連載小説
[TOP][目次]
後編
▼マキィヴァ其の四


 櫛に髪や体毛を梳かれる感覚は気持ちよく、髪を持つ清嗣の手は温かい。意識がふわりふわりと浮かんでは揺られるような、温かいゆりかごにいる心地よさにマキィヴァはいつの間にか舟を漕いでいた。
 まどろみに呑まれて眠る。人が真後ろにいるにも関わらず。それでも清嗣ならば安心して身を任せられる。マキィヴァはそっと瞼を自ら閉じた。
「…………っ!?」
 そして次に目を開けたとき、マキィヴァは岩も敵わないほど硬直した。
 眼前に清嗣の顔があったせいだった。それも彼も目を瞑り、静かに寝息を立てている。
 叫びそうになったのを堪えられたのは、彼が寝ていたからだろう。起こしてはいけないと思ったのだ。
 冷静に自分の置かれた状況を把握する。草の上に横たわっている。場所は動いていない。自分は横向きに寝ている。清嗣も同様。そして。
「腕、まくら?」
 清嗣の腕が自分の頭の下にあった。
 清嗣に腕枕をされて寝ていたのだった。恐らく寝落ちして倒れた拍子に腕枕をしてもらい、そのあと寝返りを打ってこうなった。清嗣も動くに動けずそのまま一緒に寝てしまったのだ、とマキィヴァは推察する。
 しかも敷物のように彼の羽織が上半身の下にある。見ようによっては清嗣の腕の中に抱かれているようだ。
 この体勢なかなかに難儀ではあったが、同時に幸運でもあった。清嗣の顔をじっと見られる。こんなにも近くにいられる。彼が眠っているおかげか、不思議と恥ずかしさはそこまで湧いてこない。
 尾を回して、起こさないよう清嗣の身体を寄せる。ふわふわの体毛で包む。肌寒くなってきていたのでちょうど良いだろう。
 まさに至福の時間だった。好きになった人とこれほど近くにいられるのだから。
「ふ、ふふ、ふふ、ふふふふふふふ」
「何か良いことでもあったか?」
 だが至福の時間は唐突に終わりを迎えた。悦びに浸っている間に清嗣が目覚めたのだ。しかもよりによって気味の悪い笑い声を漏らしているときに。
「あ、あ、ああぁ」
 顔が紅潮するのが自分でもわかる。黒褐色が茹蛸のようになっているのもわかる。羞恥は爆発寸前。
「むぅ、離すでない。まだこのままでいよう、まき」
「あぅあぅ……よ、汚れるから、羽織、きよつぐの羽織汚れちゃうから……!」
「仔細ない。其方を抱く方が大事だ」
 腕枕にした腕ともう片方の腕で後頭部と腰を抱かれ、逃げようとする出鼻をくじかれた。きっと本気で抜け出そうとすれば逃れられる。しかし清嗣に抱かれているという状況から抜けたくないと、本能が叫んで理性を叩き潰す。
「温かいな、まきの身体は。尾の毛もふわふわだ。しかし蛇の尾というのはこうも弾力があるのだな。これも気持ちよい。抱きしめたくなる、いや、抱きしめられたくなるな」
「あぅあぅあぅあぅ、そんなこと言われると……うぅ」
 もはや殺し文句である。つい本能に負け清嗣の背に回した尾を押し付けたが、より顔が近づく形になり羞恥で自滅した。
 下手に動けばさらにボロが出る。マキィヴァは大人しくすることにした。さすがに恥ずかしいので顔は両手で隠すことにしたが。
「安心しろ。もう日も沈み始めて暗い。其方の顔はよく見えん」
「…………」
 ならばと両手を退けたのだが、清嗣の目線はばっちりこちらの目線を捕らえていた。
「うむ。やはり、其方の顔は見目麗しいな」
 思い切り嘘だった。嘘つかないと言っていたくせにこれである。恨めしそうに睨んだが、それが伝わった様子はない。清嗣はますます笑みを深めるばかりだ。
「すまんすまん。せっかく其方の綺麗な顔がこんなにも近くにあるのだからな。それを見れなくては勿体ないだろう。それに其方も俺の顔を見ただろう。お相子だ」
「ぅぅ、きよつぐのいじわる……」
 そう言われては隠すわけにもいかない。仕方のないことなのだと自分に言い聞かせ、マキィヴァは顔を隠すのをやめる。
 穏やかな笑みを浮かべる清嗣が手を伸ばしてくる。傾く前髪を整えて、目にかからないようにしてくれた。
「まきの髪は長いな。切ってはいるのか?」
「つ、爪で、たまに……」
 前髪はばっさりと横に切る。最近は切ってなかったので、目がやや隠れがちだった。
「そうか。簪でも贈ろうか」
「かんざし?」
「髪留めだ。こうも綺麗な髪なのだ。バッサリ切るのも忍びない。あぁ、其方にはどれが似合うだろうな。白く美しい髪だ。あまり派手すぎないのがいいな」
 その姿を思い浮かべているのか、清嗣は優し気に目尻を垂らしている。
 自分のことを大事に想ってくれているのがありありとわかる。胸の辺りが温かくなった。こんなことは初めてだった。他人を考えても感じるのは息苦しさに似た何かだった。辛くさえあった。
 しかし清嗣を考えると胸が温かくなる。こうして傍にいると感じたことがないほど穏やかな気分になれる。幸せだった。
 だが、そんな彼を誤解させたままでいる。言わなくてはいけない。彼を騙したままにしてはいけない。優しいからこそ。本当のことを伝えないといけない。
 その結果、彼の自分に対する好意が消え去ろうとも。
 マキィヴァは喉を鳴らした。緊張する。
 その緊張が伝わったのか、清嗣が神妙な面持ちで見てくる。
「き、きよつぐ……わ、わた、わたし、実は」
「嫌な予感が的中した」
「え?」
 巻きつけていた尾からするりと抜けて清嗣が起き上がるのとほぼ同時。がさがさと草を踏み散らす音が複数、突然響いた。
 日が沈みかけている頃合い。血色に空が染まる中、闇が引き連れたように四人の影が現れる。
 四人組の男だった。小汚い身なりをしているが、四人とも帯刀しており、その顔つきは粗暴極まりない。清嗣が今朝方遭遇した男たちだったが、そのことをマキィヴァは知らない。
「だ、だれ……?」
「心配はいらない」
 清嗣の手を借りて起き上がる。警戒心は最大にまで達していた。刀を腰に携えている。しかも見るからに悪党。ただでさえ人と接するのが苦手であるマキィヴァにとって、彼らは怖い存在以外の何者でもなかった。
「へへへ、よーやく見つけたぜぇ。丸一日歩かせやがってよお」
