連載小説
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5.経営しよう
…小鳥のさえずりが聞こえる。
窓から射す光が、異様に眩しい。

「すぅ〜…。すぅ〜…」

傍らで、暢気に寝息を立てる彼女。
つい鼻を摘まみたくなるような無防備さだけれど、
この可愛い表情を歪ませてしまうのは、それはそれで勿体無い。

「むにゃ…。ご主人様〜…♪」

ももが、夢の中で僕を呼んでいる。
幸せそうに微笑みながら。だらしなく涎を垂らして。

…あれから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。
5回目を出したところまでは、うっすらと覚えている。
そこからはもう、記憶があやふやで。何をしていたかだけでなく、
僕自身、目を覚ましていたのか、気絶していたのかさえ曖昧だ。

ただ…彼女の身体の感触だけは、鮮明に思い出せる。
手のひらにだけじゃなく、胸や、頬、舌、アソコ…。
彼女に触れたあらゆる場所が、その快感を忘れられずにいる。
まるで、まだ肌を重ね合わせているかのように、疼いて…。

それほど彼女と交わったということなのだろうか。
いや、それは考えずとも、一目瞭然だ。この光景を見れば。
辺りに散乱した、染みという染み。シーツや床、壁にまで。
そして僕らの身体には、まだ渇き切っていない液体が付着している。
特に彼女はひどい。肌の色が隠れるほど、白染めになっている。
窓は開いているのに、充満している、鼻腔を突く強い臭い。
それほどの量が、彼女の身体を隙間無く濡らし浸していた。

「…ん〜…」

ころりと、彼女が寝返りを打つ。流れ落ちる、お腹の上の水溜まり。
ゆっくり…どろどろと、彼女の身体から離れるのを、名残惜しむように。

…こんなに出した自分が信じられないけれど…。
とにかく、このままぼぉっとしててもしょうがない。
まずは後片付けをしよう。このままじゃ、臭いが残ってしまう。
今この部屋の中は、怠慢な農家の牛小屋みたいにひどい惨状だ。
床と壁は水拭きして、シーツは洗って干して、それから彼女を…。

「すぅ〜…。すぅ〜…」

……彼女、を…。

「…むにゃむにゃ…」





……………。

………ごくり……。

「…くぅ…。すぅ〜…」

「……んっ…。ん…ぅ…」

「…ふぁっ……♥」

……………

………



「ご主人様〜。お部屋の中、拭き終わりました〜」

汚れた布巾とバケツを手に、洗濯をする僕のもとへ駆け寄ってくる彼女。
その声に、ビクリと肩を上げ、必要以上に反応してしまう僕。

「えへへ…♪ 床も壁も、ピカピカになりました〜っ♪」

笑顔いっぱいの表情は、褒めてくださいと言わんばかり。
僕は、そんな彼女にぎこちない笑顔を返しながら、お礼の言葉を述べた。

「はい〜、どういたしまして〜♪」

…どうやらももは、先程のことを全く気にしていないらしい。
寝込みを襲って、そのまま3回も続けてしてしまったのに。
行為中も、今も、彼女はとても嬉しそう。望んでいたかのように。
これじゃあ、罪悪感を引き摺っている僕の方が変みたいだ。

やっぱり、人間とは少し感覚がズレているのだろうか。
確かに彼女は、僕のことを好きと言ってくれたけれども。
いくら好きな相手といっても、普通、寝込みを襲われたら怒ると思う。
…襲った僕が言うことではないが。あぁ、なんで我慢できなかったんだろう…。

「〜♪」

いつも通り、彼女は鼻歌を紡ぎながら。
僕の隣に腰を下ろして、青い山々を望み見る。
空には、シーツと同じ、真っ白な雲が浮かんで。

のどかな風景。心地良い風が、優しく吹き抜ける。
さわさわと音を奏でる若草達。穏やかな演奏。自然の唄。
改めて、僕が今居る場所は、一昨日までとは違うところなのだと感じる。

