連載小説
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第四話 レベルアップ!
 迷宮都市イシュルの西側、魔物娘が住まうエリアの中心街にある武器屋の扉が勢い良く開かれた。
 扉を開いたのはインプの少女、シイ。短い蒼紫の髪に金色の瞳を持つ可愛らしい顔立ちをした小悪魔は、普段の明るい雰囲気が嘘のように、どんよりとした暗い表情を浮かべていた。
 シイはズカズカと店内に入ると、店番オークへの挨拶もそこそこに店のカウンターに突っ伏した。頭頂部にあるアホ毛が、ぺったりとしなってくよくよしている。

「おーい、どうした。いつになく暗いわね」
 そんなシイに、そろそろ顔なじみといってもよい店番オークが声をかける。対してシイは顔を上げることもせずに、陰鬱な溜息を返した。
「暗くもなるよお、未だに旦那様手に入らないしさあ・・・・」
 うじうじしている頭で思い返すのは、後輩だったホルスタウロスの少女のこと。可愛い旦那様を連れて満面の笑みで都市を去っていった彼女を思い出すと、シイの心にもやもやとした感情が芽生えるのだ。
 過去三回経験したダンジョンの中でも、一番おしいといえた先日のこと。何か少しでも違う選択を行っていれば、都市を去っていたのは自分だったのかもしれないだけに、ショックの度合いは大きかった。
「あんまり気になさらんな。だいたい、あんたまだダンジョン三回しか入ってないんでしょ? 私なんてかれこれ合計二十六回も入ってるのに、旦那ゲット出来てないっつの」
「ううぅ。でもでも、今持ってるお金じゃ、あと一回しか入れないんだよ」
「ああ、そりゃ残念ね。働け」
「いやだぁ。働きたくない〜。いちゃいちゃしたい〜」
「だめだこいつ・・・・」
 呆れた声を上げる店番オーク。働きたくないと連呼するシイを見つめる目が哀れみに満ちているが、シイがそれに気づくことはない。
「うう〜、なんかこう、パパッと解決するよーな素敵な提案ない?」
 シイは顔を上げ、上目遣いでオークを見る。
「・・・・あるわけないでしょ。あったら私が使ってるっての」
「だよねー、はぁ・・・・」
 せっかく上がった顔も、またカウンターとにらめっこを始めることになる。
 いくら今は他に客がいないといっても、邪魔であることには変わりない。溜息吐きたいのはこっちだよと思いながらも、店番オークの脳裏にある考えが浮かんだ。
「んー、でもちょっと待てよ。・・・・あるっちゃあるか」
「ホント!?」
 がばっと起きあがったシイの瞳がキラキラと輝く。
「そうね。理論上はおそらく大丈夫よ。ただし・・・・」
「ただし?」
「教える代わりに、コレ買ってけ」

 シイの前に差し出されたのは、在庫処分品と書かれた低レベルの魔物娘御用達の『初級罠キット』であった。


 

 翌朝。意気揚々とダンジョンに臨むシイの手には、いつもは持たない袋があった。袋の大きさは人間が入るくらい大きい上に分厚く、ギルドの受付は訝しげな目でそれを見ていた。
「いちおう、中身を確認させてもらいます」
 中を見たギルド受付は、首を傾げた。中に入ってた物に、ここまで大きな袋は必要ないと思ったからだ。
「もう、行っていい?」
「はい、どうぞ」
 といっても規則違反をしているわけではないので、ギルド受付が止めることはない。シイがダンジョンへと入って見えなくなるまで、その肩に担がれた大袋を不思議そうにギルド受付は見つめていた。そこに先輩ギルド員が声をかけてくる。
「新入り、あの袋が気になる?」
「はい・・・・。中に入ってた物と大きさの釣り合いが取れていませんし、ダンジョンの中の物を採取して持ってこようとしてもギルドに没収されますし、気絶した人間を運ぶにしたって微妙ですし」
「そうじゃないよ、あれはねー・・・・」

 

