第11話「砂漠の水晶A」
コレールとクリスの二人は、人気のない路地裏で苦い顔をしながら話し込んでいた。
「カナリのいう通りだった。ウィルザードの要所に配置されているはずの、魔王軍のモール(身分秘匿調査員)全員との連絡が取れない」
コレールはそう言うと、瓶に入った葡萄酒を一気にあおった。
「もしこの件が、アルフレッドさんが言っていた闇の人身売買と関わってるとしたら……」
「ああ。思ったより根っこは深そうだな」
コレールは空になった瓶を地面に放り投げる。
「コレールさン。私の魔法によると、この地域の何処かに、私と同じように魂が封じ込められた宝玉があるみたいなのですガーー」
「宝玉探しは後回しだ。まずは魔物娘の失踪事件を解決する」
「……そうですカ。ではお好きなよう二」
ベントはクリスの持っている魔杖の先端でシュンとして呟いた。
ーーーーーーーーーーーー
同時刻ーー。
ドミノ=ティツアーノは大通りにあるアイスクリーム屋の前のベンチに、夫婦の果実の赤い実を使ったアイスシャーベットを持ちながら座っていた。尤も、本人は右手に持ったシャーベットが既に溶け始め、指を汚していることに気がつけるような状態ではなかった。
何故なら、ホブゴブリンのエミリアが小さくも暖かく、そして柔らかい体を隣でドミノに擦り寄せながら、アイスシャーベットを楽しんでいるからである。
「(あの分からず屋どもぉぉぉぉ! 何いきなり俺とエミィを二人きりにしてるんだよぉぉ! こういのには心の準備がいるってわからねぇのかぁぁぁぁ!)」
「ドミノさん? 早く食べないとアイス、溶けちゃいますよ?」
「えっ……? うわっ、ヤベッ!」
ドミノはエミリアの指摘でようやく溶けかけのシャーベットの状態に気が付くと、慌てて半分液体と化したアイスを舌で舐め取った。
「あっ、ほっぺに付いちゃった……」
エミリアはそう呟くと、アイスを持っていない方の手で彼の顔を自分の方に引き寄せる。
ドミノはハンカチか何かで拭き取ってくれるのかと思ってされるがままにしていたが、エミリアが取った行動は彼の予想を軽く飛び越えていった。
ペロッ♪
「ワポショエッ!!?」
思わず妙な発音の叫び声を上げてしまうドミノ。エミリアは彼の頬に付いたアイスを舌で舐め取ったのだ。
「ふふっ、ごめんなさい。驚いちゃいました?」
彼の反応が可笑しかったのか、エミリアは口を押さえて悪戯っぽい笑みを浮かべる。彼女を見るドミノの顔色が、赤から青、そして真っ白なものへと変わっていった。
「お……お前……!」
ドミノは凍りついていた体勢からいきなりガバッと立ち上がると、明後日の方向に視線が向いたまま、パクパクと口を開け閉めした。
「おっおっおっ……俺! 何だか急に腹が痛くなってきた! すぐ戻るから少しここで待っててくれ!」
そう言うと完全に気が動転してしまった青年は、何人かの通行人を突き飛ばしながら通りの向こうへと走り去っていった。
「ドミノさん……」
エミリアはベンチに一人残され、ただただ唖然とするしかなかった。手に持っていたアイスシャーベットも、既に地面に落ちてしまっている。
「ほら、新しいアイスだ」
どうすることもできずに俯いていたエミリアの前に突然、新しいシャーベットが差し出される。驚いた彼女が空席となっていたベンチの方を振り向くと、そこには両手にアイスを持って、優しく微笑むアラークの姿があった。
ーーーーーーーーーーーーー
ドミノはサンリスタルの大通りをたっぷり走り回り、完全に息が切れた時点でようやくその足を止めた。
「ぜぇ……ぜぇ……オーケイ、状況を整理しよう。俺は娼婦の息子で父親は分からない。顔も悪くて性格も最悪、おまけに二重人格の殺し屋だ。そんな俺がロリ巨乳美少女ゴブリンと真っ昼間から二人きりでいちゃついていたと? 騙されてるんじゃないか? そうかもしれない……」
「喉乾いたでしょ? はい、ワイン」
「おお、サンキュ」
横から差し出された葡萄酒の瓶をスムーズに受け取り、ぐいっとあおる。
「ふぅ、少し落ち着いた」
「5ゴールド」
「……は?」
