連載小説
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急転直下
取りあえず一定の成果を得たレイチェルたちは、石造りの会議室のような場所に集合している。彼女らの座るテーブルの背後の壁には薔薇の花と短剣がデザインされた横断幕が掲げられ、ここがレイチェル率いる盗賊団、シーフクイーンのアジトであることを示していた。

「会議中。入るな」の札を扉にかけて戻ってきたレイチェルが、5人で使うにはかなり大きな机を回り込んで席についた。
「んで、次の段階ってどうするの?」
待ってましたとばかりにマレスタが身を乗り出す。
「誘惑。」
「それ以外でお願いします!」
「告白。」
「まだ早いっ!」

無理無理、と頭を抱えるレイチェルを見ながらフェミルが手を挙げる。
「あのー…手紙とかどうですか?」
途端に表情が明るくなり、勢いよく立ち上がるレイチェル。
「それいい!もらった!」
「でもよー。」
頬杖をついたナターシャが口を挟む。
「どうやって届けんのさ?あいつ放浪中で拠点の住所も聞いてねーじゃねーか。」
「たしかに〜。」

のんきなマーサの声が響く中、マレスタたちの間に微妙な空気が流れる。
「そう言えば…そうでしたね…。」
「こないだの接触もシーフクイーンのメンバーがたまたま見かけてたからできたことだったんだわ。」
忘れてた、と片手で顔を覆ったマレスタの隣でフェミルが恐る恐るレイチェルを見ると、彼女は自信満々な態度で腕組をしていた。
「大丈夫!うちのメンバーのクノイチ夫婦に追跡してもらってるからどこにいるかもばっちりよ!」

「レイチェル…お前…。」
「あんたいったいどこでそんなしたたかさを見につけてきたの?」
「へ?」
ぽかんとしている4人の反応にうろたえるレイチェルに、フェミルとマーサも声をかける。
「そうですよ。しかも追跡役に横取りされる恐れのない既婚者を使うなんて…。」
「まるでレイチェルじゃないみたいよ〜。」
「え?ひ、ひどくない!?私これでも盗賊の首領よ!?」
「てっきり実質トップがほかにいるのかと…。」

本日最大の「ひどい!」がアジト中に響き渡ったのだった…。



































その頃、カルドフィアの首都、エストの王城にルベルクは来ていた。決して豪華でも大きくもない、どちらかといえば質素な部類に入る城を見上げると意を決したように城門をくぐる。
連絡がなされていたのか敬礼で見送る衛兵たちを横目に、ルベルクは城の内部へと進んでいった。

「アルドール司教様!」
メイドに案内された応接間に入るなり、ルベルクは声を上げた。部屋には聖職者の服を着た恰幅の良い中年の男がおり、穏やかな笑みを浮かべたままメイドにドアを閉めるよう合図を送る。

「おやおや、去年の認定式以来ですな勇者殿。そのように勢いよくやってきて、どうされましたかな?」
ドアが閉められたのを確認してから、司教はルベルクに向き直る。
「司教様。体調のすぐれない国王陛下の代わりを務めていらっしゃるあなたにぜひお話ししておきたいことがあります。」
そう言って目の前に出した書類を、司教は手に取ってまじまじと眺める。
「これは…?」
「隣国のゲルトガードが考えているカルドフィアの侵略計画です。カルドフィアに工作員を送り、工作員の作った巨大な術式によって国民を洗脳し、カルドフィアの国民を奴隷にするとあります。」
司教は驚愕のあまり目を見開き、書類とルベルクの顔を交互に見る。
「なんと!ゲルトガードがそのような恐ろしい計画を!」
「はい。このような人道にもとる行為を見逃しておくことはできません。」
力強く頷いたルベルクに司祭は駆け寄り、笑顔でその手を握る。
「ああ、勇者殿に感謝いたします!このことを教えていただかなければ我々の国は滅びるも同然の状態になっていたでしょう!これは我々からの感謝の気持ちです、どうぞお受け取りを…。」

手の上に乗せられたものは金色の金属で作られた蛇の置物のようだった。ルベルクが顔を上げ、これは何かと問おうとした瞬間に金属の蛇がすばやく手首に巻きついた。それと同時に応接室の扉が乱暴に開かれ、衛兵たちがなだれ込んでくる。

「な…司教様!?」
衛兵に囲まれ、うろたえるルベルクを見る司教のまなざしは相変わらず柔らかいままだ。
「勇者殿、あなたは戦いに置いては優秀で正義感の強い勇者らしい人物といえるでしょう。しかし、正義感が強く経験も十分でないゆえに慎重でないところがおありなようだ。」
未だに状況がつかめない様子のルベルクに、司教は尚も言葉をかける。
「そこまで調べがついていたのなら、なぜ工作員が誰なのかまで調べなかったのです?その工作員に証拠を渡してしまう可能性を考えなかったのですか?…まあ、おおかた教団の人間がそんなことをするはずがないと盲信していたのでしょうけどなあ。しかし、計画の内容に頭に血が上って工作員の正体も確かめずに来るとは…。本当に慎重さに欠ける行動です。」

