読切小説
[TOP]
とあるバフォメットの素晴らしいお兄様

ー現代、日本ー
ーサバト日本支部ー


「『ギーヤ』様ぁ!私にもお兄様ができましたー♪」


一人の魔女が扉を開けて開口一番、おそらくこの支部を取り仕切っているであろう、書斎卓に座るバフォメットに超ご機嫌な声で言った。
ちなみに側にはふたりの魔女たちがいたが、ふたりともパッと顔を明るくして拍手をした。

「おぉ!おめでとう。長い間悩んでいたが、ようやくお前もか。しっかりお兄様殿を幸せにするのじゃぞ?」

「もちろんですよ、ギーヤ様!これからまぁ〜いにち甘えて甘えて、お兄様を悦ばせますぅ♪もちろん、性的な意味でも。きゃっ♪」

もうご機嫌が有頂天でマッハな魔女は、身体をくねくねさせて視線も気にせず惚気話を始める。

まぁ、ここはサバト。周りにいた魔女は、その話を羨ましそうやら、興味深そうに聞き入る。

「これでこのサバトも8割が兄様持ちか。うんうん、よいことじゃ!」

ギーヤはうんうんと頷きながら、机の上の書類にペンを走らせていた。

「それでね、お兄様のかっこよさったらなくてね・・・」

『いいなぁ・・・』(魔女ふたり)

未だ魔女たちは惚気話に花を咲かせていた。
そろそろ止めた方がいいかなとギーヤが思った時だった。



「・・・そういえば、ギーヤ様の兄上様の話、聞いたことないですね」(ギーヤの側にいた魔女B)



『ビキィッ!』


その音に魔女たちが振り返ると、ギーヤのペンを持つ手が振るえ、ペンにはヒビが入っていた。



「・・・そ、そそそ、そうだったかのぅ・・・?」



ギーヤは汗をだらだらかきながら、あさっての方向を向いて、口元をひくひくさせていた。

「そういやそうだったね・・・ギーヤ様のお兄様の名前、『トウマ』様だっけ?」(ご機嫌マッハだった魔女A)

魔女B「そうだね。どんな方なんだろー?」(ギーヤの側にいた魔女C)

ギーヤは変わらず汗を滝のように流し、下唇を噛み締めていた。


「やっぱり、ギーヤ様のお兄様なんだから、すっごい『カッコいい』に決まってるじゃない!」(魔女C)


「・・・」


「そうよね!あ、モデルみたいに『カッコ良くてモテモテな人』を堕としたんじゃない!?」(魔女A)


「・・・・・・」


「いえいえ、日本支部を治めるギーヤ様ですわよ?カッコよくて、強くて、家事や仕事なんでもござれで・・・『パーフェクトな方』でしょう!」(魔女B)

『なるほどぉ!』



「・・・・・・・・・」



ギーヤは終始黙り込み、もう引きつり笑いのような顔をして、必死に魔女たちから視線を逸らしていた。

「・・・で。ギーヤ様、実際はどうなんです?」


「ぴっ!?」


急に声をかけられたギーヤは、びっくりして変な声をあげ、魔女たちの方へ振り向いた。

「ですから・・・」(A)
「ギーヤ様の・・・」(B)
「お兄ちゃん様は・・・」(C)

ギーヤを、期待に満ちてキラキラ光る6つの瞳が凝視した。



『どんな方ですか?』



その時、ギーヤは・・・


「・・・え、と・・・」


ヒビの入ったペンを握りしめ。


『じーーーっ』(魔女たちの眼差し)


目を潤ませて。


「・・・う」

『う?』(魔女たち)





・・・怒った。





「うるさいうるさいうるさーーーいっ!今は業務中じゃ!そんなつまらん話をする暇があったら、さっさとサバト拡大のために働かんかぁぁぁぁぁぁっ!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・夕方、7時。


