連載小説
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永遠の港 1
「どうしてこうなった………」

とある食堂で、溜息とともに愚痴をこぼすセーヤ。
頬杖をつき、周りの客を見渡す。

“怯えを含んだ視線”がセーヤに刺さる。

それも当然といっていいだろう。
なにせ現在セーヤがいるのは親魔物領。
海の神、ポセイドンを信仰する人間や魔物が多く住む港町。
その魔物の中でも、マーメイドやメロウなどのマーメイド種が多くの割合を示す。
彼女たちの特性、寿命をのばす血液を多く輸出する町であることからこう呼ばれるという。
『永遠の港』ポセイダル。
海の女神、ポセイドンをその名の由来とする町である。

そうなれば当然、勇者であるセーヤに良い感情が向けられることは少ない。
いかに魔物が人間に対して友好的といえども、それに勝る危険を感じればその限りではない。
例えるなら、セーヤは町中で抜身の剣を常時持ち歩いているような状態だ。
たとえセーヤが善人であったとしても関係ない。
彼が自分たちをたやすく殺せる人間だとわかってしまう時点でダメなのだ。
ましてや所属はなくとも主神側の人間。
警戒されるのは当然である。
もっとも。





「あら、どうしたの?ここのピラフ、おいしいわよ」





セーヤが嘆息しているのは突き刺さる視線ではなく。
となりでエビピラフをほおばるリリムに対してである。





――――――――――





時は少し遡る。
親魔物領の港町、ポセイダルへと着いたセーヤは当然の如く、入領拒否をくらっていた。

「………ダメ」

「なんとかならないもんかな?」

「いかに丁寧に頼まれようとも無理なものは無理だ」

町の入口、そこにいる門番から立ち入ることを許可されていなかったのである。
まだ正面から敵意なく入ろうとしているため、一触即発にはなっていない。
門番を務めるはサハギンとリザードマン。
共に海を住処とする魔物ではないため、おそらくは雇われだろう。と、適当に予想する。
雇われだろうと、彼女たちは真っ当に仕事をしているようで、勇者であるセーヤを町に入れる気はないようだ。
ここで許可を出し、町中で本性を出して暴れられたら手に負えない。
いかに自身のカンが善人と見抜いても、絶対的保証はない。
彼女たちの対応は当然である。

(ふぅ、どうしたものかな……)

セーヤとしては、別段この町に執着しているわけではない。
今回彼が目的とするは、“海神ポセイドンに縁のある所”。
『七元徳の鍵』を探すにあたり、かつて主神側についていたポセイドンからヒントだけでも聞き出せないかと思ったからである。
当然、直接コンタクトが取れるとは思っていない。
シー・ビショップなど、コンタクトが取れる魔物に仲介してもらえればと考えただけだ。

(その中でも、“シー・ビショップが町長を勤める町”は都合が良かったんだが)

シー・ビショップ。
彼女たちは本来、旅から旅へ渡る種族である。
それは彼女たちが、海における魔物達にとって貴重な存在だからである。
彼女たちの特性は、男性に対する海中への適応の付与。
つまるところ、彼女たちの儀式によって海中でも男性が行動可能になるのである。
そのため、多くの魔物達に儀式ができるように渡り泳ぐのが常だ。
が、ここの町長は違う。
確かに、広く渡れば多くの魔物夫婦に儀式ができるだろう。
しかし、そこにはニアミスというのが生まれてしまう。
となると、“定住するシー・ビショップ”という存在も必要なのだ。
“そこに行けば儀式ができる”という指針。
また、多くの船が行き交う港町だからこその方法といえよう。
ゆえに、この町にはポセイドンを信仰する教会が存在する。
当然、そこで神官を務めるのが町長であるシー・ビショップというわけだ。

