連載小説
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それぞれの後日談
戦後の処理が済む前にみんながどうしてもというから姫様の即位式が開かれることになったのは今朝のこと。必死で準備をして昼前にどうにか用意を済ませて、正午になって疲れ切った顔の立ち並ぶ即位式が終わると、今度は戦後処理だった。
クルツ住民側の要求やらマイオスさんベッケラーさんナンナさんの三領主の要求やら最後まで動かなかった自称中立派の領主たちの言い訳やら、いろんなのが絡まり、特に中立派が駄々をこねて、会議が長引いたのは言うまでもないだろう。
決まったことにはクルツにとって大事なこと、譲れないことも多くあった、クルツ独立の正式な承認に、それに伴う自治権の確保、貴族制度の変更に中央集権体制。
そしてまた、奴隷制度の廃絶と奴隷解放、今まで奴隷に深く関係し利益を得てきた中立派の領主には厳罰が下されることも決まっている。
それを聞いたとたんに一人が兵を使って会議から強行離脱したくらいだから、よっぽど重い刑罰だったんだろう、おかげでより重罰が下ることも決定してたけど。
「そして今度は祝賀会、精力的に働きすぎで死人が出るんじゃないかな。」
そう、戦後処理が決定されてとりあえずひと段落したと思ったところで、今度開かれることになったのは祝賀会だった。当然みんなてんやわんやで、食品から食器やらそんなものを王城内の無事だったところとかからかき集める羽目になって、そして翌日の真夜中になってようやくすべての準備が整って祝賀会が始まった。
当然姫様やリィレさん、それに僕たちと言ったこの戦争の主だった面々はいろんな人たちから騒ぎ立てられて、大変な目にあって一時間くらい解放してもらえなかった。
吹雪はこれを見越したのか「帰国する」って日本語で置手紙だけ残して抜け出していったみたいだし、如月は必死に姫様を詰め寄ってくる人たちから守ってたし。
「大変だよね………あたし目立たなくてよかった。」
僕の隣に腰かけた天満がそんなことを言いながら僕の手に手を重ねる。
「したいの?」
「うん、だからさ、ここ抜け出して幕舎に戻ろうよ。」
「僕、足折れてるんだけど?」
戦いの後で姫様に診て貰ったけど間違いなく折れてた、今は添え木を括り付けて少し強引に固定して、杖も貸してもらった。
「わかってる、今日はあたしが腰ふるから。ダメ?」
「我慢できない? それとも、出来るけどしたくないの?」
「できるけどしたくない。だって………早く子供が欲しいんだもん。」
そんな風に言って天満が僕の手を握りしめる、そうして僕の顔を下から覗き込んだと思ったら迷わずキスをしてくる。
舌を差し込み、口の中が舐めまわされるのを甘んじて受け入れて、逆に僕からも天満を抱きしめて逃げられないようにする。こうなったらなるようになれだ。
「こんなところでイチャイチャしてたのか英雄。」
そんな声がして僕たちがあわてて唇を離すと、近くに猫姉妹を担いだランスが立っていた。
「クリムとシェンリはどうしたの?」
「酒に酔って潰れた。風に当てに来たら先客がいたんだが、俺は席を外すべきか?」
「………いや、いていいよ。」
天満がそう答えると、ランスは猫姉妹を魔法で作った台の上に転がして僕たちの隣に座り込んだ。どことなく疲れた顔をしている。
「フブキがいないな、逃げたか?」
「『帰国する』って置手紙があったよ、逃げたね。」
こうなると予想してたわけじゃなくあくまで「柄じゃない」から抜け出したんだろうけれど、結果としては正しい判断だったってことになるんだろう。
戦後処理の時に受け取る筈だった報酬も受け取り拒否してたし、そう言うやつだから仕方ない。
「ところで、たくさん拘束した兵士がいるけど彼らはどうなるの?」
「いろいろ選別があるから細かい過程は省くけど最重要犯――この場合貴族議会や王女軍に敵対した貴族だな――あいつらは姫様が終身刑にするつもりらしい、寿命で死ねる奴はともかく人魚の血を飲んでた連中は生き地獄だろうな。」
ランスはそうやって言い切った、大したことでもなさそうに。
けれど僕が聞いたのは兵士のことだからまだ続くだろう、そう思っているとやっぱり
「一般兵は被害者とかとのすり合わせがあるけど二つに分けて、魔界に送るのと送らないの、送らない方は送らない方でこれも犯した罪の軽重で処置を複数段階にするみたいだし、甘いんだよあの姫さん。」
「いっそみんな魔界に送れば。って言いたいけど妥当な判断だと思うよ? 職業軍人はある程度いたほうが国の安定に繋げやすいだろうし、罪の軽重問わず厳罰を科してたら国民から反感を買うよ。」
「そいつはそうかも知れんが………」
魔物の夫になることが一概に幸せともいえないかもしれないけれど、少なくとも生活に困窮することがなく、ある程度の快楽も与えられるんだから重犯罪者をむざむざそうしてやることもないだろうし、僕は妥当だと思う。
上に流されてとりあえず戦ってた兵士も少なくないだろうし、こっちの味方をしてくれた兵士や残された民を守ってくれた兵士もいたらしいからなおさらだ。
「お前はこれからどうするんだ? 王国で仕官する道も姫さんが提示してくれたんだろ?」
「クルツに行くよ、あそこの暮らしは好きだったし、王国中枢部に関わってると恨みも買いそうだから平和には暮らせないと思う。しばらくは傷つけられないようにじっくり愛を育みたくて。ね?」
「うん。」
ランスの質問に答えて、天満に賛同を得ると軽くキスをする。
これが僕の選んだ未来、大切な家族と平和な時を過ごす未来。




