連載小説
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一歩前進したと思いたい
秋晴れのすがすがしいある日、黄金色に輝く麦畑の間を縫って一台の馬車が走り抜けていく。
馬車の目指す先には小さな集落があった。村の入口に立っている簡素な木の門には素人が手彫りしたと思しき字で「ミスア村」と書いてある。
馬車はその門の前に止まり、5人の女性を下ろすと再び蹄と木の軋む音を立てながら去っていった。

馬車を見送りながら5人は思い思いに伸びをしたり体をのけぞらせたりしている。やがてその中心にいたレイチェルが声をあげた。
「やっと着いたわ!久しぶりのミスア村!」
それにこたえるようにうんざりした顔でナターシャが頷く。
「ほんとやっとだぜ…。人化の術で慣れない体な上に長時間座らされて、おかげでケツがいてーったら。」
「もう、女性がケツなんて言うものじゃありませんよ。」
「いいじゃねーか、これは私の性分だよ。」
たしなめるフェミルと口を尖らせるナターシャに苦笑を向けてからマレスタが首を傾げる。
「ところでレイチェル、例の勇者がこの辺りにいるって情報を受けて来たけど、どうやって探すつもり?」
「んー、その辺はおいおい…っていうか。」
レイチェルがびしっと4人を指さす。
「何であんたらついてくるのよ!?」
「なんでって、あんたが惚れた男を見たいからじゃない。」
「面白そうだからに決まってんだろ。」
「レイチェルさんだけでは不安でしたので…。」
「旅行に行けるいい機会じゃない〜。」
「…。」
4人の自由な言い分に肩を落としつつ、レイチェルは村の奥へと歩みを進めるのだった。

とりあえず村のことを把握しておこうという話になり、レイチェルが案内役を務める。
「それにしても〜、反魔物領に来るのは初めてだけどのどかな所ね〜。」
「そうですね、もっと厳しい雰囲気のところだと思ってました。」
興味津々の様子の4人に若干のくすぐったさを感じつつ、さらに案内は続く。
「まあ確かに戒律とかはあるけど、あんまりきついことはしてないよ。穀倉地帯だし牧場をやってる人もいるから食べ物に困ったり争いがおきたりもしないし。平和でいいところだよ。」

懐かしさに目を細めていると5人の背後から声がかかった。
「おや、このような何もない農村にお客さんが来るなんて珍しいですね。」
声をかけてきたのは中年の神父だった。聖書を小脇に抱え、しわの目立つ顔に人のよさそうな笑みを浮かべている。
「…?」
首を傾げて神父の顔をじろじろ見ていたレイチェルが、唐突に声をあげた。
「あー!あの口うるさかった神父!」

怪訝な顔をする神父をよそに、ナターシャとマレスタがレイチェルを引っ張って後退させ、その代わりにフェミルとマーサが笑顔と謝罪でフォローに入る。
「ちょっと!あんた人に向かってなんて口の利き方してんのよ!」
「しまった!自分の見知った顔だとしったらつい…。」
「お前には前世の記憶があっても向こうは事情が分かんねーんだぞ!てかこれで人化の術がばれたらどーすんだよ!」
ひそひそと言い合う3人と謝罪を繰り返す2人と困惑するばかりの神父という非常にシュールな光景が出来上がったのであった。
「(レイチェルさんは優秀なのか抜けているのか時々わからなくなります…。)」
「(こういうことするから変な子って言われるのよねえ〜。)」

「なるほど、それで雰囲気がその神父と似ていたので間違えてしまったというわけですな?」
「はい、まことに失礼いたしました。」
騒動もひと段落してからレイチェルたちは教会に招かれ、そこで神父からのもてなしを受けることになった。重ね重ね頭を下げるレイチェルに当の神父は相変わらず笑顔を浮かべて首を振る。
「いいえ、もう過ぎたことですから気にしないでください。」
「それにしても…。」
紅茶のカップに口をつけながらフェミルが窓の外を見る。
「本当にのどかな所ですね。それに見渡す限り麦畑と牧場が続いてとても綺麗な場所だと思います。」
「ハハハ、そう言っていただけると嬉しいですな。平和でのんびりと過ごせることだけが取り柄のような場所ですが、気に入ったならゆっくりして行ってください。」

