連載小説
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邂逅
これは、一体どういう事だろうか。

赤い月に照らされた夜景が、瞬く間に後ろに流れてゆく。
眼下に自軍の隊列を見下ろし、魔王軍における今回の対教団遠征軍第一陣の責任者であるアゼレアは背中の羽を羽ばたかせて加速した。普段であれば魔王城の一室で作戦を練り、部下達を使ってそれを成功させる事が役目である筈の彼女がいるのは、もう数十分もすればこの場が戦場になるであろう最前線。

教団領に紛れ込ませている密偵によれば、教団の先遣隊には寄せ集めの傭兵しかいないはずだった。
だが、それでは『これ』が説明できない。

王魔界に遠征部隊の先遣隊一団が到着した辺りから――例えるならば、人間がドラゴンと相対した時のように、心臓が痛いぐらいの危機感が止まらないのだ。
恐らくは、相当に高いクラスの勇者がいるに違いない。ただでさえ初陣の魔物達を多くし、実践経験を積ませる為に組んだ今回の迎撃部隊の戦力では、とても相手にならないだろう。

スパイの存在がバレたのか?
いや、それはない。それに教団に潜ませている密偵の数は一人や二人ではないのだ。あらゆる役職に付いてい全員が一気に捕まるだとか、全員が一斉に偽の情報を掴ませられたなどという事態は、少し考え難い。

そう考えた彼女は、追加の部隊に出撃命令を出すと同時、自らも魔王城を飛び出していた。その姿も、情報も知らない相手にこれ程の危機感を抱く事など生まれて初めてだ。勝てるかどうかは分からなくとも、他の者たちを撤退させ、援軍が来るだけの時間を稼がなければ。

アゼレアは地面に降り立つ。遠くから、危機感の原因が馬に跨ってやってくるのが見える。部隊から大分先行しているようだ。先陣で一人暴れさせ、隊列が乱れた所を後追いで叩く布陣なのだろうか。

「………?」

だが、徐々にはっきりとし始めたその男の装備は、自分が想像していたような勇者の姿とあまりにもかけ離れていた。
角のような飾りがついた兜。黒を基調として金色の意匠が織り込まれ、花の模様のようなワンポイントがあしらわれた、皮と金属を組み合わせた鎧。
男の背丈ほどもあるような長弓と、それよりも長い槍を背にかけ、腰には刀身が反り返った奇妙な剣を下げている。とにかく、とても教団の勇者には見えないような、異国情緒溢れる装備に身を包んだ男だった。

「貴女が、話に聞く魔王か?」

何時の間にか、男はその低い声が耳に届く範囲にまで近づいていた。
その出で立ちに目を奪われていたにしても、そんな迂闊な接近を許した自分に戸惑い――何時の間にか、感じていた危機感が消えている事に気がつく。
見れば男も馬を止め、同じように戸惑うような視線でこちらを見ていた。
その理由までは分からないが、男が敵対する意思を無くしたと判断し、アゼレアは答えた。

「……妾は、その魔王の娘の一人じゃ」
「では、貴女の母が、無差別に人を殺し食らう魔物の軍を率いているというのは真か?」

教団の教育に染まりきっていないのだろうか。そうであれば、このまま説明を続ければ、戦いを避けられるどころか、この男を魔王軍に引き抜けるかもしれない。
アゼレアは答える。

「我ら魔物には、雄というものがおらぬ。唯一の番となる存在である人間の雄を無差別に殺すなど、ありえぬ事じゃ。また、現状我らは雄を産むことが出来ぬため――」
「――やはり、妖怪達と同じではないか」

男のつぶやきに、アゼレアの説明は遮られる。
が、彼女はその呟きの内容まで聞き取る事が出来なかった。男の後ろから迫る、遠征舞台が駆る馬の蹄の音にかき消されてしまった為だ。
目の前の男からは、相変わらずこちらへの戦意が感じられない。それならば、あとは自分一人でどうにでも出来る。
アゼレアはその掌に魔力を集中させ―――


「申し訳ない、彼奴等の始末は私につけさせて頂けないだろうか」


男が馬の手前を換え、アゼレアに背を向ける。
瞬間。
その体躯がふた回り程も大きくなったと錯覚する程、目の前の男の存在感が膨れ上がる。

「……女子供に刃を向けるとは」

そして男の口から発せられる、大気を震わす大音声。

「恥を知れ下衆共がっ――――!」





―――――――――――――――――――





「凄くお強いんですね!その技術はどこで学ばれたのですか?」
「不思議な形の武器と鎧だねぇ。どの辺の出身なの?」

わいわい。がやがや。
魔王城の一角には、一人の男を中心とした人だかりができていた。
先程の奇天烈な鎧姿とは裏腹に、兜を脱いだ黒目黒髪のその姿からは落ち着いた印象を受ける。