祝賀会の晩、俺はマイオスさんに手配してもらった馬車に乗ってイグノー王国への帰途についていた。もちろんハートや英奈さんも一緒だ、マイオスさんが途中まで送ってくれる。
「私が言えた義理ではないが……本当によかったのかい?」
「ええ、祝典とか莫大な報奨とか、俺の柄じゃないんですよ。金なんてあっても得になるかわからないのはみんな知ってるでしょう。」
昊や天満は褒賞については他のクルツ住民たちと同様に復興のための予算の一部として使うみたいだし平崎に関しては褒賞を受け取ることすらないらしいから、褒賞を受け取らないのは何も俺に限ったことではない。
「他の友達は皆祝典に出席しているのに君だけが帰国するのは………」
俺とほかの三人が違うのは祝典を堂々と抜け出してさっさと帰国してることだ。
こればっかりは俺たちとマイオスさんくらいしかやらかしていない、下手したら不敬罪に問われるんじゃないだろうか。けど俺には後悔もなければ罪悪感もない。
「くどいですよ? それよりあっちの馬車から顔出してる御嬢さんがマイオスさんの奥さんです?」
俺たちの乗る馬車に隣接したもう一台の馬車からは、ウサギの耳を生やした少女と幼女がこちらの様子をうかがっていた、ワーラビットと言う魔物だそうだ。

「ああ、結婚に至った理由は私の一目惚れで、プロポーズしたのも私だ、いい女だろう?」
「俺の妻と愛人の方が良い女です。」
鼻高々に言うマイオスさんに俺がそう答えると、笑顔で睨んできた。
嫁自慢ほど、魔物の夫同士で花が咲く話題もきっとないだろう。
その後俺たちはしばらくの間お互いの女がいかにいい女なのか熱烈に語り合った、勿論決着がつくことはなく、議論と言うよりはお互いの妻のいいところを相手に自慢しただけの良く考えたら何の実りもない時間だったが、これがまた楽しい。
「楽しかったよ、君とはまたいつか会いたいね。」
「俺もそれは同意見です。傭兵が必要な仕事ならヘラトナ村の斡旋所まで出してくれたら飛びつかせてもらいますよ? 報酬は交通費含めしっかり出してもらいますけど。」
「依頼を送るだけでも費用がかさみそうだね………」
マイオスさんは苦笑いしながらも、それもいいかもしれないと思ってるようだ。
「これからしばらくローディアナは荒れるだろう。抱え込んでいる奴隷を解放されることに貴族は少なからず反発するだろうし、貴族議会の議員もいくらかには空間移動魔法によって逃走を許してしまった。できれば、イグノーの傭兵ギルドとのパイプ役がいてくれると助かるのだけれど…………」
「そう言う話なら、努力してみます。それに関しては平崎や昊たちのためになるからもちろん無償で。」




