連載小説
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報告書「ベルゼブブ」(終)
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報告書

捕獲したベルゼブブの状況確認。


行った拷問一覧

・鞭打ち
・車輪による水攻め
・殴打
・脅迫
・希望を見せつけ、それを断つことによる絶望
・刃物による刺突
・体の一部切除、および焼き鏝による再生不可

以上の拷問の末、死亡したことをここに証明する。

死体は近くの森に破棄。


アッシュ・ランバード

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 深夜、アッシュは安酒を飲みながらヴィベルをどうするか考えていた。

 手っとり早いのは殺してしまうことだった。だが、ヴィベルはミリアのお気に入りだ。ヴィベルに会いに行くことを禁止してからミリアの機嫌が悪い。

「めんどうだ」

 コツコツと部屋をノックする音。気だるそうにアッシュは返事をした。

「主人」

 入ってきたのはワーウルフのカーミルだ。

「こんな夜中に何の用だ?」

「少し気になることがあった」

 無言のまま続きを催促する。

「……つまり、あの子はどうする? 情報がほしいわけでもない、娼婦にする命令も出ていない」

「何が言いたい?」

「必要あるのか?」

「なら殺していいぞ。俺はもうアレに用はない」

 アッシュはわざとアレという言葉を強調した。カーミルの目が少し細くなったのが分かる。

「好きにしていいんだな、主人?」

「…期限はつけん。最終的に殺すなら、何をしててもかまわん」

 カーミルは返事もせずに部屋から出て行った。


「ふぅ、面倒だ…」

 ため息をついて酒を飲み始めた。




 牢屋でヴィベルは、膝を抱えて眠っていた。トレイに乗せられた食事はほとんど減っていない。

 すさまじいストレスのせいで、彼女は食欲を失っていた。

 鎖骨は浮き彫りになり、肋骨すら摘めるほどだ。頬は削れたようにやせ細り、腕は枯れ木のようだ。

 食事を運ぶたびに痩せて行くヴィベルを、カーミルはずっと見てきた。

「……また食べなかったか」

「…ぁ、ごめんなさぃ」

 声を出すことすら億劫なのか、ほとんど聞き取れない。

 冷めた食事を下げ、新しい食事を置く。食事を出されても、虚ろな目で天井を眺めているだけだった。

「もうすぐ」

「ぇ?」

「もうすぐお前は処刑される」

「ぅん」

 それを伝えても特に感情は揺れていないようだった。いや、感情の動かし方を忘れてしまったのかもしれない。

「その間、一切を私が請け負ってる。だから命令、残さずに食べろ」

「食べれないの……喉を通らないの……」

 弱弱しく首を振る。嘘は言っていない。

「そんなことは知らない。食べないなら押さえつけてでも食べさせる」

 それでも動こうとしないヴィベルに持ってきていた鞭を見せる。

「い、いやぁ!」

 過剰ともいえる反応だ。ポロポロと泣き出し、蹲って震える。

「食べなければ叩くだけ。主人ほどじゃないけど私も鞭の扱いは得意」

「……うぅ」

 食事はお粥。色々な食材が入っているいて栄養がありそうだ。

 それを口にいれるが、咳き込んでしまいうまく飲み込めないようだった。

「焦るな。少しづつ口に含んで……そう……ゆっくり口に含んで、それでも飲み込めないなら水と一緒に飲みこんで」

 1杯のお粥を1時間以上費やして食べ終える。

「食べ終わり…ました」

「うん、今日から食べるときは私が見張る。残したりしないように」

「…はい」

「それから、今日からお前に仕事」

「仕事?」

「付いてこい」

 牢屋から出るのは久しぶりだった。叩くための口実ではないかとヴィベルは終始怖がっていた。

 体が弱り、這うような速度でしか動けない。カーミルは手は貸さずに、いちいち立ち止まって追いつくまで待っていた。

 正面口の扉を開き、眩しくて眼を閉じた。

「……ぁ」

「どうした?」

 太陽。

 久しぶりに体全体で浴びた。足もとの草、流れる空気。

「ぅ、グス」

 なぜか涙が出てしまう。そんなヴィベルを穏やかな顔で見守り続けた。

「さっさと来い」

 泣きやんだのを見計らって声をかける。ヴィベルは小さく頷いて後を追う。

 ―――ワン!

