第13話 「奈落A」
「なにぃ、あのエルフの子供に逃げられた!? 馬鹿野郎すぐに探し出せ!」
「りょ、了解しました」
女王アレクサンドラ3世が居を構える城は、海沿いの崖の上に建てられたものであり、その崖には波の侵食によって削られた天然の、巨大洞窟が存在していた。クリスたちが連れてこられたこの洞窟は城の地下と直結しており、あらゆる方法で集められた奴隷たちを収める、いわば倉庫と化していた。倉庫は衛兵たちの中でも、女王自らの目で「選出」された、口の固い(そして良心の欠片もない)者たちの手によって管理されており、顧客の注文に応じて外海に繋がる水路で、奴隷たちを搬出する手はずになっていた。
「くそっ! あの白髭ジジイ!」
ドミノとクリス、そしてエミリアの三人は、身に付けていた全ての所有物を没収されたうえ、三人揃ってぼろ布の様な服のみを着せられて、所狭しと並べられた頑丈な木製の檻の一つに閉じ込められていた。
「そこ、黙れ!」
衛兵の一人に叱咤されたドミノは、アラークに対する罵詈雑言をぶちまけながら、魔法封じの結界の張られた檻を内側から叩くという行動をようやく中断した。
「まだアラークのせいって決まった訳じゃないわ! 彼は利用されてるだけなのかもしれない……!」
「ああ、そうかい! お前が奴隷として売られて、汚ねえおっさんに獣みたいに犯されている時に、愛しのアラーク様が助けに来てくれたらいいけどな!」
「二人ともやめてください!」
エミリアの涙ながらの訴えに、相性最悪の二人も流石に口論をやめないわけにはいかなかった。
「なんてことだ……母上はとうとう魔物娘まで奴隷として売り払うつもりなのか……」
「あ?」
振り向いたドミノの視界に入ってきたのは、隣に置かれた檻の中で、絶望的な表情で呟く若い男の姿だった。
「なぁ、そこのあんた、母上ってまさか……」
「ああ。私はアレクサンドラ3世の長男。サリム=アレクサンドラだ」
「まさか……アレクサンドラ女王は、次世代の王位継承者である貴方まで奴隷に……?」
身の毛もよだつようなクリスの予想に、王子は黙って首を横に振った。
「いいや、私は非合法の奴隷売買から手を引くように、母上に進言したら、ここで頭を冷やすように言われたんだ。恐らく、ここで何も出来ずに奴隷たちが出荷されていく様子を一日中眺めさせることで、私の心をへし折るつもりなんだろう」
「そんな……何てこと……!」
クリスは女王の底知らずの悪意の存在を感じとり、背筋が凍りつくような感触を覚えた。
「とにかくここから出て、コレールと合流しないと……ドミノ、あのネズミは使えないの?」
「駄目だな。檻に結界が張られてる。どうにかして鍵さえ開けられれば、連中に物事の道理を教えてやるんだけど……」
『(ドミノ、無理をするな。私が代わろう。私の魔力なら張られた結界ごと、檻を吹き飛ばせる)』
「(それだとクリスにエミィ、隣の王子様も一緒に吹き飛ぶよ)」
頭の中に響いてきたもう一つの人格の提案を、ドミノは迷いもせず却下した。
「(それに、これは復讐屋の仕事とは関係ない。俺自身の問題なんだ、オニモッド。ここは俺に任せてくれ)」
『(……良いだろう。好きにするが良い)』
脳内会話を終えた後にふと視線を外に向けると、腰に鍵束をぶら下げた、頭の禿げた司令塔らしき衛兵が近くを歩いている姿が目に入った。先程エルフを逃がしたという部下に怒鳴り散らしていた男だ。
「よし、あの鍵だ! クリス、今すぐその毛むくじゃらのケツをあのハゲに向けて、フ××クするよう仕向けるんだ! その隙に俺が檻の隙間から手を伸ばして鍵束をーー」
「次笑えない冗談をかましたらその首引っこ抜くわよ!?」
「じゃあエミィにフ××クさせろってか? それこそ笑えないぜ! それとも消去法で俺がやれってか! 奴がホモだっていう可能性にかけろと!」
「あぁもう分かったわよ! 要するに色仕掛けをすればいいんでしょう!」
クリスは半ばやけくそ気味になると、精一杯の猫なで声を出して、外にいる衛兵にこちらを振り向かせた。
