連載小説
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行間一 教会の国 2
「フッ!ハッ!」

剣を振る。
レスカティエへと召喚されてから、日課となっている素振りを続ける。
時間は早朝から始め、多少時間が過ぎている。
既に体中汗まみれで、地面にいくつもの水跡がついていた。
周りに人はない。
だが、やってくる人はいたようだ。

「剣筋がブレているぞ、振り下ろすときは真っ直ぐにだ。まだ、多少利き腕に釣られている」

そう言って、姿を現したのはメルセさん。
手には水入りの瓶が二つ握られている。
片方をこちらに投げ渡す。

「ご指導と飲み物、ありがとうございます」

「……いや、いいんだ。これくらいのことはさせてくれ。それに、お前は私の生徒だ。師として、ちゃんと指導する責任がある」





召喚から数日後。
メルセさんは俺の教育係を“解任”された。
多少指導してもらう分には問題ないのだが、俺専属ではなくなったのである。
それにはもちろん、俺の素質にも関係していた。
上層部でも意見が割れていたらしいが、“成長の見込みが通常の半分以下の勇者”に対して、労力を費やすのは無駄との決定らしい。
俺の現在の状況は、“兵士以上勇者以下”というなんとも中途半端な立ち位置となった。
放逐されないのは、勇者の召喚にかけた多大なコストを無駄にしたくないという貧乏性。
多少の教育でも、ただの一兵卒よりかは断然強くなるということがあるかららしい。
無論、ただの兵士よりかはまだ待遇はいい。
衣食住も比較的まともだ。
俺に対する上層部の態度は、肯定派:1、否定派:5、中立4といったところか。
ただ、俺の鍛錬には放置のスタンスが取られている。
半分以下の加護とは言え勇者は基本高スペックだ。
俺を教えれるほど強い人物はそうそういない。
勇者あるいは兵の中でも位が高いものになれば、素人勇者の俺より強い人物はいる。
だが、そんな人物は俺に当てられることはない。
だからこそ、こうして時々メルセさんが様子を見に来てくれる。

「ああ、そういえば。セーヤ、アオのやつに呼ばれてたよ」

「アオリオさんにですか?」

「そ、なんでも渡したいものがあるらしい」

「わかりました。身支度したらすぐに向かいます」

「ちゃんと伝えたからな。しっかし、アオのやつにはホント頭が上がらんよ」

「……ええ、それは自分もですよ」





――――――――――





コンコン。
ノックをする。
この豪華な装飾が目立つ城内において、そういったたぐいのものが少ない簡素な扉。
その奥から、入室許可の声を聞き部屋に入る。



「ああ、セーヤ君か。待っていたよ」

アオリオ・ブライアン。
疲れた表情と目の下のクマが目立つ青年。
歳は俺の一つ上だが、この城内で政務をこなす上層部の一人だ。
先日の例の騒動も、彼が沈静化してくれたのである。

「はい。御用があると聞き伺いました。……失礼ながら申し上げますが、ちゃんと寝ているのですか?」

「いや、今日も徹夜でね。しかもこれから上層部による会議もある。休む暇がないね」

彼が行う仕事は、この場内において飛びぬけて激務だ。
正確に言えば“押し付けられた”に近い。
部屋の中で散乱する書類がそれを物語っている。
その内容は国内における市民の相談窓口、俗に言うクレーム処理である。
様々な陳情が彼のもとに寄せられ、それを処理していく。
しかし、勇者への国力の集中及び上層部の飽食によって税金の高いレスカティエでは陳情はそれこそ大量に寄せられてくる。
それに、同一のクレームも多数寄せられその整理だけでも数が多い。
彼に付く部下も、この激務に耐えられずにほかの部署へと移るものも多い。
まあ、その部署がまともであることかは別として。

何故彼がそんな激務をこなしているかといえば、ひとえに彼が“善人”だからだろう。
数少ない部下も、アオリオさんについていくと決めた者たち。
この人に付けば使い捨てにされないと、自分たちに良くしてくれるからと思い残ったからだ。
俺もまた、アオリオさんのことは信頼している。
勇者であっても、扱いの軽い俺を良くしてくれていること。
また、否定派からの嫌がらせまがいの接触からもかばってくれていること。
数少ない俺への肯定派。
その人物こそ、アオリオ・ブライアンなのである。