突然かつ衝撃的な出来事であったため状況を把握することすら難しかったが、逃げなければいけない場面であることは明白だ。神速の能力を使えばとりあえずここから離れることくらいはできる。それからのことは逃げた後で考えよう。
司教が話す間にその考えに行きあたって能力を使おうとしたが、その瞬間に腕に巻き付いた蛇が赤く不気味に光り、体に激痛が走った。
呻き声をあげてその場に倒れ込むルベルクに、司教が満足そうな笑みを浮かべる。
「先ほど差し上げたその蛇は呪いをかけた拘束具でしてね。あなたが勇者の力を使おうとするごとに耐えがたい激痛があなたを襲うのですよ。…さて、勇者殿を地下牢にご案内しなさい。」

司教の言葉に衛兵たちがルベルクを引きずるように連行していく。その道中、最後尾にいた衛兵が洗濯場で作業するメイドと視線を交わし、頷き合ったことには誰も気づかなかった。





















「なんですって!?」
遅々として進まない手紙作成作業の最中、勇者を追跡していたクノイチの報告によりアジト内の会議室はにわかに沸き立った。5人全員がその場で立ち上がり、フェミルは前脚をテーブルの上に乗せている。
「それで、連れ去られてからどうなったの!?」
不安な面持ちのレイチェルの前でクノイチは跪いたまま、あくまで冷静に報告を続ける。
「地下牢に連れ去られてからの動向については、夫が現地に残り調査中です。」
「そんな…。」

レイチェルは全身の血の気が引いていくのを感じた。彼女の報告では、ルベルクはカルドフィア侵略の情報を握ったがために捕えられたのだという。そのような重大な情報を持っている人物を、敵がいつまでも生かしておくとは到底思えない。しかもこのまま放っておけばカルドフィアは隣国の奴隷と化してしまうのだ。あの、平和でのどかな国が。

「おい、レイチェル…。」
力なく椅子に座り込んだレイチェルに、ナターシャが心配そうに声をかける。
「大丈夫、ちょっと今落ち着いてるところだから…。」

そう、落ち着くのだ。過去に仲間が捕まってその救出の指揮を執ったこともある。大丈夫。
そう考えながら胸に手を当てて深呼吸し、それから目の前のクノイチに目を向ける。
「…志乃。」
「はっ。」
志乃と呼ばれたクノイチは短く答える。
「城の構造と侵略計画の詳細を至急調べて。そのほかにも分かったことがあればすぐに教えて。」
深々と頭を下げて一瞬で消え失せたクノイチを、レイチェルは様々な感情の入り混じった目で見送った。
その時マレスタは、レイチェルの目に悲しみと怒りが込められているのを感じた。
「あの人もあの国も、失わせてたまるもんですか。」






























囚人服に着替えさせられ、地下牢の前まで連れられてきた。
衛兵の一人が檻を開け、にやにやと笑う。
「ここには重罪人が入れられている。お前はいずれ処刑される身だからな。それまでの暇つぶしに、勇者様の人徳とやらでここの囚人を改心させてみたらどうだ?」

高笑いと同時に地下牢に放り込まれ、体を固い床に打ち付けた。
談笑しながら去っていく声を背に、ルベルクは体を起こしてあたりを見回す。
窓のない石造りの部屋の壁に申し訳程度の松明がかけられ、湿っぽく重苦しい空気が支配する牢屋を照らしている。
牢屋の中には他にも捕えられた男たちがおり、生気のない目で見つめてくるのであった。

しばらくそうして重苦しい沈黙がその場を支配していたが、やがて一人の男がルベルクに近づいてきた。着ている囚人服はぼろぼろで長期間囚われているようだが、それにしては健康的な体つきをしている。

男は品定めするようにルベルクをじろじろ見た後、声をかけてきた。
「お前も、魔物と繋がっていることがばれてここへ来たのか?」
「なんだと!?」
反魔物国家に於いて魔物と関係を持つことは重罪だ。そもそも魔物とは人間を喰らう存在であり、ある時代に魔物の性質が変わる出来事が起こったが、それでも人間をさらう手段が暴力から誘惑に変わっただけであると教会から教えられていた。
驚いた声を上げるルベルクの様子に、他の囚人たちが顔を見合わせて声を交し合う。
「おい、あいつ驚いているぞ。」
「じゃあ魔物と繋がっているわけじゃなかったのか?」
「そういえば勇者だとかさっきのやつが言ってたな…なぜここに?」

胡散臭いものを見る目つきになった最初の男に代わり、筋骨隆々の紳士然とした男が近づいてきた。やはりこの男も見るからに健康そうで、きれいに整えられた金の髪も青い目も、その輝きは失われていないように見えた。
「失礼いたします。あなたは我々とは違う理由でとらえられたようですが、詳しくお聞かせ願えませんか?」







