ファイト!
― 魔法 ―
魔物娘と呼ばれる彼らは単体で我々の科学技術の範疇を超えた事象を発生させる。
されど、それを「魔法」と単純に一括りしてしまっては思考停止しているのと同じだ。
丹念に調査と考証を行えば、これらの事象は我々の科学原則に則っていることが理解できる。
例としてあげるのなら、「竜種」の飛行技術だ。
彼らは翼をはためかせて空中の広がる生命エネルギーを集め、翼後端から背後に押し出して飛行している。いうならばオールでボートを前方に進ませることに近い。
確かに「生命エネルギー」という概念は我々の科学原則には存在しない。
だがしかし、それが生命エネルギーがこの世には存在しないと断ずることはできない。ただ単に我々の科学がその存在を無視していただけに過ぎないのだ。
ある作家は「高度に発展した科学は魔法と変わらない」と述べたが、これは自分達に理解できないことを都合のよい「魔法」で片付けていいと言っているわけではない。
魔法や魔術に思えることでもその裏には隠された「理論」や「原則」が存在し、それを見抜かなければならないという心構えを説いたものだ。
〜 里中里桜著「竜たちの天空航法」より抜粋 〜
ギィ・・・
ここは竜翼通りにある「門の向こうの国」から来た旅行者を対象にしたバーの一つ。里桜はスツールに腰掛けるとカウンターの向こうのバーテンドレスに声を掛けた。
「ご注文はいつもの身体に悪い酒かしら?」
「ああ頼むよ」
予定より早く報告書を書き上げた里桜は暇を持て余していた。帰りの飛行船は三週間後。普通の旅行者なら観光に出掛けることもあるが、「学園」で魔物娘を見慣れている彼にとっては特に心惹かれるものではない。
ホテルの部屋にいても気分は明るくなれず、こうしてバーで酒を飲んでいる。
ゴトッ
彼の目の前にメキシコで「カバジート」と呼ばれる、細い試験管のようなショットグラスが置かれる。置かれたグラスを見ると中にはウィスキーやブランデーと異なり淡い琥珀色をした液体が満たされていた。
― ドンフリオ・アネホ ―
最近大手の酒販会社が取り扱い始めたテキーラで、比較的重い味わいの多いテキーラのアネホ(古酒)の中でもリュウゼツランの持つ爽やかさを残しつつも落ち着いた後味を感じることのできる銘酒である。
アネホだけに一瓶6000円程するが、このクォリティーなら納得できる。
彼は軽くテキーラの香りを楽しむと、それを一気に飲み干した。見せつけるようにブランデーグラスで高いテキーラをちびちび味わうのは少々スノッブ(気取り屋)だ。そんなことをするのはハリウッドの浮かれ者くらいだろう。素直に作られたテキーラはこうして味わうのがいい。
「テキーラの楽しみ方がわかっているわね。ところで上物の虜のワインが手に入ったんだけど試してみない?」
ドラゴンのバーテンドレスの目の奥が妖しく輝いていた。「虜の実」から醸造される外地名産の「虜のワイン」は口当たりが良く、気が付いたら腰砕けになることが多い。知らずにお持ち帰りされて、翌朝ホテルの自室で起きたら隣に見知らぬ魔物娘が寝ているなんてことはごめん被る。
「止めておくよ」
里桜はやんわりと彼女の誘いを断った。
「あらつれないわね。心に決めた娘が居るのかしら?」
彼女の言葉に少し思案し、彼は口を開いた。
「ただ・・・。ドラゴニアを離れる前に一言別れを言いたい人がいるだけさ」
里桜は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「彼女」 ドラゴンゾンビのダリアが姿を消してもう一週間。
あの屋台の男と約束した通り僕は彼女と会う気はなかった。
だが気付くといつも彼女の姿を探していた。人混みで足を止めて振り返ったこともある。
そうして・・・・、ふと我に返り自己嫌悪に陥るのだ。
〜 馬鹿だな・・・ 〜
「門の向こうの国」、つまりは「日本」では魔物娘を大々的に受け入れている。だが幾つかの種族は入国することができない。
ローパーや寄生スライムのような明確な意思疎通ができず、無差別に魔物化を行う種族
マタンゴやウシオニのような広範囲にパンデミックを引き起こす可能性のある種族
特にドラゴンの戦闘力と腐敗のブレスによる広範囲のゾンビ化を引き起こすドラゴンゾンビは例外なく日本へは入国できない。
かつて「レーム」と呼ばれるデーモンのテロリストがメキシコでドラゴンゾンビを召喚した時は、メキシコ全土が死の国よろしくゾンビとスケルトンの楽園と化してしまった。
もっとも血で血を洗う抗争を繰り広げる麻薬組織やギャングも一緒に壊滅したため、今ではスケルトンがほのぼのとマカイモを育てる牧歌的な魔界農業国へと変わった。
そのためドラゴンゾンビは核兵器並みの扱いを受けている。
いくら「学園」といえどもルールは厳密に適応されているのだ。
ヒュッン!!
