連載小説
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2話
自分の持つイメージと現実が違うことはよくある。

注文した料理がメニューの写真よりショボかったり、つまらないと思っていたドラマが意外にもおもしろくて途中から見はじめたり、ダークエルフの先輩がとても優しかったり・・・・・

つまり僕たちは偏見で対象を見ている

この3週間、平日は毎日小泉先輩と顔を合わせている。と言っても付き合い始めたわけではない

先輩が僕に声をかけてくるのだ。



例の1限の講義

「おはよう、松井君」
「おはようございます」
「今週は教科書忘れてない?」
「今日は大丈夫です」


帰り道

「松井くーん」
「先輩」
「今帰り?」
「はい」
そのまま途中まで一緒に帰る

昼休みの食堂

「隣席いい?」
「・・はい」
食べ始める先輩
「そのおかずおいしそう」
「・・・食べます?」
一口分あげる
「いいの?ありがとう、お返しに・・・」


スーパーで

「松井君、こんばんは」
「・・こんばんは」
「・・・・その買い物だと晩ご飯は○○かな」
「まあ、そんなとこです、先輩は?」
「私は友達と集まるからお菓子とか買い出し」



とまあこんな感じだ
声をかけてきて少しの間会話をする
毎回の他愛ない会話により僕の中での(小泉先輩限定だが)ダークエルフのイメージは急激に良くなっている

さてその先輩とはさっき説明した通り毎日会っている。先輩は悪意があってしているわけではないし、僕も迷惑に感じているわけではないが、なんというかペースを乱されるというか。このアプローチにい慣れないでいる。
加えて、周りから付き合っているのではと勘違いされる可能性があるのだ。







ゼミ終わり

部屋には僕と赤井先輩 

「最近、小泉先輩のアプローチが激しいんですけど」
「そりゃそうだ、お前のことが好きなのだから良い返事もらえるよう積極的に仕掛けて来るに決まっている。お前もいい加減返事をしろ」
冷静に答える赤井先輩

「それがなんというか・・・・・いやなんですけど。というか他人事みたいに言わないでください」
「そう言われても実際他人事だからだな、私は2人を引き合わせただけだ。後のことは2人どうにかしてほしいというのが本音だ」
「さっきも言った通りアプローチが多いのでやめてほしいなと・・・」
「なら、告白に対する返事をすればいい、断るなら止まるし、付き合うなら迷惑にはならなくなる」
「そんな・・・・先輩から言ってくださいよ」
こちらは返事だって決まっていないのに、単純にラブコールというかアピールというかアプローチだけをやめてほしいだけなのだ

「面と向かって言いにくいからと私を使おうとするな、この間言っただろう自分のことだから直接会って伝えろと」
「いやでも、先輩のこと傷つけちゃうかもしれないし・・・・」
「相手を傷つけるとわかっていたら傷つかないように伝えればいい、これも社会勉強だ」
そういうと先輩は荷物をまとめゼミ室を出ていく。

「そう言われても・・・・・」
どう伝えようか?


僕が先輩をいい人だと思っても素直にわかりました、付き合いましょうとは言えない。魔物娘と付き合うということは結婚とイコール関係になるからだ
人間と違ってとりあえず付き合うというわけにはいかないのだ

ダークエルフは気に入った男性を愛玩具か奴隷のように扱う、それが彼女たちの愛というが僕には理解できない
先輩がどれだけ優しくても付き合い始めたら扱いが変わる(彼女たちにとっては扱いの格上げ)というのは嫌だ。










部屋を出て、階段を下りる。
踊り場で立ち止まりつぶやく

「アプローチが激しくて困っているなんて、贅沢な悩みを・・・・うらやましい・・・・恋愛で悩めるなんて」










数日後の夕方

僕と小泉先輩は駅まで一緒に歩いていた
当然会話しながら歩いている
会話と言ってもほとんど先輩が話しかけて、僕がそれに答えるという一方的なやり取りだ

赤井先輩に直接伝えろと言われてから数日、ようやく言い出すタイミングが来た
今日こそ言いたいことを伝える
意を決して話しかける

「先輩」
「なに?」
「その・・・・いつもありがとうございます、話しかけてくれるのはありがたいですし、先輩が僕のこと好きなのは十分伝わりました」
「いえいえ」
「でも」
「・・・・でも」
「これ以上近づかないでほしいんです」
俺の言うことに戸惑う先輩

