連載小説
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第三話 こんな日もある

 迷宮都市の西側、魔物娘エリアのとある武器屋で一匹のインプは荒れていた。

「そんでさそんでさ! 酷いと思わない? その後追いかけられて私死ぬかと思ったしさ!」
「あーもう! うるせえええええええ!!! わかったから、お前の苦労はわかったから帰れ!」
「そんなこと言わないでよー、もうちょっと聞いてよー」
「かれこれ二時間は経ったわよ! 同じ内容の話だしさすがに疲れたわ!」
「私は疲れてないよ?」
「知るか!」

 その被害となったのは店番のオーク。案外世話焼きの彼女は、荒れているインプの愚痴を親身に聞いてやっていたのだ。
 最初のうちは、そうか残念だったな、と労いの言葉をかけ、愚痴が長引いて話がループしだすと、なんでずっとこんな愚痴聞いてるんだ私、と徐々にストレスが溜まっていく。逆に当のインプは心の淀みを吐き出してスッキリしたのか晴れやかな表情を浮かべていたりする。
 これではオークがキレるのも当然といっていいだろう。

「帰りやがれーー!!!」
「ひーん!」
 さすがにもう我慢ならなかった店番オークに、ぺいっ、と店から外に放り出された少女の名をシイという。
 迷宮都市イシュルに暮らし始めたばかりのシイは、外から理想の夫を求めてやってきた魔物娘の一匹だ。今のところ良い結果は出ておらず、順調に都市の歯車となっている。
 まあこれといって特徴のないインプではあるが、しいて挙げるなら頭のてっぺんにあるアホ毛が感情とともに揺れ動くのは、他のインプにはないところかもしれない。

 店の外に追い出されたシイはそれでもあきらめようとせずに店の扉を開けるが、店番が投げたであろう物体が頭にぶつかり、カコーンと小気味良い音を立てる。
「いったーい! うう、物投げなくたっていいじゃんか」
 シイは若干涙目になりつつ、頭にぶつかって地面に落ちた物体に目を向けた。直に拾いあげて手にとる。
「・・・・ん、これは?」
 シイに投げられたものは、拳大くらいの丸い球体であった。どうやらそれは店のカウンターに置いてあった商品のようで、表面に書いてあった取り扱い説明に目を通した。

 せんこうだん。まるいあなぶぶんに、まりょくをそそぎこむと、ごびょうごに、まぶしいひかりをはなちます。こうかはひくめ。つかいきり。

 店番オークはやっぱり世話焼きであった。

 シイの身に起こった理不尽な問題は、この迷宮都市ではいつでも起きうるレベルのことで珍しくもなかった。この都市に住む未婚の魔物娘であれば、誰もが夫を手に入れることに必死である。店番オークは別段、話に聞いたハーピーの少女がしたことが間違っているとも思わない。
 まあそれでも、世話焼きの彼女は目の前のインプに対して可哀想と思うところがないわけでなく。
 シイに投げられた安物閃光弾は、激励の意味を込めた餞別であったのだ。

「ありがとー!」
 シイは店の扉越しにお礼を言ってその場を去る。
 肝心のインプの少女は店番オークの感情など欠片も理解せずに、愚痴聞いてもらった上に良い物までもらってラッキー程度のものであったが。

 

 武器屋から出て街の中、シイは適当に歩きつつ、都市の中央にあるダンジョンギルドを目指す。昨日のこともなんのその、今日もダンジョンに入る気満々であった。
 現在の所持金でダンジョンに入れるのは、あと二回といったところ。まあ結構ヤバいのではあるが、脳天気なシイは根拠もないのになんとかなりそうな気がしていた。
「ふんふんふーん」
 手に持った閃光弾で、ぽーんぽーんとお手玉をしながら道を歩く。後背の小さな翼がパタパタと動き、気分はすでに絶好調。イヤなことも結構すぐに忘れることが出来るというのがシイの性質であった。といっても代わりに、大事なこととてすぐに忘れたりするのだが。
「次ダンジョンに入ったら、私好みの旦那様と運命の出会いをする気がする。同時に一目惚れし、即座に武器を捨てた二人は手を広げ抱きしめあう。そしてついに・・・・、合・体!」
 フヒヒ、とシイは妄想が捗り注意力散漫であったため、前から来た魔物娘には気づかずに、そのまま歩みを続けていった。
「ほわ!?」
「きゃ!」
 案の定、シイは誰かとぶつかってしまう。といってもそれは痛さを伴うものではなく、ただぽよよよんとした柔らかな感触を顔面に受けただけだった。