「犬!?」

 老犬がヴィベルを迎えた。

「今日からお前には犬の世話をさせる」

「世話? ……なにするの?」

「餌をあげたり、散歩に出す。毛並みを整えるとか」

「触っていいの?」

「世話係だからいい」

 そっと、腫物を扱うように頭を触る。大丈夫だとわかると抱きしめた。ヴィベルは、ここ最近で見たこともないような嬉しそうな顔になった。

「う…」

「また泣く…犬の名前はアニー。食事の時間には牢屋に帰って来い。詳しい世話の方法はあそこで寝ているホルスタウロスに聞くといい」

 カーミルはそれだけ言うと城に帰ってしまう。

 言われた方向をみると、確かに豊満な体をもったホルスタウロスが寝ていた。スヤスヤと気持ちよさそうに熟睡し、涎を垂らしている。

 だが、目を引いたのは豊満な体でも、寝ている格好でもない。

 彼女の体は傷だらけだ。

 ヴィベルもここに来てから傷痕は増えたが、それを比べ物にならないくらい傷痕が多い。

 腕も、足も、体も、顔までいろいろな種類の傷跡がある。

「あの…すいません」

「すぴぴぴぴ」

「その…」

「すか〜」

「ワン!」

「ひゃい! 寝てないで!」

 アニーが吠えて起きたようだった。

「あの…」

 ヴィベルが控えめに話しかける。

「なんやなんや、新人さんかいな〜。挨拶しに来たんか? えらいな〜、ワイはメイっちゅうもんや。ノド乾いたらいってな、おっぱいしぼったるからな。ん? 羽どうしたん? ダーリンにやられたんか? ええなぁ、気持ちよさそで。あ、ワイどMでな? 痛いのが気持ちいいんや。体の傷とか自分でやったんがほとんどや。あ、ワイ挨拶しとらん! これからよろしく。のど乾いたらいってな。おっぱいしぼったるって、さっきも同じこと言ったきがするで。それにしても痩せすぎやで。もっと肉付けなアカン、無理なダイエットは体壊すで。一緒に草食うかって、草食えんの? じゃあおっぱいや! ってなにがおっぱいやねーん!」

「……………………」

 寝ていた時とは全く逆の印象に凍りついた。いっぺんに言われて何から答えたらいいかわからなくなり混乱していた。

「あ、ワイしゃべりすぎ? しゃべりすぎかいな? イヤだったらすぐ言ってなー。少しだけ自重するさかい。あ、そいえばあんさんの自己紹介聞いてないで? はい、いってーなー。さんはい!」

「あ…の」

「はぁ〜い! UNKNOWN ときましたぁ! だーれもしらないしられちゃいけーないー」

「すいません!!!」

「はいな?」

 急にテンションが落ちて真顔で見てくる。

「あの、ヴィベル…です。犬の、アニーの世話を…その」

「向こうに小屋があるやろ? あそこにブラシとか餌があるで。アニーは老犬やから、散歩はそんなに必要あらへん。聞きたいことは終わりかいな? ヴィベルちゃん」

「あ、りがとうございます」

「泣きたかったら、胸貸すで? いつでも言ってな?」

 ゴロリと横になる。

「よ、よろしくお願いします」

 ヴィベルは小屋に行き、中にあるものを確認した。

 言われたとおり、袋に入った餌にブラシ、ノミ取りの薬にホネなどが置いてあった。意外にも大切に飼われているらしく、何種類も置いてあった。

「とりあえず、ブラシかな?」

 ブラシ1つ取っても、大小様々な種類がある。手元にあったよく使われていそうなものを手に取って小屋を出た。

 小屋の前には既にアニーが座って待っていた。

 ヴィベルの持っているブラシをみると尻尾を振って喜んだ。

「お、おすわり」

 命令にすぐ従い、その場に座る。

「いいこいいこ」

 ブラシを使って、毛を梳いていく。綺麗な毛並みは抵抗なく流れていく。ゆっくりと丁寧に全身にブラシをかけていく。

 ブラシを終わらせると、とたんにやることがなくなった。ヴィベルはメイに何をしたらいいか聞くことにしたが、

「ん? 別に何もせえへんでええよ」

「え?」

「基本的に朝昼のブラッシング、朝晩の餌。5日に1回体を洗うだけや。盲老犬やからなぁ、体力がないんで遊びたがらへんのや。ほんの数年前までダーリンと一緒に魔物狩りに出かけられるほどの猟犬だったんや。今はリタイアして余生を過ごすだけなんや」