閑話休題。

そんな背景があり、目的に添いやすく比較的近めにあった町。
そのため、ポセイダルへと踏み入れようとしていたわけだが、いきなり二の足を踏むことになった。

(まいったな……、ポセイドンが信仰されるところは全て親魔物領。ここで入れなきゃ、どこでも同じなんだよなぁ……)

執着はない、が、諦められるかといえば別の話だ。
強行突破は論外。
かと言って友好的に通る方法も見当たらない。



「どうしたもんかなぁ……」





「なら私が仲介してあげましょうか?」





ビクッ、と背筋を正す門番。
それもそうだろう。
聞こえた声は彼女たちにとって本能に刻まれた敬意。
魔物にとっての王族。
王女リリムの声が聞こえたのだから。

「久しぶりかしら?元気にしてた?」

「……まあ、それなりにな」

「あら、もう少し気を許してくれていいんじゃない?また会いましょう、って言ったんだし」

「ここが戦場でないのも一応以前の会話通りか」

「覚えててくれたのね。まあ前回が前回だし、当然といえばそのとおりね」

リリムのティオ。
以前エルゼム侵攻作戦の総大将を務めた『過激派』のリリム。
そんな彼女が突然転移してくれば門番二人の反応も当然だろう。
平然と対応しているセーヤの方がおかしい。

「しかし、『過激派』のリリムがポセイダルへ用事か?」

「ひとつ訂正を言っておくとね、私、“もう『過激派』ではないわ”」

「そりゃまたどうして」

『過激派』あるいは『急進派』。
この世すべての女性を魔物に変えようとする派閥の一つ。
世界すべてを魔界へと変えようとする思想の集団。
この派閥に対しては魔物でも意見が分かれており、魔物から男性が生まれるまではあまり急ぐべきではないとの意見も多い。
それに対し、早めに魔界の数を増やして魔王の力を強め、主神に打ち勝ち男性が生まれるようにしようとの意見もある。
その、後者側であった魔物が『過激派』を抜けるケースとして、結婚以外ではレアである。

「あの時にガツンと言われたからね、助けるべき人が違うって」

ティオに関しては、そのレアケースであったらしい。

「あの時の面々も、今は人助けに奔走してるわよ」

「そこまで強く言ったつもりはなかったが」

「私たちの心には強く響いたのよ。こんなところでなにやってんだ、ってね。そして今は世直しの旅、ってとこかしら」

まるで水戸黄門だ、という感想を抱くセーヤ。
ただ、その旅をするのが国すら魔界へと堕とせるリリムという時点で過剰戦力だろうが。

「で、その旅の寄り道であなたを見かけた、ってとこ」

「なるほど……。で、さっきの話になるわけだ」

「そ。町にだったら私と一緒に入らない?リリムの監視付きって名目があれば十分だと思うけど。そうよね?門番さん」

「はっ!一度町長へと話を通してきます!通るとは思いますが、何分私の一存では決められないことになりますので」

「……ちょっと待ってて欲しい」

「いいわよ。私のわがままで町のみんなに迷惑はかけられないものね。セーヤもそれでいいかしら?」

「……構わないよ。まあ、途中からおいてけぼりにされた感じは否めないがな」

勝手に話を勧められたが、これはこれで悪くない。
町に入らなければ始まらない状況だったのを打破できるならば好都合だ。
多少怖がられるかもしれないが、そこはある程度時間をおいて安心できるよう誠意を見せることで緩和できる。
多少待つぐらいは苦にならない。

「決まりね。じゃあ、お願いするわね」

「了解しました姫さま。町長へと急ぎ取り次いできます」

「…………それまで、ここで待ってて……」

残るサハギン、急ぐリザードマン。
彼女たちが通行許可を出したのはこの三十分後であった。





――――――――――





で、町中に入ることができたセーヤとティオ。
そのまま彼は町の散策へと入った。
セーヤとしては、目的たる『七元徳の鍵』についてはティオの前では口にすることは慎むようにしている。
魔物達における『七元徳の鍵』の印象がわからないからだ。
もし悪印象を持っていて、妨害をされたら旅に支障が出てしまう。
主神側のものである『神造霊装(アーティファクト)』であれば可能性は高いだろう。
それ以前に、初めて来た町ならば地理の把握は重要であると理解もしている。
町の散策はそのためにもまず行うべきだ。



