連載小説
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『【Auli Ark】でアボガドバーガーを食す』
近くなのに遠く響く、さらさらとした砂擦れの音。波の寄せては返す浮気性な習性に玩ばれる砂にちょっとした同情を覚えるのは魔物の性かしら。少なくとも魔物娘は大概一途だもの。あのハンスだって、“旦那”とはぉヴぇぉヴぇよ?LOVELOVE愛を叫ぼう、愛を呼ぼう。
「……ん〜っ♪」
嗚呼、青い空、遠くに見えるは雄大な積乱雲、耳を澄ますと波の音やうみねこの声と共に聞こえる、恋人たちの逢瀬……にしては妙に生々しい音がちゅばちゅばばっつんばっつん聞こえてくるのは仕方ないことね。それは敢えて耳を塞ぎましょ。青姦は私の趣味じゃないわ……の割に外でいろんな人を逝かせている記憶やいろんな魔物にヤられている記憶が多いのは……目を瞑りますか。
燦燦と照らす、ヴァンパイアが死んでも嫌がりそうな太陽の下、ビキニ姿の私はパラソルの下に用意したベンチで一伸びした後、手にした氷の浮く仄かに乳白色をした透明な液体を一口、舌先で躍らせてからそのまま飲み込んだ。グラスに顔を近づけた瞬間から芳醇に香る南国の香りが、体全体に染み入って広がっていく感覚に、私は体を伸ばした。太陽とは違う内なる炎によってぽかぽか火照っていく体……最高。

「……そんなGreatなmindに合わせるように、耳にするBGM(not嬌声)is Reggae……」
「……出来ればそれはサンセットのときにお願いするわ、“DJ”」

そんな私の隣で、同じようなスタイルで甘酸っぱい、寧ろ酸っぱ甘いシェリーをロックで頂いているのが音狂いサキュバスの“DJ”。右胸の辺りに青地に沢山の黄色い星模様が描かれた、赤と白のストライプが目立つビキニスタイルである。真っ黒なサングラスをかけて濃い紫の液体を飲み干すその姿は、さながらスーパースターかセレブを思わせる。そして例によって首にはヘッドフォン、寝転がっているベンチの下には今まで作ったり買ったりしていた音楽スクロールがびっしり入っている箱が設置されている。前に中身を見せてもらったけれど、ちゃらんぽらんそうな外見に反して意外と整頓が行き届いていたのにびっくり。当人曰く、DJとしてのたしなみというか流儀なんだとか。私にとっての料理器具みたいなものね。
「Oh…YouのいうとおりだYo.」
やや残念そうに、でもそれは仕方ないなといったニュアンスでそう言うと、‘DJ’はヘッドフォンの繋がる先にあるスクロールを入れ替えた。幽かにヘッドフォンから漏れる音楽が変化する。このリズムはサンバか。
どうでもいい事かもしれないけれど、そのオーバーテクノロジーめいたその物体はいったいどうやって開発したの?以前聞いたら「“趣味人”にOrder出したら作ってくれたYo!」などと口にしていたけど、明らかにこの大陸でもジパングでも、恐らく霧の大陸にも存在しないデザインや物品のアイデアをどこから仕入れてきたのかが気になるんだけど……とはいっても、≪ここではないどこか≫の存在を私は知っているし、そこにアプローチをかけようとしている姉様や妹達も何人かいることが分かっているからなぁ……。できればそこの料理文化まで犯されないことを祈ろう……デルエラ姉様を考える限り無駄な祈りだろうけど。
適度にチクチクと刺すような熱とともに、さらさらとした感触を伝える足元の砂。寄せては返す波に湿った部分すら、数分後には太陽の熱で完全に乾くそれを踏み締めつつ、ほんのりアルコールの混ざるココナッツ風味の息を吐いて、私はベンチから飛び降りた。やや怪訝そうな目……は視線含め分からないから気配を投げかけるDJに、コインを一つ親指ではじいて渡しつつ、人々の声が響くビーチの方向へ目を向ける。ん〜、さすがに昼前までぶっ通しでヤるのは滅多にいないだろうし、そろそろ準備しても良いかな?
「……こんなResortでもWorkin’なんてねぇ」
何とでも言いなさいDJ。海といえばそれを盛り上げる店舗の存在は不可欠!特に特別仕様ぼったくり価格で観光客などにサービスを提供する“海の家”は風物詩兼オアシスなのよ!あぁ、あの独特のジャンクな風味の焼きそばにカレー!照りソイソースのもろこしにバターポテト!!っといっても私が食べるわけじゃないんだけどね。寧ろ私は食べさせるほう。このビーチの海の家“Auli Ark”の店主の一家とは10、いや、下手したら100年来の仲なのよね。で、数年に一度『あること』を条件として私が手伝うことになってるってわけ。
「ふふ……ふふふ……!」
そう、数年に一度のこの日のために……私は新メニューを新素材ごと引っ提げて来たのさ!待っていなさいよディオナ!今回も思いっきりサプライズさせてあげるからね!
……というか、私に呆れているDJも大概よ。夜にこのビーチで行われる『オールナイト気分最高峰系フィーバーパラダイス〜ヲトメハヨルニセメルベキ〜』のメインアーティストとして招かれてるじゃない。私は知っているのよ?その箱の中に入っているナンバーのうち、半分近くオリジナル新曲入れてきているの……。