「決闘中によそ見なんて余裕があるのか!!!」
もはや日常茶飯事となったイリスとの決闘。今回は何時にも増して闘争心が強い。
流石に何度も感電させられているからか今回は武器を変えてきた。
以前のロングソードよりも小型なショートソード。
いつものように籠手で掴んでのスタンパルスは不可能。
「・・・・後始末が大変だからあんまりやりたかなかったけど」
僕はイリスから距離を取る。
「プロテクト1解除。煙幕弾装填!全弾発射!!!!!」
腰と背中から乾電池サイズの小型ミサイルが無数に発射され空中で炸裂しイリスを覆い包む。
クラーケンの墨が主成分の煙幕は彼女の視線を完全に闇に閉ざした。
「クッ!」
無闇やたらにショートソードを振り回し彼女が叫ぶ。ただの煙幕なら散らすという意味でその行動も意味があるが、クラーケンの墨が主成分であるこの煙幕はそれくらいじゃ晴れない。
「クソ!!飛び道具なんて卑怯だぞ!!!」
僕は冷静に彼女の背後へ忍び寄り・・・
「はいスタンパルス」
「んっッほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
イリスの絶頂の声が竜翼通りに響き渡った。
「なんだいシケた面して。恋人にフられたか?」
いつもの紅白亭。
「恋人だとぉぉぉぉ!!誰だ!!誰に中出しした!!この私を差し置いて里桜の精を頂くとは許せん!!!!」
隣のイリスが先ほどのショートソードを抜いて激怒している。
イリスは僕がいつもの紅白亭でラーメンとチャーシュー丼のセットを食べていたら店に入ってきた。
動いた後は腹が減るから来たと本人は言っていたが、ならなんで僕の隣に座ってきたんだ?
まぁ、彼女は無類の決闘好きということを置けば話していて楽しいからいいんだけど。
「紅さん、そうじゃないですよ・・・・」
「そうか?俺には恋人を失くしたように見えたぜ」
「・・・・・」
僕には恋人はいない。
神経系の病気で歩くことさえできない僕を愛してくれる人間はいままでいなかった。
実の親でさえ僕を疎んだ。
上司のパオラ・クライン先生が助けてくれなかったらこの歳まで生きていけなかっただろう。
「傭兵時代に30回恋人にフられた人生の大先輩から忠告するなら・・・さっさと忘れてなんでもいいから次の女探して抱きにいけ。そうすりゃ大概の事は・・・・イテテ!」
「あ・な・た〜!何馬鹿なこと言ってんの!!!!」
奥さんのましろさんが紅さんの頬を抓る。
「いや研究レポートの提出を上からせっつかれてましてね」
― 嘘だ。本当は・・・・ ―
「そうか・・・勤め人は辛いからな。このおつまみチャーシューはおごりさ」
紅さんが皿をテーブルに置くと、そっと耳打ちした。
「今度いい女のいる穴場に連れてってやるから頑張りな」
「はい・・・・・」
紅白亭から出ると僕はあてどもなく街を歩く。
「離せぇぇぇぇぇ!!!!!!」
うっかり「ドラゴンを食べさせてくれ!」とでも言ってしまったのだろう、若い男性が給仕服を着たドラゴンに宿屋へ連行されていた。
空に目を向ければ竜騎士団が午後の哨戒をしている。
暖かく優しい世界。
ずっとずっといたくなる。
でもそれはできない。
少なくとも僕には仕事がありここへ来たのもその一環だ。
僕には僕の世界があり、此処には此処にいる人々の世界がある。
「もう・・・潮時かな・・・」
少し予定を早めて日本に帰ろうか、そう考えた矢先だった。通りの人混みの中、肩までの白髪、ズタボロの衣服の少女の姿が見えた。
「ダリア!!」
僕が呼びかけるが彼女は僕の方を見ることもなく、手にした袋を大事そうに抱えながら道を歩いていた。
「ダリ・・・・・」
僕が彼女に近づくと彼女の異常に気が付いた。
顔は赤く荒い息をしている。歩き方も不規則でまるで足に力が入らないようだった。
流感にかかったかのような症状。只事ではない。
「ダリア!待ってくれ!!!」
僕が必死に声を振り絞るが振り向くことなく、彼女は道の向こうへと消えた。
― 竜の墓場 ―
観光客や移住者を広く受け入れているドラゴニア。それでも一般人、いや魔物娘さえ近づかない場所がある。
それがここだ。
核兵器扱いされるほどの危険なドラゴンゾンビが生息するこの場所に足を踏みいれることは人生の墓場行きを意味する。
なぜなら踏み入れた瞬間にドラゴンゾンビに犯されてしまい彼女達の飢えを満たすための夫にされてしまうからだ。「墓場」で「人生の墓場」行きなんてシャレにもならない。
物陰からそっと覗く。
大方、希少な飢餓竜の実を取りに来たのだろう、がっしりとした体格の冒険者がドラゴンゾンビを組み敷いて犯していた。
その瞳に光はなく、ただ彼女に精を放つだけの存在になり果てていた。
「ダリアがいるのはここしかない・・・」
〜 逃げるなら今のうちだぞ 〜
心の中の自分が警告する。
だが、何かを必死に堪える彼女の横顔が過る。