 シイにぶつかったのはホルスタウロスの少女であった。少女は整った目鼻立ちをしていたが、いかにも田舎から来ましたといった飾り気のない雰囲気が先に前に出ている。しかし、それを補ってあまりある、これでもかと母性を強調する豊満な胸元。シイは、ちょうど自身の目線の位置にあるこれが、もしかしたら本体なのではないかと一瞬疑ってしまったほどだ。
「ごめんなさい〜、怪我はありませんか?」
 柔らかいクッションにぶつかったのだから、シイに怪我などあるはずもない。そんなことより、まるでおっぱいが喋ってるような錯覚にとらわれるシイであった。
「うん、大丈夫」
「よかったです〜」
 そういってホルスタウロスの少女はにへらと笑う。見る者に安心感を与える優しい微笑であった。
「そんじゃねー」
「あ、ちょっと待ってください。聞きたいことがあるんです!」
 シイが一声かけて去ろうとすると、ホルスタウロスの少女に引き留められる。
「聞きたいこと?」
「ダンジョンギルドの場所がわからなくて困ってたんです〜、どこにあるか知りませんか?」
 シイは地理的に都市の中心にある上に、とんでもなく目立つバカデカい塔にちらりと視線を向けた。迷子になる要素なんてあるとは思えない。
「わからないはずないと思うんだけど・・・・。まあ、私も今から行くつもりだったから一緒にくる?」
「わあ〜、ありがとうございます〜」
 それにしても、随分とのんびりとした喋り方だなあ、とシイは思った。

 

「というか、門番に場所聞かなかったの?」
「聞いたんですけど〜、デカチチに教えることなどないって言われまして・・・・」
「なにそれ」
 よほど心の狭い貧乳がいたものである。同じく貧乳にカテゴライズされるシイであっても、巨乳に対して恨みなんて持っていない。羨ましいなと思う程度だ。

 ホルスタウロスの少女は、名前をモモといった。良い年頃だったので親元を離れて、前々から憧れていたこの都市に旦那を見つけに来たのだという。シイにとっては後輩にあたり、純粋な眼でシイを見つつダンジョンの話を聞きたがった。
 それからシイが調子に乗って先輩風を吹かせてあることないこと吹聴し、それにモモが感心してすごいです先輩と誉めるもんだから、より増長してしまうのもシイの性格を考えれば想像は容易い。
 ただ、ダンジョンギルドまで一緒にいって、手続きも隣で見てあげて、色々親切に教えてあげているシイは、なかなかに良い先輩と言えるのかもしれない。
 気づけばダンジョンまで一緒に降りてきた二匹、これでお役御免とばかりに別れようとするシイだったが、はたと気づく。
 いくらシイがバカといっても、つい先日のことは記憶に新しい。ハーピーのフナイが去り際に言ったセリフを思い出したのだ。

『ま、悔しかったらあんたも騙す側に回ることねー』

 フナイの憎たらしい笑顔を思い出せば、悔しい感情がすぐさま沸き出てくる。けど、シイは悔しいという感情の何倍も、目の前のハーピーが羨ましかったのだ。
 シイは拳を握りしめ、何かを我慢するように口を開いて、
「り、臨時パーティーを組みましょう」
 ホルスタウロスの少女に向かって、パーティー結成を提案した。

 このときのシイには、

シイ「どうしよう」
シイの良心「もちろんだめよ、私と同じ可哀想な子を出してはいけないわ!」
シイの邪心「でもここで利用できれば旦那様ゲットできるんだぜ!」
シイ「まあ旦那様は欲しいよね」
シイの邪心「せやろ」
シイの良心「仕方ない今回は許す」
 
 みたいな心の葛藤があったとかなかったとか。

 

「先輩みたいな良い魔物娘さんと出会えて、私は幸せ者です〜」
「え、・・・・あははー」
 なにやら良心を傷つけるモモの言葉に、うぐうぐ唸るシイ。

 二匹は揃ってダンジョンを闊歩し、獲物を探していた。ダンジョンに関しては一日の長があるシイがリーダーであり、行動を指示する権利を得ている。
 二匹いるということは複数戦も可能である。問題は戦力であるが・・・・。そこでちらりとモモを横目で見た。
 今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらい機嫌の良いモモだが、足下の注意が疎かであり、さっきから数回躓いて転びそうになっている。
 ・・・・このトロそうな少女にまともに前衛が務まるのか。シイは自分のことを棚に上げながら、そんなことを考える。複数相手に戦いを挑んだら、どう頑張っても二匹ともに余裕で倒される残念な未来しか見えない。正直無理だと判断し、ターゲットは単数、ソロ探索者に絞ることにする。
 一対多の戦闘は一の方がかなりの不利を背負うことを、今までの実体験で充分身に沁みていた。相方がどんなに弱くても、そこにいるだけでアドバンテージはとれるものなのである。
 あとはターゲットを見つけるだけ、といってもソロ探索者の数は元々少ない。こればっかりは地道にいくしかなかった。

 ちなみに入り口付近で張るのはギルドで禁止されている行為である。正確に言うと、最初の分岐点及び、その近くで待ちかまえる行為を禁じていた。バレるととんでもない罰金を負うことになり、シイはそういうことだけは注意している。悪質な場合はおしおきを受けることもあるとか。

