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プロローグ2―元勇者シェルク


                               ――ガラテア王国――

「女王陛下!申し上げます。魔王軍のガラフバル砦より何やら挙兵の気配アリとのこと」
「ほぉ…。戦か?それとも大規模な軍事演習か?」
「魔王城よりバフォメット、およびリリムが移動中とのこと。おそらくは戦になることと思われます」
「ふむ。戦か。何とも急な話だな」

私は兵の話を聞き、ため息を吐いた

「そうか。すまないがバルガス、カロリーヌそれからニアを呼んできてくれないか?至急だ」
「はっ!」

兵は命令を聞いて部屋を出て行った

「6年か…」

私はため息気味につぶやく
あの戦により得られた安息はわずか6度の春を迎えただけで終わってしまったか
しかもバフォメットにリリムとは…
今度の戦は骨が折れそうだ

「シェルク、俺だ。カロリーヌとニアも来ている」

ドアの方から男の声がした

「入ってくれ」

屈強な戦士
それから白いローブを羽織った魔導師、そして少女のような少年が入ってきた

「すまないな。急に呼び立てて」
「ああ。話は聞いた」
「そうか。カロリーヌ。お前はどう思う?」
「どうってぇ?」
「この時期のこの挙兵についてだ」
「う〜ん。そうですねぇ。やっぱり兵士さんが言うように戦で間違いないと思います。ガラフバル砦の修復も終わり、魔王軍の練度も回復したと聞いていましたし〜。それに何よりバフォメットとリリムが砦に入るのだとしたら、ほぼ間違いないんじゃないですかねぇ?」

カロリーヌはあっけらかんと答える
彼女は私が勇者をしていた時からの馴染みで、現在はこの国の宰相の地位についている娘だ
魔法の知識にも長け、口調や態度とは裏腹に頭の良い女だ

「バルガス。お前はどうだ?」
「俺もそう思う。しかしずいぶんと妙だな。去年のフリーギアとの戦の時にも何の動きもなかった奴らがなんで今になって突然?」
「確かにその点は気になるところではあるな」

大柄の男の名はバルガス
剣の腕も確かだが、こと徒手空拳に関しては国内でも並ぶものなしの兵(つわもの)だ
彼もまた勇者時代からのパーティメンバーで頼れる男だ
今は元帥として軍事全般を任せている

「ふむ。ニア、お前の方には何か情報は入っておらぬか?」

ニアはこの国を私が統治して3度目の春、兵種試験において満点を叩きだし、私が特別にそばに置いている若者だ。その実年齢以上に幼い見た目に反した発想の転換性と応用力の高さは天賦の物がある
将来が楽しみな若者だ
今は私の秘書兼情報収集部隊の司令官をやっている

「は、はい。えっと、ガラフバル砦に進軍中の両魔物ですが、到着は進軍のペースからして4,5日後には砦に入るものと思われます。えっと、その将軍格魔物の情報ですが。リリムの名はクリステア。今年成人を迎えたばかりの若いリリムで、今回が初陣のようです。で、えっと。バフォメットの方は名前身分共に確かな情報は不明ですが、その外見的特徴から、えっと…その…申し上げにくいのですが」
「構わぬ。申せ」
「は、はい。えっと、もしかするとそのバフォメットはサバトの主。すべてのバフォメットの祖にして現魔王軍内でも最古参の一人であるバフォメットである可能性があります」
「……なんとも…まぁ」

できれば聞きたくなかった情報だった
ただでさえ厄介なバフォメット族
その中でも最古の個体とは…
恐らくはその魔力、知恵共に我々をはるかに凌駕するであろう

「はっ!そいつはすげぇな!さすがにガラテア殲滅に魔王軍も本腰を挙げたってわけだ」

バルガスがまるで子供のように言った
こいつの悪い癖だ
逆境にこそ真価を発揮する戦士ではあるのだが、時としてそれが悪い方向へ働くこともある

「ニア。敵軍の兵数は?」
「はい。砦内には先月の報告通りおよそ6000の兵が。そしてバフォメット、リリムと共に新たにおよそ4000の魔王軍兵、および20余りのサバトの魔女が向かっている模様です」
「ふむ。一万か…。バルガス、我が軍の兵はどれくらいが使えそうだ?」
「そうだな。いい奴が1000、まともなのが2000、使えなくもないのが2000ってとこだな」
「カロリーヌ、聖教府軍からの援軍は呼べそうか?」
「ん〜。呼べなくはないでしょうが、少なくとも到着まで2週間はかかるかと」
「なんともまぁ…絶望的な戦力差だな」