パメラさん ― クライン姉妹の姉 ― からは魔物娘の応急手当のやり方は一通り習っている。
例えいずれ「門の向こうの国」に帰る僕でも彼女を見捨てるようなことはできない。
今、里桜は暗緑色のポンチョのようなコートを着用していた。このコートには魔界銀のワイヤーが幾重にも編み込まれており、これで身体をスッポリと覆えば人体から放出される微細な精をシャットダウンできる。男の精に敏感なアンデット系の魔物娘用の攪乱装備だ。
彼が装着しているアシストスーツには「学園」で製作された様々な護身具が装備されている。当然だがそれらを装着したままでは飛行船には乗れない為、分解してアシストスーツの予備と一緒にドラゴニアに持ち込み組んだ。
「急ごう」
― お前たちに尽くしたのに・・・恨むぞ・・・・ ―
― あはぁ!気持ちいぃぃ・・なんでこんな気持ちいいことを嫌ってたのかしら ―
竜の墓場は怨嗟の声と淫欲の声に満ち溢れていた。
あるものはドラゲイ帝国時代馬車馬のように働かせられた挙句に捨てられたことに怒り、またある者はどこの誰かもしれない誰かを犯し歓喜の声をあげていた。皆、目の前の雄を犯すことしか考えていない。「消精機能」のためか、里桜が侵入したことにすら気付いていないようだ。
〜 だからイリスは彼女のことを「気にするな」と言っていたんだろうな 〜
ここはドラゴニアの負の遺産。決して触れてはならない禁忌だ。
革命が成功し竜と人が手を取り合い生きていけるようになったと言っても、目の前に否応なく突きつけられる「過去」。
人は過去を忘れなければ生きていけない。恐らくそれは魔物娘も・・・・
里桜は竜の墓場の端、崩れかけた東屋に力なく横たわる小柄な姿を見つけた。
「!」
彼女だ。すぐさま駆け寄ってダリアの額に手を当てる。
「酷い熱だ。こんなにも汗が・・・」
手持ちの薬品で彼女が持ち直すかどうかはわからないが、それでもこんな場所に彼女を放置するよりもましだ。
僕は彼女の小柄な身体を背負う。
その時だ。
「ハハッ!男だぜ!姐ちゃん!!」
「当然だろ?あのガキから男の匂いがしていたからな。たっぷり愉しもうぜ」
「おいおい。言いつけを守ったガキにもちゃんとやらないとな!!もっとも壊れちまった後かもしれなねえけどな」
僕の目の前を三人のドラゴンゾンビが遮っていた。
「厄介だな・・・」
目の前には成体のドラゴンゾンビ。
流暢に話をしていることからいって、かなり高位の個体とみる。
「教えてくれ。さっき言っていたお使いってなんだ?」
「何単純さ。コイツ、最近男の匂いがしていたんでな、一発ヤラせてやるとでも騙してこの此処に連れて来いって言ったのさ」
「でもコイツは愚図だから一週間もかかりやがって!焦ったぜ?何てったって男の匂いが薄くなってきたからさ」
僕の中でパズルのピースが嵌まっていく。
ダリアは僕に迷惑をかけないために一週間姿を消していたんだ。
このドラゴンゾンビの魔の手から僕を守るために。
「ちゃんとあのガキもヤラせてやるからよ、チンポだせや」
ドラゴンと言えば名誉を重んじる魔物だ。他人を自分の為に犠牲にするような邪悪さはない。
だが、目の前のドラゴンゾンビにはそれがない。
ならば・・・・
「容赦はいらないな」
― 僕がドラゴニアへ旅立つ前、上司のパメラ先生は僕に様々な護身術を教えてくれた ―
「あの・・パメラ先生・・・・なんで全裸なんですか?」
僕の目の前には一糸まとわないパメラ先生の艶姿。
控えめな乳房、未発達な肢体。
薄い茂みの中には百合にも似た香を広げる秘裂。
「全く君はこれくらいで目を伏せるとは・・・・そんなではあっという間に童貞を奪い取られてしまうぞ?」
あられもない姿なのに堂々と振舞うリッチのパメラ。
不意にパメラが里桜の手を握り、彼女の秘裂にあてがう。
「ちょっと・・・・」
「これは実地学習だよ里桜」
パメラに掴まれた手が彼女の花弁に触れる。
「これが大陰唇でその上の勃起した肉芽がクリトリスで・・・・」
彼女の手に誘われ、臍の当たりに差し当たった時だ。
「!」
体温の低い彼女の肢体の中でそこだけ熱く鼓動していた。
「気づいたようだね。そこの下にあるのが子宮、精を溜めておく器官で魔物娘に共通のウィークポイントだよ」
「ウィークポイント?」
「そうだ。ドラゴンは強力な種族だが人間体であるのならば対処は可能だ。ウィークポイントを魔界銀製の武器で攻撃すればいい」
― そうだ。まだ勝機はある ―
「僕・・・初めてなんです・・・」
可能な限り弱弱しく演技する。
ドラゴン、特にドラゴニアに住んでいる竜族は彼女達に恐怖する男を軟弱な雄とみなし交わりによって教育しようとする。
ドラゴンゾンビもその例外ではない。
「優しくしてくださいね・・・?」
「おう!太陽が黄色く見えるまで優しく壊してやるよ!」
自然な仕草で右手で彼女の臍の下に触れる。
今だ!