 そんなこんなでしばらく経ち、太陽が頭のてっぺんにちょうど昇った頃。モモが指を向けて場所を知らせる。
「あ〜、一人の子を見つけました〜」
「え、マジで。どこ?」
 モモが発見したのは背が小さい男の子だった。インプのシイよりも低いので、まだまだ成長期はこれからといった感じ。シイの好みよりちょっと幼かったが、これから育てる楽しみもあるってもんである。
「よし、後をつけるよ」
 そこからは辺りを警戒しつつ尾行する二匹。加えて少年を観察し、何か重大な問題を見落としてないかを考える。

 少年は周りをキョロキョロ見渡しながら、おそるおそる前に進んでいる。しかし、足下に警戒がいってなく地面の窪みに躓いて転んだ。
「うう、痛い・・・・」
「あ、転んじゃいましたよ〜。可哀想・・・・」
 痛みのせいか涙目になっている少年だったが、すぐに立ち上がった。
「僕は、お母さんの病気を治す薬代を手に入れるためにここに来たんだ! がんばらなきゃ!」
 なにやら健気なことを言っている少年。シイは思った。これはチョロい。
 ――いやいや待て待て。ソロで潜るってことはつまり、それ相応の実力や自信を備えているってことよね。
 以前、到底追いつけない速度で逃げられたりした経験を持つシイは、慎重に慎重を重ねることにする。
 使うのは、今朝に武器屋でもらった閃光弾。拳大の大きさをしたそれをモモの眼前に持ってくる。
「モモ、作戦はこうよ。私がこの閃光弾を投げるわ。アンタは突進して捕まえちゃいなさい!」
「はい、わかりました〜」
 シイは自信満々に、大して作戦にもなっていない作戦をモモに告げる。モモはそれを疑いもせずに了承した。
 ――私の持っている閃光弾には気を逸らす程度の効果しかないだろうけど、そこにホルスタウロスの突進も加われば、間違いなく慌てふためくでしょう。その隙を狙えば・・・・。
 問題は情報に疎く、なおかつトロそうなモモを騙すということ。ただぶっちゃけ、目の前の獲物に比べれば些細なことであった。フナイの気持ちが今はよくわかる。
「モモ、行くわよ!」
「はい〜」

 ――イケる!

 閃光弾を投げながら、脳汁が溢れ勝利を確信したシイ。
 ただ今回の結果は、

「うわわ、光が突然!」
「えーい」
「モンスターまで!? 逃げられない!」
「えへへー、捕まえました〜」

 単にシイの運が悪かったといえる。

「あ、ありのまま今起こったことを話すと、しょぼい閃光弾に目標が見事に釣られまくって、傍目にも速くないホルスタウロスの突進が成功した。な、何を言っているのかって、本当に目の前で起こったことです。あとちゅっちゅしてます」

 ……
 …………
 ………………

 
 あれから一日が経ち、シイはイシュルの出入り口に立っていた。
 別に夫をゲットすることを諦めたわけではなく、ただの見送りである。
 目の前には昨日出来たばかりの新婚カップル。夫の方の家族が心配ということで、この都市で暮らさずに故郷へ帰るらしい。
「先輩も頑張ってくださいね〜! 本当にありがとうございました!」
「・・・・ああ、うん。お幸せに」
 夫と繋いでいる手とは反対側の手を一生懸命振りながら都市を去っていくモモを見つめていると、シイの中になんともいえない気持ちが渦巻いた。

 
 続く!

 

 備考

 イシュルの門番
 基本的に日替わりバイトなので、対応は千差万別。特性上、そこそこの実力がないとなれない。

 ボス
 イシュルのダンジョンには五階層毎にボスが存在する。しかし、ボスが旦那をゲットすると、しばらくの間階層にボスがいなくなるため、ボスに出会うことがレアだったりする。低階層のボスに抜擢されると勝ち組と言われるが、深層のボスに抜擢されるととんでもなく暇で悲惨らしい。
深層所属の魔物娘は、こぞって低中層のボスに成りたがる。ちなみに例外として九十九階層にもボスはいたりする。

 おしおき
 イシュルに定められた約束毎を破った魔物娘に与えられる。トラウマを負う上に、たいてい強制労働までセットでついてくる。どんなに腕自慢でならしても、上には上がいるのである。

 おしおきを見たギルド職員の証言
「ダンジョンに入る金額が高いと受付でオーガが暴れだしたんです。そのオーガの実力は高く、並大抵の魔物娘では手を出してもすぐにやられるほどでした。ギルドはどうなってしまうんだろうと戦々恐々していたとき、どこからともなく糸が飛び出してきてオーガを一瞬で拘束しました。・・・・そこからの記憶はありません。思いだそうとすると、・・・・うっ、頭が痛い!」

 おしおきをくらったとあるオーガの証言
「かゆ・・・・うま・・・・」
18/07/14 17:54更新 / 涼織
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■作者メッセージ
 宣言通り頑張って一週間で書き上げられました。と思ったら、未来へとタイムスリップしているのはなぜなんだぜ。おかしいなあー、変だなー。

 次話に関してはやれる気がする! 一週間くらいで!

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