とある「中華料理屋」の日常


 第二宇宙爆発も、温暖化による海水面上昇も、巨大隕石落下も、宇宙人や海底人が侵攻してくるなんてことはなかった世界。順調に人口は数を増やし人類は栄華を極めているそんな世界。空には巨大なジェット飛行機、海には超巨大タンカー、地を埋め尽くすはたくさんの自動車や線路を滑走する電車。町を歩く人々は片手間に小型化した電子端末を触ってナビゲーションのアプリを起動させたり写真を撮ったり共有アプリにあげたりして各々が楽しんで笑ったり泣いたり憤慨している世界。

 まさに私たちの世界となんら変わらない世界に見えるが、しかし少しだけ違った世界。

 空を見ればはるか上空を飛ぶ飛行機のシルエットをさえぎる黒い影が何体もみえる。人の手足が鳥の翼や足になったハーピーの女の子達だ。赤い帽子と赤い鞄には地上でバイクを駆る人間の郵便屋さんのものと同じマークの入ったものだ。忙し忙しと飛び回っては各家庭の投函箱に郵便物をほいほいと入れていくのを見ているととても働き者だなと感心してしまう。
 地を見れば車に混ざってアスファルトをかける半人半馬のケンタウロスの女の子や、畑や田んぼを見れば白い蛇体を下半身に持つラミアの女の子、半人半牛のミノタウロスの女の子や半人半羊のワーシープの女の子が牧場の手伝いをしている。巡回のパトカーの運転席は人間の男性警官で助手席には健康的な黒肌のエジプト人のような女性警官が乗っているがやはり彼女も人間ではなく、頭の天辺には三角の鋭角な黒毛の獣の耳が事あるごとにぴこぴこ揺れている。ゆっくり走るパトカーに手を振る親子ににこやかに手をふった女性警官の手は黒毛の獣みたいな大きな手であった。アヌビスという種族らしい。街頭のテレビに映される異種格闘技戦では人間と人間の熱い戦いが行っているが、前試合のダイジェストの小窓では人間対鬼の女性との激しい戦いが流されていた。
 海を見れば海岸沿いの家々は海に直結する水路があり、それぞれの水路の小道からは大なり小なりの海洋生物と人間の特徴が合わさった女性たちが海へと向かって泳ぎ散っていく。

 それぞれ人にはない種族特有の技能をフル活用してこの世界になじむ彼女たちは一般に魔物娘といい、はるか昔に魔王が代替わりしてから魔物が魔物娘へと変わって人類に対し融和の関係を築いていた。もちろん魔物として昨日まで殺し合いをしていた仲であるからすぐには馴染めず反発するものも人と魔物のそれぞれのサイドで多かった。だが魔物側の魔王の影響力は絶大であった。逞しい筋肉のミノタウロスは巨乳で半人半牛のアグレッシブな女性へ、俊敏さで人間軍を翻弄していたワーウルフは野性味あふれる手足ともとの獣耳を残してスレンダーな女性へ、蠱惑的な魅了術で相手を養分へと変えていたアルラウネは致死毒を甘美な蜜に変えて繁殖に勤しむべく相手を誑かし、人間側と比較的友好的だったコボルドは人懐っこい背の低い可愛い少女に、威厳を持ち絶対強者として君臨していたドラゴンですら所々に鱗を纏い鋭い爪と逞しい尻尾を持つ凛々しい女性へと変わっていった。まだまだ挙げればキリがないがほとんどの魔物は現魔王の手により内面と外面を根本的に塗り替えて暗い世界を書き替えてしまったのだった。
 
 そんな昔からの関係変化により過去の確執はすっかりなくなったようにみえる現代の魔物娘と人間の関係だが一部人間側ではいまだに魔物は絶対悪であり消去すべきだと訴える主神教信仰の人々が世界各国で少数過激派としてテロ活動を行っているのもまた現状である。

