連載小説
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『番外:ナーラの本名』
「……うえ……酷……」
久しぶりにワーグスナーにノートン地方地元民名物の一つ、どろり濃厚系カレー丼を食べにいこうとしたら、そこが全く別のカレー屋になっていた。小物類で明らかに媚びを狙いつつもメインはどろり濃厚系。味にそこまで相違あるまいなんて今からしてみればそぉい!物な考えで食べたら……カツが、チキンカツが油分が……。
「……あそこまで違うなんてね……」
内装がほぼ一緒だから油断したわ。居抜き物件だからまぁ当然と言えば当然かもしれないけれど。ともあれあの店にはもう行かない事に決定したわ。魔物ナルドに行った方がまだ外れがなかったかもしれない……ぅぇ。
体調が悪くなるような心地を覚えながら移送方陣を開き、予約していた簡易宿へと私は跳ぶ。便利になったものよね、移送方陣。昔は下手したら石の中やあの娘のスカートの中やら事故が絶えなかったことを考えると……技術の進歩は素敵、いやマジで。
……さて、口直しにイェンヘス(コニャック)でも口にしようかしら……。このまま寝てしまうのも悪くはないけど……口に入った味を洗い流したい気分でもあるの。
「……」
にしても、さっき偶然ミマーと会ったんだけど……大丈夫かしら。状況から見て魔界風邪確認余裕でした。また魔界候補地が増えるかしら……。まずは無事に治ることを祈りましょうか。

……で、予約していたホテルに到着し、そこまで上質ではないベッドに横たわりながら今後の予定を立てていたんだけど、そんな折りに突然のノック。何か用かしら。
「――失礼します。ナーラ=シュティム様」
「――ルームサービスは頼んでな……い……」
んだけど、とは言えなかった。何故なら、ホテルマンの彼が手にしている封筒の形に、嫌と言うほど見覚えがあったからだ。
「……サインでいい?」
「よろしくお願いします」
備え付けの羽根ペンでサラサラと記して、私はホテルマンから封筒を受け取った。彼がドアから出るのを確認したところで、私は即座に空間を凍結。誰も進入できない場所に一人入ると、そのまま封筒を開き――溜め息を吐いた。

「――どーして居場所が分かるのかしらねぇ……」

ストーカーとか言う奴かしら。この私の全力全開で捕縛しちゃうぞ……単なるご褒美か。

――――――

『親愛なるロメリア様へ』
……私のリアルネームを知っている存在は我が母親と姉妹の他数名だけれど。こんな歯が三ミリほど浮くような書き出しで手紙を出せるのはアイツしかいない。
"漆黒牝馬"バムバーラ。
異種族混合ハーレムを作るバイコーンの中でもわりかし強力な力を持っていて、確かそろそろハーレムの人数が六十の大台に乗りそうとか手紙を送ってきていたツワモノよ。彼女の趣味は精の付くパーティ料理を作ること。……娘を含めて百に近付きつつある大台に乗る人数分を短期間で効率よく作る様子、しかも空間効率のすさまじく悪いケンタウロス族が作る様子を初めて目にした時は、何というか、既成概念が悉くひっくり返される心地がしたわ。
で、私の料理(賄い)を魔王城で一口食べたときからファン……それも半分崇拝も良いところのファンになったらしく、時折手紙を送ってはハーレムパーティの晩餐に招待してくれる。……やっぱりあの後料理教えたのがまずかったかしら。
ただそれだけだったらいいんだけど、その手紙が何故か私が魔王城にいないときにも、ピンポイントで届くのよねぇ……誰が見ているのか分からないけど……何でよ。何で場所が割れているのよ。怖すぎるわよ。
「……」
私はその手紙に付いている返信用手紙にNoを記そうとして……何ではいとイエスとはエスしか書いてないのよ。これはアレか?ムスコニウム宜しくロメリアニウムが不足したとでも言うのかしら?ダンナニウムは過剰なまでに足りているのは知っているわよ。彼女、魔王城魔導部の分裂薬大手顧客だし、毎日使っているのは目に見えて分かるわ。
……まぁいいわ。日時確認して、行けそうだったら行くとしますか。