「余生?」

「犬の寿命はごっつ短いんや。長くても15年ちょい、アニーは13歳。いつ体調を崩してオッ死んでもいいような歳や。だから何か変だと感じた時はダーリンに伝えてな?」

「……うん」

「今日はもうええよ。体、ダルイんちゃう? 飯ぎょうさん食べて元気になり」

「わかった」



 その日の世話を終え、牢屋に戻ってきた。こんなに動いたのは久しぶりで、心地よい疲労感が体をめぐっていた。

 そこへ、カーミルが食事を持ってきた。

「食事だ。食べろ」

「はい・・・…おいしそう」

 言ってから気がついた。食欲が戻ってきている。

「……見張る必要はないみたいだな。食器は置いておけ」

「あの」

「お代りはなし。胃が弱っているときに食べ過ぎるのは良くない。食欲が戻ったからって、一気に食べるのは禁止。少しづつ食べろ」

「ありがと」







「アニー、とってこーい!」

「くわぁぁぁ〜」

 アニーは欠伸をしている。走る気はないようで、ヴィベルを押し倒し、膝の上に頭を乗せて寝始める。

「もう! ものぐさなんだから」

「ワイと一緒やな」

 メイものんびりとしている。転がりながら顔の横にある草をちぎってはモシャモシャと食べている。咀嚼していくうちに目がトロンとしていく。

「2人とも寝てばっか」

 食欲は完全に戻り、ほぼ元の体形に戻っていた。日に日に良くなっていく彼女をメイは嬉しそうに観察していた。

「1日18時間は寝んと調子が出んのや〜」

「メイはそうかもね」

 楽しく談笑している所へ、アッシュがやってきた。

 ヴィベルは小さく悲鳴を上げ、メイの背中へ隠れた。

「ん? ダーリン、どうしたん?」

「今夜だ。用意しておけ」

「えぇ〜ん? ここは嘘でもワイの顔を見に来たって言ってーな! そんな業務連絡はカーミルでも使えばええやん〜」

「うるさい」

 アッシュは一瞬だけヴィベルを見て帰っていく。

「もう行った?」

「行ったで。ヴィベルちゃんはダーリン苦手か? まあ、今は微妙な立場だし、しょうがあらへん」

「ねえ、今夜って?」

「あぁ、ここに住んでる魔物達は何か仕事してるんや。ミリアは助手、カーミルは警護、まだ会ったことないかもしれへんけど、厨房にはゴースト、鍛冶場にはサイクロプスがおるで。んで、ワイは外からのお客さんの相手や」

