連載小説
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荒野より
ガチャッ!

わたしのへやにいつものおじさんがくる。
ごはんをもってきてくれるやさしいおじさん。
でもなんできょうはかなしそうにしているの?

「ごめんなチビ・・・・・」

おじさんがくれたわたしのごはんからはいやなにおいがした。
たべたくない。

「後がつかえているのだぞ!さっさと流し込んでもなんでもしてその不良品を処分しろ!!」

「クッ!」

「なんだその顔は?身分を考えろこの下郎が!!」

おじさんがおこられている。
ごめんね、わたしがごはんをたべようとしないから・・・・・

「チビッ!止めろ!!!」

わたしがごはんをたべたらおなかがいたくなってあたまががんがんしてきた。

「ハハッ!貴様よりもこの不良品の方が立場をわかっているようだな!!」

ごめんなさい
とべなくてごめんなさい
うまれてきてごめんなさい
おじさんありがとう
わたしなんかのためにないてくれて・・・・・



竜の亡骸の上に築かれたドラゲイ帝国が崩壊し、竜皇国ドラゴニアに変わったのはそれからすぐの事だった。
ドラゲイ帝国の貴族達はあっさりと帝国を見限ったが、ただ一人国を挙げて追跡された貴族がいた。
彼が命令して「処分」された竜は数知らず。
魔物娘と変じた竜達は彼を殺すことはまず無い。しかしそれ相応の償いをさせるつもりだった。
しかし、いくら探索しても男を見つけることはできなかった。
数年が経ちドラゴニア外れの谷底から貴金属を満載した馬車が見つかった。
小さな馬車に無理矢理財宝を積み込んだため、カーブを曲がり切れずバランスを崩して谷底に落下したのだ。
馬車の内部からは貴族の遺体は見つからなかった。
報告を聞いたデオノーラ女王は貴族の捜索を打ち切った。

「神など信じたことは無いが、奴には神の裁きが下った」

と、側近に呟くのみだった。
恐らくその貴族は馬車が谷底に落下した衝撃で死亡したのだろう。そして時を経て魔物娘「スケルトン」へと変わった。貴金属を持ち出した形跡もないことから、生前の記憶は残っていないだろう。
考えてみるといい。
自分が何者かを知らず、永遠にこの世界を彷徨うことを。
これほど残酷な裁きはない。



「いよいよか・・・」

高位の魔導士と魔物の膨大な魔力で固定化された位相差空間ゲート「門」。まるでブラックホールのように、上からも下からもありとあらゆる方向から見ても門は黒い穴にしか見えない。
かつて世界最高の頭脳と言われた科学者が門自体の研究を行ったが、結果は意気投合したリリムと婚姻。そのままこの世界から「外地」― 門の向こうの異世界 ― へ移住してしまった。
ご丁寧に

「門は我々の科学幾何学量子力学では理解も再現も不能。終わり」

と、結婚写真と共にかつて所属していた国家機関にメッセージを送った。噂によると、学者を連れ戻そうとその国は選り抜きの特殊部隊を差し向けたらしいが・・・・、結末は言わなくともわかるだろう。


「チケットをお願いします」

僕は受付のアヌビスにチケットを渡す。

「里中里桜様に相違ありませんね?」

「はい」

「それではこちらの誓約書にサインをお願いします」

僕は慎重に免責事項に目を通してサインをする。
異世界、便宜上「外地」への渡航には様々な制約が課される。
それには魔力が関係している。
魔力は人を魔物へと容易く変えてしまう。
故に、人間が足を踏み入れられる場所は限られている。
僕の目的地である「ドラゴニア」はその限られた場所の一つだ。

「確認いたしました。では里桜様、良い旅を」

僕はチケットの半券を受け取ると、搭乗口へと向かった。

― 次元間連絡飛行船 フライング・プッシー・ドラゴン号 ―

「外地」には空を飛べる魔物も多く生息している。彼らの生活圏を守る意味で、「外地」への渡航は飛行船を使用している。
もちろん人や外地での特産物を飛行機と比べ、一度に大量に運べることも理由だが。
メインエントランスには様々な人種 ― 中には魔物の姿も見えるが ― がひしめいていた。
今時の若者が仲間たちと歓談しながら出航を待つ傍らで、身なりのいい紳士淑女が優雅な仕草でカクテルグラスを傾けていた。
僕はゆっくりとバーカウンターへと向かうと、そこのバーテンドレス姿のサテュロスにマティーニを注文した。