 ところで皆さんは商店街といえば何が思い浮かばれますか。活気あふれる八百屋、頼れる町の電気屋さん、揚げたてコロッケが美味しい肉屋、サービス精神旺盛な魚屋、いつもニコニコ果物屋、静かにたたずむ占い師、わくわくしながら通ったおもちゃ屋、ご婦人の服ばかり取り扱っている服屋、軒先の商品がガチャガチャうるさい金物屋、不良もライダーも関係なく集まる数寄物だらけの輪業店、静かにコーヒーを味わえるジャズのレコード流れる喫茶店、配達は早くないけどこっそりおからを好きなだけ分けてくれる豆腐屋。集まる人々はうるさいほどに快活であちらこちらが自転車の駐輪場になって歩くのも鬱陶しいけど人情にあふれ笑顔が絶えない、そのようなイメージがあると思います。
 ではもしものお話。近所に超有名な大手スーパーマーケットやデパートが出来てしまいお客がなくなったような商店街、といったらどんなものが思い浮かぶでしょうか。店端で新聞を読みふけってる八百屋、自店の電気すらまかなえず歯抜けの照明だらけの電気屋、揚げ物なんてしばらくの間提供していないガラスケースにほぼほぼ空気を展示している肉屋、くたびれたパイプ椅子に座って眠そうにしている魚屋、商品に混ざって猫が寝ている果物屋、もう二度と来ない占い師を待ち続ける朽ちた台、マイナーな物やブームが去って売れ残りにばかりになったおもちゃ屋、もはや売る気がないおば様方のたまり場となっている服屋、軒先の商品に錆が目立つ金物屋、煙草をふかして店奥に篭りっきりの輪業店、皿とグラスを吹く音だけ流れる喫茶店、水音がほとんど聞こえず営業しているかわからない豆腐屋。アーケードの看板は傾き、歪んだレンガ敷きの道には青々と雑草が生を謳歌し、野良猫野良犬ばかり。少々酷く表現してしまったかもしれないが、このようなイメージがないでしょうか。
 まぁ魔物娘さんがいる世界ではむしろ夫さんや思い人とゆっくり過ごせるからいいと言う意見があるようで。しかも私たちの世界と違って思ったよりもあちらこちらに魔物娘がいて、野良猫や野良犬に混ざって全身毛むくじゃらの犬の魔物であるクー・シーや同じく毛むくじゃら猫の魔物のケット・シーにどこからか流れてきたコボルドちゃんがいたり、ごみ収集所の周りには蝿の魔物娘であるベルゼブブがいたり花屋さんは植物の魔物娘のアルラウネやら蝶の魔物娘のパピヨンやらその幼虫にあたるグリーンワームが営んでいたりと。
 ただ閑散としている中で営業していればまだいい方で、酷いと表現した先ほどの例からさらに極まってしまった商店街の行く先はよく言うシャッター街となり疎らどころかゴーストタウンと間違われるものになってしまう。
 なぜこのようなお話をしたかと言うと、これからお話しすることはこのゴーストタウンと例えたシャッター街の日常であり、しかして絶望の中生きているということはなく楽しく生きている彼女達を見ていただきたいのです。長い前書きとなってしまいましたがどうぞご覧ください。

 正午の飯時、シャッターが軒並み閉まった商店街の中で中華料理を扱う「包包飯店(ぱおぱおはんてん)」は今日も営業をしていた。築40年の建物は字面の通りボロボロでモルタルの白い壁には年数相応の傷やヒビやしみがあり、ところにより割れて鉄の中骨が見えているし、赤い装飾が目立つまさに中華風の看板は清掃されず汚れて煤けていて少しばかり傾いてしまっているし、二階立ての建物の窓ガラスは
端々に割れや欠けをセロテープで修正したりしていたまさに「お金ないよ」を体現していた。
 そんなやつれた店舗に向かってくる人影が一人、手に何か提げてルンルンと鼻歌交じりでいかにも機嫌が良いといった様子で少しずつ近づくその人、いや人ではない者が埃だらけのサンプルケース前を通って店舗引き戸に手をかけた。