「・・・はぁ」


ギーヤがとぼとぼと歩いていた。
サバトの仕事を終わらせると、魔女たちから逃げるように帰ったのだ。
手には『ラビットスーパー』と書かれた大きな袋があり、中には夕食の材料と思われる魚や野菜が入っていた。
ふとギーヤが辺りを見回すと、たくさんの魔物がいた。
腕を組んで歩くカップルのエルフ。
はしゃぐ子供に腕を引っ張られる父親と妻であろう、ラミア。
お揃いのマフラーをつけて歩く、ハタから見れば兄妹の、ドッペルゲンガーのカップル。


「・・・カッコいい、兄者、か」


ギーヤが自虐的に笑った。
とぼとぼと歩くギーヤが顔を上げると、目の前には高層マンションがあった。ギーヤと、『兄者』の自宅、『兼仕事場』である。

ギーヤには高すぎる位置にあるオートロックの鍵穴に鍵を差し込んで、苦労して回す。
閉じかけるエレベーターに駆け込み、ギーヤが12階のボタンを押すと音もなくエレベーターが上がる。

エレベーターが止まり、ドアが開く。
ギーヤは歩いていき、『1205』の部屋の前で止まる。

鍵を取り出し、鍵穴に刺して、回す。

『ガチャン』

「ただいまなのじゃ〜」

扉を開いて、ただいまを言う。





「・・・おがえり・・・」





挨拶に返事したのは、疲れと眠気が入り混じった、低い声だった。

頭をボリボリかきながら、黒縁の厚いメガネをかけた男が、玄関脇の部屋から出てきた。

髪はボサボサ、目にはクマができ、首から頬にまでかけて不精髭がのびまくっていた。

服はジャージ。それももう何日、いや、何年着越したかわからないほどくたくたになったものだ。

要は、完全に徹夜でゲームだのなんだのしてたようなオタク姿だった。

ギーヤはその姿を見て、深く、深くため息を吐いた。

「・・・『兄者』、晩御飯、いるかの?」

「・・・いる。腹、減ってた」

このオタク姿の男こそ、ギーヤの兄(サバト的な意味の)、『斗真』だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「兄者、ちとはかっこよくなるという考えはないかの?」

8時ごろ。
こたつでサンマをメインとしたバランスのいい食事をとっていた時、斗真にギーヤが聞いた。

さて、その返答は?




「ない」




『ガァン!』

ギーヤがこたつに頭をうちつけ、「むぐぐぐ・・・」と呪詛でも垂れるかのように言っていた。

「・・・どうした?」

斗真がキョトンとする。

『どうしたもこうしたもないわ!兄者がそんな姿をしてるから、サバトの連中に紹介もなんもできんのじゃ!少しはワシの兄としてふさわしい格好をせんか!』

・・・とでもギーヤが言えればいいのだが。



「・・・なんでもないのじゃ」



涙ながらに言いたい言葉を飲み込み、サンマを綺麗に箸で別け、食べていた。

「そうか・・・あ、ギーヤ、おかわり」

「はいなのじゃぁ・・・うぅ・・・」

「・・・・・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

サバト日本支部を建設するために、先導者としてギーヤが選ばれた際、神聖なるサバトの儀式によって、ギーヤが斗真の前に現れたのは1年前に遡る。

サバトを率いる者として、兄は持っていなければならないとして、サバトの禁呪儀式『運命の赤い糸で結ばれた兄を教えろの儀式』を行った。

それで選ばれたのが、斗真だったのだ。

サバトの面々は、この結果に戸惑った。
ギーヤは、サバト先導者として素晴らしい素質を持つ新人バフォメットだった。こんな地味〜なオタクが運命の相手などおかしいと言われた。

しかし、ギーヤは儀式を信じ、斗真を兄として迎えに行った。


『お主、我が兄となれ!』


そのギーヤの一言に斗真は・・・


『・・・衣食住、管理してくれるなら、いいぞ』


なんともダメ人間一歩手前の発言をした。

以降、ギーヤはサバトの仕事を終えると、帰って食事を用意し、風呂を沸かし、服を洗濯し、『仕事場』以外を掃除するようになったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(・・・今思うと、やめた方が良かったかのぅ・・・)

ギーヤはがっくりと肩を落とし、ため息を吐いた。
一目惚れするわけでもなく、儀式に従って会った仲。愛もなければ、優しさも見られない。こんな生活、いつまで続けられるか、不安だった。