――今私達がいるのは、大陸南南東部にあるリゾート地、リオミーゴ。領主の立場としては魔物賛成派に近い中立派といったところで、『セックス可能区域の区分』『清掃の義務化』といった領の法律を成立させて街の美化や観光地としての品位向上を目指している。後者には食の質と種類の向上も入っていて、メインストリートの一角は店が入れ替わり立ち代り入ったり出たりする激戦区になっていて、その中で不動の一番を維持している最高級レストラン“Adiro Wolf”は予約が10年先という話もあるほどだったりする。10年は待てるから行ってみたいけど、如何せんベラボーに高いのよねぇ。味わい尽くすことはまず無理。だからその辺りは情報を集めてから、名物からちょっと外れた辺りのものを頼んでみようかしら。
まぁそんなことは今はどうでも良くて。それだけ食文化に力を入れているこの領で、都市伝説じみた噂が流れていたりするのだ。領主としてもその真偽を確かめたくて、噂の大元であるその場所に何度か訪れたことがあるらしい。噂そのものについては、こんな感じだ。

『数年に一度、海の家“Auli Ark”にてこの街のどこでも扱われたことのない料理が販売されている。
その味は時として領一の最高級レストラン“Adiro Wolf”に勝るらしい。味わうことが出来れば幸運である』

……そりゃ数年に一度、下手したら十数年に一度しかここで料理しないからね……都市伝説になって然るべきよね。尤も、件の高級店と比べられるのはどこか貧乏人のやっかみが入っているような気がして嫌なんだけど。そもそも高級庶民で旨い不味いを決めるなんて、味蕾の代わりに知識で味わっているようで好ましくないのよ。高級には高級の、庶民には庶民の美味しさがあって、そこに優越なんてものはない、というのが私のモットー。味の優劣は、個人個人で勝手に考えて欲しいわ。
……とはいえ、その『王家』らしからぬ思考のせいで『王女様(笑)』なんていわれている現状は如何ともし難いんだけど……。

まぁいいわ。取り敢えず『都市伝説』の主として、最大限のおもてなしをするだけよ!愛用の調理器具とエプロン(デニム生地にレッサーサキュバスのアップリケが付いたお気に入りのもの)を別空間から取り寄せて身に付け、手をしっかりと消毒した私は、海の家の裏口から厨房へとその身を滑り込ませた。
……さぁて、ここからが戦場だ。既に今日が数年に一度の『特別日』だというのは、店長直々に接客を始めていることから、客は気付いている。何となく外でくんずほぐれつやっていた組も、海の家の様子が何やら普段と違うことにややざわめいているみたい。沸々と興奮してきた。「まさか……」「きたか……」というざわめき声も幽かに聞こえてくる。それに心を昂らせつつ、私は鉄板を熱し、野菜を切り分け、肉を捌き、醤やタレを混ぜ合わせ料理を作っている。明らかにヤバげな色をした赤い液体(?)の入ったボトルをほんのり傾け、下味をつけた挽き肉に香り付け程度に中の液体を垂らしていく。そのままかき混ぜつつ旨みの大元となる出汁を少し注ぎ、旨みを失わない程度に混ぜる。
それを成形しつつ油を敷いた鉄板の上に幾つも乗せ、焼き色が付いたらひっくり返して赤ワインを少し垂らして鉄の蓋をする。同時に輪切りにしたオニオンも同じように乗せる。シュウシュウ音を立て煙を上げる鉄板を後目に、炊けたジパング米をジパング直輸入のドンブリに乗せ、その上に水を切ったレタスを乗せ、輪切りにしたトマトと、透き通ったオニオンを乗せ、エッグを鉄板の上で割る。そして成形した肉――ハンバーグをさらにドンブリに乗せ、サニーサイドアップを乗せ――特製ソースをその上から掛ける!……完成。
それを十個くらい作り終えた辺りで、私は接客中の店長、ディオナに視線で合図した。それを受けたディオナは、シャンソンとDJの音声サンプリングで鍛えた喉を震わせ、高らかに叫んだ!

