報告書「ワーラビット」(1)
「娼婦?」
アッシュはもう一度きき返した。
太った騎士、キース・ガントレットは大きくうなずき、脂で光っている顎をなで上げる。
「ブフ、そうだ。この魔物を娼婦にしてほしい」
アッシュはもう一度依頼書に目を通す。そこにはいつも同じく、長ったらしい前文とおまけ程度に付いている本文。
そこには「ワーラビットを娼婦に仕立て上げる」という旨のことが書いてあった。
「娼婦…か」
「ブフフ、ワーラビットは人に依存しやすいから娼婦にしにくいと聞くが、アッシュ君なら余裕だろう?」
「快楽で落とすのは簡単だ。年中発情状態な種族だからな。だが、依存が高い……やるだけやってみるさ」
「実はもう外に馬車を待機させてあるんだ。さっそく取り掛かってくれたまえ、ブフ」
「……アポイントもなしに捩じ込みに来たのか?」
「どうせ暇だろう? 協会にビベルちゃんを殺してしまったと報告書が届いていたよ?」
こんな時ばかり用意周到だ。ブタは自分の欲望に忠実らしい。アッシュが蔑んだ目で見ても気がつかない。
「外に待機させてるんだな?」
「その通りだとも。 ……ところで」
卑猥な顔になり(元々だが)、金のはいった袋をちらつかせる。
言いたいことは分かっていた。袋の中身はそれなりに入っている様子だった。
「ホルスタウロス、ワーウルフ。この2人を向かわせる。部屋で待機しておけ」
「そうこなくてはな! ぐふふふふ」
金の入った袋をアッシュに投げ、太った体にしては軽快なスキップで部屋を出ていった。
「あいつ、スキップ出来るのか」
アッシュは変なところで感心した。腐っても部隊長、運動神経はいいらしい。
「主人」
横に控えていたワーウルフのカーミルは珍しく怒ったような表情だった。眠たげな目が心なしか吊り上っている。
「なんだ?」
「メイだけで十分だろう? なぜ私まで…」
アッシュは金の入った袋を棚に隠した。
「そういえばカーミル。うまい肉は食いたくないか?」
「金か?」
「化粧品が少なくなってきたと言っていたな? 買い揃えてやろう」
「金なのか?」
「新しい服がほしいと言っていたな?」
「金で私を売ったか!?」
もう一押しした。
「靴もセットで買ってやる」
「……了解」
何度か口をパクパクさせ、結局折れた。頭の中ではどんな高いものを買わせようか考えているのだろう。
「メイと一緒に行ってやれ」
「了解…………………ちんぽ魔人 ボソ」
これ見よがしに舌打ちをして出ていく。アッシュはそれを見送ってから外につないである馬車へと歩いて行く。
馬車中には、鎖に繋がれた状態で魔物が横たわっている。扉を開ける音に反応し、大きな耳を動かして顔を上げた。
「だれ?」
舌っ足らずに、ぼんやりとしている。
「……そういうことか」
そこにいたのは、ワーラビットの子供だった。
獣の下半身、人の上半身、ウサギの耳が付いている。毛並みも髪の毛も白く、それだけに紅い瞳に目を引く美少女だった。
「ん?」
首をかしげ、不安そうに様子を見る。友好的で明るい性格の多いワーラビットにしては大人しい性格が垣間見える。
「名は?」
「シャル・リオット」
「ここに何をしに来たかわかるか?」
「わたしはお金でかわれたの。お仕事をするためのじゅんびだって、あの人がいってた」
シャルの言うあの人がどんな奴かは知らないが、無理やりここへ連れてこられた訳じゃなさそうだった。
「ついてこい」
シャルは小さく頷くと、アッシュの横にぴったりと寄り添う。邪魔なので押し返すと、とたんに泣きそうな顔になる。それを見てアッシュは渋々諦め、好きなようにさせる。
その様子を物陰から誰かが見ている。
「主人、まさかロリコン?」
ワーウルフのカーミル。
「まさかぁ、ダーリンにかぎってそないなことあるわけないで」
ホルスタウロスのメイ。
2人はキース・ガントレットに睡眠薬を盛り、部屋から抜け出してきたのだ。さらに彼女らの後ろにはサイクロプスのイム、ベルゼブブのヴィベル、ゴーストのトトがいる。
「ロ、ロリ? そういえばヴィベルには生易しい調教してた」
「えぇ? あれで生易しいの!?」
「20年前ならナイフで体中の皮をはいで窒息死させたりしてた」
「何で皮を剥いで窒息死?」
「そんなことより部屋に移動してしまう!?」
「みんな! 静かに追いかける」
おー! と小さく手をあげてひっそりとついていく。
調教を自ら望んでいるのは珍しい。まあ、無理やりする必要がないので楽といえば楽だ。
「今までセックスの経験は?」
「あ、ありません」
「マスタベーションは? 週に何回やる?」
「マスタべーしょん?」
言葉の意味も知らないらしい。アッシュは軽く頭を抱えた。
「娼婦になるためにここに来たことは分かっているな?」
「はい」
「娼婦は何をする仕事だ?」
「春をうるって、ききます」
「その春とは?」
「……????」
どうやら性的な知識が何一つないようだった。幸いなことに調教への期限は1カ月ある。これから教えていけばいい話だ。
「……明日から勉強を始める。娼婦のことを理解できたら実践訓練に入る。今日は休んでいい、部屋はそこに隠れてるやつらに用意してもらえ」
「バレてるで? どないする?」
「誰か1人が犠牲になって後のみんなが逃げる」
「それはどうやって決めるの?」
「私、嫌」
「私だって嫌よ」
「ワイだってゴメンやで」
「なんで? どMなんでしょ?」
「だからや。もしお仕置きされなかったらどないすんねん! 存在意義が崩れるやんか!」
「……さっさと………出てこいっつてんだろうがぁ!!!!」
『ひゃあああああああ!』
悲鳴をあげて全員が出てくる。
横にいたシャルすらひっくり返るほどの音量で怒鳴った。顔も相応に恐ろしく、シャルは失禁してしまった。(ちなみにヴィベルも少し漏らした)
「シャルの部屋を用意しろ。分かったな?」
奴隷たちは何度も頷き、蜘蛛の子を蹴散らすようにバラバラになった。
「ふえぇぇぇん!」
シャルは泣き出し、恥ずかしそうに漏らした場所を隠そうとしていた。アッシュの怒鳴り声を聞いてミリアが出てきた。
「ああう?」
「ちょうどいい、シャルを風呂に入れてやれ。終わったら馬鹿どもが部屋を用意しているだろうから、案内してやれ」
アッシュは自分の部屋に戻って行った。
「あー♪」
ミリアはシャルをあやしながら風呂に連れて行った。
アッシュは自分の部屋で考えていた。
依頼書には、どんな娼婦にするのかが書いていない。つまり、どんな娼婦にもしていいということである。だから頭を悩ませた。
「誰かに任せて専用の娼婦にするのがいいか…」
カーミルに調教させ、Mにするのもいい。
メイを調教させてSにするのもいい。
イムに任せて普通の娼婦にするのもいい。
「さて、どうするか」
10/08/06 12:28更新 / Action
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