 シイはダンジョンに降り立つ。これでもう四回目となるからか、ダンジョンの雰囲気にも少しは慣れた。
 シイはしばらく歩いて、持ってきた罠を仕掛けるのにちょうど良さそうな場所を探す。
 今回、ソロでダンジョンに潜ったシイは、複数を相手取ることはしないと心に誓っていた。先日にホルスタウロスの後輩が手に入れた人間は、自分だけでも余裕で捕まえられそうだった。つまり数は少なかれど、チョロい人間も確実に存在するのである。
 そういった人間に狙いを定めて、罠を使いつつ追いつめる。とりあえずシイはそんな方針を立てていた。
「っと、ここが良さそう」
 隠れる場所もあり、罠もバレにくい気がする。
 大袋から取り出したのは、昨日武器屋から宿に帰って組み立てた初級罠キット。苦心しながら三時間かけて作った自信作である。
「ここに、設置して・・・・っと」
 重量反応型の魔力罠であり、踏むと魔界銀製のハサミが足に噛みつく。効果範囲は小さいものの、動力が魔力であるこの罠は完全に地面に埋まるため、魔力探知が出来なければ気づくことはまず不可能といっていい。
 とはいえ逆に考えれば魔力探知が出来れば気づくことは容易であり、深層に近づけば近づくほど人間に対する成功率は落ちていくから『初級罠』なのである。
 簡単な作りの罠ではあるが、低階層では結構効果的なのだと店番オークは話していた。
「これでよしっ、と」
 罠を仕掛け終えたシイは、近くの物陰に隠れて座る。
 今日の基本作戦は待ち伏せだ。これは『奥の手』にも影響するためである。
「早く人間来ないかな〜」
 当面の問題は、シイがさほど我慢強くないこと、ただ一つ。


 ダンジョンに入って、はや七時間ほどが経ち、もうすぐ夕方である。いくらか探索者は通ったが、シイの条件に合致する者は現れなかった。
 度々待ち伏せ場所を離れて歩き回ったりもしていたが、結果が好転することはなく。
 そろそろ『奥の手』を使う時がきたかと、持ってきた大袋を一撫でする。
「・・・・ん?」
 そんなとき、遠目に一人の探索者を発見する。
 よくよく見ると、それはいつぞやのソロ探索者であった。
 実力がとんでもなく高く、煮え湯を飲まされたのはつい最近のこと。すでに魔物娘の間では有名なようで、十匹以上いたラージマウスのパーティーから逃げきったとか、ゴブリンやインプが多数いる即席パーティーから近くにある宝箱の中身を回収しつつ逃げきったとか、なんかとんでもない情報が残っている。店番オークから聞いた噂話であったが、実力の程を目にしたことがあるシイからすれば納得できない話ではなかった。
 そんな実力を持つ探索者が、せっかく自分が仕掛けた罠に向かって走ってきている。
 シイは罠に気づかないで通り過ぎてくれることを祈った。足にハサミが噛みついたところでどうにかなる相手とは思えない。
「避けろー、避けろー」
 シイはブツブツ唸りながら、いざとなったら飛び出して罠を守る! とよくわからないことを考えていた。
「ハッ・・・・!」
 そのとき、シイの頭に一筋の光明が差した。
 ーーもしかしたら、罠に超弱い可能性もあるんじゃないの?
 自分の罠に向かって突き進んでいく彼を見ていると、シイの頭の中で望みが鎌首をあげる。
 走りは減速しておらず、警戒をしているようには見えない。油断している可能性が高いようにシイには思えたのだ。罠プラス自分イコール勝利の方程式を思い描くとだんだん、案外簡単にその通りになっちゃうんじゃねと考えてしまう。
「イケる!」
 シイは忘れていた。
 そもそも彼が本気で走ったら、自分の目では姿を捉えるのが難しいスピードであったことを。
 シイから見た彼の動きは、以下の通り。
 しゅぱーーーーん!!!! ずびゅーーーーん!!!!
 罠解除し始めて立ち去るまでの所要時間は約二秒。見事なまでに理想的な罠解除であった。無駄がない最小限の動きで、魔力探知で割り出した罠として大事な軸を綺麗に壊していた。シイが飛びつく暇もなかった。
「素通りしてくれてもいいじゃん・・・・」
 そんな惨状を見て、三時間の苦労を一瞬で無にされたシイが凹むのも仕方ないことであった。