「――では、本日限りのスペシャルメニュー!『ディアブロコモコ』!一杯リオミーゴ通貨15枚(大体1200円くらいと考えて下さい)、注文は一人一杯、先着百組様限定の販売を開始するわ〜!味は私の保証済み!量が多いので大食らいは一人一杯にチャレンジ!するくらいのつもりで頼んでね〜!」

――店に響くその声と共に、海の家に客が殺到したことは、私にしてみれば意外だった。価格はそこまでぼってはいないつもりだけど、海の家の商品にしては高い値段だから後込みするかと思いきや……やっぱりプレミアって偉大よね!
そこで再び私はディオナと視線を交わし、合図する。寧ろ今回はディオナが先かな。彼女はやや小悪魔アトモスフィアを仄かに醸し出しつつ、客の前で笑顔で、それはもうにこやかに告げた。
「『ディアブロコモコ』をお買い上げのお客様には、ココヤシミルクの価格を一本リオミーゴ通貨三枚から、なんと一枚に特別価格でご奉仕します!しかも本日中ずっと!皆さんどうですか〜!」
これは中々良い戦略。ここのココヤシミルクは地元民の名物の一つで、この機会に旅行く皆様に広めてしまおうという魂胆ね。
……尤も、今回に限ってはそれだけじゃないんだけどね……♪まぁそれは兎も角として。おうおう皆さんがっつくわねぇ、作った私としては嬉しいわよ、とっても♪
でも、みんな気付いてるかしら?ディアブロって、悪魔の一種として認知されているものよ?そんなけったいな商品名が付いた物を、何の警戒もなくがっつくと……大変よ?
「……」
そろそろかしら、と私はディオナに目配せすると、既にディオナは店員数名をココヤシミルク販売場所に陣取らせていた。流石親子、訓練されてるわね。

――果たして、狙い通り、急激にかっこんだ人が一人、また一人と立ち上がり、ココヤシミルク売場に顔を紅潮させながら走り込んでいった!

「――あ〜、やっぱりか〜……」
後追いの辛みが一気に来たわね、アレは。いきなり突き刺すようなものでなく、時限爆弾の如くあるタイミングで炸裂する辛味は、それはそれは強烈なはず。流石ディアブロ。そしてそれでもなお食べたいと思わせる味付けも流石私。特別メニューだからこそ出来るこの冒険、後追い旨辛風味。皆さんも如何……と言っても、後幾つかなんだけどね。

「済みませ〜ん」
その幾つかも売り切れ、いよいよ最後の一つとなったそれを買いに来たのは……人間の男性、それも割と年は若めの男性ね。十代中盤から後半といった案配かしら。癖毛の焦げ茶色の髪が瞳を隠している、どちらかというと内気なタイプに見えた。どうしてこの暑い中長袖を着ているのかは気になったけど……まぁいいわ。
「は〜い♪」
私はドンブリを手にとってトレーに乗せつつ、彼の前に置く。彼はそれを目にすると、鞄から財布を取り出して……硬貨をきっちり十五枚私に差し出した。
私はそれを受け取ろうとして――?

「……どうされました?」

「……あ、あぁご免なさい。つい素敵な手をしているから見とれてしまいまして……」
首を傾げられてしまった……不覚。でも正直動揺はしている。差し出された手に付いていた幾つもの肉刺の形状……アレは間違いなく、重めのナベやフライパンを振るったときにつく肉刺だ。懐かしいわね……私もああなったわ。
たぶんあの子は料理をやっている。それも生業として。あんなに年若いのに苦労しているのねぇ、とおばはん臭い思考をしながら、私は彼の行く末に幸あれ、とほんのり考えつつ……『SOLD OUT』と記された羊皮紙を屋台の前に置いたのだった……。