「ドライになさいますか?」

「いや、クラシックレシピで頼むよ。ドライマティーニを飲みたいならジンをストレートで頼むさ」

「そうですわね」

― 皆様、本船はもうすぐ出航いたします ―

アナウンスが終わると、軽い衝撃と共に飛行船を係留していたケーブルやタラップが収納されていく。

「お客様、外地への旅は初めてですか?」

「ああそうだよ。どうしたんだい?」

「いえ、落ち着いていらっしゃるので・・・」

「外地へは仕事で渡航するので、あまりはしゃいだりする気分になれなくて」

「たとえ仕事でも旅は楽しむものですよ」

そう言うとサテュロスは僕の目の前に飾り気のないシンプルなカクテルグラスを置いた。
僕はグラスに口をつけ、よく冷えたジンとドライベルモットの滋味を味わった。もっともカクテルはコレとマンハッタンくらいしか知らないが。

「お客様にバッカスのご加護を・・・」





「竜骨ラーメンと魔界豚のチャーシュー丼を」

「へい!」

別世界の「外地」である竜皇国ドラゴニアに調査に来て三日。
ワームやドラゴン、ワイバーンに果てはジャバウォックが住んでいるこのドラゴニアは訪れた当初は、技術者として大いに好奇心を刺激されたがそんな生活も三日もすれば見飽きる。
確かにドラゴンステーキなど日本ではなかなか見かけない料理も魅力的だが、その量が半端なくこれも飽きてきてしまった。
そのため、僕は日本式のラーメンを食べられる唯一の店である「紅白亭」でラーメンを食べているのだ。

ピピっ!

「もう燃料切れか・・・」

僕はベルトから試験管状のエネルギーカートリッジを取り出し脚部のスロットに装着した。

「里桜よぅ、相変わらず不便な身体だな。いい医者を紹介するぜ?」

店の店主「竜崎紅」が常連客となった「里中里桜」に話しかける。
彼の身体はロボットを思わせる外骨格に包まれ、見ようによっては一昔前のサイボーグのようにも見える。

「日本にいたときに一度医者に診てもらったんです。インキュバスになる以外には治療法がないって・・・。それ以来ですかね、このアシストスーツとの付き合いは」

彼、「里中里桜」は神経に障害があり自分で歩くこともできない。
幸い循環器系に障害はなく歩くことができない以外はうまくやれている。
「学園」の同僚であるクライン姉妹が作ってくれたこのアシストスーツはEMS機能も内蔵されていて、歩行を補助するだけでなく筋肉が拘縮することも防いでくれている。

「それに自分の治療のために魔物娘と結婚するのも騙しているようで心苦しいです・・・・」

「確かに健康になるため結婚してくれってプロポーズはないわな」

目の前に注文の品が運ばれる。
豚骨のように濁っていながらも、豚骨のような癖はなくアゴだしに似た風味が気に入っている。

紅が身を乗り出す。

「魔物娘ってのは純情で困った人間をほっとけないのさ。お前さんにもきっと出会いがある。元傭兵の俺でも綺麗な奥さんを娶れたんだ。な、ましろ?」

臨月の近いお腹にしピンクのエプロンをしたサキュバスに語り掛ける。

「そうね・・・私がいえることはどんな人間でも出会いがあり、愛し愛される権利があるってことかしらね」

そう言うと「竜崎ましろ」、大将の奥さんはお腹を撫でた。

「はは。ラーメン食べる前にお腹いっぱいになりそうだよ」

ランチタイムに入りやおら混みあってきた店内をみて僕はラーメンを啜った。


「美味しかったよ」

「おう!また来んのを待ってるぜ」

僕が紅白亭を出ると、ランチタイムであることもあり通りに人は多かった。
あまり人混みは好きじゃない。
まぁ、このアシストスーツを奇異に見られることもあるが・・・・

「また会ったな!!異界の鎧騎士!!さあ勝負だ!!!」

目の前には鎧というよりはビキニといったほうがいい装いのリザードマンが、抜き身の剣を向けてこちらを威嚇していた。リザードマンの「イリス」だ。
リザードマンという種族は常に強さを求める。故にちょとでも強そうな独身の男を見ると決闘を申し込む傾向がある。
イリスにはドラゴニアに入国して初めての日に喧嘩を吹っ掛けられた。どうやら僕のアシストスーツが鎧に見えるらしい。

「はいはい」

「なんだその態度は!!」

僕は彼女の手にあるロングソードをグローブをはめた左手で掴み・・・・

「スタンパルス!!」

ビリビリィィィィィィィ!!!!!」

「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!ビリビリでイっちゃうのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