ルベルクの話を聞き終えると、最初に話しかけてきた男が息を吐く。
「つまり、新米勇者が理想に燃えて突っ走った結果、狡猾な奴に見事に足を掬われたと。」
「お待ちください、そんなことを言っては…。」
項垂れたルベルクの様子を見て金髪の男が最初の男をたしなめるが、男は皮肉を込めた笑みを浮かべて続ける。
「別に間違ったことは言ってねえじゃねえか。この世界の汚い部分も、人間の近くにいる存在である魔物のことも、何にも知らないで生きている。おめでたくて乾いた笑いしか出てこねえ。」
「しかし…。」
「いえ、いいんです。」
ルベルクは、項垂れたまま首を振った。
「俺が未熟者なのも、世間のことを知らないのも、すべて本当のことです。」

一瞬何とも言えない空気が流れる。その中で、ルベルクが再び顔を上げた。
「俺は何も知りません。だから、教えてくださいませんか?皆さんのこと。どうしてここにいるのか…。」
















「…つまり、人間の性欲に訴えて誘惑し、つられた人間を食べるという教団に教えられた魔物の情報は誤り。魔物が取る物は男性の精くらいで人間のことは好きだ。そしてあなたたちはそんな魔物たちの夫である。…こういう認識でいいのですか?」
「はい、その通りで間違いありません。」
クレスというらしい金髪の男が頷く。混乱して頭を抱えた様子のルベルクに、彼は苦笑を返すだけだった。
「まあ、いきなり信じろといっても無理であることは分かります。」
何も言わずに頷いただけのルベルクを見て、クレスは一旦離れていった。

ルベルクは、頭の中に灰色のものが渦巻いているような感覚を覚えていた。
今までの自分の信じていたものがすべて否定され、そして信じていたものとは全く違うことを教えられて何を信じればよいのか分からなくなっていた。
魔物と通じてインキュバスになったおかげで、地下牢に閉じ込められたままでもあまり痩せていないということは理屈が通っている。
しかし、同時に魔物たちが一部の男たちは殺さずに洗脳し、自分の手先にしているのではないかという疑念と今までの自分を支えてきたものの崩壊を恐れる気持ちでどうしても納得することはできなかった。

その時、今度は少年が近づいてきた。第二次性徴に差し掛かったあたりの年頃で、その立ち振る舞いからは育ちの良さが感じられる。
少年もほかの男たちと同じく肌の血色もよく、ダークブラウンの髪は艶があり、同じ色の目も特に不健康そうな色ではなかった。

気弱そうなその少年は、ルベルクの前で戸惑いがちに視線を泳がせてから話しかけてきた。
「あの…捕まってからここに来る間にトロールを見ませんでしたか…?」
「いや、この城の中では魔物には会わなかったが…。」
ルベルクが首を振ると、少年は泣きそうな顔になった。

「うう…やっぱり、僕はもうエリナとは会えないのかな…。」
うつむいた少年の肩を、クレスが近づいて優しくたたく。
「そんなことはありません。我々も、そしておそらく魔物のみなさんも脱出しようと努力しています。きっと再びお会いできますよ、陛下。」
「…陛下?」
訝しげに二人を見たルベルクに、クレスは「しまった」という顔をしたが、少年は首を振るばかりだった。
「いいんだよ、勇者をやってたくらいなんだから悪い人じゃないだろうし。」
未だ何かを言いたげなクレスを少年は手で制し、ルベルクに向き直った。
「さっき言った通り僕はカルドフィアの国王、スレインだよ。」

驚いたルベルクが身を乗り出す。
「スレイン様…!?先代のお二人がお亡くなりになったショックで表に出てこないと聞いていましたが、捕えられていたとは…!」
スレインの隣で、クレスが悔しそうに肩を落とした。
「私はスレイン様の護衛をしていた騎士なのですが…お恥ずかしながらあの司教に嵌められました。司教は陛下と側近に魔物を意図的に近づけ、われわれが彼女たちの虜になった時を見計らって、魔物と通じたことによる罪で捕えたのです。司教が我々が魔物と通じていたことを公表しなかったのは、計画実行のめどが立ったので余計な混乱を起こしたくなかったのでしょう。」

言葉を失っている様子のルベルクに、スレインが語り掛ける。その眼には悲しみと寂しさが浮かび上がっているようだった。
「エリナは父上と母上を亡くして落ち込んでいた僕に、花や野菜を作っては持ってきてくれて…時には庭に連れ出して一緒に花壇や畑の世話をすることもあったんだ。エリナは僕を誘惑したくてそうしたのかもしれないけれど、それで僕は立ち直ることができたし、他に何も悪いことはしていない。それなのに、どうして僕とエリナは引き離されてしまうの?魔物と人間が幸せになることが、そんなに悪いことなの?」

スレインの言葉に、他の男たちも一様に辛そうな顔で俯いた。
「俺の嫁、コカトリスだからさ…怖がってんだろうな…。」
「一緒になった時はもう離れられないと思ったけど、実際に離れてみると想像以上に辛いですね…。」
「大人しくしていれば魔物は生かしてやるとは言われたけど、それでも不安だ…。」
皆自分の妻について思いを巡らせ、無事を祈るその姿にルベルクは何とも言えない表情を浮かべた。
「俺は…どうすればいいんだ…?」
15/03/22 20:51更新 / 飛燕
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■作者メッセージ
大変なことになってしまいました。
このピンチ、レイチェルたちは乗り越えることができるのか…?

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