「ね……ねぇ、おじ様? 私、その、うなじに、何か糸みたいなのが付いてるみたいで……悪いんだけど、取ってくださらない?」
ぼろ服からギリギリまで肩を露出させてうなじを差し出し、出来る限りの甘ったるい声で誘惑するクリスに衛兵はーー
「自分で取れ」
それだけ言うと、クリスたちに背中を向けた。
「……」
「くそ、ホモじゃなさそうとは思っていたけど、ケモナーと言うわけでもなかったか……」
悔しそうに歯軋りするドミノと服をはだけた姿のまま、真っ赤な顔でプルプルしているクリスを見たエミリアの瞳に、何かを決心した時のような光が灯る。
「あの、おじ様!」
「今度はなんだ!」
「む、胸が張ってしまって……苦しいのです。もしよろしければ……絞って……」
エミリアは豊満な谷間を見せ付けるようにして両側から寄せて、目尻に涙を溜めた上目遣いで衛兵に懇願する。
「おお、神よ!」
鼻息を荒くして檻の隙間に手を突っ込んできた衛兵の腕を、ドミノの両手が素早くとらえる。
「ぐああ、肘がぁ!」
「おっぱいには気を付けろよ、おっさん! クリス、今のうちに鍵束を!」
「分かってる! ……納得いかないわ……! 」
クリスはぶつくさ文句を言いながらも、檻の隙間から手を伸ばして、衛兵の腰から器用に鍵を奪い取る。
「サンキューな、おっさん!」
ドミノはニヤリと笑みを浮かべると、衛兵の肘を檻の格子の部分に当てがい、そのまま全体重をかけて関節を逆に極めた。
「うぎゃああぁぁ!」
長ネギをへし折ったような音と共に、肘を曲げてはいけない方向に曲げられてしまい悶絶する衛兵を尻目に、三人は檻の鍵を開けて外へと脱出した。
「待て貴様ら、ここから逃げられるとでも思って……ぐぎぇぇぇぇ!」
異変を察して続々と集まってきた衛兵たちの一人が槍を構えた瞬間、喉元に人肉に飢えたネズミが食らいつき、どす黒い鮮血が洞窟の地面に飛び散っていく。
「ひぃぃ! ネズミ! でかいネズミが、服の中にぃ!」
「目がぁ! 目玉返してぇ!」
「ど……ドミノさん!」
結界から解放されたドミノの「黒き侵食」によって、地獄絵図となりつつある地下洞窟の有り様を目にしたエミリアは、必死の形相で彼の腕にしがみつく。
「衛兵さんたちの中には、女王に脅されて奴隷売買の管理をしている人だっているかもしれません! 無闇に殺すのはやめてください!」
「あー……最初の一人はノーカウントとしても良い?」
二人の元に、何かを口にくわえた召喚ネズミが一匹、駆け寄って来た。
「どうした17番……げっ、お前その肌色のモノはもしかして……」
ドミノが少し遠くに目を向けると、大量に出血する股間を手で押さえながら泣き叫ぶ衛兵が目に入った。
「おいおい、17番。そいつはクルミじゃなくて男の……まぁいいや」
「ドミノさん、後ろ!」
エミリアの声で振り向くと、いつの間にか背後に回り込んでいた大柄の衛兵が、今まさに棘付きのメイスをドミノの頭に振り降ろさんとしていた。
しかし、その巨体がいきなり大きくバランスを崩したかと思うと、そのままの勢いで地面に倒れ込み、自分のメイスで自分の頭を殴る格好となって気絶した。彼の足元には、青白く輝く氷が張られていた。
「クリス。杖がなくても、魔法は使えるのか」
「威力は落ちるけどね。エミィ、私とドミノで衛兵たちを引き付けるから、この鍵で王子と、他に檻に捕らわれている人を助けてあげて」
クリスはそう言うと鍵束をエミリアの手のひらに押し込んだ。
「全員分の檻が開いたら、他の奴隷の人たちと一緒に一気に階段をかけ上がって、外まで脱出して。私とドミノはコレールと合流してから脱出するわ」
「クリスさん……」
エミリアは両方の握り拳を胸に当てて、心配そうな表情でクリスの顔を見つめる。
「大丈夫。後で必ず迎えに行くわ」
「そういう格好いいセリフは俺に言わせてくれよ!」
ドミノが剣を振り上げた衛兵の眼球に指を突っ込みながら叫んだ。
「さぁ、行って! 貴方なら出来るわ!」
クリスに背中を押されたエミリアは後ろ髪を引かれるような思いを断ち切る覚悟で、押し寄せる衛兵たちの隙間を縫いつつ、檻に捕らわれた人たちを助けに走っていった。