スーツに内蔵された護身用装備の一つ、「スタンパルス」。
雷獣とサンダーバードの電気エネルギーが主で、対象を痺れさせるのと同時に腰砕けにしてしまう装備だ。

「ったく、僕はただの技術者だっての!!」

「面妖な魔法を使って!!!またパンツが大洪水になってしまったぞ!!!」

〜 回復が早くなってきてるな・・・今度はもう少し電圧をあげるか。2000ボルトくらいに 〜

「決闘は一日一回、それも僕を見つけた場合って約束だろ?」

「なら勝者の権利として私を嬲れ!!!」

「魔法攻撃での敗北はノーカンじゃなかったっけ?」

「うぐぅ・・・・!」

「僕はあくまでドラゴニアへは竜族の飛行機能を調べるために来ただけだから!!嬲るなんて無責任なことはできません!!」

「お堅いヤツめ・・・」

「お堅いんじゃなくて真面目なの!・・・ん?」

竜翼通りのパン屋、その路地に目が行く。

ボロボロの衣服を身に着け、色の抜けたような髪をした少女が店の主人から紙袋を受け取っていた。
何処の親魔物国でもホームレスはいない。ましてや魔物娘のホームレスなんて聞いたことすらない。

「イリス、あの子は?」

「ん?ああ、気にしないほうがいいぜ。アイツはドラゴンゾンビだ」

― ドラゴンゾンビ ―
生来、気位の高いドラゴンが伴侶を得ることもなく寿命で死に、死後にゾンビとして復活した存在だ。
頭の中は交わりしかなく、ただのゾンビなら振りほどくことは困難にしろ無理ではないが、ドラゴンゾンビともなれば組み敷かれたら最後脱出は不可能。
近距離で「腐敗のブレス」を吐かれたらもう人界へ戻ることも不可能だ。

「でも、ドラゴンゾンビにしては小さいような・・・・」

「里桜はこの国の来歴はあまり知らないだろう?以前、ってもかなり昔だが人間の王が支配していて竜騎士を多く囲っていた軍事国家だった。要の騎竜の調教は苛烈で脱落したら幼竜でも殺処分されたらしい」

「酷い話だな・・・」

「そうは言うが、魔王の代替わり前は酷いものだったらしい。それこそ、今みたいに魔物と人間が手を取り合うなんて考えられないくらいにな」

少女がフラフラと路地から出てくる。

「あぅ!」

少女が縁石に躓いてパンを道に落とした。
落としたパンを少女が拾おうとした時だ。

「危ない!」

「へ?」

少女が足を止めると、その目の前を馬車が通り過ぎる。

「パンが・・・・・」

車輪に引かれぐちゃぐちゃになったパン。
それでも少女はそれを拾い集めようとしていた。

「見ていられない!!!」

「おっおい!!話は聞いてたのか!!」

「イリスはあの子を引き留めておいてくれ!あとで埋め合わせをするから!!」

「ホントだな!里桜!!!」

僕はパン屋に入り、手に急いで山盛りのパンを買った。

「ホラ!これを食べなよ」

僕はイリスが引き留めてくれた少女にパンを渡す。

「私・・・お金ないの・・・」

「お金なんていいよ。僕はさっきそこのラーメン屋で食べてきたばかりだから」

少女は思案していたが僕からパンを受け取ってくれた。

「ちゃんとお返しするから・・・」

そう言うと少女はフラフラと道を歩いて行った。

「なぁ里桜ってあんなガキがいいのか?」

「何言ってるんだよ!!」

「目の前におまんこグチョ濡れの女がいるのに抱かないくせに?」

「だから僕は・・・!」

イリスが里桜の口に手を当てる。

「埋め合わせ忘れてないよな?アタシはラブライドのドラゴン盛りパフェを食べたいな〜〜〜」

「ったく、わったよ!!」

「そうと決まったらラブライドに行くぞ!!」

「その前に・・・・!パンツくらい履き替えてこい!!」

グチョ濡れになったイリスがラブライドへ行こうとするのを止めつつ、少女が消えた方角を見ていた。


「あの・・・これお礼・・これいくらでも生えてるから」

彼女が差し出したのは飢餓竜の実と呼ばれるドラゴニアでも入手場所の限られた果実だ。

― 竜の墓場 ―

かつての超帝国時代。殺処分された竜族や戦闘で倒れたドラゴン達が一つの場所に埋められていた。
無念さや人間への恨み悲しみで蘇ったドラゴンゾンビたちの巣となっている。
故に、クライン博士からは決して近寄るなと言われた場所だ。