「ワイン代。5ゴールド」
額の汗を拭いながら横を向くと、 薄汚れた作業服にゴーグルとバックパックを携えたエルフの少女が、ゴールドを求めて手を差し出していた。無論、ドミノにとって見知った相手ではない。
「文字通り、一杯食わされたってわけか?」
ドミノは渋々エルフの少女の手に金貨を五枚握らせた。
「毎度あり。まぁそんなところね」
エルフの少女は金貨の数を数えながら口を開いた。
「ねぇ貴方、この街で私と同じエルフの男の子を見なかった? 金髪で赤いスカーフを着けた、背の低いエルフなんだけど。ふとした拍子にはぐれちゃったのよ」
ドミノは黙って首を横に振った。そんなに特徴的な容姿のエルフだというなら、視界に入っただけでも忘れるはずがない。
「そう……心配だわ。コレールもこの街に来てくれてたら、彼女に捜索を頼めるんだけど」
コレールの名前を耳にして、ドミノの脳髄に一筋の閃光が走る。
「……そうだ……俺は確か、ボスにエミィの側にいるように命じられて……」
「えっ?」
「エミィ! やべぇ、あの子を置いてきたままだ!!」
そういうが早いか否か、ドミノ回れ右をすると全速力で来た道を戻っていった。
「……落ち着きのない人」
作業着を着たエルフの少女ーーペリコは呆れた顔で呟いた。
ーーーーーーーーー
「成る程。そういうことがあったのか」
エミリアから事の顛末を聞き出したアラークは、ホブゴブリンの少女の小さな肩を優しくさすってやった。
「心配するな。彼はそんなことで君のことを嫌いになったりしないよ」
「本当ですか?」
エミリアは涙目でアラークの顔を見つめた。
「本当だとも。きっと彼は、君の行動が愛らしすぎて、気が動転してしまったんだ。すぐに戻ってくるさ。大丈夫」
「エミィ!! おい、おっさんそこで何してやがんだ! エミィから離れやがれ!!」
「そら見ろ。噂をすれば、だ」
ドミノは全力疾走の勢いのままにアラークの胸ぐらを掴んで、エミリアが座るベンチから引き離した。
「この野郎……ちょっと目を話したと思えば、女に見境なく色目を使いやがってーー」
「あぁ、すまんすまん。エミリアから君がどんなに素敵な男性なのかっていう話を聞いてたんだ」
「何だと!?」
胸ぐらを掴まれても少しも狼狽するとこなく話すアラークの体を、自分と一緒に エミリアに背を向ける形で屈ませるドミノ。
「……それ本当か?」
「本当だとも」
「神に誓うか?」
「誓うさ」
「……」
ドミノはアラークを解放すると、ボサボサの髪の毛が生えた後頭部をポリポリと掻きながらベンチに座るエミリアに話しかけた。
「あー……その、腹はもう大丈夫だ。いきなりどっか行っちまって悪かった。お詫びにケバブ食べようか。美味しいぞ」
「……! はい♥」
ようやく安心できたエミリアは、満開の桜のような明るい笑顔でドミノの提案に答えた。
「あっ、いたいた。おーい、ドミーー」
クリスとの意見交換を終えたコレールは、大通りでドミノと合流しようとして、後ろから肩を掴まれた。驚いて背後を振り向くと、いつの間にか背後にいたアラークが人差し指を唇に当てて、視線の動きで「あれを見ろ」のジェスチャーを送ってきた。
「……ああ、成る程」
コレールはニヤリと笑って、エミリアの肩をぎこちない姿勢で抱き寄せながらケバブの屋体の売り子と話すドミノに目を向けた。
「こっちだ」
アラークはコレールとクリスを通りの端に積まれた木箱の影に連れ込んでから口を開いた。
「な、何よアラーク。こんなとこに引き込んで、何をするつもり?」
クリスが何かを期待しているような素振りで彼に問いかける。
「女王陛下から許可が出たんだ。時間があれば、私と城の中を見学してみないか?」
アラークはそう言うとクリスの耳の後ろを指で優しく掻いてあげる。
小柄な猫娘の肩が、性感帯から伝わる甘い刺激にピクンと跳ねた。
「よ、喜んで……」
完全に骨抜きにされた親友の姿に、コレールは深いため息をついて頭を抱えるしかなかった。
ーー第12話に続く。
「カナリのいう通りだった。ウィルザードの要所に配置されているはずの、魔王軍のモール(身分秘匿調査員)全員との連絡が取れない」