 一番大柄な男に見据えられ、マキィヴァは身体が芯から凍り付くような感覚に囚われた。いますぐ逃げだしたい。しかし、怖くて動けない。
「何か用か?」
 しかし、マキィヴァと彼らの間を割るように、清嗣がマキィヴァの前に立つ。
「あん? あー? あっ、てめぇ今朝会った餓鬼だな?」
「巳柱清嗣だ。何か用かと問うた」
 清嗣の声がやや低い。マキィヴァが聞いたことのない声色だった。
「はぁ、なんで名乗らなきゃなんねぇんだ。てめぇにゃあ用はねぇ。さっさと家に帰りな。死にたくなかったらな」
「そうはいかん。ここが俺の家だ」
 家? と山賊の四人が今日建てたばかりの掘っ立て小屋を見る。そして顔を見合わせて「げははは」と下品な笑い声をあげた。
「これが家だぁ!? 傑作だぁ! こりゃ傑作だぁ! 俺にゃあこいつぁ鶏小屋に見えたぜぇ!!」
「俺ぁ、犬小屋に見えたぜ頭ぁ」
「犬でも住まねぇよなぁこんなとこよぉ」
「あながち間違いでもない。まきと暮らすためには少々狭いからな。暫定というやつだ」
「まきぃ? その妙ちくりんな妖怪のことか? はっ、てめぇ妖怪なんざと暮らそうって考えてんのか」
「うむ。いずれはまきを俺の妻に迎える」
 臆することもなく清嗣ははっきりと答える。
 いまだ怖いのは変わりない。だが、清嗣の背中は温かった。そして、自分よりも小さいはずの彼の背中がとても大きく見えた。とても頼もしかった。
 しかし、ダンッと大地を踏み下ろす音が浮遊しかかったマキィヴァの意識を戻す。
「はぁ、ったくふざけやがって。面倒くせぇな。やらなきゃいけねぇことと別なことやっちゃあ、碌な目に遭いやしねぇんだがなあ」
「しかし、頭。今日はもうこれ以上は他の探し回るのは無理ですぜ」
「だなぁ、ったくしょうがねぇ」
「……それで? 何が目的だ。まだ答えてもらっていないのだが」
「あぁっ!? 鈍い餓鬼だよなぁ! てめぇが妻にしてぇそこの女を捕まえんのが目的だっつってんだよ!」
 男の怒号はとても恐ろしい。マキィヴァは身体をびくんと跳ねさせたが、清嗣が手を繋いでくれたおかげでなんとか耐えられた。彼の手は安心と温もりをくれた。
「お前なぁ、本当に殺されたりはしねぇとでも思ってんのか?」
 腰の刀をちらつかせる男。まだ脅しの段階だ。これで逃げるならば、清嗣を追っていくことはないだろう。だが、もし抵抗するならば確実に抜く。マキィヴァにはそれがわかった。
 どうにか逃げる方法を探した方が良い。後ろは湖だ。そこに飛び込めばいい。人間よりも速く泳げる自分になら、清嗣を運んでも逃げられる。
 この場所がバレた以上、他の土地に移動しなければならないが、ずっと男たちに怯えるよりはましだ。
 マキィヴァは清嗣の手を引き湖に飛び込もうとした。しかし叶わない。仁王立ちする清嗣まるで巨木の如く、ぴくりとも動かせなかった。
「案ずるな、まき。逃げる必要も、怯える必要も其方にはないのだ。俺はこいつらには負けん」
「きよつぐ」
「……本当に殺されてぇらしいなぁ」
 空気が一瞬で張り詰めた。
 わなわなと身体を震わす男。いまにも破裂しそうな雰囲気を醸しており、まだ刀を抜いていないのが不思議なほどだった。しかし、それも限界だ。刀に手が伸びている。抜かれる。
 マキィヴァは喉がきゅうと狭まるのを自覚した。あの鈍く光る刃物が抜かれる。人を傷つけ、殺すための武器が抜かれる。
「この糞が」
「あ、ああっ!?」
 刀を抜こうとした男は、突如上がった叫び声に肩を震わせる。声をあげたのは彼の斜め後ろにいた子分の男だった。
「おめぇいきなり何叫んでんだッ!」
 頭の男が子分にすごむが、身体をわななかせるその男は清嗣のことを指さして叫んだ。
「こ、こいつ誰かと思ったら巳柱の清嗣だ!」
「巳柱の清嗣だぁ? さっき自分で言ってたじゃねぇか」
「違いますよ、頭。ここらの商売やら牛耳ってるあの巳柱ですよ」
 子分に言われ、頭の男がハッとなる。
「……あの水神とやらと繋がってるあの巳柱か」
「それだけじゃあねぇですよ! 清嗣っていやぁこの前、御前試合で武芸者を全員ぶちのめしたって奴ですよ! 絶対間違いねぇ、羽織の龍の刺繍、噂通りの風貌、間違いねぇでさぁ!」
 子分の男の怯えが頭以外の他の二人にも伝播する。戦意が萎えつつあるのが見て取れた。
 清嗣は肯定も訂正もしない。子分の話では清嗣は相当強いらしいが、本当なのだろうか。だからそこまで平静でいられるのだろうか。
 しかしどちらでもいい。誰も傷つかずに済むならそれがいい。痛いのも怪我をするのも駄目だ。死ぬのなんていうのはもっと駄目だ。
 海を越えた故郷のある大陸。戦争もあれば、小規模な争い、いま自分が見舞われているような争いもあった。色々なものを見た。あれらは起きてはならない酷いことだ。
 これで逃げてくれたらいいのにと、マキィヴァは思う。そうすればお互いに傷つかずに済むのだから。
 だがそう上手くはいかないとすぐに思い知らされた。
「へ。へへへ、はぁーはっはっはっは!!」
 頭の男が大口をあげて笑った。怯えなど微塵も見せない。むしろ好都合とでも言わんばかりだ。
「へっ。例えそれが本当だったとしてなんでビビる必要があるんだ? 目の前にいるのはたった一人だぜ? こっちは四人だ。そこの蛇女は怯えちまって動けやしねぇ。袋叩きにしちまえば一発だろうがよ」
 その通りだった。相手は四人。こちらは二人、いや、足手纏いの自分は数に入れるどころか邪魔になる。
 それに、清嗣は刀を持っていないのだ。
 戦うための武器が彼にはない。
 戦えない。その事実を知られてはいないだろうが、もし戦いに発展すればどうなるか一目瞭然である。
「…………」
 子分たちが顔を見合わせている。いやな空気だった。
「それによぉ、巳柱ってことは金持ちじゃねぇか。ぶちのめして誘拐すれば身代金もがっぽりだぜ。そこの妖怪女売り飛ばしてから、じっくりやりゃあいい」
「け、けどよ頭。巳柱にゃあ水神が」
「水神も妖怪に代わりねぇだろうが。俺たちぁ元々妖怪を攫って、教団とやらに売りさばくために探してんだぜぇ。水神が出張ってくるならそいつも捕まえちまえばいい。こうして妖力封じの道具まで借りてんだからよぉ」
