連載小説
[TOP][目次]
3話
「えっ、行ったんですか家に」
「うん、お見舞いに」

私は驚いた

「それで・・・中にあがって」
「あがって?」
「炊事洗濯掃除を一通り・・・してきました・・・」
「・・・・・・」
嬉しそうに話す先輩に私は驚きを通り越して呆れていた

意中の男性に距離を縮めないでほしいと言われ関係があやうくなったのにもかかわらず(つまりフラれる可能性が出てきたにもかかわらず)先輩は何を考えているのだろうか?見舞いに行って家事全般やっちゃうって・・・

純粋に心配しているからなのか、それとも好感度を上げるためなのか
「アプローチを控えたんじゃないですか?」
「そうなんだけど、風邪をひいたっていうからイチかバチかで・・・・」
「行ったら中にあがることができたと・・・」
「うん、そんなに嫌な顔もされなかったから」
「『押してだめなら引いてみろ』だったんじゃないですか?」
「押し引きの加減が大事なのよ」
「はあ・・・」
体調がすぐれない時に代わりに家事全般やってもらったらいやな顔はできないでしょう、
というか義理があるからいやな顔をしなかっただけでは?
あいつが今回の義理で告白を受け入れるかもしない
とは思っても私は言葉にしない
先輩はどこまで考えて行動しているのだろうか?

「それでリーシャにお願いがあるんだけど」
「なんですか?」











次の日


昨日よりは熱は下がったが、まだ平常の体温ではない

「今日は休みたくなかったな・・・」
僕はベッドの中で体温計とにらめっこしている
昨日より体温は下がってはいるがまだ平熱ではない

今日は例の1限必修科目がある日だ
無理をすれば出席できるが、たぶん小泉先輩は休むように言ってくるだろう

小泉先輩は自分の番号を教えてくれたけど僕は番号を教えていないのでこちらから連絡を入れるしかない
携帯電話を取り出す

「昨日はありがとうございました。平熱ではないので今日は授業は休みます・・・」
メールを送る

(念のため・・・)
小言をもらい距離を置きたいが赤井先輩にもメールを送る

数分後
返信が返ってくる

小泉先輩からの返信

今日もゆっくりと体を休めてください。水分を取ることを忘れずに


また数分後
赤井先輩からの返信が来る

カゼは治り際が肝心と聞いた、自分では治ったと思っていても治っていないことがある、食事をきちんととってとにかく寝ておくように

口調はちょっときついが赤井先輩は優しい

言われた通りおとなしくベッドに潜る


こうして寝ていたら小泉先輩がまた来てくれるのではと考えてしまうが・・・・
交通費がかかるのでそう何度も来ることができないだろう












午後



ピンポーン


「・・・・・・?」

小泉先輩だろうか?

上体を起こす


「鍵をかけていないなんて不用心だな」
僕が出迎える前に玄関を上がってきたのは赤井先輩だった

「・・・・・・・」
じつは小泉先輩より顔を合せにくい赤井先輩
お説教電話以来、会っていない

「今日は赤井先輩なんだ・・・」
赤井先輩に聞こえないくらい小さな声でつぶやく

起き上がり廊下に行く

「・・・こんちにちは」
「具合はどうだ」
「まだ少し熱が・・・」
「そうか」
「えっと・・・」
「今日は先輩にはずせない用事があるらしくてな、私が代わりだ」
僕の疑問を察知して説明する

「そうですか・・・」
「なんだ、先輩のほうがよかったか?」
あかららさまに不満そうな顔をする

「いや・・その・・・」
「病人は贅沢言わず、自分の体を気にしていろ」
呆れたようにいうと部屋に入る

「きちんと食事はとっているか?」
「プリンを食べました」
「プリンはごはんじゃないぞ」
勝手に冷蔵庫を開け、中を物色する先輩

「めんどくさいかもしれないが松井の健康はお前自身で管理するしかないんだから」
「はい」
「だいたいその自己管理が」
「わかってます、できてなかったから風邪ひいたんです」
まるで母親のように小言を言う先輩、
心配して言っているので反論はできない