「大将、やってるかい」
「なによ、その挨拶。気持ち悪い」
「あっはっはっ」
 立て付けが悪い店の引き違い戸が来客だとキーキー音を立てて知らせてくれる。入り口から現れたのは虎柄の耳を持ち筋肉質な体躯と柔らかな肉球を持つ大きな獣の手の女性だった。
 店の中は打ちっぱなしのコンクリートの床に小上がり数席とカウンターに数席のこじんまりしたレイアウトで、閑古鳥の鳴くその店内のカウンターに女性らしき人が腰掛けて煙管を吸って新聞を読んでいた。いつもと変わらず、ただ少し顔が不機嫌にはなっていて尻尾も荒ぶっていた。

「客として来たのかしら」
「そうだぞ。だからちゃんとしろ玉(ぎょく)よ。炒飯をひとつ、よろしく」
「はーい。大盛りかしら、寅(ふー)」
 おぅ、と返事を聞いた店主は狐特有のボリューミーな一本尻尾をふるりふるりとふりながら面倒くさそうに立ち上がった。普段着の黒のノースリーブに藍色ジーパンの上からでもわかるほどに若々しくグラマラスな体躯を「よっこいしょ」と見た目に合わない掛け声で体躯を活気づかせて席を発ち、背後に引っ掛けてた白い厨房服に袖を通し帽子を被った玉は厨房へと消えていった。
 かわりに今しがた玉と呼ばれた狐の女性が座っていた場所に寅と呼ばれた女性が「うっ、煙くさいな」と文句をたれながらそそくさと座って近くにあったテレビのリモコンへと手を伸ばし、入り口から死角になっている天井付近のコーナー棚にある小さなテレビへと向けてスイッチを押した。さすがに薄型のテレビでありブラウン管ではなかったのは残念というべきか。

「お、そうだ。ほれ大蒜と長葱とあと適当に持ってきた」
「あら、助かるわ。いつも悪いわね」
「なぁに、どうせ悪くなっちまうんなら格安で使いたいやつに売るだけさ」
「さすが八百屋だけあって目利きが良いわね」
 油がはねても大丈夫なように尻尾に白布で作った尻尾袋を被せて厨房へ立つ玉に対してカウンター越しでさっきまでぶらつかせていた手提げをほいっと手渡ししてまた座りなおした寅は騒がしくなったテレビへと視線を移した。

「へぇ、異種格闘戦後に出来たカップル過去最高だとさ」
「あら毎年いつも出てくるテロップじゃない。何、人虎(じんこ)として何か疼いたのかしら。ねっ」
 テレビを見たら多種多様な魔物娘と人間男性のペアが年末の歌イベントの並びよろしく勢ぞろいしてそれぞれが笑顔で会見をしていた。ただ本気での殴りあいの後だから綺麗な顔をしたものは誰一人として居らず、人によっては救護室のベッドの上で相方となる魔物娘と致している絵も写されていた。
 それの風景を見つつ微笑ましいものを見たと寅が笑顔で食い入るように見ていたがそれをあえて見えなかったように玉は寅の注文を作っていく。

「ははっ、たまに疼くものもあるけどな。わたしは格闘技よりも農業してるほうが楽しい偏屈だからね。そういうお前もだいぶ変わり者だろうよ、玉」
「まぁね、男の玉袋握るより鍋握っているほうが楽しいもの、ふふっ」
 中華鍋をチンチンに熱くした後に油をたらしこみ、叩き潰した大蒜を一欠片と同じく叩き潰した生姜を少し入れた。「お互い様だな」と相槌を打つ寅に「ねー」と返事をしつつ鍋から薬味の香りが漂ったのを確認して生卵をふたつ握って片手で綺麗にひとつ割って殻を投げすばやくふたつめを同じ要領で割り入れ、玉は固まりきる前にささっと白米を投げ込んだ。おたまの底で塊を叩き潰して卵と馴染ませつつ、しっかりと火を通していく。