「……ジパングだ」

実際、あまり騒がしいのは得意でないらしい。
表情の変化が乏しいので分かり難いが、微妙にへの字に曲がっている唇を見る限り、矢継ぎ早に繰り出される質問に困っているようだ。
あの後、背負っていた槍を片手に討伐部隊に突っ込んでいった彼は、馬に乗った傭兵をその槍で片っ端から叩き落とし、歩兵部隊を腰に下げた奇妙な剣を使った剣術で撃退し、アゼレアへの増援が来る頃には相手を敗走へと追い込んでいた。
勿論そんな実力を持った雄を見てしまった魔物娘達は大興奮であり、魔王城で詳しい事情を聞こうとするアゼレアを押しのけ、ああして質問攻めにしているのである。
まぁ、あれだけ興奮している魔物娘達に何を言っても素直に聞いてくれるとは思えない。彼にはしばらくの間、大人しくおもちゃになって貰おう。

「たいしょー、納品のサインお願いしますー」
「おぉ、アヤ。いつもご苦労じゃの」

後ろから声をかけられ振り返ると、魔王軍に物資を卸している商人の一人、彩がパタパタと尻尾を振りながら書類を差し出していた。
ポン、と手元にペンを召喚し、文章に軽く目を通しながらサインを書き込んでゆく。

「しかし、真面目そうな人間じゃな……。アヤがいつもジパング向けの商品を城下町で大量に仕入れていくものじゃから、ジパング人はもっと緩いものかと思っておったぞ」

魔王城の城下町はサキュバスがその住民の多くを占めており、つまりそんな場所で仕入れる商品とは、そういうアレである。

「ん〜、基本、皆真面目なんやけどエロいというか。色々と二面性がある人が多い土地柄なんですわ。……まぁ、彼は武士の生まれみたいやから、根っこからそういう性質なのかもしれませんけど」
「……武士?」

聞いたことのない言葉に、アゼレアが首を傾げる。

「ジパングの……あ〜、なんて言うたらええやろ。代々誰かに仕えて戦う騎士の家系みたいなもんです。昔は人間を襲う魔物倒したり、ジパングの中で戦争してたり色々忙しかったんですが……今の魔王様に代わってからは、元々の人に危害を与えない魔物は隣人や神様として扱う風習と相まって、自然に魔物との共生が完成されかけとりますし、大きな戦も無いしで、存在意義が失われてきとんのです」

そこで言葉を一度区切り、彩が不快げに顔を歪める。

「最近、教団の宣教師共がとうとうジパングにもツバかけ始めた、って噂がありましたから……ジパングの外には、まだ人に仇なす化物がおるとか何とかだまくらかして、魔界遠征に連れてこられたんでしょう。で、実際にたいしょーを見てみたら、教団が言ってる事と違和感があったから話しかけてみた……ってとこでしょう?お兄さん?」
「大体は、その通りだ」

気がつけば、ようやく魔物達から開放されたらしい男が、心なしか疲れた顔で横に立っていた。
多分、疲れているのだ……と、思う。本当に表情の変化が分かりにくい。

「……刑部狸までいるとは。どうやら魔物というものは本当に妖怪と変わらないもののようだな」
「もー、稲荷ちゃん達みたいにウチらも様付けで読んでーなー。あと、ウチには彩っていうぷりてぃな名前があるんやでー?」
「お稲荷様方のように、予め『崇めなければ祟を起こす。崇めれば見返りをやる。』というのであれば、こちらも分を弁える。が、お前達のように気がついた時には全てが終わっているのでは、こちらとしては対処に困る」
「あはは、そらそうやろなぁ」

あれほど口数の少なかった男と、会話を弾ませる彩。刑部狸は自分達が喋るのも上手いが、相手に喋らせる技術に関しても一流だな、と改めて感心する。
男はそんなアゼレアの方へと身体を向けると


両膝を床につけ。
次に両手を床につけ。
最後に額を床につけた。


「……へ?」
「いよっ、ナイス土下座!」

突然の男の行動に戸惑いの声を上げるアゼレアと、楽しそうにパチパチと拍手をして茶化す彩。

「え、いや、いきなり何をしているのじゃ!?」
「……あのような者達の妄語に踊らされ、貴女様に行った無礼、失言の数々。真に申し開きのしようもありませぬ。恐れながら察しまするに、貴女様は神仏とさえ同格の――」


ひそひそ。

(ねぇ見て、アゼレア様が男を公衆の面前で跪かせてるわ……!)
(アレがさっきの戦いで、突然味方になったっていう人間?……なるほど、何が起こったのかと思っていたけど、きっとアゼレア様があの人間を気に入られて、その魅力で直々にこちらにお引き入れになったのよ!)
(……ウチも一応神仏レベルやねんけどなー?)

ひそひそ。

(アゼレア様は、リリム様達の中では相当大人しい方だと思っていたのですが……つい先程手に入れた殿方と、もうあのようなプレイまで……っ♥)
(しかも、既にあの男はアゼレア様に心底屈服している様子だぞ)
(エリートのダークエルフでも、こんな短時間であそこまで完璧な調教は出来るかどうか……!)

ひそひそ。ひそひそ。ひそひそ。

いつの間にか、再び周囲に人だかりができていた。
もちろん、その中心は目の前の男とアゼレアである。

「――許されるならば、僅かばかりの情け」
「分かったから頼むから顔を上げるのじゃぁぁぁっ!!」

もはやどちらが辱められているのか分からないそれは、30分以上も続けられたという。




二人は、そうして出会った。
20/11/18 22:55更新 / オレンジ
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