――余裕過ぎるわ、この日程。見越しすぎでしょう、バムバーラ。

――――――

「……」
と言うわけで数日後に到着したバムバーラ宅は……相変わらず横に広い。流石ケンタウロス族の住居。空間がドア含めて広くて広くて。
「……しかも前に比べて格段に魔力濃度が上がってやがりまして……」
九尾の妖狐もかくもやらと言えるレベルよ。一世紀くらい前のハンスと良い勝負じゃないかしら。違いはその場で乱れるか中で乱れるかの違いでしょうね。
「……さて、まずは呼び鈴をば……う゛」
やっぱり前よりかデカくなってるわ……また拡張したわね。どれだけ遠くなったのか魔力振動をチェック……まぁ、まぐわう場所の基本はそうそう変わらないか。
私は溜め息を吐いて――呼び鈴を叩き鳴らした。
ごぉん、ごぉん……。まるで人々が結婚を祝うときに教会で鳴るような音を辺り一面に響かせ、屋敷の主を呼ぶ鐘。実際万年新婚気分のあの夫妻のことだ。この門を開く旅に側室らの出迎えも含めて結婚式を再現しての仕様に違いない。凄いし羨ましいけど真似はしたくないわ。
1……2……3……。

『――ハイ、バムバーラです。ロメリア様ですか?』

「ええそうよー。現在西門にいるわー」
適度に可愛らしい嘶き声に、私は現在位置を告げた。他に入り口が二つほどあるから、出迎えてもらうのに場所を言うことが必要なのよね。
暫くしたら……普通よりもやや重めの蹄の音が聞こえてきた……って、普段聞くよりも重いんだけど、まさか身重なの?それで呼んだの?参ったなぁ、祝福担当は別の姉さんよ?まぁ略式は出来るけどさ。
などと余計なことを考えていると、おぉ近付いてきた。黒毛の馬体に紫を中心としたウェディングドレス、人間部分の頭上には二本の角……そして明らかにデカい腹。間違いない、バムバーラだ。しかもはらんでやがる。
ん?何か叫んで……ってまさかこっちに向かっているのって――!?

「――ロメリア様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪♪♪♪♪」
「――ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

――キマシタワー建設中につき、暫くお待ち下さい――

「……まさか来て早々ぶち犯されかけるとはこの食のナーラも見抜けなんだ……ってか、身重なのになぜ犯そうとするかね、バムバーラ」
正直自重しなさいよ。当人に反省の色が欠片も見られないのだけにかなり腹立たしい。
「ごめんなさい、ロメリア様……つい、この子のためを思うと、愛するお母さんは切なくてロメリア様を見るとついダイブしちゃうのです♪」
「いや、その繋がりはおかしい」
とはいえ、嫌いになれないのも事実。これさえなければ相当の良妻なのよ。せめて私に対する崇拝さえやめてもらえれば。私は崇拝されるようなタマじゃないのよ。その信仰はせめて滅多に外に出ない御母様にお願いしたいんだけど……難しいか。
「魔王に近しい者の魔力が、胎教にいいという情報をタミアケ出版から得まして……つい♪」
「何その出鱈目情報……ってかただ私とハグりたいだけでしょ?」
バレたか、とてへぺろするバムバーラにデコピンを一発。頭を押さえ涙目の彼女に私は溜め息を吐いた。それしか出来なかった。
「せめて馬の身体スペックをフル活用した体当たりだけは自重をお願いするわ」
インキュバスでも割とヤバいわよ、その衝撃は。うう、と痛みに涙目になる彼女に同情を欠片も抱く事なく、私は前髪を払った。
「兎に角、折角パーティに呼んだんだから、私にも何か作らせなさいよ?割とそれも含めての招待でしょ?」
パーティに参加する事が料理を作ることとどう繋がるか?そんなもの、バムバーラとの付き合いの中で築き上げてきたルールがそれだからってだけよ?それに、たまには厨房に立ちたいしね。帰ったときに迂闊に魔王城で立とうものなら……。