「――只今を持ちまして、限定メニュー『ディアブロコモコ』の販売を終了しまっす!」
高らかにディオナが響くと同時に、辺りで口惜し声が響いたのだった……。

――――――

……うん、いつもの事ながら皆さん惚れ惚れするほどの食べられっぷりよね……ドン物は食べられない人は残すのに、それに今回は味的に得手不得手がかなり分かれるのに……。
とはいえ、ドンブリを持ち帰る人も割といるわけだけど……まぁそれを含めての価格だし。安価に済ませるためにノームとイグニスの協力を仰いだ甲斐があったわ……。後はリョ……リャナンシーによる『鮮血散る彼岸花』……ってそりゃ私が全力で没にした奴だ……『スミダガワファイヤワークス』の絵。これで器がかなり映えること映えること。
流石夏、灼熱のビーチサイドに辛味が映える。あちこちで「辛旨っ!」の声が響き、ココヤシミルクの甘さにほっと安心のため息を吐く。そんな今回の特別メニュー……ディアブロコモコ。材料は一級品……というわけではない。こういう料理にはハルモニアが大事なのだ。特殊プレイ好きには堪らないHNO3の事じゃないわよ。調和の事よ。
テーマはBurning Heat!!ということで、辛さを受け入れ引き立てるような、深みが出る野菜を中心に選んで、肉はビタミンB1系を入れるためにビーフとポークの合い挽きにした。うん、牛豚鶏と三種の成分が綺麗に揃ったわけね。
……ん?辛み成分がタマネギだけ?ばっかお前……これが付いてたでしょ?コレよコレ。途中肉に下味を付けるときに取り出した赤色のソースと、デミグラスソース(赤)。

――正式名称、デスソース。

辛い物好きのグルメが挙って買い求めるという大陸最高の辛さを誇る唐辛子、ハバニールの他、調理人の手によって特殊加工された、あまり食には適しづらい唐辛子、ジョロギー。他にもハラペーニャやチリといった一般的なそれらを何種類か混ぜ合わせ、その上で他の植物の旨みを加えたそれは……まず辛い。辛いけど辛さの深みに行くにつれて旨みも溢れていくという何とも摩訶不思議な味がするのよ。……まず強烈な辛さが先立つ所為で普通の人はギブアップするでしょうけどね。
『前回』終了後、テーマを何にしようかと大陸南西部をふらつく中で、偶々それを見つけた瞬間、松の丘の剣士が私の背中で絶叫する声が聞こえたのよ!
もう、コレはやるしかない、ってね。
初めのうちはどう考えても激辛メニアックス並に辛み好きでもどうかとな?という出来だったのも、その後お腹が異様に重くなったのもいい思い出……やっぱり万人向けの大衆料理は大変ね。ということで何とか辛さを調整しつつ商品化レベルまで持ってきたわけよ。細かいメニューは此処では割愛するけどね。
ともあれ、しっかりとドンブリの上で調和が生まれたのは良かったわ。生まれなかったらどうしようかと思っていたもの。何年かに一度の楽しみが無くなるのは勘弁して欲しいわけで。
……え?これだけ語っている私は今何をしているかって?そりゃあ……。

「ナーラちゃん玉蜀黍三つにバターポテト!」
「はいよっ!お待ち〜!」

ふふ……メインが終わっても私の仕事は終わらない!店長が前で接客し、私はバックヤードでひたすら軽い食事を作る!なぜなら、これが海の家での私のお仕事なのだから!
「……Fu〜、Summertimeのミューゼッといえば定番はこのスクロールだNe」
DJは店内の音響を担当している。基本陽気な亜熱帯系の曲を流すスタンスのようだ。料理にも合っていて、中々いい感じの趣になっている。
数年に一度のゲリライベントということで、客足はまだまだ途絶えない。普段はカウンターの中にいて触れ合うことの出来ないディオナ及びその筋肉旦那(マッスルダディ)リチェルさんに直接タッチ出来る機会到来!とばかりに大挙して押し掛ける皆さんがいる限り、今日この日に私に安息の時間はないのだ!海で遊ぶ?ボーイハント?一切関係ないね!なぜなら私はリリムだから!……っていうか、この海に来るのは大概やりたい盛りのバカップルと夫妻のファンばかりだからしょうがないね。夜間のイベントのファンはどうせ昼間はどっぷりぬっぷりと指定ホテル内でやっているだろうし。