「そうそう、今回君を呼んだのはね、セーヤ君に渡したいものがあるからなんだ」

「渡したいもの、ですか?」

「そう、このあとの会議。それは“勇者セーヤの初陣”についてなんだ」

「初陣……」


いよいよ、覚悟を決める時が来たということだろう。
この世界に来てからはや数ヶ月。
ただひたすら鍛錬だけに時間を費やしていた。
ついにそれを発揮する時が来た。
まごうことなき命のやり取り。
その、始まり。

そして、この話を今持ちかけたということは―――。





「それは、君に託す武器が決まったということでもある」





そう言って、アオリオさんが取り出したのは――――『剣』。
鞘は白く、装飾もほとんどなくのっぺりしている。
おもむろに、その刀身を抜く。



それは、“透明な剣”だった。



刀身は完全に透けており、不純物が一切ない。
ガラスとも、水晶とも、ダイヤとも、氷とも違う。
まるで、ただ何もない空気が輪郭と形を持ったかのようだ。

「『神造霊装(アーティファクト)』の一つ『透明剣アウルラッド』。これが、君に託す勇者専用の『聖剣』だ」

どこまでも吸い込まれそうな透明。
鞘の装飾が乏しいのも、どこか納得がいく。
透明な輝きと、透明ゆえの残酷さを兼ね備えたかのような剣。
その刀身を鞘に収め、俺に渡す。

「この剣は、文字通り“使用者を映し出す”。刀身の色は、その持ち主の勇者によって決定する」

両手で持つその剣は、剣とは思えないほど軽かった。
おそらく、その重みでさえ俺によって作られるのだろう。
緊張している。
使うものによって、その全てが変わる剣。
それは、まさに俺そのものを具現化するのと同意だ。
今まで鍛錬で振るってきた剣とは違う。
文字通りの俺の半身。
その姿を俺は――――。





「ははっ」





見た。
透明な刀身は、抜かれると同時に色をもつ。
重さは、あまり変わらない。
それはまるで、“俺に重みがない”ようで。





その刀身は、“鈍い鉛色”をしていた。





――――――――――





「失礼しました」

そう言って、セーヤくんは退室した。
意気消沈は、まるで簡単に見て取れた。
自身の本質を映す剣。
その中身は、彼にとって期待通りではなかったようだ。

「ふぅ、だがこれで、彼にもまともな武器が使える」

確かに、それは彼の期待通りではなかっただろう。
だが、彼に渡したのは紛れもない『神造霊装(アーティファクト)』。
そこいらの名剣とは、一線を画す代物だ。

「欲を言えば、もう少し“上等なもの”を与えたかったがなぁ」

確かに『透明剣アウルラッド』は『神造霊装(アーティファクト)』の一つだ。
だが、それはこの城の宝物庫の“肥やし”になっていたひとつに過ぎない。
もちろん、彼ら否定派の予定にはなかった『神造霊装(アーティファクト)』の譲渡だけでも十分大躍進なことは分かっている。
しかし、これから彼はあの剣に“命を預ける”のだ。
いや、“命を賭ける”といったほうが正しいか。
彼にはまだ、それだけの経験はない。

「さて。では、もうひと頑張りしようか」

これから会議の準備だ。
セーヤ君の死地を決めるための、私の戦い。

願わくば、どこに行こうと。

彼に限らずどの勇者も。

無事であるように





――――――――――





カツカツと、石の上を歩く足音が聞こえる。
いつもの光景。
レスカティエの城内に招かれたアタシと、いつも感に触る『あいつ』の足音。

「……ちょっと、何見てんのよ」

「えぇ!?いや、誤解だよ。」

「嘘、アタシの五感はごまかせないわよ」

アタシの五感は鋭敏だ。
ニンゲンよりも、“ハーフエルフである”アタシの方が、種族的に。
そしてそれは勇者になったことで、さらに強化された。
そのアタシが、“妙な視線”ぐらいわからないはずはがない。
ましてや、いつも自然に接してくる『こいつ』の珍しい視線ならば。

「いや、ね?……プリメーラ、いつもより機嫌が悪いから心配しちゃって」

「っ、あんたに心配される筋合いなんてないわよ!」

「機嫌が悪いのは否定しないんだね」

「っ、わかったわよ!認めるわよ!そのとおりよ!今のアタシは機嫌が悪いわよ」

「そう。うん、そうだね」

「何一人で納得してるのよ」

「だって、プリメーラは優しいから」

「今のどこがどうなればそんな結論が出るのよ」

『こいつ』はいつもそうだ。
アタシの心にズケズケと踏み込んでくる。
勝手にアタシを分かったような素振りをして、勝手にアタシのことを決める。

「プリメーラの機嫌が悪いのは、誰かを心配している時が多いから」

いつも勝手に、“アタシのことを美化してくる”。

「もう、勝手にしてなさい」

アタシは『こいつ』が“嫌い”だ。
なのに『こいつ』は、その態度を崩そうとしない。
分かっている。
『こいつ』が優しいニンゲンであることくらい。
その優しさは、アタシに限定しているわけじゃないことも。
サーシャにも、メルセにも、ミミルにも、接する機会は少ないけどウィルマリナにもそうなのだから。