「プロテクト2解除!パイルバンカァァァァァァ!!!!!」
「へっ?!」
バシュッゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!
ッガン!
ガスが解放される音と共に手甲から魔界銀製の杭が彼女へと撃ち放たれた。
― パイルバンカー ―
里桜が持てる最大威力の武器だ。右手の手甲内部に仕込んである硬化処理の施された魔界銀製の杭は、その「固さ」に定評のあるゴーレムであっても一撃で沈めることができる。
「何しやがった!!!」
いきなり仲間が3メートルも吹き飛ばされたのだ。命の危険性のない魔界銀であっても立ち上がることさえできない。
「硬化処理しても強度不足か・・・・」
見ると打ち出された魔界銀製の杭が曲がってしまっている。これでは連撃は不可能だ。
「プロテクト1解除!煙幕弾全弾掃射!!!!」
周囲をクラーケン由来の闇が覆い包む。
〜 今のうちにダリアを! 〜
里桜の腕を何者かが掴んだ。
「味なマネをしやがったな!!!!糞が!!!!!」
あのダリアを愚図と嘲ったドラゴンゾンビだ。
「ありがとう。こちらから掴まなくてすんだよ・・・スタンパルスレベルMAX!!!」
左手の手甲から放った電撃が里桜の怒りと共に彼女を襲う。
「hふぃおhjごいあhじあhふぁいおえhふぃおえjfにあjf!!!!!」
声にならない絶叫をあげながら彼の手を掴んでいたドラゴンゾンビは滝のような潮を吹いて気絶する。
こちらも全て放電してしまいスタンパルスの再使用は不可能だ。
ダリアを抱え上げるとアシストスーツのリミッターを外し足早に竜の墓場の出口へと向かう。
あともう少しで出口というところで、彼は振り向いた。身を刺す様な殺気を感じたからだ。
「!」
完全に闇の晴れた空間
最後のドラゴンゾンビがこちらへ口を開いていた。
「腐敗のブレスか!」
抱えているダリアを投げ捨て回避に専念すれば逃げることはできるだろう。だがダリアを見捨てることなどできない。
里桜が目を閉じる。が、いつまでたっても理性を腐らせる腐敗のブレスが彼を襲うことはなかった。
「・・・?」
「ウがウグッ!!」
ドラゴンゾンビが口に嵌まったズタ袋を必死に取り外そうとしていた。
「おいお前!!!さっさと馬車に乗れ!!!!!」
竜の墓場の入り口に止められた馬車の御者台から一人の男が顔を出す。あの行商人だ。
「お前にゃ、言わなきゃいけねぇことや言いたいこともあるが、さっさと乗れ!!グズグズすんな!!!」
僕は急いで荷台に乗り込むと、抱えていたダリアをゆっくりと横たえた。
「ったく、ここまでくれば大丈夫だろう」
僕らがいるのは古い厩だ。
「助けてありがとうございました」
僕は目の前の行商人に頭を下げた。
「俺は警告したぜ?竜の墓場へは近づくなって。まぁそのチビのことが気になっていたんなら仕方がねぇが・・・診せてみろ。心配はねぇこういった例はよくある」
「彼女・・ダリアは大丈夫ですか・・・?」
「ああ、少なくともドラゴンゾンビには問題ない。発情期に入ったんだ」
魔物娘の一部にも発情期はある。大概は数週間で治る「ハズ」だ。
「もっとも発情期に入っちまったら、完全なドラゴンゾンビになるがな」
「それって・・・・」
「ああ。永遠に満たされない餓えを抱えてさまようようになっちまう。お前とは以前のように話せないし、姿をみたら犯そうとするだろう」
脳裏にパンを嬉しそうに頬張るダリアの顔が浮かぶ。完全にドラゴンゾンビになったらもう永遠に消えるのか・・・嫌だ!!