 何か数珠のようなものを見せる男。基本的に人間よりも強い魔物相手にここまで自信があったのはそれが理由だったのだ。
 確かに嫌な感じがする。触りたいものではないとマキィヴァは思った。
「おら、てめぇら! 日和ってないで働きやがれ! この澄ました糞餓鬼を日が沈み切る前にをぶちのめ――」
 男の悪意が一層膨らみ、刀を抜こうとした。その直後だった。
「抜くな」
「へ?」
 男が間抜けな顔をして、目を瞬かせた、
 清嗣が十尺はゆうに離れていた男の眼前へ距離を縮めていた。ふわりと緩やかに羽織を浮かせて。
「あ、え、え?」
 男は呆気に取られ、動けない。周囲の子分たちも同様だ。突然目の前に瞬間移動してきた清嗣に困惑しかできてない。
「お、お前っ、いつの間に!?」
 何故距離を詰められたのかわからない男たちだったが、マキィヴァからは見えていた。
 彼は普通に一歩二歩と前進していた。
 ただしとても速く。
 否、無駄の一切が取り払われた澱みない自然な所作で距離を詰めていた。
 蛇が尾をばねにして跳ぶのとはまるで違う。湖に羽毛が着水するように、一切の音が省かれた動きだった
「頭ぁっ、くそっ、てめぇグガッ!?」
 刀を抜こうとした子分の手が柄から弾かれる。その手の甲は赤く腫れていた。清嗣が礫を親指で弾き飛ばしたのだ。
「抜くなと言った」
 静かに、しかし確かな怒りの炎を滾らせて清嗣は言う。
 彼の怒りがマキィヴァにも伝わってくる。しかし、その怒りは自分のためのもの。自分を守るためのもの。怖くはなかった。むしろ心が軽くなるようだった。
「よ、妖術でも使いやがったのかてめぇ!? でなきゃこんな瞬間移動」
「瞬間移動じゃない。これは体裁きの一種だ。あとは目が良いのでな」
「め、目だと?」
「人の隙というのが俺には見えるのだ」
 そう清嗣は言うが、マキィヴァには単に目が良いだけが理由とは思えなかった。清嗣と出会ってから、幾度もされた謎の不意の接近と似ていたからだ。
 事実、単に目が良い、という単純な話ではなかった。
 人には行動と行動の間に意識の空白が必ず生じる。一瞬の間にも満たないほどの短い時間であるが、清嗣にはそれを見極める能力があった。天賦の才とも呼べるモノである。
 そして、その空白をすり抜け、間合いを詰める体裁きの極致。俗に言う縮地を清嗣は会得している。
 清嗣にとって、視界に収まる範囲全てが自身の間合いと成り得るのだ。
「お前たちの動きは手に取るようにわかるということだ。何をしようとしているのかも全てな。隙を見抜けばこうして近づくのも容易い」
 男たちが理解できた様子はなかったが、子分たちは見るからに戦意を喪失させている。
「もう何も言わずに去れ。お前たちがここで大人しく引き下がるならば俺は何もせん。見逃してやる」
「ッ! み、見逃して、やるだぁ!? ふざけんな糞餓鬼ッ!」
 だが頭の男だけは違った。
 彼は怒号を撒き散らしながら烈火の如く怒り、刀を鞘から引き抜こうとする。
 引き抜こうとした。
「ッ!?」
 抜けない。右腕を前へやろうとしても抜けなかった。
 清嗣が柄頭を掌で押さえていた。見るからに清嗣の方が細腕だ。とても頭の男よりも膂力があるとは思えない。しかも特に強く力を入れている様子もない。
 にもかかわらず、男の刀は鬼の力で押さえられているかのようにぴくりとも鞘から抜かれなかった。
「抜くな」
 清嗣は低い声で告げる。
「お前が抜けば、俺も抜かねばならなくなる」
 マキィヴァには感じなかった。だが、目の前の男たち全員が凍土へと落とされたが如く凍えるような戦慄に見舞われたのがその表情だけでわかった。
「ぬ、ぬく、だと? へ、へへ、てめぇのどこに刀があるって」
 それが男の最後の強がりだった。
「刀はなくとも斬ることはできる」
「っ……」
「抜かせるな」
「…………」
「お前たちを斬り伏せる姿をまきには見せたくない」
 ただただ、男が刀を抜けば起こるであろう未来を清嗣が口にしていく。
 マキィヴァにはそれが決して揺るぎようのない、厳然とした事実であるように思えてならなかった。
 ついに頭の男の方も、眼前の非力そうな青年が、その見た目通りの存在ではないと理解したようだった。先ほどの威勢のよさは完全に消えうせている。
 刀がないから戦えない? 否、刀がなくとも清嗣は眼前の四人を叩きのめす力を有している。しかしそれすらもしたくないのだと言っている。
 自分がそう望んでいるから。誰も傷つかずに終わることを望んでしまっているから。
 マキィヴァは出そうになる嗚咽を噛み殺した。いまこの瞬間、戦ってくれている彼の想いを無下にしてはいけない。 
「わ、わかった……手は出さない。出さないから、見逃してくれ……」
 男は冷や汗をだらだらと垂らしていた。生唾を飲み込む音がやけに生々しく響く。
「か、頭」
「お、おめぇらもだ。絶対、絶対手ぇ出すな……」
 男の刀の柄頭から手を離した清嗣が、一歩二歩と下がってこちらまで戻ってくる。
 賊の四人組は間合いから離れられたことに安堵した様子で踵を返した。
「頭のお前」
「っ! な、なんだ?」
「これは頂いておく。仔細無いな」
 清嗣の手にはいつの間に摺り取ったのか、白い奇妙な輝きを放つ数珠があった。マキィヴァにとって嫌な感じのする光だった。
 頭の男は何か言いたげだったが、しかし何も言わずに子分を引き連れこの場から立ち去っていった。
 それを見届けたあと、清嗣は数珠を握りつぶして粉々にする。光はそれで消えた。もう普通の数珠の残骸になってしまっていた。
 それを布袋に収めて懐に仕舞い込み、清嗣がこちらに振り返る。いつものように穏やかな笑みだったが。同時に泣きそうでもあった。
 そして、マキィヴァが反応するよりも早く抱きしめられた。
「すまなかった」
 どうして謝るのか、マキィヴァには理解ができない。
「其方を怖がらせてしまった。守りたかったのに」
 マキィヴァの胸の内側がきゅうっと締め付けられた。双方どちらにも被害が及ぶことなく諍いは終えられたというのに、マキィヴァの望む結末であったのに、それでも起こってしまったこと自体に責任感を覚えているのだ、清嗣は。