「どういうことかな?」
「だからその・・・迷惑というか迷惑じゃないというか」
「・・・・・」
「好きとか嫌いとかそういうことでもなくて」
自分でも何が言いたいのかわからなくなってきた。一番初めに近づかないでほしいといったのがまずかった
フォローの言葉が出てこない
先輩は黙ってしまい気まずい空気に

「・・・・・・・・・」
「えっとつまり・・・」
「・・・・・・・・・」
「告白の返事とは別のことなんです」
「・・・・・・・」
「会うたびに声をかけてほしくないんです・・・・嬉しいんですけど」
「・・・・・・・ごめんね、私、調子にのってたね」
「え」
「ごめんなさい」
小泉先輩は足早に立ち去る
何か言葉をかけなければいけないのに出てこない
ただ後姿を見ているだけだった
「・・・・・・・・」

僕の言いたいことが先輩に伝わったと思うが
かなりネガティブなニュアンスでだろう

たぶん先輩はもう話しかけてこないだろう
でも、これでは僕のほうからも声をかけづらくなってしまった
このまま告白がうやむやにできればいいと思ったが気分が晴れない

告白を断って相手が傷つくのはしょうがない、先輩だって覚悟の上で告白してきたはずだ
でも今回は違う、僕の言葉選びの悪さで先輩を傷つけてしまった。




その日の夜

赤井先輩から電話がかかってきた

「もしもし」
「松井」
「はい」
「松井・・・・お前はバカか」
先輩はひどくあきれた口調で話す

「・・・・・・えっと」
「先輩のことだ」
「・・・・はい」
背中から全身が冷えていく感覚。
いきなり怒鳴られたわけではないのに体かこわばり思考が停止する。
言葉が出ない。
赤井先輩の冷たくとがった声が耳に突き刺さる。

「確かに言いたいことは直接伝えろと私は言った」
「・・・・・・」
「だが告白を断るでもなく、受け入れるでもなくただアピールをやめてほしいってお前は何を考えているのかわからない」
「・・・・・」
「私が先輩の立場なら真意が知りたいからその場で理由を聞く」
「・・・・・」
「返事をせずあいまいなお前の態度が先輩にあのような行動に駆り立てているのがわからないのか?少しは相手の気持ちも考えろ」
「・・・・・」
「私は健気にお前に接している先輩の姿を見ていてつらい、そしてお前の態度にイラッとくる」
「・・・・・」
「告白されて3週間も返事をしないというのはさすがに相手に失礼だ、お前にとって大事なことだから悩むのも分かる、が先日も言ったがいい加減態度を決めろ、話はそれだけだ」
通話が一方的に切れる

何も言い返せなかった
先輩の言う通りだ
いつまでも返事をしないから小泉先輩は僕にアピールしてきたのだ
返事を先送りしてきた全面的に僕が悪い



「・・・・・・・」
急速に罪悪感と後悔の気持ちが持ち上がってくる。
言い表せないくらい不快な気分
どうしよう、
どうにかしたのもどうしようもない、







言いたいこと伝えた私は通話を切って携帯を閉じた

「・・・・ありがと」
先輩は申し訳なさそうに縮こまって座っている

「傷つけたくない気持ちはわかりますが、こういうことは言われた時にすぐ聞かないと聞きづらくなるんですからね」
「ごめんなさい・・・・わかっているんだけど」
「・・・・・・・私こそごめんなさい










次の日

「ショウゴ、明日の夜空いてる?」
「空いてるけど、何?」
「サークルで飲み会というか合コンみたいなのするんだけど、欠席が多くてさ、座ってるだけでいいからさ参加してくんないかな?」
「・・・いいけど」
「ありがと、マジありがと」



次の日の夕方

僕は誘われた例の飲み会に出席していた

少しは気分が変わるかと思ったがそうでもなかった
周りが盛り上がれば盛り上がるほど気分が落ち込んでいく気がする

僕はひとり部屋の隅で飲んでいた(もちろんソフトドリンク)


自分の言動で人を傷つけてしまった
どうにかしたいが方法がわからない
そしておとといから今日まで小泉先輩は声をかけてこなかった
あんなこと言ってしまったのでこちらからもアプローチしずらい