衛兵の一人がエミリアを捕まえようとして飛びかかったが、青い閃光が当たった瞬間、下半身に重量感のある氷塊が出現し、その重みで地面に叩きつけられた。
ーーーーーーーーーーーー
女王の間では、玉座に腰を据える女王が見守る中、徒手空拳のリザードマンと、熟練の剣士との激戦が繰り広げられていた。
「(くそっ、こいつ……両手剣をまるでダガーみたいに軽快な動きで振り回しやがる!)」
普通グレートソードとは両手で扱い、切れ味というよりは剣そのものの重みによって相手を叩き斬るための武器である。それをアラークは片手で振り回し、流れるような連続の斬撃で攻め立ててくるのである。
一撃一撃が致命傷狙いであり、なおかつ隻眼であることを感じさせない、変幻自在の剣技によって、コレールは防戦一方の動きを強いられていた。
パルムの方も手に持っているのは弓矢だけであり、仮に檻から逃げた際に弓も回収できていたとしても、この接戦では矢の射撃による援護は難しかっただろう。
「アラーク、お前……あの宝玉がどういうものなのか分かって、私から奪おうとしたのか?」
間一髪で下腹部を狙った剣筋を交わしながら、コレールは話しかける。
「知ったことではない……。だが、女王陛下は全てを失い、放浪の身であった私を拾い上げ、近衛兵長としての地位を与えてくださった」
体全体を捻り上げ、グレートソードの重量を感じさせない、高速の回転斬りを繰り出しながら答えるアラーク。
「その恩義の為なら例え友人を裏切る様な行動を犯しても構わないと、自身に誓っている!」
一瞬の隙を突き、無防備な喉元を狙った刺突が、確実にコレールを捉える。
アラークの勝利を確信したアレクサンドラは蠱惑的な色気を放つ唇の端をニィと上げ、パルムは声にならない悲鳴を上げた。
コレールの鮮血が飛び散り、広間の白い床に、赤と白のコントラストを描いた。
「真剣白羽取り……!」
アラークの剣の先端は喉元を貫く寸前の所で、頑丈な鱗に覆われた両掌によって挟み受けられ、その動きを封じられていた。
「は、始めてだったけど……何とか上手くいったぜ……」
掌から血を滴らせ、食い込む刃の痛みに脂汗をかきながらも、何とか口を開くコレール。
「おい、答えるんだアラーク。お前のいう恩義ってのは、奴隷売買に手を染めるような人間に対しても、捧げることの出来るものなのか……?」
「奴隷売買」という言葉に反応して、明らかにアラークの顔色が変わった。
「奴隷売買……? 貴様、一体何を……」
「アラーク! 貴方は敵方の口車に乗せられるような未熟者ではないでしょう? さっさとその不届き者に止めを刺しなさい!」
アレクサンドラの声に焦りの色を感じとったアラークの心中に、葛藤が産まれる。だが、アラークは中途半端な心の迷いを振り切るために、剣を握る両手に力を込めて、刀身を少しずつコレールの喉へと押し込んでいった。
「私の言うことは信用できないってことか……? じゃあこの子の言うことならどうだ?」
広間の扉の前へと走ってくる微かな足音を聞き取ったコレールは、喉に剣先が食い込む寸前の状況の中でも、不敵な笑みを浮かべた。
女王の間の大扉が勢いよく開かれ、一人の人間と魔物娘が中へと飛び込んできた。
「や、やぁ二人とも……こっちは絶好調……だよ……」
「アラーク! 止めて!」
刀身を震える手でどうにか押さえ込んでいるものの、今まさに喉を貫かれようとしているコレールの姿を見て、クリスは悲鳴にも似た叫びを上げる。
「クリス……? 身柄を保護されているはずでは……?」
アラークの迷いは決定的なものとなり、コレールは力の抜けたグレートソードをやっとの思いで払い除けることができた。
「アラーク、お願いだから自分は関わっていないと言って! 女王は奴隷売買に手を染めているのよ! 私たちもあと少しで売り飛ばされそうになったわ!」
クリスの必死の訴えを聞いたアラークの顔色から、一気に血の気が失せていった。
ーー第14話に続く。
「りょ、了解しました」