 本当に守られている。身体だけじゃない。心すら。健やかに生きるための平穏すらも彼は守ろうとしてくれているのだ。
「大丈夫、だよ、わたし、大丈夫だから」
 マキィヴァは抱きしめ返した。蛇の尾を自分ごと一緒に優しく巻きつけた。口下手な自分がいまの気持ちを表現する方法はこれしかなかった。
「きよつぐがいるから、わたし、大丈夫」
 好意を抱いているという表現ではもう表せられない。
 自分は彼を愛している。
 マキィヴァはそのことをようやく自覚した。
 日は沈んでもなお、二人は互いの温もりに包まれていた。
 ――ぐぅ。
 そして、場違いな腹の音が響き、笑い合ったのだった。


▽清嗣其の四


 湖と家のちょうど中間あたり。清嗣は草を掘り起こして払い、土を剥き出しにした地面にまきの火を借りて焚き火を起こした。その彼女はいつまでも貰ってばかりだと申し訳ないと言い、湖の中へ潜っていった。魚を獲って来てくれるそうだ。
 清嗣は焚き火の前に腰かける。そうして、まきが帰ってくる前に事を済ませてしまおうと思い至った。
 清嗣は懐からある一枚の紙と先ほど壊した数珠の残骸を入れた布袋を、そして筆入れと墨入れが一体化した矢立ても取り出す。長い柄の容器から出した筆に墨をつけ、先ほどの紙に一筆したためた。
 内容はごく簡単なものだ。
 先ほど逃げていった山賊たち。彼らを捕らえるための山狩りの要請。また異国の宗教により魔封じの道具が広まっている可能性と、山賊がそれの協力者である可能性があるとの内容をしたためた。
 見逃す、とは言ったが清嗣は甘い人間ではない。妖怪を捕まえ不埒な企みを抱いている輩を見逃すはずがなかった。数珠には頭の男の匂いもついている。鼻が利く妖怪ならば今夜中に捕らえられるだろう。
 運が良ければ数珠を提供した者まで辿り着けるかもしれない。が、そこまでするのは自分の仕事ではない。あとは任せるだけだった。
 その紙を四つ折りにし、魔力を込めていく。そこでざぶんと湖から音が響いた。まきだった。
 彼女は両手の爪にそれぞれ魚を突き挿し、器用に落とさないよう胸に抱えるようにしている。
「さすがはまきだな、早い」
「名前は知らないけど、おいしい魚、捕れたよ」
 まきが見せてきた魚は鮎だった。はて、と思う。湖に鮎はいただろうかと。
「ここで獲ったのか?」
「ううん、この魚、おいしいから……川まで行ったよ、あっちに繋がってるから」
「そうか。手間を取らせたな。ありがとう、まき」
「ふ、ふふ……きよつぐ、何をしていたの?」
 獲った魚を爪から引き抜きながら、焚き火の前にとぐろを巻くようにして腰かけたまきが尋ねてくる。
「ああ、義姉上にちょっとした手紙だ。そうだ、頼みがあるのだが。これに妖力を注いではくれんか?」
 清嗣は四つ折りにした手紙をまきに差し出す。
「これに?」
「うむ。これは少々特殊な手紙でな。妖力を通せば元の持ち主の元へ届くのだが、俺は妖力がほとんどないのだ。まともにやれば四半刻はかかってしまう。頼めるか?」
「う、うん」
 おずおずと手を差し出して、爪で穴を空けてしまわないように気を付けながら、まきは手紙を摘まんでくれた。必要な量の妖力が一瞬で流れるのがわかる。
「うむ、感謝する。さぁ、義姉上の元まで行け」
 手紙を清嗣は頭上へ放り投げた。手紙が落下に転じるその瞬間、ただの紙だったはずのそれが紙製の鳩へと姿を変えた。
「わっ」
 まきが驚いた声をあげたので、清嗣はつい笑ってしまう。思った通りの反応をしてくれたからだ。
 鳩は布袋を器用に首にひっかけると、森の上を抜けて辰姫のいる本殿の方へと飛んで行った。
「ああやって手紙を届けてくれるのだ。妖怪の不思議な道具だな。さて、用事は済んだ。まきの獲って来てくれた鮎を頂こうか」
「う、うん、任せて……昨日実は練習、したから。苦いところ取れるようになったよ」
 器用に爪で腸を掻き出していくまき。意外に手際が良く、清嗣は素直に感心した。自分のためにしてくれたのだろうかと考えると、つい頬が緩んでしまう。
「塩はないが脂も乗っているし大丈夫だろう。このまま焼いて頂こう」
「任せて」
 まきが爪を鮎の口に刺したかと思うと、火柱が尾から噴き出た。開いた方の手から出した炎で鮎の外側を炙っていく。
「で、できたよ……」
「ありがとう」
 清嗣は草を鮎の頭と尾に巻き付けてから手にし、一気に腹へかぶりつく。焦げ目の香ばしさが鼻を抜けていき、舌に仄か広がる甘み、そして口内を満たす旨味。鮎自体の旨さと絶妙な焼き加減がなければあり得ない味だった。
「旨いぞ、まき。自在に妖術を使えるようになったのだな」
「う、うん。もっと、食べる?」
「うむ。次は腸を取らずに焼いてみてくれ」
「……? 苦いよ?」
「その苦みが良いのだ」
 腸は取らずそのほかは同じ手順で食べた。今度はまきも食べたが。
「あぅぅ、苦いよぉ……」
「はっはっは、まきの口には合わんか。この苦さが良いのだがな」
 涙目になりながらもちゃんと全部食べるまきを眺めながら、清嗣も鮎の味に舌鼓を打った。
 笑い声が焚き火に焦げる夜闇に染み込んでいった。

 その日の晩のこと。一緒に寝るのは恥ずかしいだろうと、無理にまきを誘わず清嗣は一人寝るために小屋へ戻っていた。
「……?」
 畳もなければ、夜着もなければ掛布団となる紙衾もない。夜目は利くがわざわざ取りに帰れるほど近い距離でもなく、結局清嗣は壁にもたれて寝ることにした。
 季節は夏を終え、秋も中頃。突貫で仕上げたこの掘っ立て小屋は壁の隙間もあり、風が吹き抜けてとてつもなく寒かった。
 やはり取りに帰るべきかとも思ったが、この寒い時期に水の中で暮らせるまきと一緒になるのだ。多少の寒さは克服せねばならない。それに先の山賊たちのことを考えると、まきを一人にすることはできなかった。
 そうして我慢して、ようやく頭が舟を漕ぎ始めたのだが。
 キィと戸がゆっくりこっそりと引く音が聞こえた。最初は風に揺られたのかと思ったが、違った。