祝賀会も終わりに差し掛かるとさすがに姫様のところに群がってくる人も少なくなって、私たちはようやくゆっくり食事ができる状態になった。
「大変な目に遭いましたね、まさかあそこまでとは。」
「そうですね、やれやれ………」
まだ話しかけてくる人はいるけれども、私たちは食事をしながらそれに答えた。
「ようやく、話す機会が来ましたね。あのときは失礼しました。」
そう言って私たちのところに来たのはアッシュさんだった、それにアルベルトさんやマーカスさんも、カーターさんを連れて寄ってきた。
「君がキサラギかな? 直接話すのはこれが初めてだな、王国軍近衛騎士団副長のアルベルトだ。」
アルベルトさんはそう言いながら私に握手を求めてきた、背が高くてたくましい体つきの人だけど、その笑顔は朗らかであまり重圧は感じさせなかった。
「王国近衛騎士団団員、マーカスだ。」
マーカスさんも握手を求めてくる、アルベルトさんより背が高くて物静かで冷たそうな雰囲気がある、けどこの人も悪い人じゃないと思う、勘だけど。
「わかっているとは思うが、近衛騎士団参謀、ケインだ。」
また名前がケインに戻ったカーターさんもなんだかふてくされた顔で自己紹介する。
「あらあら、ケインはそんなに愛想がないとこれから苦労しますよ?」
姫様が何故か妙ににこにこしてケインさんの頬をつつく、鬱陶しそうだけど相手が相手だからなのか、ケインさんに抵抗するそぶりは見えない。
それを複雑な表情で眺めていたリィレさんに向かって、今度はアッシュさんが。
「リィレ…大切な話がある……来てくれないか?」
「………わかった。」
リィレさんの顔に仄かに赤みがさしていたことを私は見逃さなかった。そう言えばアッシュさん関連でいろいろケインさんに弄られたり機嫌悪くしてたし……もしかして
「ようやく結婚の日取りを決める気か。」
「『王女の即位まで結婚はしない』と誓っていたのが、昨日即位したので問題なくなったわけですからね、ようやく長年の恋が叶うのですからリィレも内心嬉しいと思いますよ。」
「やっぱり……リィレさんとアッシュさんって恋人だったんですか。」
周囲の人たちがみんな私たちを見る、揃って「知らなかったのか」「なんで誰も言って無いんだよ」と言いたげな顔だった、姫様もリィレさんも一言も言ってくれなかったのだから仕方ないと思ってほしい。
それにしても、仕事人間だと思っていたリィレさんにも恋人がいたとは思わなかった、それは確かにお年頃の女性だし恋の一つもしてなくてはおかしいけど。
「ええ。リィレとアッシュは自分たちの意思で婚姻を決めていましたので私とライドンよりもよほど健全で健常な交際でしたよ。片方が片方を憎んでいなかった分。」
それは片方が片方を憎んでいる交際を健常と言える人の方がどうかしているから当たり前だけど、姫様はライドンのことを本心から憎んでいたんだろうか。
「ライドンはどうなったんです?」
「………舌を噛み切ったところが発見された。蘇生した医師の制止を振り切り、今度は奇声を上げて城壁に上って飛び降り、頭から砕けて死んでいる。」
「う………」
気になったから聞いてみたけれど、聞くんじゃなかったと思うような返事がケインさんの口から出た、姫様も苦い顔をしている。
姫様大好きだったみたいだし、こっぴどく振ったと姫様が言っていたから相当ショックだったんだろう、だけどまさか、自害するほどとは誰も思ってなかったらしい。
姫様が悲しそうな顔をしたのをケインさんは頬をつつかれながら見逃さなかったらしく、背中に顔を押し付けてうつぶせた彼女の頭をポンポンと軽く叩く。
もう一度姫様が顔を上げるのを待っていた皆のためなのか、姫様はすぐに顔を上げた。
「ここから先、戦後処理は忙しくなりますよ。覚悟はいいですか?」
虚勢を張ってでも言って見せた姫様に対し、みんなが頷いた。


12/09/05 14:27更新 / なるつき
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■作者メッセージ
三条 昊
戦争の後クルツに帰り、戦後褒章を一部ちょろまかした金で家を買い、そこで天満とともに暮らす。領主館に役人として努め、主に王国との外交を担当する。
引く手数多だったがもっとも落ち着ける仕事を選んだのは、妻と生まれてくる娘のためだと本人は語る。

三条 天満
昊とともにクルツに住み、少しして妊娠する。サキュバスとしては驚くほど早い懐妊だったが皆「そんなこともあるだろう」で済ませたそうだ。
家族が増える反面、娘の独立まで夫と睦む時間が減ることに本人は複雑な心境だった。


ハロルド・ラギオン
正式なクルツの独立と自治獲得を得たあとで帰還、父に報告するとすぐに愛する妻子の顔を見に行った。
しばらくクルツでのんびりした後、王国の復興支援のために編成された組織の陣頭指揮を執ることになる。当然妻子と会う機会はまた減った。

