連載小説
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行間一 教会の国 1
「ここは……どこなんだ?」

目が覚めたとき、俺は見知らぬ建物の中にいた。

「はっ!?何っ!?何なんだ!?」

周りににいるのは人、人、人。
その誰もが“外国人”。
わけがわからない。

「なんだよ……これ……。」

俺の真下を中央に、円で囲むように人が見ている。
その円の中は、俺を中心とした魔法陣で出来てた。

「ファンタジーじゃねぇんだからよ、なんなんだよ、これ……。」

よく見ると、周りにいる外人の服装もおかしい。
多く見かけるのはおそらく神父のような聖職者の服。
ただ、そのどれもが豪華で、質素な町の神父といった人は見かけられない。
肥満の人すら見かける。

ひときわ目立つのは、この部屋の上部、ギャラリーにいる“少女たち”。





新緑のような髪をツインテールにした緑の少女。



歴戦の戦士という風貌の女傑。



優しげな顔を曇らせた年上であろうシスター。



まるで王女のような豪華な衣装を着ているが、怯えた様子をしている女性。



いかにも魔法少女といった衣装を着た幼女。



そして、勇者という言葉がこれ以上にないくらい似合う少女。



彼女たちからの視線から感じるのは――――――憐れみ、憐憫(れんびん)。
ここにいる俺に対して。
豪華な建物であるここが、“まるで地獄である”ように。



「よく来た、勇者よ。」

初めて俺にかけられた声。
その言葉は“俺が知らないはずなのに俺は理解できていた”。
その主は、まるで王族。
他の衣装の豪華さを、まるでかき消すような装飾の威圧。
そんなものすら頭に入らないほどに、彼の言葉はまるでわけがわからなかった。

「ゆう、しゃ…。なんの、こと――」

「お主は勇者なのだ。我々が召喚し、偉大なる神の加護を与えた。崇高な使命を持った紛れもない勇者なのだよ。」

「加、護?使命?何を言って……っ!?」

自覚したとき、俺は体の中で違和感を感じた。
十七年間慣れ親しんだはずの自分の体に、“何か”がある違和感。
そもそも、彼らの言葉を知らないのに、理解できているというのもおかしい。
加護とか言っていたが、もし“これ”がそうだとしたら、まるで体の“半分”が別のものに成り代わったかのようだ。

「我が国、レスカティエへと来た新たな勇者よ、そなたの名は?」

「俺の、名前……。」

矢継ぎ早に話される言葉に、俺は自らの状況を整理できていなかった。
いや、後になって思ったが、多分そう“させなかった”んだろう。
とにかく、今の俺は――――。





「“大樹、聖夜”……。」





ただ相手の言葉に答えるしか、何かを考えている余裕がなかった。





――――――――――





「こちらが勇者様の部屋になります。」

あの意味不明な儀式のあと、混乱が解けないまま、この部屋に案内された。
通された部屋は過剰なほど広くもなく、狭苦しくもない。
ホテルの一室、という言葉がしっくりくる。

「それでは私は失礼します。おやすみなさいませ」

「……うん、ありがとうございます」

ここまで案内してくれたメイドさんに、最低限の礼儀として礼を言う。
すると驚いたような表情を見せる。

「どうかしましたか?」

「いえ、そのような丁寧なお返事をもらえるとは……。あまり経験がありませんでしたので」

経験がない?
……単純に俺がメイドさんに接するのに慣れていないだけ、かな?
いや、他の人の接し方を見てないからわかんないけど。

「ご厚意、ありがとうございました。それではごゆっくり」

「はい、それでは」

メイドさんが退出していく。
部屋に残るのは俺ひとり。
すぐさまベッドに倒れこみ、ひとり考える。

(魔物とか、魔王とか、勇者とか、完全にRPGじゃん……)

あれから俺は、ある程度説明を受けた。
この国の名前はレスカティエ。
数多くの勇者を抱える大きな国であること。
この世界には多くの人々が、人を喰らう魔物に怯えながら暮らしていること。
その世界を救うため、魔王討伐を掲げて多くの人々が奮起していること。
そしてその一人として、自分が“神の加護を与えられて召喚された”こと。

「……何を、勝手なこと言ってんだよ……っ!」

俺はただの高校生だったはずなんだ。
もうすぐ大学入試で、その準備をしているだけの戦ったことなんて一切ない一般人でしかないんだ。

(いきなり、お前は勇者だ、人々のために戦うのだ、って言われても……)

