連載小説
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髪の輪と恋敵と掛け布団
ハンバーガーで痛い目を見た日から数日後、私の下に荷物が届きました。次にゲオルグを堕落させる為に「あるもの」を魔界から取り寄せたのです。普通なら反魔物領の街に魔物など入ってこれるはずないのですが、そこは流石歴戦の商人さん。潜入もお手のものみたいです。
…前回の教訓から、彼を堕落させる度に私まで付き合っていては身が持たないと考え、今回は彼がつい堕落したくなるようなアイテムを差し上げる事にしました。ただのプレゼントなので前と違い強制力はありませんが、所持品として長い時間を共にする分効果は抜群のはずです。私も休日に使ってみましたが、あまりの心地よさに午前中を棒に振ってしまいました。これは流石の彼でも誘惑に勝てないでしょう、何と言っても前回の食欲に並ぶ三代欲求の一つですから…


…………

「…そういうわけで、しばらく鍛錬は減らさねばなるまい…身体を壊しては元も子もないからな。」
「それは大変ですね…お疲れ様です。」

後日。教会のお仕事がひと段落した私は、ゲオルグとお話していました。どうやら彼は寝不足のようです。
彼の家は街から離れた場所にあるので、たまに魔物に襲われる事があるらしいです。ゲオルグさんは強いので、魔物もすぐ諦めて襲わなくなるそうなのですが…満月が近いせいか最近魔物に毎晩寝込みを襲われるようになり、睡眠時間を削られ困っているとの事でした。

「そう言う事でしたら、私にお任せください。魔物避けなら私の専門分野ですので。」
「おお!頼まれてくれるか!シスター直々に対処頂けるなら、枕を高くして寝れるだろう!!」
「ありがとうございます、ご期待に応えられると良いのですが…」

…私は内心張り切っていました。ゲオルグに頼って貰えるのが心から嬉しかったですし、彼を奪おうとする魔物への対抗心もあります。予め用意していたプレゼントと一緒にとびきりの魔物避けを渡して、彼に惰眠を貪らせてあげましょう。


…………

などと、気合いを入れたのは良いものの。
幾つか試作してみましたが、効果はあまり芳しくありません。魔物避けの聖水や加護が籠ったアミュレットでは、効き目が中途半端すぎます。魔物の私がこれを作れる時点で、発情した魔物相手に効果は薄いでしょう。
…思い付く手はあと一つしかありません。それも恐らく効果てきめんでしょう。しかし……

「本当に、『アレ』を渡すべきなのでしょうか…?」

私も魔物として、男性を確実に魔物から遠ざける手段として、思い浮かぶ手段といったらまず「アレ」が思い浮かびます。しかしその方法は私にとって、すごく恥ずかしい事なのです。

「でも…やるしかないですよね……」

ゲオルグの安眠の為なら、私も一肌脱ぎましょう。私は、「アレ」の制作に取り掛かりました…


…………

後日。私はゲオルグにプレゼントを渡しました。
まず一つは、先日魔界から届いたばかりの極上掛け布団。それもワーシープウールをふんだんに使った高級品です。ワーシープウールには眠りの魔力が含まれる為、規則正しい彼でも二度寝の誘惑に駆られる事でしょう。もちろん、この布団に魔物の毛が使用されてる事は彼に伝えてません。
…本来なら、これでゲオルグを堕落させようと思ったのですが、今は事情が変わってしまいました。「安心して眠れるようになったらお使いください」と言って彼に布団を手渡しました。
続いて二つ目に、先日から夜なべして製作した魔物避けをお渡ししました。聖水やアミュレットなどと一緒に、本命のアイテムの「アレ」も手渡します。