「ナーラちゃん大盛り激辛焼そば六つ!ニンニクカラミオオメで!」
「はいよっ!楽しんでっ!」
新婚祝いの家族連れもそれなりにいるらしい。大勢で摘みながら椰子の影でずっぷぬっぷしたりビールを口にしたりするのだろう。まず私の家では考えられない民間的ドメスティックな祝い。それでも、あぁそれでも微笑ましいったら無いわ。素敵じゃない。やっぱり酒とカラミは交流の潤滑油だNE!
……あ、セクハラを働いた客が数名ディオナに巻き付かれたり、リチェルさんにビンタを食らったりしている。この店の名物光景として評判高いこの二つの行動……あぁ抱かれるはディレンマね。これ目当てでセクハラする人もいるし……。
「……ん?」
……と、店舗の一角で何やら一人で食事を黙々としている子発見。誰やら……と、焼そば最後の一玉を焼き上げて渡すついでにちょっと覗いてみたら……。
「……あの子」
今日ディアブロコモコ最後の一個を手にした料理人の少年だ。それが悩みながら、何か考え事をしながら一口食べ、そのまま手元のメモ用紙に何かを記している。……食べながらメニューの材料でも探っているのかしら。今回は特別なメニューは使ってないわよ。ほんの少量のデスソースくらい。
にしても、随分熱心だこと。ここの料理か、それとも私の料理かが気に入ったのかしら。

「ナーラ!ポテスラあとどれだけあるの?」
「あと一箱くらい!」

そろそろ補充が必要かしら。私は保存空間の扉を開き、事前に用意しておいた凍らせた材料を取り出すと――そのまま解凍。油を敷いた鉄板の上に蒔くように乗せたのだった。
太陽は徐々に傾きつつある。さぁて、もう一踏ん張りね……。

――――――

「「ありがとうございましたー!」」
家族総出、それこそ母親から孫まで総出で客に挨拶するディオナ一家。蛇の尻尾をピコピコと振る姿は何とも可愛らしいわけで。
既に海は夕日が赤々と輝いて皆の影を伸ばしている状況。家路を急ぐ……というよりはオールナイトで交わることが出来る空間を目指して散っていく客足を眺めながら、私は簡易式の椅子に腰掛けつつ、テーブルに肘と乳を乗せ、頬杖をつきながら塩梅を訪ねてみた。
「……で、売り上げはどうだったの?」
計算していたディオナの次女:ラベールが驚いたような声で私の胴に巻き付きつつ言った。何故巻き付く。
「――シーズンを通じて算出された一日の平均を、遙かに上方修正していますよ〜!さっすがリリム様々〜♪♪」
「こらこら、ラベール。リリム様、じゃなくてナーラが凄いのよ。他のリリム様じゃこんな事は出来ないわよ?」
寧ろしようとしない、と言うべきか。勇者候補を手込めにして部屋でラブラブちゅっちゅしている姉様や妹を見ていると、どれだけ自分が異端か理解できるものよ。
ラベールに突っ込みを入れたディオナは、絵画が趣味の三女:エレーヌが父の肉体美を詳細に描いているところを通り抜け、厨房に立った。ようやく、約束を守って貰うときが来たらしい。
「とはいえ、正直こんなに大盛況になるとは思わなかったわ。ありがとうね、ナーラ」
「いえいえ、どういたしまして。貴女の先代の先代のそのまた先代からの付き合いだもの。呼ばれなくても数年に一回は尽力するわ」
いい感じにおばさん……いや、おばあさんしてる気がするわね、私。仕方ないじゃない長い付き合いっていうのも本当のことなんだから。
まぁそんなことはどうでもいいの。それなりの収益が出たのなら、それはとっても嬉しいなって事で、お手伝いに対する報酬の『新作予定メニューの豪華版』を待たせて貰うわ。
「……ふぅ」
既に野外ステージではDJが音響器具関連のチェックを開始している。手取りでバイト代をそれなりに貰っていたけど、きっとすぐさま器具開発代に使うんだろうなぁ……。
因みにDJはサンプリング音声にはディオナに限らずラミアに頼むことが多い。彼女らの声には魔力があって、人をうっとりさせる効果があるからだ。だから催淫系トラックや催淫音声作品を作る彼女とは相性がとっても良いのよね。デルフィニウムに勤める前には一人全大陸スカウトキャラバン的なことをやっていたらしいし。……普通はしないわよ?そんなこと。
ともあれ、そんな縁があると知って今回共闘してもらったわけだけど、まさか今日当分の人件費差し引いても十分利益が出るとは、中々私も衰えてはいなかったわけね。ふふ。まぁ衰えさせる事なんかないわ。食を語るには、まず自らも作り、食していくほどの向上心が必要だもの!さて、早く来ないかしら……。