 凹むシイではあったが、初級罠は本命の作戦ではない。気を取り直して、都合の良い探索者を見つけようとする。
 見つけたと思ったら複数だったり、追い回されたり、結果は芳しくなかったが、シイの心はまだ使っていない『奥の手』によって支えられていた。
 夜にさしかかり、探索者の数もまばらとなってくる。魔灯花によってダンジョン内の明るさは常に一定に保たれているので、陽の光が射さないダンジョンの場合、朝だろうが夜だろうがあまり関係はないと思うかもしれない。
 しかし多くの探索者は、朝にダンジョンに入って夕方から夜にかけて都市へ帰るというスタンスを取る者が多かった。その理由は、出現する宝箱の中身が夜にはもう取られていることが多く、割に合わないという話が探索者の間に広まっていたからだ。
 実際に宝箱の設置は早朝に行われるため、その話は的を得ている。ギルド側としても朝から昼にかけて集中してこられた方が、都市の運営も含めた管理がしやすいということもあり、そういう傾向にあるようだとやんわりと肯定していた。
「あーあ、もう日没かあ」
 だいぶ遅い時間帯になってきた。本来であれば多くの魔物娘がダンジョンを出たあと宿で不貞寝するだけである。以前までのシイであれば、前述通りの行動を取っていただろう。
「ふふん、私には『奥の手』があるのだよ!」
 シイは待ち伏せを探すついでに見つけておいた、『奥の手』を使うのに絶好のポジションへと移動した。
「よし、やっぱりここなら大丈夫そう」
 大きな岩が隣に存在し、陰に隠れれば見つけにくい場所だ。
 シイは背負ってた大袋を地面に下ろす。
 大袋を広げても、中には何も入っていない。
 というのも、これから入るものであるからだ。
「おやすみなさーい」
 そう、この大袋は寝袋であった。
 今日の基本作戦を待ち伏せにしたのも、体力消費を避けることが大きい。今日明日を見据えた、店番オークに伝授された戦略であった。
 蓋を開けてみれば、しょせん『奥の手』なんてこんなものである。
 シイは明日に備えて眠りにつく。明日こそ絶対に夫を手に入れてやると心に誓いつつ。

 シイがむにゃむにゃと気持ちよさそうに寝ている間に、『世界蛇のダンジョン』で不穏な空気が流れているとも知らずに。

 

 シイは寝過ごした!

「ふぁ〜、よく寝たー」
 朝、ではなく寝過ごしたので昼。ダンジョンの堅い地面でも寝袋のおかげか快眠だったシイはグッと伸びをし、活動を再開する。
「お腹減ったなあ」
 くう、と可愛らしく鳴るお腹を押さえながら、シイは探索者を求めて歩き始めた。
 この方法の欠点は、ダンジョンに食料を持ち込んではいけないという決まりがあることだ。規則ではおやつもダメという徹底っぷりであり、腹減ったら帰ってこいというのがダンジョンギルドの基本方針である。隠せないこともないのだが、バレたら非常にまずいのでわざわざリスクを犯すものは少なかった。シイもその例に漏れてはいない。

 歩き始めて少しすると、昨日とは打って変わってそこには桃源郷が広がっていた。
「え、ええー! なにこれ!?」
 なぜかはよくわからないが、空中に浮かんでいる人間が一杯だったのである。一律皆ぐったりしており、シイでも容易に捕まえられそうだ。
 思わず喜びのまま駆け出しそうになるが、ふと我に返るシイ。
 ――待て待て、私。これは何かの罠だ。こんな美味しい状況なんてありえない。
 だいたい、人間は魔法もなしに空中に浮かない。いくらシイの頭がよろしくなくとも、目の前の状況を疑わないわけがなかった。
 飛びつきたくなる衝動を抑えつつ、目を凝らしてよくよく見ると、人間の体に細い糸が巻き付いていることがわかった。
「なんだろ、あれ。ダンジョンの罠にでも掛かったのかな?」
 まあしかし、これ以上ないほどの好機である。間抜けな人間もいたものだ。ちょっと多すぎる気もするが、シイにとっては些細なことである。
 このまま指をくわえて見ていてもどうにもならないし、シイにとっても我慢の限界である。シイはよだれを垂らしながら一歩を踏み出した。
 その先の足下に張ってあった、魔力探知をしないと見えない不可視の糸に、シイが気づくことはなかった。
「ふえ?」
 シイからすれば、何かが足に引っかかったと思ったら、宙吊りになっていたとしか言えない。
 さらには、もがけばもがくほど、糸は絡まっていき、
「なんでーっ!?」
 シイが蓑虫状態になるのは、そう遠い話ではなかった。