加護についてはなんとなく感じることができる。
確かに、この力は普通の枠を超えたものだ。
でも、それだけなんだ。

(戦ったことのない俺が、命のやり取りを簡単にできるわけが無い)

そりゃあ、ある程度稽古をつけてくれるとは言われた。
ただ、もう彼らにとって俺が戦うのは“当然の義務”として決定している。
確かに、今の俺には帰る手段もない。
ここにいる以上、それ以外に選択肢はない。

(わけがわかんない状態だけど、さ)





“期待されている”と、考えていいんだよな……。





――――――――――





翌日。
早速、俺は戦闘の稽古をつけてもらえることになった。
先方は俺が戦闘経験がないことを知ると、あからさまにがっかりしていた。
即戦力ではないというのもわかるが、いきなり呼び出した人間に対して高望みしすぎじゃないかと思う。

(勇者、っていうのに期待するのはわかるけどさ)

俺が今いるのは中庭の一角。
普段から兵士が訓練しているのだろうか、ところどころ跡が見える。

(勇者だからかもしれないけどさ、みんな見過ぎじゃないかな?)

周りに整列した兵士たちはひとり残らずこっちを見ている。
“勇者聖夜”のお披露目、といったとこなんじゃないかと思う。

「待たせて済まないな」

そう言って現れた女性。
昨日の説明の中にもいた女性だ。
隻眼の勇者、メルセ・ダスカロス。
軍人で新人教育に慣れており、俺と同じく勇者でもある。
勇者でもある彼女なら、と、俺の教育係に抜擢されたらしい。

「いえ。今日はよろしくお願いします」

「ははっ、元気が良いのいいことだ」

カラカラと笑う彼女の横にも、補佐として一人兵士が付いている。
メルセさんのお気に入りの部下らしい。

「隊長、そろそろ始めたほうがいいですよ」

「おっと、そうだな。周りの連中も待ち遠しいみたいだからな」

そう言って、俺に向き直るメルセさん、いや、メルセ隊長。

「まずは勇者として、加護の力を確認する」

「確認、ですか?」

「そうだ。加護の力は人それぞれ、千差万別。剣に強い親和性を持つ者もいれば、癒しの魔術に適性を持つ者もいる。お前にとって、どの力を伸ばすのがいいか、まずはそれを見たい」

「……はい、わかりました」

そう言って、彼女は俺の心臓に手を当ててきた。
少し気恥ずかしかったけど、それ以上に安心する。
姉というのは、こういう感じなんだろうか。

「自分の中に意識を集中しろ」

(自分の、中)

それは、昨日も感じた感覚。
自分の半分、生まれ変わった半身から生じる力。



「言葉にはしなくていい」



イメージしろ。



(もうしている)



お前とは、なんだ?



(大樹、聖夜。至って普通の17歳)



お前が望むことは?



(……期待に、答えたい。ちゃんと“俺”を見て欲しい)



お前にできることは?



(何も、ない。だからこそ、力が欲しい。力を借りたい。力を貸したい)



イメージできたか?
なら、その力に従え。



(力に、従う……)



力の流れに逆らわず、ただそれを垂れ流すだけでいい。



(それは、少し――――)



怖がらなくていい。
制御と補助は私がやる。
周りのことは気にするな。
失敗を恐れず



「やってみろ!!」





「はい!!」





力が流れる。
光が溢れる。
俺から出た光は、少し頼りなさげで力不足が見て取れた。



(出た。これが、“加護”)



俺から出た光。
それは主神から与えたれた聖なる力、らしい。
それを見て、本当に俺は常人ではなくなったのだと自覚する。



「…………うん。よし、それまで!」

「はいっ!」

光が収まる。
光はすぐさま霧散し、空中に掻き消える。
その残滓を、わずかに感じた。



ザワザワザワ



兵士たちのざわめき声が聞こえる。
何を喋っているかは聞き取れない。



「静かにせんかっ!!」



メルセ隊長の一喝。
その大きな声を聞き、彼女の厳しい一面を感じた。

「……まず、それが“加護”だ。力の扱いには注意しろ。容易く人を殺せる力というを自覚しておけ」

「はいっ!」

「それから、お前の適性は――――よくわからん」

「はいっ!――はい?」

適性が、よくわからない?
まあ、見ただけでわかるものだとは思っていなかったけど。
この言い方だと、普段はわかるってことだよな?

