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桜ドリアードが見頃を迎え、毎年数名の行方不明者を出し、一部のハーピーが様々な勢いで乱痴騒ぎを起こすこの季節。青空保育園オーナーであるバフォメット:ミーラ=フォゼは、保育園の一室で届けられた幾つもの手紙の処理に悪戦苦闘していた。 「――ふむ、園が始まって早々に移動教室の申し込みとは、中々気が早いの。所々売春街行きの物が混ざっておるが、それは後で纏めてリリ先生に渡しておくかの」 セックス担当という従来の保育園にあるまじき職務も行っているももぐみ担当のサキュバス用に幾つかの手紙を仕分ける。他にも振り込め詐欺は武術指導のキルア先生(リザードマン)に、布代請求は裁縫担当のアリア先生(アラクネ)に、重要書類は副園長のミリー先生(ケンタウロス)及び園長の杉元俊光(人間)に、それぞれ仕分けたところで残った小包や封筒を改めて見やるミーラ。そこに置かれているのは、保育園の置かれる周辺の市街地の開発計画や、公園の利用状況及び整備状態、治安状況など、園の範囲に留まらない内容の書類であった。 子供達にとって……いや、子供を持つ家庭にとって良い環境を。それが彼女の信念であり、それは園内だけに留まらない。一度子供を失った事がある彼女だからこそ、そうした思いは一際強く行動に現れるのだろう。 「……ん?」 ふと、その書類に紛れて、一通のどこか古風な、蝋判によって留められた封筒が、彼女の目に飛び込んできた。蝋からは、彼女と同族の魔力がビンビンに感じ取れる。 差出人を確認すると――恐らく今から遥か前の、言語学者か魔術学者が資料とするような言語体系で、その名前は書かれていた。 『'Rumir Waxiwand'』 「……」 一応宛先も確認すると、『'Mirla Foze'』と視認できることから、間違いなく自分向けに書かれている事が確認できた。バフォメットが同族に送る手紙、魔力と蝋で封じた手紙。内容は想像できた。 一瞬の逡巡の後、解呪して封を開く。そのまま中に書かれている内容に、彼女は目を通した。 『桜が緑葉へと代わり繁る今日この頃、如何お過ごしだろうか。 我らと同じ地に暮らす、顔も知らぬ同胞よ。 或いは我らと同じ血を持つ、異世界の同胞よ。 はたまた我等からすれば遠き未来の同胞よ。 もしもこの手紙が無事に汝に届き、そして開かれたらば、是非とも我等の集いに一度参られたし。 集える場所は時の狭間の地。逢えし者共逢えぬ我らの同胞達が巡り集いて、しばしの時歓談を交わさん。 参加する際は、手紙を受け取ってから一週間の内、汝の都合がよい時間に、裏に記した魔法陣に乗って転移する事。時の狭間故、時間経過は幾年過ごせど微々たる物であり、来場時間は各自の魔法陣によって調整されるため、さして待たず会談が始められよう。 同伴者は汝の血縁者及び婚約者のみとする。持参物は甘味と煎茶、大歓迎。 見聞きした会話を他者に語ることは、真名以外は制限しないものとする。 では、もしも時の狭間で逢えるならば、心行くまで言葉交わそうぞ、未だ見ぬ同胞よ』 「サバトの集いではなく、バフォメットの集いとはの……」 実際それは珍しくはない。祭り好きのバフォメットが何度も、それこそ年四回開いた時期があったことも考えれば、こうした手紙が来ることは別に何もおかしいことではないのだ。 ただ……気になることがある。この送り主はどの様にして、見ず知らずのバフォメットの元に手紙を送り届けられたのか? しかも手紙には『異世界の』と書いてある。一体どの様にして、異世界へと、正確な座標に物体を送る事が出来たのだろう? 「……気になるのぉ」 疑わしさとは別の興味が、ミーラに湧き始めた。夫のカルア=フォゼを連れて行くのは少し考えるが、ミーラとしてはそのバフォメット:ルミルに一目会ってもいいとも考え始めていた。 近くにあるカレンダーを確認し、空き時間をチェックするミーラ。その表情は、何処か遠足を前日に控えた子供のようであった……。
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