 世界でもトップレベルの難易度を誇る『世界蛇のダンジョン』の主は一階層に駆り出されていた。
 ダンジョン一階層に似つかわしくない、張り巡らされた強靱な糸。とある事件が原因で、とんでもない事態に陥っていた。
 とある事件というのは、深層のボスのアラクネが一階層の探索者に恋をし、一階層を舞台に戦闘を繰り広げたことであった。これに困ったのは一階層で活動する他の探索者や魔物娘。皆、否応なく巻き込まれ、ぐったりとした表情で糸に捕らわれていた。
「はぁ・・・・、わらわがやるのか」
 除糸作業は骨を折る作業であった。
 というのも張られた糸自体が厄介であった。細いのに頑強、かつ炎耐性が付与された糸は、ちょっとやそっとの剣の腕や炎属性魔法では切れもしなければ溶けもしないので、深層のボスクラスでなければ話にならない。ダンジョンの主にとっては朝飯前ではあるのだが、いかんせん糸の数が多い。糸に掛かっている人間や魔物娘がいるので超火力で一気に消し飛ばすということも出来ない。
「まったく、あやつは何をしておる。気持ちはわからないでもないが、後片付けくらいはしていくのが礼儀であろうに」
 気が遠くなる地道な作業に、ダンジョンの主が愚痴をこぼすのも無理はなかった。
「一度強く文句を言わなければなるまい。・・・・でも小さい頃のことを持ち出されるとなあ」
 つい先日、もの凄い剣幕をして詰め寄られ、あらゆる手管を使われて、九十五階層から一階層への異動を頷かせられたのは記憶に新しい。ダンジョンの主にとって第二の母といっても良い存在なので、自分の方が立場が上でも苦手意識は強かった。ちなみに姉ではなく母親呼ばわりすると容赦ない地獄を見る。
「このインプも気を失って可哀想に・・・・、いや、よく見たら気持ちよさそうに寝とる。肝が太いのう」
 糸でぐるぐるにされているインプを救出して部下に任せ、除糸作業を続けていく。
「しかし、あやつがこれほどまでした相手か。許可を出したのは間違いだったかもしれんな。いずれ、わらわの夫になったやもしれぬ」
 大した実力のない相手であれば、一階層が糸まみれになっていることもなかっただろう。
 以前に、顔と体型が好みじゃない、と言って、お父様とその相棒の英雄二人をスルーした九十五層のボス、ミーネ。実力的にはもうダンジョンの主が優っているが、ほんの数年前までは負けることもよくあった。幼馴染みのドラゴンである現九十九層のボスは、戦闘相性が良いというのに未だに勝てていない。
 そんなミーネがここまでする人間。高位な魔術を用いていたのか、強靱な糸を断ち切るほどの剣の腕前を持っていたのか。
「まあ、今更考えても詮無き話か」
 そう言ってダンジョンの主は黙々と除糸作業を再開した。


「今回はギルドの手違いということで、今日のダンジョン費用は無料とさせていただきます」
「UUUUURRRRRRYYYYYYYY!!!」

 今日、一階層に潜っていた魔物娘達の雄叫びが、ギルド内部に響きわたった。
 とある事件の影響を受けた魔物娘は、今回のダンジョン費用は無料になり、返却してもらえることが決まったからだ。前日からいたシイもその例に漏れることはなく、その中の一匹に入ることが出来てなんだか得をした気分である。

 お金を返却してもらう際にギルドカードをチェックされたシイは、受付に声をかけられた。
「あっ、シイさん。次からは五回目ですね。レベルアップおめでとうございます!!」
 受付は心の底から祝福し、大きな声で告げる。
 近くにいた名も知らぬ魔物娘達もそれを聞いた途端、お祝いの言葉をシイに送り始める。

 まじか、やったな!
 おめでとう!
 一緒に頑張ろうね!

 自分達の仲間が増えたということに、喜びの声や拍手がギルド内に溢れる。
 何でこんなにみんな喜んでいるのかわからないが、褒められて悪い気はしないシイ。ちょっぴり鼻高々である。しかし、

「シイさんは今度から四階層へと配属になります!」

 続いた受付の言葉に、シイの頭がはてなマークで埋まった。


 続く・・・・のか?




備考

 配属
 最初は主に種族や魔力量により、どの階層に配属されるかが決まる。
 複数回同じ階層に入ることや実力の向上により、今までいた階層よりも下の階層に配属されることがある。これをレベルアップと呼び、一応昇進扱いではあるが、階層が深くなれば深くなるほど夫を手に入れる確率が下がるというデータが存在するため、昇進を嫌がる魔物娘は多い。たとえ嫌がろうとも昇進は避けられない。現実は非常である。

 失恋
 自分が狙っていた人間が他の魔物娘にとられてしまうと必然的に起こる事象。NTRという身が裂けそうな心的ショックにより旅に出る魔物娘も多いが、たいていまた迷宮都市に帰ってくる。

 店番
 基本的に魔物娘エリアの店は賃金が良い。人間エリアは賃金が低いが人気が高い。ただし、人間に変身出来たり、人間に変身出来るアイテムを持っていないと人間エリアで働くことは出来ない。

 九十五層のボスの年齢
 聞くのは禁句である。
18/07/14 18:13更新 / 涼織
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■作者メッセージ
 一章完。書いてて思ったんですが、この作品全然いちゃいちゃしてないとかなんなの。もうなんかムカついたから適当な人間捕まえて終わりにしようかと思ったけど、シイが幸せになるビジョンがまったく見えないからやめました。幸薄いほうが可愛い。

 今話で打ち切りにしようかとも思ったんですが、三人称の勉強や、まだ書きたいエピソードもあるんで、いちおう続きは書く予定であります。

 ていうかそもそも自分の作品が、いちゃいちゃ分少なすぎなことに気づいた。いまさらー。

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