『ゴゥンゴゥンゴゥン・・・』

目の前のドラム式洗濯機の中身をじっと見つめながら、ギーヤは斗真のことを考えた。

斗真は、毎日毎日『仕事場』に篭っている。ギーヤが帰ってきた時のみ出てきて、メシを食い、風呂に入り、『仕事場』に鍵をかけ、寝る。
どうやら斗真はギーヤを信用していないのか、『仕事場』にはこの一年、一度も入れてくれたことはない。
いつごろか忘れたが、とある日から部屋から出てきた姿がぐんぐん不健康体になり、今に至る。

(・・・もっとマトモな兄が欲しかっ・・・ん?)

ふと、ギーヤが気づく。
斗真が風呂から出てこない。
もう30分も入っている。

「兄者〜?」

風呂場に行き、ギーヤが中を覗くと・・・

「・・・あ」





「・・・ぐぅ。ぐぅ」





浴槽の中で、斗真が寝息を立てていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「全く・・・だらしないのぅ」

風呂から出し、身体を拭いてやって(もはや下心もなかった)、ベッドまで運んだギーヤ。

もうそれだけでぐったりしてしまい、ふらふらと自分用の布団のある部屋まで歩く。

「もう、寝る・・・うん?」

その時。
ギーヤが玄関脇の扉を見た。



斗真の『仕事場』だ。



斗真はいつも、『風呂から上がってから』、鍵をかけて、寝ていた。

つまり・・・


「・・・・・・」


ギーヤは、好奇心と背徳観と・・・


(兄者が、兄者が悪いんじゃ。ワシのことも考えずに・・・)


ちょっとした、八つ当たりを持って。


ギーヤは、ドアノブを回した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

部屋の中は、キャンバスだらけだった。
風景画や静物画、中には魔物の絵などもあった。

「画家じゃったのか・・・?」

ふと気づくと、真っ白のカバーを掛けた大きな絵画らしいものの横の机に、一冊の手帳らしきものが置いてあった。

「・・・なんじゃろ・・・見ちゃえ」

ギーヤは、手帳の適当なページを開いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2010/12/23

最近、筆の進みが悪い。
何を描いても、面白くない。
でもとりあえず描かなきゃいかん。
静物画3枚に、風景画が1枚。
この注文さえ終われば、今年の仕事は終わりだ。
今日は・・・ミソ味でいいか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・そうじゃ、こいつ、ワシがくる前はカップ麺ばかり食ってたんじゃったな」

1ページ3日分の短めの日記になっているらしい。
次のページで、ギーヤは「あ」と言った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2010/12/27

絵の回収業者と思った。
玄関にいたのは、チビガキだった。
兄貴になれ?意味わからん。
冗談半分に条件だした。
そしたら、二つ返事でOKしやがった。
ま。いいや。せいぜい頑張ってもらおう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あやつめ・・・最初からワシを利用するだけで考えてたんじゃな・・・」

ギーヤの額に青筋が浮かぶ。
仕返しとばかりにページをめくってゆく。
ふと、とあるページで手が止まった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/01/30

仕事が来ない。
販売役に言ったら、今度展覧会をやるから
展示する絵を描いとけと言いやがった。
今まで預けた絵はあいつが売っぱらったから
全部描き直しだ。くそ、あのバカめ。
取り敢えず描くか。なにから描くか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/02/01

くそ、またスランプか?
静物画ラフを描いても、風景画ラフを描いても全く楽しくない。
筆が進まん。どうするか。
苦手だが、人物画を描いてみるか。
そうだな。あのチビガキを描いてみよう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/02/02

驚くほど筆が進んだ。
始めての人物画ラフとしては上出来だな。
あのチビガキ、身体が平坦だから描きやすいんだろうな。
まぁいい。こいつは練習だ。
展覧会に出すわけにはいかん。しまっとこう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・記憶力とか創造力はいいのかの?ワシの絵か・・・見てみたい気もするの」