「昨日買い物したと先輩から聞いたが、目ぼしいものが何もないぞ」
冷蔵庫の扉を閉めこちらを見る赤井先輩

「インスタント食品ばっかり買ってきたので・・・」
「野菜はないのか」
「はい」
「・・・・まあ、食べ物の組み合わせによってはインスタントでも栄養バランスは取れるが」
「・・・・すみません」
「先輩から聞いてはいたがまったく・・・」
言いかけて先輩は持参したバッグから水筒を取り出した。

「それは・・・・!」
僕もまた言いかけて驚く
その水筒には見覚えがあった

「朝、先輩から預かってきた」
小泉先輩がいつも持ち歩いている水筒だった

「中身は紅茶だ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、授業するぞ」
「・・・・1限のやつですか?」
「そうだ」
「・・・・・」
一瞬驚くが先輩たちも僕も同じ学科なので別におかしくはない

「私だって教えられるぞ、毎週お前たちのゼミでサポートしているし、家庭教師していること言っただろ」
僕の沈黙が先輩には不安の表れと見えたのか少し心外そうに言う

「そうでした、すいません」







1時間後

僕は赤井先輩に教えてもらっていた



「つまり・・・・・・・ということで・・・・・」

「今でこそこの説の評価は・・・・・」

「・・・・・・・・・といわれていて」

「この部分は難しいから名前だけ覚えていればいい。次に・・・・・」

「この表に載っている通り・・・・・・」

「さっき言ったところとここは・・・・・」

さすがというか当然というか赤井先輩の教えも分かりやすかった

さっきも触れたが赤井先輩は口調こそきついが結構優しい
だけど優しい内容もきつい口調で言うから誤解されやすくて友人も少ないし、恋人いまだにいない

「今、余計なことを考えていなかったか?」
「考えてないです」

10分後

「・・・・・・というわけだ、区切りがいいからここまで」
「先輩の教えも分かりやすかったです」
「ここまでしているのだから落とすなよ単位」
「はい」
「小泉先輩のためにも」
「は・・・」
「は?」
「はい・・・・お世話になっているので」
「・・・・・・」
ジト目でこちらを見る赤井先輩

「なんですか?」
「いや、何でもない」
「小泉先輩のことなんですけど・・・」
「前に松井が言った通り、恋愛未経験者の私に恋愛相談は無理だ」
「はい」
「だが、コミュニケーションとしてお前と先輩の関係についてならアドバイスはできる」
「コミュニケーション?」
「そうだ、よくコミュニケーションはキャッチボールに例えられるだろ?読んだ本の受け売りだがこれは恋愛にも通じるそうだ、」
「はあ」
「まず松井は告白された。キャッチボールで言うとボールを受け取ったことになる」
「はい」
「そして受け取ったボールをどうしたらいいのかわからないでいるのが今のお前の状態だ」
「・・・・」
「しかし実はボールを投げ返さなければいけないことは分かっている。つまり何かしらのリアクション(返事)を求められていることは理解している」
「・・・・はい」
「ではなぜボールを投げることができないのか、わかるか?」
「・・・・・・・」
「松井は投げた相手に背を向けているからだ。先輩を見ていないからだ」
そう言われた瞬間、ドキッとする。
小泉先輩を避けていたことをズバリ言い当てられた
まるで探偵に追い詰められた真犯人のような気分だ
全身が緊張で硬くなる
先輩はそんな僕をよそに続ける