なお、もうひとりの目的は元々寄り道という名の観光。
そうなれば当然。



「あら?美味しそうな匂い、屋台かしら?」
「ねえねえ、あれ、路上ライブやってるわ。リャナンシーとセイレーンのコンビみたい」
「キレイな真珠……。ねぇ、これいくらなの?」



目を輝かせ、あちこちに動き回るティオ。
それに振り回されるセーヤ。
町の散策は、――――もはやデートそのものになっていた。

(やれやれ……。この姫さんは俺を監視することなんてすっかりと忘れてるな)

もはやそれは確定である。
もともとセーヤに鎖をつないでおく名目であったはずだが、完全に放し飼い状態である。
まあそれだけ、セーヤが信頼されているという裏返しでもあるが。

「セーヤ、早く来なさいよ。ジョロウグモ製のハンカチ、手触りがすごく気持ちいいのよ」

(まあ、別にいいかな)

先程から、“勇者”である自分への視線が徐々にではあるが変化しているのがわかる。
マーメイド種の多い町であるため、住人はロマンチストであったり、ラブロマンスを好む傾向にある。
“得体の知れない危険そうな勇者”から“王女とデートをしている勇者”へと印象が変わっているのだろう。

(それを彼女は自覚……してなさそうだな)

彼女の興味は町の散策でいっぱいである。
もはやデートしているという自覚があることすら疑わしい。

「はいはい。今行くよ」

町中を突撃するティオに続いていくセーヤ。
二人はそこそこハイペースで町中を行くのであった。





――――――――――





で、冒頭へと戻る。
そろそろ昼の食事時。
というわけで開かれた食堂へと足を運んだ二人。
店中では町での様子を見た者が少ないのか、まだ警戒された雰囲気がある。
が、リリムが隣にいるということである程度緩和されているという恩恵もある。
そんな二人であるが、その形相は対照的であった。
ワクワクがとどまることを知らないティオ。
それに付き合わされ、疲れが見えるセーヤ。

(日本にいた頃も経験はなかったけど……女性の“お出かけ”はパワフルだな……)

自身の気の向くままに歩き回ったティオに対し、離れるわけにもいかないので彼女を追い続けて時折その内容に付き合ったセーヤ。
肉体的にはともかく、精神的には今までの経験とは別種の疲れを感じていた。
その当人は、今もこうしてエビピラフを咀嚼しているわけである。

「いや、美味いよ、ここの料理は。ただ、ちょっと疲れただけさ」

「そう?ならいいけど。このあともまだまだ見たいところはあるんだから、ちゃんとついてきなさいよ」

「……ああ、まだ足りなかったのか」

どうもこのリリム、多少オトナな女性と思っていたがそうでもなかったようだ。
この町に来てから、かつての様相とは打って変わって子供っぽい印象すらある。





「当然でしょ。男の人と“デート”なんて生まれて初めてだもの」





「へぇ……。ん?デート?」

「あら?あなたはそう思っていなかったの?」

「……いや、ちょっと意外だっただけだ」

「なにが?」

「王女サマの子供っぽさ、かな」

「なにおう」

ぐりぐりと拳を押し付けじゃれついてくるティオ。
なんてことはない、セーヤが思っている以上に彼女は“デートを楽しんでいた”ようだ。
今日に限って子供っぽかったのも。
常にハイテンションであたりをキョロキョロしていたのも。
彼女なりに“初デート”を楽しんでいただけなのだ。