「お、今度はスキャンダルだ」
「へー、誰かしらね」
「む、どうやら有名神社の龍と白蛇みたいだぞ」
 またか、と玉はため息混じりに鍋をじゃんじゃかじゃんじゃか振り出した。非力に見える外見とは違い魔物娘の膂力はとても強く、重い鉄製の中華鍋を軽々とパワフルに振り回すのは見ていてとても気持ちが良い。耳もすっぽり収まった帽子の縁からは徐々に丸い雫となってきた汗がたれだしたがそれもまた玉のその整った美しさに磨きをかけるアクセントに他ならない。

「どうせあの神社でしょ、ほらやっぱり」
「あー、数年おきに別の者同士でやっている気がするな」
「あそこ、御神体に選ばれる娘もそれを祭る白蛇の娘も惚れっぽい娘しか選んで出さないのよね」
「よく知っているな玉」
「だってたまに愚痴ってくるものあそこの大神主の奥さん達」

 意外な繋がりに驚いている寅をよそに鍋を振るう玉だった。

「ん、次は天気予報みたいだな」
「んー、今日は普通であればいいのに」
「……ソウダナー」
 何か意味ありげな言い方と瞳が暗くなった二人、いったい何があるというのだろうか。その問題の天気予報がはじまったとたん画面の中央で宙に浮かびながら事に及んでいる天気予報士と思わしき男性とその男性に馬乗りになって上下に動く緑髪の女の子が映し出されていた。とてもお昼に放送できないどころか放送禁止になってしかるべき映像なのに背景が各地の天気予報のものへと切り替わり、息も絶え絶えで時折あえぎ声混じる天気予報士が解説をはじめた。

「あー、今日はシルフかー」
「ノームとウンディーネの時はまともなのにね」
「イグニスのときなんか予報どころじゃなくてただの見せヤリになってるしな」
「しかしこの予報士の人、四元素契約者(フォースエレメンタラー)だから物凄い傑物なのは間違いないのよね、コレでも」
 振り続ける鍋に叉焼の細切れと輪切りの長葱を投げ込んで塩を振り、振った鍋を一度止めて醤油やら液体系の調味料をささっと加えてまた鍋を振り出す。しかし今度は今までより大きく振って、コンロの火にしっかりとご飯が炙られるように。

「あ、イった」
「ええ、イったわね」
「おお、中々すごい量じゃないか。これはもうインキュバス化しているだろうな」
「だとすると近々新しい天気予報士に変わるわね」
 男性は魔物娘と深く繋がっていくとそのうちインキュバスという魔族になってしまう。正しくは姿形はほとんど変わらなかったりするのに精力だけ飛びぬけてすごい人になる、らしい。そしてそうなるという事は魔に染まるわけで、契約している精霊も勿論力の供給源である契約者の男性の影響を受けて魔の影響がとても強い精霊へと変わってしまうのだが、なにせ彼女たち自身が自然の力そのものゆえに魔物娘による魔物化パンデミックがとても広い範囲で発生しかねなくなるため大問題である。ゆえに精霊契約者がインキュバス化しそうな兆候が出た際、寿退社として祝い好きな魔界へと移住してもらうという流れがコチラの世界では通例となっているのである。

「ま、いつも通りね」
「そうだな」
「はい、お待ちどうさま」
 ニュースが終わりケット・シーの司会が努める世界の猫特集に切り替わったところで注文していたチャーハンが出来上がった。さっとテレビを消して向き直った寅はカウンター上から差し出された器をそのもふもふの大きな手でうけとりテーブルに設置された蓮華入れからひとつ蓮華をとり「いただきます」とガツガツ食べ始めた。その顔はとても幸せそうである。