私はため息をついて見せる

「ニア、開戦の時期を遅らせることはできそうか?」
「2,3日なら…でも、えっと…リリムおよびバフォメットが到着してからは少し難しくなるかもしれません」
「ふむ。となると、少なくとも1週間は我々のみで戦線を維持する必要があるというわけだな。何とも無茶を言ってくれる…」
「なんだ?シェルクらしからぬ弱気だな」
「お前は知らないわけではあるまい。あのレスカティエの大敗を。たかが1匹。その1匹によってかの大国が滅びた。それを成し得た魔物こそがリリムだ」
「でも今回の奴は初陣のルーキーなんだろ?」
「彼の者は他の魔物と一線を画す存在だ。魔王の魔力を受け継ぎ、魔界そのものから力を得ることができるという化け物だ。その魔力たるや、近づくだけで並の男は骨抜きにされ、一目見ただけで欲望の魔の手に落ちるという。レスカティエの当時の戦力から考えるに、少なく見積もっても1匹で兵5,6万の戦力といったところだ。個体差はどれぐらいかは知らんが、若いといってもその半分ほどの強さは持っているだろう。その上悪いことにはそのバフォメットはそれと同等、もしくはそれ以上の化け物かもしれん」
「だがいくら一騎当千の兵つっても、たかが2匹だろ?シェルクが1匹、それから俺たち3人でそいつらを抑えちまえば…」
「ニア、先月の偵察報告では砦内に上位のサキュバス以上の魔物がどれだけいた?」
「えっと…その…およそ20は…その中でも3匹はドラゴンクラスの実力者だと…」
「ふむ。どうやら相手には一騎当千の兵があと3匹いるようだな。さて、現実的な話、誰が分身して戦うかを考えるか?」
「……」
「ふふ。それに比べてこちらは私たち3人とたかが5000だ。まったく。何とも素晴らしい状況だな」

私は自嘲を含み笑う

「………」
「……」

バラガスとカロリーヌが黙り込む
当然の反応だった
負け戦を絵に描いた様なものだ
しかしまぁ、それはあくまでこちらが“まともに”やりあえばの話だが…
まぁ、どちらにせよ万が一は考えねばならんか…

「カロリーヌ。仕方がない。民たちを安全に国外へ避難させる方法を考えておいてくれ。大至急だ」
「は、はいぃ〜。わかりましたぁ〜」

カロリーヌは俯き気味に部屋を出て行った

「……それでいいのかよ………」

バラガスがこぼした

「ふふ。何がだ?」
「これでいいのかって言ってんだよ!相手が大群だからって、勝ち目がないからって尻尾巻いて逃げるっていうのかよ!?俺たちは腐っても勇者だろ!?そんな俺たちが国を捨てて尻尾巻いて逃げるっていうのか!?シェルクっ!」

獅子の遠吠えのような声だ
何とも勇ましい

「くくく…ハハハハっ!」

私が大きな声を上げて笑うと、バラガスがぽかんとした顔になって、怒りを収めた

「いや、すまぬ。なんともお前らしくない言葉だなと思ってな、バラガス。まるで追い立てられ怯えた獣のようだ。お前はもっとこういう逆境をこそ望んでいるものと思っていたが、違ったか?民を逃すのはあくまでも万が一に備えて、だ。お前も後ろを気にしながら大群を相手にはしたくないであろう?それに、いざ国内に攻め込んでみたらもぬけの殻になっていることに驚く魔物たちの困惑顔を見てみたいであろう?大丈夫だ、私を信じろ。どんな相手であろうと勝つに決まっている」
「あ、ああ…。いや、流石だ、騎士王」

バラガスは少し呆気にとられたようになった後、ふっと微笑み、そう言った

「ふふ。もはや私は神に仕える騎士ではない。お前たちを治める王だよ」
「ああ。そうだったな。女王様」

バラガスは満足げに笑うと部屋を出て兵舎へと向かっていった

12/07/05 08:26更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
プロローグの人間軍サイドです
一挙掲載です。だってそうじゃないと話わかんないし。
シェルクさんが何考えてるかわかんない感じが出せれたらよかったのですが、後々僕がわけわかんなくなったので今の形に収まりました
この時はまさかシェルクさんがあんな人だったなんて夢にも思いませんでした。

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