読切小説
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大和撫子
僕はまず自分の目を疑った。
白蛇がそれなりの高さのある木の枝に、尻尾だけを強固に固定して、ダラリとぶら下がり……
そして…鉄棒の大車輪と同じ要領で回転を始め……
身体を止めると、ぶら下がったまま何が気に入らないのかブツブツと愚痴を溢していた‥。
その姿。それに‥この声を掛け辛い状況の中。僕はスルーするかどうか考え迷っていた‥。
「えっと‥何をしているのでしょうか?」
覚悟を決めて、声を掛けたその途端に、尻尾の先端を解くと素早く僕に向かって……白い顔にその存在感を確実なものとしている泣き黒子が印象的で、話しかけた僕を歓迎するような嬉しさを含んだ笑顔にドキリと素直に心臓が高鳴った。
「その‥脱皮が思うようにいかないのです」
話は続き‥脱皮の時は痒く、枝に尻尾を固定して回れば遠心力で一気に脱げると考えたとの事。そして‥僕の前で無防備にも下半身の服を捲り‥人でいえば、腿のある辺りから下が鱗となっていて、その境目から鱗の目に沿って、所々白い皮が剥けている。
ただ‥白い皮を見る前に‥そのすぐ上にある白い布を‥女としての箇所を覆っている布を直視してしまった。
「えっと‥どうやって手伝ったらいいの?」
白い布を見ていた事を誤魔化すように、顔を見て聞き返せば、顔は仄かに赤みを帯始めていた。
「それは……」
話した結果。少しずつ剥がしては捲るを繰り返して脱皮を手伝う事で決まり、再び無防備にも服を捲り上げて‥僕は人間でいえばお尻のあるところから爪を立てずに指だけを使い、ゆっくりと皮を剥がし‥そこには息を飲むほどに白く傷1つない綺麗な鱗が目に飛び込んできた。
「その‥。恥ずかしいですから、そんなに見ないで下さい」
顔を真っ赤にして‥身体の白と顔の赤その2色のコントラストがとても魅力的に映り、そして‥顔の熱が伝わってきたのか身体の方もじんわりと温かみをもっていった。
それから、時間をかけてゆっくりゆっくりと脱皮を手伝い‥終わった頃には夕方になっていた。
「ありがとうございます。あなた様のおかげで助かりました」
へそがチラチラと見えるお腹に両手を当てて、深くお辞儀をして身体を起こし、僕に視線を合わせた。
「申し遅れました。わたくし、籠(かごめ)と申します。このご恩。一生を掛けてお返しします。どうぞわたくしめを生涯の伴侶として下さいませ」
タイミングを合わせるように、地面に手をついて、頭を深く下げ‥彼女に惹かれていた僕は二つ返事を返し
「僕は連理(れんり)」
名乗ったあと手を差し出した。すると彼女は顔を安らかに変えて僕の手のひらを握り、手の甲を頬に‥温もりを伝えるように当てた。


籠さんを連れて帰路に着こうと歩き出して……僕の隣を歩かずに、数歩下がって歩いている事に疑問を感じて、足を止めて振り向いた。
「籠さん。その‥なんで隣じゃなくて、後ろにいるの?」
「連理さんの隣をわたくしが歩いてしまった場合、影を踏んでしまいます。影とはいえ、連理さんの一部。わたくしにはとても踏むことが出来ません」
そこまで想われているのは嬉しい。でも‥正直、回答に困った。強制するような事を言うのは気が引ける。でも……
「夜だから、影は出ないよ。それに……池の近くだから、少し肌寒くて‥隣に居てくれるとお互いに心も身体も温まるかな?と思うんだ」
恥ずかしさを‥きっと顔が赤くなっているだろうから、それを隠すためにすぐにそっぽを向いて、振り返って歩き出した。
そして‥数歩…。
籠さんは横から僕の腕を、身体に抱き寄せるようにくっつけて、並んで歩いて‥僕の二の腕は服越しで胸に触れていた‥。
初めての感触に緊張で言葉が見つからない中。
「ありがとう」
感謝の言葉だけが口を紡ぎ‥
「本当に温かいです」
頬を僕の肩へとくっついて一言小さく呟いた。


