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第14話「奈落B」
「クリス……それは本当……なのか……?」

ふらふらと今にも倒れそうな足取りで、クリスの元へと歩んでいくアラークを見たコレールは、憤然とした面持ちで二人の間に割って入った。

「今ここで、立場をはっきりさせるんだアラーク。私たちを信じるか、それとも女王を信じるか」

コレールは血の滴る握り拳を彼の胸の前に突きつけ、射殺すような視線でアラークの眼を見つめた。

「アラーク? まさか私の言葉よりも、その人外共の言葉の方を信頼するなどということはーー」

「女王陛下!!」

憮然とした表情で語られた女王の言葉は、アラークが突如振り向き、鋼鉄の剣を玉座に座る彼女に向かって突き付けることで遮られた。

「もし貴女が本当に奴隷売買に手を染めていないというならば、ここで誓って頂きたい! ウィルザード皇帝に忠誠を誓う国の王という肩書きにかけて、決して皇帝の法に逆らうような真似はしていないと! 」

アレクサンドラの顔が怒りと屈辱に歪む。

アラークの言い方には、彼なりの考えが含まれていた。アレクサンドラ女王は非常にプライドの高い人間であることをアラークは知っていた。
もし本当に彼女が奴隷売買に手を染めていたとすれば、信頼する部下の前で平然と嘘をついて「誓う」ようなことなど不可能であり、何らかのアクションを起こすだろうということを見越しての発言だった。

アレクサンドラは赤い宝玉を取り付けた魔杖を握り締めてゆっくりと玉座から腰を上げると、次の瞬間にはその姿は赤い煙と共に玉座の前から消え失せていた。

「逃げたの!?」

そう叫ぶクリスの背後からアレクサンドラが、杖の先から赤い光を迸らせながら姿を現す。彼女は既に石化光線の発射準備に入っていた。

「クリス!」

とっさの動きでアラークはクリスの元に駆け寄り、彼女を庇うような姿勢で突き飛ばす。

杖の先から放たれた赤い光線は、容赦なくアラークの体を貫いた。

「アラーク! そんな!」

「すまないクリス……私が……間違っ…………て…………い……………………た………………」

クリスは悲痛な叫び声を上げて差し出されたアラークの手を掴もうとする。しかし、その手が触れる前に、彼の肉体は指先まで血の通わない石像と化してしまった。

「拾ってやった恩義を忘れて、飼い主の手に噛みつこうとするなんて……私と貴方の関係はこれまでよ、アラーク」

アレクサンドラは汚物か何かを見るような目で物言わぬ石像となったアラークに目を向けると、杖から発する魔力で彼の体を浮かび上がらせて、コレールたちに向ける盾となるような形にした。

「安心しなさい、貴方たちスパイもすぐにアラークの後を追わせてあげるわ。……粉々の砂利にして、海に流してあげる!」

もはや邪悪な本性を隠そうともしなくなったアレクサンドラは、アラークを盾にしてその陰で、杖の先端に魔力を込め始めた。

「10秒もしない内に、貴方たち全員を一瞬で石化するほどの威力の光線が放てるわ……! これが魂の宝玉の持つ力よ!」

「おいどうするんだよボス! こうなったらアラークごとあの女を殺るしか……!」

八方塞がりの状況に動揺するドミノとパルムをよそに、コレールとクリスは意外なほど冷静さを保っていた。曲がりなりにも彼女たちは魔王軍の軍人であり、伊達に二人で修羅場をくぐってきたわけではないのだ。

コレールは素早い動きで懐からダガーを取り出し、アレクサンドラの左目に向けて投げつける。

「くっ!」

アレクサンドラはすかさず自身の顔面をアラークの影に隠して身を守った。それほどの重量が有るわけでもないダガーは完全に石像と化したアラークの体に容易に弾かれ、そのまま床へと落下する。

「ふふ……不意打ちのつもり? 残念だったわね、もう時間切れよ」

邪な笑みを浮かべて杖を振り上げようとして、アレクサンドラはぴたりとその動きを止めた。

「(あの猫娘が……いない!?)」

彼女が振り向こうとした時には既に、その右腕は極低温の霜に覆われていた。クリスはアレクサンドラがアラークの陰に隠れた一瞬の隙を突き、キャット族特有のフットワークで彼女の側面に回り込んでいたのだ。

「『黒き侵食』!」

二人の作戦の意図に気付いたドミノは慌てて召喚魔法を発動し、凍傷を負ったアレクサンドラの右手から落とされた魔杖を、二匹のネズミに回収させる。

「うぐぐ……! やってみなさいよ! もう一度石化魔法を食らったりしたら、アラークの体は粉々にーーひいっ!?」

ネズミたちから杖を受け取ったコレールに対して叫ぶアレクサンドラ。その体がクリスの凍結魔法によって凍った床で滑り、背中から倒れ込む。

「ぐえっ!」

その上から浮遊魔法の効果が切れたアラークの石像がのし掛かり、潰れたカエルの様な鳴き声を上げる。魔杖を失った以上、成人男性の体重以上の重さとなった石像の圧力から逃れる術は、アレクサンドラには残されていなかった。