女王アレクサンドラ3世が居を構える城は、海沿いの崖の上に建てられたものであり、その崖には波の侵食によって削られた天然の、巨大洞窟が存在していた。クリスたちが連れてこられたこの洞窟は城の地下と直結しており、あらゆる方法で集められた奴隷たちを収める、いわば倉庫と化していた。倉庫は衛兵たちの中でも、女王自らの目で「選出」された、口の固い(そして良心の欠片もない)者たちの手によって管理されており、顧客の注文に応じて外海に繋がる水路で、奴隷たちを搬出する手はずになっていた。
「くそっ! あの白髭ジジイ!」
ドミノとクリス、そしてエミリアの三人は、身に付けていた全ての所有物を没収されたうえ、三人揃ってぼろ布の様な服のみを着せられて、所狭しと並べられた頑丈な木製の檻の一つに閉じ込められていた。
「そこ、黙れ!」
衛兵の一人に叱咤されたドミノは、アラークに対する罵詈雑言をぶちまけながら、魔法封じの結界の張られた檻を内側から叩くという行動をようやく中断した。
「まだアラークのせいって決まった訳じゃないわ! 彼は利用されてるだけなのかもしれない……!」
「ああ、そうかい! お前が奴隷として売られて、汚ねえおっさんに獣みたいに犯されている時に、愛しのアラーク様が助けに来てくれたらいいけどな!」
「二人ともやめてください!」
エミリアの涙ながらの訴えに、相性最悪の二人も流石に口論をやめないわけにはいかなかった。
「なんてことだ……母上はとうとう魔物娘まで奴隷として売り払うつもりなのか……」
「あ?」
振り向いたドミノの視界に入ってきたのは、隣に置かれた檻の中で、絶望的な表情で呟く若い男の姿だった。
「なぁ、そこのあんた、母上ってまさか……」
「ああ。私はアレクサンドラ3世の長男。サリム=アレクサンドラだ」
「まさか……アレクサンドラ女王は、次世代の王位継承者である貴方まで奴隷に……?」
身の毛もよだつようなクリスの予想に、王子は黙って首を横に振った。
「いいや、私は非合法の奴隷売買から手を引くように、母上に進言したら、ここで頭を冷やすように言われたんだ。恐らく、ここで何も出来ずに奴隷たちが出荷されていく様子を一日中眺めさせることで、私の心をへし折るつもりなんだろう」
「そんな……何てこと……!」
クリスは女王の底知らずの悪意の存在を感じとり、背筋が凍りつくような感触を覚えた。
「とにかくここから出て、コレールと合流しないと……ドミノ、あのネズミは使えないの?」
「駄目だな。檻に結界が張られてる。どうにかして鍵さえ開けられれば、連中に物事の道理を教えてやるんだけど……」
『(ドミノ、無理をするな。私が代わろう。私の魔力なら張られた結界ごと、檻を吹き飛ばせる)』
「(それだとクリスにエミィ、隣の王子様も一緒に吹き飛ぶよ)」
頭の中に響いてきたもう一つの人格の提案を、ドミノは迷いもせず却下した。
「(それに、これは復讐屋の仕事とは関係ない。俺自身の問題なんだ、オニモッド。ここは俺に任せてくれ)」
『(……良いだろう。好きにするが良い)』
脳内会話を終えた後にふと視線を外に向けると、腰に鍵束をぶら下げた、頭の禿げた司令塔らしき衛兵が近くを歩いている姿が目に入った。先程エルフを逃がしたという部下に怒鳴り散らしていた男だ。
「よし、あの鍵だ! クリス、今すぐその毛むくじゃらのケツをあのハゲに向けて、フ××クするよう仕向けるんだ! その隙に俺が檻の隙間から手を伸ばして鍵束をーー」
「次笑えない冗談をかましたらその首引っこ抜くわよ!?」
「じゃあエミィにフ××クさせろってか? それこそ笑えないぜ! それとも消去法で俺がやれってか! 奴がホモだっていう可能性にかけろと!」
「あぁもう分かったわよ! 要するに色仕掛けをすればいいんでしょう!」
クリスは半ばやけくそ気味になると、精一杯の猫なで声を出して、外にいる衛兵にこちらを振り向かせた。
「ね……ねぇ、おじ様? 私、その、うなじに、何か糸みたいなのが付いてるみたいで……悪いんだけど、取ってくださらない?」