 眼前に差し迫った気配が、自分の元に誰かがやってきたのだと告げた。
 小屋の中を這う音は一切せず、無音で眼前までやってきた。人間の所業ではなかった。
 清嗣が目を開けると同時に、背に何かが抜けていく。否、巻き付いていった。
「まき」
「っ!」
 まきがびくんと身体を跳ねさせる。驚いた表情をしていた。まきは全裸だった。巫女服はおろか面すらぶら下げていない。こちらの方が驚きたかった。
「どうしたんだ?」
「さ、寒そうにしてたから……ごめん、なさい」
 人肌、もとい妖怪肌で温めようとしてくれたらしい。
「いや、怒ってはいない。そうか……まきは温かいな」
 ならばと甘えて、清嗣は巻かれるに任せる。
 臀部の辺りから首までぐるぐると囲うように巻き付いていくまきの尾は温い。ふわふわな毛に包まれ、まるで日向ぼっこをしているときのような、自然と力が抜けていく暖かさだ。
「身体を拭いた程度しかしていないが、臭くないか?」
「ぜ、全然……! むしろ、その、あぅあぅ」
 肩に顔を埋められて、顔が見えないが夜闇でも赤く見えるほど真っ赤に染めているのだろうと清嗣は察する。
「しかしまさか裸で来るとはな。さしもの俺も面と喰らってしまった」
「こ、こっちの方が温かいと、思ったから」
 きゅうと目を瞑るまきの背を、よしよしと撫でながら考える。いま自分はどんな表情をしているだろうか。笑っているか。笑えているか。兄のように優しい笑みを浮かべられているだろうか。
「きよつぐも」
「うん?」
「きよつぐも、お日さまみたいに温かいね」
「そうか」
 少なくとも、まきの笑顔は心が安らぐほどに温かいものだった。
「ああ、まきは温かいな。一度抱けばもう忘れられん。このまま朝まで一緒に寝てくれるか?」
「…………」
 しかしまきは首を横へ振った。はて、と思ったときには清嗣はまきによって押し倒されていた。全身を尾に巻き付かれたまま。
「ま、まき?」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……!」
 荒い息。まきは浅く荒い息を吐いて、その白黒反転した目を見開いていた。瞳孔は開いており、正気の幾分かを手放しているようにすら見える。口の端からは涎を滴らせていた。
 妖怪や獣が獲物を目にしたような、そんな表情。
「ああ、そうか」
 普通ならば怯えることだろうが、妖怪の習性などを知っている清嗣は怯えを微塵たりとも見せない。それどころか、喜んだ。
「其方も好いてくれているのだな」
 自由気ままな嫌いのある妖怪だが、その実貞操観念は人よりも強い。彼女たちは一度結ばれた相手を決して裏切らない。身体を捧げるのも心を許した相手のみだ。
 こうしてまきが押し倒してきたということは、清嗣が彼女にとって気の置けない相手となった証左でもある。
 それがたまらなく嬉しい。
「其方の自由にしてくれ。俺は其方のことを愛しているからな」
「きよつぐ……わたし」
 獣性を宿したまきの瞳に、わずかばかりの理性が戻る。涙でその瞳が滲んだ。
「わたし、違うの」
「まき?」
「わたしは、白蛇じゃ、ないの」
 唐突だった。
 完全に清嗣の不意を突いた告白だった。
「わたしは、バニップ……この国じゃない、海を越えた向こうの国の魔物なの」
「ばにっぷ……何故それをいま」
「ごめんなさい、ごめんなさい……好き、きよつぐのこと、好きだから、もうだましていたくない。嫌いになられてもいいから、優しいきよつぐをだましてたくないから」
 ぼろぼろと大粒の涙が零れて、清嗣の頬を濡らしていく。
「まき……」
「…………」
 肩を震わせてしゃくりあげるまきの怯えと悲しみが、尾を通して伝わってくる。
 よくよく考えてみればと初めて出会ったときのことを思い出す。
 最初のとき彼女は必死に誤解を解こうとしていたのではなかったか。それを自分は遮ってしまってはいなかったか。名前を知りたく、無理に迫っていたような気もする。いや、迫っていた。早く近づきたく、話をまともに聞いていなかった。
 幸せにし、守らなければならない相手を自分はこうも悲しませている。苦しませている。
 謝るべきは彼女ではない。自分だ。
「済まなかった、まき。こうも其方を苦しませてしまった。悪いのは全て俺だ。俺が話を聞かぬ愚か者だったからだ」
 まきは首を横へ振る。
「ち、違うの、わたしが、わたしがちゃんと言えなかったから、ごめんなさ――」
「だが!」
 清嗣はまきの言葉を遮り、彼女の肩を掴んでまっすぐ見据える。涙に濡れ、悲しみに固まる彼女に言い切る。
 わかっている。
 自分は愚か者だ。猪突猛進な性格を兄や父母に言われても改めなかった愚か者だ。
 だがそれでも。
「其方が好きになってくれたこの俺は、其方が白蛇ではないと知ったことで切り捨てるような愚か者ではない!!」
 断言する。決して揺るがない確信を持った強い語気で、清嗣はまきに伝える。
「俺はもう、其方に心を奪われているのだ。見つめればすぐに目を逸らして頬を赤らめる仕草に。このふわふわとした体毛と尾に。美しく触り心地のよいこの黒い肌に。団子を食べたときの蕩けた表情、穏やかな寝顔、面を外してやったときの驚いた表情。其方のどれもが愛おしく、俺の心を奪いつくしているのだ!」
 清嗣は想いの丈を伝える。これまで以上に真正面に。
「其方のいない生活など、俺はもう考えられん!」
「ッ!」
 まきがぐっと涙を堪えるように顔を歪ませて、しかしそれすらも受け止めるように清嗣はまきを抱き締めた。
 抱き締め、顔を見合わせ、どちらから言うでもなく、口づけを交わした。
 浅く、唇が触れ合うだけの軽いもの。それでも長く、まきの涙が零れ落ちなくなるまでその口づけは続いた。
 暗い小屋の中に、透明な細い橋がきらりと光る。
 清嗣もまきも、浅い呼吸を繰り返しながら見つめ合っていた。
「ごめんなさい、きよつぐ、わたしもう」
 まきの体温が上がっていた。触れるとこちらまで熱が帯びて来そうなほど、興奮を伝播させる熱だ。
 その瞳は理性を消し去る直前といったもの。もう限界であると、妖怪としての本能を抑えきれないのだと言外に伝えてきている。