「彼女を救う方法がありますか!!知っているなら教えてください!!お礼ならなんでも!!」
「たった一つだけ方法がある。だが、失敗しても成功してもお前は元の世界に戻れない。それでもいいのか?」
僕は静かに頷いた。
僕の目の前には苦しげに呻くダリアがいる。
少女らしい起伏の少ない身体
毛さえ生えていないピンク色の秘裂
全身を覆う鎧のような外骨格
布で隠されていたが、一度折れたが満足な治療を受けられなかったのだろう、竜の誇りともいえるその翼は醜く捩れていた。
― いいかドラゴンゾンビは恨みや苦しみでも成るが、一番大きいのは自分にとっての番い、つまりは雄を得られなかったことだ ―
― 発情期が終わる前に得られなかった番いを得ることができれば・・・あるいはドラゴンゾンビとしての本能を御することも可能かもしれない ―
― あくまで可能性だ。逆にドラゴンゾンビとしての覚醒を早めるかもしれない。分の悪い賭けだ ―
― なぜお前はそうしてまでこのチビを助けたい? ―
僕もダリアと同じだ。不良品と蔑まれ生きるしかなかった。
僕にはパメラ先生が手を差し伸べてくれたが、彼女は助けを求めることも出来ず悲しみの中その生を終わらせられた。
再び生きることができたのに、愛を知らぬまま黒く塗りつぶされるなんて悲しすぎる。
「・・・・・僕が救うよダリア。全てを差し出しても」
魔物娘と呼ばれる彼らは単体で我々の科学技術の範疇を超えた事象を発生させる。
されど、それを「魔法」と単純に一括りしてしまっては思考停止しているのと同じだ。
丹念に調査と考証を行えば、これらの事象は我々の科学原則に則っていることが理解できる。
例としてあげるのなら、「竜種」の飛行技術だ。
彼らは翼をはためかせて空中の広がる生命エネルギーを集め、翼後端から背後に押し出して飛行している。いうならばオールでボートを前方に進ませることに近い。
確かに「生命エネルギー」という概念は我々の科学原則には存在しない。
だがしかし、それが生命エネルギーがこの世には存在しないと断ずることはできない。ただ単に我々の科学がその存在を無視していただけに過ぎないのだ。
ある作家は「高度に発展した科学は魔法と変わらない」と述べたが、これは自分達に理解できないことを都合のよい「魔法」で片付けていいと言っているわけではない。
魔法や魔術に思えることでもその裏には隠された「理論」や「原則」が存在し、それを見抜かなければならないという心構えを説いたものだ。
〜 里中里桜著「竜たちの天空航法」より抜粋 〜
ギィ・・・
ここは竜翼通りにある「門の向こうの国」から来た旅行者を対象にしたバーの一つ。里桜はスツールに腰掛けるとカウンターの向こうのバーテンドレスに声を掛けた。
「ご注文はいつもの身体に悪い酒かしら?」
「ああ頼むよ」
予定より早く報告書を書き上げた里桜は暇を持て余していた。帰りの飛行船は三週間後。普通の旅行者なら観光に出掛けることもあるが、「学園」で魔物娘を見慣れている彼にとっては特に心惹かれるものではない。
ホテルの部屋にいても気分は明るくなれず、こうしてバーで酒を飲んでいる。
ゴトッ
彼の目の前にメキシコで「カバジート」と呼ばれる、細い試験管のようなショットグラスが置かれる。置かれたグラスを見ると中にはウィスキーやブランデーと異なり淡い琥珀色をした液体が満たされていた。
― ドンフリオ・アネホ ―
最近大手の酒販会社が取り扱い始めたテキーラで、比較的重い味わいの多いテキーラのアネホ(古酒)の中でもリュウゼツランの持つ爽やかさを残しつつも落ち着いた後味を感じることのできる銘酒である。
アネホだけに一瓶6000円程するが、このクォリティーなら納得できる。
彼は軽くテキーラの香りを楽しむと、それを一気に飲み干した。見せつけるようにブランデーグラスで高いテキーラをちびちび味わうのは少々スノッブ(気取り屋)だ。そんなことをするのはハリウッドの浮かれ者くらいだろう。素直に作られたテキーラはこうして味わうのがいい。
「テキーラの楽しみ方がわかっているわね。ところで上物の虜のワインが手に入ったんだけど試してみない?」
ドラゴンのバーテンドレスの目の奥が妖しく輝いていた。「虜の実」から醸造される外地名産の「虜のワイン」は口当たりが良く、気が付いたら腰砕けになることが多い。知らずにお持ち帰りされて、翌朝ホテルの自室で起きたら隣に見知らぬ魔物娘が寝ているなんてことはごめん被る。
「止めておくよ」
里桜はやんわりと彼女の誘いを断った。
「あらつれないわね。心に決めた娘が居るのかしら?」
彼女の言葉に少し思案し、彼は口を開いた。
「ただ・・・。ドラゴニアを離れる前に一言別れを言いたい人がいるだけさ」
里桜は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「彼女」 ドラゴンゾンビのダリアが姿を消してもう一週間。
あの屋台の男と約束した通り僕は彼女と会う気はなかった。
だが気付くといつも彼女の姿を探していた。人混みで足を止めて振り返ったこともある。
そうして・・・・、ふと我に返り自己嫌悪に陥るのだ。
〜 馬鹿だな・・・ 〜
「門の向こうの国」、つまりは「日本」では魔物娘を大々的に受け入れている。だが幾つかの種族は入国することができない。
ローパーや寄生スライムのような明確な意思疎通ができず、無差別に魔物化を行う種族
マタンゴやウシオニのような広範囲にパンデミックを引き起こす可能性のある種族
特にドラゴンの戦闘力と腐敗のブレスによる広範囲のゾンビ化を引き起こすドラゴンゾンビは例外なく日本へは入国できない。
かつて「レーム」と呼ばれるデーモンのテロリストがメキシコでドラゴンゾンビを召喚した時は、メキシコ全土が死の国よろしくゾンビとスケルトンの楽園と化してしまった。
もっとも血で血を洗う抗争を繰り広げる麻薬組織やギャングも一緒に壊滅したため、今ではスケルトンがほのぼのとマカイモを育てる牧歌的な魔界農業国へと変わった。
そのためドラゴンゾンビは核兵器並みの扱いを受けている。
いくら「学園」といえどもルールは厳密に適応されているのだ。
ヒュッン!!