「……あら?」

と、そんな事を考えつつ浜辺の方を見ていたら、一人ゴミ拾いしている子が……あ、あの子。
「……ねぇ、それ、どのくらいで出来そう?」
確認したところ、十分から二十分くらい掛かるとのことだったので、私は椅子から立ち上がると、ゴミ拾いをしている……料理人の少年のところに行くことにした。……しかし、結構ゴミが落ちているものね……拾っておくとしましょうか。

「手伝うわよ?」
「あ……はい、有難うございます」

挨拶はあっさりと。巨大なゴミ袋を手に横にまで歩いていったら、それだけで同じ志の人だと思ってくれた。挨拶ついでに袋も渡しておいたわ。だって彼の持っていた袋じゃ、この辺りのごみを入れるには小さすぎたんだもの。
黙々とゴミを一緒に拾う私と彼。「当たってるんですけど」「当ててんのよ」プレイをしたいところだけれど自重するとする。確かにわりと汚かった。というか何名か、ドンブリを砂浜に捨てやがった奴がいたことがショックだった。完食はされていたので酌量の余地は与えよう。シースライムの針で痺れるくらいの罰で許す。
「……しっかし、よくここを綺麗にしようなんて行動したわね。感心しちゃうわ」
少し沈黙に耐えられなくなったので、私が彼に声をかけると、彼は手を止めることなく、優しげな響きを持った声で返してきた。
「――『料理人たるもの、提供するは食ではなく、心と知れ』と、店長からは教えられてきました。お客様を心からもてなすためには、まず迎えるための環境を整える必要がありますから……」
「成る程。だからこそ、明日もお客様を迎えるであろうこの店周辺のゴミを掃除してくれていたわけね……」
環境からこだわる教育がしっかりとなされている。ということは、相応の料理店の出身なのかしら……?ちょっと聞いてみるとしましょうか。
「にしても、最近は安価な労働力を求めて教育を割愛する場所が多い中で、中々良い教育がなされているわね。どこの店に勤めているのかしら?」
行ってみたいんだけど、と言外に匂わせるような雰囲気をかもし出しながら口にした言葉に、彼は木の串を手に取り、袋の中に放り込んだ。そのまま少し考え……。
「……まだ見習いの立場ですが、“Adiro Wolf”に勤めています」
……よりによって最高級の店かい!!こりゃびっくりだよ。というかまさかこの店で私の料理を夢中で食べていたのって……。
「へぇ、若いのに凄いのね……」
驚愕の感情を抑えつつ、私はただ当たり障りのない言葉で返した。寧ろそれが精一杯だった。
再び無言。潮騒の音とゴミが袋に入っていく音が辺りを満たす中、今度は彼が私に話しかけてきた。
「……それにしても……凄いですよね」
「?」
何がかしら、と不思議そうな表情を浮かべる私に向けて、彼は食べてきた味を意識の中で反芻するように唇をぺろりと舐め、やや輝かしい瞳で私を見つめていた。
「……まさか肉自体に少量のデスソースを練りこんだり、デミグラスソースの玉葱・セロリの量を増やしつつそこにデスソースをほんのり投入したりして、辛味と旨味の両立を図っているとは思いませんでした。分量計算を間違えばその時点で食べられなくなるであろう代物を、一般食レベルにまで昇華したその技量が素晴らしいです、ナーラさん」
「あ、有難う」
ばれてーら。まさかデスソースを知っているとは。流石見習いとはいえ領一のレストランの料理人……。しかも一般向けにすべく分量バランスを崩していたことまで理解しているとは。……私並の舌を持っているんじゃないかしら?そんな私の思考を知る由もなく、彼はそのまま自分の世界というか記憶の中に浸っていた。器用にゴミ回収しながら。
「ああ、その後食べたジャパニーズソイソースを使った玉蜀黍、あれも中々美味しかった。塗り加減によっては塩が勝るあれも口にした瞬間にコーンの持つ甘みが濃縮されて口の中でぶわっと広がる感じ……、バターポテトもホクホクとサクサクの中間点で上手い具合に焼き上げたポテトの甘み、揚げることが主流のこの地域ではまずこの時期にしか巡りあえない調和が何とも素敵で、ケチャップのようにポテト全てをその味に染めてしまうものが無いから味気なくなると思いきや塩と胡椒、そして焼きオニオンが良いアクセントとなって病みつきになりそうで……っ!?」
……間違いない。この少年、私と同類だ。食を愛して愛してたまらない類の人種だ。しかもそれに相応しい才能も備えている。……良い食にめぐり合えたと感じた瞬間の夢想モードまで一緒とは。で、夢想モードが解除されて羞恥に悶える彼の姿を尻目に、私はこの辺り最後のゴミを拾い終え、彼の肩を叩いた。
「……ねぇ」
「は、はいいっ!?」
まーだ恥ずかしがっていたのねこの子は。そんなこと私にとっては無問題も良い所なんだから気にしなくてもいいのに。そりゃぁ……他の人が見たらキモいと思われるかもしれないけれど……私にとってそれは魅力よ?そんなんだからこの年まで旦那の一人もいなかったりするわけだけど……。なんて悩みよりも、私は彼と、一緒に食事をしたいと、この時初めて強く感じたのだ。理由は分からないけど、もしかしたらスピリチュアル的な何かに反応したのかもしれない。
私は彼の耳に、そっと唇を近付け……そよ風に乗せて呟いた。