――――――――――





リリム、ティオは物心つく頃から『過激派』に所属していた。
幼い自分が、この世界について思ったこと。



『みんなもっと愛し合えば、とても素敵な世界になる』



それは、ある種正解でもあった。
飢える人々、救われない人々。
そんな彼らに『愛』を与える。
与えるだけでなく、彼らからも『愛』をもらう。
悪人のいない、誰も傷つけられず、誰も傷つけることのない世界。

“魔物ならばそれができる”。

確かに人間だけでは不可能。
魔王から与えられた本能として、悪意を持たない魔物でなければ不可能である。

そんな真実を幼いうちから理解し、ティオはすぐさま『過激派』へと所属した。

いくつもの人を、都市を、国を堕落させ、すぐさま次へと奔走した。
自身が『愛』を与えるのだと、次から次へがむしゃらに走る。
それは王女である自分の責務だと、真面目寄りの性格であるがゆえの考えによって。
その中で彼女は、セーヤに出会った。
おそらく彼は、魔物と人が結ばれることを否定していない。
が、考えなしに、ただただ愛し合えばいいのではないと諭す。
その『愛』によって“幸せ”になる人はいる。
その『愛』によって“見殺し”になる人がいる。
それを理解した彼女は、一時的に『過激派』を抜けることになる。
もう一度、自分が世界に求めた『愛』とは何だったのだと見直すために。



いや、そもそも彼女はそんな愛など“経験”していなかった。



ただ与えてきた彼女は、知ってはいても理解していない。
だからこそ、あれだけはしゃいでいたのである。

自身と対等に会話し、町を見回るだけの行為。
『デート』、に。





――――――――――





「断る」

「えー、別にいいじゃない。っていうか、そうしないと困るのはあなた自身でしょ?」

「いーや、この一線は譲れない。断じて断る」





「そうは言ってもねぇ……部屋が別々だと“監視”できないじゃない。





日も暮れ、夕食も済ませたあとで生じたとある問題。
“宿屋における二人の部屋割り”である。

もとより、ここは親魔物領。
勇者であるセーヤが立ち入ることを許可されているのはリリムであるティオの“監視”があるからだ。
就寝時間だろうがなんだろうが“監視”は必須、むしろ夜だからこそ強化すべきである。
しかし、そこは男として譲れない一線があるのがセーヤ。
親しくない女性と部屋を共にして寝るなどやりにくいことこの上ない。
魔物側としては、特定の相手がいない限り気にしないだろう。
というか、むしろ未婚の魔物相手に夜の部屋を共にするというのは、ある意味危険だ。

そこで起こったこの騒動。

宿屋のチェックインで異口“異”音で放った言葉。

「部屋はご一緒でよろしいですか?」

「いいわよ」
「いいえ」

そのまま軽い口論となっている。
結局のところ、決着をつけた一言がこちら。





「私が“本気”になったら部屋が別だろうと鍵がかかっていようと一緒でしょ?」





勝負アリ。
二度目の対決はセーヤの完敗であった。





――――――――――





「…………ねぇ、もう寝てる?」

「いや、近くに魔物がいると思うとすごく寝にくい」

「もう、まだ気にしてるの?別にとって食べはしないわよ、どっちの意味でも」

「しょうがないだろう。野宿の度にしていた警戒を、簡単に切り替えられないさ」

街灯が少ないため、夜の闇が深くなった頃。
セーヤとティオは別々のベッドで横になっていた。
もともと、親魔物領であるがゆえに二人部屋のベッドは基本ダブルベットだ。
その状況はさすがに許容できなかったセーヤによって、今はシングルベッド二つという状態にしてもらっている。
そんな中、恋人同士でない二人は当然何事もなく休むことになった。
ランプを消して少し経った頃、ティオがふと語りかけてきた。

「…………ねえ、あなたに会ってから、ずっと聴きたかったことがあるの」

「……何?質問次第では回答拒否するけど」

「……うん、言いたくなかったら言わなくていい」

しおらしい、とセーヤは思う。
そんなに聞きにくいことなのかと考え、いくつかのパターンを予想した。
そして、その一つに当てはまった。





「セーヤは、“何でインキュバスにならない”の?」





「……………………」

「セーヤは魔物のことを知ってる。おか……、魔王のことを知ってる。教団の嘘も知ってる。この状況であなたが何で、まだ“勇者であることに固執している”理由。それがわからないの」