「シスター、これは…?」
「これは、その…私の髪で作った魔物避け…です///」

私が手渡したのは、直径10センチ程度の「髪の輪」…髪の毛を束ねてリングにし、首からかけられるように丈夫な紐を通した物です。髪には、私の魔力がたっぷり込めてあります。
…私が言っていた「アレ」とは「魔物の魔力」の事です。魔物は別の魔物の男性を奪う事はしないので、他の魔物の魔力がする男性は避ける傾向にあります。髪の輪には私の魔力が篭っているので、身に付ける事で同じ効果を得られるのです。装飾品等に魔力を込める手も考えましたが、自分の身体の一部の方が魔術的に相性が良いので髪の毛にしました。
……しかし、これは他の魔物に対して「この男は私のものだ」と所有権を主張するのと同義です。まだ付き合ってもないのにそんな大胆な事をするなんて、私にとって恥ずかし過ぎます。それに自分の一部をプレゼントするなんて、倒錯的すぎて嫌われないか心配です。

「か、髪の毛を渡すなんて私もどうかと思いますし…も、もしも嫌でしたら、受け取らなくて大丈夫ですから……!!」
「私の為、他でもない貴女が髪を犠牲に作って頂いたのだ。光栄にこそあれ、嫌なはずなどあるまい。」

彼は迷いなくそう言って優しく微笑みます。
この恩は必ず、と言ってゲオルグは去っていきます。その後ろ姿を見ながら私は、彼を好きになってよかったと心から思うのでした。


…………

就寝時間になり、私は自分のベッドに潜り込んでいました。
…髪の輪は私の身体の一部で分身のようなものなので、ゲオルグの状態をぼんやり私に伝えてくれます。彼は髪の輪をつけてくれているようです。
しばらくして、落ち着いた呼吸を感じます。どうやら眠りについたようです。
よかった、と安心して私も眠りにつきます。彼の穏やかな寝息が心地よいです、これはまるで一緒に寝ているみたいですね。同じベッドで、呼吸が聞こえるくらい近くで、彼と密着しているような気分に………

「………ッ!?!?///」

…なんかものすごく恥ずかしくなってきました!これはいけないですね、完全に想定外でした。すぐにでも逃げ出したいですが、髪の輪から直接流しこまれる感覚がそれを許しません。

「あっ…ひゃぁぁあぁ………////」

追い打ちをかけるように、彼に全身を包み込まれるような感覚に襲われます。どうやら首にかけた髪の輪を、彼が胸に抱くように優しく握ったようです。髪の輪が胸に引き寄せられた事で、先程まで聞こえなかった心音までもが私に伝わってきます。

どきん。どきん。どきん。

…手の温度に包まれ、鼓動が聞こえる程近くで…これではまるで、彼に抱きしめられている、ような。

「ぁ…あぁ…これ、むりぃ…♡」

幸せの許容値が限界を超えても感覚は注がれ続け、もはや眠るどころではありません。逃げる事も許されない至福の拷問は、ゲオルグが起きるまで続きました。


…………

後日。

「…どうしたシスター・アルバ。寝不足のようだが…」
「大丈夫です、とても幸せなので。」
「??」

…本人には、勿論ナイショです。


…………

ゲオルグから再び魔物に襲われたと聞き、私は彼の相談に乗っていました。
髪の輪はしばらく効果があったそうですが、昨晩は普段以上のしつこさで襲われたそうです。その際、「他の魔物の魔力なんか私が上書きしてやる」と言っていたそうです…

「…髪の輪には、魔物の魔力に偽装した魔力が含まれています。恐らくそれを、他の女に取られると思い本気で襲ってきたのでしょう。」
「それはなんとも…恐ろしい話だ。」
「…こうなれば、私が直接何とかするしかありませんね。髪の輪の製作者の私が誤解を解きつつ、ゲオルグさんを襲わないよう説得するしかありません。」

嘘を交えつつ、彼に現状を伝えます。通常、魔物は他人の男性に手を出さない暗黙の了解があります。それでも本気で襲って来たという事は、その魔物は既にゲオルグに狙いを定めており、私がそれを横取りしたと思ったのでしょう。もちろん誤解です。悲しいことにゲオルグは未だ私のものではありませんし、髪の輪は彼を独占する為に作った訳ではありません。こうなれば魔力の持ち主である私が出向いて、その魔物と決着をつけるしかないでしょう。

