部隊とは比べ物にならない程の危険を伴う。
事実、行綱以外の精鋭部隊は、高位の魔物であるか、クロエのような武芸に特に優れた魔物であるかのどちらかだった。

だが、行綱の目には微塵の迷いもない。
むしろそれは、彼の望んでいた役割でもあった。一番槍こそ、戦場の華。
彼の心は、その外見からは想像出来ない程に高揚していた。

「ふふ、頼もしいですね。疲れてきたら無理しちゃダメですよ?」

クロエは微笑み、兜の眉庇を下ろした。聖騎士達の軍勢は、目前まで迫っている。
息を大きく吸い込み、剣を前へと突き出し、叫ぶ。



「突撃ぃぃぃ―――――っ!!!」



緑の鱗と翼膜を持つ美女が、飛龍本来の巨大な姿へと変化する。
死人の如き青白い肌の少女が魔道書を開き、その身を宙に浮かせる。
武器よりも余程危険な拳を持つ鬼の女が。巨大な鎌を手に握り、頭から山羊の角を生やした幼子が―――

異形の仲間達と共に雄叫びを上げ、馬を駆る綱吉の顔には……本人にも知らぬうちに、笑みが浮かんでいた。

全員が勝利という一つの目標を見据え、共に同じ方向を目指す。
自分が、自分の一族が築き上げてきたものを、肯定して貰える場所。



これが、『戦』―――!!








――――――――――――――――――――――








雨のように降り注ぐ矢と魔法。響き渡る絶叫。怒号。悲鳴。

「おい、衛生兵はどこだ!!?」
「ウソだろ!?あんな距離から攻撃してくるなんて!」
「くそっ、汚らわしい魔物共の分際で……!」

しかし、パニックに陥った聖騎士のうちの一人が――不思議な事に気がついた。

「傷が……ない?」

そうなのだ。
そこらじゅうに横たわる、魔物共の餌食になったと思われていた聖騎士達は、よく見ればまだ息がある。気絶しているだけだ。
それだけではない。矢、魔法、それら攻撃を受ければ当然着くはずの外傷が、誰にもない。

まるで、神話の聖人が起こした、奇跡のように。

「――主神様のご加護だ」

誰かが呟いた。
戦場という狂気の中で、それは波紋のように広がってゆく。

「そうだ、我々は主神が意志の代行者!主神様のご加護だ!」
「主神様が、汚らわしい魔物共から我々を守って下さった……!」
「我ら聖騎士全員が、主神様より加護を受けし勇者!怯むな、撃ち返せぇっ!」

士気と統制を取り戻した聖騎士達が、お返しとばかりに矢を、魔術を打ち込み――

「な……っ!?」

その全てが、巨大な魔導障壁によって阻まれた。
聖騎士たちの進軍が、再び止まる。
そして、爆発と煙の中から現れたのは。


「グオォォォォォォォッ――――!!!!!」


「ひっ――!?」

ワイバーン。
最強の魔物とも言われるドラゴンの亜種であり、その大きな翼による飛行能力は原種を遥かに凌駕するという、強力な魔物。

その巨体がとてつもない速度で飛んできたかと思うと、聖騎士達の頭上スレスレを通過する。
恐怖と、風圧で、動くことが出来ない。
そんな聖騎士達の一角を、巨大な火球の一撃が吹き飛ばした。

「……魔王様が私達に与えた影響まで、勝手に主神の手柄にしないで欲しい。」

宙に浮き、左手を魔道書、右手を聖騎士達に向けた姿勢で。死人のように血色の悪い少女が呟く。

リッチ。
力を持った人間の魔術師が変化した魔物。生前よりも遥かに高い魔力を持ち、様々な魔術を操るとされる上級アンデット。

再び恐慌に陥り始めた集団の中心に、砲弾のように着地する緑の影。
突然現れたそれは、素手をもってして、暴風のように周囲の聖騎士たちをなぎ倒してゆく。

「あっはっは!おらおら、主神の加護とやらはどうしたよ、あぁん!?」

オーガ。
好戦的な激しい気性と、人間とは比べ物にならない程の身体能力を併せ持つ、凶暴かつ危険な魔物。

「くそっ!?こんな奴らと戦える訳が――」
「そんな事言わないで、ミリアと一緒に遊んで欲しいなぁ♪」

逃げ出そうと振り向いた聖騎士の背後に、何時の間にやら巨大な鎌を手に持ち、山羊の角を頭に生やした、幼い女の子が現れていた。

バフォメット。
サバトと呼ばれる異教徒集団を率いるとされる、魔界の中でも最強の魔獣。


――そして。


「何故だ!?何故、たかが二人を止められん!?」
「他の奴らと違い、ただ馬に乗って剣と槍を振っているだけだろう!?」
「くそっ、囲め!人数で押し殺せ!」

敵の軍勢の中、縦横無尽に馬を駆りながら。
互いの死角をカバーするように、並んで得物を振るい続ける魔界の騎士と異国の武者。

他の魔物達には適わなくとも、ただの剣と槍の勝負ならば。
そう考えて殺到していた聖騎士達も、徐々に勢いを削がれ――いつしか教団の軍勢の中に、二人を中心とした空洞が出来始めていた。

その中心で、奇妙な鎧に身を包んだ男が朗々と名乗りを上げる。



「やあやあ、吾こそは魔王城の住人、安恒行綱なり。畏くも魔界の姫の命により、魔王の敵を征伐するためここに参った」



爛々と輝く眼光が。その気迫が。
聖騎士達を震え上がらせる。




「――――覚悟せよ」
20/11/19 01:06更新 / オレンジ
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