読切小説
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僕たちの戦いは「終わる」んだ
勇者とドラゴンの戦いなんてよくある話だ、僕 もその勇者の一人で――相手もそのドラゴンの 一匹だったって事だろう。

「――らぁああああああああああああ あっ!!」

教団から授かった聖剣は羽のように軽い、けれ ど竜の鱗を藁のように斬ることのできる剣。

火炎を盾で防いで、お次も馬鹿の一つ覚えかの ように大きく息を吸ってる間に聖剣を振りかぶ り、ドラゴンの腕へと斬撃を与える。

そこから血が、毒が強すぎて岩が溶けるような 液体が噴き出してドラゴンは悲鳴のような咆哮 を上げるけど、僕だって無事じゃなかった。

身体や目にはかからなかったけど、盾にかかっ てしまって火炎や冷気を防ぐ魔鉄でも竜の血に は勝てずに水銀のようになって溶けてしまっ た。

「やっぱり強いな、ドラゴン」

僕は勇者と言われる程、人も助けていないし、 名有の魔物も倒してはいない。

マトモに胸を張って話せるエピソードは一年前 に凶暴なゴブリンを追い払ったくらいだろう、 まぁ、その程度の勇者だったんだけども。

それが今、世界ドラゴン図鑑でも載ってるくら い有名な――「守竜」と言われるドラゴンなん かと戦っている。

「でもこんくらいじゃ倒されないし諦めない ぞ! おらぁ!」

持ってるのは50枚の銀貨袋に、最初にもらっ た聖剣、途中で倒れていた別勇者の死体から拝 借した妖精の鎧、今溶けてしまったけどゴブリ ンを追っ払ったお礼にエルフから貰った魔鉄の 盾、それと三つの薬草だけ。

そんな僕がこいつと戦うことになったのは、な んでかは自分でもわからない、確か地図を頼り に歩いてたらいい感じに何かありそうな洞窟に 入って奥までいたらこいつが……。

「っと!」

蛙みたいに肺のある場所を膨らませたかと思え ば、また火炎を吐いてきたので僕は横に吹っ飛 ぶようにして避ける。

悔しそうな声を上げるドラゴン、僕はその間も 流れる毒の血をうっかり踏まない様に後退。

また血を被って、今度は鎧と剣まで失いたくな いし……それに、ただで負けるつもりもない。

「少しでも鱗とか持ちかえれば自慢にはなるよ な!」

所詮は報酬だけど、傷を与えたってだけでもか なりの成績になるかもしれない。

かもだけど、やらないで後悔するよりは、やっ て後悔した方がマシだろう。

「てりゃぁ! とぉっ!!」

血を被らないよう、斬ったらすぐに斜めに避け てまた斬る、それの繰り返しで僕は地道に攻撃 を当てていく。

体力がなくなったらそれまでだし、何より装備 にも後がないのだ。

だからといってドラゴンは手加減もしないし、 やられそうな雰囲気だって出さない。

むしろ――悔しいから、僕を無惨に殺そうとし ているように見えて、火炎をまた吐いてく る……でも、僕は負けるつもりも、挫けるつも りもない!

僕は横っ飛びして、鎧を少し焦がした程度に被 害を抑えると、相手がまた息を飲む間に力を溜 めて、一瞬で間合いを詰める。

「剣の」

剣を構え直す、そして僕は唯一とも言っていい 特技を繰り出す。

「舞い!!」

踊るような斬撃を繰り出して、敵に大きな傷を いくつも作る高度な技。

これで殺せるとは思えないけど、大きく体力を 削れるはずだ……そう、思って足を止めた瞬 間、剣から毒沼の泡がはじけるような音がした かと思えば、僕の聖剣が粘液と化していたの だ。