ギーヤは、ページをめくった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/02/03

俺は何をしてるんだ?
息抜きにと思ってあのチビガキの絵を塗ってたら
何時の間にか一日かけて塗っていた。
くそ、今日は静物画ラフをひとつ終わらせるつもりだったのに。
明日は頑張らないといかんな。
しかし、我ながらいい出来だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/02/04

すごい。自分が信じられん。
静物画をほぼ仕上げてしまった。
チビガキ、いや、あいつの絵を描きあげたからか?
筆が進みやすい。しかも満足できる出来だ。
写真データで送ったら、販売役も褒めてくれた。
よし、この調子で描くとしよう。
あ、あいつの絵をしまっておかなくては。スペースがないからな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/02/05

プラシーボ効果みたいなものだろうか?
あいつの絵をしまったら筆がピタリと止まった。
試しに出して、視界の片隅に置くようにしたら
ぐんぐん筆が進む。
ちょっとナルシストの気があるのか、俺は?
まぁいい。作品ができりゃいいんだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「そんなに上手く描けたのかの?・・・ちょっと探そうかのぅ・・・いや、まずはこの日記を読破してやるわ!」

ギーヤがペラペラとページをめくる。
それからだいぶ長い間、静物画や風景画作品の制作についてばかり書いてあった。

そして、展覧会の日のページである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/03

今日からの展覧会。
デパートで行われたので、結構人が来た。
人がたくさんいるところは嫌いだ。
俺はさっと会場を出たが、後で聞くと結構盛況だったらしい。
そうそう、意外にも、あいつの絵もオマケで置いたら結構人気だったらしい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・はぁっ!?あいつ、なにをしておるのじゃ!?わ、ワシの絵を・・・これを読み終えたら、八つ裂きにしてやる・・・」

ギリギリと歯ぎしりしながら、ギーヤは読み続けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/04

飛ぶように作品が売れる。
嬉しいことだ。これでまた食いつなげる。
そういや最近はあいつがやりくりしてるから
あんまり金に気が回ってなかったな。
ま、余裕があるなら新しい器材を買うかな

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/05

最後の商品が売れた。
あいつの絵だ。
どっかの金持ちがどうしてもというから、
大金ふっかけて売ってやった。
まじで払ったのはびっくりしたがな。

ただ、どうしてかもったいない気がした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・なんじゃ、売ったのか。いくらで売ったんじゃ?うぅ、この買ってくれた方の元に行った方が幸せだったんじゃなかろうか?」

涙ながらにギーヤはページをめくる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/06

昨日の金持ちが来た。
自分の嫁の絵を描いて欲しいと言ってきた。
なんだっけか、すふぃんくす?とかいう魔物らしい。
そういやあいつも魔物だっけか?
サバトとか言ってたっけ?
今度調べとこう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「アホッ!サバトは組織名で、ワシの種族名はバフォメットじゃ!えぇい、いちいちイライラする・・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/07

見知らぬ相手の絵を描くからだろうか?
全く集中できないし、楽しくない。
どうしてだ?あいつの絵を描いたときはあんなに楽しかったのに・・・
モヤモヤしながら、一日かけてラフを仕上げた。
出来も微妙だったが、ご婦人は満足らしい。
せめて着色は立派にしよう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「なんじゃ?またスランプか?スランプによくなる奴じゃのう」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/08

くそっ、どうなってるんだ!?
着色の調子が悪い!
絵の具も不備はないし、筆も買い換えたやつだ。
じゃあなんだ、この気持ち悪い感覚は。
不機嫌だ、寝る。くそっ・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/09

俺はなんてことをしたんだ。
怒りのあまり、ご婦人のラフを破り捨ててしまった。
くそ、なんでだ?なんでこんな・・・
取り敢えず、明日は夫人に謝りに行く。
くそ、貴重な仕事が・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・・・・」

ギーヤは思い出した。
この日は、帰ったときにすでに斗真は部屋から出ていて、居間でボーッとしていたのだ。おそらく初めて、仕事を放棄してがっくりきてたのだろう。

ギーヤは、次のページをめくった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/10

ご婦人は、許してくれたようだ。
しかし、ひとつ問いかけを解いてこいと言われた。
『とある絵描きがいる。彼の描ける人物画はひとつ。
さぁ、被写体はだれだ?』
さっぱりわからん。
頭が堅いせいだろうか。
弟にでも電話して聞いてみるか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/11