『あ、あの……その、う、嬉しいのですけど……その……私の仕事が無くなって……』

……料理担当のドッペルゲンガーに上目遣いで言われようものなら、うん。引くのが魔王の娘でしょ。まぁ、旅先のコテージは調理場付きのものを選んではいるんだけどね。
ともあれ、折角そういう目的でお呼ばれしたんだから、目一杯腕を振るっちゃうゾ☆……あ、ババア無理すんなと思った人はデビルバグかベルゼバブかラージマウスか好きなのを選びなさいね。
「ロメリア様……♪」
乗りやすいように鞍がつけられた背中に私は飛び乗ると、何故かバムバーラがもじもじと体を揺らしている。何を考えているのかしら。ろくなもんじゃないことだけは直感で確かなんだけど……。

「私の乳首を手綱にして下さいっ♪」
「冗談は休み休み言いなさい。ここで逝かれても困るのよ!」

本当に何を言ってるのよこの痴馬は!普通の手綱で行くわよ!えぇいはいどうどう!

――――――

パーティが大盛況に終わった後、彼女の夫が八人くらいに分裂するのを見届けた後で、私はバムバーラの部屋に案内された。何か話したいことがあるらしい。念のため回避用術式を自分に掛けておいて……と。
「ところでロメリア様」
おい、一体何処から繋がった、とは突っ込まないでおくとするわ。
「ロメリアで良いわ」
「ではローたん」
「随分一気に距離を縮めたわね」
この娘のキャラがいい加減読めないんだけど私正常よね?
「走るの大好きケンタウロス族ですから♪」
「いやそれ返しになってないし」
……何で漫才やっているのか分からないから早く本題に入ってくれないかしら。寧ろ入らなかったら挿れてやろうかしら……駄目ねどう考えてもご褒美だし。
「最近、貴女様の妹様の一人が、他のお姉様方や妹様方に会いに行かれているみたいですが……ご存じですか?」
「へぇ、そんな事をする妹がいるんだ……」
初耳だわ。基本動機が自分の婿探し及び魔界の素晴らしさ、お母様の教えの素晴らしさを教えに旅する姉妹が多い中、動機が姉妹に会いたいなんてねぇ……。
興味を持ったのが彼女にも伝わったのだろう。バムバーラは身を乗り出して私に迫ってきた。明らかに目が爛々と輝いている。
「一度会われたら如何です?以前ロメリア様が行かれた、ジパングの宵乃宮という場所に彼女は行かれたみたいですよ」
宵の宮……あのいなり寿司と葛切り餅の店か……へぇ、中々良いところに行っているじゃない……じゃなくてちょっと待て。何で私がそこに行ったことバレてるのよ。知っているのハンスだけだし彼女はアレでも圧倒的に口は堅いわよ?
「いつも思うんだけどその情報はどこから仕入れるのよ。寧ろ外見も魔力濃度もいじっている私を誰が見つけるのよ」
結構外見とか魔力とかいじってるのよ?若干浮かれて緩んでいたとか?有り得ないとは言えないのが辛いけど。あの時体調悪かったし。でも少なくとも私がリリムだなんてバレるようなレベルでは……。
そんな巡り揺れる思いを、バムバーラの告げる事実は完全に蹴り飛ばしていった。

「その宵乃宮でお食事された店の店主及び、ロメリア様の姿を目にされたオブギョウサマ……ですか?このお二方は少なくとも気付かれていらしたようですよ。あ、ちなみに妹様もその二人に会われているみたいです」