「決闘中によそ見なんて余裕があるのか!!!」
もはや日常茶飯事となったイリスとの決闘。今回は何時にも増して闘争心が強い。
流石に何度も感電させられているからか今回は武器を変えてきた。
以前のロングソードよりも小型なショートソード。
いつものように籠手で掴んでのスタンパルスは不可能。
「・・・・後始末が大変だからあんまりやりたかなかったけど」
僕はイリスから距離を取る。
「プロテクト1解除。煙幕弾装填!全弾発射!!!!!」
腰と背中から乾電池サイズの小型ミサイルが無数に発射され空中で炸裂しイリスを覆い包む。
クラーケンの墨が主成分の煙幕は彼女の視線を完全に闇に閉ざした。
「クッ!」
無闇やたらにショートソードを振り回し彼女が叫ぶ。ただの煙幕なら散らすという意味でその行動も意味があるが、クラーケンの墨が主成分であるこの煙幕はそれくらいじゃ晴れない。
「クソ!!飛び道具なんて卑怯だぞ!!!」
僕は冷静に彼女の背後へ忍び寄り・・・
「はいスタンパルス」
「んっッほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
イリスの絶頂の声が竜翼通りに響き渡った。
「なんだいシケた面して。恋人にフられたか?」
いつもの紅白亭。
「恋人だとぉぉぉぉ!!誰だ!!誰に中出しした!!この私を差し置いて里桜の精を頂くとは許せん!!!!」
隣のイリスが先ほどのショートソードを抜いて激怒している。
イリスは僕がいつもの紅白亭でラーメンとチャーシュー丼のセットを食べていたら店に入ってきた。
動いた後は腹が減るから来たと本人は言っていたが、ならなんで僕の隣に座ってきたんだ?
まぁ、彼女は無類の決闘好きということを置けば話していて楽しいからいいんだけど。
「紅さん、そうじゃないですよ・・・・」
「そうか?俺には恋人を失くしたように見えたぜ」
「・・・・・」
僕には恋人はいない。
神経系の病気で歩くことさえできない僕を愛してくれる人間はいままでいなかった。
実の親でさえ僕を疎んだ。
上司のパオラ・クライン先生が助けてくれなかったらこの歳まで生きていけなかっただろう。
「傭兵時代に30回恋人にフられた人生の大先輩から忠告するなら・・・さっさと忘れてなんでもいいから次の女探して抱きにいけ。そうすりゃ大概の事は・・・・イテテ!」
「あ・な・た〜!何馬鹿なこと言ってんの!!!!」
奥さんのましろさんが紅さんの頬を抓る。
「いや研究レポートの提出を上からせっつかれてましてね」
― 嘘だ。本当は・・・・ ―
「そうか・・・勤め人は辛いからな。このおつまみチャーシューはおごりさ」
紅さんが皿をテーブルに置くと、そっと耳打ちした。
「今度いい女のいる穴場に連れてってやるから頑張りな」
「はい・・・・・」
紅白亭から出ると僕はあてどもなく街を歩く。
「離せぇぇぇぇぇ!!!!!!」
うっかり「ドラゴンを食べさせてくれ!」とでも言ってしまったのだろう、若い男性が給仕服を着たドラゴンに宿屋へ連行されていた。
空に目を向ければ竜騎士団が午後の哨戒をしている。
暖かく優しい世界。
ずっとずっといたくなる。
でもそれはできない。
少なくとも僕には仕事がありここへ来たのもその一環だ。
僕には僕の世界があり、此処には此処にいる人々の世界がある。
「もう・・・潮時かな・・・」
少し予定を早めて日本に帰ろうか、そう考えた矢先だった。通りの人混みの中、肩までの白髪、ズタボロの衣服の少女の姿が見えた。
「ダリア!!」
僕が呼びかけるが彼女は僕の方を見ることもなく、手にした袋を大事そうに抱えながら道を歩いていた。
「ダリ・・・・・」
僕が彼女に近づくと彼女の異常に気が付いた。
顔は赤く荒い息をしている。歩き方も不規則でまるで足に力が入らないようだった。
流感にかかったかのような症状。只事ではない。
「ダリア!待ってくれ!!!」
僕が必死に声を振り絞るが振り向くことなく、彼女は道の向こうへと消えた。
― 竜の墓場 ―
観光客や移住者を広く受け入れているドラゴニア。それでも一般人、いや魔物娘さえ近づかない場所がある。
それがここだ。
核兵器扱いされるほどの危険なドラゴンゾンビが生息するこの場所に足を踏みいれることは人生の墓場行きを意味する。
なぜなら踏み入れた瞬間にドラゴンゾンビに犯されてしまい彼女達の飢えを満たすための夫にされてしまうからだ。「墓場」で「人生の墓場」行きなんてシャレにもならない。
物陰からそっと覗く。
大方、希少な飢餓竜の実を取りに来たのだろう、がっしりとした体格の冒険者がドラゴンゾンビを組み敷いて犯していた。
その瞳に光はなく、ただ彼女に精を放つだけの存在になり果てていた。
「ダリアがいるのはここしかない・・・」
〜 逃げるなら今のうちだぞ 〜
心の中の自分が警告する。
だが、何かを必死に堪える彼女の横顔が過る。
パメラさん ― クライン姉妹の姉 ― からは魔物娘の応急手当のやり方は一通り習っている。