謎かけの答えは、わかった。
弟は彼女持ちだからか、あっさり答えた。
俺は、今までの許しを乞いたい。
なんだ、なにをしたらいいだろう?
わからない、わからない。
俺は今まで、こんなことになったことはない。
わからない、わからない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・?スフィンクスは許してくれたのに、まだ謝るのかの?結構几帳面じゃの・・・」

その時、次の日の日記に、ギーヤは疑問を持った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/12

俺はなにもできない。
できることがない。
だから、絵を描こうと思う。
『ギーヤ』が満足いく絵を描くのだ。
それから・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・ありゃ?」

ギーヤは気づいた。
ここに来て、『チビガキ』→『あいつ』と来て、いきなり『ギーヤ』になった。しかもいきなり絵を描くなんて書いてあった。わけがわからない。

「ご婦人に謝るのでは、ないのか?」

ギーヤは、首を傾げながらも読み続けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/13

ダメだ。
ラフの時点で納得できない。
俺はラフを破り捨てた。
仕事がある。
パパッと終わらせよう。
今はこっちが優先だから・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/14

今日もダメだ。
これじゃ、ギーヤが表現できてない。
ラフを破り捨てる。
仕事をする。
早く終わらせよう。
邪魔だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/05/15

自分の未熟さに嫌気と殺意がわく。
今日もダメだ。ラフを以下略。
仕事を片付けた。これで集中できる。
販売役に、アトリエにこもるから仕事を減らせと言っておく。
今日から日記もやめる。
時間をフルに使うんだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・・・・」

ギーヤは思い出していた。

斗真は、出会いの時より、今のほうがくたびれている。
だいたい5月中盤からだろう。本気でギーヤが斗真のかっこ悪さに嫌気を感じ始めたのは。

ギーヤが、ゆっくり、ページをめくった。

『昨日』と、『今日』の日付があった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

12/3

やった。
やっと描きあげた。
やっと、満足できる絵だ。
ギーヤの絵だ。



『愛しいギーヤ』の絵だ。



ギーヤはどう思うだろう?
喜ぶだろうか?驚くだろうか?
明日、明日、渡そう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011/12/4

・・・渡せなくなった。
よく考えれば、彼女が喜ぶわけない。
だってそうだろ?
半年間、黙って描いたんだぞ?
ストーカー行為となにが違うんだ。
盗撮してそれを編集してるのとかわらん。
それをプレゼント?バカか俺は。
しかも絵の端に変なこと書いて。
あぁ、なんかどっと疲れた。
・・・なんか、激しく眠い・・・
あ、ギーヤが帰っ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

中途半端なところで、日記もさは切れていた。


ギーヤは、フリーズしていた。


「・・・え?・・・え?」

頭がぐらぐらする。混乱している。

ギーヤも鈍感だった。



そう。

斗真は『ギーヤに謝るために』絵を描いていたのだ。

約半年。正確には6ヶ月と20日ほど。
ずっとギーヤに秘密にして。


はっとギーヤが横を向く。



『白いカバーに覆われた絵画のようなもの』があった。



ギーヤは、おそるおそる・・・



カバーを取った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『バタンッ!』

「ギーヤ・・・っ!?」

ギーヤの後ろで扉が開いた。
斗真がいたのだ。



ギーヤは動かない。

じっと、目の前の『自画像』に目を奪われていた。



きっとバフォメットのことを調べた上で想像して描いたのだろう。


ギーヤは、玉座に座っていた。

周りには、魔女らしき女たちがかしずいている。ちゃんとロリだ。
しかし、魔女たちに顔は描かれていない。みな帽子で隠れている。

ギーヤはと言うと。
右手には大鎌を杖のように持ち。
足を組んで座り。
左腕は玉座の腕起きに肘をつき。
顔の細部まで描き込まれ。


ギーヤのカリスマと美しさを最大限にまで引き出した作品だった。


しかし、ギーヤの視線はそこではなかった。

作品の隅にある、白いタグ。

そこに書かれた、文字。










『作品名:I love Giya』
(ギーヤ、愛してるよ)