「わかった、いざというときは私が君を守ろう。」
「それなのですが…ゲオルグさんには席を外して頂きたいのです。」
「!しかしそれでは、貴女の身が危険に…」
「分かっております…ですが、他人に見られては使えない手なのです。前にお渡しした掛け布団を使い、そのままおやすみになって下さい。」
「…了承した。すまないシスター、幸運を祈る。」

ゲオルグにはワーシープ布団を使い寝てて貰うようお願いし、彼と別れます。
…今日は満月、野生の魔物が一番凶暴化する時期です。最悪交戦の可能性もあります…闘いなど生まれて初めてですが、いざとなればやるしかありません。


…………

夜になりました。
月が隠れる雲は無く、狂気の象徴たる月光が青白く降り注いでいます。
私はゲオルグの家の前で魔物を見張っています。辺りに魔物の気配はまだしていません。
…彼はぐっすり寝ているようです。ワーシープの布団をかけて眠れば、起きて外の私を見てしまう事はないでしょう。私は人化を解き、隠していた角と翼、尻尾を月光の下に晒します。魔物の姿になるのは久々ですね。

…途端に、殺気が強まりました。抑えた魔力が溢れ出した事で、あちらも私の存在に気づいたのでしょう。

「!」

突如、死角から何かが襲ってきました。咄嗟に身体を捻り後方に飛び退きます。
…魔物の身体能力でどうにか躱す事はできましたが、不意打ちは想定外でした。

「やい、よくもアタシの雄にちょっかいかけてくれたな!」
「…貴女が毎晩、ゲオルグの寝込みを襲っている方ですか?」

攻撃された方を振り返ると、そこにはいきり立ったワーウルフが一人。闇夜に爛々と光る目を大きく見開き、こちらを睨みつけてきます。

「ゲオルグだがなんだが知らないけど、あの雄はアタシのモノだ!泥棒猫はすっこんでろ!」
「…一方的な片想いは、自分のモノとは言わないのですよ?」
「んだとぉ!?」

…彼女の言い草にムッと来てしまったので、少しキツめに言い返してしまいました。おかげでさらに怒らせてしまったようです。シスター失格ですね…

「大体お前だって片想いだろ!?なのに自分の魔力をつけとくなんて似たようなもんだろうが!」
「それは否定しませんが…彼の睡眠の為、恥をしのんでやった事です。彼が好きなのは事実ですが、下心はありませんよ。」
「そんな事言って、押し倒す機会を虎視眈々と狙ってたんだろこのムッツリスケベ!」
「なっ…夜な夜な彼を襲ってる貴女がそれを言いますか!?」

魔物的にスケベは褒め言葉なのですが、罵倒に使われるとカチンと来ます。あと私はムッツリじゃありません、オープンにしたら即討伐対象なので隠しているだけです。
…とはいえ、このままでは埒があきませんね。反論したい気持ちをグッと堪え、私が先に矛を納めましょう。

「はぁ…一旦落ち付いて下さい。私は貴女と喧嘩しに来た訳ではありません。」
「ふざけるな!私の雄を横取りしようとして、ただで済むと思うなよ!!」
「ですからそれが誤解なんです。彼はまだ私のものではないですし、あの髪の輪も彼を独占する為に作ったわけではありません。」
「…はあ?どういう事だよ?!」
「あれは魔物に襲われ寝れない彼が、安心して熟睡できるようにする為の『魔物避け』です。」
「ん…?そういや言ってたな。“彼の睡眠の為”って…」
「はい。彼は毎晩寝込みを襲われて寝不足になり、私に相談しに来たのです。彼の為とはいえ、あんな大それた事をするのは勇気が要りましたが…」
「…納得いかねえな。あいつに相談とかして貰えるなんて、お前あの雄とどんな関係なんだよ!?」
「私、表向きは街のシスターをしておりますので。彼には親しくして頂いているので、そのよしみで悩みを打ち明けて下さったのでしょう。」
「お前、街に住んでたのか!あんなとこ恐ろしくって近づけねえよ…」
「元はあの街の人間ですからね。シスターのお仕事も充実してますし、ゲオルグも会いに来てくれるので。」
「かーっ!羨ましいなぁ〜!!ワタシなんか会いに行っても斬りかかられるのに、あんたは向こうから会いに来てくれるなんてさ。」
「寝込みを襲えば敵対されるに決まってるでしょう…とにかく…」