セーヤが、何故ティオとの相部屋を拒んだか。
それもまた、この質問と関係がある。
それは事実であり、ティオもそう確信していた。
たとえ彼がインキュバスになったとしても、戦闘能力が下がることはないだろう。
加護がなくなる以上、全く同じとは言えないが、少なくとも別種の強さは手に入る。
彼ほどの“いい人”が、魔物と交流しながら未だ未婚であるというのも異例だ。

魔物は基本、惚れっぽい。

彼もまた、真摯な思いを無碍にできる人種ではないだろう。
それでもなお、恋愛を拒み続ける理由。
それが、セーヤという人間を知ってから感じた、ティオの疑問だった。





「……悪いが、“言えない”」





セーヤの回答は、質問の拒絶だった。

「どうして言えないのか、いつなら答えられるのか、それも含めて……言えない」

「……うん、わかった。それでいいよ……」

セーヤの声色から、感じれる真剣さ。
彼はティオの質問を無碍にしていない。
質問に答えることによってどうなるか、それを真剣に考えた上で言えないと“答えた”のだ。

「ふふっ、でももったいないわねぇ」

「なにが?」

「私も経験はないけど。恋愛って、素敵なものらしいわよ?」

「……ああ、そうらしいな」

二人はそれを知ってはいる。
セーヤは今までの旅の中で。
ティオは周りの夫婦を見てきて。
そこに確かにあった、幸せを見てきたから。

ただ、それを自身に当てはめることは。
まだ、できていなかった。





「きっとあなたにも、素敵な人が見つかるわよ」





――――――――――





「はあっ、はあっ、はあっ!」

走る、走る、走る。
暗い町中を彼女は走る。
彼女は走ることに不慣れなマーメイド、その一種であるメロウ。
地上で行動する際は、人化の魔術をもって脚を使う。
もとより、人化の魔術は魔物にとって難しいものではない。
さらに言えば、たとえ地上だろうと身体能力的に言えば人間とは差がある。

だが、いくら必死で走っても。
後ろから追いかけてくる“男性”を振り切ることができない。

普段の魔物と人間の状況と完全に逆転している。
通常の男性ならば、追いかけてくる状況はむしろ捕まえて欲しいとも思う。
しかし、魔物の本能よりも、すべての生物に備わっている“生存本能”が上回った。



温厚で友好的なマーメイド種である彼女が、――“命の危険を感じている”のだ。



「あっ!?」

足がもつれる。
むしろここまでよく走ったというものだろう。
すでに限界を超えていたのにも関わらず、それを無視して走り続けた。
が、もはや立ち上がる気力さえ残ってはいない。

「ひっ!?」

襲撃者は足を止める。
もうすでに目前まで迫られた。
逃げるすべは、もはやない。





ギイイィン!!





「貴様、この町で暴力を振るう意味、分かっているのだろうな?」

襲撃者とメロウの間に割って入った女性。
種族はリザードマン。
門番と警備を勤める戦闘型魔物娘である。
くるくると、彼女が振るうは二刀流のサーベル。
常在戦場を心がける、純然たる戦士の姿がそこにはあった。





「はっ!いきがるなよトカゲ女」

男性のしわがれ声が響く。
その声色は、どこまでも傲慢。
侮辱を許さないリザードマンに対し、完全に見下した様相。

「撤回はしなくていい。……この私がさせてやる!!」

戦士と襲撃者の激突。
その邂逅は、あまりにもあっさりと付いた。





「ガッ!?」





“血しぶきが舞う”。
それだけで、どちらが勝利したかは歴然だった。
鍛え抜かれた戦士を相手に、襲撃者は意にも介さなかった。
倒れた戦士を一瞥することなく、震えて動けないメロウへと歩を進める。