ぼろ服からギリギリまで肩を露出させてうなじを差し出し、出来る限りの甘ったるい声で誘惑するクリスに衛兵はーー
「自分で取れ」
それだけ言うと、クリスたちに背中を向けた。
「……」
「くそ、ホモじゃなさそうとは思っていたけど、ケモナーと言うわけでもなかったか……」
悔しそうに歯軋りするドミノと服をはだけた姿のまま、真っ赤な顔でプルプルしているクリスを見たエミリアの瞳に、何かを決心した時のような光が灯る。
「あの、おじ様!」
「今度はなんだ!」
「む、胸が張ってしまって……苦しいのです。もしよろしければ……絞って……」
エミリアは豊満な谷間を見せ付けるようにして両側から寄せて、目尻に涙を溜めた上目遣いで衛兵に懇願する。
「おお、神よ!」
鼻息を荒くして檻の隙間に手を突っ込んできた衛兵の腕を、ドミノの両手が素早くとらえる。
「ぐああ、肘がぁ!」
「おっぱいには気を付けろよ、おっさん! クリス、今のうちに鍵束を!」
「分かってる! ……納得いかないわ……! 」
クリスはぶつくさ文句を言いながらも、檻の隙間から手を伸ばして、衛兵の腰から器用に鍵を奪い取る。
「サンキューな、おっさん!」
ドミノはニヤリと笑みを浮かべると、衛兵の肘を檻の格子の部分に当てがい、そのまま全体重をかけて関節を逆に極めた。
「うぎゃああぁぁ!」
長ネギをへし折ったような音と共に、肘を曲げてはいけない方向に曲げられてしまい悶絶する衛兵を尻目に、三人は檻の鍵を開けて外へと脱出した。
「待て貴様ら、ここから逃げられるとでも思って……ぐぎぇぇぇぇ!」
異変を察して続々と集まってきた衛兵たちの一人が槍を構えた瞬間、喉元に人肉に飢えたネズミが食らいつき、どす黒い鮮血が洞窟の地面に飛び散っていく。
「ひぃぃ! ネズミ! でかいネズミが、服の中にぃ!」
「目がぁ! 目玉返してぇ!」
「ど……ドミノさん!」
結界から解放されたドミノの「黒き侵食」によって、地獄絵図となりつつある地下洞窟の有り様を目にしたエミリアは、必死の形相で彼の腕にしがみつく。
「衛兵さんたちの中には、女王に脅されて奴隷売買の管理をしている人だっているかもしれません! 無闇に殺すのはやめてください!」
「あー……最初の一人はノーカウントとしても良い?」
二人の元に、何かを口にくわえた召喚ネズミが一匹、駆け寄って来た。
「どうした17番……げっ、お前その肌色のモノはもしかして……」
ドミノが少し遠くに目を向けると、大量に出血する股間を手で押さえながら泣き叫ぶ衛兵が目に入った。
「おいおい、17番。そいつはクルミじゃなくて男の……まぁいいや」
「ドミノさん、後ろ!」
エミリアの声で振り向くと、いつの間にか背後に回り込んでいた大柄の衛兵が、今まさに棘付きのメイスをドミノの頭に振り降ろさんとしていた。
しかし、その巨体がいきなり大きくバランスを崩したかと思うと、そのままの勢いで地面に倒れ込み、自分のメイスで自分の頭を殴る格好となって気絶した。彼の足元には、青白く輝く氷が張られていた。
「クリス。杖がなくても、魔法は使えるのか」
「威力は落ちるけどね。エミィ、私とドミノで衛兵たちを引き付けるから、この鍵で王子と、他に檻に捕らわれている人を助けてあげて」
クリスはそう言うと鍵束をエミリアの手のひらに押し込んだ。
「全員分の檻が開いたら、他の奴隷の人たちと一緒に一気に階段をかけ上がって、外まで脱出して。私とドミノはコレールと合流してから脱出するわ」
「クリスさん……」
エミリアは両方の握り拳を胸に当てて、心配そうな表情でクリスの顔を見つめる。
「大丈夫。後で必ず迎えに行くわ」
「そういう格好いいセリフは俺に言わせてくれよ!」
ドミノが剣を振り上げた衛兵の眼球に指を突っ込みながら叫んだ。
「さぁ、行って! 貴方なら出来るわ!」
クリスに背中を押されたエミリアは後ろ髪を引かれるような思いを断ち切る覚悟で、押し寄せる衛兵たちの隙間を縫いつつ、檻に捕らわれた人たちを助けに走っていった。