話が脱線する前に本題に戻りましょう。相手の態度も軟化してきたので、ぼちぼち話し合いができるはずです。

「…夜中に彼を襲うのはやめて頂きたいのです。どうしてもアプローチしたいなら、せめて昼間に…」
「いや、あの雄からは身を引くよ。横恋慕はアタシの方だったみたいだしさ。」
「…良いのですか?不本意ですが、ゲオルグをシェアするくらいは覚悟してたのですが…」
「あんたは自分のものじゃないと言ったけど…アタシと違ってあの雄と良い感じみたいだし、邪魔するのは良くないだろ。…それにアタシだって、旦那様は独り占めしたい主義だからな…」
「そう、ですか。」

寂しそうな顔でワーウルフは笑います。恋の戦いには勝ちましたが、彼女の気持ちを考えると素直に喜べません。

「…明日の昼、あいつに二度と襲わないと伝えるよ。その方が安心できるだろ。」
「あの…彼には、私が魔物だと言う事は…」
「分かってるよ、優しいシスターに諭されて改心したって言えばいいだろ?」

…彼女の優しさに感謝します。私は、彼女の恋を阻んでしまったというのに。

「…そうだ!口裏合わせる代わりに、アタシのお願いを聞いてくれよ!」
「お願い…ですか?」
「あんたの名前を教えてくれ。アタシはトバイカ、見た通りワーウルフだ。」
「…アルバと申します、種族はダークプリーストです。」
「じゃあアルバ、アタシと仲直りしてくれ!」
「…え?」
「…ワタシは喧嘩別れで後味悪いのは嫌だし、アルバにもアタシの事を引きずって欲しくない。だから一緒に仲直りして、この件は終わりにしたいんだ。頼む!」

そう言って、トバイカは爪のあるけむくじゃらの手を差し出してきました。
…彼女のさっぱりした態度には救われる思いです。私は彼女の手を握り返します。

「…ありがとうございます、トバイカさん。出会ったのが貴女で本当によかった。」
「トバイカでいいよ。さっきはいきなり襲いかかったり、ひどい事いっぱい言ったりしてごめん…あの雄と、上手く行くといいな。」
「はい…!」

仲直りを終えた私達は、それから夜が明けるまで沢山の事を話しました。私にとって初めての、魔物の友人ができました。


…………

「おはよう!シスターアルバ!」
「おはようございますゲオルグさん、最近元気そうですね」
「ああ。あれから魔物は来なくなったし、あの布団のおかげで快眠でね。熟睡できるものだから、朝スカッと目が覚めるようになったんだ!何から何までシスターのおかげだ、今度礼をさせてくれ!はっはっは!」
「いえいえ、ゲオルグさんが元気になったのなら、私はそれで良いのです。」

……う〜ん、どうやらあの布団は彼の睡眠の質を改善しただけで、堕落させるには至りませんでしたか。何となくそんな気はしてましたが…結果的に彼の悩みを解消出来ましたし、友人も出来たので良しとしましょう。
…そういえば、ゲオルグは今でも寝る時に髪の輪を身に着けてくれているようです。

「…ところでシスター、最近ずっと眠そうじゃないか?何か寝れない理由でも?」
「大丈夫ですよ、毎晩とても幸せですので。」
「???」

…おかげで、私が寝不足になったのでした。
23/08/03 11:04更新 / 飢餓
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■作者メッセージ
今回は短い話二話分くらいの文量になってしまいました
次回はもうちょっと軽めの文量にしたい…

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