どこまで行っても温和な神父の様子にレイチェルは首を傾げる。
「おっかしいなあ。あの人お客さんでも風紀の乱れるようなことしてたらすぐ説教する人だったのに…。」
すると、そんなレイチェルの独り言を聞いていたマーサが手を挙げた。
「すいませ〜ん。レイチェルがすぐ説教しそうな雰囲気の人だったのにな〜って。」
「ちょっ…。」
青ざめてマーサを取り押さえようとするレイチェルに、神父はただ自重めいた笑みを浮かべるだけだった。
「いやはや、まだそんな雰囲気があるのですか。反省して直すようにはしていたのですが。」
「反省?」
思わずマーサから離れて座りなおしたレイチェルや怪訝な顔をしているマレスタたちに神父は昔話を始めた。

「私も昔は口うるさい性格だったんですよ。戒律を厳格に守り、それ以外のことに現を抜かすような生活は絶対に人を幸せにしないと思っていましたからね。それが変わったのは15年ほど前の話ですよ。」





その日、神父はちょうど畑仕事を終えて帰宅の途に就いていたカルラに声をかけた。
「カルラ。その服装はなんだね?」
「え?」
けだるそうな声と表情とともに振り返ったカルラに厳しい表情をした神父は言葉を続ける。
「裾がめくれて足が見えているじゃないか、女性がそんな恰好をして恥ずかしいと思わないのかね。」
「すんませんね、気づいてなかったんで…。」
相変わらずけだるそうな様子で服を正し、再び歩き始めたカルラを尚も厳しい顔で押しとどめる。
「人に向かってその態度は何だね。どんなときにも自分を律し、居住まいを正しなさいと私は教えた。人が見ていなくても神はいつも私たちを見ていらっしゃるのだよ。」
「いや、ずっと気張りっぱなしって普通の人間には無理ですよ。加えて収穫期で忙しくていつも以上に疲れてるし…。」
「そんなことは言い訳にならない。そうやって自堕落に生きているから結婚もできないんじゃないのか。」
「…。」
カルラは明らかに顔を曇らせ、再び歩き始めた。
「わかりましたよ、今からきちんと気を付けます。」





「そのすぐ後でしたよ、彼女が事故にあったのは。」
「…。」
まるで懺悔するように顔を伏せる神父をレイチェルは無言で見つめていた。
「騒ぎを聞きつけた村のみなさんも手を尽くしてくださいましたが、間に合いませんでした。その時に考えたのです。果たして彼女は幸せな人生だったのだろうか、私が口うるさく説教したせいでいやな気分のまま死を迎えたのではないだろうかとね。それに、私があそこまで長々と引き留めていなければ彼女は死ぬことはなかったのではないかと、今でも考えてしまうのですよ…。」
自嘲気味に笑った神父に対してレイチェルが口を開いた。
「…たぶん、その人はもう気にしてないんじゃないですかね。」
顔を上げた神父に、レイチェルは笑顔で言葉を続ける。
「私だったら…後悔はいいから今生きてる人間を笑顔にさせろって言うでしょうね。」

レイチェルの言葉にしばし言葉を失っていた神父は、やがてふっと笑みを漏らした。
「いやはや、まったくもってその通りですな。いつまでも悩んでいてはカルラも浮かばれないでしょう。」





幾分かすっきりした顔の神父に見送られ、教会を後にした。
いつも通りの様子で歩くレイチェルに、フェミルたちがおずおずと話しかける。
「レイチェルさん…。前世であんなことがあったんですね。」
「レイチェル…その…もしかしてあんたには悪いことしちゃったのかしら。遺恨の残りそうなタイミングで魂呼んじゃったわけだし…。」
言いづらそうなマレスタの横で、レイチェルは小難しそうな顔で腕を組んでいる。
「いやあ…ぶっちゃけあんなやり取りがあったとかすっかり忘れてたわ。」
「…は?」
「だってさ、あの神父の口うるさいことといったら!普段から色々と腹の立つことは言われてたしその中にすっかり埋もれちゃってさー。」
「…。」
何とも言えない空気の流れる4人をよそに、レイチェルはのんきに笑顔を作る。
「しっかしあの神父があそこまでしょぼくれるとはねー。まあ奴も反省してるようだし結果オーライ…。」
ついに一番気の短いナターシャがレイチェルに掴みかかった。

「てめー!返せ!ちょっとシリアスな気分になったのを返せぇ!」
「ちょっ、なんでナターシャが切れるの!?待って待って服が伸びる!」
「前世を思い出してしんみりしてる風だったから気い使ってやろうとしたら結果オーライってなんじゃそりゃあ!」
「どうどう、落ち着いてナターシャ!ってかみんな笑ってないで助けてよ!」
「私たちもナターシャと同じ気持ちだから〜。」
「そんな!」