「逃げ、ろ……」

かろうじて出た言葉。
致命傷は避けたのか、地にうずくまってはいるが声は出せるようだ。
だが、そんな彼女がもはや何か出来る訳もなく。





「たすけ」





襲撃者の牙が、メロウを貫いた。





――――――――――





バッ!!
自身の布団を乱暴に剥ぎ取る。
その音は二つ。
言わずもがなセーヤとティオである。

「魔力の気配、それもこの出力はただ事じゃないわ」

「ああ、しかも今のは完全に“殺気”だ」

親魔物領において、“殺気”が出ることはほぼありえない。
ならば、それを起こしうるナニカがこの町に紛れ込んでいるということだろう。

「行くぞ!!」

「言われなくても!!」

二階から飛び降りる。
玄関を使うよりこちらの方が早い。
もし遅れれば、最悪誰かが命を落としかねない。
それを理解しているがゆえに、二人は全速力で駆け出した。

「転移魔術は使えないか!?」

「ダメ。座標がハッキリしないと逆に無駄骨になる!!」

「チッ。せめて方角以上のことが分かれば」





「やめろおおおおぉぉぉ!!」





悲鳴のような絶叫。
とある戦士が出した、懇願の慟哭。
その大声は、確かに二人に届いていた。


「ティオ!!今ので行けるか!?」

「任せなさい、すぐ飛ぶわよ」

展開する魔方陣。
先の絶叫が指針となり、その場所へと転移する。





そこにいたのは、倒れ伏したリザードマン。
人化が解け、紅い鱗をピクリとも動かすことがないメロウ。

そこに覆いかぶさる、謎の人物の姿があった。





ギイイィィン!!





交わる剣と剣。
すぐさま襲撃者へと襲い掛かったのは、ティオ。
彼女はすでに激怒していた。
愛の深いリリムだからこそ、他者を傷つける存在を許さない。



「リリムか。ハッ、初めて見たが、――――“まさかこの程度か”?」



ブウゥン!!

競り合っていた剣が振るわれる。
押し合っていたティオの剣をまるで無視するかのように押しのける。

「ぐっ、なんて馬鹿力……」

ティオを押しのけてなお、あたりに吹き渡る剣圧。
リリムであるティオを押しのけるなど、並の勇者や魔物では不可能だ。

………チャキッ。

改めて、紅き剣を構えなおす。
襲撃者は黒いローブをかぶっており、その素顔までは見ることができない。
彼が持つのは、ただの剣。
魔界銀が使われていないこと意外、何も読み取ることができない。

「ケッ、まあいい。目的は済んだ、もう帰らせてもらうぜ。追うなら勝手にしな、売女の姫が」

そう言って、踵を返す襲撃者。
彼もまた転移魔術の使い手なのか、その姿は闇へと溶けていった。



…………ギリッ。



それを、ただ見ていることしかできないティオ。
奴に何を言われようが、“追うことはできない”。
あくまでここは町中だ。
もし奴と激しい戦闘になった場合、町の住民を危険にさらすことになる。
倒れている二人が、一番それを受けやすい。
今はセーヤが介抱している。
呼吸音は、ある。
既に治癒の魔術をセーヤがかけており、二人共一命は取り留めただろう。

「こっちは大丈夫。二人共、今は気を失っているだけだ」

「そう。ありがとう、二人を守ってくれて」

「それはこっちもだ。奴を引きつけてくれなかったら、こっちが狙われていた」

「そうね。それよりも、今は二人を安全なところに運ばないと」

「ああ、命に別状はないとは思うが、念のため診療所へ連れて行こう」



そう言って、二人は行動を開始する。
その間、二人は終始無言だった。
考えていたことは、二人とも同じ。





あの邪悪な気配をまとった、襲撃者についてだった。
16/04/10 00:15更新 / チーズ
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