例えいずれ「門の向こうの国」に帰る僕でも彼女を見捨てるようなことはできない。
今、里桜は暗緑色のポンチョのようなコートを着用していた。このコートには魔界銀のワイヤーが幾重にも編み込まれており、これで身体をスッポリと覆えば人体から放出される微細な精をシャットダウンできる。男の精に敏感なアンデット系の魔物娘用の攪乱装備だ。
彼が装着しているアシストスーツには「学園」で製作された様々な護身具が装備されている。当然だがそれらを装着したままでは飛行船には乗れない為、分解してアシストスーツの予備と一緒にドラゴニアに持ち込み組んだ。
「急ごう」
― お前たちに尽くしたのに・・・恨むぞ・・・・ ―
― あはぁ!気持ちいぃぃ・・なんでこんな気持ちいいことを嫌ってたのかしら ―
竜の墓場は怨嗟の声と淫欲の声に満ち溢れていた。
あるものはドラゲイ帝国時代馬車馬のように働かせられた挙句に捨てられたことに怒り、またある者はどこの誰かもしれない誰かを犯し歓喜の声をあげていた。皆、目の前の雄を犯すことしか考えていない。「消精機能」のためか、里桜が侵入したことにすら気付いていないようだ。
〜 だからイリスは彼女のことを「気にするな」と言っていたんだろうな 〜
ここはドラゴニアの負の遺産。決して触れてはならない禁忌だ。
革命が成功し竜と人が手を取り合い生きていけるようになったと言っても、目の前に否応なく突きつけられる「過去」。
人は過去を忘れなければ生きていけない。恐らくそれは魔物娘も・・・・
里桜は竜の墓場の端、崩れかけた東屋に力なく横たわる小柄な姿を見つけた。
「!」
彼女だ。すぐさま駆け寄ってダリアの額に手を当てる。
「酷い熱だ。こんなにも汗が・・・」
手持ちの薬品で彼女が持ち直すかどうかはわからないが、それでもこんな場所に彼女を放置するよりもましだ。
僕は彼女の小柄な身体を背負う。
その時だ。
「ハハッ!男だぜ!姐ちゃん!!」
「当然だろ?あのガキから男の匂いがしていたからな。たっぷり愉しもうぜ」
「おいおい。言いつけを守ったガキにもちゃんとやらないとな!!もっとも壊れちまった後かもしれなねえけどな」
僕の目の前を三人のドラゴンゾンビが遮っていた。
「厄介だな・・・」
目の前には成体のドラゴンゾンビ。
流暢に話をしていることからいって、かなり高位の個体とみる。
「教えてくれ。さっき言っていたお使いってなんだ?」
「何単純さ。コイツ、最近男の匂いがしていたんでな、一発ヤラせてやるとでも騙してこの此処に連れて来いって言ったのさ」
「でもコイツは愚図だから一週間もかかりやがって!焦ったぜ?何てったって男の匂いが薄くなってきたからさ」
僕の中でパズルのピースが嵌まっていく。
ダリアは僕に迷惑をかけないために一週間姿を消していたんだ。
このドラゴンゾンビの魔の手から僕を守るために。
「ちゃんとあのガキもヤラせてやるからよ、チンポだせや」
ドラゴンと言えば名誉を重んじる魔物だ。他人を自分の為に犠牲にするような邪悪さはない。
だが、目の前のドラゴンゾンビにはそれがない。
ならば・・・・
「容赦はいらないな」
― 僕がドラゴニアへ旅立つ前、上司のパメラ先生は僕に様々な護身術を教えてくれた ―
「あの・・パメラ先生・・・・なんで全裸なんですか?」
僕の目の前には一糸まとわないパメラ先生の艶姿。
控えめな乳房、未発達な肢体。
薄い茂みの中には百合にも似た香を広げる秘裂。
「全く君はこれくらいで目を伏せるとは・・・・そんなではあっという間に童貞を奪い取られてしまうぞ?」
あられもない姿なのに堂々と振舞うリッチのパメラ。
不意にパメラが里桜の手を握り、彼女の秘裂にあてがう。
「ちょっと・・・・」
「これは実地学習だよ里桜」
パメラに掴まれた手が彼女の花弁に触れる。
「これが大陰唇でその上の勃起した肉芽がクリトリスで・・・・」
彼女の手に誘われ、臍の当たりに差し当たった時だ。
「!」
体温の低い彼女の肢体の中でそこだけ熱く鼓動していた。
「気づいたようだね。そこの下にあるのが子宮、精を溜めておく器官で魔物娘に共通のウィークポイントだよ」
「ウィークポイント?」
「そうだ。ドラゴンは強力な種族だが人間体であるのならば対処は可能だ。ウィークポイントを魔界銀製の武器で攻撃すればいい」
― そうだ。まだ勝機はある ―
「僕・・・初めてなんです・・・」
可能な限り弱弱しく演技する。
ドラゴン、特にドラゴニアに住んでいる竜族は彼女達に恐怖する男を軟弱な雄とみなし交わりによって教育しようとする。
ドラゴンゾンビもその例外ではない。
「優しくしてくださいね・・・?」
「おう!太陽が黄色く見えるまで優しく壊してやるよ!」
自然な仕草で右手で彼女の臍の下に触れる。
今だ!
「プロテクト2解除!パイルバンカァァァァァァ!!!!!」
「へっ?!」
バシュッゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!