「用意って?」

「腸の中空っぽにして、水分を多めに取って、傷痕は魔法で隠すんや。まあ、お客さんの趣味によってはなんもしない時もあるんけどな」

「仕事を持てばいじめられないの?」

「そやな、ワイの場合はいじめられるんが仕事やけど」

 ナハハ、と自分で言ったことが面白かったのか、腹を抱えて笑っていた。


***アッシュの部屋***

「アレは、アニーの世話をしているみたいだね」

 膝に乗っかってきたミリアをあやしながら、カーミルに話しかける。

 妙に子供っぽい言葉使いのアッシュを見ても表情は動かない。いつものことなのだろう。

「主人、あの子はなかなか有用だと思わない?」

 探るようにアッシュを見つめる。アッシュは窓からアニーの世話をしているヴィベルをぼんやりとみていた。

「前言を撤回するよ。殺さなくていい」

「了解。部屋は?」

「ヴィベルには、空いている適当な部屋をあげて」

 アレ、という呼び方を止めて、名前で呼んだ。その変化をカーミルは見逃さない。

「了解、ヴィベルの部屋を用意しに行ってくる」

 カーミルも名前で呼ぶ。

「……ヴィベルをここへ呼んで」

「ここに呼ぶってことは、正式に受け入れる?」

「あいつ次第だね」

 カーミルは一礼し、部屋から出て行った。



 アッシュは小さくため息をつく。

「なあ、ミリア」

「あい!」

「ヴィベルに死んでほしくない?」

「ぁうあ!」

 意味を分かっているのか、分かっていないのか。ミリアはアッシュにじゃれついている。

 アッシュは小瓶をとり、中にある薬を手のひらに大量に載せて口の中に入れた。ゴリゴリと噛み砕き、水で押し流す。

 頭の中が冷えてくる気がする。

 目を瞑り、深呼吸する。

「…どう転ぶか」

 暗い表情に、硬い言葉使いに戻った。

 ちょうどよくドアがノックされる。アッシュは低い声で入れと言い、部屋に入れる。

 カーミルが先に入り、後からヴィベルが入ってくる。体は強張り、顔が少し青くなっている。どうやら緊張しているようだった。

「カーミル。部屋の準備をして来い」

「……了解」

 一人にされたことが不安なのか、フラフラしている。それでも眼だけはアッシュを見ていた。

「…さて」

「は、はい」

「お前は何ができる?」

 ひどく大雑把な質問だった。

 ヴィベルはさっきカーミルと交わした言葉を思い出した。



―――いいか? 主人から目を逸らしたらダメ。色々脅しをかけられても、逸らしたらだめ。

―――うん

―――泣いてもいいから深呼吸して自分の考えを言う。


 言われたとおり、深呼吸をして自分を落ち着かせた。

「あ、アニーの世話が、できます」

「そんなもの、メイでも出来る」

「魔法が、使えます」

「その魔法で何ができる? 警備ならカーミルだけで十分だ」

「あぁ、うぅ」

「いったい、お前は何ができる?」

「何でも、します」 

 絞り出すような声。

「何でも……か」

 鞭を取り出す。

「っひぃ!」

 鞭を見た瞬間、その場に蹲りたくなった。膝は震え、涙で目の前がにじむ。それでもアッシュからは目を離さない。

「……」

「……」

 2人ともしばらく無言だった。

 その緊張を破ったのは

「あー♪」

 ミリアだった。

 ミリアはヴィベルに抱きつき、頭をなでる。どうやら泣いているのを慰めているようだった。

「……清掃員がほしかったところだ。ミリアだけじゃ間に合わなくてな」

「え?」

「警備のカーミルまで清掃する始末だ。猫の手も借りたい状態だ」

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 それを理解したら震えてきた。

「…あ、ありがとうございます!」

「カーミルに部屋を用意させている。戻れ」

 ヴィベルは大きく頭を下げ、部屋から出た。

 そして、部屋から出ると同時にその場にへたり込んだ。ドっと汗が吹き出し、息が荒くなった。

「助かったんだ」

「おめでと」

 顔をあげると、カーミルがそばに立っていた。

「カーミルさん」

 胸に飛び込んだ。カーミルはそっと抱き締めた。

「ヴィベルが仕事をもらえる確率は五分五分だった。今ここにヴィベルがいるのは実力」

「……ありがと」

 カーミルはヴィベルを部屋に連れて行った。牢屋とは比べ物にならない。外が見える窓、小さい机にイス、清潔なベッド、クローゼット。

「……わぁ」

「あと、プレゼント」

 小さな小瓶だった。

「薬?」

「エリクサー。体の悪い所を直してくれる最高級の薬」

「なんで?」

「飲んで」

 言われるまま飲みほす。

 体が光り、背中がかゆくなった。それが去ると、慣れた感覚が背中にあった。

「わ、私の羽!」

 焼き鏝で焼かれ、2度と生えないはずだった羽が元に戻っていた。

「これからよろしく」

「……うん、うん」

「また泣く」

 ヴィベルは嬉しくて泣いた。泣いて泣いて声がかれた。

 力尽きるとベッドで泥のように眠ってしまった。

「……おやすみ、ヴィベル」



***夜・アッシュの部屋***

「もう休んだか?」

「うん、ぐっすり寝てる」

「そうか」

「主人、質問。なぜ自分で渡さなかった?」

「俺が行っても怖がるだけだ」

「もう1つ質問。なんであんな最高級なエリクサーもってた?」

「確かに割高な薬だが、大げさだろう」

「そんなことない。切り落とした肉体を再生させるなんて蘇生に近い薬、並大抵のものじゃない」

「……」

「主人、本当は最初から逃がすつもりだった。だから薬を用意した。ヴィベルが勝手に城を歩き回るようになって、薬を見つけ出すように導く。羽を再生させて城から逃がす。そんな所と見た」

「ずいぶん愉快な想像だな」

「もしそうなら、私のしたこと失敗。結局城に留まるようにしてしまった。反省」

「清掃員がほしかっただけだ」

「……了解。そういうことにしとく」

 夜に交わされた会話である。


10/08/01 12:37更新 / Action
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■作者メッセージ
彼女に救いを……って、結局アッシュの奴隷End

え? ヴィベルとのHが無い? 仕様ですw

ちなみに、この話は半分兄に書かせました。どうやらうちの兄はご都合主義がお好きなようですね。

本当は城にいる魔物たちが協力して脱出し、自分を売った貴族を殺しに行くっていう展開にしたかったんだけどね。

そんなことしたらいつまでもベルゼブブの話が続いてしまう。


さて、次回はリクエストがあったワーラビットの予定。

更新はなるべく早くします。

これからもよろしくお願いします。

Action

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