コレールはそう言うと、瓶に入った葡萄酒を一気にあおった。
「もしこの件が、アルフレッドさんが言っていた闇の人身売買と関わってるとしたら……」
「ああ。思ったより根っこは深そうだな」
コレールは空になった瓶を地面に放り投げる。
「コレールさン。私の魔法によると、この地域の何処かに、私と同じように魂が封じ込められた宝玉があるみたいなのですガーー」
「宝玉探しは後回しだ。まずは魔物娘の失踪事件を解決する」
「……そうですカ。ではお好きなよう二」
ベントはクリスの持っている魔杖の先端でシュンとして呟いた。
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同時刻ーー。
ドミノ=ティツアーノは大通りにあるアイスクリーム屋の前のベンチに、夫婦の果実の赤い実を使ったアイスシャーベットを持ちながら座っていた。尤も、本人は右手に持ったシャーベットが既に溶け始め、指を汚していることに気がつけるような状態ではなかった。
何故なら、ホブゴブリンのエミリアが小さくも暖かく、そして柔らかい体を隣でドミノに擦り寄せながら、アイスシャーベットを楽しんでいるからである。
「(あの分からず屋どもぉぉぉぉ! 何いきなり俺とエミィを二人きりにしてるんだよぉぉ! こういのには心の準備がいるってわからねぇのかぁぁぁぁ!)」
「ドミノさん? 早く食べないとアイス、溶けちゃいますよ?」
「えっ……? うわっ、ヤベッ!」
ドミノはエミリアの指摘でようやく溶けかけのシャーベットの状態に気が付くと、慌てて半分液体と化したアイスを舌で舐め取った。
「あっ、ほっぺに付いちゃった……」
エミリアはそう呟くと、アイスを持っていない方の手で彼の顔を自分の方に引き寄せる。
ドミノはハンカチか何かで拭き取ってくれるのかと思ってされるがままにしていたが、エミリアが取った行動は彼の予想を軽く飛び越えていった。
ペロッ♪
「ワポショエッ!!?」
思わず妙な発音の叫び声を上げてしまうドミノ。エミリアは彼の頬に付いたアイスを舌で舐め取ったのだ。
「ふふっ、ごめんなさい。驚いちゃいました?」
彼の反応が可笑しかったのか、エミリアは口を押さえて悪戯っぽい笑みを浮かべる。彼女を見るドミノの顔色が、赤から青、そして真っ白なものへと変わっていった。
「お……お前……!」
ドミノは凍りついていた体勢からいきなりガバッと立ち上がると、明後日の方向に視線が向いたまま、パクパクと口を開け閉めした。
「おっおっおっ……俺! 何だか急に腹が痛くなってきた! すぐ戻るから少しここで待っててくれ!」
そう言うと完全に気が動転してしまった青年は、何人かの通行人を突き飛ばしながら通りの向こうへと走り去っていった。
「ドミノさん……」
エミリアはベンチに一人残され、ただただ唖然とするしかなかった。手に持っていたアイスシャーベットも、既に地面に落ちてしまっている。
「ほら、新しいアイスだ」
どうすることもできずに俯いていたエミリアの前に突然、新しいシャーベットが差し出される。驚いた彼女が空席となっていたベンチの方を振り向くと、そこには両手にアイスを持って、優しく微笑むアラークの姿があった。
ーーーーーーーーーーーーー
ドミノはサンリスタルの大通りをたっぷり走り回り、完全に息が切れた時点でようやくその足を止めた。
「ぜぇ……ぜぇ……オーケイ、状況を整理しよう。俺は娼婦の息子で父親は分からない。顔も悪くて性格も最悪、おまけに二重人格の殺し屋だ。そんな俺がロリ巨乳美少女ゴブリンと真っ昼間から二人きりでいちゃついていたと? 騙されてるんじゃないか? そうかもしれない……」
「喉乾いたでしょ? はい、ワイン」
「おお、サンキュ」
横から差し出された葡萄酒の瓶をスムーズに受け取り、ぐいっとあおる。
「ふぅ、少し落ち着いた」
「5ゴールド」
「……は?」
「ワイン代。5ゴールド」