「ここが僕の家で‥」
玄関を開けて先に僕が入り‥
「至らなく、不束でございますが……」
尻尾が玄関に収まりきらずに、ドアを開けたまま頭を深く下げるものだから、僕は慌てて近寄った丁度その時、籠さんが頭を上げ‥僕の顎へと直撃した…。
頭を何回も下げて、目尻には涙が浮かんでいた。女性の涙を初めて見た僕は掛ける言葉を失って……程なくしてお腹が存在をアピールするように盛大に鳴き、2人の間にあった重い空気は一瞬で霧散して‥籠さんは気がついたような顔に変わっていき
「これから連理さんの夕ご飯を作ります。何か嫌いな食べ物がありましたら、申し付けて下さいませ」
好き嫌いが特に無いことを伝えると深く頭を下げた後、台所へ向かい冷蔵庫から野菜をいくつか取りだして、包丁でリズムよく切る音を奏でて、その間、僕は自分の生理現象に生まれて初めて感謝していた。

出来上がった和食を一緒に食べて、味付けの良さに舌鼓を打つと、籠さんの顔は眩しい笑顔で溢れ、僕の心臓は高鳴った。
「喜んで頂いて幸いです。ですが、先程は……」
顔は瞬時に暗くなり…
「僕はこの通りなんともないから、だから‥1人で重く受け止めてほしくない。それに……」
暫くの沈黙。そして……
「僕は‥悲しい顔よりも、笑顔の方が好きだから…だから‥さっき言ったみたいに、重く受け止めてほしくない。だから、この件はこれっきりにしてほしいんだ」
暗い顔は一転して明るさを得ていくと一緒に赤みを帯びて‥きっと僕も赤くなっていると思う。
「連理さんと出会えて本当に嬉しくて……」
僕の右手を取り、強く握って嬉し涙を流し‥僕は左の指で涙を拭った。
「連理さんのお側に一生涯居させてください」
泣き止んだ時には鼻は真っ赤になって、顔を隠すように、食べ終わった食器を洗い始めた。
「シャワー浴びてくる」
一言短く告げて、続けて‥一緒に浴びる?と口から出るよりも、恥ずかしさが優先されて‥それ以上、口は開かなかった。

「あの‥連理さん……」
風呂場とドア1枚隔てた先から籠さんの声。
「お、お背中‥流します」
僕は全裸。恥ずかしさもあった。でも‥無下に断るのは悪い気がする。だから‥
「お願いします」
声は裏返っていた。衣服を脱ぐ音に、床に落ちる音。途端に愚息が一気に反応をして、慌ててシャワーを止めてドアに背を向けた。
「失礼します‥」
消え入りそうな程の小さな声を上げて、籠さんが入って来て‥ボディーソープを手に出して……
籠さんは両手で僕の両肩を抱くように手を回して‥柔らかく、むにゅとした感触が背中に広がっていき…振り向かなくても背中で何が行われているか分かる。
静まり返った浴室の中。聞こえるのは天井から滴り落ちる滴の音と籠さんの少し荒い息づかい。それに‥時折耳に掛かる息。そして‥背中越しで感じる籠さんの早い鼓動。
籠さんの手が愚息の方に伸びて洗われる。といった淡い希望を胸に抱きながらも……突如身体が離されて、背中の泡がシャワーで流されて‥
「あ、洗い終わりました‥」
洗う前と同じく消え入りそうな声。そしてドアは静かに閉められた。僕は愚息が落ち着きを取り戻すまで浴室から出ることが出来ないでいた‥。

僕と入れ違うように籠さんが入り、その間に髪を乾かして‥明日の仕事に向けて寝る準備をして……
籠さんと向き合って寝れば‥さっきの事も含めて、理性の糸が切れるのが目に見えて……だから、ベッドの端で壁を見ながら寝ることを決めて……目を閉じて今日の事を整理して……いつの間にか眠ってしまい、今は朝日が窓から射している。
眠い目を擦り、時計を見ようと首を動かして‥眠気は一瞬で吹き飛んだ。そこには籠さんの寝息を立てた安らかな寝顔が目の前に広がり、僕は抱き枕にされて‥足は尻尾に巻き付かれていたからだ。
そして‥服の間から覗かせる胸の谷間。生唾を飲み込み、愚息が朝の挨拶を始める。昨日、この胸に背中が…。再び生唾を再び飲み込んだ。今なら手で‥指で触れられる。好奇心は次第に大きくなり、理性の糸をゆっくりと蝕んでいく……。
好奇心と理性の狭間で僕は………
「おはようございます」
籠さんの目が開き朝の挨拶を聞いて、安堵と共にがっかりする気持ちもあった。僕も挨拶を返すと、すぐにベッドから起きて、朝食の用意を始め‥僕は時計を見て、出勤時間に間に合う事を確認した。