「セーヤ君の初陣、今日決定するんだよね」

その中に、あの新人勇者もあるのだろう。
一時的にとは言え、同じ上司を持った“仲間”ならば。

「……別に、あのニンゲンのことなんか心配してないわよ。それに、今はアタシの戦場のことで頭がいっぱいなの」

「そうだね。」

肯定したはずなのに『こいつ』は全くアタシの言葉を信じてなかった。
アタシがあのニンゲンを心配していることを疑っていない目だ。
だから、『こいつ』が“嫌い”なんだ。



そして、そんなアタシが一番嫌いだ。



「聞いたか、新しい勇者の初陣。『穢された遺跡』で決まったそうだってよ」

「どこだったかな、そこ。俺は聞いたことないな」

「さあ。でも、『勇者』ならどこだって大丈夫だろうさ」



ふと聞こえた兵士たちの話し声。
話を聞く限り、あの新人に悪感情を持っているニンゲンじゃないのだろう。





アタシの五感は、その内容を聞き漏らすことはなかった。





「ちょっと、あんたたち」

「ん、何。って、勇者プリメーラ!?」

「いや、俺たちは話してただけで」

「そんなことどうでもいいの。さっきの内容、詳しく聞かせなさい!!」

「内容って、えっと……」

「新しい勇者様の初陣の場所ですかい?」

「そう!『穢された遺跡』!それで間違いないのね!」

「は、はい。先ほど、勇者様がレスカティエを発ったとの話を聞きまして」

「その行き先が、『穢された遺跡』だって聞いたんです」

「っ。ばっかじゃいの!?何考えてんのよっ!?」

「落ち着いてプリメーラ。俺、ダンジョンのことは詳しくないけどさ、主神様の加護を持った勇者ならそう簡単に―――」

「主神の加護は万能じゃない。勇者ってのは不死じゃないのよ。ましてやダンジョンの中でも“最も危険”とされる場所に新人勇者を送り込む?何考えてんのよ上層部は!?」

「最も危険!?」

「聞いたことない場所だったけど、そんな危険なダンジョンなんですかい!?」

いくら勇者とは言え、戦闘経験のないものに行かせる戦場としてはありえない。
半人前で成長見込みの薄い人物であっても、“勇者の名前は軽くない”。
この采配はおかしい。
明らかに、あの新人勇者を“殺す気”だ。

「プリメーラ、頼みたいことがあるんだけど……」

わかってる。
『こいつ』はそういうニンゲンだ。
どこまでもお人好しで、アタシの感にさわる。

「アタシはニンゲンが嫌いよ」

いつもアタシのことを、理解したつもりでいる『こいつ』が。
アタシは、“嫌い”だ。

「でも、バカみたいなことをするニンゲンはもっと嫌い。そんなニンゲンの好きにさせる事は、このアタシが許さない」

だからこそ、聞かせて欲しい。
アタシに、ニンゲン嫌いのアタシに。

都合のいい『言い訳』を、アタシにちょうだい。

「セーヤくんを、助けてあげて」

「『あんた』に指図されなくても」










「勝手にどこへ向かうきですかな?『勇者プリメーラ』」

「っ!?」

ぬるりといきなり現れたのは、見るからに気色の悪い目をしたニンゲン。
ハーフエルフであるアタシを嫌悪しながら、女としてのアタシを気持ちの悪い視線で見つめてくる。
アタシが、最も嫌いな種類のニンゲン。

「いやはや勝手な行動は困ります。あなたに召集がかかった意味、それは理解しているはずですが?」

アタシがこの城に呼ばれた理由。
それはもともと、アタシへ“勇者の役目”を伝えるため。
それを放棄することは、勇者の特権を放棄することになる。

「(ギリッ)」

自らの歯ぎしりの音が、アタシには聞こえる。
アタシはアタシのことが嫌いだ。
でも、そんなアタシに対して良くしてくれるニンゲンはいた。
アタシを強引に連れ出したサーシャ。
教会にいる、アタシになついてくる子供達。
いつも何故か腹を立ててしまう『あいつ』。
勇者であるアタシを捨てることは、彼らへの恩返しを捨てることになる。
もしそんなことをしたら、アタシはこいつらと同じになる。
それだけは、絶対に許せない一線だ。

