読切小説
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夕暮れブランコ
キィコ……キィコ……

大きくなった僕を乗せて、ブランコは小さく揺れる。

そんな事をして、何かが変わる訳ではないのはわかっている。けれど、そうする事ぐらいしか。
この痛みから逃げる方法を、僕は知らないから。

ズキリ、と額に貼った絆創膏の内側が痛む。こんなの、小さな痛みだ……フラれた心の痛みの大きさに比べれば。
そう、僕は間違いなくフラれた。
同じクラスのサキュバスである彼女、雪代柚子に。そのはずだ。そのはずなんだ。

だって……自分からした告白の返事を聞く前に逃げ出した臆病者なんて、誰もが嫌になるに決まってるだろう?

毎日の学園生活の中で、少なからず彼女と僕は仲が良かったと思う。
友達として。何気ない挨拶を交わして。他愛ない雑談に興じる、そんな仲としては……とても。
だけれど、クラスの中でもトップクラスに可愛い彼女からの視線をチラチラと感じる度に。彼女が向けた笑顔が、僕以外の誰かに向く度に。我慢ができなくなっていった。我慢ができなかった。友達以上の何かが……たまらなく、欲しくなっていった。

告白までは、完全に勢いだった。
大切な話がありますだとか言って彼女を校舎裏に手紙に呼び出して。
僕はあなたが好きです、と大声で叫んで。
どうにかなる、どうにかしてみせる……そう、思っていた。

彼女の、困ったような顔を見るまでは。

急に、頭が冷えたような気がした。怖くなった。僕は、何も気づいていなかったんだ。
友達以上を望むということ。それは……友達では、いられなくなるという事。

そこから逃げ出したのも、勢いだった。
後で気まずくなるだけだと言うのに。明日からどんな風に顔を合わせればいいのか、わからないというのに。
それでも、嫌だった。友達でいられなくなることが。彼女との関係が、こんなところで終わってしまうかもしれないということが。
無我夢中で駆け出して。途中ですっ転んで。帰って絆創膏を貼ったりはしたけども、それでもじっとしていられることに耐えられなくて……今に、至る。

僕はどうすればいいのだろう。決まってる。謝ればいい。だけれど、逃げ出した手前話なんて聞いてもらえないかもしれない。そうなったら今度こそ立ち直れないかも。けど、ここにいても立ち直れないのは一緒だ。
けど、でも、だって、でも、しかし……

ブランコのように、思考は行ったり来たりを繰り返す。どこにもたどり着かず、同じ場所に居続ける。

そんな自分を打破する方法は、知っているというのに。
そうすればいいのに。
出来ない自分を省みて、思うことが一つ。

「……最低だ」
「そうねー、自分から告白しといて逃げ出すとかホンット最低だと思うわー」
「だよね、僕もそう思――――う?」

当たり前のように会話をしておいて、ふと気づく。
あれ、この、上から聞こえてくる声……

僕は、弾かれるようにブランコを見上げる。

「さっきぶりねー。元気してた?」

ブランコを支える鉄棒に腰掛けるのは、僕と同じ制服を来た女子。
蝙蝠のような羽根に先端が尖った尻尾という、明らかに人間じゃない――――サキュバス。
しかも、僕を悩ます当の本人である雪代柚子というおまけつき。
こんな可愛い子が、彼女の他に…………

「い――――」

……いやいや。おまけじゃ、ないだろ!!

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

女の子のような悲鳴を、近所迷惑も考えずあげる。
またしても勢いのまま、僕はとんでもない事をした。
揺れているブランコの上で立ち上がって……勢いのまま、空へダイブ!!

一瞬だけ味わう浮遊感の後、僕の足は地に触れようと落下を開始――――

「はーい、ストップ!!もう逃さないよ!!」

――――する前に、抱きかかえられた。
当然、サキュバスである柚子の仕業だ。

「はぁぁぁなぁぁぁせぇぇぇ!!」
「やぁぁぁぁ!!絶対、やぁぁぁぁ!!」
「僕だってやぁぁぁ!!」
「私の方がもっとやぁぁぁぁ!!」

抵抗を試みたけれど、魔物である彼女の力を振りほどく事はできず。
結局、僕達の体は騒ぎながらもゆっくりと地面へ向けて落ちていった。その体が、抱きつかれた姿勢のまま。

ぜーぜーと、僕らは荒い息をする。その音だけが、やけにうるさく響く。
それでも、何を言えばいいのかだけは思いつかない。何をすればいいのかなんて、わからない。

「――――何で、逃げたの?」

そんな僕に、容赦ない言葉がかけられる。
逃げた。あぁそうだよ、僕は逃げたんだ、間違いなく。

ずっしりと、重いものが心にのしかかってくる。僕はもう、逃げられない。逃げられる気が、しない……この、痛みから。

「――――君と、友達以上になりたかった」

だから、僕は観念した。

「君と、もっと一緒にいたかった。いつもそうしていたかった」

心の中を、遠慮なしに伝えた。

「君に伝えて、君の反応を見た瞬間……僕だけがそう思ってる。そう、わかっちゃったんだよ」

心の内を、全部言葉にした。そうできた。

「僕は――君との関係がいつかなくなるのが、怖かった。それだけ、だったんだよ……」

告白するという事を何もわかっていなかった自分を。
自分の感情さえよく分かっていなかった、自分を。

こんなの、ただの独占欲だ。好きかもしれないと舞い上がって、それなら僕だけを見て欲しいと願って。
それだけだったのだ。なのに、僕は『好き』なんて綺麗な言葉を使ってごまかした。
今以上に望むものなんて――なかったのに。

「…………」

彼女は、何も答えない。
それはそうだ。今だって、僕は自分の気持ちを一方的にぶつけただけだ。
彼女の事なんて、何一つ考えてなんて――――

「…………わたし、も」

それでも。

「良く考えたことなんて……なかった、から……」

彼女は、その手を、離さなかった。

「恋愛なんて、良くわからなかった……私にとって、誰かと一緒にいる今が大切で……精をほしいと思う事はあっても、誰か1人と一緒にいたいって思った事がなくて……」

後ろにいる彼女の顔は、一切見えない。

「だから、告白された時は困ったよ。君との関係が、これで終わってしまうんじゃないかって……すごく、困った……」

それでも。

「だから……さ……」

その声は……涙に滲んでいて。

「なくなるなんて……言わないでよ……!!」

痛みは、そのままそこにあった。
ただ僕はその日……逃げるのを、止めた。



ここから僕達の関係がどうなっていくのか、それはまだわからない。
ただ、まぁ……切れない事だけは、どうやら確かだった。


17/02/16 10:05更新 / たんがん

■作者メッセージ
そんな、小さなお話でした。

楽しんでいただけたら幸いです。

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