「〜♪」

…これからどうしよう。

彼女との生活は、多少不安はあるものの、何とかなるとは思う。
僕が心配しているのは、食事や雑貨…もっと言えば、お金のことだ。
家を出る前に、お父さんがいくらかのお金を持たせてはくれたけれど、
切り詰めて使っても、ふたりで5日分くらいの生活費にしかならない。
お金を稼ぐ方法を考えないと、僕らは1週間後の未来さえないのだ。

もちろん、その方法はお婆ちゃんから教わってはいる。
お婆ちゃんがそうしていたように、僕も真似をすればいいだけだった。

牛のミルクを売る、という方法で。

しかし、その牛のほとんどが逃げ出してしまった上、残ったももも、
ミルクは出るものの…その、アレはちょっと…売るのに抵抗がある。
つまり、今の僕は、お金を稼ぐ唯一の方法が失われてしまったワケだ。

「〜♪」

対策は…無くはない。
山を下りて、町で仕事を探して、その日その日のお金を稼げばいい。
僕みたいな子供にでも、仕事を与えてくれる人は少なからずいるだろう。

ただ、そうすると、ももの世話が一切出来なくなってしまう。
それじゃあ、何のためにお婆ちゃんから頼まれたかが分からない。
彼女の傍を離れないまま、お金を稼げる方法を考えなきゃいけない。
街へ仕事を探しに行くのは、最後の手段だ。何も思い付かなかった時。

「〜♪」

…もも。

僕が昨日思ったことは、嘘や、出任せじゃあない。
絶対に、もものことを幸せにしてみせるから。
ももが望むことを、何でも叶えてあげるから。
そのために、一生懸命考えるよ。お金を稼ぐ方法を。

だから、ずっと。
ずっと僕の隣で、鼻歌を歌ってほしい。
僕も、ももの傍を離れずにいるから。

「〜♪」

ずっと…。

……………

………



…時間は過ぎて、太陽が昇り詰めた頃。

僕はお手製のタマゴサンドを頬張りながら、お婆ちゃんのノートとにらめっこをしていた。
その様子を、向かいできょとんと見つめるもも。サラダサンドを食べながら。

「ご主人様〜、何を見ているんですか〜?」

彼女の問い掛けに、僕は、開いているページのタイトルをそのまま読み上げた。

経営について。
そこには、お婆ちゃんが牧場を経営するにあたって培ってきた、
様々なノウハウや、取引先の商人さんの情報等が書かれていた。
そのページ数、17ページ。他の項目と比べて、かなり多い。
細かいことは気にしない…といった印象があったお婆ちゃんだけれど、
これを見ていると、そんなイメージはたちまち覆ってしまう。
あるいは、大雑把なお婆ちゃんでも、こればっかりは
繊細になる必要があった…ということなのかもしれない。

「経営…ですか?」

そう。売るものがなくても、経営は必要だ。
例えば、今僕達が食べているサンドイッチの材料は、
僕がここに来る前に、山の麓の町で買ってきたものだ。
値段は…確か、17G。かなり良心的な値段だと思う。

でも、このノートに載っている売値を見ると、そうは言えなくなる。
同じ材料で、驚きの5G。半値どころか、3分の1以下の値段で買える。
僕はさっき、持ち前のお金じゃ5日も〜なんて言っていたけれど、
とんでもない。ここに載った商人さん達と取引きをすれば、半月以上保つ。

経営の神髄は、お金を稼ぐことよりも、抑えることにある…
と、経営についてのページ末尾に、お婆ちゃんの格言が記されていた。
すごい。お婆ちゃんは、すごい。目から鱗が落ちたような気分だ。

「難しいお話です〜…」

確かに、すごいことは分かるけれど、その内容は難しい。
一通り全部に目は通したものの、僕では半分も理解できない。
経験と知識、どちらもが不足しているからだと思う。

「つまり〜、お金が必要なんですか〜?」

必要。咽から手が出るほど欲しい。
でも、困った。この項目は、確かに節約という意味では役に立ったけれど、
肝心のお金の稼ぎ方について、ヒントになりそうなことが書かれていない。

どうしよう…。期間は伸びたとはいえ、まだふりだしのまま。
何かもっと、こう、ミルク以外に売れるものがあれば…。

「セツヤク〜…」

……う〜ん……。

「…あっ。ご主人様〜、ひらめきました〜♪」

えっ…?