「ど、どきなさい、アラーク! 命令よ!」

それでもどうにかして逃れようとするアレクサンドラの眼前に、コレールは彼女から奪った魔杖を突き付けた。間抜けなことに魔力の充填は完了しており、後は一振りすれば誰でも石化光線が撃てる状態だ。

「や、やめーー」

視界いっぱいに広がった深紅の光が、彼女が意識を失う前に見た最後の光景だった。




「こいつはあの広間に飾れるような代物じゃないな」

「飾った人の品格を疑われるものね」

絶望の表情を顔面に張り付けたまま石像と化したアレクサンドラを見下ろすコレールの言葉に、クリスは同調した。


ーーーーーーーーーーーーー


「クリス……私は……薄々感づいていたんだ」

静寂を取り戻した女王の間で、アレクサンドラが隠し持っていた金の針(恐らく万が一の保険用だったのだろう)で石化の呪いを解かれたアラークは、後悔に満ちた表情でクリスの背中に語りかけていた。

「だが……現実逃避していた。全て私の心の弱さが原因だ。サンリスタルという国の独立の為だという彼女の言葉を信じ込み、探りを入れてきた魔王軍の斥候を交渉材料にするために石化させ、君たちから魂の宝玉を奪おうとした」

クリスはアラークの懺悔を、一言も発さないまま背中で聞き続ける。

「クリス、私はーー」

「私が気にしてるのは、そんなことじゃないのよ、アラーク」

クリスの静かな言葉の響きに、押し黙るアラーク。

「貴方が女王に踊らされてたってことくらい、私にも想像がついたわ。それで……結局、私に対する態度も全て演技だったってこと?」

アラークは意外な質問に驚いた表情を見せたが、少し黙ってから、今度は先程とは対照的な、真っ直ぐな眼で彼女の疑問に答えた。

「それは……違う。演技なんかじゃない。君に近づいた理由は魂の宝玉だが、君と過ごしたあの短い時間は……純粋に、楽しかった」

「……本当に?」

「誓うよ。神ではなく、君自身に」

振り返ったクリスの瞳には、今にも零れ落ちそうな程に涙が溜まっていた。

「怖かった……貴方の事を信じてたのに、全部嘘なんじゃないかって、頭の片隅によぎって……」

そう言って抱きついてきたクリスに応えるように、柔らかく白い毛で覆われた頭を撫でるアラークの顔には、疲れ果ててはいるものの、安堵の笑みが浮かんでいた。





「おい、ボス! 聞いてるのか!? これからどうするんだ!」

「……えっ、あっ、悪い。聞いてなかった」

無事に和解まで漕ぎ着けた二人を見守っていたコレールは、石像と化したアレクサンドラの顔面をげしげしと蹴りつけながら怒鳴るドミノに対して率直な言葉を返した。

「取り合えずあの広間の石にされた魔物娘たちをどうにかしないとな。さっきお前が言ってたサリム王子になら話が通じるはずだ」

「ああ、それがいい。まずはサリム王子と合流しよう。エミィも一緒のはずだ」



今後の行動を相談する二人の横では、二つの魂の宝玉を片手に一つずつ握ったパルムが、目の前で繰り広げられる珍妙な会話劇に、眼を丸くしている。

「おお、我が友ジョン=ヘリックスヨ! 数百年の時を越え、我々は再びこうやって巡り会うことができましタ! 肉体が存在さえしていれば、抱き合って涙を流し喜びを分かち合いたいのですガ……生憎、それは叶わぬ望みでス。せめて、再会の感想を尋ねさせてくださイ!」

「感想だと!? 肉体を失い、やっと意識を取り戻して日の目を見たかと思えば、あの厚化粧女の顔を毎日至近距離で拝む羽目になり、それでも、貴様の戯言を聞かずに済んでいたことだけがせめてもの慰みだったというのに……最悪の気分と言わせてもらおう!」

