連載小説
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ハンバーガー
後日。私はゲオルグを食事に誘いました。

「今日はありがとう、シスター・アルバ。」
「こちらこそ、急なお誘いでしたのにお付き合い頂き、ありがとうございます。あと、教会の外ではアルバとお呼び下さい。」
「了解したアルバさん。しかし、このメニューは…うむ…」

ゲオルグが眉間に皺を寄せます。それもそのはず、私達が食べに来たのはジャンクフードの王様、ハンバーガーです。彼の健康的な食事と正反対である事は言うまでもありません。そして、それこそが私の狙いでもあります。
彼に堕落が通用しないのは、あの一片の贅肉もない生活にある言っても過言ではないでしょう。故に彼が自身の欲望に寛容になれば、結果的に私も彼を堕としやすくなるのではないかと考えたのです。先日の彼の食事(冷凍ささみ等)を見てたまには食事を楽しんで頂きたくなり、今回は外食に誘ってみました。
ハンバーガーショップといっても結構高級志向なお店で、店内はカジュアルながらシックな雰囲気で纏められており、パスタやコーヒーなど喫茶店のようなメニューもあります。中には健康志向なメニューも置いてますが、折角のジャンクフードですので彼にはしっかりカロリーを摂って頂きましょう。

「ゲオルグさん、こちらのメニューはいかがでしょうか?」
「むっ!?い、いくらなんでもこれは…脂質と塩分が多すぎはしないか…?」

私が差し出したメニューに書かれていたのは、期間限定のスペシャルバーガー。ハンバーグ4枚とチーズ、ベーコンが交互に重ねられ、4種のチーズソースがふんだんに使われた、「ベーコンクワトロチーズクワトロバーガー」という、見た目が大変な事になっている一品です。あまりのモンスターぶりにゲオルグは困惑を隠しきれないようですが、ここで私はもう一押しします。

「ゲオルグさん、こんな時ですからたまには食事を楽しまれてはいかがでしょうか?普段から節制していると、たまに身体に良くない物が無性に食べたくなるのは普通の事です。普段頑張っているのですから、ちょっとくらいズルしても良いと思いませんか?」
「…ズルはよくないだろう。自分との約束も守れん者に、何が護れるというのだ。」
「私はこれにしようと思います。ゲオルグさんはどうなさいますか?」
「何、アルバさんがか…!?」

彼の超人的な肉体と運動量ならカロリー消費は容易でしょうに、踏ん切りがつかないようです。こうなったら私も身体を張りましょう、元よりカロリーオーバーは覚悟の上です。魔物ですので、すぐに体型には影響しないでしょうし。
…そんな事よりゲオルグさん?折角息抜きに来たのに、まさか私だけにこのバーガーを注文なんてさせませんよね…?今や私達はテーブルを…いえ運命を共にしているのです。さあ…男気の見せ場ですよ?
…私からの圧力に屈したゲオルグは、私と同じスペシャルバーガーを頼まざるを得ませんでした。

注文した品が運ばれて来ると、その威様に二人して息を呑みます。想像より二回りは大きく、メニューより心なしか分厚く見える4枚重ねのパティからは肉汁が溢れ、チーズの油分と合わさり包み紙の外側まで油が染み出しています。濃厚な脂とチーズの香りは、食欲を通り越し威圧感すら覚えるほどです。先程からゲオルグが「本当に食べるのか」という目でこちらを見ていますが、ここは最後の一押しです。

「ゲオルグさん、確かにズルを繰り返すのは堕落に他なりませんが、一度ズルしただけで約束を守れない人になる訳ではありませんよね?それに、ズルはここぞという時にするものですよ。」

今がその時ですと言って、私は思い切りバーガーにかぶりつきます。肉の脂とチーズの塩気が口いっぱいに広がります。ゲオルグは暫く考えた後、バーガーを食べ始めました。どうやら観念したようです。
…そう、ズルを繰り返す事は堕落への入り口。「少しくらい」という気の緩みが、高潔な貴方を蝕む毒なのです。今の彼は私のせいで仕方なく矜持を曲げましたが、ゆくゆくは私に流されるままに道をを外れるようになって頂きます。その時こそ貴方は私の堕落を受け入れて下さるでしょう。そして、抑え切れない私への欲望を、この身体全てで受け止めて差し上げるのです…♡♡

…などと、この時の私は考えていました。とんでもない計算違いに気づく事なく。


…………

「ふむ…こんな身体に悪そうなものは久々に食べたが、思ったより悪くない。肉の味もしっかりするし、チーズも良いものを使っているな。カリカリに焼いたベーコンもアクセントに良い…」

ゲオルグは巨大なバーガーをテンポよく食べ進めていきます。一方の私は、半分も食べ進まないうちに殆ど止まっていました。

「…そういえば、チーティングという概念を思い出した。食事制限中、たまに大量のカロリーを摂取する事で身体を騙し、代謝が落ちないようにする食事のテクニックだそうだ。貴女の言う通り、チート(ズル)もここぞという時にするものなのだな。」
「…そう、なのですね。それはよかったです…」
「どうしたアルバさん、あまり食事が進んでないようだが。」
「食べるのが遅いだけですので…どうかお構いなく……」

私の状況を悟らせないよう、なるべくいつもの笑顔で返事します。余裕のありそうな彼とは逆に、私はこのバーガーの恐ろしさを味わっているところでした…確かにパティの肉の味がしっかりあって、肉汁もたっぷりなのですが…今はそれが逆にキツイです。
最初の何口かは確かに美味しかったのですが、やはり量が多すぎます。繰り返される咀嚼で鼻と舌は肉の味を受け付けなくなり、脂が胃袋をボディーブローのように削ってきます。とんだ計算違いです、カロリーばかり気にして自分の胃袋の限界を計算に入れてなかった、少し前の私を恨みます…

「すまん、この『BLTダブルバーガー』とコーラのセットも頼めるか…ああ、それとオニオンリングも一つ。」

ダウン寸前の私を尻目に、あの巨大バーガーを食べ終えたゲオルグは他のメニューも注文し始めました。彼は男性ですし身体も大きいので、食事量は多くて当然です。折角彼が楽しんでいるのです、水を差す事はできません。それに私とてシスター、糧となる命は残さず美味しく完食して見せましょう…!


…………

…うう、ぎぼぢわるい。
脂汗を垂らし、顔をデーモンみたいに青くしながら、私はゲオルグに背中をさすられて歩いています。彼に触れられるのは嬉しいですが、正直今はそれどころではないです。

「…アルバさん、大丈夫か?」
「………」

言葉を返す事も首を振る事も出来ません。先程食べたバーガーが私の内側で所狭しと荒れ狂っており、今にも胃袋がひっくり返りそうです。今吐いたら、勢いで隠してる羽根とか尻尾まで全部出てしまいかねません。

「胃薬を買って来る、少し待っててくれ。」

公園のベンチに私を座らせ、彼は薬屋へ走って行きました。こんなはずじゃなかったのに…
…もうこの手はやめましょう、私の身が保ちません。胃袋的にも、体重的にも。それに、まだまだ次の手は考えてあります。

その後、チーティングとやらで筋肉のキレが増したゲオルグとは対照的に、お腹周りがキツくなり焦る私でした。
23/07/26 12:51更新 / 飢餓
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