ギーヤが振り向く。
斗真がたじろぎ、マシンガントークで言い訳を始めた。

「あ。いや。ちがうんだ!その、それはちょっとした練習っていうかちょっと人物画でスランプ気味になっててそのなんていうかいやあの君に照らし合わせて描いたんではなくてそのちょっと調べて・・・」

ギーヤは、ゆっくり斗真に近づく。

「あの、その・・・」

わたわたと慌てる斗真。
ギーヤは・・・・・・


『ぼふっ』


斗真に。抱きついた。

「・・・ギーヤ?」

「・・・ありがとう」

ギーヤの声は、震えていた。


「・・・ワシなんか、ワシなんかのために、こんな、素晴らしい絵を描いてくれて、本当に、本当に。ありがとうなのじゃ・・・」


斗真は、なぜギーヤが泣きかけなのかわからなかったが、男として、すべきことは分かっていた。


斗真は、そっとギーヤを抱きしめた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<次の日>


『ギーヤ様!おはようございまーす♪』


ギーヤがサバトに行くと、昨日の魔女たちに加え、ざっと十人くらいの魔女たちが出迎えた。
へんにみんなニコニコしている。

「・・・兄者のこと話せと言うんじゃろ」

『ギクゥッ!』

みんな一斉にリアクションを返した。

「そ、そそそんなわけないですよぅ」

「みんなでご機嫌とって、ちょっと話を乗せてやればコロッとしゃべるだろうとかみんなで言ってたんじゃろ」


『ギクギクゥッ!!』


・・・正直な子達である。
ギーヤは小さく、ため息を吐いた。



「・・・ワシの兄者は、かっこ悪い」



『・・・へ?』(魔女たち)

ギーヤがぺらぺらとしゃべり始めた。

「まずオシャレなんて興味の欠片もないし、髪伸びてても気にしないし、今時古い黒縁メガネ愛用しとるし、一日中ずっとジャージじゃし。さらには炊事、洗濯、掃除、どれにおいても下手。よもやしなくても、そこらへんの小学生よりスペック低い・・・これで満足か?」

みんなポカーンとしている。
席につこうとしたギーヤが、ピッと指を上げた。



「あぁ、ただ・・・ワシへの愛は、世界一じゃな♪」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日、サバト日本支部に、一枚の絵が届いた。

それはギーヤの部屋にかけられ、それを見た魔女たちは一人漏らさず見惚れ、誰が描いたのか聞くと、みんな口を揃えて言うのだ。





『素晴らしいお兄様ですね!』と。




11/12/04 08:36更新 / ganota_Mk2

■作者メッセージ


「アプトラ様。『護之宮』様がいらっしゃいました」

「ん。通せ」

「畏まりました」


とある一軒家。一軒家といっても、庭に野球場でもつくんのかってくらいのデカさだが。

ひとりのスフィンクスの前に、画家が現れた。

「アプトラ様・・・」

「・・・謎かけの答えを言いに来たのか?」

「はい。それもありますが・・・」

画家は膝をつき、土下座した。



「申し訳ありません。お仕事の方、辞退させていただきたいのです」



アプトラと呼ばれたスフィンクスはニコッと笑った。

「謎かけの答えが正しければ、よかろう。許可する」

「はい」





「では・・・

『とある絵描きがいる。彼の描ける人物画はひとつ。
さぁ、被写体はだれだ?』」





そして、画家の答えは・・・





「・・・『画家の、愛しい人』です」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人物紹介。


『ギーヤ・モリノミヤ』

バフォメット。
サバト日本支部の支部長。
仕事熱心で、家事スペック限界突破。
駄フォメットなんて言わせない!


『護之宮 斗真』

人間、画家。
絵に関しては結構有名だったりする。
家事や自己管理に関しては下の下の底辺。
弟がおり、弟も魔物の彼女持ちらしい。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33