「まあ、ちょっと、な?お前の魔力は、……独特、と言っていいのか。少なくとも、私は経験した覚えがない」

「はぁ」

「だが、まあいつか解るだろう。とにかく、今からは訓練だ!!」

「……勇者とは言え新人なんですから、加減くらいはしてくださいね、メルセ隊長」

「分かっている。“勇者にとっての基礎訓練”からはじめるさ。ああ、もちろんお前たちもな」



うげぇ!?といった声が小さくではあるが聞こえた。
『加護』というのはまちまちだが、基本的には“基礎体力の向上”などは割と一般的らしい。
まだその自覚がない俺としては、“勇者式初訓練”に戦々恐々とするしかないのだが。

(多分あの兵士たちも、そうなんだろうなぁ)

そんな現実逃避の後、訓練が始まった。
その後のことは、省略する。
誰かに語るときもそれだけで、どうなったのかは察してもらえると思う。





――――――――――





翌日。
昨日の地獄の特訓の後、部屋のベッドで寝落ちした俺は、軽く体を拭いて着替えていた。
この国は、中世の文明に魔術という力を上乗せした文明を持っている。
だから仕方ないと言えばそれまでだが、つらいことに毎日風呂に入るということができない。
せいぜい濡れた布で体を拭くか、行水しかない。
多少気になるが、最低限身だしなみを整えたあと、俺は部屋をあとにした。



(なんだろう?)

視線を感じる。
いや、視線を感じるのは当然だ。
勇者という名前の重さ、それは昨日散々メルセ隊長に教えられた。
でも、“この視線”はそういったものじゃない。



ドクンドクンドクン。



嫌な予感を感じ、心臓の鼓動が早まっていく。
俺はかつて“この視線を感じたことがある”。

(いや、そんなわけはない。確かに俺はまだ新人で半人前だ。でも、俺は『勇者』なんだ!)

勇者の名前は軽くない。
それは昨日さんざん教わったこと。
“この視線”は、昨日少しだけ覚えがある。
しかしそれは、そのあとの訓練を始めてすぐなくなった。



今思うと、それはメルセ隊長の気配りだったのかもしれない。



「おやおや、朝早いですねぇ。さすがは勇者といったところでしょうか」

話しかけてくる若い男性に覚えはない。
ニヤニヤとした、隠す気もない“気持ち悪い視線”を向ける聖職者。

「いえ、このあとも訓練がありますから」

「そうでしょうねぇ、力をつけるために頑張る。ああ、なんて健気なのでしょうか」

これは後で知ったことだが、派閥というものがこの城内には存在する。
どの勇者に付いているか、――――利用しているか。
どの権力者、貴族が鬱陶しい、彼らが懇意にする勇者も鬱陶しい。
この男の場合、新しい勇者に対して自らの陣営に取り入れようとする、“ものではなく”。



「いや、頑張るしかないんですよねぇ」



自らの陣営から“突き放すため”の言動だ。



「なんの、ことですか……?」

「おやおや、まさか“知らない”?はっ、これは傑作だ!実に笑える話だよ!なんて滑稽!」

仰々しく、わざわざ大声で話す。
その大声で、周りに人が集まり始める。
この男の、“狙い通り”に。





「誇る戦闘能力もなく、魔術もてんでド素人。あまつさえ“主神からの加護ですら通常の勇者の半分以下”!!そしてそんなことも自覚していない哀れな勇者、まさに、滑、稽ぃ!これを笑い話と言えずなんといいますか!ええ、そう思うでしょう皆さんも――――――――――」






もはや、彼の言葉は頭に入ってこなかった。
俺は勇者という言葉に浮かれていただけの大馬鹿者だった。
なんてことはない。
感じていた違和感の正体、体の半分が別のものになったような感覚。
“半分しか加護が与えられていなかったのだ”。
昨日のメルセ隊長の“気遣いの正体”も、これで分かってしまった。
周りからの視線が、急速に変わっていく。
勇者に対する畏敬の視線。
見知らぬ人に対する視線。





それが、弱い勇者を、――――期待しなくなっていくことが、わかってしまう。





(“また”、なのか……)



俺は、“また期待されなくなっていくのだろうか”。



黒い炎の火種が、俺の中で生まれていた。
16/03/27 21:45更新 / チーズ
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