「……これから、一緒に食事しない?嫌とは言わせないわよ♪」

――――――

「お待たせしたわ。『絶品!アボガドバーガー』よ」
何で二つ用意されているのよ。どれだけ直観力があるのよディオナは。アレか。私が彼に近付いたからか。まぁ確かに私がボーイハントじみた事をするなんて早々無いんでしょうけど。ラミアの直感、恐るべし。
「あ、あの……良いんですか?僕も戴いて……」
恐る恐るディオナに聞く彼に、ディオナは優しく、そして有無を言わさぬ声で告げた。
「当たり前じゃない。一ヶ月近く、この店に足繁く通って、メニューを全部完食してくれたんだもの。しかもこの数年に一度のラッキーディにも店に来てくれたんだし、ナーラと一緒に味わっちゃいなさい♪」
常連だったのか。でも高級レストランの従業員である彼がどうしてこの海の家に……理由は一つしかないか。
「……もしかして、『噂』の真偽を確かめるために足繁く通っていたとか?」
私の言葉に、彼は笑顔……ではなく少し困った顔で頷いた。
「……ええ。私の勤めるレストランよりも上かどうか、一度自分の舌で確かめたいと思いまして。尤も結果は、『ベースボールとフットボールはどちらが凄いの』と聞かれているようなものでした」
そりゃB級と本格派では極めるものが違うでしょう。それが判っただけでも大きな収穫、と彼は言っているけれど……ねぇ。
ま、それは兎も角、早速味わってみるとしましょうか。手を合わせて……。

「――戴きます」
「――我らに恵みを与えたもう神に感謝します」

それぞれの流儀こそあれ、眼前の食事に対して行なう事は一つしかない。一面だけ開いた、四角の紙。その開いた面を自らの方向に向ける。私の目に飛び込んでくるのは、視覚的にもサクサクとしたバンズに、青々とした――正確には緑色と黄色が見える――畑のバター、アボガド。指に伝わる感触から考えて、これ以上ないほどに詰め込まれているようだ。その下に見えるのは赤々と輝くトマトに、よく炒められた玉葱、シャキシャキとした瑞々しいレタス、そして肉肉しいパテ。それらには落ち着きの焦茶色のBBQソースが掛かっている。
その下には……玉葱が入っているんだろうか。珍しいわね、玉葱二段って。そしてバンズがそれらを受け止める。構成としてはシンプルながら、どこか有無を言わせない迫力を誇るバーガーがここにあった。……というか、私の掌が中にすっぽり納まるサイズのバンズって時点でかなり大きいんだけど。それに恐らく軽い辞書ぐらいの厚み……他の国ではチャレンジメニューとしてこれよりも遥かに大きなバーガーが出されるって聞いたけど……これでも十分大きい。流石特別版。彼もその大きさには驚いているみたい。
けれど……無償にむしゃぶりつきたくなるフォルムをしている。例えるなら弾力と柔らかさを兼ね備えた未だ垂れる事を知らないおっぱいに男性がむしゃぶりつきたくなるようなあの衝動。そしておっぱいと違うところは、歯形を残すぐらいに盛大に齧り付けるところ!
私は気付いていなかったけれども、彼もまた同じタイミングで同じことを考えていたらしい。そして袋を動かすタイミングすら、彼とシンクロして……がぷりっ。

――瞬間、私たちに電撃が走る――っ!