「……あ」

ドラゴンの鱗は血と同じ色でわからなかった。

が、よく見れば血塗れだった――それに気づか ず、何度も剣を当てれば溶ける訳だ。

「ははは」

笑いしか出なかった、死がもうすぐそこにあ るってことはわかっているのに、出てきたのは 涙じゃなくそれだった。

いつかは死ぬってわかっていた、だからだろう か、わからないけど。

「はは……」

ドラゴンの息が完全に吸い終わるのを見て、僕 はそこで思わず目を瞑った。

一息もしない間に、業火で僕は骨さえ残らず焼 かれるんだ。

「……あれ?」

でも、いつまでたっても炎が来ない、おかしく 思って僕は目少し開けて、そこですぐ目を見開 いた。

ドラゴンがその場から消え去って、代わりにそ こに自分の手や、太い尻尾を見ている竜人がい たのである。

「どういう、ことだ……!?」

「……は?」

「クソッ! 目の前に人間がいながら!」

「!! す、隙有りーッ!!」

と、僕はそれがなんとなくドラゴンと確信でき たので、身体強化術を施して拳を向けて突っ込 んだのだけど――ドラゴンが足を軸にして、尻 尾を振り回し、僕の頭を薙ぎ払うかのようにし て攻撃。

当然の事だけど……僕の意識は星が目の前に現 れて、ブラックアウトした。

***

「…………い、おい、人間! 人間、起き ろ!」

「……ハッ!?」

声がしたと思って飛び起きると、僕の頭が何か にぶつかる。

かなり柔らかいので開かない目で手を伸ばす と、普通に転がされた。

「ななななななににするんだ!! 人が介抱し てやったのに!」

「……え? う、うわぁああ!?」

転がされた僕は腰が抜けた。

そこにいた、介抱してくれた人物は……さっき のドラゴン(?)だったのだから……。

「う、わ」

「ええい恩人になんだその態度は! む、胸も 揉みおってからに」

「……ごめんなさい」

いつか掴んだスライムみたいだった、口には何 とか出さずに起き上がって頭を下げる。

「……いや、こちらも手加減せずにすまない。 あそこでならば抱きとめることもできたな」

「そうしてくれると嬉しかったです」

「全く……。先ほどまでは殺意に塗れていたと いうのに、魔王が代変わりすると感情から何ま で変わって不便だな」

「魔王が、代変わり……!?」

「そうだな、どうやら五百年ほど変わらなかっ たものが急に変わってしまったようだ。ここは 近場だからな……割と早くわかるのだ」

黒い鱗や太い尻尾、太い爪の手はあれども「美 しい女性」がそこにいた。

でも流れる血を踏んでるし、何よりため息交じ りに火を少しだが吐いていたので、何となくで はなく絶対にこいつが先ほどのドラゴンだとわ かった。

……いやしかし、こんな美人になってしまうも んなの、どんな魔王が君臨したって言うんだろ う?

「でも魔王が変わったなんて……!」

「待て、どこに行くつもりだ!」

「……僕はもう行くよ、戦意がないならここに はもう用はない。魔王をここで討てれば僕 は……」

「おい」

「それじゃあ」

僕が去ろうとした時、ドラゴンは何と僕の肩を 掴んだのだけど、不思議と、全く痛くなかっ た。

「待ってくれ! 私とて魔王に一度は挑んだ、 だが負けたのだ――。そんな奴に勝ったという ならばお前では到底勝てない!」

「そんなのやってみなきゃ」

「私にも勝てなかったというのに。それにこの 私の姿も、本当に弱くなったかもわからない。 これに変わったのは油断させるための姿かもし れない」

「……わかったよ、少なくとも僕と戦ってきた と言うか、千年以上も勇者と戦ってきた、歴史 書にも載るようなドラゴンが言うなら間違いな い」

僕がそう言うと少しほっとしたような顔をする ドラゴン、何だろう、どことなく田舎のお母さ んを思い出すな……。

「さてと、これからどうするか……。私として はお前をここで逃がすのも勿体ないのだが、い つまでもいられると腹が空いた時うっかり食べ てしまいそうだ」

「怖いこと言うなよ」

本当に涎を垂らしながら言われると、いくら美 人だからっていっても怖い。

「でもさ、僕も魔王より強い奴が現れた〜なん て言われたら行く場所もないよ。ドラゴンに挑 んで負けたけど逃がしてもらいました〜なんて 報告したら、その場でたたっ斬られる」