「はいこれスープ」
「む、サンキュー」
「というかほぼ毎日来てるけどお店はどうしたのよ」
 椀に注がれたスープを受け取って流れるように口に運んで秒で飲み干すという豪快な食べっぷりの寅、それを呆れ顔で見る玉はそっと帽子をとって狐耳をぴこぴこさせながら尋ねてみた。

「ん、鮮度抜群か。昼は閉めてるぞ」
「あー、だと思ったわ」
「というか昼開けている商店なんぞココだけだぞ。斜向かいの飯の友とそのふたつ隣の温故知新は夕方から夜までしか開けんし、うちも朝と夕だけしか開けてないぞ」
 包包飯店は飯時しか開いてないのに対してそれぞれが生かせる時間帯に営業時間をタイムシフトしたこの商店街。というか先に挙げた店舗くらいしか営業していないのであった。八百屋の「鮮度抜群」、精肉店「飯の友」、模型店「温故知新」と個性的な名前の店舗だがこれでも試行錯誤で生き残った数少ない店舗である。

「旦那は昼営業の売り込みで居なくなるからな、そこは得手不得手というところだ」
「飯の友のあの娘はどうしたの」
「牧場直経営だからな、桜子のとこ。しかしケンタウロスで桜子……名前に」
「それ以上はダメよ寅」
 八百屋は朝夕、昼は新たな顧客つくりのため売り込み、夜は激しい子作り。精肉店は実家直営の牧場からの卸で格安でいい肉が手に入る人気店になっている。模型店には半人半蝙蝠のワーバットという種族の娘がマニアのツボを抑えたラインナップと独自の流通ルートを確立したため今も生き残っている。ちなみに八百屋の寅以外独身女性ばかりである。

「ところで玉、パンダの店主はどこ行ったんだ」
「包(ぱお)のことなら今彼氏と旅行中、あわよくば決めにかかってる」
「なるほど、デきたらいいな」
 実は包包飯店には店主兼売り子兼フロアとしてパンダの魔物であるレンシュンマオの娘が居るのだが、この度めでたく出来た彼氏とともに旅行という名の落とし込みに出かけている最中であった。この世界では番として伴侶を得るのをもっとも大切なこととしてみている節がある為、たとえ見ず知らずの魔物娘さんであっても彼氏と旅行というとそれはとてもとても祝福してくれて時と手続きと場合によってはなんと公的機関ですら補助してくれるというから驚きである。

「それで玉は留守番か。お前にも出来たら良いのにな」
「それは夫帯者の余裕かしら」
「いや、心からそう思うだけだ」
 そう、と耳をしゅんとさせて心なしか嬉しそうな玉は「おまけよ」と冷蔵庫から美味しそうな杏仁豆腐を取り出して寅にそっと出した。「お、サンキュー」と笑顔の寅はきっと男であったならかなりの紳士であったろうに。いや、たらし属性持ちというべきか。

「しかし一年前に比べてだいぶ閑散としているよな」
「お互い様でしょ寅。まぁ数年前にアレできてしまったからね」
「うーむ、やはりぽんぽこデパートは強いな」
 口の端に杏仁豆腐をくっつけて威厳の無いのにある寅が腕を組んで唸ると同じように腕を組んで唸る玉、この二人ともに豊満な胸を変形させて強く組むまでに悩ませるものがさっき寅が言っていた「ぽんぽこデパート」である。全国チェーンを展開する狸の魔物娘の刑部狸一派率いる商人軍団の力は強大で、各地方の弱小商店を飲み込み、新たな顧客需要をも作り上げる商戦、果ては都市開発に尽力し政府からの信頼も厚く、独自ブランドでかゆいところにも手が届く品揃えで瞬く間に人々の信頼を勝ち得てきた。西のこんこんマート、東のぽんぽこコーポレーションと今では国を二分する存在となっていた。
 そんな強大な企業がこの地に来たものだから商店街の人々としてはたまったものではなかった。しかも立地が商店街にとって最悪で、なんと駅直結に9階建ての駅ビル型のデパートを建ててきたのだ。しかも地下にはケンタウロス娘でもストレスフリーで移動可能な駐車場も完備で隙が無かった。対して商店街は同じ名前の駅だった跡地に立っており、路線引き直しにともない移動した駅に取り残されてしまった状態であった。現駅から旧駅跡まではバス停でふたつ、ケンタウロスタクシーで5分の距離という中々に微妙な距離にあり、近くには特に観光地的なものがなかったのもまた客離れに拍車をかけていた。