「!!!!!!!!!!」
「……これは!」

一口食べたところで目を輝かせ、私と彼は目を見合わせた。間違いない。この中に、レタスからトマトからパテからアボガドにまで全体的に、掛かりすぎるわけでもなく少なすぎるわけでもなく適度に掛かったバーベキューソースが、ハンバーガーの具に特徴的な散逸しがちな個性の強い食材の味を纏め上げている……!
バンズの乾いた甘み、トマトの酸味、レタスの冷感と食感、肉の濃厚な旨味、オニオンの甘みと食感、そしてアボガドの持つ、湿潤とした甘み……それらを纏め上げ、ちょっとした刺激と共に旨味の境界を飛び越え私たちをその先にある世界へと一気に連れ去っていく……!
というか、アボガドの質がかなり良い!ジパングのスシでネギトロというツナを使ったネタがあって、一度口にした事があったのだけど、それに近しい、舌先で蕩けて体全体に甘みが行き渡るあの感触がたまらないんだけど!これ、ドンブリ物にも使えるんじゃないかしら!?山葵にネギにソイソース……色彩さえどうにかすれば、の話だけどね。それだけじゃなくて、アボガドと肉の相性がいい。同じ油物だから?それとも、肉の持つ熱く美味い出汁が、いい感じに淡白な甘みを持つアボガドの風味とマッチしたから?いずれにしても……玉葱の刺激もあってかなり美味しい……すんごく美味しい!!
もう一口、がぶりと齧り付き、さらに一口。野蛮人かと思われるような食べ方をしているけど、正直このメニューにナイフとフォークは似つかわしくない!汚れてもいいから、喰らい付くべき食べ物なのよ!まさにワイルド…何かデニムに身を包む太い人が浮かんだけどまぁ無視。
あぁ、それにしても本当に美味しい。バンズが少しライ麦を使っている所為か、ちょっとした苦味があるのもグー。アボガドがたっっぷり入ってはいるけれど、ただ詰め込んだわけではなく、食べた人が美味しいと思える程度の量だけ入っているのもまたいい。これの廉価版で、どれだけ味を落とさずにいられるのかが気になるけれども、普通に売り物として成立するわ、これは。
何故か余ってしまうバンズは、袋の底に溜まったBBQソースに浸して……うん、美味しい。トマトの酸味がいい感じに食欲を刺激して、オニオンの甘みが脳天に突き刺さる。ありとあらゆる紙の中の小宇宙(コスモ)が溶け合ったBBQソースは、味の格が初め味わったときよりさらに上昇していく……!

「――ご馳走様でした」
「……我らに恵みを与えたもう神に感謝します」

……完食し、中身が空っぽになった紙を目の前にして、私達はそれぞれの流儀で、手を合わせたのだった。
その様子を、ディオナ一家はどこか微笑ましそうな視線で見つめていた……って、リチェルさんまだポージングやっていたのね……。

――――――

「また機会があったら、もう一度一緒に食事したいわ」
「ええ。その時にはこちらに連絡を下さい。日程を調整しますので……」
既に黄昏を通り過ぎて、魔力灯がぽちぽちと闇を照らし出す時刻になったところで、私達は私が宿泊するホテルの前で別れることになった。本当はもう少し一緒にいてもいいかな、とかいう思いもあったとはいえ、急にがっつきすぎるのは何と言うか、私のポリシーに反する。
ここに至るまで、色々な事を話していた。大半は料理談義。私の知らない調理法や、彼の知らない材料の話。そこからどう応用が出来そうか、どうしたらさらに美味しくなりそうか、自分の経験則や噂を交えつつ二人で話していた。……もしかしたら、今までで一番、楽しい時間かもしれない。思えば、他の人や魔物と料理談義する事なんてなかったからなー。酒談義はあるけど。
そうして……次回会う約束と彼の住所情報を取り付けたところで……私は彼に、一番大切な質問をすることにした。
「最後に……名前を教えてもらえる?」
私の質問に、彼は……少しはにかみながら返した。その表情は現在浜辺で、ピクシーとリャナンシーが司会進行を勤めているDJのイベントの、ファンファーレの騒音にも負けないくらい何処かパワフルで、とても輝かしいものだった。

「――アルス。アルス=T=アグルスです」

――これが、将来的に私の旦那となる料理人、アルスとの馴れ初めだったりする。

Fin.
13/04/10 23:26更新 / 初ヶ瀬マキナ
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■作者メッセージ
※因みに、本物のデスソースはハバネロとジョロギアは同じ瓶には入っていません。サルサ風味なのでカリカリのひき肉やタコライスと合うかも。つまみには最適。
※ロメリアの本名の理由がこの作品で分かった人はきっと音ゲーマー。

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