衛兵の一人がエミリアを捕まえようとして飛びかかったが、青い閃光が当たった瞬間、下半身に重量感のある氷塊が出現し、その重みで地面に叩きつけられた。
ーーーーーーーーーーーー
女王の間では、玉座に腰を据える女王が見守る中、徒手空拳のリザードマンと、熟練の剣士との激戦が繰り広げられていた。
「(くそっ、こいつ……両手剣をまるでダガーみたいに軽快な動きで振り回しやがる!)」
普通グレートソードとは両手で扱い、切れ味というよりは剣そのものの重みによって相手を叩き斬るための武器である。それをアラークは片手で振り回し、流れるような連続の斬撃で攻め立ててくるのである。
一撃一撃が致命傷狙いであり、なおかつ隻眼であることを感じさせない、変幻自在の剣技によって、コレールは防戦一方の動きを強いられていた。
パルムの方も手に持っているのは弓矢だけであり、仮に檻から逃げた際に弓も回収できていたとしても、この接戦では矢の射撃による援護は難しかっただろう。
「アラーク、お前……あの宝玉がどういうものなのか分かって、私から奪おうとしたのか?」
間一髪で下腹部を狙った剣筋を交わしながら、コレールは話しかける。
「知ったことではない……。だが、女王陛下は全てを失い、放浪の身であった私を拾い上げ、近衛兵長としての地位を与えてくださった」
体全体を捻り上げ、グレートソードの重量を感じさせない、高速の回転斬りを繰り出しながら答えるアラーク。
「その恩義の為なら例え友人を裏切る様な行動を犯しても構わないと、自身に誓っている!」
一瞬の隙を突き、無防備な喉元を狙った刺突が、確実にコレールを捉える。
アラークの勝利を確信したアレクサンドラは蠱惑的な色気を放つ唇の端をニィと上げ、パルムは声にならない悲鳴を上げた。
コレールの鮮血が飛び散り、広間の白い床に、赤と白のコントラストを描いた。
「真剣白羽取り……!」
アラークの剣の先端は喉元を貫く寸前の所で、頑丈な鱗に覆われた両掌によって挟み受けられ、その動きを封じられていた。
「は、始めてだったけど……何とか上手くいったぜ……」
掌から血を滴らせ、食い込む刃の痛みに脂汗をかきながらも、何とか口を開くコレール。
「おい、答えるんだアラーク。お前のいう恩義ってのは、奴隷売買に手を染めるような人間に対しても、捧げることの出来るものなのか……?」
「奴隷売買」という言葉に反応して、明らかにアラークの顔色が変わった。
「奴隷売買……? 貴様、一体何を……」
「アラーク! 貴方は敵方の口車に乗せられるような未熟者ではないでしょう? さっさとその不届き者に止めを刺しなさい!」
アレクサンドラの声に焦りの色を感じとったアラークの心中に、葛藤が産まれる。だが、アラークは中途半端な心の迷いを振り切るために、剣を握る両手に力を込めて、刀身を少しずつコレールの喉へと押し込んでいった。
「私の言うことは信用できないってことか……? じゃあこの子の言うことならどうだ?」
広間の扉の前へと走ってくる微かな足音を聞き取ったコレールは、喉に剣先が食い込む寸前の状況の中でも、不敵な笑みを浮かべた。
女王の間の大扉が勢いよく開かれ、一人の人間と魔物娘が中へと飛び込んできた。
「や、やぁ二人とも……こっちは絶好調……だよ……」
「アラーク! 止めて!」
刀身を震える手でどうにか押さえ込んでいるものの、今まさに喉を貫かれようとしているコレールの姿を見て、クリスは悲鳴にも似た叫びを上げる。
「クリス……? 身柄を保護されているはずでは……?」
アラークの迷いは決定的なものとなり、コレールは力の抜けたグレートソードをやっとの思いで払い除けることができた。
「アラーク、お願いだから自分は関わっていないと言って! 女王は奴隷売買に手を染めているのよ! 私たちもあと少しで売り飛ばされそうになったわ!」
クリスの必死の訴えを聞いたアラークの顔色から、一気に血の気が失せていった。
ーー第14話に続く。
16/06/14 11:48更新 / SHAR!P
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