「キョウダンは恐ろしい所だな……」

「魔王とかもそんなもんじゃないの?」

「あやつは放任主義のようなものだよ、近くの 街等は統治していたが、この辺りになると見張 りに下級の魔族を飛ばすくらいだ」

「なんか習ってたものと全然違うなぁ……」

「見なければわからない、ジパングとやらの国 の言葉で言えば『百聞は一見に如かず』。意味 は違うかもしれないが、まぁそういうことだろ うな」

ドラゴンは近くの岩に腰かけて、ため息と同時 に小さく火を吐いて言った。

見ると言うか、当人達に聞いてもないのに勝手 に決めつけて、それを迫真の演技で伝えて、僕 みたいなのを生み出してるんだなぁ……魔物の 方もたまったもんじゃないな。

「しかし魔物の方も、我らの領地に侵入するの は同族を食われた人間の復讐と言うのに『侵入 してきたから倒そう、ついでに腹も減ったし食 おう』などというやり方をしている為だな」

「思考が単純だなぁ」

「私もそう思う」

力なく笑うドラゴン、さっきまで毒の血を出し たり火炎を口から吐いていたとは思えないくら いに自然で、「綺麗だ」って言いそうになっ た。

「しばらくはここにいたいんだけどさ、その、 もしかしたらだけど……他の魔物も、ドラゴン みたいに姿が変わったからって見に来る奴もい るかもしれない」

「その前に逃げるつもりだ」

「どうやってさ、千里眼でもあるっていうの か?」

「いや、かなり前に奪った遠見のできる水晶で 確認する」

そう言えばドラゴンって珍しい物は取っておく んだっけ。

中には聖剣マニアとかもいるなんて書いてあっ たけど、それは本当で間違いなさそうだ。

「とは言えど当てはないからな、少し迷ってい る」

「そっか」

「……そうだ、お前も行く当てがないなら私と 来ないか? いくら脆弱な存在とは言えど、話 し相手くらいはできるだろう」

「脆弱は余計だって。でも僕なんか連れてたら 足手まといだよ」

「そうならないようにすればいいだけだろう? 勇者というくらいだから剣技以外もできるだ ろうに」

「弓矢なら少し」

「なら財宝の中に数個あったか。そこの宝箱を 漁って適当に見繕っておけ、準備ができたら行 くことにするぞ」

ドラゴンはそう言うと、洞窟のさらに奥へと消 えてしまう。

僕は言われたとおり宝箱を開けた、すると明ら かに宝箱の高さより高い剣や、弓矢のセットや らが飛び出してきて驚いたけど、燃えにくそう な黒鉄の弓と矢筒を取る。

「あったか?」

「わっ! び、びっくりしたぁ……。ああ、う ん、これにしたよ」

「百年……いや二百、あ、三百年か」

「忘れたくらいに印象ない弓って事ね……」

「仕方がないだろう、何百個もあれば忘れる。 それよりも準備はいいか、しばらく飛ぶぞ」

「飛ぶ? いやぁ、幾らなんでもドラゴンだか らって俺を今のドラゴンの状態で背負って飛ぶ のは……」

「人間一人と宝箱二つくらいどうという事はな い、大体この状態で飛ぶ訳なかろう」

と言うと、宝箱を二つ抱えて何か呪文のような ものを呟いた。

すると一瞬で――女性から、さっきまで戦って いたドラゴンの姿に変わる。

「乗れ、遠慮はいらんぞ」

「う、うん、ありがとうドラゴン……」

「ドラゴンではない。私の名前はシャノンだ」

「あ、名前あったんだ……あ、僕はミシェル だ」

「そうか、なら行くぞミシェル」

「あぁ」

まるでさっきまでのことがなかったかのよう に、僕はシャノンに乗った。

そして彼女は羽ばたいて、いつの間にか夜に なった星空を、僕を乗せて飛んでいく。

***

やっぱり魔物はみんな女性になっていて、魔王 も代替わり、そして何より変わったのは――魔 物は人を食わなくなった、そこだろう。

教団も百年としないうちに体勢を崩して、結果 滅びてしまったと聞いた。

そんな激動する中で――僕はシャノンと未だに 旅をしている。

財宝の入った宝箱と人間を背負ったドラゴンと して彼女は有名になっているけど、今の世の中 で止めたり咎めたりする人もいない。

月光と星空の中、僕達の戦いは終わったから だ。

「なぁ、ミシェル」

「どうしたの?」

「……私とお前の宝、今から作るのはダメ か?」

「えっ」

そしてこれから……長い夜のような朝が始ま る、のかな――。
15/03/12 05:42更新 / 二酸化O2

■作者メッセージ
ニサンナイ ニサンナイ ニサンナイ

と言うわけで久し振りです、失踪してごめんなさい

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