朝食を楽しく食べ終わり、いざ出勤と玄関に向かい……
「連理さん‥。どちらに行かれるのですか?」
初めて見せる不安な顔。
「仕事。遅刻する訳にもいかないから‥」
「そ、そう‥。そうですよね…。でも‥そこには女の方はいるのかしら?」
意図が見えない不思議な質問。声の感じもいつもとは違う。
「うん。いるよ」
「そう‥」
目を据わらせて静かに答えると、ゆっくりと目を閉じていき……素早く見開いて、手の平から青白い炎のような物が出ている。
「連理さん…。昨日‥。私の事を好きと言って下さいましたのに‥」
笑顔が好きと確かに言った。でも、その話と仕事は全く関係ないと思う。が…僕の直感がそれを危険と警鐘をならしていく中、頭の冷静な部分は籠さんが僕に危害を加えようとする理由も思い付かない。とも反論している。
青白い炎は激しく揺らぎ、今にも僕に向かってくるのは明白だ。しかし‥目の前の現実に足が竦んで動く事ができずにいた。
このままあの炎に…諦めに近い感情が胸を埋め尽くしていく中、そこに携帯の着信音が響き、気を取り戻すと同時に条件反射で取った。声の主は同期の友人。用事は取引先の事だった。話が終わり、最後に会社に遅刻する事を伝えて電話を切った。
「男の人‥」
籠さんは安心した声で小さく呟き‥
「何があって、何が悪くて、今に至ったのか話し合おう」
お互いテーブルに着くと時間を忘れて、長く長く話し合い、その末に職場に行ける許可をなんとか取り付けた。


仕事終わり‥僕は急いでATMに行き、貯金の大部分を引き出して、買うものは仕事中に考えてある。あとは遅くなって籠さんに心配させないように、急ぎ買い物に行き帰路に着いた。
「おかえりなさいませ」
職場に行ったことを快く思っていないのか、あまりいい顔をしていない。
「ただいま」
返事をかえすと居間に行き、予想通り籠さんは僕に付いてきた。
「昨日。脱皮を手伝ったから、恩を返すために家に来た。これで間違いない?」
「はい。そうでございます」
朝とは逆に‥表情を見るに籠さんは困惑している。でも、僕は続けた。
「僕が会社で女の子と話すのは駄目?」
一言でいえば今朝の事はこれが原因。
「はい。私は連理さんが好きです。大好きです。大好きですから、他の女性と話す所を見たくありません」
今朝、正直に言えば籠さんの気持ちが解らなかった。でも‥逆に籠さんが僕の知らない男の人と話したり、隣を歩いたら僕は平穏でいられるだろうか?仕事中にこの疑問が頭に過り、その答えは籠さんと同じになると思う。だから‥
「籠」
呼び捨てにして左手を取り‥内ポケットから小さな小箱を出して、開け……中にはプラチナのリング。そして‥薬指に填めて
「僕は籠だけを見ることを約束する。だから籠も僕を、僕だけを見てほしい。だから籠。僕と結婚してくれ」
「喜んでお受けします……」
籠は子供のように涙を流して、僕に向かって身体を預けた。


それから1ヶ月。
僕は仕事を辞めて、代わりに籠が働いている。もともと独り暮らしだったから、炊事洗濯には困らなかった。籠が家に帰ると食事よりも先にベッドで愛を語り合い、籠の持ってきた数多くの式場のパンフレットを見ながら、意見を出しあって日付を決めたり、呼ぶ人を指で数える日々を送っている。
あの時電話をくれた元同期の友人によれば、仕事をしていた頃よりも今の方が充実している顔をしているらしい。
僕自身、仕事人間と思っていた。でも‥籠と会えたからこそ、あの時話しかけたからこそ、今の充実した生活と自分の新たな一面に気がつけた。だから…
「籠…」
「連理さん。なんでしょう?」
「愛している」
「私も連理さんの事を愛しています」
12/09/09 13:04更新 / ジョワイユーズ

■作者メッセージ
プロポーズをされた次の日。
籠さんは、縁起物や金運が上がるとも言われているヘビの抜け殻‥脱皮した皮を知り合いの刑部狸の所に持っていき、相応の対価として人魚の血を受け取り、比翼さんに飲ませております。


籠さんの名前はカタクリの花言葉。初恋、嫉妬、寂しさに耐える。で決めまして‥別名の傾籠から取りました。

連理さんは連理の契りや連理の枝からそのまま取りました。

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