もも、本当? 何かお金を稼ぐ方法、思い付いたの?

「私のミルクを飲めば〜、ご飯代のセツヤクになります〜♪」

……………。

…えっと、いや、うん…。
節約もありがたいけれど…その、今はお金を稼ぐ方が先というか…
その節約方法には、色々と問題があるというか…。主に僕が…。

「ご主人様〜…♥」

不意に、甘えるような声と共に、小さなテーブルの上へ、
大きな胸をでんっと乗っける彼女。弾ける、豊満な魅力。
思わず、視線がそちらに向き…心臓が、ドキリと高鳴る。

「…食後の一杯…♥ いかがですか〜?♥」

………ゴクッ……。

「…うふふ…♥」

…い、いけないっ! 惑わされちゃダメだ!
今朝もそれで、自己嫌悪したばっかりじゃないか!

したいけど。したいけれど。
でも、それで問題を先延ばしにしちゃダメだ。
この問題は、僕だけじゃなく、彼女の生活も係っているのだから。

「い〜っぱい…飲んでいいんですよ〜…♥」

っ…!

が…ガマン。ガマンだ、僕。
するなら夜だ。夜に、いっぱいしよう。
甘えちゃダメだ…、甘えちゃダメだ…っ。

「…ぅ〜…」

本心を必死で隠して、夜にね、と彼女に告げると。
ももはとても残念そうな表情を浮かべて、耳を垂らしてしまった。

辛さの追い打ち。胸が痛い…。

―コンッ、コンッ…。

「えっ?」

ふと。

くるりと、ももが後ろに振り返る。
僕も聞こえた。確かに、ドアをノックする音を。

「…お客様でしょうか〜?」

分からない…。こんな場所に、お客さんなんて来るのだろうか。
いや、もしかしたら、ミルクを買い取りに来た商人さんかもしれない。
さっきお婆ちゃんのノートに、週一で買取りの人が来るって書いてあった。

僕は、応対しようと立ち上がったももを呼び止め、
隣の部屋に隠れているよう指示し、扉へと近付いた。
もし彼女の姿を見られて、驚かれるといけないと思ったから。
極力、もものことは誰にも秘密のままにしていたい。
変に騒ぎ立てられたりしたら、お婆ちゃんにも迷惑が掛かる。

―コンッ、コンッ

また、ノック。
僕は一度、深く呼吸を吐き。

…ゆっくりと…扉を開いた。

「失礼します」

落ち着いた女性の声。
見ると…そこには、なんとも場違いな服装の人が立っていた。

「貴方が、ソラ・トオン様でいらっしゃいますか?」

…一言で表すなら。
とても綺麗な人だった。

長身長髪、眼鏡を掛け、フリルエプロンで身を包んだ女性。
メイドさん…。間違いない、どう見てもメイドさんだ。
まるで、どこかのお屋敷から逃げ出してきたかのような…。

「…違いましたか?」

彼女の問い掛けに、我を取り戻し、慌てて首を振る。
それを見て、僅かに首を傾げながら、にこりと微笑むメイドさん。

「シド・トオン様より、貴方様の世話を任されました」

お父さんから…?
まさか、この人がお手伝いさん…?

「ミーファと申します。ソラ様、なんなりとお申し付けくださいませ」

…牧場生活、2日目。

僕達に、新しい仲間が増えた瞬間だった。
12/07/18 22:06更新 / コジコジ
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