飲み会は始まって30分ですでに2組ほどカップルが成立して内1組は店を出て二人だけの世界に行ってしまった

正直、盛り上がっているこの場にいるのがつらい
「帰ろうかな・・・・・・・」



「どうしたの?暗い顔してるよ」
「・・・はい?」
不意に声をかけられた
声がしたほうを向くと女性が心配そうにこちらを見ていた。
この飲み会に参加した他校の人で、人間の姿をしているけどサキュバスと自己紹介していた

「えっと・・・」
「一人で飲んでないでこっちで話さない?」
一人で飲んでいる僕に気遣って会話の輪に誘ってくれている

「すいません・・・」
ほっといてください とは言えなかった

それでは小泉先輩の時と同じだ
また傷つけてしまう
人の善意は丁寧に扱わなくては・・・


「どうかしたの?」
「気遣いありがとうございます、でも大丈夫です」
立ち上がると誘ってくれた友人に声をかける

「どうした?」
「誘ってくれたうれしかったんだけどさ、ごめん、今日はもう帰る」
「え?」
「気分が乗らない」
「・・・・・わかった、気をつけて帰れよ」
飲み代を払い店を出た。


街灯が照らす薄暗い道を一人歩く

全てを投げ出して逃げたい気分だった

角を曲がると僕は走り出した

「うあああああああああああ」

誰もいない夜道を一人叫びながら走る

こんなことしても意味はない
でもやらずにはいられなかった
こうして走っていないと気分が沈んでしまう


200mほど走り、立ち止まる

額が少し汗ばんでいる
上体を下げ、手を膝につけ、息を整える

「はあ、はあ、はあ・・・・」


クシュンッ

くしゃみが出た。

きっと赤井先輩が僕のことで何か言っているのかもしれない















ひとり暮らしである以上は何でも自分でしなければならない


たとえ風邪をひいて体調がよくなくても



現在、風邪薬ほか必要なものを買い、歩いて帰宅中である
体中がだるい、頭がくらくらする
昨日、居酒屋から帰った後、窓開けっ放しで布団もかけずに寝たのが悪かったのか

「重い・・・つらい」
2リットルのスポーツドリンクが2本入っているので買い物袋は重い
病の身で重い買い物はやめておこう
こういう時、同居していると誰かが面倒を見てくれるのだが




例えば小泉先輩とか




って何を考えているんだ、
小泉先輩とはもう関係が途切れちゃったし
たぶんそのことで赤井先輩にまた小言を言われるかもしれないし

「・・・・最悪だ」
学校に行く気が起らない、風邪が治っても部屋にこもっていたい



自宅近くまで来た時、少し離れた反対側の歩道に見覚えのある人物がいることに気付く

「・・・・・!」

小泉先輩だった

なんでこんなところに・・・・・もしかして僕を見舞いに?

でも、そんなはずは・・・・・・結構ひどいこと言っちゃったし


先輩に見つからないように足早に自宅に戻る。

玄関を上がるとうがい、手洗いをして、買ったものを冷蔵庫に入れ、薬をテーブルに置き、スポーツドリンクを飲み、ベッドに倒れこむ

しばらくして

ピンポーン

インターホンが鳴る

「松井くーん、居るー?」
予想通り小泉先輩だった

「・・・・・」
このまま居留守を通す

「留守かな?でもさっき中に入るの見たし」

見られていたか・・・
先日、あんなことを言ってしまった手前、先輩には顔を出しにくい

でも
ここで居留守を通したら先輩をもっと傷つけてしまう

起き上がると玄関までいく

「・・・・小泉先輩ですか」
ドアの向こう側にいるであろう先輩に声をかける

「そうだよ、やっぱりいたんだ」
先輩の明るい声が返ってくる

「・・・・・」
「お見舞いに来たんだけど、顔見せてくれるかな」

小泉先輩が見舞いに来きてくれた・・・・もう近づかないでほしいとは言えない

「風邪移しちゃうかもしれないし、薬も買ったので大丈夫です」
「魔物娘は体丈夫だから問題ない」
「・・・・・・・」
「ご飯は食べたの?」
「・・・・今日はまだです」
「そう、栄養のあるものを食べないとね、野菜とかあるの?」
「・・・・・とにかく大丈夫です」
「お願い」
「・・・・・・・」
「自分の知人が苦しんでいるのを・・・・いやそんなこと関係ない、苦しんでいる人がいたら見過ごせるわけない」
「・・・・・・・」
「図々しいのことはわかってる、でも・・・お願い、顔を見たら帰るから・・・・」