その一線に、このニンゲンはためらいもなく踏みにじってくる。
絶対に裏切れないことをわかった上で。

「そう、じゃあこっちも聞くけどね。あんたたち、何考えてんのよ。いくら勇者とは言え、新人に『穢された遺跡』に行かせるなんて非常識にも程があるわ」

『穢された遺跡』。
そのダンジョンの中を知る者は誰ひとりとして存在していない。
足を踏み入れたものが、ただひとりの例外なく帰ってこなかったからだ。
アタシたちレスカティエの勇者も、そのダンジョンの入口を見た。

ただそれだけで、“このダンジョンには入れない”ことが分かってしまった。

そこから漏れ出す濃厚な瘴気はアタシたちでは突破できないと、理解してしまった。
だからこそ、『穢された遺跡』の名前は広がることがなかった。
そこにいた全員が、その名前を口に出すことさえしたくなかったからだ。
そんな場所に、あの新人が行く。
“絶対に生きて帰っては来ない”。





「おやぁ、おかしいですねぇ?たしか彼が行く場所は『レイドルの森』で会議では決まったはずですよ」

『レイドルの森』

いくつかの種類の魔物が生息する森。
危険度で言えば、かなり低い。
高位の魔物はおらず、新人への初陣としては妥当と言える。
なら、なぜ。



「もしかしたら、場所を勘違いしているかもしれませんねぇ。まあ“しょうがない”ですよ。なにせ彼は“このあたりの地理に詳しくない”ですからねぇ」



つまりはこういうことだ。
私たちは、ちゃんと彼に行き場所を伝えた。
彼が勝手に勘違いし、勝手にダンジョンへ向かい、そして“勝手に死ぬ”のだ。



「あんた、どこまで外道なのよ!?」

おそらく、“会議では”『レイドルの森』で決定したのだろう。
だが、伝える情報を捻じ曲げ、『穢された遺跡』へ向かわせるよう根回しした。
『穢された遺跡』の知名度は高くない。
伝える部下も、知らなかったとしてもそのまま彼に伝える。
後になって判明しても、私はちゃんと伝えた、間違えたのは直接話した部下だ、といえば何とでもなる。
勇者の損失は国の不利益。
だからこそ、この一件は完全にこの男の独断。
ほかの勇者もおそらく、動けない。

“任務を与えられた勇者に勝手な行動は許されない”。



アタシたちに出来ることは、もはや無事を願うことだけだった。





――――――――――





「ここ、か?」

着いた先は、荒野の中のほらあな。
その入口を前に、俺は羽根のついた杖を振るい、地面に脚をつく。
戦略的に、移動時間というのはかなり重要だ。
重要な拠点に素早く移動する、それにあたって低空とは言え飛翔の魔術は都合がいい。
このようなマジックアイテムがあるというのも、レスカティエが大国たる所以なのだろう。

「……気持ち悪いな」

その入口から溢れてくる感覚。
それは、足を踏み入れるものすべてに対しての、“悪意”。
あるいはそんな感覚も、命懸けの戦場に対する俺の恐怖なのかもしれない。

「行くか」

足を踏み入れる。
入口の一線を超える。

ただそれだけで、“世界が変わった”。

明らかに違う、刺すような空気。
ここにある床、壁、天井、空気でさえ、その全てが敵になったようだ。
歩を進める。
妨害はない。
入口が見えなくなっていく。
薄暗いで済むのは、壁に仕込まれたいくつかの発光性の石によるものか。
道が広がった。
おそらくは、広い部屋。
その全貌を見るには、明るさが足りなかった。



カラカラカラ



高めの音が響く。
口内が乾く、手のひらが湿る。
覚悟をしていたつもりだった。

ただそれは、ここに来るにはあまりにも足りなかった。



「うっ!?」



漂うは“死臭”。
腐りきっているはずなのに、その『死』が匂いを持ったかのようで。





明らかな『殺気』を放ち、こちらを捉えた“ガイコツ”。
目の前の“バケモノ”、スケルトンの剣士達に、俺は襲いかかられた。
16/04/03 12:39更新 / チーズ
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次回、永遠の港

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