ッガン!
ガスが解放される音と共に手甲から魔界銀製の杭が彼女へと撃ち放たれた。
― パイルバンカー ―
里桜が持てる最大威力の武器だ。右手の手甲内部に仕込んである硬化処理の施された魔界銀製の杭は、その「固さ」に定評のあるゴーレムであっても一撃で沈めることができる。
「何しやがった!!!」
いきなり仲間が3メートルも吹き飛ばされたのだ。命の危険性のない魔界銀であっても立ち上がることさえできない。
「硬化処理しても強度不足か・・・・」
見ると打ち出された魔界銀製の杭が曲がってしまっている。これでは連撃は不可能だ。
「プロテクト1解除!煙幕弾全弾掃射!!!!」
周囲をクラーケン由来の闇が覆い包む。
〜 今のうちにダリアを! 〜
里桜の腕を何者かが掴んだ。
「味なマネをしやがったな!!!!糞が!!!!!」
あのダリアを愚図と嘲ったドラゴンゾンビだ。
「ありがとう。こちらから掴まなくてすんだよ・・・スタンパルスレベルMAX!!!」
左手の手甲から放った電撃が里桜の怒りと共に彼女を襲う。
「hふぃおhjごいあhじあhふぁいおえhふぃおえjfにあjf!!!!!」
声にならない絶叫をあげながら彼の手を掴んでいたドラゴンゾンビは滝のような潮を吹いて気絶する。
こちらも全て放電してしまいスタンパルスの再使用は不可能だ。
ダリアを抱え上げるとアシストスーツのリミッターを外し足早に竜の墓場の出口へと向かう。
あともう少しで出口というところで、彼は振り向いた。身を刺す様な殺気を感じたからだ。
「!」
完全に闇の晴れた空間
最後のドラゴンゾンビがこちらへ口を開いていた。
「腐敗のブレスか!」
抱えているダリアを投げ捨て回避に専念すれば逃げることはできるだろう。だがダリアを見捨てることなどできない。
里桜が目を閉じる。が、いつまでたっても理性を腐らせる腐敗のブレスが彼を襲うことはなかった。
「・・・?」
「ウがウグッ!!」
ドラゴンゾンビが口に嵌まったズタ袋を必死に取り外そうとしていた。
「おいお前!!!さっさと馬車に乗れ!!!!!」
竜の墓場の入り口に止められた馬車の御者台から一人の男が顔を出す。あの行商人だ。
「お前にゃ、言わなきゃいけねぇことや言いたいこともあるが、さっさと乗れ!!グズグズすんな!!!」
僕は急いで荷台に乗り込むと、抱えていたダリアをゆっくりと横たえた。
「ったく、ここまでくれば大丈夫だろう」
僕らがいるのは古い厩だ。
「助けてありがとうございました」
僕は目の前の行商人に頭を下げた。
「俺は警告したぜ?竜の墓場へは近づくなって。まぁそのチビのことが気になっていたんなら仕方がねぇが・・・診せてみろ。心配はねぇこういった例はよくある」
「彼女・・ダリアは大丈夫ですか・・・?」
「ああ、少なくともドラゴンゾンビには問題ない。発情期に入ったんだ」
魔物娘の一部にも発情期はある。大概は数週間で治る「ハズ」だ。
「もっとも発情期に入っちまったら、完全なドラゴンゾンビになるがな」
「それって・・・・」
「ああ。永遠に満たされない餓えを抱えてさまようようになっちまう。お前とは以前のように話せないし、姿をみたら犯そうとするだろう」
脳裏にパンを嬉しそうに頬張るダリアの顔が浮かぶ。完全にドラゴンゾンビになったらもう永遠に消えるのか・・・嫌だ!!
「彼女を救う方法がありますか!!知っているなら教えてください!!お礼ならなんでも!!」
「たった一つだけ方法がある。だが、失敗しても成功してもお前は元の世界に戻れない。それでもいいのか?」
僕は静かに頷いた。
僕の目の前には苦しげに呻くダリアがいる。
少女らしい起伏の少ない身体
毛さえ生えていないピンク色の秘裂
全身を覆う鎧のような外骨格
布で隠されていたが、一度折れたが満足な治療を受けられなかったのだろう、竜の誇りともいえるその翼は醜く捩れていた。
― いいかドラゴンゾンビは恨みや苦しみでも成るが、一番大きいのは自分にとっての番い、つまりは雄を得られなかったことだ ―
― 発情期が終わる前に得られなかった番いを得ることができれば・・・あるいはドラゴンゾンビとしての本能を御することも可能かもしれない ―
― あくまで可能性だ。逆にドラゴンゾンビとしての覚醒を早めるかもしれない。分の悪い賭けだ ―
― なぜお前はそうしてまでこのチビを助けたい? ―
僕もダリアと同じだ。不良品と蔑まれ生きるしかなかった。
僕にはパメラ先生が手を差し伸べてくれたが、彼女は助けを求めることも出来ず悲しみの中その生を終わらせられた。
再び生きることができたのに、愛を知らぬまま黒く塗りつぶされるなんて悲しすぎる。
「・・・・・僕が救うよダリア。全てを差し出しても」
20/03/01 20:06更新 / 法螺男
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