「相手に向き合っているようで向き合っていない。それでは相手が見えないから距離も方向も分からないから投げられない。そして何より相手の状態が分からない、ボールを受け取れるよう構えているか否かわからない。そしてそんな状態で1人ボールを見つめ握り方とか力加減、投げる方向を考え込んでいる、しかし相手を見ていない限りそのような行為は無意味だ、現実を見ていないからな」
「・・・・・・」
「幸いなことに投げた相手、小泉先輩はお前が少しでも投げやすいようにと、告白以外のボールを投げてきた」
「短い会話とかのアプローチのことですか?」
「そうだ、しかしどんなに先輩がボールを投げてもお前は投げ返さなかった、そしてお前から話しかけることはなかった。コミュニケーションとしては破たんしている」
かなりきついことを言ってくる、が当たっているので言い返さない
「ボールが来てもお前は背を向け考えているので適当に受け流している、むしろ考えることを妨げられて困っている、だから近づかないでほしいと言ってしまった、背を向けたまま」
「・・・・・・」
僕のが犯してしまったことを糾弾されているようでつらい

「そんな松井に私からのアドバイスだ、顔をあげろ」
顔をあげる
先輩は真顔だったがぼくにはほんの少し優しい表情に見えた
「ボールだけ見ていては始まらない、まずは相手を見ろ、見るだけでいい」
「見るだけ?」
「つまり先輩と向き合うんだ」
「向き合う?」
「物理的に向き合うことではない、松井は小泉サラという人物をどう感じたか考えるんだ」
「・・・・・・」
「まさか何もないわけないだろ?」
「優しくて、美人のダークエルフです」
「他には?」
「昨日ここにきて作ってくれたおじやが美味しかったんです、なので料理の腕前はかなりあるのではないかと」
「なるほど」
「でも、なんというか、それだけでは判断できないです」
「できない?」
「はい、小泉先輩の情報が少なくて判断できないんです」
「先輩のことに限らず情報が少ない時はどうする?」
「調べます」
「そうだ」
「・・・・・・どうやって?」
「まだ気づかないのか?」
「何がでしょうか?」
赤井先輩は自分のことを指さす
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ」
ようやく先輩の言いたいことが分かった
「赤井先輩は小泉先輩の後輩だから先詳しく知っていましたね」
「そうだ、やっとわかったか、告白されてから私に質問しに来ると思っていたが、今日の今日までないとは」
呆れる先輩
「それで、どんな性格なんですか?」
「そうだな・・・・優しい、小泉先輩は優しい方だ」
抽象的な答えだ、優しいということは僕も接していてわかっている
「優しすぎるくらいだ」
一呼吸おいてそう答える
「優しすぎる?」
その言葉が引っ掛かる、そりゃ赤井先輩にも優しく接しているのは見ていてわかるけど
「なんといえばいいのか・・・やさしさが過ぎて遠慮して腰が低いというか、周りに気を遣いすぎているというか、周りに流されやすいということでもないが、ダークエルフにしてはらしくない大人しい性格だ。年相応ということを差し引いても・・・ガツガツしていない、ダークエルフとしては本当に珍しいと思う。松井に積極的に話かけるほうが珍しいくらいだ」
「そうなんですか」
「ただ先輩、友人や私のような後輩はたくさんいる、優しさが人徳になっているからだろう」
「松井と先輩が話しているところを見たことがあるがその時の先輩は松井以外の人と話している時より明るく楽しそうに見えたがな」
「ほんとですか」
「まあ私の気のせいかもしれないが」
「逆に怒ることって・・・・」
「怒ることはないが注意すること、叱ることはある、先輩として大人として、そこはきっちりしている」
「そうなんですか」
「まあ、みんな先輩に気に入られたくて先輩の前では良い子なるから叱ることはほとんどないが」
「ダークエルフだからではなくて?」
「怒らせると怖いからということか?」
「はい」
「そんなことはない、先輩は鞭を携帯していないし、優しさだけで人を動かすダークエルフらしからぬダークエルフだ」
「優しくて芯の強く物知りでそれでいて気取らないから自然と周りに人が集まる、人徳のある先輩だ、私は素晴らしい先輩に出会えたと思っている」

「松井はどうなんだ?話を聞いて現時点でお前にとって小泉サラの存在は?」
「すごくいい人です。昨日もいろいろしてもらって」
「そうか・・・この間も言ったが・・・・これ以上言う必要もない、私は帰る」
「先輩今言ったことは」
赤井先輩は荷物をまとめ立ち上がる
「先輩には言わないから安心しろ」