こうしてもみ合っていた一行だが、マレスタの一言でとりあえず終息した。
「あ、例の勇者。」
「ぶほっ!?」
変な声を上げてバランスを崩したレイチェルを押しのけるように残りの3人が身を乗り出す。
「おいマジかよ!どいつだ!?」
「つ、ついにレイチェルさんの思い人の姿が…!」
「イケメンかしら〜?」
「ちょっとあんたら!私を差し置いて盛り上がるな!」

何とか立ち上がったレイチェルの視線の先に彼はいた。馬を伴って村の出口の方向へ歩いていくところだったが、レイチェルたちの喧騒が耳に入ったらしく振り返る。
「…っ!」
目が合った瞬間にレイチェルは顔を赤くして立ちすくんでしまった。自分を見つめる翡翠の色に吸い込まれるような感覚を覚え、足の感覚さえなくなるようだった。

そんなレイチェルの背中をマレスタたちは押し出す。
「ちょっと何ぼーっとしてんのよ!」
「早くいけって、フォーメーションBだ!」
無理やり押し出されて数歩よろよろと進んでから、意を決して顔を上げた。正直彼と目を合わせるだけで思考も心臓も手一杯だが、それでも何とか声を絞り出す。
「あ、あのっ!」
「ああ、どなたかと思えばあの時の娘さんじゃないですか。奇遇ですね。お元気そうで何よりです。」
さわやかな笑顔を向けるルベルクと完全に上がっているレイチェルを4人はハラハラしながら見守っている。
「(よし、つかみはOKよ。向こうもレイチェルのこと覚えてるみたいだし表情的にも心象は悪くなさそうだわ!)」
「え、ええ!おかげさまでこうやって友達とまた遊べますし、感謝しています!」
「そうですか、それはよかった。でも今度からは一人で出歩いてはいけませんよ。」
「そ、そこであのっ!お願いって言うか頼み事って言うか…聞いてもらえませんかっ!?」
「(ガチガチに緊張しまくってるせいで結構不自然だし上目遣いじゃなくて睨んでる感じになってるが今のところ順調だ!頑張れ!)」
「俺に協力できることならどうぞ。」
「その…私と…。」
「(そう、そうやって手を組んでもじもじさせて、ちょっと間を持たせるのよ!)」
「友達になってくれませんかっ!?」
「(くそっ、友達に逃げやがったか!)」
「(レイチェルにしては頑張った方じゃないの〜)」
「友達に?俺と?」
驚いた様子で目を見開くルベルクに、レイチェルは慌てて取り繕う。
「ほ、ほら勇者の友達なんていたら楽しそうだし!それに何となく気が合いそうな気がして!…ダメですか?やっぱり。」
やっぱりいきなり友達は早まっただろうか、そう考えながらルベルクの方を見ると、意外にも彼は笑顔でレイチェルに手を差し出した。
「いつも放浪していて手紙も届くか分からないような奴だけど、それでも良ければ。」
その手をぼーっと見つめてからゆっくりと自分の手を伸ばし、握手した。
「あ、はい…。よろしくお願いします…。」
「敬語。」
「え?」
「せっかく友達になったんだし、普通のしゃべり方でいこう。」
「あ、うん。よろしく。」
実感がないのかいまだにボーっとしているレイチェルにルベルクが尋ねる。
「俺はルベルク。君は?」
「えっと、レイチェル…。」
「うん、よろしくな、レイチェル。」
ルベルクは笑顔で握手を交わすと、未だ放心状態のレイチェルの手を離して馬にまたがる。
「早速で悪いけど、今は事情があって急いでいるんだ。落ち着いたら連絡するよ。」
馬を村の外へ向けてからレイチェルたちを振り返る。
「じゃあ。レイチェルもレイチェルの友達のみなさんも、お元気で。」
ひらりと手を振ると馬を駆って一目散に村の外へ駆け出して行った。その背中をレイチェルはただ見送るだけだった。

「レイチェル!完璧ではなかったけど結構上出来だったわよ!」
「頑張りましたね、レイチェルさん。」
駆け寄ってきた4人に囲まれつつ、レイチェルは自分の手と彼が去っていった方向を交互に眺めていた。
「今日…手洗えないや…。」
15/03/16 22:56更新 / 飛燕
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■作者メッセージ
激しく間が空いてしまいました…。
正直ここはかなりしっくりきてないです。
でも何度書き直しても改善せず…。
いつか補完とかできればいいです。

でもテンパるレイチェルを書くのは楽しかった!(

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