 だが、清嗣としてはそれは望むところだった。
「ようやく其方に求められるのだ。これほど嬉しいことはない。だが一つ、尋ねておきたい」
「うん」
「俺と夫婦になってくれるか?」
 まきが理性を完全に消し去る直前。本能と理性が同居する満面の笑みでまきは答えた。
「うん!」
 そしてまきの獣性は目覚め、清嗣は喰われることとなった。

 バニップの蛇の尾は二重の拘束力を持っている。
 まずその太くしなやかで、通常ラミア種よりも強靭な尾による締め付け。そして、その尾を覆う真っ白な体毛だ。
 普通に巻きつけられただけでも逃げることは困難。よほどの武芸者でもなければ不可能だ。しかし、バニップの体毛はとてつもなくふわふわで柔らかく、抜群の「巻かれ心地」を誇っている。
 一度巻かれれば最後。その心地よさに力を入れることなど叶わず、それどころかもっと身体を弛緩させて全身に巻き付けてもらうことを望むようになるだろう。
 事実、清嗣はそうだった。足先から頭のてっぺんまで、まきの尾が巻き付き、その体毛で覆い包んでいる。唯一見える視界はまきの顔だけで、彼女は涎を滴らしながら幾度となく唇を奪ってきた。
「ん、ちゅっ、ちゅっんむっちゅっ」
 それに応えて口を開き、彼女が伸ばしてくる舌を受け入れる。まきの舌は人間とは比べ物にならないほど長く、甘い唾液を滴らせながら清嗣の舌に巻き付けるように、喉奥へ侵入してくる。
 口内はまきの肉舌と甘露に満たされ、思考が蕩かされる。まるで骨までしゃぶられる魚のように、歯の一本一本と頬肉、さらには喉奥の上舌まで舐めしゃぶられ、口内はどろどろに蕩けて清嗣は恍惚に浸っていた。
 もとより抵抗の意思はないが、受け入れることを覚えて全身を委ねるとまきの身体の感触がより鮮明に伝わってくる。
 前面を覆い包むむちむちとした肉肌に、背面を抱き締める柔らかな尾の体毛。抱きしめるとまきもさらに強く抱きしめ返してきて、より隙間なく密着できる。まるで一つの生き物のようになれている状況に興奮しか覚えられない。
 そうして、不意にまきの口が離れる。ぼたぼたと互いの口から涎が溢れ出た。撒き散らされた唾液の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐり、くらくらしていると、まきの身体を堪能していると身体をずらされる。
 清嗣はまきの霊峰を思わせる豊満な乳房を口元に押し付けられた。張りはあるがしかし、顔が易々と沈み込んでいく。清嗣を深みに嵌める魔性の乳房だ。
「な、舐めて、きよつぐ、わたしのおっぱい舐めて」
「んむ、ちゅぅうううううっぷはっ、んっ」
「あぁあぁああぁぁ、舐められてるぅ、きよつぐにわたしのおっぱい舐められてぇ、ひゃんっ」
 こりこりとした勃起した乳首を甘噛みしながら、口いっぱいに頬張った乳房を啜る。乳はでないが甘く、さらに抱き合うことで出た汗のしょっぱさがより清嗣の全身を高揚させていった。
「おいしいぞ、まき、んんっ」
「あっ、んんっ、きよつぐのここすごい大きい」
「くぅ、そう腰を揺らされると」
 この状況である。男ならば興奮しないはずもなく、股間のイチモツは痛いほど隆起し跳ねていた。
 隙間なく抱き合っているせいで勃起したイチモツは服越しに擦れ、つい呻き声をあげてしまう。
「気持ちよくなろ、きよつぐ」
 いつもの大人しさなど鳴りを潜め、交わりに積極的なまきが衣類を引き剥がしにかかる。尾を巻きつけたまま器用に服を剥がされ、ついに裸同士で抱き合うこととなった。
「ああ、心地よいな、まきの身体は。こうして抱き合っているだけで果ててしまいそうだ」
 ただ抱き合っているだけ。にも関らず気持ちよさでつい腰が動いてしまう。まきの腰の蛇と人肌の境目を行き来し擦れて、清嗣はますます辛抱堪らなくなっていった。
 そしてそれはまきも同様らしい。
「欲しいぃ、きよつぐのオチンチン欲しいぃ挿入れていいぃ? きよつぐのおちんちん食べちゃっていいぃ?」
 勃起したイチモツのカリ裏に擦れる、しとどに濡れた毛に覆われる箇所。体毛だけではない、柔らかな感触は媚肉。まきの大事な場所であるに違いなかった。
 ここに挿入すればどれほど気持ちがいいか。想像を絶するに違いないと清嗣のイチモツは期待に一層膨らむ。
「ああ、まき、頼――」
「んはぁああっ!」
 言い終わる前にまきの腰は動いた。
 太く隆起していたイチモツ、その亀頭にちゅぷっと粘液に塗れた媚肉が覆い被さったかと思うと、一枚の膜の抵抗を破った直後に一気に根本まで呑み込まれた。
「っぁ!」
 声が出ず、掠れた息だけが清嗣の口から漏れ出た。イチモツの亀頭から根本まで炎を幻視するような熱い肉壺に包み込まれたのだ。
 清嗣は性交の経験もなければ、実を言うと手淫の経験もない。知識としては多少知ってこそあれ、経験もなければ快楽の感覚がどの程度のものかすらも知らなかった。初体験であれば男もあまりの刺激に痛みを感じるのだが、それも知らなかった。
 だが、まきは妖怪である。妖怪の身は、例え相手が童貞であろうとも性の経験が一切ない者であろうとも、痛みなど一切与えず快楽のみを感じさせる。愛蜜と魔力がどっぷりと染み込んだ肉壺を脈動させ、イチモツに快楽をまぶしながら咀嚼するように貪るのだ。
 例え、まきが処女であろうとも、妖怪の本能でそれができてしまうのである。
「くっ、何か昇って……!」
 加減の知らない処女妖怪の本能の赴くままの蜜壺による搾精。蛇にイチモツを丸呑みされたかと錯覚するほど狭く、熱い粘液の分泌される粘膜で締め付けられ溶かされているようでもあった。
 早々に限界が迫る清嗣も何とか耐えようとするが、まきの蜜壺の攻めは蛇が如くねちっこく、堪えることを許してくれない。イチモツ全体を蛇の舌で巻き付かれ、少しでも逃れようとすればカリ裏などの弱い部分を舌が走り、抵抗力を根こそぎ奪い取っていく。
 童貞の清嗣が蛇のいやらしい膣攻めに耐えられるはずもなく、精の奔流は一気に駆け上っていった。