「……随分と辛辣ですネ、貴方。おや、誰か来たみたいですヨ」

ベントの言う通り女王の間の大扉が三度(みたび)開け放たれ、二つの人影が中へと飛び込んできた。

「早く! 急いで扉を閉めるんだ!」

血相を変えたサリムが、扉の片方に殆ど体当たりするような形で閉めようとする。エミィの様子も大体同じで、まるで巨大な怪物に後を追われているような風体だ。

「ケット・シーの娘よ! 仲間はそこにいるので全員だな!? 玉座の裏に緊急用の隠し通路がある! アラークは先導してくれ!」

大扉の錠前をガチャガチャと鳴らしながら叫ぶサリム。

「えっ、ちょっと待って! 一体何が起こってるの?」

突然の指示に困惑するクリスにエミリアが状況を説明する。

「奴隷の人たちを全員外に逃がしたから、サリム王子と一緒に皆と合流しようとしたんです。そうしたらーー」

錠前によって封鎖された大扉が外側から強い力で叩きつけられ、蝶番が悲鳴を上げる。扉の隙間からは大勢の人間が発する怒号が漏れ聞こえてきた。

「奴隷の皆さんが武器を持って戻ってきたんです。『女王を八つ裂きにしてやる』って……このままじゃ大変なことに……!」

「そんな……!」

「クリス」

真っ青な顔で口を覆うクリスの肩を、アラークの逞しい手が握り締める。

「ここは危険だ。脱出しよう。私が先導する」

「ちょっと待ってよ……! 女王を置いていくつもりなの?」

「クリス!! まさかとは思うけど、お前あの女を連れていくつもりか!?」

ドミノが肩を怒らせながら近づいてきた。

「あいつらの目当ては女王だ! 下手に庇おうとしたら、俺たちまで女王の仲間とみなされちまう! 頭に血の上った集団がやろうとすることぐらい、想像がつくだろ!」

「でも……! 見殺しにするなんて……!」

それでもアレクサンドラを置いて逃げることに躊躇するクリスの肩に、今度は緑の鱗で覆われた手が置かれた。

「クリス……今回ばかりはドミノの言ってることが正しい。女王は因果応報だ。命がけで助けてやる義理は無い。」

「コレールまで……!」

「サリム王子」

アラークはサリムに向かって重苦しい様子で声をかけると、彼に向かって意味深な目線を送る。

サリムはその視線から逃げるようにして顔を背けていたが、やがて怒っているような、泣き出しそうになっているような、何とも言えない切ない表情で、アラークの方に眼を向けて頷いた。

「やってくれ、アラーク」

「承知しました、王子」

アラークは石像と化して転がっているアレクサンドラの元まで歩いていくと、背中の鞘から鋼鉄製の剣を抜き出し、先端を女王の顔面に突き付ける。

「待って、アラーク! 何か方法があるはずーー」

クリスは思い止まらせようとしたが、アラークの動きに迷いは無かった。



グワシャッ!




「あぁ……!」

エミリアの悲鳴は、二度目の大扉を叩く音によって掻き消された。

鋼鉄の剣の鋭い先端は、いとも容易く女王の石化した顔面を粉々に砕き散らせた。ここまで細かい破片になれば、例え呪いが解かれたとしても、もはや生きているとは言えないだろう。


女王アレクサンドラ3世は、かつて忠誠を誓わせた男の手によって、その生涯を終えた。


「もし暴徒たちが母上の命だけは見逃したとしても、その後に待っているのは、皇帝が定めた法による裁きだ。砂漠の真ん中で……衰弱死するくらいなら……せめて……意識が……無いまま……」

サリムは声を詰まらせながら、自分の判断は間違っていないと自身に言い聞かせるように呟いていた。


例えその本性が邪悪だとしても、サリムにとってアレクサンドラはこの世にたった一人の母親であり、アラークにとっては恩人だった。

そうであっても、いや、そうであるからこそ、彼らはこの場で決着をつけることにしたのだろう。コレールは女王の亡骸を見つめながらそう考えた。

「全て終わった……脱出だ。ついてきてくれ」

そう言って走り出したアラークの後をサリムが追い、その後ろにエミィの手を握ったドミノが続く。やがて歯を食い縛り、やりきれない表情のクリスが続き、パルムが横を通りすぎても、コレールは女王の亡骸を見つめ続けていた。

「コレール!」

アラークの急かす声にようやく振り向くコレール。悪党とは言え、彼女自身は人間の死を嫌悪する魔物娘である。

コレールは胸の中に後味の悪い物を抱えながら、命を救えなかった女の遺体に背を向けて、脱出用の隠し通路へと走っていった。



ーー第15話に続く。
17/03/09 02:23更新 / SHARP
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■作者メッセージ
実はアレクサンドラは、当初のプロットではコレールの一案によって命は救われる予定でした。ただ、途中まで書いた所で「あっ、そう言えばどの道ザムールの条約で奴隷売買に関わった人間は死刑だから意味無いわ」ということに気がついて、結局このような結末になってしまったということです。自分で作った設定につまづくようじゃ、まだまだ物書きとして未熟だなぁと思います。精進していきたいです。

ジョンがベントのことを嫌いな理由は、生前どうでもいいジョークの類いをしょっちゅうべらべらと喋られて、辟易していたからです(ベントは基本誰に対してもそんな感じでしたが)。





「次回予告」

後味の悪い結末を迎えつつも、どうにか二つ目の宝玉を手に入れたコレールたち。トラトリアで一息ついていた彼女らの前に現れたのは、意外な人物だった。

次回、「風が吹き抜けていく青空の下で」

「命短し恋せよ乙女」……か。彼女にふさわしい言葉だ。

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