「じゃあいくね・・・」

僕は傍らからパンの詰まった袋を取り出す。

「お昼まだなんだ。一緒に食べてくれないかい?ちょっと買いすぎちゃってね」

「いいの・・・?」

「ああ、一人で食べるのも飽きたからね」

「ありが・・・とう」

そう言うと僕の隣に座る。

「・・・・・」

「・・・・・」

お互いに一言も話さずパンを食べる。
僕が彼女に興味を持ったのは同情半分、好奇心半分だ。
ドラゴンの楽園と呼ばれるドラゴニアでもドラゴンゾンビはその危険性から街中で見ることはない。
それ故、少女体であるとはいえドラゴンゾンビを観察する良い機会だ。

白銀のような白髪

緑色に染まった皮膚

ボロボロの衣服から時折見える鎧のような竜の骨

「学園」に所蔵されている図鑑では、万年発情期とあるが彼女からはスタンパルスを喰らったイリスから漂う百合の花のような特徴的な淫臭は感じない。

〜 幼体の状態から死亡したから発情期を迎えなかったのか? 〜

僕が目の前のドラゴンゾンビを考察していると不意に彼女がベンチから立った。

「パン・・美味しかった・・・ありがとう」

彼女は感謝を述べると道を歩き始めた。

「・・・そうだ。キミの名前を教えてくれないか?」

「な・・まえ?」

「そうだよ。僕は里中里桜って言うんだ」

「私・・・名前なんてない」

「なら・・・」

傍らの飢餓竜の実が目に入る。
血のような赤がダリアを思い出させた。

「ダリアっていうのはどうだい?」

「だりあ・・・?」

「僕の世界の花でとても綺麗な花を咲かせるんだ」

「わたし・・・だりあ・・ありがとう・・・お兄ちゃん」

少女「ダリア」はそう言うと再び竜の墓場へと向かっていった。
どうして彼女に名前を贈ろうと思ったのかは自分でもわからない。
僕は生まれて初めてのこの感情に戸惑っていた。

「兄ちゃんいいかい?」

振り向くと路上で虜の実を売っていた行商人が僕を呼んでいた。
客引きかと思ったが、その行商人からはいくつもの修羅場を潜り抜けた凄みを感じさせた。

「・・・・何ですか」

「何、変わり者と話したくなっただけさ。色々と話を聞かせてくれや虜の実でも摘まみながらな。あ、お代はいらないぜ」

そう言うと、男は僕に売り物の虜の実をくれた。

「さっきの変わり者って?」

「あんた門の向こうの人間だろ?大概そういうやつは見るもん見たらそそくさと帰るもんだ。でもあんたは違う。もう一月は此処にいるじゃねーか。出会いでも求めているかと思ったがそうでもない。変わり者って思ってもおかしくないとおもうがね。」

「僕はあくまで学術的に・・・・」

「じゃあ何でドラゴンゾンビに名前を付けたんだい?」

〜 この男、さっきのやり取りを! 〜

「研究の為には名前が必要になるからだ」

「学者らしい考えだねー。なら心配ないか・・・」

「え?」

「あんたはいつか門の向こうへ戻る。そしたら名前をつけたあの娘はどうなるんだい。もしお前があの娘を弄んでるならそれ相応に落とし前をつけさせるつもりだったが、恋愛感情は無いってんなら話は別だ。あんたが消えたらあの娘も直に忘れるさ」

男が鋭い眼光で僕を見る。
そうだ。
僕はあくまで異邦人。
此処の人間じゃない。
僕がいなくとも彼女はこの地で生き続ける。
勝手な理由でそれを歪ませてはいけない。

「ここでの研究を終えたら戻るつもりです。彼女には・・・もう会いません」

胸の奥がチクりと痛む。

「そんなら解決だ。ここにはここのルールがある。それを守ってんなら問題はないさ」

ドサッ!

僕の目の前に袋一杯の虜の実が置かれる。

「これは売れ残りの奴だ。タダでいいぜ。ラーメン屋の夫婦の所へもっていくといい。虜の実は美容と健康の薬だからな」

そう言うと男は出店を閉じ始めた。

「だが一つ覚えておけ。これから何があっても竜の墓場へは行くな。此処での思い出を綺麗なままにしたいならな」

僕は遠ざかる馬車を静かに見つめていた。

その三日後、ダリアが街に来ることはなかった。



20/02/10 21:48更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
竜崎紅とましろについては読み切りの「ペイパームーンの夜」に詳しく書いてあります。

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