額の汗を拭いながら横を向くと、 薄汚れた作業服にゴーグルとバックパックを携えたエルフの少女が、ゴールドを求めて手を差し出していた。無論、ドミノにとって見知った相手ではない。
「文字通り、一杯食わされたってわけか?」
ドミノは渋々エルフの少女の手に金貨を五枚握らせた。
「毎度あり。まぁそんなところね」
エルフの少女は金貨の数を数えながら口を開いた。
「ねぇ貴方、この街で私と同じエルフの男の子を見なかった? 金髪で赤いスカーフを着けた、背の低いエルフなんだけど。ふとした拍子にはぐれちゃったのよ」
ドミノは黙って首を横に振った。そんなに特徴的な容姿のエルフだというなら、視界に入っただけでも忘れるはずがない。
「そう……心配だわ。コレールもこの街に来てくれてたら、彼女に捜索を頼めるんだけど」
コレールの名前を耳にして、ドミノの脳髄に一筋の閃光が走る。
「……そうだ……俺は確か、ボスにエミィの側にいるように命じられて……」
「えっ?」
「エミィ! やべぇ、あの子を置いてきたままだ!!」
そういうが早いか否か、ドミノ回れ右をすると全速力で来た道を戻っていった。
「……落ち着きのない人」
作業着を着たエルフの少女ーーペリコは呆れた顔で呟いた。
ーーーーーーーーー
「成る程。そういうことがあったのか」
エミリアから事の顛末を聞き出したアラークは、ホブゴブリンの少女の小さな肩を優しくさすってやった。
「心配するな。彼はそんなことで君のことを嫌いになったりしないよ」
「本当ですか?」
エミリアは涙目でアラークの顔を見つめた。
「本当だとも。きっと彼は、君の行動が愛らしすぎて、気が動転してしまったんだ。すぐに戻ってくるさ。大丈夫」
「エミィ!! おい、おっさんそこで何してやがんだ! エミィから離れやがれ!!」
「そら見ろ。噂をすれば、だ」
ドミノは全力疾走の勢いのままにアラークの胸ぐらを掴んで、エミリアが座るベンチから引き離した。
「この野郎……ちょっと目を話したと思えば、女に見境なく色目を使いやがってーー」
「あぁ、すまんすまん。エミリアから君がどんなに素敵な男性なのかっていう話を聞いてたんだ」
「何だと!?」
胸ぐらを掴まれても少しも狼狽するとこなく話すアラークの体を、自分と一緒に エミリアに背を向ける形で屈ませるドミノ。
「……それ本当か?」
「本当だとも」
「神に誓うか?」
「誓うさ」
「……」
ドミノはアラークを解放すると、ボサボサの髪の毛が生えた後頭部をポリポリと掻きながらベンチに座るエミリアに話しかけた。
「あー……その、腹はもう大丈夫だ。いきなりどっか行っちまって悪かった。お詫びにケバブ食べようか。美味しいぞ」
「……! はい♥」
ようやく安心できたエミリアは、満開の桜のような明るい笑顔でドミノの提案に答えた。
「あっ、いたいた。おーい、ドミーー」
クリスとの意見交換を終えたコレールは、大通りでドミノと合流しようとして、後ろから肩を掴まれた。驚いて背後を振り向くと、いつの間にか背後にいたアラークが人差し指を唇に当てて、視線の動きで「あれを見ろ」のジェスチャーを送ってきた。
「……ああ、成る程」
コレールはニヤリと笑って、エミリアの肩をぎこちない姿勢で抱き寄せながらケバブの屋体の売り子と話すドミノに目を向けた。
「こっちだ」
アラークはコレールとクリスを通りの端に積まれた木箱の影に連れ込んでから口を開いた。
「な、何よアラーク。こんなとこに引き込んで、何をするつもり?」
クリスが何かを期待しているような素振りで彼に問いかける。
「女王陛下から許可が出たんだ。時間があれば、私と城の中を見学してみないか?」
アラークはそう言うとクリスの耳の後ろを指で優しく掻いてあげる。
小柄な猫娘の肩が、性感帯から伝わる甘い刺激にピクンと跳ねた。
「よ、喜んで……」
完全に骨抜きにされた親友の姿に、コレールは深いため息をついて頭を抱えるしかなかった。
ーー第12話に続く。
16/05/22 15:50更新 / SHAR!P
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