 そして、来るということを察知したまきの肉壺はよりもっと搾るために貪欲に蠢き、つぶつぶの肉ヒダを清嗣のイチモツに絡めて擦る。
「だめ、だ、出るッ!」
「ああっ、きよつぐぅっ!」
 ぎゅうとお互い抱き合い、二人は身体を絶頂に硬直させる。互いに腰を押し付けて、一番深いところで精を吐き出し、そして精を受け止めた。
 清嗣は頭が真っ白になった。一切の感覚が遮断されて、イチモツが感じる初めての快感のみが頭まで駆け巡っていったのだった。
 筆舌にし難い未曽有の快楽に、清嗣は全身の力が抜けていく。まきの身体に全身を預けて、思考がまきに溺れていくようだった。
「まき……」
「はぁああぁ、すごかったよ、きよつぐ……とてもいっぱい、わたしのなかにきよつぐのがどぷどぷって注がれてる。気持ちいいよぉ」
「俺もだ、こんな気持ちよさ、初めてだ。あむっ、ちゅっ」
「あんっ、首舐めちゃあやぁ」
「すまない。だが、止められないんだ。ああ、まき、好きだ、まき」
 まきの豊満なおっぱいを揉みしだきながら、彼女の身体に埋めるように溺れるように身体を預けていく。ずっとこのままでいたい。まきに締め付けられたままでいたい。そう願うほどに心地よかった
「あんっ、もう小さくなってるのに、きよつぐのオチンチン、わたしのオマンコ擦ってぇ……抜けちゃうだめぇ」
「くぁっ、そう締め付けたら」
 半勃ちほどに小さくなった清嗣のイチモツを逃すまいと、まきの肉壺の口がちゅうっと根本に食いついて離れない。さらに腰を深く突き入れて、ぐいぐいと奥へ誘おうとする。
「もっとぉ、もっとぉおおっ! はぁあああぁっ!」
 獣欲に塗れたため息とともに、まきは激しい腰振りを開始する。尿道の奥の奥の精液が絞られてしまいそうなほど激しく、ばつんばつんと腰のぶつかり合う肉音が小屋に響き渡った。
「おおほぉおっ清嗣のオチンチンンン! もっろちょうらいっ、わたしの膣内にもっろちょうらい食べひゃへてえぇえ」
 呂律も回らないままの暴力的なグラインド。射精で力が失いかけていたイチモツは、魔力と愛蜜を再びまぶせられ、強制的に勃起させられた。イチモツの粘膜に染み込んだまきの愛蜜は、精液の増産を促進し吐き出させようと感度を高めさせていく。
 まきの表情は快楽に塗れた獣と成り果て、涎を滴らせて清嗣の口も頬も首筋も濡らし、自らの唾液を染み込ませていく。まるでマーキングでもしているかのように。
「はぁはぁっ、まきっ、くっ、まき!」
 だが、清嗣はまきの獣の攻めに抵抗するどころか受け入れていた。身体を差し出していたと言っても良い。
 彼女に貪られること。彼女の想いに応えること。そうすることでまきを幸せにすることが、己の使命であり幸せであると認識していた。
「んんっ、ちゅっ、ぷはああっ、まきっ」
「きよつぐぅ、んちゅっちゅっちゅぱっんはぁあ」
 力を込めるのはイチモツだけ。より太く、硬くし、まきの肉壺のヒダを擦り気持ちよくさせる。そして、嬌声をあげて悦ぶまきに昇り詰めた白濁をたっぷりと注ぐのだ。
「また、出すぞっ、まきっ、お前の奥に出すからなっ!」
「出してぇ! いっぱいどろどろしたきよつぐの濃いの注いでぇ! きよつぐの赤ちゃん産みたいのぉ!」
 自身の子を孕みたいと悦楽に塗れた表情で叫ぶまきに、清嗣は興奮が最高潮に達した。
 最後のまきのグラインドで自身も腰を突き出し、まきの奥の赤子部屋の口とキスを交わす。
 そして、昇り詰めた白濁をまきの子宮に直接吐き出した。
「ッ! んひぃいいいいぃぁああああああぁぁあああ!! きよつぐのぉお、ごくごくってぇ、飲んじゃってるのぉあはぁああああ……」
「はぁはぁ、っくぁまき、まだ」
 まだ吐き出している途中にも関わらず、まきの腰は止まらない。射精させながらまた次の射精をさせようと肉壺が貪欲に貪り喰らいついてくる。
「うん、まだ、まだ欲しいのっ、きよつぐの」
「しようのない、奴だ。だが、くぅ……其方に求められると俺も」
 身体が意思とは関係なく腰を振るう。まきが自身の身体を貪るように、自分もまきのこの魅力的な肢体をもっと味わいつくしたいのだ。
「すぅうう、はぁあああっれろっ」
「やあぁあ、腋舐めちゃあやぁ」
「駄目だ辛抱堪らんのだ。其方が俺をこうしたのだからな。もっと其方を味わわせてくれ」
「きよつぐぅ、んひぃっ! わたしもぉ、きよつぐの濃いのでわたしを溺れさせてぇ!」
「まきっ!」
「きよつぐぅ!」
 そしてまた絶頂が清嗣とまきを快楽の坩堝へと溺れさせていく。
 気を失うまで二人は、獣のような情交で延々と求め合い快楽を貪り合った。
 それは人ならば目を背けたくなるほど、あまりにも欲望と悦楽、そして獣欲に塗れたものだった。
 だが、二人は確かに夫婦の契りを交わしていたのだった。

 そして翌日。
 白濁に塗れた自分の姿と昨日の獣染みた性交に、まきは全身を茹蛸のように火照らせ、湖の中に逃げていったのであった。
 そんなまきのことが、清嗣は愛おしくて堪らなかったのであった。


▼まき其の一


 二人が結ばれて幾月か過ぎた頃。
 まきは清嗣の住む町にいた。山の麓の庭付きの立派な家屋がいまのまきと清嗣の家であった。
 清嗣を介して、人との触れ合いに徐々に慣れていったまきは今ではもう立派な町民の一人になっていた。
 町を訪れて最初こそ不安ではあったが、魔物に理解のある町民たちは誰もが優しく、さらには白蛇に似ていて縁起が良いととても親切にしてくれた。少々複雑な心境ではあったが。
 名は正式に「まき」と名乗ることにした。清嗣がマキィヴァと一向に発音できなかったからというのが表向きの理由だが、本音は清嗣に呼ばれる「まき」の方が好きになったからである。元より、名がないと不便だからと自ら名乗った名がマキィヴァである。特に未練はなかった。
 現在では龍こと巳柱辰姫に仕える巫女となっており、少々変わった巫女として名物になりつつある。恥ずかしがり屋なので巫女として表に出るとき常に顔を赤く染めているが。
 清嗣ともどもまきは辰姫の神社に居候しており、巫女としての修行の傍ら、辰姫の力を借りて遅い花嫁修業をしている。むしろ清嗣の父母に認められなければならない理由から、どちらかというとこちらの方に重きを置かれているが。