つまみ式のカギを開錠する
扉を開けると小泉先輩が心配そうな顔で僕を見る

「開けてくれてありがとう」








「もうすぐできるからね」
僕の顔を見るだけだったはずの先輩はいつの間にかてきぱきと台所で何かを作っている。
病人が料理するのは大変だから・・・・とか何とか言って部屋に上がってきたのだ

で、病人である僕はベッドで寝ている
「先輩」
「なに?」
「その・・・どうして僕が家にいることを知っているんですか?」
「リーシャから聞いたの」
「そうでしたか・・・」
たしかに赤井先輩に風邪ひいたとメールしたが・・・・


10分後


「どうぞ、熱いから気をつけて」
「いただきます」

先輩は残りごはんと冷蔵庫にあるものを使っておじやを作ってくれた
茶碗に盛られたおじやを口に運ぶ
先輩は黙ってみている

「・・・・・おいしいです。すごくおいしいです」
ただのおじやなのにとてもおいしかった
なんというか・・・・・幸せだ

「松井君、鼻出ててる」
ティッシュを差し出す
「すいません」
鼻をかむ

「今のうちに洗濯物たまっているみたいだからやっておくね」
今の先輩は断ってもやると言ってきかないだろう

「・・・・お願いします」
素直にお願いする








「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

先輩は食器を流しにもっていき洗い始める

「先輩」
「なに?」
「この時間帯は授業ですよね」
「・・・・そうだけど、一回くらい休んでも問題ないから」
少しばつが悪そうに答える先輩

その答えに僕は感謝の気持ちと罪悪感を抱いてしまう

「風邪ひいててもお風呂に入っていいらしいけど今はつらいよね、ご飯食べて汗かいてるしタオルで拭いて着替えようか」
「はい」

レンジで蒸しタオルを作り僕のところに持ってくる

「服を脱いで」
「自分でできますから」
あれこれやってもらいっぱなしで嬉しいがさすがにこれは自分でやりたい

「背中は無理でしょ」
「・・・・・分かりました」
上半身だけ服を脱ぐ

「失礼します」
先輩は首から背中、腰の順に優しくいたわるように拭いていく

「前は自分でできるので」
「はい」
タオルを手渡される

「恥ずかしいので」
「うん、わかった」
先輩は部屋を出て洗濯機のある脱衣所に向かった







お昼過ぎ

玄関で先輩を見送る

「ありがとうございました」
「冷蔵庫にプリンとゼリー入れておいたから」
「はい」
「何か必要なもの、困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
そういって先輩はメモ用紙を渡してきた
受け取り、見ると電話番号とメールアドレスが書いてある

「・・・なんで」

先輩にひどいこと言って傷つけてしまったのに
どうしてそこまで僕にあれこれしてくれるんですか?
なんて聞けなかった

その答えはもう知っている




「好きな人が困っていたら助けたくならない?」




先輩はその思いだけで
いや、その思いだからこそ

「なに?」
「何でもないです、わかりました」
「横になって何もしないのは暇だと思うかもしれないけど、体を休ませておくことが治す近道だから」
「はい」

先輩は玄関を出る

僕はサンダルを履き、鍵を・・・・・かけなかった



部屋に戻りメモ用紙に書いてある番号とアドレスを携帯電話に登録する
それを終えるとベッドにもぐりこみ部屋を見渡す

ここからは見えないが台所の水切りには先輩が洗った食器が入れてある。
ベランダには先輩が洗ってくれた服が干してある。
廊下には先輩がまとめてくれたゴミ袋が置いてある。
そしてさっきまで汗をかいていたこの体は先輩が蒸しタオルで拭いてくれた。

僕に授業に遅刻しないよう、寝ないよう言ってきた先輩が僕の面倒を見るために自分の授業を休んでいる。


先輩はまだ僕のことを諦めていない


14/06/25 19:35更新 / 明後日の女神
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■作者メッセージ
松井くんは小泉先輩の登場という状況の変化の戸惑っていているわけです。だから彼にとっての日常(=小泉先輩がいない)を取り戻そうとしたのですが、実はすでに毎日先輩と会うことが当たり前になってしまっていて、先輩がいない環境にも戸惑ってしまう。松井はまだ自分の感情に気づいていない。だから小泉先輩にどう接していいか困ってしまう。いや無意識のうちに先輩が気になっていることから目をそらしているといったほうがいいかもしれません。

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