遅れて立ち上がり礼を言う
「ありがとうございました」

「これで少しはボールを投げ返す準備ができたと思うぞ」
「はい」
「あとはお前次第だ。どんなボールを投げようだ自由だし、私が口出すことではない」
「・・・・・・」
「ボールを受け取ってくれるか心配か?」
「はい」

返事を先送りし続け、ろくに向き会わず、あげく傷つける発言
逆の立場だったら返事をもらう前に諦めている

「しかし、お前は先輩に告白の返事という意味で近づかないでと言ったのではなく、アプローチを控えてほしいという意味で言ったのだろう」
「はい、だから言い方が悪かったと思ってて、返事はまだしないつもりでと思っていたので」
「安心しろ、先輩はフラれたとは思ってはいない、だから昨日お見舞いに来たのだろう?」
「そうですね、そうでした」
「だから、松井」
「はい」
「先輩を信じてボールを投げ返せ」
「・・・はい」

玄関で先輩を見送る
「いろいろ言ったが最後にもうひとつ、感情とか好き嫌い、恋愛は理屈ではないそうだ」

そう言って先輩は玄関を出ていった


今度、小泉先輩に会う時はちゃんと返事をしよう
と思ったのだが

「理屈じゃないって・・・・・」

この言葉が気になる

「優しすぎる・・・・」

この言葉も気になる












数日後


風邪が治り数日後、僕は小泉先輩を探していた
先輩とは同じ学部なので出入りする校舎も同じはずなのだが未だに出会えずいる

ベンチに座ると携帯を取り出し電話帳画面を出す
「・・・・・」
最終手段、電話で居場所を聞いて渡すをいよいよ実行する時が来てしまった
できれば、使いたくなかったこの手段
なぜなら・・・

「なんて言おう・・・」
未だに返事ができていないからだ

もう付き合っちゃえよと言われそうだが
小泉先輩についていろいろ気になるのだ
優しすぎるとか腰が低いとか

「う〜ん」

だから発信ボタンが押せない

「・・・だめだ、押せない」

顔をあげる

「・・・・あ!」

顔をあげた、目線の先に

「小泉先輩」

がいた、友人と思われる人と立ち止まって話している

どうしよう、どうしよう
どうしようじゃないだろう、ショウゴ、渡すんだろ水筒とお礼のお菓子を
ここで逃げたらダメだ、話が終わったらすぐに声をかけるんだ
自分を奮い立たせる

数分後
立ち話を終えた先輩が一人歩き出す

立ち上がり後を追う
少し歩いたところで

「小泉先輩」
初めて僕から声をかけた
しかし、聞こえなかったのか先輩は振り向かない

「小泉先輩」
もう一度声をかける
先輩が振り向く

「松井くん」
こちらに寄ってくる先輩

「もう大丈夫なのね」
先輩は僕の姿を見る

「はい、おかげさまで、で先輩、この間は本当にありがとうございました」

松井は水筒とお菓子を手渡す

「わざわざ、ありがとう」
「えっと、それで告白の・・・・」
言い終わる前に先輩の人差し指が僕の唇に触れる
「静かに」というあのポーズだ ただし自分の口に指をあてるのだが

「ごめんね、今急いでいるから返事は日を改めて・・」

申し訳なさそうな先輩
僕の唇から指をはなす

「わかりました」
たぶん顔が赤くなっている僕
「本当にごめんね」

足早に去る先輩
立ち尽くす僕

「・・・・」

これは救われたのだろうか?
とにかく、水筒のお礼はできた



15/05/05 22:42更新 / 明後日の女神
戻る 次へ

■作者メッセージ
「じゃーん」
「そのお菓子がどうしたんですか?」
「松井くんからお見舞いのお礼にって」
「お礼・・・・私にはお礼のメールだけだったんですが」

久しぶりの更新です。ストーリーの流れは決まっていたのですが細かいところをちょこちょこ変えていたので気づけば年末。続きを書かねば忘れられてしまう・・・

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33