 そして、辰姫の厳しい教えの甲斐もあってゆっくりとだが料理の種類も着実に増え、家事全般もこなせるようになってきていた。
「うん、おいしいですよ、まきさん。これならきっと清嗣さんも喜んでくれるはずです」
 こうして辰姫に褒められることももう珍しくない。
 清嗣は商家の仕事で町中を動き回っている。その間、自分は家を守り、疲れて帰ってくる彼を温かく出迎えるのが常となっていた。そうして、夜には互いを温め合いながら獣と成り果てる。
 そんな毎日。
「頬が緩んでいますよ、まきさん」
 ただ夜のことを考えただけでつい表情が緩んでしまうのが、最近のまきの悩みであった。
「た、辰姫様は、どうやってそう、びしっとできるのですか? わたしはすぐ顔に出てしまいます」
 常に柔和な笑みを浮かべていて、いやらしさはまるで感じさせない。まきはいつも不思議に思っていた。
「慣れですねぇ。私、一応水神として崇められていますから、表情には本心を出さないよう努めてはいるんです。夫以外の前では、ですけど。だから何もいやらしいこと考えていないように見えるでしょうけど私いま、今晩夫のイチモツをお尻の穴で食べようかしらって考えているんですよ?」
「……え?」
「ふふ、そうねぇ。たまには、義弟夫婦に見せながら交わるというのも乙なものですね。どうですか、まきさん。今晩一緒に」
「わ、わわわ、ま、また今度に、しましゅ……」
「あら残念、ふふふ」
 一生この人には敵わないだろうな、と思うまきであった。
「帰ったぞ、まきー!」
 ちょうどそのタイミングで清嗣の声が軒先に響いた。助かったと思いつつ、彼を出迎えに玄関へ向かう。
 廊下を這いながら、清嗣の姿を認めると彼に飛び込み抱きしめる。彼も抱きしめ返してくれる。
「おかえりなさいっ!」
「ただいま。ん、やっぱりまきの抱き心地はいいな。癒される」
「ふふふ、ぎゅー」
 こうして玄関でいちゃつくのも日課である。もう慣れたものであった。
「きよつぐ、もう夕餉もできるから、着替えたら居間でゆっくりしていてね」
 名残惜しくも清嗣の身体を離し、夕餉の準備を終わらせようと踵を返す。
「ああ、まき、待ってくれ」
「? どうしたの、きよつぐ……?」
 振り返ると、清嗣に手を伸ばされ、長い前髪を右に分けられた。そしてその前髪を留めるように髪に何かを挿し込まれる。
 チリンと鈴の音が額の右上辺りで鳴った。清嗣の手が離れても前髪は落ちて来ない。
 清嗣に手を引っ張られ、自室の姿見の前に連れられ座らされる。
「あ」
 自分の頭を見て、まきは口元が緩むのを感じた。
「約束していたからな。忘れていたわけではないのだが、どうせならば今日渡したかったのだ」
 紫の萩の花が慎ましやかに、しかし凛然と映える簪だった。自身の白い髪と黒い肌に埋もれず、しかし過剰に主張することもなく調和する花。そして優しく鳴る鈴の音。
「嬉しい……とても綺麗。ありがとう、きよつぐ」
「うむ、とても似合っているぞ、まき」
「でも、どうして今日渡したかったの?」
「説得できたんだ」
 後ろに立つ清嗣が満面の笑みを浮かべる。その言葉の意味を理解して、まきは泣きそうになった。
 説得。それが意味することはつまり、分家の人間に全員まきのことを認めさせられたということである。
 清嗣は分家の人間。つまり、後の代に龍の婿となる子孫を繋いでいかなくてはならなかった。妖怪から生まれる子は妖怪と決まっている。つまり、人間の子孫を残さねばならない清嗣は、まきと結ばれてはいけないことになっていた。
 だが、それを認めさせた。非合法な手段を用いたわけではない。純粋に頼み込んでいたのだ。父と母、商家に関わるもの全てに。
 そして、駆け落ちをするでもなく、これまで以上に身を粉にして働いて、清嗣の意思が強固なものだと伝えようとしたのは、まきに余計な罪悪感を感じさせないためであった。
 それを知っているからこそ、まきは泣きそうになる。どこまでも自分を守り幸せにしてくれる清嗣のことが愛おしくて堪らない。
「ありがとう、きよつぐ……」
「何を言う。当然、義姉上たちの説得もあったが、一番大きいのは其方だ、まき」
「わたし?」
「其方が俺と結ばれてくれるために、義姉上の厳しい教えを毎日受けてくれていたのだろう? 父上たちもそれを認めてくださったからこそ、許してくださったのだ。礼を言うのは俺の方だ、まき」
 頬を撫でてくれる清嗣の手に自らの手を重ねる。大きく温かな手。清嗣が傍にいるだけで、不安なんて飛び去っていた。
「祝言を挙げよう、まき」
「うん……!」
 もう不安などない。誰かと言葉を交わすのに、触れ合うのに怯えなんてない。
 きっとこの地に来なければ、清嗣と出会えなければ自分はいまも湖の中で独り泳いでいたことだろう。
 この清嗣の大きな手が、自分を暗い湖の底から引き上げてくれたのだ。
 まきは高鳴る心臓を抑え、呼吸を整える。
「きよつぐ。わたしもね、実はきよつぐに伝えなくちゃいけない大切なことがあるの」
 耳を寄せる彼に囁く。
 自分と清嗣の愛の形を、決して絶てない繋がりをまきは告げた。
 とても驚き、しかし喜ぶ彼の顔をまっすぐ見つめながら、まきはそっとお腹を撫でたのだった。
18/07/15 22:34更新 / ヤンデレラ
戻る 次へ

■作者メッセージ
バニップさんが白蛇さんと間違えられるお話でした。
バニップさんって巻き付かれるのもよさそうですけど、自分から尾と背中に抱き付きにいくのもよさそうですよね。尾先から抱き付いて徐々に上へ昇っていきたい。
あと不意に抱き付かれて赤面しちゃうバニップさんとか絶対超絶最強可愛いと思います。

今作は全体の長さの割にエロシーン短めでしたがご了承ください。恥ずかしいのでまきさんが見せたがらなかったのです(言い訳
それではまた。

(辰姫さん、子作りを義弟夫婦に先越されたせいで毎晩がとても激しくなったとかなってないとか)

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33