ネリス
夫とともにクルツに帰り、思う存分行為に及べなかった鬱憤を晴らすように一昼夜激しく睦み合った。
普段は領主館で仕事をしながら魔物であることを隠すことなく王国の内情調査に付き合うことも多かった、「隠す必要なく王国を歩ける」のは大きな進歩だと語る。

ランス・ラギオン
クルツに帰り、幼いころから交際を続けてきた猫姉妹ととうとう式を上げる。
南部開発局統括としての仕事のほか執筆した伝記が王国内で有名になり、そちらの増刷にも追われる羽目になった。これが皮肉にも印刷技術の発展の寄与したという説もある。

ロイド・ストライ
王国軍への加入を熱望されるも本人は完全否定し、クルツに戻って南部開発局員として働く。
何度かの組手でついに妻ルビーに勝ってからは、夫婦での意見に格差は無くなりそれまで以上に仲睦まじい夫婦になったという。

リバー・ウッド
吹雪に連れられて行ったクルツがかなり気に入ったらしく永住権を取る。
まだ若く色々なことを知らない彼は共通学舎で勉強しながらどんな仕事に就くのかをじっくり考えるつもりのようだ。

チェルシー・ウッド
兄リバーと同じくクルツに居住、既に服屋でアルバイトを始めるほど馴染んでいる。
服屋店長トリーに服の作り方を直々に習い、ゆくゆくは福屋の後継者として名乗りを上げるつもりと本人は言うが真相は定かではない。

ベル
恋人であるリバーやその妹チェルシーに連れられる形でクルツに居住。
アルラウネの蜜が手に入らないのではないかと危惧していたが、クルツにアルラウネが一人入植したおかげでその問題は解決した。


因幡 吹雪
帰国後、ハートを妻、英奈を愛人にし傭兵稼業に戻る。伝記により有名になった彼を騙る偽物が出るたび叩きのめした。
容姿と人柄、そして確かな実力ゆえに行く先々で魔物・人間問わず女性に言い寄られた、女難は一生終わらないとみられる。

ハート
帰国後彼女もまた傭兵として復帰する、夫から漢字を習っている途中らしい。
やがて生まれるだろう子供にどちらの剣技を教えるかなど、夫と意見が対立することもあったが仲のいい夫婦だった。

英奈
帰国後吹雪の愛人そしてヘラトナ村長秘書として仕事と愛を両立する。
母親同様狐憑きの使用人を設けたが、結婚の点では使用人に先んじられてしまった。彼女を選ばなかった吹雪に非難の目を向ける男も多くいたという。


平崎 如月
新設された女王直属部隊「王の目」の初代隊長となり、王国内で法令違反者の監査などを担当することになる、三人だけの部隊の中で、その活躍はめざましかった。
良いと思う男性はいるものの、恋愛にまでは至っていない。

アリアンロッド・フォン・ローディアナ
ローディアナ女王に即位後精力的にイグノー王国やクルツ自治領との国交改善や産業革新・戦乱と略奪に荒れた土地の復興などに力を注ぐ。
その人柄ゆえ、多くの民に慕われたが苦悩することも多かったようだ。

リィレ・マクワイア
長い間恋愛関係にあったアッシュ・ソクトと結婚する。夫からは後進育成を、一部の人間からは元帥就任を推薦されたが固辞して近衛騎士団団長となる。
王国に仕えるのではなく、彼女は終生王女の騎士であり一人の女性であることだろう。

ケイン・ロズワルド
自らイグノー王国の王子兼密偵であることを明かし、騙してきた同僚に詫びたが笑って受け入れられる。その半年後女王の夫となりイグノーとの関係改善に尽力した。
密偵でった時の淡い恋は叶ったが、随分苦労しそうだ。

ナンナ・リオント
寄進されたリオネイ騎士団領の領主となる、自らは王国の最高の同盟者を自負していたが夫も養子も迎えず領主の務めを果たす以上、やがて併合される結果が見えている。
領地で暮らしていた魔物の三分の二がイグノーに、三分の一がクルツに移住した。

アルベルト・グリッツォ
第一候補のリィレが辞退したことにより繰上りする形で王国軍元帥に選任され、戦乱により大きな被害を受けた王国軍を再編することになる。
気さくで話しやすい人柄から適任ではないかと言う意見が良く聞かれる。

マーカス・リンドバーグ
王国軍の軍人に教官兼将軍として復帰、軍規に厳しく部下からは嫌われかねないほどのしごきで「鬼教官」と言われたが、規律正しく統率のとれた王国軍の育成に貢献した。
嫌われるあまり訓練人形に彼に似せたものが作られ大人気となったのは別の話。


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