「まぁ、だから私たちは私たちの持ってる強みで生き抜いてきたがな」
「そうね。まぁ、これからのことも考えないといけないわね」
「そうだな。……うっ」
「ど、どうしたの」
 現状を鑑みてちょっと空気が重くなってしんみりした店内だったが、寅が眉を顰めて少々苦しそうに口元を押さえてカウンターのテーブルへ倒れこみそうになる。だが寸でのところで肘を立てて自身の頭をどうにか止めることができ衝突は回避することが出た。あまりに唐突なことでしどろもどろになって慌てる玉、尻尾もふにゃりと曲がって耳も垂れて心配している様子がありありとわかる。
 そのやり取りがあって数秒、突如外から誰かがお店のほうへ走って来る足音が聞こえてふたりして店の入り口へと顔を向けた。なぜわかったのかはふたりが魔物娘の中でも獣系の魔物娘であること、そしてここらへん一帯で開いている店がココしかないから。そしてその騒がしい足跡は二足歩行のものでなく四足特有の時間差のある足音であった。いったい誰であろうか。そして程なくしてお店の扉が少々乱暴に開かれた。その扉の外に居たのは郵便配達の速達専門に配属されているケンタウロスの服装のものだった。

「失礼します、寅さんがこちらにいると聞きまして」
「私だが、どうした」
「市営病院から速達です。旦那さんが倒れました、すぐに来てください」
 急報を聞き青ざめた顔をした寅は肩をわなわな震わせて鉄砲の弾の如く店の外へ弾き飛び、着地ざまに足首を捻り入れてそのままの勢いで市営病院へと比喩ではなくまさに飛んでいった。残された配達員と玉はあっけに取られていたがいくつか疑問があったので玉は興味本位で聞いてみることにした。寅の旦那の心配をしながら。

「あの、スマホに連絡すれば」
「寅の旦那さんよりこう言われておりまして」

『寅は電子機器がダメですぐ壊すから携帯とかましてやスマホも無いんだ。電話にも出れないけどテレビだけは見れるからきっとご飯ついでに包包飯店でご飯でも食べていると思います』

 さすが、夫婦の契りを結んだだけあり相方の事情も良くわかっていた。

「さ、さすが旦那さん」
「ええ、私もあのように思いやりある人と添い遂げたいものです。あ、ついでなのでチャーハンいいですか」
「え、ええ……えっと、倒れたって聞いたけど、一体」
 配達終わりについでの昼餉をと蹄鉄を丁寧に拭き上げてテーブル席にバック駐車よろしく馬の体、というか腰を落ち着かせてチャーハンを注文する配達員に少々戸惑いながらもチャーハンの準備をする玉。すこし間が悪いと思った玉はそれとなく話題を作るためその配達員にちょっと聞いてみることにした。

「ん、ああ。奥さんにはお伝え忘れてしまいましたが」
「うんうん」
「腰痛、著しい精力消耗、体力低下、魔素低下、つまり……」
 とても真剣みを帯びた顔で玉に顔を寄せて上体を前のめりにしテーブルにとても重そうな肉団子ふたつをのっしりと乗せ、玉もつられて手を止めて配達員に上体をカウンター越しに寄せカウンターの上にたゆんたゆんの肉まんふたつを乗せた。