うげ。しっかりばれてーら。しかもおそらくは魔力がうまく働かなかったのかしら。それともバレバレだったのかしら。いやいや、多少外見いじっているし、周りで男性が、何もしないのに前屈みになってヘヴン状態になっていないからそこまでの魔力放出は無かったはず。とすれば……人を見抜く力に長けた妖狐や稲荷達だからこそ出来た芸当なのかしら。で、そこからはカラステングと黒羽同盟の管轄ね……プライバシーもあったものじゃないわ。
「……ま、旅をしていればそのうち会うでしょ。早かれ遅かれ、ね」
わざわざ会いに行くのも良いけど、偶然遭遇する、っていうのも中々乙よね。ある程度近付いたら魔力波長に気付いてあっちからこちらに近付く事もあるかもしれないけど……寧ろその可能性が、はっきり言って大きい。。
あ、そう言えば。
「その娘の名前とか、分かる?」
バムバーラの答えは明確だった。

「確か、"アメリ"という名前だったかと……どうしました?」

……いや、どうしましたじゃないわ……確か割と最近産まれた妹じゃない……まだ十にもなってなかった筈よ……よくそんな旅をしようなんて思い立ったわね……。
え?私の十歳?その頃には料理は始めていたわよ。格闘術はもう少し後から。だから旅に出ようなんて思いもしなかったもの。最近の子は進んでいるのねぇ……。
思わず転けてしまったわけだけど、まぁ仕方ない。仕方ないったら仕方ないのよ。大事なことなので何度も繰り返す。その場を何とか誤魔化しつつ、私は子の屋敷を早々に出ることにした。このままダラダラしていると『ロメリア様も交わったらいかがでしょう!寧ろ一緒に交わりませんか!?』なんてハーレムの一員に勧誘されそうだし。実際以前一回されたし。ただ事じゃなくなりそうだから丁重にお断りしたわ。
――にしても、私の知り合いにはピーキーな魔物が多いなぁ……。妖精代表が脳味噌お花畑のマリィベルに、『血ぃっ!そぉ!その刃が胸に抉り込むときに浮き出て刃を伝う血の表現を求めているのよぉっ!って違う!ぶしゅっじゃないの!ぶしゅっは斬られたスライムが傷を治すために自身の体液を飛ばすための音で(以下略)』なんて歓喜の声で言ってくるリャナンシーのアノンちゃんとか、"黒羽同盟"創始者の一人のブラックハーピー"天網"(テンモウ、と読むらしい。因みに本名不明)とか、芸能事務所やっている姉を持つ山葵売りの刑部狸のスズリ=マーブック、音マニアの'DJ'に、結婚活動支援エキドナのフミさん……まぁ最後は割と居そうな気もするけど。

「……さて」

明日は何を食べようかしらね。その候補をいくつか挙げなくっちゃ♪そう言えば、また別のどろり濃厚系カレーの専門店があったわね……よし、決めた。明日はそこにしよう。
期待を胸に、私はバムバーラの家から、食後の運動がてら飛び立ったのだった。

fin.

おまけ

「……んー」
及第点。それが私がこのカレーに抱いた印象だった。前に食べた場所よりは味も整っていて、コロッケやカツの味も美味しかった。ただ……ルーに濃さを求めていた私としては、ちょっと拍子抜けした部分がある。
甘みがあって美味しい。美味しいけど……私からすれば濃さが足りない。たぶん最初に食べたあのカレーが一番濃いからかもしれないけど……ちょっと残念。
「……」
でもきっと、不思議とまた食べたくなるんだろうなー……高いけど。
13/04/10 23:26更新 / 初ヶ瀬マキナ
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■作者メッセージ
というわけで、マイクロミー様の『幼き王女ときままな旅』にてうちのナーラ……ロメリアを使っていただいた返礼SSでございます。
どうも、本当に有難う御座いました!多分何処かで偶然めぐり会うなんて事もあるのではないでしょうか。その時にはきっと、
「ロメリアおねえちゃぁぁぁぁぁぁん!」
とアメリちゃんがダイビングをかましてくれることでしょう(笑)

では、重ね重ね、本当にありがとう御座いました。

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