「夜が激しすぎて瀕していたみたいです」
「そっちかーい」
 ズコーッと漫画のようにずっこける玉であった。しかし、魔物娘と夫婦になるということはこういうこともある。いや、むしろこういうケースが本当に多い。なぜなら魔物娘さん達が体を求めてくる時かなり激しいものだから人間のままだと体が早々に悲鳴を上げてしまうためで、獣系であればさらに激しく、そこに体力自慢が加われば言わずもがな。料理を再開してまもなく、寅と同じチャーハンスープ付きをテーブルへと配膳し、待ってましたと「いただきます」の声とともに顔を綻ばせてにっこりし耳をぴこぴこさせた配達員が蓮華を皿上の綺麗な小盛の丘に刺そうとしたら急に着信音が鳴り響いた。

「えぇ、なんでこのタイミングで」
「……競馬のファンファーレなのね」
「もぅ、はいもしもし」
 鳴り続けていた馬用レースのレース前ファンファーレ曲を切って渋々電話に出た配達員は「はい、はい」と淡々と受け答えして何故か玉の方へとちらりと視線を向けた。急にこちらを向かれた玉は耳をぴんと立てて配達員へ指向させた。チャーハンへと向き直った配達員は「はい、お伝えいたします。では」と手元の通話終了のボタンを押して首から提げなおし、ひとつため息をして改めて玉へと向き直った。

「寅さんが今、旦那さんのいる病院に到着されたそうです」
「え、えぇ、早い」
「ただ到着と同時に吐瀉して倒れてしまったそうです」
 そういうと配達員はやっと食べれるとまた破顔し口端からよだれを垂らしてたまらず一口ぱくっと多めに口へと運んだ。「んまぁい」と前足で小刻みに踏鞴を踏み馬特有のさらさらの尻尾をぶんぶん強く振りまさに体全体で旨さを表現していた。
だが事情を聞いたほうの玉としては驚きといきなりの事に混乱と料理をほめられて嬉しいのと色々混ざった感情で悶々としてその場でうねうねとしていた。

「ま、待って、何それ、ありがとう、じゃなくて」
「落ち着いてください。あ、スープも美味しいですね」
「え、あ、う、ありがと、じゃなくて」
 尻尾は尻尾袋の中で逆毛立ちぶんぶん暴れて耳もあらゆる方向に引っ切り無しにせわしなく動いて目の中にはぐるぐる渦巻きが出来ていた。そんな彼女を差し置いて自分の世界で悦に浸る配達員であった。

「それでベッドの上の旦那さんから追加の託をもらいまして」
「えっえっえっ」
「えーと……――――、―――。―――」
 取り乱す玉を宥めつつ最後のひと匙を平らげた配達員は口の端にお弁当つけて再び向き直って「デザートもください」と追加注文をしつつさっきの電話の内容を伝えだした。一言一言聞くたびに玉は落ち着いていき、今までとは逆で穏やかな気持ちになっていくのは尻尾を見ていればよくわかるものであった。
 
「…あらあら、まぁ。ふふ、お祝いしなきゃね」
 マイペース過ぎる配達員が「またきます、おいしいので」と力強く手を握られながらちょっと興奮気味に告げてお店を後にするのを見送った玉。さっき配達員に話された事を反芻し顔には満面の笑みに嬉しさを隠せない尻尾をふるりふるりとたゆやか揺らしぴこぴこと耳を左右片側ずつ揺らして店内の厨房へと戻った。そして玉はとある料理を作り出す。それはもち米と小豆でつくる祝い事に炊かれるもので、赤飯と呼ばれる物を。

ー完ー

今回妖狐さんと人虎さんをメインにエッチなしで書かせていただきました。実に2年のブランクを経て新たな気持ちで書かせていただきましたが、実はコレ寄稿するつもりで書いていたのですが締め切りギリギリに提出するという体たらくにレギュ違反をかましてしまったためお蔵入りするつもりでした……許可をいただいて作品寄稿取り消しのかわりにコチラへ載させていただきました。

いかがでしたか? 感想は返せないかも知れませんがいただけるとすごくテンションあがります!!(キリッ

19/11/11 23:34 じゃっくりー

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